オリ主ガチャ   作:もぬ

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4. ランニング・デュエル!

 ぱきょえーーーん!

 という音。八角形・ほのかにオレンジ色のバリアが、俺達への攻撃を頑健に阻んで見せる。

 

「これでどうだ。ふんっ」

 

 びょいん!

 という音。彼の顔の辺りがぴかっと光り、途端、シャドウオリ主は“十字架型”の凄まじい爆風に巻き込まれ、どっかに吹き飛ばされていった。

 ……以上が今回のバトルである。そして、彼はそれらのことを、ポケットに手を入れて、そこに突っ立ったままやったのだ。

 これでこそオリ主!

 

「シンさん、すげ~!」

 

 自分より若干背の低い、オーソドックスな学生服姿の少年に声援を送る。少年は振り向いて、頬を掻いてはにかんだ。

 

「ありがとう。かっこいいところ見せてくれ、なんて言われたの初めてだから。張り切っちゃったみたい」

「ははは、は……あ、あれ……?」

 

 視界がぐらりと傾く。というか、自分自身が傾いていた。

 気が付くと、少年に肩を支えられている。どうやら、シンさんのパワーを解放するのに体力を持って行かれすぎたようだ。

 

「大丈夫?」

「ああ、うん……ハッ!? 人外の美貌」

 

 ホ、ホモになる!

 すぐそこに、銀髪赤目の絶世の美少年顔があった。オリ主って顔良くなりがち。

 近くの地面に座らせてもらい、適当な会話を楽しむ。

 

「そうだ、巨大ロボットが必要だったら使ってくれよ。“4号機”を呼ぶ」

「え? い、いいんスかそんなこと言って」

「いいと思うけど」

「巨大ロボットなんて言ったらファンが怒るのでは?」

「ああ、はい……」

 

 といったような、どうでもいい内容を話している間に、シンさんの身体が消えかかってきた。タイムアップだ。

 

「時間か。千太郎くん、きっと重用してくれよ。僕のA.T.フィールドは引きこもりの部屋のドアくらい頑丈だからね」

「それって強いんスか、弱いんスか……?」

「あはは。じゃあね」

 

 下半身が消え去り、じきに頭まで消えるシンさんに、最後の言葉をかける。

 

「ところで、エヴァンゲリオン新劇場版ってあるじゃないですか。なんでもこの前“きっちり完結した”らしいですよ。知ってました?」

「…………マジで!!??」

 

 素っ頓狂な声をあげ、シンさんはしゅっと消えていった。

 整った顔立ちを歪め、この世のものとは思えないほどヤバい驚愕の表情をしていた。

 今度レンタルしてきて鑑賞会してあげるか。あの感じだと、この世界から成仏してしまうかもしれないが……。

 

 ▼

 

「それでさあ、先輩が先輩で先輩でさ~。このまえ本なんか貸してくれちゃってさあ。あとアカネさんがアカネさんでアカネさんなんだよね」

「ああーーー、ノイローゼになる」

 

 帰りのホームルームの直前、先生が今日の学校を締めてくれるのを待ちながら、隣の席のやつと喋る。

 空野(そらの)は、丸い眼鏡をくいっとやりながら、俺に迷惑そうな表情を向けた。迷惑がるな!

 

「ふん、僕のこの恋愛感情カウンターが算出したところ……そのふたりから君への恋愛好感度は、ゼロだな」

「ま~~~たまたぁ。そんなはずねーじゃん? ああ見えて、ふたりは俺のこと、実は好きだと思う」

「ポジティブだねえ、夜見山。キモいねえ」

「そう褒めんなよ」

「――夜見山、おおい。いつものお願いしてもいいか?」

 

 おしゃべりの途中くらいには教室に来ていた先生が、いつものように声をかけてくる。手渡そうとしているのは、授業やホームルームで既に配られたプリント類だ。

 

「ええ~~~!?」

「いやなの?」

「ぜんぜん! 了解ッス!」

「いつもありがとな」

 

 このプリント類は、現在不登校中のクラスメイトに届けるものだ。その子の家は、俺が帰り道で必ず通るところにある。もう慣れたもんだ。

 学生カバンを整頓しているうちに、ホームルームが終わる。クラスメイトどもに別れのあいさつをしつつ席を立つと、空野が声をかけてきた。

 

