マチカネタンホイザが普通なトレーナーと頑張るお話   作:うまむすび

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#3 えい、えい、むんっ

「ふ、ふつつかものですが、よろしくお願いします!」

絶叫し、その大きな目をパチクリさせていた彼女は僕のスカウトを受けてくれた。

 

何も選抜レースの直後だけがスカウトするタイミングではない。それが一般的というだけで、廊下ですれ違った時にスカウトしたって構わないのだ。

 

まぁ、そんなナンパ地味たことをしてるトレーナーはいないし、カフェテリアでスカウトしたトレーナーも大概かもしれないが。

 

ーーー

明けて翌日、金曜日の放課後。

僕とマチカネタンホイザは揃って理事長室にいた。

担当契約書を提出するためである。

 

「了承ッ!君たちの活躍を祈っている!」

 

僕とマチカネタンホイザの署名が入った書類を受け取り、理事長から応援される。

 

「トレーナーさん、こちらがトレーナー室の鍵です」

「ありがとうございます」

 

担当契約を交わしたトレーナーには個室のトレーナー室が与えられる。

他のトレーナーやウマ娘に手の内がバレないようにという学園側の配慮からくるものだ。

チームを持つようになればかなり広いトレーナー室が与えられるらしいが、そんなのはいつになることやら。

秘書の駿川たづなさんから鍵を受け取り、気持ちよく退席しようとしたところ、

 

「トレーナーさん、少しだけお時間よろしいでしょうか?」

呼び止められた。

 

「ごめん。マチカネタンホイザさん。先にトレーナー室に行っててくれる?」

 

マチカネタンホイザに鍵を渡し、先にトレーナー室へ行っているよう伝え、僕はその場に残る。

彼女はコクリと頷くと素直に理事長室を出た。

 

「どうかされましたか?駿川さん」

駿川たづなさん、真面目な話をしますという雰囲気を漂わせた彼女に向き直る。

「たづなで結構ですよ」

「ではたづなさん、何でしょう?」

何かやらかしただろうか。

「んー…何かあるというわけではないのですが、彼女…マチカネタンホイザさんはどちらでスカウトされたんですか?」

「?カフェテリアですね」

「か、カフェテリア!?」

「え、何かおかしいですか?」

僕が把握してなかっただけで、カフェテリアはスカウト禁止なのだろうか。

理事長はたづなさんに任せているらしく、話に入る様子は無い。

 

「あ、いえ。別にどこでスカウトしても構わないんですよ。ただ、失礼ながら彼女は選抜レース後に声を掛けられているところを見ませんでしたので…」

「あぁ。偶然彼女の手帳を拾いましてね。それを届けて、そのままスカウトさせてもらいました」

僕の返答を聞いて、たづなさんの表情が少し真剣味を帯びたものになる。

「トレーナーさん。あなたもおわかりとは思いますが、ウマ娘は大事な3年間をあなたと共に過ごします。当然担当契約は途中で解除できますし、その実例もたくさん見てきました。」

「はい」

なんだろう。僕にやる気が無さそうに見えるのだろうか。

 

「トレーナーさんは彼女をどう育てたいですか?」

 

なんだ、そんなことか。

言わばこれは担当契約を結ぶ面談みたいなものだろう。

試されていると言ってもいい。

 

「育てるとは違いますね」

「と、言うと?」

たづなさんの口調が僅かにピリつく。

本当にウマ娘たちのことを想っているからこそだろう。

僕が生半可な気持ちでいないか、それを確かめたがっている。

なら伝えるべきは社交辞令じゃない僕の本心だ。

「僕は彼女を育てるんじゃない。一緒に育っていくんですよ。」

 

ーーー

驚いたような、でもそれでいて納得したような、たづなさんは僕の返事にそんな表情をした。

時間にして10分程度か。

すぐに解放されたものの、初日から担当ウマ娘を待たせてしまっては申し訳ないので、足早にトレーナー室へ向かう。

ガチャリ

無機質な扉を開けると、

「ん?コーヒー?」

すぐに嗅いだことのある香りが漂ってきた。

マチカネタンホイザはコーヒーが好きなのだろうか。

チームを持たないトレーナーの個室は6畳一間なので、扉を開ければすぐに室内が見渡せる。

彼女は置かれている二人がけくらいのサイズのソファに腰掛けていた。

しかし、コーヒーは飲んでいない。

 

「ごめんね、お待たせ。」

「いえいえ〜。ちょうどコーヒーが入りましたので、どうぞ」

そう言って、マグカップを手渡してくれる。温かい。

「え。僕?」

「コーヒーは苦手でしたか?」

「いや、むしろ好きだよ。ありがとう」

「はい!」

お礼を言うと、にっこり微笑んで嬉しそうにする。

どの程度時間がかかるかわからないのに、タイミングを見計らってコーヒーを煎れておいてくれるなんて。

なんと気の利く娘だ…

 

煎れてくれたコーヒーをゆっくりといただく。

彼女も自分用に作ったカフェオレを飲んで、一服する。

程よく寛いだところで、今日の本題に入ろうと切り出した。

 

「じゃ、マチカネタンホイザさん。早速だけど今後のプランについて話し合おうか」

「はい!でもその前にお願いがありますっ!」

「お願い?」

「名前。マチカネタンホイザって長いでしょう?もっと適当に呼んでほしいなって」

 

たしかに長い。マチカネタンホイザさん。

しかしこれは、単純に名前が長いからというだけでなく、

彼女なりに親しくなろうとしてくれてるのだろう。

 

むん、と呟いてこちらを期待のこもった眼差しで見ている。

 

「んー、でも何と呼べば?」

「なんでも良いですよ、呼びやすいように!」

 

やれやれ、なんでも良いが一番困るんだぞ?

