Azure crew ~エルフと女海賊と6色目のマナ~ 作:黒片大豆
ついに第6章。物語は終盤へ。
《ユンファ》の過去と《紫の力》の核心に迫ります。
6-1《陥没島》
「さて。私たちはこの大陸を脱出するのだけど……止めないのね?」
「同じことを言わせないで頂きたい。娘の願いを叶えてほしい。それより……私の《紫の力》は、本当に奪わないのね?」
怪訝な顔のエレーシャに対して、フフッと笑いながら、ユンファが返した。
「奪いたいわよ?海賊だもの。でも、あなたの命は奪いたくない。あなたを殺さず《紫の力》を盗る方法を知らないの。」
だから、あなたに預けておくのだ、とユンファは言いたげだった。
「……ユンファ、ザイカ。貴女方の《紫の力》の使い方が正しいとは思わない。けど、あの化け物に奪われるのなら、貴女方に預けたほうがまだ安心みたいね。」
そうエレーシャが答え、笑顔になった。作り笑いではない、自然とでた笑み。
自身の子供に向けるような、笑みだった。
「でも、ユンファ、ザイカ。ご存知ですか? 大昔、マーフォークに惑わされ海や空を駆ける能力を持ってしまった、エルフの御伽話を。」
「あら?私の知ってるのは、エルフが人間を誘惑して堕ちていく話だったわよ。」
ザイカは何の事だかさっぱりだった。記憶喪失なので当たり前だが。
「結末は……。お互い泡沫となって消えてしまう。」
エレーシャの顔に悲しみが現れた。
エルフの大陸にも、ユンファにも知られている、二人の異種族の駆け落ちの話。
エレーシャは、なんとなく今の彼女たちと、その話を重ねてしまっていた。
「ま、何れも《御伽話》だけどね。」
ユンファは答えた。そう、それは昔からある御伽話だ。身分や種族を違えて結ばれることの難しさを、先人が伝えた例え話。
「さようなら、エルフの女王。今後一切、私はこの地を踏むことはないでしょう」
踵を返し、ユンファは海の方へ向かって歩きだした。自身の船、《ディーピッシュ》に向かって。
ザイカは、改めてエレーシャと向き合った。
エレーシャは半身が焼け爛れており、生き残った従者に支えられやっと動けるようになっていた。
エレーシャも、改めてザイカに向き合った。
ザイカは全身ボロボロながらも、大きな怪我はない。ただ、腰にはリト=ハク愛用の長剣を携えていた。
「ザイカ。あなたに私の夢を託しました。娘の夢を叶えるという、私の夢です。」
「……僕も、リト=ハクさんに助けられました。この夢、絶対に叶えてみせます。」
ザイカは一礼し、そして、先に進むユンファに追い付かんと、走り出した。
エレーシャは彼らの背中が見えなくなるまで、ずっと見つめていた。
泡沫に消え行くかもしれない2人の行く末を、彼女は案じていた。
********************
海賊船ディーピッシュに戻るのに、さらに丸二日を費やした。セルバとの激闘で地形が変わってしまったことも一因ではあるが、それより、ユンファの体力が問題だった。
「まさか、あなたの背中を借りるとはね」
ザイカに背負われたユンファは軽く毒づいた。リト=ハクの《紫の力》を受け継いだザイカは、彼女の体力と、エルフとしての素質も合わせて受け取ったらしく、大人の女性1人背負ったまま、荒れた森を渡り歩くことなど造作もなかった。
「船長、僕は今まであなたに守られてばかりでした。」
「そうね。」
背中に背負われたユンファは肯定した。事実、彼は何度も彼女に命を助けられてきた。
「でも、僕はこの旅で、力を手に入れた。自分の命を守るだけでなく、こうやって誰かも助けられる力です。」
「そうね。でも……。」
ゴツン!
