Azure crew ~エルフと女海賊と6色目のマナ~ 作:黒片大豆
『空っぽエルフ』という言葉がある。
先天的に、マナを体内に溜め込むことが出来ない、エルフの出来損ないのことだ。 リトというエルフの少女がいた。彼女は『空っぽエルフ』だった。マナを使えないエルフは不吉の象徴とされ、意味嫌われ、迫害された。
しかし彼女は村八分にされることはなく、寧ろ、中央集落の一室で保護されていた。
なぜなら彼女は、エンヴィロントの長、エレーシャの一人娘だったからである。
絶大なマナ能力を持つエレーシャから生まれたのは、空っぽなエルフだった。エレーシャはその事実が判明するや否や、その場に泣き崩れた。
しかしエレーシャは箝口令などを敷くことなく、全てを受け入れ、公表した。
エレーシャは、リトを後継者として育てる決意をした。
だが、毎日がリトにとって苦痛だった。扱えない、見えない、読めないものを『使え』と指導されるが、何をすれば良いのかすらわからない。
普通のエルフにとっては、マナの扱いは心臓の鼓動と一緒のようなもの。そのため、それすら出来ない彼女への教え方が分からなかった。
何年、何十年と繰り返された厳しい修練であったが、一切、彼女の中にマナが宿ることはなかった。
そして彼女は、精神的にも体力的にも追い込まれていった。
エレーシャは毎日毎日、祭壇に祈りを捧げた。太古から『神の力』が封じられていると伝えられている祭壇に、エレーシャは願った。リトにマナが宿り、エルフの未来を支える後継者となることを。
そしてリトも、毎日毎日、祭壇に祈りを捧げていた。時に一人で。時に、母と一緒に。
ある日、リトが体調を崩した。集落の祈祷師や、エレーシャの側近たちが看護するも、一向に回復に向かわない。
マナを扱えるエルフであれば、軽い倦怠感で済むような病気だったが、彼女には致命的なものになった。心身共に疲弊していた彼女は、日に日に病状は悪化していき、ついには意識が戻らなくなった。
エレーシャはリトを抱き、祭壇に向かった。藁にもすがる思いだった。
禁忌と伝わる『神の力』。エレーシャは祭壇の封印を解き、中に収まっていた『紫色に光る宝石』に願った。
『リトを助ける力がほしい……リトの病気を治して……!!』
そして、《紫の石》はエレーシャの願いに答えた。石は二つに割れ、エレーシャとリトの体内に吸い込まれるように入り込んだ。
エレーシャは、元々のマナ能力の強さに加えて、紫の力を扱えるようになった。しかしそれは、世界を滅ぼしかねない、あまりに強力な力であった。体の中から沸き上がる禁忌の力に、エレーシャは『紫の力』の危険性を再認識し、世界中の『紫の力』を封印する決意をした。
リトは、体内から溢れる紫の力をもって意識を取り戻し、病気も完治した。そして、マナ能力こそ持たないが、並みのエルフとは比較にならないほどの体力と身体能力を一緒に手に入れた。
その後リトは、古いエルフの言葉で『空っぽ』を意味する『ハク』から《リト=ハク》と名乗るようになった。そしてマナを使えない分は体力でエレーシャをサポートしようと、剣術を学んだ。結果、他を寄せ付けない程の実力を得て、エレーシャの側近となったのだった。
*****************
「リト=ハクさんっ!リト=ハクさんっ!」
必死に彼女の名前を連呼する《ザイカ》。しかしリト=ハクの体は大きな穴が空いており、心臓や肺は全く機能していなかった。
「リト=ハクさん!」
だが、ザイカは彼女の名前を呼び続けた。彼女の目から僅かに零れる、紫色の光を彼は見たのだ。
《紫の力》……。エルフ達が言うには、別世界からやってきて世界を作った神の力。それくらいの力があれば、人を生き返すことも出来るのではないか……。
