初恋の人の娘のトレーナーになった   作:かのえ

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多くの感想ありがとうございます。ノリと勢いで返信してますので気軽によろしくです。


3, RAIN

 ダスカちゃんが僕の担当となったものの、新年度早々海外に飛ぶこととなった。舞台は香港、デジタルがクイーンエリザベスCに出走するためその付き添いである。

 

 ダスカちゃんとタキオンも付いていこうとしていたものの、すでに新学期は始まっている。今回はデジタルとの二人旅となった。

 

 結果、いい走りをしたがデジタルの連勝は途切れて二着。ただ日本勢ワンツーフィニッシュとなったため日本は祝勝ムードだったと聞く。

 

 

 

「あ、おに……トレーナー」

 

 

 

 トレセンに戻ってきてまず部室に戻るとそこにはダスカちゃんがいた。

 

 僕の担当は三人ということで、まだチーム結成には至っていないものの、常に異常行動を起こすアグネスたちを隔離するために特例として部室が設けられているのだ。チーム結成できるのは早くて来年、もしくはデジタル次第であるが再来年かもしれない。

 

 そろそろデジタルもトゥインクルシリーズからドリームトロフィーへの移行を考え始める時期だろうし、チームができるとすればそれくらいからだろうね。

 

 

 

「おかえり。まずはお疲れさま。デジタルさんは?」

 

「帰ってきて早々にレース場に行ったよ」

 

「さすがね」

 

 

 

 デジタルは「こんな大事な時期にウマ娘ちゃんの青春を見逃してしまった!」と叫んで荷物を置くこともなく出かけて行ってしまった。ほんとにタフだね君。僕はもうヘロヘロだよ。

 

 手に持っていた荷物を床に置く。デジタルは何故だか旅上手で、タキオンに比べたら荷物がコンパクトにまとまっているのだが、多いのは多いのだ。僕自身の荷物もあるし。

 

 

 

「ほら。それデジタルさんの荷物でしょう? アタシが預かっといてあげるからちょっと休憩にしときなさい」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

「フン。せっかく担当になったのにすぐ放置されちゃったんだから。その埋め合わせしてくれないと酷いんだからね」

 

「ごめんね。代わりにこれからしばらくはみっちりとトレーニングいくよ」

 

 

 

 デジタルが海外レースにも出続ける関係で、どうしてもトレーニングがおろそかになってしまうのは早めに何とかしなければならないかも。とか考えていたが、デジタルが体調を崩し、タキオンも走れないこともあってしばらくダスカちゃんを重点的に鍛えていくことになるとは今の僕は思ってもいなかった。

 

 

 

 ダスカちゃんは前々から個人的に指導していたこともあるのか、もしくは彼女とは相性が良すぎることが原因か、デジタルやタキオンのトレーニングとは全く違っていた。

 

 自分でも驚くくらいに、手に取るように彼女の様子がわかる。どれだけ成長したのか、疲労がどれだけあるのか、エスパーにでもなった気分だった。

 

 

 

「ふぅン。ウマ娘のトレーナーが人間でないといけない理由の一端は、ここにあるのかもしれないねえ」

 

 

 

 トレーニングの合間、タキオンが外国から取り寄せてきた機械などを用いて骨密度? とか筋密度? を測定しているときにそう呟いた。

 

 

 

「そもそも君は私に対してあえて不適切なトレーニングを課してきた。それは良い、適切すぎていれば早めに私の脚は砕けていた」

 

「……そういう見方もあるか」

 

「私にとって相性が良すぎるということは、逆説的に相性が最悪、ということになりかねなかった。最近気が付いたがねえ」

 

 

 

 タキオンが言う通りに僕はアグネスタキオンに対して適切なトレーニングをあえて作っていなかった。

 

 僕がトレーナーをやっているのは、速度の果てを目指すのは、タキオンを無敗の三冠ウマ娘にするためではないからなのが理由だった。

 

 

 

