Azure crew ~エルフと女海賊と6色目のマナ~ 作:黒片大豆
ユンファとリト=ハクが対峙する数刻前。
エンヴィロント中央集落の地下牢に、ザイカはいた。集落は、エルフたちの宝とも言うべき《紫の石》が盗まれたことで大混乱となっていた。
そのためか、ザイカを見張るエルフたちは居らず、ザイカは完全に放置されていた。
「……ん、こう……かな?」
見張りのエルフ兵が行っていたこと――樹の根を動かし、牢屋の入り口を開ける動作を、見よう見まねで行っていた。
見張りが根を動かしたとき、ザイカは緑色の光をみた。
「あの光が、《マナ》だとすれば」
ザイカは、生まれつきマナを扱う才能が無い。しかし、この《エンヴィロント》では至るところでマナが溢れている。そして滅んだ集落で感じた、マナが体内に流れてくる感覚。いまなら、この流れ溢れるマナを扱えるのではと考え、行動に移した。
「……うん、いける。この感じだ!」
自信の体内にある『何か』が、樹の根に流れ込む。樹がそれに応えようと、まるで語りかけてくるように震えだした。
その瞬間、グニャリと樹の根がゴムのように柔らかくなった。人一人分の出入り口が樹の根に空いた。
「やった!成功だ!」
ザイカは樹の根の牢から抜け出し、周囲を《遠目》を使い警戒した。エルフたちは逃走したユンファの退路を塞ぐべく、なにやら森に向かって呪文を唱えていた。
さらに森に目をやると、森が生き物のようにぐにゃぐにゃと動いていることがわかった。これでは、最初に通ってきた道は使い物にならない。
(行こう、ユンファ船長のところへ)
ユンファ探索に気を取られているためか、牢屋の回りは手薄だった。ザイカはいとも簡単に外に出られた。
目指すはユンファの居場所である。
(何も、話すことは決まってないけど……!)
何とお願いすれば、また仲間にして貰えるか。なぜ、エルフの国の保護を受けずに脱走したか。どうして自分を置いていくと言ったとき、悲しい顔をしたのか。
いろいろ懇願したい、聞きたい、答えたいことが、ザイカの頭を廻っている。あまりに考えすぎて、今にも目眩で倒れてしまいそうだ。
(でも。一番伝えたいことは決まってる。)
『もう一度、一緒に旅したい。』まずはこれを言うつもりだ。ただただ、ユンファ船長と一緒にいるだけで、ザイカは楽しかった。この感情に偽りはない。
そんな想いを巡らせながら、ザイカは森の前まできた。エルフたちが必死に森の地形を変えているのを、建物の影から覗いた。この先に、ユンファがいるはずだ。
《遠目》を使ってみると、ユンファが動く地形に足を取られている所をみることができた。
(……どうやって追い付く? この中に突っ込んでいくわけにもいかないし……どうしよう。)
この後の策を考えていなかった。想いだけが先行してしまった形だ。
「うーん、困ったなぁ……」
「ウンウン。困っタナぁ困っタナ!」
華奢な、女の子の声が突然聞こえた。しかもすぐ真後ろである。
「……!!!」
あまりの驚きに、逆に声が出なかった。呼吸や心臓すら止まっていたかもしれない。
この声の主が、もしエルフの追手だとしても、丸腰であるため抵抗できる手数は乏しい。しかし、相手を確認しなければならない。ザイカは覚悟して踵を返した。
そこに立っていたのは、海賊船ディーピッシュで出会った少女《ノウンクン》だった。
「え……??え? な、なんでまた……ここに??……え??」
「なんデでしょー!」
戸惑いを隠せないザイカを余所目に、ノウンクンは以前と同じく、あっけらかんとした表情で返答した。
そして、彼女は右手を森の方角へ向けた。ユンファが逃げている方向からは少し外れていた。
「コノ方向、まーッすぐヨ! ソレで大丈夫!」
ザイカは、ノウンクンが指し示した方角を《遠見》した。その方角には、とくに何があると言うわけでもなかった。
「えっと、ノウンクン。それってどういう……」
ザイカはノウンクンに事の真意を聞きたかったが、振り向いたときには、ノウンクンの姿はなかった。
「……。」
ノウンクンの登場により、さらにザイカの頭はパンパンになってしまった。しかし確かなことは、このままユンファの逃走経路に向かっても、エルフの追手に自分が捕まってしまうことと、ノウンクンが何かを伝えたかったこととである。
悩んでいる時間がもったいない。
「……ありがとう。行ってみるよ、ノウンクン。」
