Azure crew ~エルフと女海賊と6色目のマナ~   作:黒片大豆

27 / 31
5-7《変幻自在な怪物》

 爆心地は巨大なクレーターとなっていた。

 大地は抉れ、その周囲の木々は放射線状に倒れていた。

 

 クレーターから少し離れた場所に、エレーシャは立っていた。彼女らエルフは爆風に飲まれ吹き飛ばされたが、地面に叩きつけられる瞬間に、エレーシャが術で周りの草木を集め、クッションにした。着衣の乱れや汚れこそあるが、全員大きな怪我は無さそうである。

 

 そしてエレーシャは、リト=ハクを包む青白い光の球体に手をかざし、呪文を唱えていた。周りのエルフの兵士や付き人たちも、同じように掌を球体に向け呪文を口にしていた。

 球体にヒビが入り、結界が砕けた。中からリト=ハクが、申し訳なさそうに出てきた。

 

「すいませんでした、エレーシャ様」

「謝罪はあとよ、リト=ハク。それにあなたは良くやったわ。」

 

 リト=ハクの謝罪は、エレーシャの労いの言葉に遮られた。

 

「女海賊を追います。リト=ハク、背中を貸しなさい。」

「はい。」

「……!奴は自爆したのでは…!!」

 

 驚いたのは、エルフの従者たちであった。あの爆発で、人間が生きているとは思えなかった。

 

「女海賊は、あの瞬間『飛び』ました。ですが、『紫の石』を持っている限り、私とリト=ハクの力で、すぐに居場所を見つけられますわ。」

 

 そう言い終えると、エレーシャはリト=ハクの背中に手を置き目を閉じた。リト=ハクは目を見開き、森を見据えた。

 エレーシャの手はうっすら紫色に光り、それに呼応するかのように、リト=ハクの目も紫色に光った。そして彼女は、ユンファが持っていると思われる『紫の石』の位置を見いだした。

 

「……こちらの方角を真っ直ぐです。小さな集落があった場所にいます。」

「あら、案外近くね。すぐ追いかけましょう。……あ、あなたたち。この力のことは他言無用ですからね。」

 

 エレーシャは、従者たちに、笑顔で、しかし、力強く、紫色の力のことについて口止めをした。

 

 

*****************

 

 

 追手を足止めすべく、エルフたちは木々を動かし、大地を変動させていた。しかしそれは、闇雲に行われておらず、中央集落以外の小さな集落には影響がないように調整されていた。

 それは、滅んだ集落でも例外ではない。

 

「……っつ!!……さすがに完治は無理か……。」

 

 傷だらけの女……《ユンファ》は、折れた右腕を押さえながら、滅びた集落を進んでいた。押さえた左手から柔らかな癒しの光りを当てているが、折れた骨を治すまでに至っていない。

 あの《紫の石》を使った爆発の際、ユンファは《瞬間移動》した。彼女は、石の力をうまく使えば、爆発に巻き込まれない可能性を知っていた。

 

「また、助けられたわ……不本意だけど。」

 

 腰に据えた麻袋――既に穴だらけであるが――には、かろうじて《紫の石》が入っていた。木漏れ日に当てられて輝いているが、石自体は発光していない。

 

「でも、思ったより《跳べ》なかった。せめてあの場所に……。」

 

 一つの誤算があった。ユンファは、《瞬間移動》の到着点は《海賊船ディーピッシュ》になるものと思い込んでいた。

 しかし実際にユンファが跳んだ場所は、中央集落に向かう途中、リト=ハクとザイカと共に一晩過ごした『村人が全員、樹木になった』集落だった。

 

「何故、海賊船まで跳べなかったのかしら。『想い』が弱かった? それとも私の力不足かしら。」

 

 右腕の痛みを誤魔化すためか、自問自答の独り言を呟きながら、ユンファは歩みを進めていた。

 

 《紫の石》の力は、人の『想い』や『願い』を暴走させる。ユンファはそう信じている。そのため、この《石》を介して発生する事情は、根本には、人の《想い》の強さが影響している。だとすれば、彼女が本気で『船に帰りたい!』と願っていれば、《石》が海賊船に飛ばしただろう。

 しかし、そうはならなかった。その原因には、ユンファには心当たりがあった。

 

