Azure crew ~エルフと女海賊と6色目のマナ~ 作:黒片大豆
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ユンファに化けた《セルバ》。彼女――本当に『彼女』かは不明だが――の変幻は、化けた人の記憶や癖、もちろん能力もコピーする。
『アッハッハッハ!ユンファ、あなたの実力は本物ねぇ!』
そう叫ぶのは、偽者のユンファ。《偽ユンファ》は、右手に輝く『紫の石』を掲げながら、宙を浮いていた。身体全体に紫色の光を帯びていた。
そして彼女の左手は、真っ赤な灼熱の炎を撒き散らしていた。炎は森の木々に燃え移り、瞬く間に燃え広がった。
「これ程の力を『出し渋っていた』のか……。」
リト=ハクは、応戦しようにも、炎の勢いがかなり強く、偽ユンファに近づけなかった。
森の樹に変化してしまったエルフたちも、この炎に巻かれて延焼していた。誰も助けられなかった自身の不甲斐なさに、リト=ハクは歯軋りをした。
「今すぐ炎を止めろ!蒼の悪魔!」
リト=ハクの目が紫色に光った。そして長剣を構えて、横に凪いだ。紫色の剣閃が集落の間を走り、空を飛んでいる《偽ユンファ》まで飛んでいった。
しかし閃きは、《偽ユンファ》の直前で立ち消えた。《偽ユンファ》の掲げた『紫の石』に斬撃が触れた途端、消えてしまった。
『ユンファ、あなたが『紫の石』を使わなかった理由、あなたに変幻して理解したわ。』
紫の石を、嬉しそうに愛でながら、《偽ユンファ》は言った。
『あなた、怖いのね。使えば使うほど不幸になる力。そして、人を殺めたくなかった。海賊なのに『不殺』を通すなんて片腹痛いわ!!』
当の本物のユンファは、白く光る癒しの結界の中にいた。周囲を炎で囲まれており、結界から出るに出られない状況だ。さらには右腕の骨折に加えて、右肩の負傷や、地面に叩きつけた時の全身打撲等によって、まともに動けない。
そんなユンファを上空から見下ろし、《偽ユンファ》が吐き捨てるように言った。
『憎たらしい結界ね。外から崩すには、『あなた自身でも』時間がかかるように細工してある。』
偽者が話しかけるも、本物はうずくまったまま無反応だった。無視しているのか、気を失っているのか、はたまた、既に事切れているのか……。
『私が『ユンファ』になることを想定してたのね……まあいいわ。あなたは後。』
さて、と《偽ユンファ》は空中で振り返り、リト=ハクに向いた。リト=ハクは、必殺の一撃が防がれたことで、次の一手をどうするか考えていた。
森を燃やす炎は、さらに燃え広がった。魔力が込められているためか、多少の生木なら水分を用意に飛ばし、瞬時に薪と化してしまった。
『……おや?ご来賓のお出ましね。』
《偽ユンファ》は、炎がわずかに弱まっている茂みをみた。燃える森の火の粉を避けながら、《エレーシャ》たち一行が現れた。
「な……なんということを……」
強烈な炎で、無惨な姿に変わっていく森を見て、エレーシャは悲観した。が、すぐにそれを怒りに変え、炎を撒くユンファに対して殺意を向けた。
「女海賊。あなたを消します。」
エレーシャはタクトを振り、植物たちに命令した。発火してない、地下から根を持ち上げ、それを伸ばして《偽ユンファ》を突き刺そおうとした。
しかし、直進してきた根は、《偽ユンファ》の手前で突然腐り落ちた。《紫の石》の光を浴びせられたためだ。
『ユンファは《この力》が怖くて全力を出せなかったの。ユンファに化けたから良くわかるわぁ。』
《偽ユンファ》が、楽しそうに話し始めた。
『だから私が……本物を越えた私が、しっかり《紫の石》の力を引き出すわ!』
偽者は《紫の石》を再度掲げた。石は不気味に光輝き、そして渦を巻いた。周りの炎がその渦に呼応するかのように、偽者を中心に集まり、巨大な炎の竜巻と化した。
炎の竜巻はまるで、天と地上を繋ぐ巨大な柱のようであった。エルフの中央集落や、停船していた《海賊船ディーピッシュ》からも、その姿を確認できた。
「す……吸い込まれる!!」
