Azure crew ~エルフと女海賊と6色目のマナ~ 作:黒片大豆
エルフの祭壇の結界が破れていることは、誰の目でも明らかだった。
祭壇の中央にある観音開きの小さな扉は全開となっており、その中には何も入ってなかった。
「リト=ハクはどうしてます?」
エルフの長、エレーシャが、周りの付き人に確認した。海賊ユンファの脱走の一報を聞きつけ、エレーシャは直ぐに部下をつれて《紫の石》を封印する祭壇に向かった。が、既に祭壇の封印は解かれ、《紫の石》は持ち去られていた。
「リト=ハクなら、既に海賊の追跡を命じております。今は北西の森を探索中かと。」
エレーシャの付き人が答えた。
「そうですか……。サポートが必要ね」
そういうと、エレーシャは付き人に杖を持ってくるよう命じた。この命令に、付き人のエルフは心底驚いた。
「……エレーシャ様!まさか、あなたが出られるのですか!?」
ええ、とエレーシャは頷いた。
「せっかく得られた《紫の石》を奪い返され、封印されていた祭壇を簡単に《解呪》され……」
エレーシャの顔が一瞬曇る。
「そして、祭壇の中身を見られた」
付き人は、エレーシャの言いたかったことを理解していた。この祭壇の秘密は、エレーシャと一部のエルフにしか知られていない。
「あの海賊、やはり只者ではない。もしかしたら、《リト=ハク》や、私の秘密にも感づいているかもしれません」
そして彼女は眉間にシワを寄せ、怒りの表情となった。
「エルフの長としての責任があるわ……私が、あの海賊に引導を渡しましょう」
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「まさか、森を動かすなんてね」
ユンファは呟いた。額には汗がにじんでおり、明らかに疲労の色が出ていた。
朝にエンヴィロントの中心に進んだ道を、記憶を便りに戻っていたはずだった。記憶力には自信があったが、しかし、
「……っ! またかっ!」
ゴゴゴゴ……と、地鳴りと共に、森が歪んだ。木々の根が波打ち、獣道を塞ぎ、小川の流れを変化させた。
「これがエルフたちの力……」
ユンファは、取り戻した《紫の石》を手に、早急に船――《海賊船ディーピッシュ》――へ戻りたかった。エルフの中心集落を脱出する際、衛兵や門番には催眠をかけてきたため、しばらくは追手はないと践んでいたが。
「彼らとっては、森の木々全てが信頼の置ける追手なのね。」
さすがに、木に対して催眠術が効くとは思えない。かといって、炎の呪文を使って森を焼き払うと、自らもローストになってしまう。
ユンファは太陽の位置だけを便りに、道無き道を北西へ突き進んでいた。エルフたちは『森の木々で時間が稼げれば、ユンファを捉えることが出来る』自信があるのだろう。一刻も早く、この大陸から脱出する必要があった。
「けど……。それも無理か、あの子、早すぎる」
大きく地面が起伏した森を、ユンファは自らの足に強化の術をかけて突き進んでいたが、彼女――《リト=ハク》は、木々の枝の間をまるで野生の猿のように、軽快に渡ってきた。
「見つけたぞ!女海賊!」
リト=ハクの右手には既に銀製の長剣が抜かれており、光輝く獲物をユンファに向けて高速で凪いだ。
刹那、眩い光が斜めに走り、その場にあった岩や大木を、ユンファと共に一直線に切り裂いた。岩が擦れ土埃が舞い、巨木はメキメキと音を立てて倒れた。しかしそこにはユンファはいなかった。
いや、ユンファの『影』がそこに立っていた。
「手加減無し。本気で私を殺しに来てるわね。」
倒れた巨木の横に立つリト=ハクから、その巨木のちょうど先端辺りの位置に、本物のユンファがいた。自らの影を、巨木の根元付近に『投影』しており、リト=ハクはその影を全力で凪いだのだった。
「……次は、外しません」
リト=ハクが構えた。長剣の切っ先をユンファに向け、睨み付けた。
「私も当たる気はないわ」
ユンファは左手を、召還札を入れている腰のポシェットに掛け、右手は銀の短剣の柄を握っていた。鞘から抜かず、リト=ハクの出方を見ているようだ。
「リト=ハク。あなたのその剣術、並大抵なものではないわね。」
一瞬の沈黙のあと、ユンファが口を開いた。リト=ハクの眉がやや動いたが、また直ぐに睨み返してきた。
ユンファは話を続けた。
「仲間に剣豪がいるけど、あなたのそれは明らかに人間業じゃないわ、まあ、あなたはエルフですけど。それでも、普通の銀製の剣で岩や大木を、ゼリーみたいに真っ二つなんて。」
ユンファが言い終わる前に、リト=ハクが突進してきた。彼女の剣の切っ先は、寸分の狂いなく、ユンファに向かっていくはずだった。
刹那、地面が爆発した。
「ぐうっっ!」
突然の衝撃に、リト=ハクが顔を歪めた。ユンファはニヤリと微笑んだ。
「踏んだら爆発する術よ!」
ユンファは予め、リト=ハクと自分の間に《地雷》の術を貼っていたのだ。
ユンファは爆発と同時に、左手に掴んだ召還札を1枚、リト=ハクの前に投げつけた。札は即座に具現化し、元の形へと姿を変えた。
