Azure crew ~エルフと女海賊と6色目のマナ~ 作:黒片大豆
5-1《エンヴィロント、緑の桃源郷》
「山渡りの次は、森渡り、ね。」
船から降りたユンファの、開口一番の台詞だ。
ユンファ達はエンヴィロントに到着した。《青の図書館》にも存在しない海図を使い、未知の海流に乗ってきた。
エンヴィロントは全く人の手が加えられていない、未踏の土地であった。原生林が生い茂り、ここでしか見れない生物もいた。
「危険な生き物だらけだけどね。」
ユンファはナイフに付いた血を拭いながら呟いた。目の前には巨大な蜘蛛の死骸があった。
「今のこの大陸で、空を飛ぶことは死を意味します。覚えておいてください」
《リト=ハク》が警告した。ユンファが『近道するわね』と、一緒にいた《ザイカ》を抱え、飛翔の呪文を使い飛んで行こうとした時には、彼女はそんな警告はしなかった。
ユンファは、体に纏わり付いた蜘蛛の糸を取りながら、リト=ハクの話を聞いていた。
「一昔前まで、こんなに凶悪な生き物は居ませんでした。森の生き物が凶暴化したのは恐らく……。」
「《紫の力》の所為かしら?」
リト=ハクは、無言のまま頷いた。
ユンファはとりあえず、この大陸の状態を理解した。そしてさらに、この大陸の長……エルフの長への興味が沸いてきた。
「早いところ、お偉いさんに会わなくてはね。で、リト=ハク。この大きな繭、破るのを手伝ってくれない?? ザイカが窒息しちゃうわ」
《緑の桃源郷》には、《ユンファ》《ザイカ》の2人だけで行くことになった。《テンザ》には、海賊船《ディーピッシュ》の守りをお願いした。
《リト=ハク》達以外のエルフ達は、別の集落に住んでいるのだという。入港後(港など無かったが)は別行動を取っている。
「中央集落……エンヴィロントの中心、我々の長が住まう場所まで、2日はかかります。途中に小さな集落がありますから、そこで休憩を取りましょう」
急ぎの旅であったが、ユンファはリト=ハクの提案に乗った。エルフ達の生活環境を知りたいという探究心からであった。
また蜘蛛以外にも、数々のクリーチャーがユンファたちを襲った。独自の進化をした双角獣や、樹に化けた魔物なども居た。
「……紫の力の所為と思われますが……ここまで魔物が活性化したことは在りません。」
リト=ハクは異常事態に気づいた。寄る予定であった集落のことが心配になってきた。
「集落は大丈夫なんでしょうか? リト=ハクさん」
ザイカはリト=ハクの心境を察してか判らないが、リト=ハクに聞いた。
リト=ハクは答えられなかった。が、その回答には別の形で答えた。
「集落のエルフが、消える事件がおこっている。ここ最近な。」
1つ目の集落は、すべてのエルフ達が魔物に襲われていた。遺体はすべて、巨大な爪のようなもので切り裂かれていたのだ。
2つ目の集落は逆に、すべてのエルフが魔物になってしまった。それらは巨大な爪を持ち、動くものすべてを引き裂かんとしていた。その魔物達は、リト=ハクたちに退治された。
3つ目の集落は、忽然と姿を消していた。集落があった場所には草木一本生えておらず、全くの更地が広がっていたのだ。
「次の集落が、4つ目になって無ければよいがな。」
ユンファが発した一言に、リト=ハクは怒りを感じたが、しかし実際、そうなっていないとは言えない。ユンファは生の《紫の力》を持っているのだ。力の影響が無く、この旅が終わるとは思えない。
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「ここのはずだが……、おかしいな。」
リト=ハクは顔をしかめた。集落にたどり着けないのだ。
「道にでも迷ったのか? エルフなのに。」
ユンファは軽い声でリト=ハクをからかったが、しかしリト=ハクは真剣だった。
「この場所のはずだ……見てみろ。」