「……くっ!一旦離れるぞ!」
リト=ハクは、竜巻に引き込まれそうになっていたザイカの手を引き、偽者から離れ、エレーシャと合流を図った。
エレーシャは竜巻を弱めようと、巨木を生き物のように動かし体当たりさせていた。しかし炎の勢いは弱まることはなく、巨木は一瞬にして灰と化した。
「このままでは……《エンヴィロント》が焦土になる!」
植物に意識を持たせ自由に操るエレーシャ。しかしここまで炎の勢いが強いと相性が悪すぎる。炎の竜巻はさらに強くなり周囲を吸い込む力がました。
『エレーシャ、貴方は先に潰しておくわね。』
竜巻の中心から声がした。刹那、炎の竜巻から無数の『火の矢』が、エレーシャ目掛けて降り注いだ。
エレーシャはとっさに、土を含んだ樹木の根で巨大な壁を作った。しかし火の矢は壁に突き刺さった後に紫色に輝き、壁を腐敗させ貫通してきた。
「しまっ……!」
突き抜けてきた炎の矢は、勢いを落とさずエレーシャたちを襲った。
「うわぁぁっっ!」
「ぎゃぁぁ!」
炎の矢はエレーシャの付き人たちにも例外なく浴びせられた。不幸にも着弾したものは《紫の石》の魔力を含む炎に飲まれ、断末魔と共に一瞬で燃え尽きた。
『……あら?』
《偽ユンファ》が炎の矢を降らせた場所をみると、エレーシャと何人かの付き人は、直撃は免れていた。
『エレーシャには直撃してない。……くそっ、この傷が手元を狂わせる……』
《偽ユンファ》が『手元が狂った』と言っていたとおり、炎の矢の降り注いだ中央は、エレーシャのいた位置より少し外れていた。
《偽ユンファ》は首の傷に手を触れた。リト=ハクによる『紫色の一閃』。この傷は、変幻しても全く癒えることが無かった。
『彼女の攻撃は致命的ね。忌々しい。』
しかし、その傷をつけた力は、いま正に彼女の手中にある。
『存分に堪能するわ、この力!』
炎の竜巻の中から、《偽ユンファ》の笑い声が響く。そしてさらに、竜巻の勢いは増していった。
「エレーシャ様っ!!」
リト=ハクがエレーシャたちに近づいた。何人かの付き人は遺体が炭化し、また生き残った者は全員が火傷を負っていた。特にエレーシャの火傷は酷く、左肩から背中、足の先端にかけて表皮が焼け爛れていた。
「ひ、ひどい……」
ザイカがこの惨事に目を背けたくなった。偽者ではあるが、ユンファが本気を出した結果である。
「あの海賊……ここまでとは……」
エレーシャが吐き捨てた。怒りで冷静さを欠いているためか、目から紫色の光が漏れ出ていた。
「……エレーシャ様、ご提案が。」
リト=ハクはこの惨劇の中、ひとつの打開案を出した。
「非常に強い竜巻ではありますが、私とエレーシャ様の力を合わせれば……奴ごと、切り伏せられるかと」
リト=ハクの提案を理解したエレーシャ。彼女は二つ返事で了承した。
「リト=ハク。背中を。」
エレーシャはタクトを咥え、焼けて使い物にならない左手を庇いながら、右手でリト=ハクの背中に触れた。紫色の光がリト=ハクに向かって流れ込んでいった。
そしてその光は、リト=ハクだけでなく、彼女の持つ銀製の長剣にも流れ込んだ。
「……行ってきます。」
そう言うと、リト=ハクは物凄いスピードで炎の竜巻に向かって駆け出した。身体全身に、紫色の光を纏っていた。
『無駄!!私はこの力を使いこなしている!!』
《偽ユンファ》が竜巻の中から叫んだ。同時に、さらに竜巻の風量が増え、炎の壁の厚みが増した。
炎の竜巻に突貫するリト=ハク。近づくだけで強烈な熱風が彼女の肌を焦がすが、形振り構わず突っ込んできた。
『なんだと!』
焦りの声を上げた《偽ユンファ》は、先ほどの炎の矢をリト=ハク目掛けて発射した。が、リト=ハクが長剣を素早く払い、飛んできた炎の矢全てを叩き落とした。
「うぉぉぉぉっ!!!」
そのままの勢いで、炎の竜巻の目前に到着したリト=ハクは、《紫色の一閃》を繰り出した。
紫色の光が竜巻の斜めに入り、その刹那、巨大な炎の竜巻は弾け飛んだ。多量の赤い火花を撒き散らしたが、すぐに燻り、黒い煙を発していた。
