学校の昼休み時間。
いつもは教室で昼飯を済ませるところだが、今日は少し一人になりたかったので、文芸部の部室にやってきた。
総菜パンをほおばりながら、スマホをいじる。一番行儀の悪い食べ方だ。誰にも見られていないときにしかできない。
「……あ! 評価入ってる。えっと……あー」
またマイナス評価だ。うまくいかないもんだな。
クソーッ!
「せっかくならもっと良い点ほしいよなあ。どうしたらいいんだろ」
「何か悩み事?」
「ギャアアッ!?」
耳元で突然声がして、驚く。イメージとしては、心臓と目玉が宇宙に飛んで行ったくらいビビった。
「せ、先輩?」
「こんにちは」
綺麗な容姿に、牛乳ビンの底みたいな野暮ったい眼鏡をかけた少女――俺の愛しの先輩が、いつの間にか真後ろに立っていた。
おかしいな。ドアから誰か入ってきたら気づくと思うんだけど……そこまでスマホ画面に夢中になっていたなんて。俺も現代人特有の病気にかかっちゃってるらしい。大人に叱られる。
しかし、えー、うそ、ドキドキする~。いい匂いする、えー。先輩お昼にここ来たりするんだ。へ~。
「ひとりで唸っていたけれど、何か悩み事かな」
「え!? やさしい!? 先輩、もしかして俺のこと好きなん……」
「何か悩み事か? と聞いただけだが。ないみたいだね、それはよかった」
クールな目つきをさらに冷ややかにして、俺を見下ろしてくる先輩。そのまますうーっと、幽霊みたいな静かさで動いて、対面の席に座った。んんー存在がかわいい。美人。すき。
……おっと、まてまて。今の俺にはアカネさんが……。
いやでも、どっちも好き。どうしよう……どっちかとしか結婚できないなんてつらいぜ……。え? どっちとも結婚できない? そんな。
先輩は、どうやら昼ご飯はもう済ませたのだろうか、カバンからはいつものように、本を一冊取り出した、
そのまま、静かにページを開く。
俺も、スマホの画面に視線を戻した。さっきまでの思考の続きをやろうとする……が。
今日はどうしてか、やたらと先輩に目が行ってしまう。気になってしまう。いやまあ、いつも頻繁にちらちら見てるんだが。
……先輩の顔って、なんか――。
「あ。……先輩、その本、よく読んでますね。もしかして、何回も読み返してます?」
先輩の読んでいる本は、これまでにも何度か見たと思う。一冊を読むのに時間をかけている、というわけではなく、日々変わっていく彼女の読み物のなかで、しかしあれだけは何回か手にしていた。はず。
先輩は、本の世界に向けていた視線を、一度、こちらに投げた。
「………。そうだよ。これは、私の思い出の本だから」
「へえ~」
「好きな男の子からプレゼントされたんだ」
「へぁ――――」
……はっ!? いかん、失神していた。
首を軽く振り、再度先輩のようすを見る。
「もう一度言おうか。好きな男の子からプレゼントされたんだ」
「――――」
……はっ!? いかん、失神していた。
こめかみを揉み、リンパ腺をマッサージし、再度先輩のほうに向きなおる。
「プレゼント。好きな男の子から」
……はっ!? いかん、失神していた。
「だから千太郎くんが何度告白してきても、お断りだ。残念でした」
「そ、そんなバカな……っ!」
珍しくがっつり会話してくれると思ったら……! 衝撃の事実!
お、俺のほうが先に好きだったのに!(憶測)
「………」
本で口元は隠れていたけれど、先輩が今、少し笑ったような気がした。
むむむ。弄ばれているのだろうか。くっ、先輩にとって俺が単なる後輩Aだとしても、俺は、俺はよぉーっ!
