作者はカエデさん推しですので、今回も彼女の話です。
お付き合いのほど、よろしくお願い致します。
『ずっと好きでした。お付き合いして下さい』
この私立桜才学園には、いくらかの伝承がある。
そのうちのひとつが、中庭の大きな木の下で、愛を誓いあった者同士は、将来結ばれるというものだ。
元々女子校だったという点を除けば、それはきっと、どこの学校でもありふれた言い伝えなのだろう。
ただ今回、刮目し注視すべきなのは、そういう些事ではない。
時節は卒業の頃合い。高校の課程を修了したものが、大学に。あるいは社会に。飛び立つ時節である。
それはここ桜才学園にあっても同様だ。
春は新たな出逢いの季節と同時に、別れの季節でもある。
だから、か。
愛を
どうせ叶わぬ恋心、されど沈黙を守っていては一生相手に届くことがない。
駄目で元々、春休みが終わってしまえば、進む
玉砕覚悟で、高校生活の短い時間に培った想いをぶちまけられる機会は、この時季を除いて少ない。
それは卒業する生徒であっても。また、残される在校生であっても同様だ。
ある一定以上の感情を抱く異性(あるいは同性)に、いま気持ちを伝えずして、いつ伝えれば良いのか?
そういう理由から、この季節には、愛を謳う声が少なからず発せられ。
また同時に。愛に破れた涙と慟哭も、度々見られる光景だった。
今回の話は、卒業式の前日から始まる。
三年生は、明日で卒業。
ほとんど全ての卒業生は進路も決まり、式を境に学校へ来る必要はなくなる。
すぐ数週間後には、新たな環境で、新たな門出を飾るのだから当然だ。
加えるに、在校生も卒業生も忙しい。
明日は卒業式。
卒業生は式のリハーサルもやれば、教室の掃除や、教師への挨拶回りなど足繁く動かねばならない。
在校生にしても、卒業生が気持ちよく学舎を巣立てるよう、式の装飾や委員会・部活動の引継など大忙しだ。
その合間を縫って。
生徒会副会長の津田タカトシは、ある一通の手紙を渡した。
――誰に?
風紀委員長の五十嵐カエデに。
――なんと書いた手紙を?
それは彼のプライバシーを侵害する恐れがあるので、言及はすまい。
とにかく、タカトシは手紙を渡した。
朝、下駄箱の前で、靴を履き替えたばかりのカエデに。
「――おはようございます、五十嵐さん」
「あら。おはよう、津田くん。早いんだね?」
「え、ええ。色々と準備がありますから……
あの、五十嵐さん」
なにかしら、と続けるカエデに、有無を言わさず手渡される封筒。
やや緊張した風の声と顔色のタカトシである。
ここでカエデが、出会った最初の頃だったなら。遠くから釣竿なんかで渡せたかもしれない。
ただ現在は、少なくともタカトシ相手には、男性恐怖症が抑えられているのだ。遠くから渡すのは不自然だろう。
「それ、良ければ読んでください。返事はまたあとで――」
言うが早いか、タカトシはカエデの表情を見ないように、そそくさと立ち去ってしまう。
「変なの……」
その後ろ姿を見て、怪訝な顔のカエデ。
とはいえ手紙は受け取ってしまった。読まないのも変だろう。
真っ白な封筒を開けて、中身を読んでみると――
冒頭のような言葉が、書き連ねてあった。
カエデは、読み進めるにつれ、自身の顔が紅潮していくのが分かった。
丁寧に書かれた、美辞麗句の並べ立てられた文面の一字一句が、彼女の身体を赤く染め上げていく。
男性恐怖症という体質のカエデにとって、恋愛感情など縁がないものだった。
校則の通りに、男女の交際を認めない姿勢は、彼女にとても好都合だった。
風紀委員になり、つい乱れがちな周りの風紀を取り締まる。それには、確かなやりがいがあった。
とはいえ。カエデとて一生を独り身で終える気はない。
いつかは男性を好きになって、いつかは交際をして、いつかは結婚し、いつかは子どもを授かる。
世の中は晩婚化が進んでいる。30を過ぎても、結婚するには遅くない。ゆえに、焦る必要など、まだ18のカエデには全くない。
その『いつか』は、まず男性恐怖症を克服してから――克服できないうちは、自分には交際なんて早すぎる。
そう、思っていた。
手紙の半分ほどを読んだところで、カエデは顔を挙げた。
視線を泳がせて、とうにいなくなったタカトシを探す。
まだ顔は紅潮している。
運動もしていないのに、少しばかり汗ばんでもいる。
手と足に、力が入りにくい。
カエデは、まるで自分の身体が自分のものでないように感じていた。
五十嵐カエデにとって、津田タカトシとは。
これまでは、あまり真面目でなく、目を離すと他の生徒会役員共と何をしでかすか分からない、手は掛かるけど可愛い後輩。それ以上でなかったはずだ。
ただ、ときには一緒に仕事をし。ときにはぶつかり合い。ときには不可抗力で遊園地まで行った。
高校生活の長いようで短い時間。そんな中の日常の一コマ一コマを反芻し、カエデが覚えた感情とは――
(私も好き――!)