「じゃ、略してマチタンでどうかな?」

「マチタン…マチタン…」

 

語呂を確かめるように静かに呟く。

そうか、まだ入学して間もないから友人間での渾名も付いてないのか。

 

彼女の態度に妙に納得していると、

「いいですねぇ、マチタン!」

本当に嬉しそうだ。

どうやら気に入ってくれたらしい。

 

「じゃ、マチタン」

「はい、マチタンですっ」

 

どうやらこの娘、かなりノリの良いタイプか?

友達たくさんできそうだな、僕と違って。

羨ましくなんてないんだからね!

 

「今後のスケジュールだけど」

「はい!」

「まず、デビュー戦までの間はできるだけ身体を休めよう」

「えぇっ!?」

驚くだろうな。かなりきつい自主トレーニングをしていた彼女のことだ。

できるだけトレーニングしないと不安でもあるのだろう。

 

「と、トレーニングは…」

「トレーニングはするよ。休めるといっても何もしないわけじゃない。でも、君の自主トレーニングは自分の身体にかなり無理をさせていたってことはわかるね?」

「はい…」

「このまま続けると筋力のバランスが悪くなって上手く走れなくなる。それだけじゃない。怪我をする可能性もあるんだ。」

 

しゅん…としながらも大人しく聞くマチタン。

耳も垂れている。

違うんだ、何も嫌がらせがしたいんじゃない。

 

「僕はね。自分の担当するウマ娘には、怪我なく楽しんで走ってほしいんだ」

「えっ、でも勝てないと…」

 

勝てないと意味がない。そう言いたいのだろう。

彼女らウマ娘は、本能的に“勝ち”に拘る傾向が強い。

“勝利のために走る”

そう思っている娘がほとんどだ。

そしてその気持ちはよくわかる。

どんなに頑張ったって成績が悪ければ、社会ではいらない者扱いされるのだから。

でも僕は彼女の努力を信じたい。

それが報われる瞬間も見てみたい。

だからこそ、”勝利”の2文字だけに拘ってほしくはなかった。

 

「当然、勝つことは素晴らしい。でも、それに固執しすぎて本質を見誤ってほしくないんだ。」

「本質?」

「勝利はあくまで結果だ。君の努力が実を結んで”勝利”に繋がる。そして僕は、君なら勝てると信じている」

「え、えへへ…」

ちょっと照れくさそうに、頬をポリポリとかく。

出会って間もない人間が何を言ってるんだろうな。

でも、直感だろうか。

”この娘は強い”

本当にそう感じる。

 

「でも、自分の身体を差し出してまで勝利を得てほしいなんて、僕は思わない」

「でも!私が勝てばトレーナーにも賞金が入るんでしょ?お金、いらないの?」

 

素朴に疑問。といった表情で聞いてくる。

純粋なんだろう。

だがお金か。

僕は一度転生させてもらっている。

この世界に来させてもらっただけで御の字な身分だ。

「マチタン。お金なんてのは二の次だ。あるにこしたことはないが、それ以上でもそれ以下でもない」

「なるほど!」

「まぁ、いつかはマチタンも引退するだろうから、自分の分は貯めといた方が良いぞ」

レースの賞金がどれくらいもらえるのかは知らないが、貯めといた方がいいだろう。

しかし彼女らは色々とモノが欲しくなったり、友達付き合いも増える年頃だ。使うべきときには使い、必要な分だけ貯めておくべきだろう。

「なんか、おじさんみたいなこと言うね!」

ニコニコと悪気なく言う。

「失礼な。僕はまだ20代や」

少なくともこの肉体は、だけど。

 

「あ、関西弁!」

「ん?あぁ、関西出身やからね」

「どこ出身なの?」

「京都競馬場の近く、淀だよ」

「おー!」

「さ、コーヒーごちそうさま。今日のトレーニングに行こうか!」

「よーしがんばるぞー。えい、えい、むん!」

「むん?」

「むん!」

 

彼女なりの掛け声か。

マチタンが体操服に着替えるのでトレーナー室の扉前で待つ。

えい、えい、むん!

なんとなく、心の中で真似してみる。

なんかいいな…これ。

 

ガチャリ

 

「トレーナーさん、お待たせ〜」

「ううん、じゃあ行こうか」

「うん!今日は何するの?」

「まずは今の君の能力チェックをして、それから考えるよ」

「はーい、がんばるよー」

二人で話しながら、テクテクとコースを目指す。

 

さぁ、まずは準備運動から始めようか!

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