『そ、そんな!』
「覚悟しろ!悪魔!」
竜巻の中心に浮いていた《偽ユンファ》は、予期せぬ状況に目を丸くしていた。その一瞬の隙を、リト=ハクは見逃さなかった。
跳躍したリト=ハクは、一気に《偽ユンファ》の懐に飛び込み、返す刀で袈裟斬りにした。《偽ユンファ》の左胸から右の腰まで一直線に、紫色の閃光が走った。《紫の石》によるガードが間に合わなかった。
『ぐぁぁぁぁっ!!』
《偽ユンファ》の身体が、叫び声と共に上下に分割した。誰の目で見ても致命傷だ。ましてや、ヤツが再生できない《紫色の一閃》である。
しかし、リト=ハクには『手応えが無かった』。まるで空を切っているような、そんな感覚だった。そして、すぐそれは現実であることを、彼女は理解した。
『……なんちゃってね♪』
ドスン。
聞き慣れない音がした。
あまりの激痛に、リト=ハクは叫び声を上げたつもりだったが、それは叶わなかった。肺から逆流する出血で気管が詰まり、呼吸すら出来なくなっていた。
《偽ユンファ》の右腕が鋭利な刃物のように変形し、リト=ハクの胸を貫いていた。
『残念ねぇ……私って、人間じゃないのよね。切られる前に、事前に『割って』おいたの、解る?』
切断された《偽ユンファ》の上半身は、宙に浮いていた。下半身も落下することなく、その場に浮かんでいた。
「……か……ふ……」
リト=ハクは大量の吐血を伴いながら、声にならない声を発した。
『あら、あなたのせいで服がボロボロ。汚ならしい。』
《偽ユンファ》は、繋がっていないはずの下半身で、リト=ハクの腹を蹴り飛ばした。突き刺さった腕(?)が引き抜かれ、リト=ハクの胸に大きな風穴が空いた。そして、腕が抜かれたことで多量の血が吹き出し、落下し、地面に叩きつけられた。
「リトっ!!そんなっ!!」
エレーシャが叫んだ。焼け焦げた左半身に激痛が走る中、リト=ハクの落下地点に向かっていった。
「リト=ハクさんっ!!」
ザイカは、身体が反射的に動いて、エレーシャより先にリト=ハクのところに到着した。
しかし、肺と心臓を潰され、地面に叩きつけられた彼女は、手の施しようがなかった。
「リト=ハクさん!!リト=ハクさん!!」
しかしザイカは、呼び掛けを止めなかった。リト=ハクの目には、僅かながら《紫色の光》が残っていたのだ。
(……『紫の力』がもし万能な、神様の力なら、リト=ハクさんは息を吹き返すかもしれない!)
少しでも意識が戻れば、もしかしたら助かるかもしれない。ザイカは僅かな希望をこめて、リト=ハクの名前を呼び続けた。
『ふぅ。まずは面倒なのを潰して、と。』
《偽ユンファ》は二つに分かれた身体を繋げていた。断面は細かな触手がうねり、それらが身体をつなぎ合わせた。
「リト!!リトぉっ!!」
左半身を引きずりながら、リト=ハクのところへ向かうエレーシャ。《偽ユンファ》は、次の対象を彼女にした。
『さっきみたいに、外さないようにしなきゃね。』
《偽ユンファ》の左手か、先端が鋭い触手へと変化し、真っ直ぐにエレーシャに向かって伸びていった。そして、エレーシャの身体を突き抜けた。
刹那、彼女の周りが氷のように砕け散った。砕けた氷は鋭利な刃物となり、《偽ユンファ》の伸ばした触手に突き刺さった。
『……あら、お早いお目覚めね。』
「遅かったくらいよ。」
伸ばした触手を引っ込め、人間の腕に戻した。血まみれの腕は痛々しいが、《偽ユンファ》は全く動じていなかった。
触手が貫いたのは、氷の鏡だった。エレーシャ本体は少し離れた場所におり、無事であった。氷などで虚像を作り、敵を欺く手法は、彼女の十八番だ。
「やっと炎が引いて、結界から出られたわ。傷はあんまり治ってないけど。」
右肩に空いた穴を塞いだ程度の治癒しか出来ていないが、《本物のユンファ》が、エレーシャのすぐ横に立っていた。
「女海賊……!あなた!」
「遺恨、怨み節、文句等々は後回し!今は《ヤツ》から逃げて、体勢を立て直す!」
エレーシャがユンファを睨み付けていたが、ユンファが来なければ、今頃エレーシャは串刺しだった。
