マチカネタンホイザが普通なトレーナーと頑張るお話 作:うまむすび
トレセン学園は日本全国にある。
トレーナーのライセンスは中央と地方で分かれており、地方のライセンスしか持たない者は中央のトレーナーになることができない。
逆に、中央のライセンスを持つ者は地方のトレーナーになることができる。
中央のライセンス取得は地方とは次元の違う難易度であり、トレーナーとしての知識はもちろん。人格も厳しく見られる。そのため、給与面での待遇も良い。
並大抵の努力ではなれないため、僕は大学生活の4年間を全て中央トレーナーになるための勉強に費やした。
大学の同期?そんなもんは社会に出たら絡まへんくなるんや。いらん、と切り捨てたので友達と呼べる存在はこの世界に一人もいない。
まぁ、元の世界でもおらんかったし変わらんけどな!
陰キャまっしぐらだが、その成果はあり、卒業までに中央ライセンスを取得。
晴れて中央トレセン学園のトレーナーとして、勤務することができている。
しかし、大きな問題に直面していた。
「スカウト難しすぎんか?」
そう。スカウトである。
ウマ娘たちは毎週金曜日の放課後に開催される選抜レースに出場し、自分の実力をトレーナーたちに見せつける。
当然のように上位入着すればするほど、沢山のトレーナーが声をかけるのだが、ウマ娘たちも自分の人生を預ける相手を選ぶのだから、厳しい目で見てくる。
僕も上位を取ったウマ娘たちに何度か声をかけたものの、得体のしれない新人トレーナーのスカウトを受けようなんてウマ娘はおらず、先輩たちベテラントレーナーの方に行ってしまうのだった。
担当するウマ娘の人数には制限が無く、ベテラントレーナーともなれば一人で十数人も担当し、チームとして活動しているトレーナーもいるくらいだ。
ちなみに、同期の新人トレーナーたちは全員が有名なトレーナー家系の人間らしく、早々に担当を見つけて既にトレーニングに励んでいるらしい。
未だに担当がいないトレーナーはぽつんと一人、僕だけだ。
「サブトレーナーは嫌やしなぁ…」
5月までに担当が決まらなければ、一度他のトレーナーの下につき、サブトレーナーとして補佐する傍ら学ぶという決まりがある。
先日、理事長に呼び出され、
「焦燥ッ!担当はまだ見つからないのか?」
と心配されたのも当然。
となりにいた緑のスーツに身を包んだ秘書さんも心配そうな顔をしていた。駿川たづなさんと言ったか…。
つまり、明日のレースでスカウト出来なければサブトレーナーとしての道を歩むことになるところまで来ているのである。
「こんなんやと、あのご先祖様に合わす顔があらへん…」
自分を転生させてくれたあのご先祖様、チャンスを与えてもらったことに報いることができないのが心苦しい。
「ま、なるようになるやろ!」
現実逃避のように、自主練している娘でも見に行こうと思い歩き出したその時、足元に何かがが落ちているのに気付いた。
「手帳…?」
茶色い革のカバーに包まれたそれは、誰かの手帳だった。 見開きで落ちていたため、中身が見えてしまう。
そこにはびっしりとトレーニングのメニューらしきものが書かれていた。しかし感心ではなく、心配を覚える。
「いや、これはやりすぎやろ…」
シニア級ならともかく、もしデビュー前の娘のものだとすれば、明らかに過剰なメニューなのだ。
「どこかに名前は…あった」
最後のページに名前が書かれていた。
かわいい、丸みを帯びた文字で
「マチカネタンホイザ?」
ーーー
あのメニューを書いた娘なら、自主練しているだろうと踏んで学園内を駆けずり回った。
グラウンドにて
「練習中にごめんね。マチカネタンホイザさんってこの中にいる?」
屋内ジムにて
「突然ごめんね。マチカネタンホイザさんって…」
プールにて…
「マチ……タン……」
考えつくトレーニング施設は探したが全く見つからない。