「リトっ!!リトっ!!」
焼け焦げた左半身を文字通り引きずりながら、エレーシャが向かってきた。美しい顔立ちは血と泥と煤で汚れていた。
刹那、そのエレーシャに向かって、偽ユンファが牙を向いた。偽ユンファの腕が延び、まっすぐエレーシャを貫かんとしたのを、ザイカは見ていた。
あまりに咄嗟のことで注意の声をかけることもできなかったが、実際に貫かれたのは氷の虚像。女海賊ユンファが即興で作り出したフェイントだ。
ユンファは、さらに砕けた氷を使い、偽ユンファに目眩ましを仕掛けた。そして「逃げろ!」と促すも、実際はエレーシャに何か伝えた後に、光の羽を生やして偽ユンファに向かったのだ。
絶望的な状況下でも、まだ諦めずに戦う力。
ザイカは、船長ユンファの力が羨ましかった。無力な自分が心底悔しかった。
いつも、ザイカは誰かに助けられていた。自らの非力で、周りを不幸にしている。
ユンファ船長と一緒に旅がしたいという気持ちは本物。しかし、それに見合う力が無かった。
今も、目の前のエルフを助けることは叶わない。せめて、自分自身は護れる力が欲しい。そして、『願わくば』……。
「僕に……僕に、人を助け、護れる力があれば……っ!!」
ザイカは『願って』しまった。次の瞬間、リト=ハクの体から紫の光が漏れだした。それは弱々しい光であったが、優しく暖かい光であった。
(……私の願いを聞いてくれ。母にも言えなかった、私の願望。)
ザイカは、リト=ハクの声を聞いた。本人の意識は全く戻ってないが、はっきりと聞こえた。
そして、柔らかな光はザイカの体に伝わった。ザイカは、自らの『空っぽ』の部分に、『紫の力』と……併せて《リト=ハクの想い》が流れ込んできた。それは、リト=ハク……いや、《リト》が、この《紫の力》に願った想い。
ザイカは、彼女の気持ちを受け取った。
そして、彼の目には紫色の光が宿り、同時に、涙が溢れた。
エルフの長の娘として生まれ、後を継ぐため育まれ、しかし親の期待に答えられない自分を攻め、そして、今、息絶え、叶えられなかった彼女の些細な願い。
「……うわぁぁぁぁっ!!」
ザイカは無我夢中で、彼女の長剣を拾い、そして、力任せに振り下ろした。
空を薙ぐ剣からは紫色の一閃が走った。
********************
「どぉぉぉいゆぅことだぁぁぁぁ!!!!」
偽ユンファも、ユンファも、エレーシャも、付き人たちも、そして、一閃を放った本人も。
その場にいるもの全員誰もが、現状を予測できなかった。そして、現状を理解するのに時間がかかった。
「……っ!」
咄嗟に、本物のユンファが腕を伸ばした。まだ骨が完全につながっていない右腕だったが、今一番、《紫の石》に近い体の部位が、折れた右腕だった。
『……っ!させない!!』
本物のユンファの行動は、偽ユンファは予測できた。何故なら、本人と同じ思考が可能だから。そして、偽ユンファも、左手を伸ばし、落下する石を取ろうとした。
が、彼女の左腕は、紫色の一閃によって、そこにはなかった。
もちろん、腕を触手に変え伸ばすことも、切断された腕を操ることも試したが、何故かうまくいかない。
『まただぁああああ! 何故、再生できない!!』
偽ユンファは落下する宝石を見ながら叫んだ。その《紫の石》は、本物のユンファの右手が空中でキャッチした。そして偽ユンファは、本物が起こしうるその後の行動においては予測ができていた。
『止めろぉお!ユンファ!!』
「固まれぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
《紫の石》が激しく輝き、偽ユンファを照らした。その刹那、偽ユンファの体は、青白い水晶のような個体で固められた。《紫の力》を封印していた、あの結界を、石の力でさらに強化させたものだった。