ザイカは既に見えない彼女にお礼を述べ、ノウンクンが指差した方角へ走っていった。
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まずい。
まずい。まずい。まずい。
まずい。まずい。まずい。まずい。
麻酔作用のあるお茶。
慣れない森の中の探索。
紫マナを封印する結界の解呪。
リト=ハクを結界に閉じ込める術。
本音を言うと、既に満身創痍だった。
極力ポーカーフェイスで余裕を見せて、相手に油断させるスタイルで押し通してきたが、今のユンファの顔には、余裕など微塵もなかった。
「くっ……っそぉっ!」
残り少ない魔力で、氷の壁を作った。飛来する無数の樹の枝が壁に遮られたが、すぐに、真横に立つ巨木から伸びる枝がムチのようにしなり、氷の壁を叩き粉々に砕いた。そして、そのままの勢いでユンファに向かっていった。
そして樹の枝は、逃げるユンファを突き貫かんと、ユンファに襲いかかった。
ユンファは脚力を強化する術を用い、樹の枝の襲撃を素早く避けた、が、枝はユンファを執拗に追いかけてくる。今のユンファには、避け、飛び、逃げ回るしか手立てはなかった。
周囲の樹木はまるで生き物のように、枝葉を使って襲ってきた。
「《ジン》!私を守れ!」
《風のジン》はその巨体を使って、ユンファに覆い被さった。ジンの背中に細い枝葉や樹の枝が突き刺さる。
「枝葉の的になるだけでなく、盾としても使えるのね。」
ニコリと、《エレーシャ》は笑った。先ほどの飛び回る樹の枝や、ムチのような巨木、生き物のように動く枝葉は全て、エレーシャひとりの力であった。
タクトのような細いスティックを用い、森の木々を操る様はまるでダンスでも踊るかのようだった。
「……。」
背中に多量の枝が突き刺さったジンの巨体に守られたまま、ユンファは動かなかった。今は、攻撃自体は止まっている。
「エレーシャ様! リト=ハクを連れてきました!」
エレーシャと一緒にきていた兵士たちが、青白い光に包まれたリト=ハクを、結界ごと持ち運んできた。エレーシャはリト=ハクの元へ向かった。
「あらあら、我々の結界をこう使うとは。驚きました。」
「……。」
リト=ハクはさも申し訳なさそうに、顔をうつむいていた。まるで、母親に怒られた子供のように。
「結界師を連れてくるべきでしたね。その結界の《帰化》は、後で私がやります。」
リト=ハクの心情を知ってか知らずか。エレーシャは結界から離れ、ユンファの方に向きを変えた。
傷だらけのジンの下から、ユンファが姿を現した。髪は乱れ、砂ぼこりにまみれ、衣服はところどころ裂け血が滲んでいた。
「あら、女海賊さん。せっかくのお召し物が台無しですね。」
「お気遣いありがとう。残念ながら早くお暇したいのだけれどね。」
こんな状況でも、ユンファはエレーシャの挑発に対して冗談で返した。しかし、笑った口元には切創による出血があり、目尻には青アザができていた。
「ユンファさん。我々はあなたを排除することとしました。《紫の石》は、死体から回収します。」
エレーシャは右手にスティックを振りかざし、素早く振り下ろした。ヒュッと風を切る音が当たりに響いた。
その刹那、ユンファは、エレーシャの瞳から溢れる《紫の光》を見た。
「……! ジン!!」
ユンファはジンに命じた。主人を守れと。しかし、それは叶わず。突如地面を突き破って出てきた、巨大な『木々の根の集合体のような怪物』によって、ジンは押し潰されてしまった。
周囲の樹木ほどの大きさの怪物は腕のようなものを伸ばし、ユンファにつかみかかった。巨体に似合わず素早い動きの怪物に、ユンファは対応しきれず、右手をつかまれてしまった。
ユンファは苦痛に顔を歪めた。
「うっ……!ぐぁぁぁっ!」
さらに怪物はもう1本腕を伸ばし、ユンファの体が囚われた。そしてそのまま近くの樹に叩きつけられた。
激しい衝撃を受け、しばらく息ができなかった。叩きつけられた際に、右手は折れてしまったようだ。更なる激痛が走っているが、叫び声さえあげることができなかった。
「『小枝を踏み折れば、骨を折ってあがないとする』……古から残る、エルフの諺です。あなたは我らの不可侵領域に踏み込みすぎましたわ。」
タクトを掲げたまま、ゆっくりエレーシャがユンファに近づいてきた。
「何か遺言はあります?聞いておきますよ」
「……あんたも、《紫の力》持ってるのね……。それには気付かなかったわ……。」
