マチカネタンホイザが普通なトレーナーと頑張るお話   作:うまむすび

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#6 カフェラテ(無糖)な二人

「さて、マチタン」

「はいっ!」

「まずは、この手帳をお返ししよう。ありがとう助かった。君はすごいよ、本当に」

「えっ、いやいや私が気になったこととかを書いていただけだから普通だよ〜。ちょっとでも力になれたなら良かったけど…」

謙遜…ではないな。彼女は本当に自分が”普通”、自分にできることは他人もできると思っているんだろう。

その考え方は美点でもあるし、ある種の危うさを孕んでもいる。

 

これが他人に対して、

”自分ができることがなぜできないのか”

という風に思うようになると、非常にまずい。

この娘にはそんな大人になってほしくないな、なんて父性のようなものがコンニチハしてくる。

結婚したことも子どもがいたこともないけどな。

 

だが彼女は、自分は普通だと本心でそう思っているが、それを他者に押し付けるタイプではないし、他者への思いやりも忘れない。

朝食を摂らない僕を心配してくれたのが良い証拠だろう。

出会ってからほとんど経っていないが、彼女の人となりの良さは十分伝わっている。

 

「まず君のくれたデータ、これは非常に正確でわかりやすかった。」

「ありがとう…?」

「あと、所々に描かれているイラストも僕を楽しませてくれた」

「え、えへへ…」

「そこでだ」

本題に切り替わるのを察したか、シュッとマチタンが背筋を伸ばす。

心なしか緊張した面持ちである。

 

「君のメイクデビューは7月にしよう」

「7月?」

「そう。これは、併走トレーニングの結果や君の当初計画していたトレーニングプランをもとに作成した、本日のトレーニングメニューだ」

そう言って、A4の紙を1枚差し出す。

マチタンがふむふむと言いながらしっかりと目を通すのを待ち、続けて話す。

 

「このプランなら、君の不足している部分、今は加速力だな。それを十分に高めた上でデビュー戦に挑むことができる、と思う」

「ほほぅ!」

そう。彼女はスタミナには問題がない。

有り余るほどではないが、集中的に強化すべきは仕掛ける時のパワーだ。

差しを得意とする以上は、前を走る誰かを抜かなければならない。

圧倒的な加速で。

そして、パワートレーニングをすれば自然とスタミナは身につくが、スタミナトレーニングを集中的にしても加速に必要なパワーはあまり身につかない。

使う筋肉が違うからね。

なので、パワー7:スピード3くらいの割合でトレーニングを組んでいる。

ただし、あくまでも無理のないように加減してある。

しばらくの間はトレーニングしつつ、マチタン帳トレーニングで溜まった疲労を抜き、彼女の成長具合に合わせてトレーニング強度を上げていこう。

 

「ふむふむ。この”賢さ”っていうのは何するの?」

メニューの一部をさしてマチタンがきく。

一日中トレーニングなんかしてたら身体を壊すので、座学的なものも挟んでみたのだ。

「まぁ、レースに対する知識を養う”お勉強”だな」

「ぐえぇおべんきょぉぅ…」

「そう、嫌そうにしないでくれよ。飽きないようにするからさ」

「信じてるよートレーナーさん」

ま、勉強って聞いたら大概の学生は嫌がるわな。

大人でも嫌だもの。

 

「メニューとか、何か不満があったら言ってくれよ?」

「不満なんか無いよー、抑え気味のメニューっぽいのは、私が無理しないようにってことでしょ?」

「あぁ、そうだ。」

察しがいいな。

いや、最初に話したから覚えててくれたのは嬉しいんだが、多少は意見してくるだろうとも思っていた。

新人である僕なんぞ、トレーナーとして全幅の信頼を置くには心もとないだろう。

実際、マチタンが初めての担当バである僕には学生の時に学んだ知識しかないのだ。

何人もGⅠウマ娘を排出している、チームリギルやチームスピカのベテラントレーナーとかなら、こうトレーニングすればこう育つという解法がわかるのかもしれないが。

 

「僕は新人だからね。何か思うところがあったら言ってくれ、どんな意見でもいいから。君のレース人生はこれからなんだから、二人で相談しながら頑張っていこう」

「そういうことならわかったよ〜、でも思うところかぁ」

「何か思った時、気になった時でいいよ。あ、でも不調があったら絶対すぐに言うこと、小さな違和感でもだ。これは約束してほしい」

「うんっ、約束するよ!」

いつもの笑顔だが、真剣な目で応じてくれるマチタン。

いくら真剣に見ていても、本人にしかわからない不調というのはあるものだ。

それに早く気付ければ、大怪我するようなことは未然に防げるはずだ。

「よし、じゃあコーヒーもいただいたし、トレーニングに行こうか」

そう言って席を立とうとするが、

「あっ!」

マチタンが何かに気付いたような声を出す。

「どうした!?」

まさかもう既に足が痛むとか?