「ね。良かったら、読んでみる? なかなか面白いの。貸してあげるよ」
「え? いいんですか」
思わぬ申し出と共に差し出された、一冊の本。こちらが受け取る仕草をすると、言葉通り、あっさりと手渡してくれた。
ハードカバーの重たい本で、読み応えがありそう。えっでも、先輩の好きな野郎からもらった大事なもんじゃないの。というか、そんな忌まわしき物品を、果たして純粋な気持ちで楽しめるかな。
表紙から視線を上げる。先輩が、こちらの反応をじっと見ていた。
いや、まあ、お話の良し悪しにそんなの関係ないか。
それに、最近は書く方で忙しくて、他人の書いた物語をあまり読んでいない。
せっかくだから、いろいろと参考にさせてもらおう。
「先輩、あざす! 参考にしますね」
「参考?」
「あっ、いや……なんでも! へへへ」
▼
下校中。
ぼうっと歩いていると、あたりはもう暗くなっている。日の沈まないうちに帰るつもりだったのだが、あっさりと夜だ。
「月綺麗だな~」
お空のあれが、今日はやけに明るく、暗闇に映えてる。たぶん満月か、満月近くだ。
「ドゥフフ。月が綺麗ですねアカネさん。綺麗ですね~月。いや~月綺麗だな~結婚してください」
ひとりでブツブツと、アカネさんの隙をついて結婚をする算段を立てながら歩く。
と、そんなとき。
「ようよう、キッズは毎日お勉強ご苦労さんハメねえ」
「うおっ!? なんだお前か……」
突然変な声に話しかけられてビビった。どこから現れたんだこいつ。
「何か用?」
「君がいた学校の方から、シャドウオリ主の気配を感じるハメ~。引き返すハメよ」
「え~!? 嫌だなあ」
「シャドウオリ主は“物語”のある場所で暴れることが多いハメ。文芸部室と図書室がどうなってもいいと?」
「行きますよ、はいはい……」
別に面倒ってだけじゃなくて、単純に怖いんだよ。ケガしたり、死んだりするのがさ。
戦うのは俺じゃなくてオリ主のみんな、ってルールがなければ、絶対に現場には行かない。勇気を出して向かっているだけ褒めてほしいね。
肩で息をする頃になってようやく、とっくに正門の閉まった学校につく。
ここにシャドウがいるらしい。夜の学校というところは人が少ない。誰かを巻き込む懸念が小さく、現代バトルものには絶好のスポットだが……それでも、残業している先生たちや、夜間見回りのおじさんがいるはずだ。
ここは魔法使いのナイトさんを呼び出して、例によって結界魔法を使ってもらうか。
スマホを取り出し、オリ主アプリを起動する。
「ナイトさん、ナイトさん、っと」
「……あー、封時結界を使うハメ? 毎度いちいち既存ユニットばっかり呼び出すことになるのも、都合悪いな……」
「えーなに? なんか黒幕っぽいこと言った? ハメルン」
「なんでもないハメ。要は関係ない人間を巻き込まなければいいハメ?」
「そうだよー。そういうの大事だろ、道徳だよ、道徳」
「わかった、ボクに任せるハメ。むむむむ……ニジーーーッ!!!」
ハメルンが気持ちの悪い奇声を発し、極彩色に発光すると、それに呼応してか、いつかのようにスマホが光り出す。キモッ。まぶし。
「アプリに新機能、『モブ弾き結界』を実装しましたよ。君の要望に応える機能ハメ」
「え、ほんと!? 有能じゃん!」
「スタミナを消費することで、君がオリ主に使わせようとしたのと似たような結界魔法を展開できるハメ。あと、モブじゃない人間は弾けないから注意ハメ」
「モブじゃない人間って何? あと人間に対してモブって言葉使うのやめない?」
「うるさいハメねえ。嫌なら使わなくてもいいんだぞ」
などと言ったやりとりの末、結界とやらを、ナイトさんの呼び出し無しで使うことができた。
あとはオリ主を誰か呼び出して、シャドウオリ主を倒せばいい。
……まあでも、結局ナイトさんかなあ。あの人万能だし、いろんな状況に対応しやすい。敵の能力が割れているなら、アカネさんに任せたいんだけど。
う~ん。誰を呼び出すか。
「さあ、ニジストーンを使って、新たなオリ主を呼び出すハメ!」
「あ、はい、結局そうなるわけね」
こいつ、やけに俺に新しいオリ主を召喚させようとしてくる。何を企んでるんだろうなあ。
