Azure crew ~エルフと女海賊と6色目のマナ~   作:黒片大豆

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第2章
2-1.《目覚め》


 霧が晴れ、先ほどとは打って変って、真夏の太陽が海面で照り返してくる。眩しいくらいに明るく、そして気温も高くなってきた。

 既に霧中の強襲から長い時間が経っていた。商業船の上には4つの遺体が転がっており、船内にはそれ以上の犠牲者がいた。ザイカはその中を、船に積まれていた荷物の運搬のために進んでいた。

 商業船というだけあり(カモフラージュかもしれないが)、宝石や装飾品、保存食や簡単な食糧などもそろっており、それら全てを《ディーピッシュ》に積み込むように命令されたのだ。

 商業船の甲板にある4体の遺体は、どれもが2つ、ないし3つに分離していた。

 

「あの人は、人殺しを楽しんでいるんだ」

 

 ザイカはそう思った。生きている人間をこうも簡単に真っ二つにできるのだから、ためらいなんて言葉は、彼の脳にはないのだろう。

 しかしザイカは知らなかった。もともとこの船には、生きていた人間はほとんどいなかったということを。あの闘いの中、彼は目を瞑ってしまっており、事のほとんどを見ていないのだから。

 ザイカは気を取り直し、仕事に戻った。先ほどの霧の中とは全く異なる暑い日差しの中、荷物運びを続けた。他の乗組員もあくせく運搬作業をしている。中の荷物の状況から、おそらく日が沈む前には作業を終えることができそうである。

 

 時は夕刻を指したが、一向に太陽の照りつけはおさまらず、暑さは和らがない。

 《ディーピッシュ》の甲板には商船の中で生存が確認された人たちが集められた。彼らは捕虜として扱われることになる。捕虜は直に甲板に座り込み、それを囲むのように、二人の人物が立っていた。

 

 1人は、肩幅もあるがっしりとした肉体で顔には無造作に伸ばしたひげをしていた。《エクリド》である。

 

 もう1人は、長めの髪を後ろで軽く結った、すらりと細い長身に、体には白衣を身に着けた男性であった。

 

 座り込んでいる人たちは5人。女性が3人、子供が2人。男性は見られない。

 

 捕虜たちにはある共通点があった。両腕には皆、手かせが着けられ、足には重石がつけられていた。手足の皮が痛々しく剥がれ赤く血がにじんでいることから、長い間この格好でいたことは容易に想像できる。

 また彼女たちは全員、その手足に痛みを感じていないようである。全く『感情』を感じられなく、彼女達の目は虚空を向いたままでいた。

 

「おい、《テンザ》。こいつらはどうなっているんだ?」

 

 エクリドが声を発した。捕虜はエクリドの声にも動じない。エクリドは、このリアクションの無さにさらに苛立った。

 

 テンザと呼ばれた、白衣を着た細身の男……《放浪の医師、テンザ》は、ふむ、と手を顎に当て考え始めた。そしておもむろに、彼女達の一人に近づき、目や口の中、背中や耳の中なども調べ始めた。そして、女性の顎下を両手でさすりながら、こう答えた。

 

「……どうやら、薬物の関係ではありませんね。」

 

 エクリドは眉をひそめた。そうすると、こうなる症状といえば、コレしかない。

 

「なら、『術』の類か?」

「ええ、そのようです。」

 

 テンザがうなずいた。「これでは、私の管理外ですね。」

 

 大男がつまらなそうに舌打ちした。

 

「まったく……。せっかくの『手がかり』なんだぞ! 全然使い物にならないじゃないか!」

 

まあまあ、とテンザが大男をなだめる。

 

「そんなに怒らないでくださいよ、エクリドさん。術の類ですから……。うちには専門家がいますよ。」

 テンザが、甲板の先の通路を指差した。

 つられて、エクリドが目線を移す。

 

 そこには、蒼い麻ズボンに蒼色に染めた絹のタンクトップを着た、

 細く、それでいて健康的な褐色に焼けた肌の、

 そして、自らの左目を蒼の眼帯で覆っている、

 長い黒髪をした女性が立っていた。

 

「よろしくお願いします、ユンファ船長。」

 

 《蒼の海賊、ユンファ》は静かに、しかし堂々とテンザとエクリドの目前に歩いてきた。

 ユンファは、術にかかっている人たちを一瞥し、そしてテンザとエクリドの方を見た。

 

「船長、この術……解けますかね?」

 

 テンザがユンファに質問を投げかけた。

 しかし彼女は、

 

「テンザ……?」

 この質問に対し答えを返さずに、代わりに質問をテンザに投げかけた。

 

「……私にできないことって、何かあったかしら?」

 

 そういうとユンファは、なにやら小声で呪文を唱え始めた。そして、大きな音が鳴るように、思いきり手の平同士をたたいた。パンと乾いた音が甲板の上で響く。

 刹那、先ほどまで虚ろな目をしていた人達が、突然バタバタと倒れ始めた。まるでヒモが切れた操り人形のようであり、傍から見れば滑稽な動きをしていた。

 

 「あれ?」

 

 ユンファは声を上げた。続いて、エクリドとテンザもこの状況に驚いた。

 

 「……船長?」

 

 エクリドの、呆れと少し戸惑いを含んだ声に、ユンファは少し悩んだ。

 そしてこう返した。

 

「よし、《目覚め》完了。術はさめたわ。」

 彼女は笑顔だった。

 

「……ユンファ船長。」

 

 テンザは頭を抱えていた。

 

「ちょっと、失敗しましたね?」

「ま、ちょっと、ね。」

 

 この一言に偽りは無かった。確かに術は解け、彼女達は正気を取り戻している。ただ、術が解けた『後』のことを、ユンファは考えていなかっただけであった。

 

「ごめん、後はよろしくね。」

 

 ユンファはテンザの肩を叩きそういった後、船の自室に戻っていった。

 テンザは、ふう、とため息をついた。エクリドもテンザと同じ気持ちだっただろう。その後彼らは、倒れて寝息を立てている捕虜を、医務室に運ぶという新たな手間に、うんざりとした。

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