併走トレーニングは無理があったのか?

嫌な考えが脳裏を過ぎる。

 

「ひとつ気付いたことがあったよ〜」

 

ゴクリ…喉がそんな音を立てたように感じる。

息を飲むってのはこういうことか。

とても長く感じるような、一瞬の間を置いて彼女は言った。

 

 

 

 

「トレーナーさんも、カフェラテが好きなんだね」

 

 

 

「えっ?」

構えていた僕の心は行き場を失い、間抜けな声が宙を舞ったのだった。

 

 

「ブラックじゃなくてカフェラテを選んでたから私と一緒だねって…どうしたのトレーナーさん?」

ぽかーんと、そんな擬音が聴こえそうなくらい、立とうとした姿勢のまま固まっている僕を見てマチタンが怪訝な顔をする。

「い、いやなんでもない」

なぜかわからないが、とりあえず取り繕って返事をする。

「今のところ、身体に異常は無いね?」

「うん、元気だよ〜」

良かった。なにもないならそれで良いんだ。

これで、併走トレーニングの後からちょっと…

なんて言われたら僕の心が音を立てて砕け散るところだった。

 

「さ、気を取り直してトレーニングに行こう!」

「はーいっ」

 

耳をピコピコさせながら、ついてくる彼女。

向かう先はトレセン学園レース場。

今日は二人とも既にトレーニングウェアだ。

僕はトレーニングするわけじゃないので何でも良いのだが、気分のスイッチみたいなものだ。

 

マチタンは体操服が洗濯中なのだろう、自前のウェアを着ていた。

紺色の短パンに、薄い水色のシャツ。その上から白い薄手の上着といった様相である。

蹄鉄付きのシューズが入った袋だけ片手に下げているが、あとは肩からかけたサコッシュに荷物が入ってるようだ。

 

対して僕の荷物はトレーニングの記録用紙を挟んだバインダー、スマホ、スピーカーくらい。

スピーカーを何に使うかって?

決まってるだろう。

 

「ラジオ体操だいいちぃ!」

 

爽やかな男性の声が響くと、魂に刻まれたリズムが続く。

刻まれているのは僕だけだが。

 

「「いちに、さん、し、ごぉ、ろく」」

 

「足を戻して手足のうんどぉう!」

二度目にしてほとんど覚えたらしく、僕の動きとほぼシンクロしているマチタン。

尻尾をふりふりっと動かしているあたり、ちょっと楽しんでくれているのだろう。

そんな素直なマチタンに感謝しながら、身体を動かしていると、やはり何人かのウマ娘にチラチラと見られている。

 

遠くから堂々とこちらを見ているそこのハッピーミーク、自分のトレーニングに集中しなさい。

と思ったらその横で桐生院さんも不思議そうな目で見ているが、なんで二人揃って不思議なものを見る目をしているの?

 

「ふぅ〜」

「はい、おつかれさん」

「次は、軽くジョギングでいいのかな?」

「そうだね、ダートの方をかる〜く2周してみてくれ。朝だから筋肉を伸ばすよう意識しながらな」

「りょーかい〜」

トットット…

そう言うとマチタンは軽い感じで駆け出していった。

ダートにしたのは膝への負担を考慮してのことだ。

 

マチタンのジョギングを見ながら、メイクデビューについて考える。

ウマ娘のレースは、観る側にとってはこの上ない娯楽として大人気だが、勝者がいるということはその影に敗者がいるのだ。

 

メイクデビューで1着が取れなければ、次に挑むのが未勝利戦となる。

マチタンが得意なのは芝の中長距離ということで出走のチャンスは多いだろう。

しかし、毎月前後半の2回しか挑戦のチャンスは無いのだ。

まぁ不思議なことに彼女ならメイクデビューで1着を取るだろうという確信があるんだけどね。

先日併走に付き合ってくれたミホノブルボンとハッピーミークはいつ頃出走するんだろう。

聞いたら教えてくれそうだけど、そういうのは違うだろうな、やめとこう。

 

ところで桐生院さんは何やら分厚い本を見ながらミークに指示している。

なんだろう?あの本。

ウマ娘に関する書籍は一通りチェックしているが、あんなもの無かったはず…ていうかあれ古文書みたいな見た目だな。

 

しかしまぁ、ウマ娘たちがライバルである以上、トレーナー同士もピリピリするよなぁ。厳しい世界だ。

そう考えると、桐生院さんと腹筋先輩はやっぱり本当に良い人なんだろう。

 

そんなことを考えていたらマチタンはジョギングを終えたようでこちらに戻ってきている。

いい感じに身体が温まったようだ。さて、パワートレーニングのアイテムを準備をしよう。




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