ユンファはザイカの後頭部に頭突きをした。体を、動かせる範囲一杯に伸ばして放たれた頭突きは、ザイカの脳みそを軽く揺らし、激突音は脳内に響いた。
「いたっ!!」
「自惚れるな! あくまで他人の力よ!さも自分のものであるように振る舞うな!」
間髪入れず、彼女はザイカの耳元で捲し立てた。元々耳が良く聞こえるエルフには爆音だった。ただ、その声は脳みそにも、ザイカの心にも深く響いた。
「ザイカ、覚えていて。過ぎたる力は、その力に飲まれる。そして、過ぎた力には責任が生まれる。あんたはその《紫の力》を得たなら、責任持って扱いなさい」
先ほどとは違う優しい声。母親が息子に諭すような声色だが、声は真が通っていた。
「……はい。」
そして、ザイカもしっかりとした声で返事をした。
「なら、よし。」
その返事を聞いたユンファは、フフッと微笑み、そして、さらに自身の体をザイカに預けた。肩に掛けていた腕を彼の首に巻き付け、頬を彼のトンガリ耳に寄せた。
彼女がザイカの耳元で、今度は優しく囁いた。
「では、責任持って、リトから貰った体力で、私を船まで送りなさいね。私は少し眠るわ……。」
その言葉を最後に、ユンファからは寝息が聞こえてきた。どんな状況でもしっかり寝られる彼女の神経の図太さには、ザイカはいつも驚かされる。そして、
ぷにん。
今、彼の背中にある、たわわに実った禁断の果実。二つの柔らかな触感を、ザイカは意識してしまい、耳まで真っ赤に染まっていった。
高鳴る心臓の鼓動を、ユンファに聞かれてしまってないか、と、焦る気持ちがさらに彼の心拍数をあげることになった。
********************
船に着いたユンファとザイカを待っていたのは、乗組員たちによる大歓迎だった。
だが、ユンファはすぐに医務室に運ばれ、テンザによる治療が施された。
ザイカも、さすがに歩き疲れたため自室に戻り、まずは休養をとるつもりであったが、それは叶わなかった。
一息付くと、直ぐに船が動き出したのだ。
驚いて部屋の外に出てみると、テンザに付き添われ包帯を巻かれたユンファと、同じく、まだ傷が癒えていないエクリドが、甲板に立って部下たちに指示を出していた。
「いいか!野郎共!この辺りの潮流は読みにくい!休んでいる暇はない!さっさとエリス港に戻るぞ!」
「私たちの帰還祝いは、エリス港に戻ってからね!」
さっきまで疲労困憊であった人と、病み上がりの人とは思えない声。テンザが横で心配そうに、しかし苦笑いしていた。二人ともかなり無理をしていることを、ザイカは感じ取っていた。
船は、出港した。
が、すぐに予定は頓挫した。
「……《歌鳥》?」
エンヴィロントを出てすぐに、ゴルゴロ=イクーのエリス港へ向かう潮流を見つけた。後は流れに逆らわず待つだけだったのだか、ザイカが《遠見》で見つめた船の先に、ユンファの歌鳥が飛んでいるのを見つけた。
歌鳥は、まっすぐディーピッシュに向かってきて、船の帆を止まり木代わりにして落ち着いた。
「……船長!」
ザイカは、何か胸騒ぎがして、ユンファが休んでいる医務室に呼びに行った。そしてすぐに、ユンファは甲板に出てきた。
右手の骨はまだ完全に繋がっておらず、ギプスを着けていた。
ユンファが左手の人差し指を歌鳥に向けると、可愛らしい鳴き声とともに鳥が降りてきて留まった。
『ユンファ、不味いことになったぞ。』
そして予測される歌声とは全く真逆の、低い男の声を、歌鳥が発した。
「ぇぇええっ!!……って、ロッカブさん?」
歌鳥の声に驚いたザイカだが、この声には聞き覚えがあった。エリス港を事実上牛耳っている、ドワーフのロッカブだ。
「……ロッカブには、何かあったら歌鳥に声を覚えさせて放してねって言ってあったの。で、この鳥が飛んできたってことは、あんまり良くないことが起こったってことね。」
ユンファが渋い顔を見せた。基本ポーカーフェイスな彼女が見せる不安な表情に、ザイカも嫌な予感を募らせた。
歌鳥は、体に似合わぬ野太い声……ロッカブの声で、覚えた言葉を続けた。
『ラスロウグラナが、海賊の取り締まりを始めた!今、戻ったら奴らに捕まる!』
「……なんてこと。ラスロウグラナが……」
ラスロウグラナ。《白の審問所》を中心に、正義を愛し、秩序を慈しみ、法を律する国である。
それ故、海賊を悪として厳しく取り締まりをするのは当然に思えるが、実際のところは違っていた。
「あいつらには、十分な賄賂を渡しておけば、まず捕まることはないのよ。ましてや、世界の貿易の中心にある《エリス港》を取り締まるなんて……」