「なあ。もらったプリント、垣花(かきはな)さん家に持ってくのか?」

「そうだけど?」

「僕も一緒に行っていいかな」

「お? いいけど、なんで」

「……クラスの集合写真、後ろに貼ってあるだろ?」

 

 教室のうしろの壁を見やる。4月ごろ、みんなが揃った日に、「この一年このクラスで頑張ろう!」なんて言って、熱心な副担任が撮ったやつ。クラスのみんなは放課後の時間をほんの10分ほど削られ、総じて表情が不服そうなのが笑える写真だ。

 そこに、転入生の空野は写ってはいない。垣花は写っている。

 

「垣花さんの……顔が……めっちゃタイプ。お近づきになりたい」

「おお。なるほど」

 

 たしかにあの子はよく見ると、けっこう顔が良い。それはわかる。この色ボケ転校生はナンパを仕掛ける気らしい。眼鏡キャラのくせに。

 ……不登校の子にかよ。さてはすごいなコイツ?

 

「いいぜ! でもしつこくいくなよ?」

「わかってるって」

 

 ▼

 

 それから二人して、垣花の家の前にやってきた。いろいろ寄り道なんぞしていたので、もう日没もすぐそこという時間帯になっていた。

 

「……うわ。おまえ、いい趣味してるな」

「ん? あれ!?」

 

 プリント類を取り出そうとしてかばんを持ち出すと、そこから、さっきまではなかった「ぬいぐるみの首」が飛び出ていた。

 ……ハメルンだ。なんだこいつ人の鞄に勝手に! あと、こいつはぬいぐるみのふりをするには、いささか獣臭いのだ。魔法少女のマスコットキャラ気取りはやめてもらいたい。

 気を取り直して、プリントを引っ張り出す。ハメルンの汚い毛がついてないといいんだけど。

 

「ポストに入れるのか?」

「ん? うん。クラスメイトの顔見るの嫌そうだし、いつもそうしてるけど……」

「同級生なんだから、それじゃ薄情ってものだろ。貸してくれ」

 

 郵便受けにプリントを入れようとすると、空野が文句をつけてきた。

 まあ、たしかに。こんちわ~ぐらい言ってく方がいいか。

 プリントを手渡すと、空野は……かちこちに固い動作で、垣花家のドア前に進んでいった。いや緊張してるのかい。

 空野は汗を垂れ流しながら、非常にもたついた速度で、呼び鈴に手を伸ばしていく。

 

「……! やっぱ無理!! 任せた、夜見山!」

「はあ? ここまで来てかよぅ」

「じゃ! また明日!」

「えっ帰るの!? 嘘でしょ」

 

 根性無しの極み!?

 空野はプリントを俺につき返し、なんと、脱兎のごとくこの場から去ってしまった。

 なんのためにここまで来たんだか。これじゃ、垣花の住所がわかっただけじゃん。

 けっこう仲良くなったけど、まだあいつのキャラが掴めないな……。

 

「ふう」

 

 心の中で空野をひとしきり罵倒し、気を取り直してドアに意識を向ける。

 呼び鈴に手を伸ばす。な、なるほど、たしかに緊張する。思えば、アポなしで人の家の呼び鈴を押すなんて、高校生になってからはしたことがない。スマホを親に買ってもらってからは、そういう機会はなくなっていた。

 ……きんこん。

 指をしずかに沈めると、軽快な音が、心臓に重く響く。しばらく、息をのんで待つ。

 やがて、かちゃりと、ドアに小さな隙間が開いた。

 

「はい」

 

 か細い声。あまり耳にする機会がないので、垣花の声なのか、ご家族の声なのか、すぐにはわからなかった。

 

「えっと、1年5組の夜見山ですけど。垣花さん……和奈(わな)さんはいますか? 学校からのプリントを」

「………」

 

 ドアが開いていく。

 小柄で髪の長い、内気そうな印象を受ける少女が、そこから顔をのぞかせた。

 

「あ、こんばんは、垣花」

「え……!?」

「? ああ、えっと。ほら、これ」

 

 プリントお届け隊の俺を見て、少女は目を大きく見開いていた。やけに驚いたような顔だ。

 紙束を差し出すと、それに目を通しもせず、こちらを見たまま受け取る。

 え、何?

 ……もしかして、俺に惚れた?

