呉一族は暗殺一家だ。古来より中国からこの日本へ渡り、根付き、繁栄した。呉一族はそこから現代まであらゆる技術を取り入れ、また優秀な遺伝子すらも外部から取り入れ続けてきた。
暗殺者として遺伝的にも技術的にも鍛え続けてきた呉一族はある
それは『外し』だ。外し、とは文字通り自分の身体のリミッターを外すということだ。人間は自らの身体にリミッターをかけておりその身体能力は全力の僅か二割程しか機能していない。
なぜリミッターがあるのか。単純な話、耐えられないからだ。己の筋力が己自身の細胞を破壊してしまうからだ。
だが、優秀な遺伝子をひたすら取り入れ、医学的にも豊富な知識のある呉一族の肉体はそれに耐えられる。
『外し』とは一族総出で肉体を極め続けてきた呉一族だからこそ出来る人外の至宝なのだ。
「────と、ここまでが『外し』の説明だ。分かったか?」
神威先生がまるで小学生のお絵描きのような板書に指示棒を突きつけながら説明する。前から思っていたが、この人多分教える才能無いんじゃないか?
「おぉ〜!」
神威先生のそんな有り難〜い授業により『外し』の概要はなんとなく理解出来た。元より知ってはいたのだが・・・。
「お前の同年代のやつはほとんど『外し』が出来るようになっている。お前も負けてられないな」
・・・え、そうなの?てっきり俺が同年代『外し』第一号かと思っていたけど意外と皆しっかりしてるんだな。というより交流を持っていないことが問題じゃね?
でも・・・『外し』か〜。呉一族だしいずれは身につけなくちゃいけないものだと分かってはいたけど緊張するな〜。
俺がその時感じていたのは間違いなくワクワクだった。漫画の中で奥義ともされる技を自分が使えるようになる・・・そんな体験は前世でサブカルチャーに陶酔していた者からすればまさに宝物と言えるものだ。
「先生!はやくやろうぜ!」
神威先生へ駆け寄る。我ながら子どものようだが、ロマンはいつだってそういうものなんだ。それに俺だけ『外し』が出来ないのもカッコ悪い。
「・・・・・・ダメだ」
「えぇ!?」
しかし神威先生から返ってきた答えは俺の期待に満ちた声をバッサリと切り捨てるものだった。
「
「え、どういうこと?」
神威先生の言葉の真意が掴めない。『もう』とはどういうことだろうか。
「『外し』を会得するのはな・・・死と隣り合わせなんだ」
神威先生が俺に向ける目はどちらかというと心配が込められているように見えた。
「問題ないって!死と隣り合わせとか別に今に始まった話じゃないでしょ!」
きっととても辛い修行が待っているのだろう。しかしこちとら毎日、汚い大人達にボコボコにされているのだ。どんなキツいことでも耐えられるという自負がある。
「だから・・・・・・いや、お前も呉の男か。よし、じゃあ十分後に道場に集合だ」
「おう!」
五分後に集合か。なら、すぐにでも始められるように準備運動をしておこう。
「・・・死ぬなよ、雷庵」
「え?」
なにやら意味深な言葉を残してその場を後にする神威先生。そこまで心配する必要があるだろうか。
「ん〜〜〜ま、いっか!」
よく考えてみれば死ねとか殺すとかここじゃ割と日常茶飯事だし、てかいつも練習相手俺を殺す気なんじゃないかっていうくらい苛烈に攻めたててくるし、結局いつも通りだ。
「あ、兄貴・・・・・・」
「ん?」
聞き慣れた声がするので振り向くとマイプリティエンジェルシスターの風水がいた。二つ下の妹はもう小学四年生となり、成人まであと半分となった。
少しずつ大人びていく風水は一族内で腫れ物扱いされつつある俺にも甲斐甲斐しくお世話をしてくれている。夜訓練で遅くなった時なんか夜食を作ってくれるあたりもう本当に天使なんじゃないかと疑い始めている。
そんな風水は扉からぴょこんと顔を出してこちらを心配そうに見つめている。・・・え、可愛い。
「兄貴大丈夫?殺されない?」
どうやら俺が本当に殺されるのではないかと心配してくれているようだ。
「嫌な予感がするの・・・・・・」
「嫌な予感?」
第六感的ななにかだろうか?正直、呉一族の直感は割と当たる。俺が殺意とか不意打ちとかそういう危険なものを感じ取る事が出来るようにうちの妹は感じ取っているようだ。
「うーん」
