ぱきょえーーーん!
という音。八角形・ほのかにオレンジ色のバリアが、俺達への攻撃を頑健に阻んで見せる。
「これでどうだ。ふんっ」
びょいん!
という音。彼の顔の辺りがぴかっと光り、途端、シャドウオリ主は“十字架型”の凄まじい爆風に巻き込まれ、どっかに吹き飛ばされていった。
……以上が今回のバトルである。そして、彼はそれらのことを、ポケットに手を入れて、そこに突っ立ったままやったのだ。
これでこそオリ主!
「シンさん、すげ~!」
自分より若干背の低い、オーソドックスな学生服姿の少年に声援を送る。少年は振り向いて、頬を掻いてはにかんだ。
「ありがとう。かっこいいところ見せてくれ、なんて言われたの初めてだから。張り切っちゃったみたい」
「ははは、は……あ、あれ……?」
視界がぐらりと傾く。というか、自分自身が傾いていた。
気が付くと、少年に肩を支えられている。どうやら、シンさんのパワーを解放するのに体力を持って行かれすぎたようだ。
「大丈夫?」
「ああ、うん……ハッ!? 人外の美貌」
ホ、ホモになる!
すぐそこに、銀髪赤目の絶世の美少年顔があった。オリ主って顔良くなりがち。
近くの地面に座らせてもらい、適当な会話を楽しむ。
「そうだ、巨大ロボットが必要だったら使ってくれよ。“4号機”を呼ぶ」
「え? い、いいんスかそんなこと言って」
「いいと思うけど」
「巨大ロボットなんて言ったらファンが怒るのでは?」
「ああ、はい……」
といったような、どうでもいい内容を話している間に、シンさんの身体が消えかかってきた。タイムアップだ。
「時間か。千太郎くん、きっと重用してくれよ。僕のA.T.フィールドは引きこもりの部屋のドアくらい頑丈だからね」
「それって強いんスか、弱いんスか……?」
「あはは。じゃあね」
下半身が消え去り、じきに頭まで消えるシンさんに、最後の言葉をかける。
「ところで、エヴァンゲリオン新劇場版ってあるじゃないですか。なんでもこの前“きっちり完結した”らしいですよ。知ってました?」
「…………マジで!!??」
素っ頓狂な声をあげ、シンさんはしゅっと消えていった。
整った顔立ちを歪め、この世のものとは思えないほどヤバい驚愕の表情をしていた。
今度レンタルしてきて鑑賞会してあげるか。あの感じだと、この世界から成仏してしまうかもしれないが……。
▼
「それでさあ、先輩が先輩で先輩でさ~。このまえ本なんか貸してくれちゃってさあ。あとアカネさんがアカネさんでアカネさんなんだよね」
「ああーーー、ノイローゼになる」
帰りのホームルームの直前、先生が今日の学校を締めてくれるのを待ちながら、隣の席のやつと喋る。
「ふん、僕のこの恋愛感情カウンターが算出したところ……そのふたりから君への恋愛好感度は、ゼロだな」
「ま~~~たまたぁ。そんなはずねーじゃん? ああ見えて、ふたりは俺のこと、実は好きだと思う」
「ポジティブだねえ、夜見山。キモいねえ」
「そう褒めんなよ」
「――夜見山、おおい。いつものお願いしてもいいか?」
おしゃべりの途中くらいには教室に来ていた先生が、いつものように声をかけてくる。手渡そうとしているのは、授業やホームルームで既に配られたプリント類だ。
「ええ~~~!?」
「いやなの?」
「ぜんぜん! 了解ッス!」
「いつもありがとな」
このプリント類は、現在不登校中のクラスメイトに届けるものだ。その子の家は、俺が帰り道で必ず通るところにある。もう慣れたもんだ。
学生カバンを整頓しているうちに、ホームルームが終わる。クラスメイトどもに別れのあいさつをしつつ席を立つと、空野が声をかけてきた。
「なあ。もらったプリント、
「そうだけど?」
「僕も一緒に行っていいかな」
「お? いいけど、なんで」
「……クラスの集合写真、後ろに貼ってあるだろ?」
教室のうしろの壁を見やる。4月ごろ、みんなが揃った日に、「この一年このクラスで頑張ろう!」なんて言って、熱心な副担任が撮ったやつ。クラスのみんなは放課後の時間をほんの10分ほど削られ、総じて表情が不服そうなのが笑える写真だ。
そこに、転入生の空野は写ってはいない。垣花は写っている。
「垣花さんの……顔が……めっちゃタイプ。お近づきになりたい」
「おお。なるほど」
たしかにあの子はよく見ると、けっこう顔が良い。それはわかる。この色ボケ転校生はナンパを仕掛ける気らしい。眼鏡キャラのくせに。
……不登校の子にかよ。さてはすごいなコイツ?