 

「どうして、夜見山くんが、それを……」

「帰り道だから、実はいつも先生に頼まれててさ。あと、途中まで転校生の子が、垣花に会いたいって、一緒に来てたんだけどさ。なんか寸前で帰っちゃって――」

「っ!!」

 

 ばたん。

 鼻の先が、空間ではなく、壁になってしまった。

 

「オッ………」

 

 ……伊達に不登校じゃないな~。男子とか苦手なタイプかな。やっぱりそっとしておいた方がいいのかもしれん。

 ていうか4月後半くらいからもう教室にいないのに、ちゃんと名前覚えられてたな。いいひとなのかも。空野じゃあないが、ほんとなら仲良くなりたいところだ。

 まあ、今日は帰ろう。目的は果たせたんだ。

 とりあえず明日は、空野にお説教だな。

 

 

 日の入り時を経て、あたりはもう暗い。学生はさっさと帰宅するべきだ。

 とはいえ、垣花の家まで通りすぎたら、あとはもう俺の家まではすぐそこだ。あっちが知っているかはわからないが、実のところ、俺と彼女は小学校から一緒のご近所さんである。クラスになったのは今年が初めてだけど。

 今日は帰ったら何しようかな。

 ……あ、ていうか、ハメルン。こいつ何勝手に人のかばんに侵入してんだ。怒るぞ。

 家路である狭い路地に入っていく。あたりには、人の姿はない。

 

「おいハメルン、おまえさ――うおっ!?」

 

 その瞬間、びゅう、と風が耳を撫でた。

 背後からの突風だった。思わず足を止め、別になにもないであろう後ろを振り返る。

 もちろん、何もない。

 前に向き直る。

 

「あっ」

 

 狭い路地を、通せんぼする位置に。小さな“黒い人影”が佇んでいた。

 ……ああ~も~、周囲から人がいなくなったら、襲われると思った方が良いな。お約束になりつつある。

 

『………』

 

 人影はこちらをじっと見つめていて、まだ手は出してこない。

 体格からして、女性のシャドウオリ主、だろうか。しかし頭頂部には、二本の角のようなものが生えている。鬼……人外……?

 いや、角だと思っていたものが、ぴんと動いた。うさぎの耳のような感じ。

 例によってオリ主アプリを起動する。しかし、味方を呼び出すより先に、相手の情報に関心を持ってしまったのだった。

 

 

 スキル開示レベル1:『????????』

 ・種族:ウマ娘

 ・??:ディープインパクト×サイレンススズカ

 

 

「ディープインパクト? サイレン……ススス……?」

「おいおいまさか、令和育ちのキッズはディープも知らんハメか~?」

「むっ。若者が一番嫌なおっさんの言い回し」

 

 衆人を気にしてか、だんまりを保っていたハメルンが、開口一番あざけるようなトーンで話しかけてきた。

 

「……知ってらあよ! サメのパニック映画のタイトルだろ」

「さあ、はやくオリ主を召喚するハメ」

 

 えっちがうの? ハメルンは何も教えてくれない。

 向こうのウマ娘さんが手を出してこないのを良いことに、落ち着いて、恒例のオリ主召喚をやる。

 スマホが、ゲーミングパソコンみたいにケバケバしく光り――

 

「うわっ! なに、ロボット?」

 

 現れたのは、狭い路地にはあまり不釣り合いな、大きなメカ。空中に浮いているそれを、下からぽかんと見つめる。

 

「いや、あれはパワードスーツのたぐいハメ」

「え?」

「……? あれ……おーい。誰だ? 俺を召喚したのは」

 

 スマホカメラを向ける。

 

 

 スキル開示レベル1:『織斑零斗』

 ・搭乗IS:『ダブルオーストライザー』

 

 

「あっ俺です、千太郎です、えっと、レイトさん」

「お? よろしく」

 

 よくよく見上げると、ゴツいメカの向こう側に、人がいた。なるほど、操縦者の姿がああもむき出しなのは、“ロボットもの”のイメージとは少し違う。

 青年はぐるりと機体を旋回させ、やっとのことでこちらを向く。降りないと不便そう。

 

「で、あいつか。……ちんちくりんじゃないか。弱い者いじめになりやしないか?」

 

 いかつい駆動音を鳴らして、レイトさんはウマ娘を威嚇する。たしかに、どうも戦う舞台が違う気がする。あんまり詳しくはないが、あちらのジャンルはたぶん、言うなれば“スポーツ”だ。

 こっちのレイトさんは、機体にデカい剣とか装備していて、明らかにバトルメカである。一方的な勝負になりそうだ。

 その方が、こっちとしては話が簡単でいいんだけど。

 と、そんなふうに思っていたときだ。

 