風水がそう言っているのだ、間違いはない・・・とお兄ちゃんは信じているぞ♡。ここで無理に訓練に行って、風水を心配させるのもな〜。でも『外し』はさっさと取得したいんだよな〜。
「・・・大丈夫だ、風水。お兄ちゃんが凄い強いのは知ってるだろう?」
風水の頭を撫でながら安心させるように諭す。俺が優先したのは『外し』のほう。風水には申し訳ないけど『外し』はロマン云々は置いといてもいずれ必要になるはずだ、だから早めに
「・・・・・・うん」
まだ何か言いたげな風水だったが、どうにか言葉を呑んでくれたようだ。よかった、泣きつかれでもしたら確実に『外し』の習得を断っていた自信がある。
「待っとけよ風水。お兄ちゃんが
不安そうな風水に俺がしてやれることは一つ。一刻も早く『外し』を会得して、風水を安心させてやることだろう。
「さて、やるぞー!」
「よし、来たな」
「・・・・・・・・・あの〜神威先生」
「どうした?」
「なんかいつもより人多くない?」
屋敷の中にある道場へ足を運ぶ。そこに居たのは、屈強な呉一族の男たち。いつも訓練の時は多くても四人くらいだが、今回は明らかに十人以上いる。
「さぁ、始めるぞ」
「・・・・・・・・・ヤバいかも」
風水、おまえの勘当たってたぞ・・・・・・。
───────────────────
「ちょちょちょ待って!せめて今から何するかだけでも聞かせてよ!」
既に
「雷庵、『外し』とは脳のリミッターを解除することというのは話したな」
「え、うん」
「だが、俺たち呉一族は生まれた時から『外し』を覚えている・・・なんてことはない」
神威先生が俺に語りかける・・・構えながら。
「お前には今から
「・・・・・・つまり?」
「今からここにいる男たちでお前を
「・・・・・・・・・・・・まじ?」
『外し』とは脳のリミッターを解除すること。しかし脳のリミッターなんて念じればすぐに外れるわけではない。脳のリミッターが外れるとはどんな状況か。
簡単だ、死にかける・・・あるいはそのレベルにまで精神的に、肉体的に追い込まれた時だ。
つまりこれからやろうとしていることはその追い込みということだ。
「・・・よし」
なるほどつまり・・・・・・
今日は人数は多いが、大人にボコられるというのはいつも通りだ。人数が増えたところでやることは変わらない。
それに俺も呉の男たちにただボコられていたわけではない。皮肉ながら彼らにボコられ続けたことで打たれ強さや防御の技術はここ数年で飛躍的に伸びている。
「そう簡単に倒せると思うなよ!」
だからこそこの人数が相手でも自信満々にこんな言葉を飛ばせる。呉一族というある意味極限の環境が俺に粘り強い自信をつけてくれた。
「あぁ、それは俺達も思っているよ」
ピキッと何かがひび割れるような音───が聞こえた気がした。空気がまるで何かに怯えるかのように震え始める。その発信源は・・・目の前にいる呉の男たちからだった。
彼らの体に血管という血管がボコッと浮き始める。血管だけじゃなくその筋肉すらも隆起し、体が一回り程大きくなる。
体色は血液が血管が浮き出ているせいか青黒くなり、目も血走り黒と赤の凶暴な様付きになる。
見るのは初めてだが、これが
「『外し』・・・!」
その姿は、豹変という言葉ではとても足りないほどに人として、種族としての範疇を大きく超えていた。
「・・・・・・・・・大人っていつもそうですよね!子どもをなんだと思っているんですか!」
「行くぞ・・・雷庵!!!」
神威先生が俺に向かって駆け出す。その速度はいままでとは比にならないほどに速い。
「うわっ!」
神威先生のパンチを咄嗟にいつもの調子で右腕を盾にして受ける。足を締めるタイミングも腕に力を籠めるタイミングも攻撃のインパクトの瞬間に合わせた申し分ない防御だ・・・本来ならば。
「くっ・・・!」
防御には成功した、しかしその攻撃はあまりに重く俺の子どもの体は簡単に浮いた。
腕がしびれる、いつもの攻撃とは全然わけが違う。間違いなくこれが呉一族本気の打撃だ。
後方に引いた俺を神威先生は逃さない。すぐさま追い打ちを仕掛けてくる。いつもよりも攻勢に入るのが速い、もはや別人と戦っている気分だ。
とにかく今は、耐え忍んで隙を伺うしかない・・・!