リト=ハクの指差す先には、木で組み立てられている家があった。
「あの小屋があるということは、ここが集落の入り口だ。」
リト=ハクは道に迷っていなかった。確かに集落に到着したが、しかしそこは既に、集落ではなくなっていた。
「……4つ目、か……!」
リト=ハクは、怒りで顔が歪んでいた。
ザイカは疑問に思った。ここが集落だったとしても、明らかにおかしい部分がある。地面や小屋、周囲に樹やツタが生えすぎている。
「最近まで、人が住んでいたところとは思えないけど……。」
小屋の前に来て、確信に変わった。ドアの部分にツタがまきつき、開けられる状態ではなかった。ドアの役目をしていない。
そこでザイカは、思い切ってドアを開けてみることとした。腰につけた短剣でツタを切り、ドアを開けた。
小屋の中は、信じられない光景であった。ツタどころではなく、小屋の中に樹が生えている。しかも2本も。
「1本は…小屋の中央。もう1本は……ベッドの上から、か。」
恐る恐る、何かに惹かれるように小屋の中に入ったザイカは、ベッドから生えている異様な樹に注目した。
顔があった。
「……!!」
樹の根元に、エルフの顔があったのだ。
ザイカは恐怖で声が出なかった。ザイカはその場で腰を抜かしてしまった。
「これは……!」
ユンファが後ろに立っていた。流石のユンファも、この光景に驚いている。
「エルフが……《樹》になってしまったというの?」
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夜も更け、魔物が活性化してきたこともあり、この集落で一晩を明かすこととなった。
「防護の結界を張るわ。」
ユンファは素早く呪文を詠唱し、焚き火を中心に青白いドーム状の光の幕を作った。ユンファも昼間の情景がショックだったのか、その後は大人しい。
その後他の家の中を見たが、結果は同じだった。皆、《樹》になっていた。
「あまり良い気分ではないな。」
ユンファが口を開いた。素直な感想だ。
「……紫の力は……」
リト=ハクが独白のように語りだした。中央にくべた薪の炎がゆれている。
「生き物を堕落させ、滅ぼす力だ。」
この回答に、ここに居る誰もが反論できなかった。
「だから早急に、この力を何とかしなければならない。こんな悲劇を止めるために。」
「その意見に関しては、私も同意見よ」
ユンファも、そしてザイカも賛同した。
「といっても、最初からみんな、目的は同じでしょ。」
「……。」
リト=ハクは、否定も、肯定もしなかった。
「リト=ハク。あなたは今日は休みなさい。明日も道案内をお願いしたいし、この中で一番疲れてるのは、多分あなたよ」
ユンファはリト=ハクに休憩を促した。この状況で心身ともに一番疲弊しているのは、リト=ハクであろう。慣れない船旅の疲れが残っているはずだ。そして今回の事件。身も心も、ボロボロだろう。
「……ああ、そうさせてくれ。」
ユンファの気遣いに、素直に従いリト=ハクは横になった。彼女は心底、本当に疲れていた。
「ザイカ。あんたも横になりな。見張りは暫く私がしておくから。」
ザイカはその申し出に対して断りを入れた。
「い、いえ、次に疲れてるのは船長です。船長が先に休んでください!」
次に疲れているのはユンファだ。彼女もかなり無理をしている。ザイカはそれを感じ取っていた。
「……船長に意見するなんて……。」
「ボクには《遠目》があります。なにかがあれば直ぐに報告できます!」
ザイカの勢いに、ユンファは僅かに怯んだ。船にいた時に比べて、今のザイカは気迫が違う。
「……そういえば、最初にこの集落に残っていた小屋の扉を開けたのは、あなただったわね。」
ユンファもリト=ハクも、小屋の扉を開けることに若干の躊躇があった。理解不能な現状で、小屋の中を覗くにはリスクが大きかった。そんな中、一人率先してザイカは扉を開けてしまった。