「!!」

「うお、また……」

 

 突風が吹きつけてきて、思わず顔をかばう。

 ……いない。シャドウの姿が、消えている。

 

「後ろだ、千太郎」

 

 レイトさんの声に振り返ると、シャドウオリ主は、とっくに反対側にいた。

 ……狭い路地だ。つまりあいつは、俺達の、横を抜き去った。目に止まらないくらいの速さで。

 汗が顎から落ちるくらいの緊張感で、敵を見つめる。

 しかし影の彼女は――、こちらを襲うでもなく、首をくい、と傾けて。

 路地の出口に向かって、今度は、見えるくらいの速さで駆けだした。

 

「えっ、逃げた……!?」

「いや」

 

 ぷしゅ、ぎちぎち、がしゃ。いろんな音を出しながら、レイトさんが身に纏ったメカとともに地面に降りてくる。一気に路地が狭くなった。すいません、飛んでてください……。

 

「俺にはわかった。“ついて来てみろ”、って言ったんだよ。やつは自分の分野で勝負を持ちかけてきてる。つまり、“駆け脚”でだ」

「でも、シャドウは誰かや本を襲うことしかしないはずで……」

「ああなっても、根幹に刻まれた生き方ってのがあるんだろうさ」

 

 言いながら、レイトさんは機体を何やら動かしている。

 腕部にマウントされていたでっかい剣やら銃器やらが、光の粒になって消えていった。あれ、武器外しちゃうんですか。

 

「こいつは速度重視がコンセプトだ。速さで挑まれたら黙ってられねえ。――乗れ、千太郎」

「ん?」

「俺の背部にほら、取っ手があるだろ。そうそう、ブースターユニットのさあ……根元の方の……そう。掴め。助手席だ」

「いやいやいや」

 

 一人乗りでしょ、それ。スペースは……たしかに、そこにしがみつけそうだけど。でも無理でしょ、バカなこと言ってんじゃないよ。

 

「大丈夫だって、バリアが守るから。安全性がISの売りだから。はやくしろ」

 

 ▼

 

「あっしぬ、いましぬ」

「あの速さで小回りもきくかよ、おもしれえ……ッ!!」

 

 現在、ゴツゴツの飛行メカとウマの娘さんが、人や車の消えた大通りを疾走中である。

 レイトさんが加速していくたびに、取っ手を掴んでいる手が剥がれそうになり、いま、本気で死を覚悟している。なんで敵じゃなくて味方に死の恐怖を味わわされているんですか?

 

「曲がるぞ、つかまれ!」

 

 やめて、と言っても遅い。ガードレールの向こうとは高低差がある道だ。車なら、この道からはみ出れば、いっかんの終わりである。

 案の定。レイトさんの機体は、慣性に従って思い切り道路から逸れ、俺を投げ飛ばそうとしながらぐぐぐと向きを調整する。いま手を放すと死ぬのはわかりやすい。

 

「アカカカカ!! 死にかけてるおかげで夢力がガンガン上がってるハメ。この調子で頑張りたまメ」

「て、てめえハメルン! 離せ!! 重いんだよぬいぐるみもどきが!!!」

「ちょっ、やめるハメ! やメ!」

 

 肩からなんとかハメルンを引き剥がす。機体から弾きだされたケダモノは、夜の彼方に消えていった。

 どうせ死なんだろあいつは。

 

「はやくおわれはやくおわれ」

 

 しがみつきながら念仏を唱える。

 驚くことに、少なくとも一般車よりは速く移動しているはずなのに、レイトさんはまだウマ娘に追いつけないようだった。ウマ娘ってそんなに速いのかな。それとも、向こうも“オリ主”だからか……。

 ふたりの疾走者は夜を切り裂き、トンネルやら山道やらを通り抜け。やがて、高い位置に設けられたお誂え向きのロード……高速道路に入った。

 

「直線だ。ここで抜く!」

 

 もうどうにでもなれ、と思いながら取っ手を掴む。

 実際のところ、このスピードなら俺は、こうしてしがみついてもいられないはず。風の影響もそうでもない。バリアかなにかに守られているのは、本当らしい。

 勇気を出して目を開くと、もうすぐそこに、ウマ娘の黒い影が見えた。しかし腕の振りも脚の振りも見えない。それほどの速さで動かしているからだ。身体ひとつでメカと張り合うなんて、敵ながらすさまじい。

 だが、この勝負もここまでだ。レイトさんが、相手に並ぶ――!!