もしかしたら、休憩しているかも?と思い、カフェテリアへと向かってみた。
おばちゃんが片付けをする音がカチャカチャと響く中、ウマ娘が一人ぽつんと座っている。
栗毛の頭に帽子を引っ掛けているが、俯いていて表情は見えない。
しかし、なぜだかわからないが、“この娘だ”という確信があった。
「…マチカネタンホイザさん?」
ハッと顔を上げ、こちらを見る。
金色の瞳は少し潤んでおり、目尻が赤い。
泣いていたんだろう。
「ハイこれ、落としてたよ」
手帳を差し出す。
「あっ、わざわざごめんなさい。ありがとうございます」
受け取りながら、丁寧にお礼を言われた。
その声には元気が無い。
「ごめんね。ちょっとだけ中見ちゃったんだけど、もしかして自分でメニュー考えてトレーニングしてるの?」
なるべく警戒心を与えないよう、努めて穏やかに聞いてみる。
「えっ、あ、はい。私が…考えました。」
あのメニューを一人で考え、実行しているのか。
凄いことだ。かなりの努力家である。
「頑張ってるんやね。でも、あのメニューは身体を壊しかねないから、もう少し抑えめにした方がいいよ」
そう言うと彼女はビクッと、身体を震わせた。
「駄目なんです…」
消えそうな声、だが確かに聞こえた。
「駄目なんですこれじゃ…“普通”な私は皆に勝てないんです」
なるほど。
このトレセン学園には突出した才能を持つウマ娘が沢山いる。その娘たちの才能を目の当たりにして、自身を無くす気持ちはわからなくもない。
しかし不思議なのは、この娘を選抜レースで見たことがないことだ。
「どうして、そう思うの?」
問いかけると、彼女は不思議そうな目で僕を見る。
何かを言いそうに口を開けるが、言葉にならないのかすぐに閉じられる。
僕はしゃがんで、彼女と目線を合わせると、返事を待った。
「…選抜レース、出られてないんです」
「たしかに、君の姿は見かけんかった。まさか…ケガしたとか!?」
ケガをしたなら一大事だ。早く診てもらわないと。
そう言いながら立ち上がる。
「あわわ、違うんです!」
彼女が慌てながら否定し、僕を止める。
再び目線を合わせて続きを待った。
「レースの日になると体調崩しちゃって…それで一度も出られてません。鼻血が止まらなかったり、お腹が痛くなったり…えへへ、ここまで続くと逆に奇跡ですよ」
「そっか…それはまた…」
残念ながら間の悪い人というのはいる。修学旅行当日に風邪を引いたりな。そう、僕のことだ。
しかしひとつ、思い当たる点があった。
いや、確信と言ってもいい。
「マチカネタンホイザさん」
「は、はいっ?」
何事かと、不思議そうな目で見ながら返事をする。
「君は…過度なトレーニングで体調を崩しているんじゃないか?」
「ふぇっ?」
キョトンとした表情で、気の抜けた声を出すマチカネタンホイザ。
「さっきの手帳に書かれていたメニューは、シニア級ならまだしもデビュー前のウマ娘にしてはキツすぎる。でもその様子だと、君はやり遂げているんだろう。ただ、その頑張りすぎで疲労が溜まって…週末のレース分の体力が残せていないんだと思うよ。」
「で、でも!これくらいやらないと私は…皆凄くて、何の才能も無い“普通”な私じゃ勝てないんです」
この娘は何を言うのか。
自分ひとりでトレーニングメニューを考え、勝つために、レースのための体力が残らないくらい自分に厳しくなれる。
そんな娘が“普通”??
とんでもない努力家じゃないか。
“努力できる”というのは、それだけで立派な才能だ。人間なんてのは、基本的に自分に甘い生物なのだから。
だからこそ…
僕は今、自分が誰もスカウトできていないことに感謝している。
「マチカネタンホイザさん」
「は、はいっ!」
「君をスカウトさせてくれないか」
誰にも負けない努力家の、この娘の力になれるかもしれないからだ。
「え、えぇぇぇぇぇ!?」
夜のカフェテリアに、彼女の叫びが木霊した。