「いいぜ! でもしつこくいくなよ?」
「わかってるって」
▼
それから二人して、垣花の家の前にやってきた。いろいろ寄り道なんぞしていたので、もう日没もすぐそこという時間帯になっていた。
「……うわ。おまえ、いい趣味してるな」
「ん? あれ!?」
プリント類を取り出そうとしてかばんを持ち出すと、そこから、さっきまではなかった「ぬいぐるみの首」が飛び出ていた。
……ハメルンだ。なんだこいつ人の鞄に勝手に! あと、こいつはぬいぐるみのふりをするには、いささか獣臭いのだ。魔法少女のマスコットキャラ気取りはやめてもらいたい。
気を取り直して、プリントを引っ張り出す。ハメルンの汚い毛がついてないといいんだけど。
「ポストに入れるのか?」
「ん? うん。クラスメイトの顔見るの嫌そうだし、いつもそうしてるけど……」
「同級生なんだから、それじゃ薄情ってものだろ。貸してくれ」
郵便受けにプリントを入れようとすると、空野が文句をつけてきた。
まあ、たしかに。こんちわ~ぐらい言ってく方がいいか。
プリントを手渡すと、空野は……かちこちに固い動作で、垣花家のドア前に進んでいった。いや緊張してるのかい。
空野は汗を垂れ流しながら、非常にもたついた速度で、呼び鈴に手を伸ばしていく。
「……! やっぱ無理!! 任せた、夜見山!」
「はあ? ここまで来てかよぅ」
「じゃ! また明日!」
「えっ帰るの!? 嘘でしょ」
根性無しの極み!?
空野はプリントを俺につき返し、なんと、脱兎のごとくこの場から去ってしまった。
なんのためにここまで来たんだか。これじゃ、垣花の住所がわかっただけじゃん。
けっこう仲良くなったけど、まだあいつのキャラが掴めないな……。
「ふう」
心の中で空野をひとしきり罵倒し、気を取り直してドアに意識を向ける。
呼び鈴に手を伸ばす。な、なるほど、たしかに緊張する。思えば、アポなしで人の家の呼び鈴を押すなんて、高校生になってからはしたことがない。スマホを親に買ってもらってからは、そういう機会はなくなっていた。
……きんこん。
指をしずかに沈めると、軽快な音が、心臓に重く響く。しばらく、息をのんで待つ。
やがて、かちゃりと、ドアに小さな隙間が開いた。
「はい」
か細い声。あまり耳にする機会がないので、垣花の声なのか、ご家族の声なのか、すぐにはわからなかった。
「えっと、1年5組の夜見山ですけど。垣花さん……
「………」
ドアが開いていく。
小柄で髪の長い、内気そうな印象を受ける少女が、そこから顔をのぞかせた。
「あ、こんばんは、垣花」
「え……!?」
「? ああ、えっと。ほら、これ」
プリントお届け隊の俺を見て、少女は目を大きく見開いていた。やけに驚いたような顔だ。
紙束を差し出すと、それに目を通しもせず、こちらを見たまま受け取る。
え、何?
……もしかして、俺に惚れた?