(……ザイカは連れていけない。エルフの里で暮らすことが、彼の一番の選択のはず。)

 

 彼の失った記憶には興味があったが、それより、彼には、血生臭い生業に手を出さず、静かに生きてほしかった。

 

(あまりに出来すぎな偶然だったわね、あの子と同じ名前なんて……)

 

 ユンファは左目の眼帯に手を当てた。『あのときのこと』を思い出す度に、抉られた左目が疼く。

 しかし歩みは止めず、ユンファは目的の場所に近づいていった。ザイカたちとキャンプを張った場所だ。焚き火のあとが、場所の正確さを表している。

 

「……!!!」

 

 ユンファのすぐ後ろの方角。茂みからガサガサと音がした。どうやらこの集落に向かって、何かが道なき道を突き進んできているようだ。

 

「……。」

 

 ユンファは息を潜めた。茂みの奥からやってくるものに、最大限の注意を払った。エルフたちの追っ手か、野生の動物か、はたまた、凶暴化した怪物か……。

 

 しかしユンファの予想は外れた。いや、ある意味、望んだ結果かもしれない。

 

「……っくっはぁっ!! なんとか抜けたぁっ!」

 

 身体中に草木や枝をまとわせ、土埃にまみれ、靴は泥だらけだった。そうとう急いで進んでいたのか、開けた場所に出た彼は大きく肩で息をしていた。

 

「結構急いで来たけど、ここは何処なんだ? 方向は本当にこっちで良かったのかなぁ……」

 

 茂みを切り開きながら進んできたのか、手には長剣をもっていた。エルフ集落から脱出する際、彼が適当に失敬してきたものだ。

 

 キョロキョロと、周囲を警戒する素振りをみせ、彼――《ザイカ》は、彼女と目があった。

 

「……は?」

「……あ。」

 

 最初に口を開いたのは、ユンファだった。その表情は普段の彼女とは程遠く、目を見開き口は半開き。まさに鳩が豆鉄砲を喰らったような顔であった。

 

 が、すぐにユンファが表情を改めた。眉間に皺が寄り口はへの字。まさに鬼の形相であった。

 

「せ、船長! どうしたんです、その怪我……」

 

 ザイカがユンファに早足で近づいた。ユンファもザイカに、足取りはしっかり歩みよった。

 

「こっ……んの!! お馬鹿っ!!」

 

 バシィィィン!

 乾いた音が、森に響いた。

 

「へぶっっ!!!」

 

 ザイカの頭が左に揺れた。ユンファは、左手でザイカの頬を平手打ちしたのだ。

 強く打たれた右頬を押さえるザイカ。鬼の形相のままザイカを睨み付けるユンファ。彼女の肩は小刻みに震えていた。

 

「……なんでっ! なんでついてきたっ!」

 

 怒りに顔を歪める彼女であったが、目には涙が貯まっていた。その顔はまるで、心配かけた子供を叱る母親のようであった。

 

「……ご、ごめんなさい」

 

 そんな顔を見てしまい、咄嗟に謝ったザイカ。が、すぐにユンファに目を合わせ、今の彼の率直な想いを伝えた。

 

「命令違反なのは謝罪します。けど、僕は今、自分の意思でここにきました。エルフだとか、記憶だとか。もうそんなこと関係ないんです!」

 

 普段のザイカとは違う、自身の強い意思をもっての台詞に、ユンファは驚いた。よく見ると、ザイカも身体中が傷だらけだった。鋭い枝葉の茂みを潜り、荒れた岩肌を進み、もしかしたら凶暴化した動物とも争ったのかもしれない。

 そしてザイカが、一番伝えたかったことを話した。彼は、これを伝えるためだけに、ここに来た。

 

「僕は、あなたと一緒に旅をしたい。それ以上でもそれ以下でもない。一緒に、旅をしたい。だから、ここに来ました。」

「……。」

 

 ユンファの顔は、いつの間にか怒りは消え、驚きの表情をしていた。そして、自分の身勝手さを猛省した。

 彼は既に、単なる『記憶喪失エルフ』ではない、一介の『海賊の子分』だ。

 

「……ふっ、置いていくか悩んでたのが馬鹿みたい」

 

 ユンファは笑った。まだ全身が痛むが、彼に笑顔を見せたかった。

 『あの子』と同じ名前の青年だが、『あの子』ではない。彼は彼なのだ。

 

