Azure crew ~エルフと女海賊と6色目のマナ~ 作:黒片大豆
海賊船《ディーピッシュ》には、その船の大きさに似合わないほど立派な調理場と食糧庫がある。普通、海賊船でキッチンを常備しているものなどほとんど無く、船員は保存食での食事を余儀なくされる。長い船上の食生活で暖かい食べ物を摂れるこの船員は幸せであろう。
ザイカは調理場で果物を発見し、それに噛り付いていた。酸味が残る、完全に熟していない果実ではあったが、ほんのり甘く、夜食としては最適であった。果物はこぶしほどの大きさであり、ザイカはそれをぺろりと平らげた。
月明かりが差し込むキッチンで、食後の水を飲んでいたザイカは、何気なく船長ユンファのことを考えていた。
「……もう、お宝ってのは見つかったのかなあ」
「もう見つかったかモネ♪」
ザイカのつぶやきに、誰もいないはずの暗闇から返事があった。全く人のいる気配は無かった。ザイカは驚き以上に恐怖を感じ、しかし暗闇から発せられた声の正体を探ろうと、あえて暗闇に声をかけた。
「だ、誰だ!」
「さあ、誰でショウ!」
返って来た返事はまるでザイカを馬鹿にしているようであった。そしてその声はザイカの警戒心をさらに強くさせるには十分なものであった。明らかに聞いたことの無い、垢抜けた少女の声であるからだ。捕虜の中に女の子はいたが、その中の子供が目覚めたのだろうか。しかし今はコーダが見張っている。捕虜が出歩くこと自体おかしい。
「どうやってここに来たの?」
思い切ってザイカは疑問に思ったことを口に出した。
「歩いテきたヨ」
返事はあっけなかった。そして返事の主はその後、パタパタと足音を立てながらザイカに近づいてきた。
相手が近づいてくるとは予想だにしていなかったザイカは慌てふためいた。何か武器になるものを探したが、キッチンはよく整理されていて、ナイフや鍋等は戸棚の中にしまわれていた。キッチンの調理場の上に出ているものなど、一つも無かった。
ザイカが武器を探している一瞬の間に、声の主はザイカの目の前に立っていた。
キッチンに差し込む月の明かりによって、ザイカはやっと声の主の姿を捉えることができた。
容姿は10代半ばといったところか。身長はザイカよりも一回り小さい。ストレートのブロンド髪、全く焼けていない純白の柔肌を持つ、かわいらしい女の子。
少なくともザイカの目には、『可愛い女の子』として映った。
「……私、《ノウンクン》!」
ノウンクンと名乗った彼女が、ザイカに手を差し出した。どうやら握手を求めているらしい。
ザイカは反射的に手を握ろうとしたが、すぐに冷静になり自らの手を引いた。海賊船に在りえない容姿の少女が乗っている。それだけで、警戒をするのは十分だった。
「……いったい君は誰?」
ザイカは少しずつ、すり足で彼女との距離を離していった。ゆっくり後退しながら、攻撃のチャンス、もしくは逃走の機会をうかがっていた。
「……私、《ノウンクン》!」
あっけらかんと、先ほどの自己紹介を繰り返したノウンクン。ザイカはその緊張感のない、少女独特の甲高い声によってか、よろめきそうになった。
ザイカの行動を察してか察していないのか判らないが、ノウンクンと名乗った少女は、こう続けた。
「あなたは、《試されて》いる?」
「……試す……?」
ザイカはノンクーンの話した言葉を全く理解できなかったが、しかしノウンクンはさらに言葉を繋げた。
「あなたの大切な人は、イマ、試されていマスヨ」
「……大切な人って……せんちょ……」
ザイカの回答が終わる前に、キッチンの明り取りの窓から、夜とは思えないほどの閃光が走った、と同時に、まさに耳を劈く大音量が響いた。
落雷である。