逆らってもいいんだが。
……まあ、また頼りになる人が引けるかもしれないし、ニジストーンがあるならガチャ回すか。
「そうそう、それでいいハメ。人間はボクに大人しく従っておけばいいハメよ」
「もう態度があからさまですよね」
「さて、次の駒はいったい――ぎょべっ」
「?」
スマホをいじっていると、ハメルンの声が変な途切れ方をした。
ふとそちらを見る。
「え?」
そこでは。
いやに明るい月の下。黒い影が、いくつもの肉片と赤い血に濡れた地面の上で、静かに佇んでいた。
『■■■……■■■―――!!!』
「う、うわあああっ!? ハメルン……!?」
シャドウが絶叫する声にビビッて、尻もちをつく。
あの細切れの肉みたいなやつ。……ハメルンだ。ぬいぐるみに似せた身体から、リアルな赤い血がひろがっていて、気持ちが悪い。
そんな。い、いったい、どうすればいいんだ。
「ひっ……」
シャドウがこちらに目を向けている。手に握っているのは、ほんの小さな刃物……ナイフだ。
あれで殺されるのか!? い、いやだ。
ぴちゃ、と一歩踏み出してくるそいつ。俺は思わず、自分の身をかばうように、腕を前に出した。
そして――、
あの、例の、やけに眩しい光。
『!?』
ぎん、と、金属がぶつかりあったような音がして、シャドウが後退する。
俺はそれを確認して、なんとか立ち上がった。
……まだ、動いてた。俺のスマホから、新しい仲間が呼び出されたんだ。そして、助けてくれた。
一体、どんなやつなんだ? 巻き起こる風に目を細め、じっと、その背中を見つめる。
真っ赤な、派手な服装をしていたその人は、ゆっくりと振り返った。
……こちらが見上げるほどの長身。赤銅色の肌に、老人のような白髪。鍛え上げられた鋼のような色の瞳。
そして、赤い外套……。
この人は。この男は、まさか――!!
「サーヴァ「うわあああ!」チャー。「うわあああ!」応じ参上した。……君が私のマス「うわああああ!!」ええい、うるさいなあ!」
お、お前これ……
――オリ主じゃなくて、エ○ヤじゃん!!!
「なんで版権キャラがオリ主ガチャから出てくるの!?」
「さてねえ……とっても不思議ニジねえ……」
「お前のつくったガチャだろ!! あれ!? なんで生きてるの!?」
先ほどの血だまりは跡形もなく消え、いつものようにハメルンが、やや斜め後ろに浮いていた。
こわい。ゾンビかな?
「オリ主ごときにバラバラにされるなんて、屈辱ハメねえ。偽物の出涸らしの分際で」
「なんか機嫌悪いッスか……?」
「なるほど、敵はシャドウサーヴァントか。下がれマスター、迎撃する」
「あ! ちょっ……シャドウサーヴァントって言わないで!」
紅い人は、白と黒の双剣を手中に出現させ、シャドウオリ主に仕掛けていった。
何が何だかわからないけど、とにかくあの敵は危険そうだ。はやく倒してもらっちゃおう。
そうだ、相手の能力を見て、サポートを。スマホのカメラに敵の姿を収めて、アプリに解析させる。
すぐに出た。あの黒いのの設定は……
スキル開示レベル1:『??・??』
・直死の魔眼:遠野志貴級
「ちょく……し、の魔眼? あ、知ってる知ってる」
あれだろ? Fateのあの……ソシャゲのコラボイベントに出てくるキャラの……あれだろ?
俺は詳しいんだ。
「ッ、直死だと――」
こちらの声を聞いた弓の人が、双剣で敵を弾き飛ばし、すぐに近くに戻ってくる。やけに焦ったような表情だった。
「マスター、あれの視界に入るな。見られるだけでも良いものじゃない。……君から引き離す。魔力を回せ」
え? ないよ、魔力。
「
目の前の彼を中心に、熱風が吹き始めた。口にしているのは例のかっこいい英語。
え? やだ、生で見れちゃうの! 憧れのあれを!?
「……
「うおおお!!」
ごう、とうねる熱に、思わず目を閉じる。なんか例のBGMのイントロが聞こえてきてる気がする!
興奮で熱風のしんどさを撥ね退け、なんとか目を開く。そこには――
「あれ?」
誰もいなくなっていた。
エミなんとかも、シャドウもいなくなっている。
あれ? どこにいった?