エリス港には、様々な物資や人が集まる。もちろん、ラスロウグラナに向けたものも数多くある……あまり公言できないような怪しいものも含め。
そして、上層部はその『甘い汁』を存分に味わっているはずである。
「おそらく、《サディ・バル・シン》が本気になったのでしょう。腐敗しきった国を建て直そうと。」
いつの間にか、甲板に《テンザ》が立っていた。彼は、ラスロウグラナ出身だ。
「……かなり思い切った改革をしたみたいね。上層部は反対しなかったのかしら。」
それは誰にもわからなかった。知っているのは、ラスロウグラナ最高審問官の《サディ・バル・シン》だけであろう。
暗殺された前最高審問官《バル・シン》の妻である彼女は、相当に『悪』を憎んでいる。最も、以前からラスロウグラナは『違法』に対しては異常なまでの罰則が課せられてはいたが。
そして、解ったこともある。
「復帰祝いは、また先延ばしになるわね。」
船は大急ぎで方向転換を余儀なくされた。
「船長、どちらに向かうのですか?」
ザイカが聞いた。エンヴィロントからエリス港への潮の流れは複雑で、他に当てはなかったが、
「……いや、この時期なら偏西風に乗って……あの海流に……でも……うーん……」
ユンファには一つ心当たりがあった。が、何故か渋っている。
しかし、このままエリス港に戻っても全員が拿捕されて終わりだ。
「……うん、そうね。《紫の力》を得たザイカには、見せるべきよね……」
ブツブツと独り言を呟いたのち、彼女は顔を上げ声を張った。
「帆を張り直せ!!目的地変更だ!向かうは《陥没島》、そして、《青の図書館、ノウルオール》!!」
ユンファの掛け声とともに、船の帆がゆっくりと動き、そして風を捕まえた。
ディーピッシュは風を捉え、海流に乗り、大きく旋回し新たな目的地に船首を向けた。
「《陥没島》に向かうのですね。医者として言っておきます、お酒はダメですよ。」
「いやよ。あそこに行くと決めたら、私は呑むわよ。」
テンザの忠告をユンファは軽くあしらった。
「……?」
ザイカには、全く理解できない内容の会話であった。陥没島という場所は、有名な酒蔵でもあるのだろうか。
そして1日と半日が過ぎた頃、ザイカは島を遠見することができた。その島は、名前の通りに、島の中央が巨大なクレーターで陥没していた。クレーターの影響なのか、それとも元々なのか不明だが、その島は誰も住んでいないようだった。無人島だ。もちろん、酒蔵なぞ有るわけがない。
「あの大穴は……」
「良くみておいてね、使い方を誤った一例よ」
ユンファはザイカの背中をポンと叩いた。
港はないので、小舟で接岸することになった。
小舟には、ユンファとザイカ、そして、テンザに、小間使いゴブリンの《コーダ》が同行した。
穴は、相当に深かった。
ザイカは遠見で覗きこんだが、底をみることは出来なかった。
そして、クレーターの縁は自然堤防よろしく盛り上がっていた。
その一角、少し小山になっている場所に、それはあった。
「……お墓?ですか?」
簡単に石を積んだだけの質素なものであるが、人工的に積み重ねられていることを鑑みると、何かの目印、さしずめお墓であることは用意に想像できた。
そこには、大小二つのお墓があった。
ユンファたち一行は、そのお墓に向かっていった。
「せ、船長!もう呑んでらっしゃるのね?!」
今回、酒瓶の運搬や、怪我したユンファのサポートが必要と考えたテンザが、小間使いのコーダを同伴させた。そして今しがた、コーダが運ぶ酒瓶1本を、ユンファに取られ飲まれてしまっていた。
「いいじゃない。呑まないとやってらんないわ!」
既に酒瓶の中身は、半分ほど無くなっていた。
医師のテンザは、後方で頭を抱えていた。
墓の目の前に到着するや否や、ユンファは持っていたお酒を、大きい方のお墓にかけた。
頬が赤くなったユンファが、墓石に語りかけた。
「よっ。きたよ《アンジャム》。残念ながら、《紫の力》に囚われたのが、一人増えちゃったよ。」
酒を掛け終えると、ユンファはお墓の前に座り込んだ。そして、今度は小さい方のお墓をなで始めた。
今回初めて、この場所につれてこられたザイカは、このお墓の人物たちを知らない。
「あの……このお墓は……?」
ザイカは、ユンファに直接聞いてみた。
「……。ザイカ。ここにあなたをつれてきたのは、ちょっと昔話を聞いてもらいたかったからよ。」
ユンファは体を向き直し、ザイカたちの方に位置を正した。顔はお酒のせいなのか、赤く染まっていた。
「すこし長めの昔話よ。さあ、お酒の肴代わりに聞いてちょうだい。《ノウルオール》の天才異端児の、《忘れられない追憶》よ。」