 だがその副産物でタキオンは三冠を獲った。理由は明白だ、適切じゃないトレーニングだからこそ、タキオンは有マに至るまで自分の限界を超えなかった。いや、"超えられなかった"

 

 

 

「ベテランで、才能のあるトレーナーが担当になり私が勝つためのトレーニングを続けていた場合だが……皐月賞の段階で。いや、もしかするとそれ以前に学園を去る羽目になっていたに違いない。――ああ、いいや。ちっとも怒っていないとも。君が新人で、不適切だったおかげで今の私がいる。効率化を求めることが必ずしも善、ということではないと君のおかげで気が付かされた」

 

 

 

 感謝しているよトレーナー君、そう言って彼女は今まで見たことがないような穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

 

「さあモルモット君、実験は止まらないよ。果てにある景色、それを『私たちの最高傑作』が見せてくれるに違いないのだから!」

 

「生き生きとしているところ申し訳ないのだけれど、タキオン。あの子を被検体にするのだけは絶対に許さないからな」

 

 

 

 タキオンの言い方に危ないものを感じた僕は一応釘を差すことにした。だが、タキオンはその言葉に首をかしげてこう言った。

 

 

 

「え、被検体にだなんてそんな残酷なことするわけないじゃないか。君は悪魔か!?」

 

 

 

 それ、今まで好き勝手被検体にしてモルモット扱いしてきた人間に対して言う言葉ですか?

 

 

 

「とにかくだ。君とスカーレット君は深い絆で繋がれている。ウマ娘は人間との絆で走る、なんて話は眉唾物と思っていたが違うみたいだね」

 

 

 

 それからしばらく時間が経った。

 

 春が過ぎて梅雨入り間近ということもあってか、ジメジメとした日々が続く。

 

 デジタルは未だ不調のまま(メンタルコンディションは絶好調)、タキオンはようやく調子を取り戻してレースを走れそうなまでになった頃。

 

 

 

「あーあ。せっかくのお出かけなのに天気があんま良くないわね」

 

「仕方ないよ、というかなんでこっちについてくるの? トレセン学園はあっちだよ」

 

「いいのいいの。せっかく会ったんだし話でもしながら歩きましょうよ」

 

 

 

 休日、僕は偶然出会ったダスカちゃんと雨の街を二人で歩いていた。

 

 タキオンに作る弁当用の食材や何やらを買いに外を歩いていたところ、ダスカちゃんに捕まりなんやかんやで二人で行動していたのだった。この子はこの子でトレセンでできた友達と遊びに出た帰りだったらしい。

 

 

 

「デジタルさん、まだ本調子に戻りそうにないね」

 

「そうだね。走っても入着は出来そうだけど、一着は無理そうかも。デジタル自身も今は自分が走ることに意欲が向いてないみたいだし」

 

 

 

 不調のまま走っても仕方がない、全力で走れないのに推しの舞台に立つのは言語道断なんだよオタクくん! と言っていたデジタルを思い返す。

 

 そもそも四月のクイーンエリザベスCまでよく調子を保てていたな、とすら思える。有マでのタキオンの故障以降、どうもデジタルは鬼気迫っていた。詳しくは聞き出せなかったが、『あの』タキオンが故障度外視で勝ちに走った有マに思うところがあったのだろう。

 

 

 

 いや、違う。おそらくはタキオンの三冠目、菊花賞の時からそれは始まっていたに違いない。弥生賞以来になるマンハッタンカフェとの激突、ライバル同士の戦いを見てデジタルはなにを思ったのだろうか。

 

 そして天皇賞秋、デジタルはあのテイエムオペラオーとメイショウドトウを抑えての勝利。そういえば彼女らも宿命のライバルだった。

 

 

 

「その分アタシはお兄さんを独り占めできてるってわけだけど」

 

「そうだね」

 

「……ちょっと。女の子と二人っきりなんだからもう少し良い返事はできないわけ?」

 

 

 