「どうして、夜見山くんが、それを……」
「帰り道だから、実はいつも先生に頼まれててさ。あと、途中まで転校生の子が、垣花に会いたいって、一緒に来てたんだけどさ。なんか寸前で帰っちゃって――」
「っ!!」
ばたん。
鼻の先が、空間ではなく、壁になってしまった。
「オッ………」
……伊達に不登校じゃないな~。男子とか苦手なタイプかな。やっぱりそっとしておいた方がいいのかもしれん。
ていうか4月後半くらいからもう教室にいないのに、ちゃんと名前覚えられてたな。いいひとなのかも。空野じゃあないが、ほんとなら仲良くなりたいところだ。
まあ、今日は帰ろう。目的は果たせたんだ。
とりあえず明日は、空野にお説教だな。
日の入り時を経て、あたりはもう暗い。学生はさっさと帰宅するべきだ。
とはいえ、垣花の家まで通りすぎたら、あとはもう俺の家まではすぐそこだ。あっちが知っているかはわからないが、実のところ、俺と彼女は小学校から一緒のご近所さんである。クラスになったのは今年が初めてだけど。
今日は帰ったら何しようかな。
……あ、ていうか、ハメルン。こいつ何勝手に人のかばんに侵入してんだ。怒るぞ。
家路である狭い路地に入っていく。あたりには、人の姿はない。
「おいハメルン、おまえさ――うおっ!?」
その瞬間、びゅう、と風が耳を撫でた。
背後からの突風だった。思わず足を止め、別になにもないであろう後ろを振り返る。
もちろん、何もない。
前に向き直る。
「あっ」
狭い路地を、通せんぼする位置に。小さな“黒い人影”が佇んでいた。
……ああ~も~、周囲から人がいなくなったら、襲われると思った方が良いな。お約束になりつつある。
『………』
人影はこちらをじっと見つめていて、まだ手は出してこない。
体格からして、女性のシャドウオリ主、だろうか。しかし頭頂部には、二本の角のようなものが生えている。鬼……人外……?
いや、角だと思っていたものが、ぴんと動いた。うさぎの耳のような感じ。
例によってオリ主アプリを起動する。しかし、味方を呼び出すより先に、相手の情報に関心を持ってしまったのだった。
スキル開示レベル1:『????????』
・種族:ウマ娘
・??:ディープインパクト×サイレンススズカ
「ディープインパクト? サイレン……ススス……?」
「おいおいまさか、令和育ちのキッズはディープも知らんハメか~?」
「むっ。若者が一番嫌なおっさんの言い回し」
衆人を気にしてか、だんまりを保っていたハメルンが、開口一番あざけるようなトーンで話しかけてきた。
「……知ってらあよ! サメのパニック映画のタイトルだろ」
「さあ、はやくオリ主を召喚するハメ」
えっちがうの? ハメルンは何も教えてくれない。
向こうのウマ娘さんが手を出してこないのを良いことに、落ち着いて、恒例のオリ主召喚をやる。
スマホが、ゲーミングパソコンみたいにケバケバしく光り――
「うわっ! なに、ロボット?」
現れたのは、狭い路地にはあまり不釣り合いな、大きなメカ。空中に浮いているそれを、下からぽかんと見つめる。
「いや、あれはパワードスーツのたぐいハメ」
「え?」
「……? あれ……おーい。誰だ? 俺を召喚したのは」
スマホカメラを向ける。
スキル開示レベル1:『織斑零斗』
・搭乗IS:『ダブルオーストライザー』
「あっ俺です、千太郎です、えっと、レイトさん」
「お? よろしく」
よくよく見上げると、ゴツいメカの向こう側に、人がいた。なるほど、操縦者の姿がああもむき出しなのは、“ロボットもの”のイメージとは少し違う。
青年はぐるりと機体を旋回させ、やっとのことでこちらを向く。降りないと不便そう。
「で、あいつか。……ちんちくりんじゃないか。弱い者いじめになりやしないか?」
いかつい駆動音を鳴らして、レイトさんはウマ娘を威嚇する。たしかに、どうも戦う舞台が違う気がする。あんまり詳しくはないが、あちらのジャンルはたぶん、言うなれば“スポーツ”だ。
こっちのレイトさんは、機体にデカい剣とか装備していて、明らかにバトルメカである。一方的な勝負になりそうだ。
