Azure crew ~エルフと女海賊と6色目のマナ~ 作:黒片大豆
情報を聞き出したユンファは早速、詳しい結界の場所を示してもらうため、捕虜の女――名前を《セルバ》という――と、昼間に荷物運びをしていた部下の中で、結界が張られていた付近の荷物運びを担当していた2人、《トゴ》と《ジェフ》を連れ、商業船に向かっていった。
《ザイカ》は船に残り、残った捕虜の見張りをさせられていた。しかし既に時は深夜。ユンファ船長が使った昏睡の術の効果もあり、捕虜の人たちはぐっすりと眠っていた。
「見張りの必要は……なさそうだよなあ」
ふあぁ、と、ザイカは大きなあくびをした。昼間の強襲(見ていただけだが)、強奪した荷物の運搬など、精神的にも肉体的にも、今日は普段の生活に比べて疲労していた。体が眠りにつこうとしているのが良くわかる。自然に瞼が重くなってきた。
捕虜達は牢屋などではなく、医務室の奥の部屋にベッドを用意しそこで寝かされていた。「寝ているし、女子供だけだし、『敵』ではないでしょ」というユンファ船長の考えと、テンザの意見を取り入れた形である。
ザイカは医務室のイスに座ったままウトウトとしていた。起きなくてはと思うのだが、しかし睡魔は容赦なく襲ってきた。ゆっくりと、しかし確実にザイカは夢の中に落ちようとしていた。
その時、医務室のドアをノックする音がした。真夜中であることもあり『コンコン』と無機質なノック音はザイカを死ぬほど驚かすには十分な効果があった。「ひッ!」と小さな悲鳴を上げたと同時に、睡魔もどこかに飛んで行ってしまった。
「だ……誰ですか?」
一気に眠気が覚めたザイカは、ドアの向こうにいると思われる人に声をかけた。
「あ、私です、ザイカさん」
その声色は美しく、そして澄んでいた。初めてこの声を聞いた人間なら、扉の向こうに立っている人物を『麗しい大人の令嬢』と想像するだろう。それ位にこの「声」は綺麗であった。
ザイカはこの声の主を知っていた。いまだに(驚きで)ドキドキしている心臓に手を当てながら、医務室と廊下を隔てている扉を開けた。
「こんばんは、《コーダ》さん。どうしたんですかこんな夜遅くに。」
「こんばんは、ザイカさん」
そこには『麗しの大人の令嬢』ではなく、白いエプロンを無理に着用した、女性の『ゴブリン』がちょこんと立っていた。その《コーダ》と呼ばれたゴブリンはザイカの胸までしか背丈が無い。
ゴブリンは全体的に小柄な種族であるため不思議なことではない。むしろコーダ曰く「私の身長は、女性のゴブリンでは大きいほうです」らしい。
「ザイカさん、今日は朝から働きづめではないですか?」
《コーダ》が、その小さな体に似合わない美しい声でザイカを心配してくれていた。そしてコーダは、ザイカに少し休むように提案した。
「軽く仮眠を取るだけでも違いますよ。その間でしたら、私が代わりに見張りをしていますから。」
この提案には、ザイカは喜んで賛同した。先ほどのコーダのノック音で眠気が覚めたといっても、流石にこの状態が続くのは辛い。ザイカはコーダの優しさに、心底感謝した。
「あ、ザイカさん。ついでに何か、食べ物でもお持ちしたほうが良かったでしょうか?」
コーダはさらにザイカを気遣った。ザイカはこの気持ちは嬉しかったが、
「いえ、お構いなく。自分で何か、探して食べますよ。」
仮眠をとる前に、水と、簡単に軽食を取ろうと、コーダに見張りをお願いして船内の調理場に向かった。
「ここね。」
ユンファは襲われた商業船の船室横、不自然にスペースがある壁の目の前にいた。
暗い船内を照らすため、《トゴ》と《ジェフ》にはランタンを持たせている。薄暗い月明かりだけでは、流石に船内は暗く、行動は難しかった。
《トゴ》と《ジェフ》が連れてこられた理由は他にもあり、この壁には絵画が飾られていて、彼らはそれを運んだことを説明した。そのため実際に壁に何度も触れていたというし、隠し扉などがあることも考慮しこの付近の壁の検査もしていたという。しかしここに入り口があるとは全く判らなかった。それだけ強力な結界が張られているということだろう。