「今後、さらに酷な旅になる。覚悟してね」

「……はいっ!」

 

 ザイカは大きな声で返答した。目は真っ直ぐユンファの目を見据え、力強く輝いていた。

 ユンファも、心の内に燻っていた悩みの種の一つが解消し、すこしスッキリした。

 

「そうと決まれば、急いで《海賊船ディーピッシュ》に戻るわよ。エルフの追っ手に見つかる前に……」

 

 

 刹那、別方向の茂みが音を立てた。そしてそこから、一人の青年が息を切らして飛び出した。

 身体中に草木や枝をまとわせ、土埃にまみれ、靴は泥だらけ……。そうとう急いで進んでいたのか、開けた場所に出た彼は大きく肩で息をしていた。が、間髪入れずに、ユンファに向かって叫んだ。

 

 

「船長!! そいつは偽物です!!!」

 

 

 彼――《遅れてきたザイカ》は叫んだ。その声を聞き終える前に、ユンファは左手で腰のナイフを抜き、《最初にいたザイカ》の喉笛ギリギリのところに刃を寸止めした。

 

「……え? え?」

「危うく騙されるところだったわ」

 

 最初のザイカは、全く現状を理解できていなかった。自分と同じ姿形のエルフが突然現れ、急に『偽物』と呼ばれ、しかし自分は『本物』。そして何故、船長が自分の首を落とそうとしているのか。

 そして、遅れてきたザイカも、偽物とユンファが語らっていることに驚いた。少しでも遅れていたら、ユンファ船長が『偽物』に懐柔させられ、命を落としていたかもしれない。

 

「よかった! 間に合いました! 《遠目》で探していたら、船長と『偽物』が話していたのが見えて……」

 

「2人とも動くな!」

「えっ?」

「えっ?」

 

 ユンファが両方のザイカに向かって命令した。両方のザイカとも、同じ感嘆の声を上げた。

 ナイフの位置はそのままに、ユンファは二人に質問した。

 

「時間がないから率直に言うわ。『どっちが本物?』」

 

 《遅れてきたザイカ》は、自身が偽物と疑われてることに驚き、弁解した。

 

「ぼ、僕は《遠目》で船長を見つけました! この力が証明になりませんか!?」

 

 これに、《最初のザイカ》は反論した。声を出すと首の皮がナイフに擦れ、わずかに血が滲んだ。

 

「ぼ、僕は、集落を出る時に、《ノウンクン》に出会って、彼女の導くまま、真っ直ぐ突き進んでて……。《遠目》している時間が惜しかったんです」

 

 ユンファの眉がピクッと動いた。そして《遅れてきたザイカ》は、驚きと不思議の両方の顔をした。

 

「ノ、ノウンクンが、なんでここに!?」

「……そうね。なんで両方が《ノウンクン》を知っているのかしらね……」

 

 ユンファは《ノウンクン》がこの大陸に居ることより、両者が《ノウンクン》の存在を認知していたことに驚いた。彼の存在は、船の中でも極々一部の人間しか知らないのだ。

 

 どちらが本物か。ユンファは決め手にかけていた。顔や体つきはもちろん、喋り方や、もしかしたら記憶もコピーされている可能性もある。下手な質問は、余計に混乱を招きかねない。

 

「……」

「……」

「……」

 

 しばらくの沈黙。3人ともその場から動くことができなかった。

 

(何故ヤツがいる!私の台本には無かった!)

 

 この現状に一番戸惑っていたのは、偽者なのかもしれない。《ザイカ》の登場が全くの想定外だった。

 

(彼に変幻して、彼の性格は良く理解している! 牢屋で意気消沈しているか、抜け出したとしても、ここに来られる筈はない! この《ノウンクン》とかいうヤツの助言で、だいぶ予定が狂った!)

 

 表情には出していない。腹の底から怒りが沸いている。

 

(こうなれば予定変更だ。ユンファ、ザイカとも、隙を見て殺す!)

