Azure crew ~エルフと女海賊と6色目のマナ~ 作:黒片大豆
3-1《エリス港》
ユンファたち一行は、早速、商業港《エリス港》へ針路をとった。
エリス港は数多くの他国の商業船が出入りする、世界でも大きな港のひとつである。
「それって、海賊にとっては危険なのではないのですか?」
ザイカは、至極当然な疑問をユンファに投げた。大きな港はそれだけ警備が厳しいはずである。しかしユンファは、ザイカの回答には答えず、新たにザイカへ疑問を与えた。
「この、海賊が横行するご時勢。どうしてその港はそんなにも繁盛しているのかしらね。」
ええと、とザイカはユンファへの質問を考え、そして、先ほど自らがした質問とも照らし合わせ、ひとつの結論にたどり着いた。
「裏ではエリス港は、海賊相手に取引を行なっている、のでしょうか。」
「あたり~。」
パチパチとユンファは拍手し、さらにエリス港について詳しい説明を行った。
「正義と法を理とする国家《ラスロウグラナ》が、エリス港を摘発すれば、世界の半分の海賊を取り締まれるともいわれているわ。」
ニコニコと笑顔で、ユンファはザイカに説明している。まるで、自分の子供に勉強を教えている母親のような顔だった。息子が、自力で最初の疑問に対して回答を見出したのが嬉しかった様な。そんな笑顔だった。
「でも、あの港は大きくなりすぎたの。既に《ラスロウグラナ》とも多くの商売、取引をしていて、ラスロウグラナ自身、あの港が無くなるって事は、おおきな痛手になるのよね。」
瞬間、ユンファの顔が曇った。
「あんまり、キレイでないお金が、ラスロウグラナに流れているみたいだし、ね。」
―――
昼を過ぎ、太陽が傾き始めた頃に出航した。
霧やもやは全く無く、清々しい天気ではあったが、それは自然と様子を変えていった。
いや、天候は全く問題なかった。《ザイカ》は天候を『視る』ことができ、船はその天気や風の流れを計算し、常に嵐とは出会わないように進路をとることができた。
異変が起こっているのは、海のほうであった。
風は穏やかであったが、どうも海の様子がおかしい。この船に乗っていた船員の大半がそう感じていた。
同じく船室ではユンファがイスに深く腰掛け、海の変化を部屋の窓と、船のゆれから実感していた。
「やはり、この所為かしら……。」
そういうとユンファは腰につけている麻袋に手を添えた。その中には『紫の石』が入れてあった。今は昨夜のような怪しい発光はしていない。
海が荒れてきたが、運航にはさほど支障は無かった。
しかし、やはりユンファの心配していたことと関係があるのかは判らないが、エリス港に着く前に大きな事件が3つ起こった。
1つは、巨大なタコの襲撃である。
海賊船《ディーピッシュ》の大きさよりも一回り小さいのだが、そのタコは巨体を船に押し付け、自らの足を船に絡ませ、船ごと沈没させようとした。
しかしそこは、《エクリド》が自信の持つ鉈でタコの足を切り、またユンファは呪文で炎を作り出し、タコに投げつけ、それを丸焼きにし、切り抜けた。
余談であるが、その日振舞われた夕食は「タコ」だった。
2つ目は、謎の像である。
難破船から流出したであろうか、運行中、海にたくさんの流木があった。長さが切りそろえられ、皮は綺麗にはがされていることから、建設用か何かに使われる予定であったことが伺える。
その中に、明らかに異質なものがいた。
木でできた像である。海に浮いている。
しかしそう見えたのは、遠くにあるときだけで、それは海に浮いているのではなく、むしろ「海の上を歩く」といったほうがよかった。実際、海の上を歩いていた。しかも、この船に向かって来ていた。
甲板で掃除をしていたザイカは思わず船長に聞いていた。
「船長…。あれはナンでしょう?」
甲板で日除けパラソルを差し、白いチェアでくつろいでいたユンファは、ザイカの指差す像を目視したあと、答えた。
「ああ、あれは《海ゴーレム》ね。知らないの? 有名よ?」
「知りませんでした……。そんなに珍しいものではないんですね。」
「んなわけないでしょ。冗談よ。」