「特殊な空間を作るたぐいの魔術ハメね~。相手を引きずりこんだハメ」
「ええ? 俺は? 人の心象風景を観光したいのに!」
どうやら巻き込まないようにしてくれたらしい。そんなまっとうな気遣いが、少しさみしい。
俺はひとり、学校のグラウンドで、膝を抱えて座った。
お空のお月さまが、蒼くきれいに見えたのだった。
▼
少し移動して、芝生のあるところで寝そべり、うとうとしていると。
ぴしり、と音がして。空中に、亀裂のようなものが入っていた。
ぱりんと虚空が割れて、誰かが弾かれたように出てくる。もちろん、アー……ャーさんと、そして黒いやつだ、まだ決着はついていないらしい。アー……さんの表情は真剣なものだ。
ずざざ、と砂塵を巻き上げながら、俺の近くまで後退してくる。
すぐ勝つと思ったけど、意外に苦戦してるな。
「……
「霊基とか言わないでくださいね」
「しかしひとつ、試したいことがある。――
彼は手の中に、小さな短刀を出現させた。
一目でただのナイフではないとわかる。……それは禍々しい、あるいは神秘的な空気を纏っていて。そして、
あれは、たしか……?
『■■■……ア、ガ、ググ……』
固有結界を破ったシャドウオリ主は、しかし今、頭を抱えて苦しそうにうずくまっている。今なら、討ち取るチャンスのはずだ。
アーチ……アァ~さんは、いかなる魔術によってか、短刀の形をぐにょんと変化させ、一本の細い棒きれに変えた。
さらに、黒い洋弓を空いた手に作りだす。それで、短刀が変化したそれが、“矢”なのだとわかった。
それをつがえ、真っ直ぐにシャドウを狙う。
「チッ……センタロー、こいつじゃあのシャドウは倒しきれないハメ。他のオリ主と交代させるハメ」
「え? なんで?」
「早くするハメ!」
「もう遅い」
冷たい言葉とともに、鋭い矢が、敵の胸に突き立った。
とたん、シャドウの苦しみかたが変わる。頭をおさえるのではなく、胸をかきむしるような仕草。
そして……常に身体を覆っているはずの黒い影が、まるで吹けば飛ぶ煙のように、もやもやと激しく揺れている。
「あ! くそっ」
どうなるのか見守っているうちに、シャドウが、逃げた。
――うそだろ? あれ、逃げたりするのかよ。それはダメだ、被害がでるかもしれない。
「私が追う。君はここで待っていなさい」
「あ……たのみます!」
それこそ風みたいな速さで、エミ……ャァ~さんは、敵を追いかけていった。
た、頼りになる~。かっこいい。
そうして。
しばらくぼうっと時間を潰していると、わりとすぐに赤い影が戻ってきた。
「すまない。逃げられたようだ」
「ええ~~~!? ダメじゃん!」
「ああ……返す言葉もない」
あんまり申し訳なさそうじゃない、落ち着いた表情で彼はあっさりと言う。
うぐぐ。今まで召喚したオリ主のなかで、一番頼りになりそうなオリ主(?)なのに。
仕方ないか。彼が取り逃がしたのなら、たぶん、誰が追いかけてもダメだった。あれの被害者が出ないことを祈るしかないか……。
……いや、まだできることはある。仲間の誰かに、索敵のスキルを持っていないか聞いてみよう。
今後の方針を考えていると、エミィの姿が足元から消えかかってきた。どうやら呼び出し時間は終了らしい。
「ありがとうアーチアさん。おかげで助かりました」
例によって、すんでのところで命を助けられたので、お礼を言う。
また頼りになる仲間が増えた……ってことで、いいんだよな? なんでオリ主ガチャから出てくるのかわからんけど……。
「……マスター」
「いや、マスターではないです」
「私を呼び出したのは君だろう。……なら、あれを呼び出したのは、誰だ?」
「え?」
うんと見上げたところにある顔は、けっこうマジというか、渋い表情だ。
いったい、彼は何を……?
「気を付けてくれ。この聖杯戦争は、どこかおかしい」
「あっ」
しゅん、と。赤い残像を目に残して、アーャーさんは消えてしまった。
………。
胸に、ひとつのしこりが残る。
彼のいた虚空に向かって、俺は、ぼそりと呟いた。
「いや、聖杯戦争ではないです……」