Azure crew ~エルフと女海賊と6色目のマナ~ 作:黒片大豆
牢屋であって牢屋ではなかった。
ザイカとユンファは、村の地下らしき場所にいた。なぜ地下にいるとわかったか。それは、ザイカたちのいる場所が、そのまま大木の根で囲まれていたからだ。
壁は土であり、不均等に樹の根が這っていた。その樹の根を上へ辿ると、一点に集中していた。部屋の天井の中央だった。
部屋の天井は丸みを帯びていたことも考慮すると、この部屋は、大樹の根の部分をそのまま流用し造られたのだろう。
そのため、入り口と思われる場所が見あたらい。気を失っていたザイカには、一体どうやってこの樹の根に囲まれた場所へ入れられたのか、検討もつかない。
しかし明かりは差していた。根の一部分には土がついておらず、そこからエルフたちの住居とそっくりな造りの部屋が覗けた。だが、その土が無い部分にもしっかりと根は這っており、その隙間から出入りすることは不可能だ。
「樹の根を動かしたのでしょうね。」
ザイカの後ろには、いつの間にかユンファが立っていた。
「船長、体のほうはもう良いのですか?」
「まだ、指先が痺れているわ。」
彼女の指は小刻みに震えていた。
「あのお茶、もっと飲んでいたら流石に不味かったかも。」
いつものユンファでは無かった。彼女は普段、多少のピンチであってもあっけらかんと笑顔で切り抜けていた。
が、今の彼女には余裕が無い。彼女の眉間には深く皺が刻まれていた。
「さてどうやって出ようかしらね。」
光が差す樹の根の隙間を伺いながら、ユンファはあれこれと考えを巡らしていた。
そんなユンファに対し、ザイカはさらに余裕など無かった。先刻の、『エルフのお茶会』での一件の事が原因である。
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「大切な部下を、そんなに簡単に置いていけるのか、あなたは!」
ザイカに剣を向けているリト=ハクが声を荒げた。
「せ、船長、すいません……。」
「ええ、置いて行くつもりよ。」
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「……船長!」
先ほどの言葉は嘘であってほしい。もしくは、エルフたちを目前に出た、出任せであってほしい。
ザイカはそんな期待をこめて、ユンファに切り出した。
「何よ、ザイカ。私は今、考え事をしているのよ。」
「さ、先ほどの……ことなんですけど。」
とりあえず声をかけてみたものの、うまくそれ以上の言葉が出てこなかった。ユンファの発した言葉が真実であった場合、自分の存在自体が否定されてしまいそうで、恐ろしかったのだろう。
「……本当よ。私はあなたを置いていく。」
ユンファはザイカが何を聞きたいのかを瞬時に理解し、そして、ザイカが一番望んでいなかった回答を示した。
「ザイカ、あなたが海賊になった目的は? この《エンヴィロント》に来ることでしょう? これで、あなたが海賊である必要がなくなったのよね。」
確かにその通りだ。ザイカの目的は、自分と同じ種族であるエルフたちが住む、閉ざされた島《エンヴィロント》へいくことだった。そのために海賊になった。
「大丈夫よ、ザイカ。エルフ族は同種を尊重する種族よ。あなたがエルフであるということが証明されるだけで、彼らの仲間として扱われるわよ。」
ユンファに、このエルフの里での生活をアドバイスされた。しかしザイカはそんなことを心配しているのではない。
「ぼ、僕が居なければ、誰が《遠見》するのですか!? それに、雑用とかも……。」
「以前の遠見の方法に戻すだけ。《嵐鳥》を飛ばして天候を確認する。雑用だって《コーダ》が居るし、他の部下たちで十分よ。」
ユンファの言い分を統合すると、『つまりあなたは、居なくてもいい』ということだった。
直接でなく遠まわしに言われたことが、さらにザイカにはショックだった。ユンファはこれでもザイカに気を使った結果なのかもしれないが。
「……お? 向こうの部屋の奥に誰か居るわ。見張りかしら? 2人いるなあ。」
うっすら光の差す隙間からユンファは向こうの部屋を観察していた。結果、彼女は見張りらしき人物が居るのを突き止めた。
「お〜いそこのお兄さんたち! ちょっとこっちにおいでよ〜!」
狭い、根の隙間からユンファは腕を伸ばし、見張りを手招きした。
「……。」
しかし見張りは、彼女の行動を完全に無視した。エルフたちにはユンファは《蒼の魔女》として伝えられている。近づいただけで、命を奪われる可能性だってある。
「お〜い、見張りの方々。今から、炎の術でこの牢屋を焼き払おうと思うから、炎や煙に撒かれないように逃げたほうがいいわよ〜。」