「そうです。ここには本当は物置の扉が在り、それを魔法で見えなくし、かつ施錠しています。」
《セルバ》は自分の手を、その壁にゆっくり触れた。彼女は眉をひそめながら話を続けた。
「この結界は普通の人には解けないと思います。かなり難解なものをかけてもらいましたから。」
セルバの気持ちは明らかに沈んでいた。ユンファはそんな彼女の表情を見て、セルバはこの状況を面白く思っていないのだろう、と、思った。
黒い霧に襲われ命を落としかけたが、運良く生き延びることができた、しかし代償として、自分が手に入れた貴金属や多くの船員、そして、折角の至宝の宝石まで、海賊に奪われようとしていたのだから、そう思うのも当たり前だろう。
ユンファはセルバの雰囲気を察し、しかし、「フフッ」笑うとセルバにこう言った。
「ま、命あっての何とかっていうじゃない。『あなたは命が助かった。その代金として財産を支払った』。あなた位の商売能力があれば、これくらいの損失すぐに取り返せるわ。」
そしてユンファは、セルバの胸に光るブローチを指差して話を続けた。
「予定としては、私はあなた達捕虜を《赤の憤怒山、ゴルゴロ・イクー》で全員下ろすわよ。あそこの商業港、《エリス港》ならアーティファクト用の出荷船とか多く出ているから、どの大陸にもアクセス可能。それに、その《白金のブローチ》なんて、《ゴルゴロ》の工匠にとっては本当に珍しいものよ。そっちの言い値で買ってくれること間違いなし!」
ユンファは最初から、セルバが持つブローチは盗らないことを決めていた。かつユンファは、セルバにその後の「人生の再スタート方法ヒント」を教えた。『紫の力』によってセルバを不幸にしてしまったことに、ユンファはなんとなく罪悪感を覚えてしまっていたからであろうか……。
「……さて、じゃ、この『難解な結界』でも、ちょちょいと解きましょうか。」
ユンファは体を向き直し、結界が張られているという壁を目前にした。
「……」
真夜中の静寂も手伝ってか、一気にあたりが静まり返った。
ボウ……と、ユンファの手が青白く光り始めた。かすかなその光は、薄暗いこの船内では美しく見えた。後ろでは、トゴとジェフ、そしてセルバがユンファの行動を見守っていた。
ユンファが光っている両手を壁に押し当てた。刹那、『ぴしっ』と音が鳴り、壁にひび割れが生じた。それらはどんどんと大きくなり、数も増えていった。ひびは単に壁に入っているのではなく壁の表面を走っていた。ユンファの手の色――青白く光っていた手――と同じ色であったひびは、瞬く間に壁表面全体に広がっていった。
「……せいっ!!」
ユンファは気合を入れ、壁に突き出していた両手を勢い良く左右に広げた。同時に、ガラスが砕けるような音が響き、壁が砕けた……のではなく、入り口を隠していた『結界』が崩れ去った。
「……!!」
この結果に一番驚いたのはセルバであった。この結界自体、《白の審問所》の法師にお布施を奮発し、さらに《ノウルオール》の依頼主から教えてもらった施錠方法を行なっているはすなのに、ただの『女海賊』によってそれは、いとも簡単に崩れてしまったのだから。
驚いているセルバを横目に、ユンファは、揚々と喋りだした。
「うう……。正直、結構、きつかったわ……。もう1ランク上のものだと、流石の私でも、解くのに丸々1日かかるでしょうね。」
あっけらかんと言い放った彼女は、しかし実際は辛そうな顔をしていた。額にはうっすらと汗がにじんでおり、疲労の色を見せていた。息も上がっていた。
「……大丈夫ですか、船長。」
トゴはユンファの異変に気づき、ランタンをユンファのほうへ向けた。しかしユンファはすぐに笑顔になり「大丈夫よ」と返事をした。
ジェフはというと、船長の異変以上に、壁に現れた扉に目を奪われた。そしてすぐに、その扉の中に今まで以上の『お宝』が眠っていることを本能で悟った。あわよくば船長の目を盗んで、幾つかの宝石をネコババしてしまおうとも考えていた。