その方が、こっちとしては話が簡単でいいんだけど。
と、そんなふうに思っていたときだ。
「!!」
「うお、また……」
突風が吹きつけてきて、思わず顔をかばう。
……いない。シャドウの姿が、消えている。
「後ろだ、千太郎」
レイトさんの声に振り返ると、シャドウオリ主は、とっくに反対側にいた。
……狭い路地だ。つまりあいつは、俺達の、横を抜き去った。目に止まらないくらいの速さで。
汗が顎から落ちるくらいの緊張感で、敵を見つめる。
しかし影の彼女は――、こちらを襲うでもなく、首をくい、と傾けて。
路地の出口に向かって、今度は、見えるくらいの速さで駆けだした。
「えっ、逃げた……!?」
「いや」
ぷしゅ、ぎちぎち、がしゃ。いろんな音を出しながら、レイトさんが身に纏ったメカとともに地面に降りてくる。一気に路地が狭くなった。すいません、飛んでてください……。
「俺にはわかった。“ついて来てみろ”、って言ったんだよ。やつは自分の分野で勝負を持ちかけてきてる。つまり、“駆け脚”でだ」
「でも、シャドウは誰かや本を襲うことしかしないはずで……」
「ああなっても、根幹に刻まれた生き方ってのがあるんだろうさ」
言いながら、レイトさんは機体を何やら動かしている。
腕部にマウントされていたでっかい剣やら銃器やらが、光の粒になって消えていった。あれ、武器外しちゃうんですか。
「こいつは速度重視がコンセプトだ。速さで挑まれたら黙ってられねえ。――乗れ、千太郎」
「ん?」
「俺の背部にほら、取っ手があるだろ。そうそう、ブースターユニットのさあ……根元の方の……そう。掴め。助手席だ」
「いやいやいや」
一人乗りでしょ、それ。スペースは……たしかに、そこにしがみつけそうだけど。でも無理でしょ、バカなこと言ってんじゃないよ。
「大丈夫だって、バリアが守るから。安全性がISの売りだから。はやくしろ」
▼
「あっしぬ、いましぬ」
「あの速さで小回りもきくかよ、おもしれえ……ッ!!」
現在、ゴツゴツの飛行メカとウマの娘さんが、人や車の消えた大通りを疾走中である。
レイトさんが加速していくたびに、取っ手を掴んでいる手が剥がれそうになり、いま、本気で死を覚悟している。なんで敵じゃなくて味方に死の恐怖を味わわされているんですか?
「曲がるぞ、つかまれ!」
やめて、と言っても遅い。ガードレールの向こうとは高低差がある道だ。車なら、この道からはみ出れば、いっかんの終わりである。
案の定。レイトさんの機体は、慣性に従って思い切り道路から逸れ、俺を投げ飛ばそうとしながらぐぐぐと向きを調整する。いま手を放すと死ぬのはわかりやすい。
「アカカカカ!! 死にかけてるおかげで夢力がガンガン上がってるハメ。この調子で頑張りたまメ」
「て、てめえハメルン! 離せ!! 重いんだよぬいぐるみもどきが!!!」
「ちょっ、やめるハメ! やメ!」
肩からなんとかハメルンを引き剥がす。機体から弾きだされたケダモノは、夜の彼方に消えていった。
どうせ死なんだろあいつは。
「はやくおわれはやくおわれ」
しがみつきながら念仏を唱える。
驚くことに、少なくとも一般車よりは速く移動しているはずなのに、レイトさんはまだウマ娘に追いつけないようだった。ウマ娘ってそんなに速いのかな。それとも、向こうも“オリ主”だからか……。
ふたりの疾走者は夜を切り裂き、トンネルやら山道やらを通り抜け。やがて、高い位置に設けられたお誂え向きのロード……高速道路に入った。
「直線だ。ここで抜く!」
もうどうにでもなれ、と思いながら取っ手を掴む。
実際のところ、このスピードなら俺は、こうしてしがみついてもいられないはず。風の影響もそうでもない。バリアかなにかに守られているのは、本当らしい。
勇気を出して目を開くと、もうすぐそこに、ウマ娘の黒い影が見えた。しかし腕の振りも脚の振りも見えない。それほどの速さで動かしているからだ。身体ひとつでメカと張り合うなんて、敵ながらすさまじい。
だが、この勝負もここまでだ。レイトさんが、相手に並ぶ――!!