「……!」
流石に彼女の発言に、2人のエルフ兵は血相を変えて牢屋の前に来た。あの《魔女》ならやりかねないと思ったからだ。
この牢屋に使われている樹は特別で、強力な術法を、ある程度なら抑える能力がある。魔女といえども例外でなく、強い術が使えないハズであるが、用心に越した事は無い。
しかし、エルフたちの行動も全て、ユンファの計算どおりであった。
見張りのエルフがまず1人、隙間から牢の中を見た。
薄暗い牢のなかに、ユンファの姿が見れた。
彼女は何故か、服をはだけ、透き通るような柔肌を露出していた。
容姿端麗なエルフが一瞬、その姿に見とれてしまった。彼女の美しさはエルフでさえ魅了する。
「いやん♪ そんな所ばっかり見ないで……。目を見てよ。」
彼女は片目に眼帯をしている。彼は隻眼の彼女の目を見た。
「はい、お勤めご苦労様。」
心に隙を作りすぎた見張りエルフは、簡単に《魅了》された。ユンファの術である。
「おい、どうした!」
もう1人の兵士も、彼女が居る牢屋を覗き込んだ。
もちろん彼も、全く同じシチュエーションを目の当たりにし、そして魅惑の世界に取り込まれることとなった。
「こんなところで炎なんて出すわけ無いじゃない。私たちがローストされてしまうわ。」
ユンファは半脱ぎ状態の服を直し、先ほど誕生した下僕たちに、牢の開け方を聞いていた。
どうやらユンファの読みどおりに、根自体を動かすらしい。動かすことができるのは、樹と語らうことができるエルフだけだ。
「じゃあ、とりあえず私を出して。」
「「はい。」」
虚ろな目をしたエルフ兵2人が、樹の根に触り、なにやらぶつくさと呪文を唱え始めた。否、樹と語っているのだ。
刹那、根がまるでゴムバンドのようにやわらかくなり、そして狭かった隙間が人一人分通れるくらいに広がった。
隙間からユンファは這い出た。そして下僕二人に、また牢を閉めてくれと頼んだ。
もちろんまだ、牢の中にはザイカが居る。
「……僕はもう、必要ないのですね。」
牢の中から、ザイカの声が聞こえた。ユンファに対する質問なのか、自虐的なものなのかは定かではなかった。
ザイカは記憶をなくし、その状態で初めて頼りにできる仲間に出会った。海賊であったが、特にその船長には、絶大な信頼を寄せていた。
そんな人に、切り捨てられたのだ。彼の心の傷は、ユンファが思っていた以上に深かった。
「……ザイカ、おそらく、私たちが目指す場所は、これから激戦を強いられるわ。」
ザイカの独り言とも取れるつぶやきに、彼女は彼女の意見をぶつけた。
「正直、あなたの力では、他人どころか、自分自身も守れないし、逆に、あなたを守って誰かが命を落とすことになる。」
ユンファは、ザイカの居る牢には既に目を向けていない。
「だから、今回はいい機会だと思う。もう、海賊をやらずに、普通に生活していい場所に、あなたはたどり着けた。」
ザイカも、うつむき、牢の外を見ようとしない。
「誰も、もう、死なせたくない。私の『大切な人』はもう、失いたくないの。」
ザイカは、少しだけ、顔を上げた。彼女の後ろ髪が、狭い隙間から見ることができた。
「……さよなら、よ。ザイカ。」
栗色の長い髪が流れ、彼女はその場を去った。
(家族ごっこは、もう、十分。『同じ名前の人物』が、2度も死ぬところを見たくないのよ、私は!!)
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《魔女》脱走の急報が流れたのは、それからしばらくしてからだった。だが時既に遅し。ユンファは、《紫の石》を封印していた祭壇の前に立っていた。見張りのエルフは皆、ユンファの術により夢の中に落とされていた。
ユンファが持ってきていた《石》は、祭壇の手前に無造作に置かれていた。一緒に何かの紋様が描かれた木簡などがあったが、使われたような形跡はない。
「あら、ちょうど封印しようとしてたのかしら。」
ユンファは、木簡に描かれている紋様に見覚えがあった。ユンファが持つ紫の石が封印されていた、セルバの商業船で使われていたものとほぼ同じだ。
ユンファは、目の前の《紫の石》を右手で、優しく掴んだ。もちろん、細心の注意を払って。
「これは、返して貰うわよ」
石は、淡い紫の光を発していたが、今はそれは穏やかであった。
「……さて、と」
そしてユンファは、祭壇の前に左手をかざした。
ユンファの手が青白く光り、刹那、空間に無数のひび割れが生じ、ガラスが割れるような激しい音を立てて砕けた。エルフたちが用意した《紫の石》を封印する結界を、ユンファが《解呪》したのだ。
「エルフたちの《石》も、《強奪》して行きましょ。海賊らしく、ね!」