 

 永遠に続くかと思われた静寂。しかし、この沈黙を破ったのはユンファだった。

 ユンファはザイカに聞いてみた。

 

「……あら、ザイカ。首の傷が痛む?」

「あ……えっ?」

 

 ユンファは、素早くナイフを下ろし、そして、

 

「こっちが……偽者!」

 

 ナイフを《遅れてきたザイカ》めがけて投げつけた。

 ナイフはザイカの眉間に突き刺さり、頭蓋骨を砕く音が響いた。ワンテンポ遅れ、派手な血飛沫を上げた。

 

「な……んで……」

 

 偽者は、白目を向いて、そのまま後ろに転倒した。体をビクビクと痙攣させた後、血飛沫が治まる頃には動かなくなった。

 

「……首の傷。あなた、そんな特徴的な傷、どこで付けてきたの??」

 

 偽者の首には、《紫色》に淡く光る傷があった。ユンファの持つ《紫の石》と呼応しているのか、石も柔らかく光っていた。

 本物のザイカは、腰が抜けてしまったのか、今は尻餅をついていた。首筋に赤くナイフの跡が残っている。

 

「ユンファ船長、あ、ありがとうございます」

「危なかったわ……こいつ、容姿や記憶までもコピーしていたのね。」

 

 そして、腰の麻袋に手を当てた。紫の石は仄かに暖かかった。

 

「またこいつに……助けられた」

 

 危険な力と認識し、全てを封印するべく集めている《紫の力》に、何度も助けられてしまっている。正直、不本意ではあるが、しかし目的を達成するために手段を選ばない。そのために海賊になったのだ。

 

「さあ、時間がないわ。早くこの大陸を出ましょう。」

 

 ユンファは動かせる左手をザイカに差し伸べた。

 

「あ、はい、ありがとうござ……」

 

 ザイカがユンファの左手を掴もうとした瞬間。ユンファの右肩から、『何かが突き出た』。

 

「……っぐぅぅあっっ!!」

 

 ユンファの右肩が、後ろから貫かれた。激痛に顔が歪む。

 

「せ、船長!!」

 

 咄嗟に、ザイカが立ち上がり、ユンファを引き離そうとしたが、貫いた『触手のようなもの』は、そのままユンファを持ち上げ、地面に叩きつけた。

 

「船長! 船長……っぐふっっ!!」

 

 落ちたユンファへ向かおうとしたザイカであるが、触手はザイカの腹めがけて打ち付けてきた。ザイカは、吐瀉物を撒き散らしながら、ユンファが投げられた方角とは真逆に吹き飛ばされた。

 

「ありゃ? すこし目測が狂ったな」

 

 触手の持ち主の声が聞こえた。顔面が潰れ流血で体が汚れた《偽ザイカ》が、右腕を触手に変形させていた。血まみれな顔は笑顔で歪んでいた。

 

 そして歪んだ顔をさらに歪め、体がスライム状に柔らかくなり、そして再度、人型に形を整えた。ユンファもザイカも出会ったことがある、黒髪の女性――《セルバ》へと変幻した。

 

 地面に打ち付けられたユンファは、激痛が走る体を無理矢理捻り、セルバを睨んだ。一方、ザイカは軽い脳震盪を起こしているのか、何度か起き上がろうとしているが立ち上がれない。

 

「……ほんと、なんで台本通りに動かないの!! もっと上手に立ち回れたでしょうに!」

 

 セルバ――実際には、セルバでは無いかもしれない――は、右手の触手をバタつかせ、地団駄を踏んだ。現状を芳しく思っていないようだ。

 

「召喚札のヤマネコに化けて! 《ザイカ》に扮して! 油断したユンファを殺して! スマートに石を奪う! これが何で出来ないの!」

 

 舞台上の脚本家はおしゃべりだった。彼女の計画のようだが、本物のザイカ、もとい、ノウンクンの助言で、プランが総崩れしたようだ。

 ヒステリックになっていたセルバであったが、ふと、我に返ったのか急に黙り込んだ。

 

「あら? でも今なら、ユンファを殺すのは簡単じゃない?」

 

 セルバは小走りでユンファに近づいていった。ユンファは出血が酷い右肩に、治癒術をかけていたが、完治するには時間が掛かりそうだ。 

 

「まあ、痛そう。 でも死んじゃうよりは痛くないわよ。 何回か死ねば理解できるわ。」

 

 倒れていたユンファのすぐ眼下まで来たセルバが、触手を掲げて高速で振り下ろした。

 触手はユンファの体を真っ二つにする勢いであったが、しかし、それは叶わなかった。

 