「フウっっ・・・!!」
息を吐き、集中する。神威先生の攻撃がヤバいのは分かっている。だけど攻撃力とスピードが上がった反面、精度はだいぶ落ちている。リズムを合わせるのは大変だが、捌くのは決して無理ではないはずだ。
神威先生の拳を太極拳のように体を回転させながら、腕を押し当て攻撃を流す。直後に肩に鋭い熱さを感じる。どうやら攻撃のスピードに対応しきれなかったようで、肩に掠めてしまったようだ。
神威先生はそのまま左ひじを折りたたみ、俺の喉元に目掛けてかち上げを決めようとする。確か呉の技の一つ、『
速度は速いが、リーチは短い仏殺を後ろに一歩引くことで避ける。そしてがら空きの脇腹に渾身の前蹴りをおみまいする。
しかしその一撃は神威先生の右腕に阻まれる。
本来なら有効打になっているはずの攻撃が簡単に阻まれる、こちらから攻撃すると逆に隙を晒してしまう。よっぽど決定的な隙を晒さない限り、攻撃するのは危険が伴う。
このままじゃジリ貧だが、『外し』だってそう長くは続かないはずだ。いくら呉一族が遺伝子レベルで優れているからといってずっと『外し』ていられるわけがない。
神威先生の連撃を躱し、時には受け流す。防御に専念すれば攻撃の芽は無くなるが被弾のリスクも一気になくなる。
「いい動きだ、雷庵!」
「おかげさまでな!」
自分より速く、大きく、鋭く、そして重い一撃を防御できているのも日ごろから大人にボコボコにされることで身についた俺の生きる
けど、攻勢に移れないのもまた事実か・・・!
あまりにも神威先生の動きが苛烈すぎる。このままではいずれ押し負ける。俺だっていつまでもこの嵐を避け続けられるわけではない。どこかで突破口を開かない限りは俺に待っているのは敗北の二文字だ。
神威先生の動きが徐々に正確になってくる。『外し』の動きに慣れ始めたこともあるだろうが、一番は俺の動きを捉え始めたからだろう。
右ストレート・・・!
神威先生の拳を首をひねり、寸でのところで回避する。すると神威先生の姿が突然
下か!!
気づいたときには既に俺の脚を刈り取られ、身体は宙に投げ出されていた。
やっっっば!!!
そのまま神威先生は体勢を崩した俺の腹に肩から体当たりする。呉一族の技、『
「ごは・・・・・・!」
『外し』を使った状態の神威先生の一撃で俺の体は弾丸のごとく吹っ飛ぶ。
肺の中の空気が全て抜けていき、体内の臓器が掻き回されたような感覚に襲われる。立ち上がろうにも腕にチカラが入らない。
「ま、まいった・・・・・・」
血に伏した俺とそれを見下ろす神威先生。誰がどう見ても俺の敗北は決定的だった。
「いや強すぎでしょ・・・『外し』」
くそ、まだ相手の動きに身体がついてきれてないな・・・もっと筋肉と体重、身長もつけないとな。
「・・・あの〜神威先生、俺の負けなんで起こして欲しいんですが」
俺を見下ろす神威先生の目はまだ冷たい。
「神威先せ───」
瞬間、世界がぐるんと回る。それが神威先生が俺を蹴り飛ばしたことで起こったことだと理解するのに数瞬の間を要した。
「げほっ・・・なんで・・・・・・?」
いつもならもうとっくに決着がついている。ほんの少しだけ休憩を入れて、反省点を挙げてまた次の稽古に移る・・・いつもならこの流れのはずだ。
──お前を極限状態に追い込む。
神威先生の言葉を思い出す。まさか・・・まさか・・・だが・・・。
「俺を・・・・・・殺す気?」
「そうだ」
俺の疑問に最悪な解答をしたのは神威先生、ではなくあのクソジジイ、呉 恵利央だった。
「雷庵、業腹だがお前の強さは今の時点で同年代どころか呉一族全体で見ても既に平均よりは上にある。脳のリミッターを外す程にお前を追い込むことはこの先難しくなる・・・悪いが」
───荒療治させてもらうぞ。
・・・・・・そういうことか。脳のリミッターを外すには自身を極限状態に追い込むことが必要になる。なら手っ取り早いのはボコボコにして瀕死に追いやるということになる。
「やれやれ・・・もはや児童虐待とかそういうレベルじゃねえな?」
確かにこれ以上無い程に荒療治だなと思う。大人相手に日頃いい勝負する俺を極限状態に追い込むならこれくらいしないといけないのか。
「なら断食とか・・・いや、お腹が減るのは嫌だな〜」
ヤバい状況なのに口からはふざけた言葉が顔を出す。果たしてそれは余裕の表れなのか・・・それとも恐怖以外の何かがあるからか。
「クク、すぐに断食の方がいいと思うようになる・・・」
クソジジイが悪の親玉みたいなことを言い出す。悪そうな顔も相まって本当に極悪人のように見える。まぁ暗殺一家の当主ではあるのだが。
「・・・・・・時間か」
神威先生が『外し』を解く。青黒くなっていた身体はいつもの健康的な肌色に変わっている。
「終わり?」
俺の期待に満ちた言葉を裏切るようにまた別の男が前に出てくる・・・
・・・・・・はは。
「流石に二人同時はキッついな〜〜〜」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
二人同時『外し』相手にするとか馬鹿みたいな状況だけど相手は結局攻撃する時に使うのは腕一本、もしくは足一本!つまり俺は二本同時に処理すれば戦える!