あっさりと返され、またあっさりと、その木のゴーレムは焼かれた。
3つ目は、海賊の襲撃である。
しかしこれは、相手の運が悪かったであろう。向こうは数で攻めてきたが、こちらの船員は『少数精鋭』である。普通の海賊ごときに負けるような人材はそろえていない。
かつ、ユンファ船長の魔法もあり、これはあっさり返り討ちという形で終わった。
ついでに、持っていた貴金属も頂くことになった。
いくつもの困難(?)を乗り越え、ようやくエリス港が見えてきた。おおよそ4日間の航海であった。
「案外、早かったな。」
甲板に立っていたエクリドが、遠くに望む港を《望遠鏡》で見ながら言った。
「よし、帆を張り替えろ!!」
海賊たちは、船の帆をはずし、商業用の帆に貼り直した。帆には、足が6本と翼が生え、顔は猫、鬣を蓄えた、見たことの無い生き物のイラストが描かれていた。
帆の張替えを手伝っていたザイカは、しかし、その生き物にはなんとなく見覚えがあった。
「合成生物、いわゆる、キメラね。」
いつの間にか、ユンファがザイカの横に立っていた。
「新たな生き物を、自らが作り上げ、そして神の領域に近づいた気でいる。《ノウルオール》の紋様ね、これ。」
皮肉っぽく、帆の絵を説明をしてくれた。
「この絵、見たことがあるような気がするんです。」
ユンファに今の心境を伝えた。記憶がなくなってしまったのだ、少しでも記憶の断片が見つかれば、それはザイカ自身を見つける手がかりになる。
「翼はカラス。手は犬と馬。顔はライオン。 これで、どこかでみたことある、といわれてもねえ……。」
その通りだった。事実、それ以上のことは思い出せなかったのだから。
船は順調に港に近づいていった。
エリス港所有の船が近づいてきた。帆には、赤い、荒々しい《ドラゴン》のイラストが描かれており、なるほど、ゴルゴロ=イクーのイメージとマッチしている。
上船してきたエリス港の人間が、ユンファに書類を渡した。これが入港許可証になるのだという。
「入港船と入港者の名簿を、そちらにお願いします。」
港の人間に言われ、ユンファは「はいはい」と生返事をし、船室に向かった。
「これが一番、面倒くさいのよね。」
ユンファは船室に戻り、ペンをとった。
用意していた偽装書類を取り出し、船員その他の情報をサラサラと書類に書き写していた。
「さて、今回は人数、多いからねぇ。」
新たに、ザイカ。そして、強襲した船に乗っていた生き残り……もとい、捕虜たちの分まで作成しなければならない。
「ま、あの子たちは、『荷物』でいいでしょ。」
裏では、人間さえ商品として扱うゴルゴロ=イクー。人間という商品が扱われるということは、それ相応の買い手がいるということ。《供給+需要》がある、ということだ。
「……。」
ペンの動きが鈍った。しかし、ユンファは深呼吸をすると、また書類に文字を書き始めた。
不気味に、突然に、強く、紫色に光った。
ユンファは息を呑んで、自らの麻袋を見た。
すぐに紫の光は消え、何事も無かったかのように、その宝石は存在していた。
気のせいではない。突如光ったが、すぐに消えた。
また、何か起こるのだろうか。
それとも、もう、起こってしまったのだろうか。
ユンファの手に握るペンからはインクが落ち、書類を黒く染めていた。
ペンを置いてユンファは、強く机を叩いた。
後悔した。
何故先に、この「紫の宝石」を処理しなかったのか。
先に《ノウルオール》に行って、封印なりの然るべき処置をしておけばよかったのだ。
冷静に考えれば、ユンファならそうしているはずだ。
しかし、時間はあったのに冷静でなかった。
既に彼女も《魅入られた》のか??
ユンファは静かに、右手で麻袋に触れ、そののち、触れた右手を自らの眼帯に当て、うつむいた。
過去にザイカが「祈っているようだ」と表現したポーズである。が、ユンファは本当に祈っていた。
何事も無く、私の旅は終わるのだろうか。
終わってほしい。
もう、私と同じ苦しみを味わう人がいてはならない。
私が決めた方法で、世界を救ってみせるのだ。