「さて、と。」
ユンファはうーんと伸びをし、目の前に現れた『扉』を確認した。
船室の扉と同じ材質の木でできていて、鍵はかけられていないようである。
「いきましょう」
ノブに手がかかり、扉は開けられた。
中は単純な物置であり、壁には穀物が入った麻の袋や飲料水を保存するガラス瓶の箱詰めなどが積まれていた。
そして倉庫の中央に、それはあった。
倉庫には窓は無く、月明かりさえ入ってこない。トゴとジェフが持つランタンのみが、この部屋を照らすことができる唯一の光源である。しかしその宝石はそんな暗闇の中でも十分過ぎるほどの存在感を醸し出していた。
紫色に輝く、子供のコブシ大の巨大な『アメジスト』にも見えた。しかしこの宝石は、アメジストのそれ以上に赤く、黒く、そしてそれ自体がうっすらと紫色に発光していた。その光は妖艶で、魅力的で、それ以上に邪悪な感じであった。
「……きれい……」
誰もがその宝石の光に魅入られていた。冷静なユンファでさえ、一瞬、その宝石の輝きと大きさに目を奪われた。セルバの発した一言で、やっとユンファは我に返った。
「……っと。危うく見惚れるとこだったわ」
そう言うと、ユンファは早速、目的の宝石を持って帰ろうとし、それに手を伸ばした。
しかし、彼女その宝石に触れるかという時、ある『感覚』に襲われた。他に誰もいないはずのこの部屋の中から、おぞましいくらいの『殺気』を感じたのだ。
「……船長?」
トゴがランタンをユンファのほうに向けた。同時に、ジェフもユンファに明かりを向けた。ジェフの場合は、もっと宝石を見たいという欲求からでもあったが。
「……!! しまった!ダメだ! 明かりを消せ!」
ユンファは振り返り部下達に叫んだ。刹那、
「ヒュッッ」
細い風がユンファの左頬を掠めた。その風は一直線にジェフの持つランタンを目掛け飛んで行き、そしてその風は手にした鎌を振り上げた。
ジェフは、自分に目掛け飛んでくるその風の正体がわかった。しかしそれを伝えることができなかった。『サクっ』と、あまり聞き慣れない音がして、ジェフの頭は床に落ちた。
「……うわぁ!」
前のめりに、ジェフ『だったもの』が倒れた。ワンテンポ遅れて、派手に赤い血しぶきを撒き散らした。狭い部屋を一気に赤に染め、トゴが悲鳴をあげた。
「やられた!! トゴ! 火を消して! 狙われる!」
しかしユンファの声は、トゴには届かなかった。
パンッ!と小気味良い音とともに、ランタンが破裂した。と同時にトゴが風とぶつかった。
「ひいっ!」
トゴの隣に立っていたセルバは思わず、小さな悲鳴をあげるとともに顔を覆った。人の骨がここまで容易く切断できるのであろうか。一瞬にして、2人の人間が命を落とした。全く正体がつかめない風によって。
トゴとジェフが落としたランタンの火が、周囲に積まれていた麻の袋に燃え移った。中には穀物が入っていたのか、それは簡単に燃え広がり、真っ暗闇の部屋に明かりをもたらした。
眩しいくらいに部屋を照らし出す炎。その炎により、さらに輝きを増した宝石。
そして、ユンファとセルバは、風の正体を知ることになった。
宝石の正面、その宝石を守るように、小さな虫が、それも女性の手の平くらいであろうか、人を殺すにはあまりにも小さすぎる、小さな《カマキリ》がそこにいた。
「なんてこと……。こんな虫にまで……。」
ユンファの額から汗が吹き出ていた。炎により部屋の温度が極端に上がったためであろうか。それとも、この状況が、それほど危険であるためであろうか。
セルバは腰をぬかしているのか、尻餅をついたまま床にへたっていた。恐怖のあまり声も出ないようである。
「動かないでよ、セルバ。これは、少々荒っぽいことになるわよ」
こういった危険を予測できなかったこと、セルバを一緒に連れてきたこと、《エクリド》をつれてこなかったこと、大切な仲間が殺されたことなど、ユンファはいっぺんに後悔をした。
紫の宝石は、そんな彼女達をあざ笑うかのように、眩しく輝いていた。