「ルシウス。お前はクビだ」
Bランクパーティー『正義の牙』のリーダーであるフォークスは静かに告げた。
「・・・すみません。もう一度言ってくれませんか?」
願わくば聞き間違いであって欲しい。そう思いながらもルシウスの表情は険しかった。
「ああ。何度でも言おう。ルシウス。お前を今日限りこの場を持って『正義の牙』から追放する」
常日頃、顔の下半分を覆うようなマスクを付けているフォークスの表情は相変わらずよく見えない。しかし付き合いは長い。申し訳ないという感情は読み取る事が出来なかった。
とうとうこの時が来たか、とルシウスは喉を鳴らした。
パーティー結成当初の頃は良かった。
優秀な魔物ハンターである"フォークス"。
王国軍一の弓の名手として名高い"グウィネス"。
ブライト王国大聖堂史上最年少プリーストと知られる"ベリンダ"。
このレンジャー二人と魔法使い一人の後衛三人に加えて前衛の戦士としてブライト王国屈指の名家、数々の将校を輩出しているライアン家から"セリス"。
それにタンク兼サポートである"ルシウス"が加わったバランスの取れた五人パーティーだった。
大陸全土に【カタストロフ】と呼ばれる魔の勢力の侵攻が拡大した昨今、それに対処する冒険者と呼ばれる職業が主流になった。
冒険者達は基本的に前衛二人+後衛三人の計五人でパーティーを組み、カタストロフの侵攻以降各地に出現したダンジョンや遺跡、そのあたりに蔓延る魔物を討伐したり攻略したりする。
冒険者パーティーが五人なのはこの世界の神が定めたパーティーボーナスと呼ばれるステータスアップが最も発揮される人数であり、それ以上でもそれ以下でも大幅にボーナス値が減少するからである。
大国ブライト王国でもその流れを汲取り、優秀かつ将来有望な冒険者パーティーには国の援助を受けとれる制度があった。
実際に各部門のエリート達が集まった冒険者パーティー『正義の牙』も、国の潤沢な資金援助を受けていた。
国の思惑通りルシウスの所属する『正義の牙』は結成から直ぐに頭角を現し、冒険者ギルド——冒険者パーティー達を管理する国営のギルド——史上最速の僅か二年で最低ランクのEから熟練冒険者である証のBランクまで一気に駆け上がった。
ランク昇格したのはつい先月のことだ。
「俺達はもっと上を目指す」、そうリーダーのフォークスが酒場で語っていたのが記憶に新しい。
今まで以上に頑張ろう、とルシウスが意気込んでいた矢先の追放宣言。
しかしルシウスもただ言われるだけでは無い。
今までこのパーティーに少なからず貢献してきたという自負があったのだ。
「なぜです?今まで私はこのパーティーに貢献してきた筈です」
ルシウスは自分に言い聞かせるように言った。
「たしかに最初の方は役に立っていました。でも最近の貴方はどうでしょうか?大きい身体の割に盾役になり切れない耐久性、サポートとしても微妙なスキル。攻撃性能も皆無。何よりその無駄に豪華な鎧が行軍中ガチャガチャうるさいです」
王国一の女射手、グウィネスが溜息を吐いた。
「そうですね。ルシウスさんはこのパーティーには少々相応しくないかと思います。これから先何か突出した物がないと厳しいというのはご自身も分かっているのではないですか?」
魔法使いベリンダが続いた。
突出した物がない。敬虔な神の信者であるベリンダに言われたルシウスはまるで自分の存在を否定されているかのような気持ちになった。
ルシウスはすがるように残りの一人セリスを見た。
彼女は何か考え込むように腕を組み目を伏せている。
同じ王国貴族同士、必要なのは戦闘力だけではないと理解しているのではないかという期待があった。
「・・・ルシウス殿。残念だが貴殿はこの先の戦いについていけそうにない。だが案ずるな。私の家のほうから王家には伝えておく」
「そんな・・・し、しかし!私が抜けたら代わりの盾役は誰がするのですか!」
「ルシウス。お前が持ってきたその荷物を開けてみろ」
フォークスに促されたルシウスは先程地面に降ろした大きな背嚢を見た。
今回の探索は泊まりがけになると予めフォークスから聞いていたため、いつもより重い荷物と歪な形に違和感を感じなかったのである。
ルシウスがパーティーメンバー全員分の荷物を持ち出したのはやや力不足を感じ始めた一年前のこと。少しでもみんなの役に立とうと始めた気遣いであった。
ルシウスはおそるおそる背嚢の紐を解いた。
そして驚きのあまり尻もちをつき後ずさった。
「——なっ!!?人!?」
ルシウスが紐を解いた瞬間中の荷物と目が合ったのである。
わずかに窪んだ眼窩、歳の頃からおそらく四十代か。顔に残る古傷、鋭い眼つきに鍛え抜かれた体躯は歴戦の戦士を想起させる。息一つ立てずに今まで荷物に入っていた壮年の男はゆっくりと立ち上がった。眼帯の位置を僅かに直し、首をゴキリと傾け此方に向き直った。
「私の義父です」
グウィネスが淡々と告げた。
「義父?グウィネスさんのお義父さんがどうしてここに?それより・・・失礼ですが彼は見たところレベルが低い。この下層は危険過ぎます。今すぐ撤退すべきです」
「お前に言われなくても分かっている。すぐにでも撤退するさ。——ただし、これを使った後でな」
フォークスは懐から赤い紙切れのようなものを取り出した。
「まさか!それは!」
「『英雄入れ替えチケット』。お前も聞いたことぐらいあるだろ?」
——『英雄入れ替えチケット』とは今では再現不可能な技術が使用された古のアイテム、即ち聖遺物である。
任意の2人の経験値とレベル、家具と言われる装備を置き換える事が出来るという禁忌のアイテム。
だがその効力にしては金額は意外と安い。何故なら適合する2人でないとチケットは反応せず、使用出来ないからだ。
適合方法を確かめるには2人の身体の一部をチケットに近づける。適合すれば赤く光るが、適合率が極めて低く数ある聖遺物の中でも殆ど役に立たないアイテム扱いされているのだ。
「髪の毛一本で判別出来るから助かったよ。冒険者ギルドや酒場で前衛の素質があるやつらに近づけてはチケットを見る毎日。たまたまグウィネスの叔父さんが適合した時は神に感謝した。退役軍人である彼ならお前が今まで俺たちに寄生して貯めた経験値を上手く使いこなしてくれる」
「ちょっと待ってください!私の意思は・・・」
「ただ、問題が一つあってな。このチケットは聖遺物のわりに手に入りやすい。それは入れ替えた後にまた簡単に入れ替えられるということだ。その問題を解決する方法が一つだけある。——ルシウス。何か分かるか?」
マスクの下で嫌な笑みを浮かべているのが手に取るように分かる。
ルシウスの額から嫌な汗が滴り落ちた。
グウィネスの叔父、ヘンドリックはルシウスを感情の籠らない瞳で見つめるとゆっくりと口を開いた。
「ルシウスくん。初めまして——そしてさよならだ」