やっとの思いで、ユンファは息を吸い、そしてしゃべった。出てきた言葉は、真意の確認であった。
「……ええ、私の中にも《紫の力》はあります。リト=ハクを助ける際に、この力に一緒に囚われることになりました。」
エレーシャは、ふぅ、と溜め息をついた。死に行く者の最期の言葉がこれだとは。
「非情ですが、この秘密は漏らされる訳にはいきません。これでお別れになります。」
エレーシャはタクトを振り下ろした。樹の根の怪物は、その巨体の全体重をユンファに押し付けようとした。が、
「……なら、……遠慮……は……無し……ね」
ユンファが最後に絞り出した言葉の意味を、エレーシャが理解するのに時間はかからなかった。
ここまで追い込まれても、使う素振りすら見せなかった《あの力》の存在を、エレーシャは思い出した。
「……いけない!」
エレーシャはとっさに、木々で自身のガードを固めた。
ユンファを中心に、《紫色の光》が炸裂した。同時に、ユンファを掴んでいた怪物の腕が《溶解》した。紫の光は瞬間的に広がり、そしてすぐに、ユンファの目の前に集まり圧縮されていった。
紫の光が触れた木々は、ある箇所は焼け爛れ、またある箇所はスライム状に溶けていた。エレーシャを囲った植物も例外ではない。
(……油断しましたわ、一歩遅かったら、こちらがやられてました……)
「エ、エレーシャ様! ご無事ですか!!」
エレーシャの付き人たちが、後方から声を上げた。どうやらリト=ハクを囲う結界の周囲は、紫の光を弾く効果があるようだ。リト=ハクも、近くにいたエルフ兵たちも、紫の光からは逃れることがてきた。
そして、怪物の腕から解放されたユンファは、左手に《紫の石》を握っていた。身体中がボロボロで、衣服は裂け、吐血もしていたが、彼女は虚ろな目で、力強く光輝く《紫の石》を見つめていた。
「綺麗ね……。」
ユンファが呟いた。
石は、さらに輝きを増した。先ほどの光の洪水で放ったときより、強烈な光り方をしていた。
エレーシャはユンファの表情をみて、最悪な行動に走る可能性を予感した。
(まさか……我々を道連れにする気!?)
追い込まれ、自暴自棄になった人間なら、皆を巻き込んで自爆することを考えるかもしれない。そしてその場合、先ほど以上の被害がでることは想像に難くない。
「《樹の根のエレメンタル》よ!」
エレーシャは再度、樹の根の怪物を産み出し、ユンファに攻撃を仕掛けさせた。自分はリト=ハクたちと合流せんと、ユンファから距離を離した。
ただならぬ予感は、一部的中した。
樹の根の怪物を横目で確認したユンファは、少し安堵した。これから起こることに、『誰も巻き込まず』済んだのだから。
「それじゃ……バイバイ♪」
そしてユンファは、石を持つ左手に力を込めた。光を多量に溜め込んだ石は、強烈な熱線を周囲に放射した。
そして、大爆発を引き起こした。
爆破は、回りの木々、そして、周囲の岩や地面ごと抉り、エレーシャが作った怪物も容易に破壊するほどのものであった。
爆心地から離れてはいたが、エレーシャたちも全員、爆風に襲われ吹き飛ばされた。
砕けた木々や多量の土埃を浴び、飛ばされながらも、エレーシャは爆発の中心、ユンファの様子を伺っていた。彼女は爆発の瞬間に、姿を消していた。
(……《瞬間移動》!)
この爆発は、自暴自棄になった彼女の自爆ではなく、逃走の算段がある行為だったのだ。
「……っ!しかし!『その力』を持つ限り、すぐ見つけ出します!」
爆風に飲まれながら、エレーシャは叫んだ。相手は既にいないのだが、叫ばずにいられなかった。
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頸動脈をリト=ハクに切られ絶命していた《雪ヤマネコ》の死骸。
爆風に巻き込まれ吹き飛ばされていたが、死体の目は、ユンファが消える瞬間を捕らえていた。そして、爆発の規模を確認しながら、死体は思った。
(素晴らしい力だわ、早く手に入れたい……。そして、わが主の理想のために……。)
地面に叩きつけられ、臓器や骨が散り散りになった『それ』は、素早く一点に集まり、粘土のように姿を変えた。
『それ』は黒髪の女性……《セルバ》に変化した。
「……また台本は変更ね。腹立たしいわ。」
そう呟くと、彼女はまた姿を変え、小型のヤマネコになった。そして彼女は追いかけた。爆発の際にユンファを乗せて高速で飛来していった、『紫色の光』が向かった先へ……。