Azure crew ~エルフと女海賊と6色目のマナ~ 作:黒片大豆
深夜に突然轟いた雷音、そして閃光。
海賊船《ディーピッシュ》の乗組員のほとんどが、一斉に飛び起きた。
そしておそらく、船内で一番間近にその雷をみていたのは、ザイカだった。
「うわぁぁっ!!」
落雷の衝撃は、こちらの船まで伝わってきた。同時に、ザイカのいた調理場のガラス窓も大きく振動した。
激しく気候が変わる航海に耐えられるように、船のガラスは厚手に作られている。それが震えるほどの衝撃だった。
あまりに急なことで、ザイカは反射的に目を瞑り、体を委縮させてしまった。が、閃光と雷音はそれ以上起こることはなかった。数秒……いや、彼にとってはもっと長い時間だったかもしれない。彼は恐る恐る、ガラス窓から閃光と雷音が走った場所である、商業船のほうを見た。
雷によってユンファたちが乗っていた船は沈没しかかっていた。いや、正しくは、既に半分沈没していた。
落雷の後、船が中央から真っ二つに割れた。ユンファたちが乗っていなかった片方からは、落雷による炎が瞬時に周り、そしてあっという間に沈没した。
残った半分は辛うじて浮いていたが、しかしこちらにも火はついていて、沈むのも時間の問題だった。
雷音は海賊船《ディーピッシュ》にも轟いたはずだ。暫くすれば、異変に気付いた船員が救助艇を出してくるだろう。が、
「ムリね、間に合わない。」
メキメキと音を立てて、半分の船の、さらに半分が崩れ始めた。物の数分、いや、あと数秒で船は沈むだろう。
「仕方ない、飛ぶ、か。」
跳ぶ、のではない。彼女は『飛ぶ』つもりである。
商業船と海賊船の間は大きく開けており、彼女の身体能力では、大きく波打つ漆黒の海を飛び越えるのは不可能だ。夜間に海の中に落ちることは死を意味している。夜間ではあるが、燃えている船が照明の役割をしているため、海面が照らされている。しかしそれでも、表層がキラキラと照らされているだけで、ここを泳ごうとするのは強靭なマーフォークか自殺志願者だけだろう。
「気絶していてくれてよかったのかしらね。」
ユンファは、気絶しているセルバを抱え、素早く呪文を詠唱した。
途端に、ユンファの背中には、青く光る《翼》を生み出した。
薄青の月明かりを透かし、赤く燃える船の炎を照らし、そしてうっすらと自身は白色に発光している、幻想的な翼であった。
「……綺麗だ。」
調理場のガラス越しに、ザイカはその羽を見ていた。
調理場の周辺は、先ほどの振動で食べ物や調理器具などが散乱していた。しかしザイカは、それらには全く気が向いていなかった。先ほどの落雷と、そして現在の、光り輝く翼を得た、美しい女性に見とれてしまっていたのだ。
「キレイね、キレイ!」
隣では、ノウンクンがはしゃいでいる。「キレイキレイ!」といいながら、調理場を跳ね回っている。
ノウンクンのことを思い出し、彼は現状を把握することができた。そして、調理場の惨状も改めて理解できた。
「あ、危ないよ!」
彼女がはしゃいでいる周囲をよく見ると、棚から何枚も磁性の皿が落ち砕けていた(通常、船では割れる恐れのある食器は控えるが、これらは船長の趣味である)のだ。鋭利な陶器の破片が、今にも彼女の足を傷つけてしまいそうであった。咄嗟に、ノウンクンへ注意を促した。が、
「あ、ユンファが、帰ってクルよ!」
足を止めたノウンクンが、船の外を指差した。彼女が指差した方向へ、ザイカも自然と顔を向けた。
青白く発光する翼を羽ばたかせ、ユンファがこちらの船に向かっていた。彼女の整った顔立ちとも相まって、その姿は、
「……天使みたいだ。」
さらに彼を魅惑することとなった。
「……甲板にいってみよう、ノウンクン。」
降りる場所はそこしか思いつかなった。ザイカはノウンクンを誘い、一緒に甲板に出ようと促した。が、
「あ、あれ?」
彼女はすでにいなかった。皿や調理ナイフが散らばっている以外には何も無い空間に、話しかける恰好となってしまった。
深夜に響いた突然の雷音、そして突然の衝撃によって飛び起きた船員。そして外の様子を伺った者は、夜、月明かりを背に、光る翼で船に戻る船長を目の当たりにすることとなった。
それを見た乗組員は皆、あまりの美しさに歓喜の声を上げた。
甲板にユンファが降り立ったときは、船員がほぼ船員、甲板に集まっていた。ユンファの帰還に誰もが喜んだ。
しかし中には、彼女の帰還に素直に喜んでいない人物もいた。
《船員の指導者、エクリド》である。
「《トゴ》と《ジェフ》が帰ってきていないな。」
ぼそりと、エクリドは呟いた。
自ら率いていった二人の船員を置き去りにして、彼女は自分たちだけ帰ってきたのだ。
(やはり、あんな女に船長は似合わないな。いろんな部分で、な。)