 

「なに!?」

 

 抜いた。そう思ったときだ。

 黒い影の走り屋は、ここにきて、さらにそのスピードをぐんと上げた。彼女は俺達に、前へ行くことを許さなかったのだ。

 

「あれでトップギアが入ってなかったってのか。この俺が、いつまでも女の尻をおっかけさせられるとはな」

「れ、レイトさん! どうするんです?」

 

 直線でも抜けなかった。追いかけっこは負けだ。

 スタミナ切れを待って追い抜く。そして、武器を使って叩きのめす。それはできるだろう。でもそれって、たぶん“勝ち”じゃない。

 それは、ここまで付き合ったからには、さすがに。

 悔しくて、後味が悪い。

 ……決して追いつけない、黒い背中が、ぐんぐんと遠ざかっていく。

 

「……こうなったら、あれを使うしか……」

「あれって?」

「“トランザムシステム”だ。だが使えばおそらく、ドライブがオーバーロードして、この機体は空中分解待ったなしだろう」

「は? 絶対使わないで下さいね!」

「わかった。…………トランザムッッ!!!」

「おい!!!! ふざけるな!!!!!」

 

 悔しいけどそこまでしろとは言ってねえ!!

 きぃぃ、と耳を叩く駆動音。しがみついている部分も他のパーツも、機体のあちこちが紅く染まっていく。いかにも、後で壊れそうなパワーアップだ。

 

「“成層圏までぶっちぎる”。能力に制限がかかっていようが、それができなきゃ“俺”じゃねえッ!!」

 

 視界がぐんと引っ張られていく感覚。周りの何もかもが、軌跡を残して後ろにすっとんでいく。

 そうして、何もかもが速すぎる世界の中で。唯一俺達と同じ世界にいるものの背中が、はっきり見えた。

 最後のデッドヒート。ゴールのないレースのゴールは、きっと彼女自身だ。

 機体ががたがたと良くない音を鳴らすなか、俺とレイトさんは、限界まで前へ進む。

 最後まで目を開けて、ふたりの背中を見続け、そして――、

 

 ▼

 

 スクラップの山からなんとか上半身を引き抜き、辺りを見渡す。

 

「よう、生きてるか相棒」

 

 パワードスーツが解除されてしまっているレイトさんが、快活な笑みを浮かべてそこにいた。

 おかげさまで。おかげさまで死にかけましたね。

 宣言通り、機体は哀れにも、派手にバラバラになってしまったようだ。でも俺は無傷。どういう仕組み?

 レイトさんの差し伸べてくれた手を取り、立ち上がる。

 すると、

 

「うっ!?」

 

 まばたきをすると、目と鼻の先に、あのシャドウオリ主が立っていた。

 で、ですよね。徒競走しただけだし、別に消えないですよね。

 横目でレイトさんに助けを求めるも、彼は無表情でシャドウを見つめている。

 心臓のでかい音を感じながら、俺は、黒い影に過ぎない彼女の顔を、間近で見た。

 

『引退レースとしては、そこそこ上等だった。……ありがとう』

「え?」

 

 気が付くと、少女の影は消えていた。

 ………。

 成仏……?

 

「最後はなんとか追い抜いたよ。お前のおかげさ、千太郎」

「俺、なにもしてないですけど」

「いてくれるだけでいいんだよ。そういうルールになってるらしい」

「はあ」

「しかし、なかなかのヤツだったな、あれは。気が合いそうだった」

 

 気が合いそう、か。

 ………。

 今まで倒してきたシャドウたちにも、物語がある、はずなんだよな。このレイトさんのように、個性があって、人格があったはず。

 さっき。たしかに、シャドウだった少女の、“顔”が見えた。

 こんなにも、誰かの先を走りきった、彼女の物語っていうのは。いったい、どんなお話だったのだろうか。

 ……読んで、みたいな。

 

「……。さて。そろそろ帰りますか、レイトさん。俺を元の場所に帰してください」

「えっ?」

 

 えっ?

 って、何?

 

「ハハッ、悪い、もうしばらくは直らねえよこれ。だってトランザムだよ? ……じゃ!」

 

 しゅっ。と、スクラップの機体ごと、レイトさんは消えていった。

 え?

 えっ?

 ………。

 ここどこ……?

 

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