「くっ!」
爆発に怯んだリト=ハクであったが、即座に体勢を立て直した。爆発による土埃と一緒に、撒かれた札を真横に切り裂いた。
が、リト=ハクが切ったものは、生き物ではなかった。青白い光を放つ、《雷雲の塊》であった。
「ビンゴ! 轟け!!」
爆発の砂埃に紛れ、一気にリト=ハクと距離を取っていたユンファが、雷雲の塊に命じた。本来なら、雲が弾け飛び、周囲に落雷を撒き散らす。
……はずであったが、しかしながら、雷雲の塊はなにもせず雲散霧消した。
雷雲は、リト=ハクの長剣で切断された。その剣は、うっすらと《紫色の光》を放っていた。そして、リト=ハク本人も、瞳から《紫色の光》が溢れていた。
ユンファはそれをみて、『疑惑』から『確信』へと変わった。
「やっぱり、思った通りね」
「……」
リト=ハクはユンファに向かって睨み付けた。紫に光る瞳は怒りの様相を呈し、剣の柄を掴む右手に一層の力が入った。
「リト=ハク、あなたはエレーシャの側近という重役なのに、中央集落で他のエルフから避けられ――迫害されていた。そのときからずっと疑問だったのよ」
ユンファは数枚の召還札に手を掛けそれを目の前に投げた。1枚は強靭な体つきの《風のジン》に具現化し、残りは、体毛が氷でできている《雪ヤマネコ》に姿を変えた。
「……」
リト=ハクは黙ったまま、ユンファを睨み付けた。
「あなたは、私たちを中央集落に連れていく際。この力を『堕落させる力』と言ったけど、封印に関しては否定も肯定もしなかったわね。……今思えば、それって自らの力を封印するってことになるのね」
「……」
リト=ハクは返事をしなかった。
「極めつけは《祭壇》ね。祭壇の封印を破って中身を見た時。まさか中に『何もない』とは……ね」
エルフが奉る祭壇の中身は『空っぽ』だった。ただただ強固な結界を張っていただけであった。
「カムフラージュしてたのね。さすがの私も騙されたわ。」
「……」
リト=ハクは何も答えなかった。ただ、この場合の沈黙は、リト=ハクは祭壇の中身が空であることを知っていたということだ。ユンファの推測が正しいことを示唆していた。
未だにリト=ハクの剣の切っ先はユンファに向けられたままであったが、ユンファはさらに話を続けた。
「他にも色々なヒントを貰ったわ。『空っぽエルフ』のこと説明しながら、リト=ハク。あなたはとても他人事でない感じだった。今ならその意味が理解できそう。……あなた、『空っぽなエルフ』だったのね?」
リト=ハクが動いた。一直線にユンファに向かって来た。その動きに反応して、2体の雪ヤマネコがリト=ハクに襲いかかる。
しかし、リト=ハクの持つ長剣が、流水のように曲線を描きながら雪ヤマネコの首や腹を切り裂いて行った。突進速度は全く衰えなかった。
巨漢の風のジンが両腕を振り下ろしリト=ハクを押し潰さんとするも、彼女はあまりに早く、ジンの腕は地面を叩いただけだった。
「捉えたぞ女海賊!」
一瞬にしてユンファの目前までリト=ハクが詰めてきた。先ほどの『紫色の一閃』が十分届く距離である。
が、ユンファはジンの巨体に隠れて、左手に『とある木片』を準備していた。それはリト=ハクにも見覚えがあった。以前、《紫の力》を封じていた祭壇で使われていたものだ。
「……! しまっ……!」
ユンファは既に詠唱を終えていた。リト=ハクはなんとかその『封印の光』から逃れようとしたが、突進の勢いが強く、光の中に飛び込んでしまった。
「あなたたちが《紫の宝石》を封印するために使ってた『木簡』よ。使えるものは利用するわ」
「……!! ……!!」
リト=ハクは、青白く輝く透明な球体の中に囚われた。中で何かしら叫んでいるようだが、外には全く聞こえない。
リト=ハクの瞳が紫色に輝いた。先ほどの力を使い長剣を振るったが、紫色の光は球体に痕をつけることなく、吸収されてしまった。
「さすが、エルフ族謹製の結界ね、マナを外に全く漏らさない」
ユンファは一頻り感心した。《ノウルオール》にも似た結界があるが、エルフ族のものの方が圧倒的に性能がよい。
「人生、まだまだ知らないことばかりね」
目の前には整った顔立ちの女エルフが、光る球体に囚われてる。彼女は力の放出を止め、静かにユンファを睨んでいる。
……そして、彼女は口角を上げた。ニヤリと微笑んだ。
「……やっぱり、追いつかれた、か」
笑ったリト=ハクをみてユンファは、エルフの追跡者たちに追い付かれたことを理解した。
長槍や杖などを持つエルフが、森の茂みから出てきた。
そしてその追跡軍団の中に、一際美しいエルフの存在を視認した。これにはユンファ以上に、リト=ハクが驚愕の表情を見せた。
「長が直接いらっしゃるなんて、光栄ですわ、エレーシャさん」
「あら、来賓には相応のおもてなしが必要でなくて?ユンファさん」
美しいワンピースを身に纏った、美しいエルフの長は、笑顔でユンファの前に現れた。
彼女の目は、全く笑っていなかった。