そのときの雷は、ユンファとセルバの乗る商業船に向かって落ちていた。
気を抜いてはいけない。予断を許さない。ほかに気をとられることは、死を意味する状態が続いていた。
燃え広がった炎によって、船内は異様な暑さに見舞われていた。黒い煙が狭い室内を充満し始め、確実に視界が悪くなってきている。空気中の酸素が減ってきたのか、ユンファは息苦しさを感じ始めた。
ユンファは右手の人差し指と中指の間に挟むように、一枚の札を持っていた。札には丸い形の文様と、他に普通の字とは異なる、難解な古代文字のようなものが描かれていた。ユンファはそれを《召喚符》と呼んでいる。文字通りユンファは、この札を用いて「召喚」を行なおうとしていた。
正確にはそれは召喚ではなく、その札は『生き物を札の形に圧縮しているもの』である、と、彼女は過去に語っている。たしかにユンファのもつ札には同じ文様のものは無く、それぞれに対応した生き物しか生まれて来ない。札の生き物が死ねば、当然札を失う。
「……!!」
刹那、ユンファは右方向から『風』を感じ、それを避けるように体を反った。ヒュっと風を切る音とともに、目の前を緑色(正確には緑と紫を混ぜたような色)のカマキリが通過した。
そしてそのカマキリが持つ鎌に付いた血は、既に固まり始めていた。
ユンファはこの場をまず凌ごうと、召喚符を手にし、それを投げた。カマキリはそれに反応し鎌を振り上げたが、瞬間、札が弾け、10羽ほどのカラスがその空間に現れた。
カマキリは傍から見ても困惑していた。このスキをついてユンファは、恐怖で腰を抜かしていた《セルバ》をつれて、炎が広がり始めていた船からの脱出を試みた。
しかし、カマキリだけではなく、どうやら船内にいたネズミも不思議な力に操られているようである。目前にネズミの集団が道を塞いでいた。カマキリも逃げるユンファに気づき、体制を整えた。確実にユンファをしとめようとしていた。
「…。ここでとっておきを使うことになるとはね。」
そういうとユンファはもう一枚の召喚符を取り出した。それは先ほどと異なりユンファの手の中で具現化した。手の中で青白い雲のように変化していき、最終的にそれは、「目玉の在る雲」のような存在になった。ふわりとユンファの手から離れ、ゆっくりと漂いはじめた。
ネズミの集団の一部が、その雲に飛び掛った。しかし大半が一瞬にして黒焦げになってしまった。その雲の生き物は、本当に小さな『雷雲の塊』だったのだ。
「轟け!」
召喚師の一言で、その雲は発光、そしてはるかかなたの天空から、巨大な雷を、狭い船の中に呼び込んだ。同時に爆発が起こり、あっという間にカマキリとネズミ、そして船室と、中にあった食糧を全て消し炭にしてしまった。
……後に残ったのは、この雷光を召還した張本人と、それに抱えられているセルバという女性。そして、この爆発でも傷ひとつ付かず不気味に光り続けている、『紫色の宝石』であった。
「間一髪、ね。ありがとうセルバ。あなたの《白金のブローチ》のお陰で、この状況を打破できたわ。」
ユンファは、気絶しているセルバと、彼女が身につけていた《白金のブローチ》に感謝した。雷を呼び込んだその瞬間、気絶しているセルバの胸に光るブローチに、ユンファはありったけの防護術を施したのだ。
邪を払う白金のブローチは、触媒的な作用で防護術を強化させ、ユンファとセルバを雷から完全防御させることに成功したのであった。
未だ気絶しているセルバを優しく横たえ、ユンファは『紫色の宝石』に近づき、手を掛けた。それは仄かに温かく、そして冷たく輝き続けていた。
「やっぱりこれは、私が全部集めないといけない力だ。」
ユンファはそれを無造作に、自らのポケットに詰め込んだ。宝石は未だ、仄かに輝き続けていた。