――恐らくそれは、彼女が生まれて初めて抱いたものであった。
考えてみれば、その感情には納得がいく。男性恐怖症は、タカトシに対してだけは、ここ数ヵ月
その事実は、つまり、恋愛感情の裏付けではないのか。
カエデは手紙を握り締めて、すぐに走り出す。
この気持ちが冷めないうちに――当分冷めることはないだろうが――、タカトシに会いたい。会ってこの気持ちを伝えなければならない。
彼もおそらくは勇気を出して、手紙をしたためたのだ。ここで自分が勇気を出さなくてどうする――!
カエデはそう思いながら、タカトシの教室へと向かっていった。
――ここで話が終わるならば、もしかしてなんの捻りもないハッピーエンドを迎えたのかもしれない。
「とんでもないものを見てしまった……」
そうだ。
その二人の様子は、畑ランコが見ていた。物陰から一部始終。
しかもタカトシが手紙を渡す瞬間は、しっかりとカメラに収められている。
それは少しのピンぼけもない、綺麗な一枚。
また、すぐ後の紅潮していくカエデの表情や、走り出す直前の決意の表情まで。ランコが新聞部に入ってから、おそらくは一番の写真が、撮れてしまっていた。
「これはスクープ!」
生徒会副会長と風紀委員長の熱愛発覚――!
手紙の内容を見たわけではないが、この卒業間近の時季に、読んだ後のカエデの表情から、想像は容易につく。
しかもその想像は、いつもと違って的外れでないだろう。
ランコは既に新聞部を引退しているものの、大学に入ってからもジャーナリズムを志すつもりである。
残された高校生活の僅かな期間であっても、スクープはものにし、勝手知ったる新聞部に赴いては、新たな記事を発行していた。
そして、卒業式を明日に控えたところで、タカトシとカエデのやりとりをカメラに収めた。
これを号外として、明日にでも発刊すれば。
確実に、全生徒の目に留まる。彼女の ジャーナリズム精神は、大いに満たされるだろう。
――しかし。
「これは、胸に仕舞っておきましょうか」
ランコは普段の無表情を崩した。
口元には僅かな笑みも見られる。
そう。彼女はここにきて、高校生活の中で一番のスクープを放棄した。
カエデのことはよく知っている。長い付き合いだ。風紀を乱すからと、度々捕まったりしていたけれど。ランコの熱意を少なからず理解してくれている、友人だった。
タカトシのことも勿論よく知っていた。おそらくはカエデ以上に、タカトシの人となりを理解しているであろう。
可愛い後輩の一大決心と。
大切な友人の恋の行く末。
それらを台無しにできるほど、ランコのジャーナリズムは腐っていなかった。
ランコは笑みを浮かべたまま。カメラを手にしたまま、その場を後にする。
願わくば、二人の恋愛が上手くいきますように。
そして。もっといろんなスクープを見られますように。
畑ランコの胸は、踊っていた。
「なにやってるんだ、畑?」
「また変な写真撮っていたんじゃないですか」
おっと。
話はまだまだ終わらない。
津田タカトシと、五十嵐カエデと、畑ランコが関わった話が、美談で終演するはずがなかった。
現れたのは元生徒会長の天草シノ。
そして新生徒会長の(↓この辺に)スズである。
二人は何か引き継ぎが残っているのか。はたまた卒業式の打ち合わせか。
登校前に落ち合い、話をしながら、今になって玄関口まで来ていたのだ。
この二人がタカトシとカエデのやりとりを見ていなかったのは、幸いであろうか?
とにかくここで、バレるわけにはいかない。
友人の恋路を邪魔する可能性は、排除せねばなるまい。
「いえ、まだなにも。ここで待っていたら思わぬスクープに
ランコは早口で一気に言った。言っていることは普段のランコと大して変わらない。だがバレては不味いという焦りが、捲し立てるような口調にしていた。
背中にはどっぷりと冷や汗をかいている。
「こんな朝早くから盛れるものか!」
「いや、百合という発言を否定しましょうよ……」
シノもスズもいつも通りだ。ランコを不審には思っていない。
このまま逃げ切れる――!