「……くっ!」
複雑な心境ではあるが、エレーシャは、ユンファの意見に従うことにした。
『あら?逃げるの?こんな状況で、どうやって?』
《偽ユンファ》はエレーシャとユンファを空中から見下ろしていた。逃げるにしても、紫の石を持つ《偽ユンファ》の目を欺くのは容易ではない。ましてや、半身不随のエレーシャや、虫の息のリト=ハクを連れていくのは至難の業だ。
「こうするのよ!」
氷の欠片が刺さった《偽ユンファ》の腕から急に水蒸気が発生した。刺さった氷が急激に揮発し、霧を作っていった。
瞬く間に、濃い霧が《偽ユンファ》の周囲だけを囲った。
『小癪な……!』
「さあ!逃げるよ!」
ユンファの声が響いた。同時に、濃霧の中では、ユンファたちの影が無数に飛び交い、また、ユンファの発した声が反響し、山びこのように鳴り響いていた。
『この短時間で、錯覚と音響で惑わす濃霧を作っちゃうなんて!やっぱりあなた天才ね!!』
《偽ユンファ》が、霧の中から感嘆の声を上げた。霧の中では自らの声も反響し、さらに聴覚が奪われた。
『……でも残念ね。私には『これ』があるよの。』
《偽ユンファ》は、そう呟くと『紫の石』を正面に掲げた。石はゆっくりと紫色の光を放ち始めた。
(……今だっ!!)
千載一遇のチャンスだった。
霧の外から、『紫の石』目掛けて真っ直ぐに手が伸びてきた。その手は石をつかみ奪い去る……はずであった。
『はい、残念。お見通しよ。』
ユンファが差し伸べた左手は、無情にも、石に届く寸前に《偽ユンファ》の左手に掴まれた。強く握られた腕は、ミシミシと悲鳴を上げた。
「くぅっそぉぉぉっ!!」
握られた腕の痛みと、作戦を読まれた失態からか、ユンファが叫んだ。その瞬間、囲っていた霧が立ち消えてしまった。
青白い羽を背中に生やし、飛んできたユンファ。強く握られた左手の痛みが、彼女の表情を苦痛に歪める。
『逃げる逃げると油断させ、目眩ましの濃霧の外から、石を奪う……。これ、私じゃなかったらうまく行ってたかもね』
《偽ユンファ》がニヤリと微笑む。
『だって、『私はあなたなの』よ。
身体も、
能力も、
思考も、
癖も、
性格も、
好きな食べ物も、
昔の思い出も、
男の好みも、
何もかも!!全てお見通しよ!!あなたの考えに至る全てを掌握してるの!!』
《偽ユンファ》の手に、さらに力が籠る。ユンファは苦痛でさらに顔を歪めた。
(こいつ……本当に『私の想定内』を全てコピーしている……!!だとすると……!!)
『ええ。『これ』も予測済みよ。』
ユンファたちの足元から、突然、木の根が襲ってきた。しかしそれに合わせて《紫の石》が光り、木の根を先端から腐らせてしまった。
「そ、そんな……」
「くそっ……」
離れた場所からエレーシャは地下に残る生きた木の根を探しだし、石の奪還に失敗したら、攻撃するよう、ユンファと約束していた。しかし《偽ユンファ》は、ユンファの性格から、これも予測済みだった。
『アッハッハッハ!!悔しいでしょう?現状、あなたが考えられることは全て解っちゃうの!』
事実、ユンファにはもう手段がなかった。この、化け物を倒すには、『誰もが想定外』のこと……正に『奇跡』を起こす必要があった。
『ユンファ!あんたの力に加えて、さらに《紫の石》を使いこなした!!私は今!無敵だ!!だれも私を止められない!!』
偽者の高笑いが、焼けた広野に響きわたる。
全ての策を読まれた女海賊と、魔力が底をつき、行使できる植物を全て費やしたエルフの主は、ただただ、その化け物の高笑いを見ているしか術が無かった。
刹那、紫色の一閃が、走った。
誰もが予想だにしない攻撃だった。
一閃は、《偽ユンファ》の両腕……『紫の石』と、ユンファの左手を握る腕を切り落とした。
あまりの突然の出来事に、偽ユンファ、ユンファ、そしてエレーシャが、紫色の一閃の出所を見た。
そこには、ザイカが立っていた。
リト=ハクの長剣を持ち、彼は涙を流しながら、起死回生の、紫色の一閃を放った。
彼の目の色は、《紫色》に光輝いていた。