そしてもう1人、素直に帰還を喜べない人物がいた。
《ユンファ》本人である。
《トゴ》と《ジェフ》はもう帰ってこないのだ。自らの軽率な考えで二人の船員を犠牲にし、自分たちだけ帰ってきてしまったのだ。
(やっぱり、私は船長は似合わないのかもね、いろんな部分で、ね。)
夜が明けた。
衝撃的な事件から一晩たち、ユンファは船内の重役を自らの船室に集めた。
集められたのは
《医師、テンザ》
《船員の指導者、エクリド》
お茶入れに、《小間使い コーダ》
そして何故か、《ザイカ》もである。
「セルバは……やっぱり無理かしら。」
本当は今後のことも含めての会議であったため《セルバ》も同席願ったが、
「彼女のショックはかなり大きいようで、まだ目を覚ましておりません。」
テンザが答えた。セルバは昨夜のショックが残っているのか、まだ寝ていた。テンザの見解では、もう少し横にさせておいた方が良い、とのことだ。
打ち合わせの最初に、ユンファは船であったことをこと細やかに、全てを話した。秘密の扉のこと、紫の宝石のこと、そして、カマキリやネズミのこと、最後に、トゴとジェフについて。
ユンファは殺された2人に関して、エクリドに謝罪した。彼らは元は、彼の部下であった。
「すまなかった、エクリド。私が危険性を軽んじていたばかりに、二人も同胞を失ってしまった。」
目を瞑り、眉をひそめ、彼女は悲観した。
「いや、俺たちはそういう職業だ。皆、死は覚悟していたはずだ。」
エクリドも眉をひそめ、しかし眼力はしっかりとしていた。
「俺たちは、人の命を奪う職業だ。だからこそ、いつでも自らの命は奪われるものとして生きている。」
「……すまない。ありがとう、エクリド。」
ユンファはエクリドに謝罪と感謝の言葉を述べた。
フン、とユンファから目を逸らしたエクリド。
(ユンファは……まだ優しすぎる。海賊なんて器じゃないんだよ、彼女は。)
「……そして、これが私たちの『目標』のものよ」
会議は一番の問題『紫の宝石』の話になった。ユンファはポケットから宝石を取り出し、テーブルにそれを置いた。
「いいこと?これには基本、私以外は触らないで。《魅了》されるわよ。」
しかしながらこの宝石の妖艶な輝きは、部屋にいた誰もが目を奪われていた。
「こいつはすごい。」
特にエクリドはその光に過敏に反応していた。そして、
「エクリド、手を引込めなさい。」
強い芯の通った女性の声が、エクリドの動きを制した。スッ、と自然に彼の手は前に出ていたのだ。
「……驚いた。無意識に手が出てしまった。」
一番驚いたのは、エクリドであろう。長年海賊をやっていれば数多くの金銀財宝を目の当たりにしているはずであるが、この『紫の石』は、そんな彼を一瞬で魅惑したのだ。
「これは、私達の目標であったものであり、同時に私達を滅ぼしかねない力を持っている。」
紫の石を目の前に発せられた、ユンファの一言。エクリドが無意識にした行動が、彼女の言葉の後半部分に非常に強いインパクトを与えた。
「この宝石の扱いに関しては、私に一任させてもらうわ。だれも意見は無いわね?」
ユンファは、船の重役が集まる部屋の中で、力強く発言した。
そして誰も、ユンファの意見に反対するものは無かった。エクリドさえ、ユンファの意見に反対しなかった。反対したところで、この場には、紫の宝石に魅入られずにいる人間など、いないと思ったからだ。
その後、ユンファは今後の針路を決定した。先の船から得られたアーティファクトや貴金属を売るために、赤の活火山《ゴルゴロイクー》の《エリス港》にむかうこととなった。ここで捕虜達を解放するという。
「下手な船団に預けるより、エリス港で捕虜たちを『商品』として、信頼のおける人物に卸したほうが、命の保証がされるわ。」
同席していたザイカは、一瞬ドキリとした。『人間』を『商品』として卸しているような場所へ、今から行くことになるのだ。
「やっとまともな海賊業をやるのだな。」
「今回だけよ。あくまでね。」
エクリドの、多少挑発的な意見に対して、軽く首を横に振りながらユンファは返した。
「では紫の宝石はどうするんですか? まさか一緒に売ってしまうんでは……」
まさか。ザイカの質問には鼻で笑いながらユンファが答える。
「その後、青の図書館《ノウルオール》で、紫の宝石を解析、場合によっては封印するわ。まずは捕虜の解放と、あと荷物整理ね。これで、当面の私達の目的は達成されたことになるわ。」
ユンファはそういうと、椅子に座ったまま、天井を仰ぎ、そっと、片目の眼帯に触れた。
ザイカにはそのユンファの格好が、まるで何かに、祈りを捧げているようにみえた。
遠い空の上。
目では見えない何か。
彼女の隻眼だけが見ることのできる、彼女しか知りえないものへの、祈りに見えた。