「なに!?」
抜いた。そう思ったときだ。
黒い影の走り屋は、ここにきて、さらにそのスピードをぐんと上げた。彼女は俺達に、前へ行くことを許さなかったのだ。
「あれでトップギアが入ってなかったってのか。この俺が、いつまでも女の尻をおっかけさせられるとはな」
「れ、レイトさん! どうするんです?」
直線でも抜けなかった。追いかけっこは負けだ。
スタミナ切れを待って追い抜く。そして、武器を使って叩きのめす。それはできるだろう。でもそれって、たぶん“勝ち”じゃない。
それは、ここまで付き合ったからには、さすがに。
悔しくて、後味が悪い。
……決して追いつけない、黒い背中が、ぐんぐんと遠ざかっていく。
「……こうなったら、あれを使うしか……」
「あれって?」
「“トランザムシステム”だ。だが使えばおそらく、ドライブがオーバーロードして、この機体は空中分解待ったなしだろう」
「は? 絶対使わないで下さいね!」
「わかった。…………トランザムッッ!!!」
「おい!!!! ふざけるな!!!!!」
悔しいけどそこまでしろとは言ってねえ!!
きぃぃ、と耳を叩く駆動音。しがみついている部分も他のパーツも、機体のあちこちが紅く染まっていく。いかにも、後で壊れそうなパワーアップだ。
「“成層圏までぶっちぎる”。能力に制限がかかっていようが、それができなきゃ“俺”じゃねえッ!!」
視界がぐんと引っ張られていく感覚。周りの何もかもが、軌跡を残して後ろにすっとんでいく。
そうして、何もかもが速すぎる世界の中で。唯一俺達と同じ世界にいるものの背中が、はっきり見えた。
最後のデッドヒート。ゴールのないレースのゴールは、きっと彼女自身だ。
機体ががたがたと良くない音を鳴らすなか、俺とレイトさんは、限界まで前へ進む。
最後まで目を開けて、ふたりの背中を見続け、そして――、
▼
スクラップの山からなんとか上半身を引き抜き、辺りを見渡す。
「よう、生きてるか相棒」
パワードスーツが解除されてしまっているレイトさんが、快活な笑みを浮かべてそこにいた。
おかげさまで。おかげさまで死にかけましたね。
宣言通り、機体は哀れにも、派手にバラバラになってしまったようだ。でも俺は無傷。どういう仕組み?
レイトさんの差し伸べてくれた手を取り、立ち上がる。
すると、
「うっ!?」
まばたきをすると、目と鼻の先に、あのシャドウオリ主が立っていた。
で、ですよね。徒競走しただけだし、別に消えないですよね。
横目でレイトさんに助けを求めるも、彼は無表情でシャドウを見つめている。
心臓のでかい音を感じながら、俺は、黒い影に過ぎない彼女の顔を、間近で見た。
『引退レースとしては、そこそこ上等だった。……ありがとう』
「え?」
気が付くと、少女の影は消えていた。
………。
成仏……?
「最後はなんとか追い抜いたよ。お前のおかげさ、千太郎」
「俺、なにもしてないですけど」
「いてくれるだけでいいんだよ。そういうルールになってるらしい」
「はあ」
「しかし、なかなかのヤツだったな、あれは。気が合いそうだった」
気が合いそう、か。
………。
今まで倒してきたシャドウたちにも、物語がある、はずなんだよな。このレイトさんのように、個性があって、人格があったはず。
さっき。たしかに、シャドウだった少女の、“顔”が見えた。
こんなにも、誰かの先を走りきった、彼女の物語っていうのは。いったい、どんなお話だったのだろうか。
……読んで、みたいな。
「……。さて。そろそろ帰りますか、レイトさん。俺を元の場所に帰してください」
「えっ?」
えっ?
って、何?
「ハハッ、悪い、もうしばらくは直らねえよこれ。だってトランザムだよ? ……じゃ!」
しゅっ。と、スクラップの機体ごと、レイトさんは消えていった。
え?
えっ?
………。
ここどこ……?