「正直、無謀にもほどがあるわ。後ろから見てて冷や汗ものだったもの。結果的には、集落の現状が直ぐに理解できたけどね。」
ザイカはそう言われて、初めてハッとした。自分が非常に危険な行動を取っていたことに、今更ながら気づかされた。
「……なんか、エンヴィロントに来てから、気分がおかしいんです。」
ザイカは話を続けた。
「気が高揚するというか、外から内に向かって、なにかが入り込み、そして溢れてるような感覚で……。」
ザイカは身振り手振りで、エンヴィロントに着いてからの自身の気持ちの変化を伝えた。
「それは《マナ》の流れを感じているのだろうな。」
焚き火を挟んでザイカの反対側から女性の声。リト=ハクが答えた。
「あら、寝てなかったのね。それとも起こしちゃったかしら。」
「後者だ。そんな真横で喋られてたら寝られない。」
あらごめんなさい、といった感じで、ユンファは自分の口を手で押さえた。目は笑っていた。
横たわっていたリト=ハクが上半身を起こし会話に加わった。
「ザイカさん。あなたの仰ったその感覚。紛れもないエルフの所存です。ですが、少し特別な種類のものです。」
リト=ハクは会話を続ける。
「我々エルフは、マナの流れを読み、体内に蓄え、増幅させることが出来ます。ですが稀に、生まれつきマナを扱うのが苦手なエルフも存在します。」
「思い出した、図書館の本で見たことがあるわ。マナを扱えないエルフの話。」
ユンファがリト=ハクの話に乗ってきた。
「確かその本では、本来エルフは体内にマナを蓄えるが、扱いが下手だと、まるで風が通り抜けてしまうがごとく、マナが抜けて行くって。」
ユンファが思い出した本の内容に、リト=ハクは肯定した。
「はい。つまりはザイカさんは、マナを体内に上手く溜められないエルフに当てはまるかと。ただ、エンヴィロントに来て、今までに無いほと大量のマナに充てられたことで、気分が高ぶっているのでは。」
なるほどそれなら、ザイカの変貌に合点が行く。一連の考察を聞いて、ザイカが口を開いた。
「……でもこの感覚、『初めて』なんです。マナ扱い下手でも、このエンヴィロントで過ごしていれば、この『流れ抜ける感覚』は経験するはず。ですがボクはこの感じは初めてでして……。ここからは何も思い出せないです。」
マナの感覚が、ザイカの記憶を呼び戻すきっかけになるかと、ユンファは期待していたが、それは外れたようだ。
「……。」
ユンファが顎に手を添えて黙ってしまった。何か考え事をしているようであった。
しばらくの沈黙を経て、三人は改めて休むことにした。リト=ハクは直ぐに横になり、また、ユンファも、ザイカの申し出を受け入れ、先に仮眠を取ることにした。
「少し寝たら、見張りは代わるから。よろしくね」
ユンファはそういうと横になった。途端、直ぐに寝息を立てた。
「船長、本当に疲れていたんだなあ。」
ザイカは大きなあくびをひとつして、『パンッ!』と頬を叩いた。
「もう少しで、なにかが分かる気がするんだ。ボクが頑張らないと。ボクが足を引っ張っているようじゃダメなんだ!!」
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ユンファは夢を見た。懐かしい夢だった。
《青の図書館》に居た頃の夢。まだ学生だった。先ほど、図書館の話をしたからだろうか。
友人と食事したり、講義を受けたり。
そして、管理人に恋をしたり。
主席で卒業後、研究を続けようとしたら、彼から『無意味だ』と言われた。
『この世界には、本に書かれていないことがまだ沢山あるんだ。僕はそれを研究している。
図書館の人間は僕を馬鹿にするけど、本に書かれていないことでも、実際に自分で見たり体験したりしたことが、真実なんじゃないかなって。
僕の研究を一緒に行わないかい?僕はいま、《紫の力》について研究しているんだ。』