 隣を歩く彼女は頬を膨らませる。ざあざあと振る雨が傘に当たる音、少し濡れてしまった彼女の尻尾。

 

 

 

「ま、お兄さんに期待するのが間違いだったわね」

 

 

 

 どうしても重ねて見てはいけないと思いつつも、あの人の面影がチラつく。心を奪われたあの頃の姿で。しばらく二人して無言で歩く。手に持った荷物がやけに重かった。

 

 雨は物悲しい気持ちになるが、何故か傘をさして外を歩きたくなる。僕の人生が間違いなくあの人の、お姉さんと交わらないことが分かってしまったあの日も雨が降っていた。多分、そのためなのだろう。

 

 

 

 暫しの無言。

 

 

 

「ねえ。お兄さんの家に行きたいんだけど、ダメ?」

 

「別にいい……いやよくないんだけど!」

 

 

 

 急に変なことを言い出した。

 

 

 

「今月アタシの誕生日だったのに、祝ってもらってない」

 

「いや、タキオン主催のよくわからんパーティあっただろ」

 

「祝ってもらってないの!」

 

 

 

 何だろう、今日のダスカちゃんはいつもに増して面倒くさい気がする。

 

 

 

「ていうか、タキオンさんばっかりズルいわよ。その食材、お弁当のでしょう?」

 

「まあ、うん。そういう約束ってことになってるからね」

 

 

 

 約束したつもりは全くないんだけれど。

 

 タキオンは生活が破綻している。それこそトレセン学園の食堂が使えないときには朝昼晩サプリ、もしくは水、あるいは霞を食って生きているようなウマ娘だ。他人の食事に文句をつけるわけではないが、彼女の場合それは行き過ぎている。

 

 と、まあそういうあれこれもあって彼女を担当し始めてしばらくしてから弁当を作ったり食事を作らされたりするようになったわけだが。

 

 

 

「久しぶりに食べさせてよ、昔みたいに」

 

 

 

 ダスカちゃんの母親はとても忙しく、家を空けることが多かった。学生だった時分にはダスカちゃんの兄代わりとして長いこと一緒に過ごしていた時だってある。多分、この子はその時のことを言っているのだろう。

 

兄代わりとして長いこと一緒に過ごしていた時だってある。多分、この子はその時のことを言っているのだろう。

 

 

 

「あのね、トレーナーが家にウマ娘呼ぶのって、禁止はされてないけどモラル的に危ないんだけど」

 

「あら。アタシとお兄さんはウマ娘とそのトレーナーである前に、親戚でしょう? 何も問題無いわ」

 

「問題大有りなんだが?」

 

 

 

 いいからいいから。行くわよ! と押されるまま結局は彼女を家に上げることになってしまった。

 

 え、春は何の躊躇もなく上げていた? それはまだトレセン学園に入学する前だったし、担当トレーナーでもなかったから問題なかっただけなんだけど。

 

 

 

「じゃあご飯できるまで適当にしてるから」

 

 

 

 そう言って、勝手知ったる我が家といった様子で、洗面所から取ってきたタオルで濡れた髪や尻尾から水気を取りつつ彼女は部屋に突撃していった。

 

 やっぱり僕はこの子に甘すぎるのかもしれないな。それに加えて、こうやって甘えられているのが嬉しい自分もいる。

 

 

 

 なんだかんだで彼女は初めて親元から離れることとなる。寂しがるのも仕方がないだろう、今日くらいは許してあげるか。

 

 

 

 なんて思っていたのが悪かったのだろう。あとになって思うと、はじめの一回を許してしまった時点で僕は負けていた。

 

 それから事あるごとに理由をつけてダスカちゃんがうちに来るようになってしまったのだった。




●ダイワスカーレット
掛かっているかもしれません。一息つければいいのですが

●アグネスデジタル
ここから不調が続く

●アグネスタキオン
トレーナーとの相性がそこまでだったからこそ無敗の四冠を手にした

●トレーナー
ダスカ限定で押しに弱すぎる、社会的地位の危険。
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