「それはそうと。
卒業式直前に変なことをされては問題ですからね。カメラは一時没収しましょう」
「――!?」
そそくさと退散を決め込むランコだったが、スズの発言とほとんど同時に、大切に首から提げていたカメラがなくなっていた。
(あ……ありのまま、
今起こった事を話すぜ!
『やつらの前から立ち去ろうとしていたら、
カメラが奪われていた』
な……何を言っているのかわからねーと思うが、
私も何をされたのかわからなかった……。
頭がどうにかなりそうだった……。
催眠術だとか超スピードだとかロリだとかペドだとか
そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ)
冗談はさておき。
これは非常にまずい。ランコは焦った。
先ほどの写真は消していないのだ。
普段から生徒会役員共の様子を観察していれば、シノとスズがタカトシに対し、先輩後輩や生徒会仲間という以上の感情を抱いているのは丸分かりだ。気付いていないのはタカトシのみ。
そんな彼女らにあの瞬間の画像が見られたら――間違いなく修羅場になる!
「カメラマンからカメラを没収とは、性器を取られるのと同じですう」
慌てて取り返そうと小柄なスズを羽交い締めするランコ。
しかし無情にも、カメラは即座にシノへと手渡されていた。
「――怪しいな、畑。本当になにも撮っていないのか、確認するぞ?」
「あ、あ、あ。いや、だめ、
「私はもう会長ではないぞ」
普段なら畑の下ネタ発言に対し、少しは食い付いてくるのだが。そのときばかりは食い付きが悪かった。
また機械に弱いはずなのに、実にスムーズな手付きで、カメラを確認するシノ。
シノは無意識のうちに、ランコの焦燥を感じ取っていた。
「こ、これは――!」
そして明るみに出る、決定的な画像。
それを観たであろう瞬間に、シノはガチリと固まってしまった。思考が停止したかのように。
終わった。
ランコは抵抗を止め、床に膝をつき項垂れる。
「なにか写っているんですか?」
(↓この辺にいた)スズは、少し乱れた服をさっと正すと、(↙この辺まで)顔を上げてカメラを覗き込む。
そして。
シノと同様に、すぐさま思考回路がショートして、一切の動きが失われた。
二人が見たのは、もちろん、あの光景。
いつもより緊張した雰囲気のタカトシが、手紙をカエデに渡す瞬間。
そして、真っ赤に紅潮した、けれどなにかを決意した風なカエデが写っていた。
卒業式直前のタイミング。渡される手紙。緊張したタカトシ。赤い顔のカエデ。
それらのパーツを繋ぎ合わせて出される結論は、幼児用のパズルよりも簡単なものに違いない。
「萩村! 至急二人を呼び出せ! 訊かねばならんことがある!」
「し、しかし! 私と津田は、これからすぐにホームルームと、式のリハーサルがあります! 午後は先輩方もリハーサルでしょう! 事情を確認する前に、手遅れになるかもしれません」
「ぬぐぐ……私も一応はホームルームがあるし……仕方ない。私はアリアと共に、五十嵐に事情を訊こう。萩村は急いで教室に向かってくれ。五十嵐もあの様子だ、津田のところへ行っている可能性は高い。なんとしても、早まったことはさせてくれるな!」
「了解です!」
新旧会長たちの決断と連携は、なんと見事なものか。
スズはすぐさま、自分の教室へと走り出した。
――本来なら廊下を走るのは校則違反だ。
だが、それを考える以上に、ことは急を擁していた。
「そろーり、そろーり……」
「待て、畑」
シノがスズの後ろ姿を見ているうちに退散を、と思っていた畑。
しかしシノが重要な証人を逃すはずがない。
むんず、と襟首を捕まえて、ズルズルと引き摺っていく。
「あのー、私もホームルームが……」
「元より卒業生は自由登校だ。私は前生徒会長だからな、きちんと自分のところに顔を出さねば――まったく、これほど過去の肩書が不自由に感じるとは」
その点お前は自由な新聞部だからな、と加えるシノ。
ランコもまた、勝手気ままに取材をしていたかつての自分の行いを悔いていた。
「不純な異性交遊など認めない!」
声高に宣言するシノ。
ズルズルと連行されながら、諦念していたランコは、
(それはいつもの五十嵐さんの台詞よね)
なんてことをぼんやりと思っていた。
長くなりましたので、ここで分割します。
後半は近日中に投稿します!