結界の内部には空隙はなく、中身まで完全に固められているようである。偽ユンファは絶叫したそのままの表情で固められ、まっすぐに地面に落下した。
「……やった……。」
そう、本物のユンファはつぶやくと、背中に生やしていた魔法の羽をゆっくり羽ばたかせ、地面に着陸した。そして盛大に尻餅をついた。
「やっば……。もう限界よ……」
へたり込んだユンファは、周囲を見渡した。先ほどまでそこに広がっていた新緑は消え失せ、灰と煤と燃えさしと、未だ燻ぶる木材だけの景色が広がっていた。
そして、ユンファはザイカを見た。彼は長剣を振り下ろした格好のまま固まっていた。はっきりとは確認できないが、彼は、泣いているようであった。
(まさか、ザイカに助けられるとは……。いや、リト=ハクに助けられた、のが正しいのかしらね)
その中を、灰や煤にまみれながら、足を引きずっているエルフ――エレーシャを見つけた。彼女は、《リト=ハク》の名を叫びながら、ザイカのほうに向かっていっていた。ユンファはいやな予感がした。
「まずい!」
その直感は的中した。エレーシャはザイカに近づくや否や、右手のタクトを振りかざした。
地中深くには、まだ生きている植物の根があった。地面から根が鋭く飛び出し、ザイカに向かって直進していった。
「ザイカっ!よけてっ!」
ユンファは叫んだ。しかしザイカは、ゆっくり顔を上げ、エレーシャのほうを向いただけで、避けるような所作は見せなかった。
そして鋭利な根は、ザイカの目の前で止まった。
エレーシャの右手は震えていた。あと少し押し込めば、ザイカの顔に木の根が突き刺さる位置だが、エレーシャは押しきれなかった。
「……なんでっ!!なんであなたから、《リト》を感じるのっ!」
エレーシャは泣き崩れた。タクトを手放したことで、植物の意思は途切れ、木の根はそのまま地面に落ちた。エレーシャは半身がボロボロなまま力を使い、もう立っている力も残ってない。
「リトの……命を、返して……」
「リト=ハクが、我々の命を繋いでくれたわ。彼女が、ザイカに力を譲ってくれたお陰で、ヤツを倒すことができた」
ユンファがエレーシャの脇まで歩いて来ていた。いまだ痛む右手を押さえながら、しかし、しっかりと《紫の石》を握りしめていた。
「……母として、なにもしてやれてない」
エレーシャはポツリと呟いた、「母」という言葉。ユンファは、驚きよりも、胸が締め付けられる思いがした。
暫くの沈黙を破ったのは、ザイカの声だった。
「……リト=ハクの……いや、リトの願いを、伝えます。リト=ハクが、紫の石に託した願いです」
彼の口からでた娘の名前に、エレーシャは驚き、顔を上げた。彼女の目を見て、ザイカは、リト=ハクの想いを伝えた。
『エルフの長の娘とか、空っぽエルフとか。そんな事情は関係ない。私は、外に飛び出し、世界を見て回りたい。それに見合う力が欲しかった』
「……は?」
エレーシャにとっては、完全に予想外の内容だった。
「リトさんは、ずっと苦しんでいた。部族のプレッシャーはもちろん、母からの圧にも。愛情は感じていたけど、本心を伝えたら……。世界を回りたいと言ったら、あなたが傷つくと思い、言えなかった」
「……。」
「本人も、それに見合う体力がなかった。だから、毎日、祭壇にお願いしていた。『世界を知りたい』と」
「……。」
「《紫の力》に囚われたあと、リトさんはいつかあなたに伝えたかった。『外の世界』をみたい、と。」
「……なんで……そういうこと、あの子は言わないのよ……」
エレーシャは、静かに叫んだ。先ほどの悲観の表情から、驚愕の顔になり、そして今は、また悲しみの顔になっている。