 白く輝く見えない壁が、セルバの触手を弾き返した。良く見ると、ユンファの体を包むようにドーム状に光の壁が出来ていた。

 

「なにいぃぃっ!!!」

「昨晩、ここでキャンプしたときに張った結界の名残よ。この中に投げ入れてくれてありがとうね、《化け物》!」

 

 皮肉たっぷりにユンファが言い放った。セルバはまたヒステリックな悲鳴をあげながら、結界を触手で滅多打ちにしていた。

 

「この! この! なんなのこいつ!」

 

 しかし結界はビクともしない。元々、狂暴な動物や邪を払うために組み立てた結界である。簡単には壊れない。

 その間にユンファは傷の手当てをした。結界の中では治癒術の効果が高まるのか、既に右肩の止血が終わり、折れた骨を繋ごうとしていた。

 

「……止めた。」

 

 セルバは急に、結界を壊すのをあきらめた。そして踵を返し、結界から離れた。

 

「台本を作り直し……彼を先に殺すわ……」

 

 ぶつくさと独り言を呟きながら向かったのは、まだ目眩を起こし上手く立てない《ザイカ》の元であった。

 

「しまった……やめろ!セルバ!」

「あんたが、来なければ、台本通りになったのよ!」

 

 触手がザイカの脳天を目掛けて振り落とされた。殺されたザイカを見て怒り狂うユンファを嬲り殺しにする。新たな筋書きでは、その予定だった。

 

 しかし、セルバの台本はまたしても変更せざるを得なくなる。

 

 触手はザイカがいた筈の地面を破壊した。ザイカは、触手に潰される寸前、『彼女』に助けられた。

 高速で森を渡り、目的の場所にたどり着いたら、正体不明な触手の化け物に、同胞(エルフ)が殺されかけてる。彼を助けない理由はない。

 

「……なんだあの、異形な化け物は!?」

 

 ……《リト=ハク》は、淡い『紫色の光』を瞳に宿し、ザイカを抱いた状態で、セルバから距離を取り立っていた。

 

「また、また、イレギュラーが来たのね。」

 

 セルバは先程よりさらに虚ろな目で、周囲をみた。

 

「なんで、こうも上手くいかないの? わたし、こんなにも一生懸命なのに……努力が報われないのホントやだ!」

 

 やだ、やだと連呼しながら、セルバは触手を地面に叩きつけた。岩が砕け土ぼこりが舞った。

 

「な、なんだあいつは??」

 

 敵の行動が予測できないリト=ハクは、距離を取って様子を見ていた。その時、腕に抱かれていたザイカの意識が戻った。

 

「リト=ハクさん……。あいつは変幻自在な化け物で、化けた人になりきります。狙いは《紫の石》です……!」

 

 まだ本調子ではないザイカを、リト=ハクは地面にゆっくり寝かせた。

 

「なら、ヤツは始末しなくてはな。石を狙うものには容赦はしない。」

 

 銀の長剣を抜き、リト=ハクは臨戦態勢をとった。

 触手を振り回していたセルバは、急にピタリと止め、何か思い出したように笑顔になった。

 

「あぁ……。当初の目的を忘れてました。わたし、これを頂きに来たのでしたわ。」

 

 セルバの触手が折れ畳まり、普通の人間の腕の大きさに戻った。そしてその手には、こぶし大の麻袋が乗っていた。もちろん、その中身――《紫の石》も、彼女の手中にあった。

 それを見ていたユンファは、腰の袋が無いことに今気づいた。吹き飛ばされた時に奪われていたのだ。

 

「……最悪だ……」

 

 ユンファの呟きに、セルバが反応し、そして、なにか閃いた。

 

「今しがた、素敵な脚本が思い付きました。この《紫の石》をメインに添えた、スペシャルなステージです!」

 

 セルバの体がグニャリと変形し、また別の女性のシルエットに変化した。それは、今この場にいる全員が知る、あの女性だった。

 

「《紫の石》の力、最大限に引き出すお手伝いをしてもらうわ……ね、《ユンファ》」

 

 そういうと《偽ユンファ》は、紫の石を掲げて呪文を唱え始めた。

 

「さあ!素敵な脚本による大舞台の幕開けです!」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。