「……全然知らなかった。エルフの長の子供としての使命を、果たせないことを悩んでいたと思ってた……」
そして、後悔の表情を露にした。
「私は、エルフの長である前に、あなたの『母』なの……。
娘の願いを叶えるのは、その石じゃなく……親の仕事よ。
言わなきゃ伝わらないことがあるのよ……」
肩を落とし、まるで魂が抜けてしまったように脱力したエレーシャ。
遅れて、エレーシャの付き人たちがやってきた。彼らも相当な火傷を負っており、動けるものだけがエレーシャに寄り添い、肩を貸した。
(母……か……)
右手を押さえていたユンファの左手が、自然と左目を塞ぐ眼帯に触れた。母として、何ができたか。彼女の隻眼は、今でも彼女自身に問いかけ続ける。
「……!!」
そして、彼女は気づいた。
先ほど落下した水晶の結晶の中に、『奴』がいないことを。
「……みんな注意して!!! 偽物が抜け出してる!!」
良く見ると、水晶には僅かにヒビが入っていた。このヒビから、何らかの方法――小さな虫に変幻するなど――で、外にでたのだろう。
「くそっ!油断したっ!」
誰もが満身創痍な状況、襲うにしても、逃げ出すにしても、千載一遇のチャンスである。
ユンファは、残った力を振り絞り、臨戦態勢を取った。ザイカも長剣を構えた。エレーシャの従者は、エレーシャを守るよう周囲を目配せした。
しかし、『偽物』は襲ってこなかった。
「逃げたか……くっ! あの化け物は、封印せず殺すべきだった……!!」
誰の差し金なのか。
エクリドを襲ったのはお前か。
他の宝石の場所も知っているのか。
など、聞きたいことが沢山あった。だからこそ『封印』という手段にでてしまった。
逃げられたことで、またユンファたちの前に立ち塞がるだろう。そして、今回のように誰かに化けて現れたらこれ程厄介な奴はいない。
「……ザイカさん、背中を貸してください」
付き人に肩を借り、立ち上がったエレーシャが、ザイカの背中に手を伸ばした。
ザイカには、それが何を意味するのかを理解できた。
背中に置いた手から、紫色の光がゆっくりザイカに流れていった。
ザイカの目にも紫色の光が宿った。彼は焼け焦げた荒野のさらに先。火災から逃れた森の奥を《遠見》した。
「……見えた!」
そこには、木々を避けて飛ぶ鷹が写った。しかし、今のザイカの目を通すと、その鷹の真の姿を見ることができた。
その鷹は両足が切断され、仄かに紫色に光る傷を負っていた。
ザイカはその場で、長剣を真上に掲げた。そして、真っ直ぐ鷹の方向を見据え、叫び声と共に切っ先を勢い良く振り下ろした。
「いっけぇぇぇっ!!」
紫色の一閃が、焼けた荒野を走り、森を突き抜け、『奴』が化けた鷹に向かって一直線に向かっていった。
そして、鷹の体を縦半分に切り裂いた。
『……ひぃやぁぁ!!』
切り裂かれた鷹は、それでもなお、飛ぼうとしていた。羽をバタつかせるが、しかしそれで飛べるはずはない。
『わっ!私はっ!あの方の元に戻らなくてはならないのっ!……あの方のところにっ……!』
必死に、空を掻いてる『奴』であるが、この大陸に来たときに《リト=ハク》が言っていた重要な理を、彼は身をもって思い出すことになった。
(今のこの大陸で、空を飛ぶことは死を意味します。覚えておいてください)
『えっ…ちょっとまっ……』
この森の主であろうか、巨大な蜘蛛が、落ちてきた鷹を捕まえ強靭な糸で締め上げた。変幻能力を使おうにも、紫色の傷口が邪魔をするのか、何にも変幻できなかった。
体に食い込む糸は肉を断ち骨を砕き贓物をミンチにした。断末魔を上げようにも声帯は潰され、既に体の一部は補食が始まっていた。
エンヴィロントの洗礼を受け、驚くほどあっけなく、『奴』は命を落とすことになったのだった。