「びゃあああああああああぁぁぁ!!!」
口から情けない声が出るが、轟速で迫る攻撃を本当にギリギリのところで捌く。
一つは避けて、もう一つは受け止める。また一つを受けて止め、もう一つは避ける。そんな無茶苦茶な逃げ方を続けて長く続くはずはなかった。
「ぶ───」
胸と顔に一発ずつ貰い、再び壁に激突する。これで叩きつけられるのは何度目だ?
「流石の耐久力だな・・・普通のガキならもう死んでるぞ」
「・・・・・・死んでると思うなら止めても、いいんだぜ?」
「・・・まだいけそうだな」
そんなことはない。立てはするがそれが精一杯という状況だ。動きも最初と比べると格段に悪い。もはや気力だけでどうにか場を繋ぎ止めてる状態だ。
なのに────
「よし、交代だ」
終わり・・・・・・・・・見えないな。
─────────────────────
ダンッッッと何かを叩きつける音が響く。それと同時にくぐもった少年の声も聞こえてくる。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・・・・」
「雷庵、自分を解放しろ。さもなくば、死ぬぞ」
「うるせ・・・・・・よ、やれる、なら、とっくに、やってる」
その少年、雷庵はもはや何故立っているのか説明がつかないほどに───血まみれだった。顔は腫れ上がり、身体中は青アザまみれ、加えて一目見れば分かるほどの
神威が険しい表情で雷庵に『己の解放』を促すが、雷庵は未だにその声に応えることが出来ていない。
(くそ、何が足りない?身体はとっくに限界を超えている。なのにダルくなるばかりで、『外し』が起こる前兆すらないぞ)
あまりにも不甲斐ない自分に歯噛みする雷庵。実際目の前の男たちは皆、『外し』の状態だ。そんななか自分だけその領域に踏み入れていないのは、年の差はあれど流石に苛立ちを覚えていた。
「・・・・・・脳のリミッターを外す
「だから・・・・・・それが、出来ねぇんだよ!」
神威からすればコツを教えているつもりだが、雷庵はそのコツすら超常的なモノでイメージすら掴めていない。
「さぁ・・・来いよ!こうなったらとことんやってやるさ!」
自分を鼓舞し、力強く構える雷庵。しかし神威には、否、その場にいる誰もがそれが空元気を超えた見栄だということに気づいていた。
「雷庵・・・・・・これ以上は本当に──」
「構わん」
「・・・!
流石に神威も止めをかけようとするがそれを止めたのは族長の恵利央だった。
「元より呉一族の訓練は命懸け。たとえ訓練で死のうがそれはそやつがそれまでの男だったということだ」
「それは、そうですが・・・!」
恵利央の言うことは『呉一族としては』間違っていない。しかし神威からすれば雷庵は一人の生徒、もはや我が子と言っても差し支えない程には大切な子どもだ。
「くっ・・・!」
なにか堪えるように拳を握りしめる神威。追い詰められている方が高揚し、追い詰めている方が戦意喪失するという奇妙な光景に恵利央のこめかみに血管が浮かぶ。
「・・・もうよい、神威。お前は下がれ」
「・・・長!」
「・・・・・・・・・神威」
「っ!」
恵利央の言葉に異を唱える神威に恵利央の皮が
「問題ないよ、神威先生」
そんななか不敵に笑う少年が一人。
「雷庵・・・それ以上は死ぬぞ?」
雷庵だ。全身が震え、明らかに立つのがやっとながらもその闘志は衰えず、むしろさらに燃え上がってすらいた。
「・・・大丈夫だ。俺が死んだら風水が悲しむ、なら、死なない」
「・・・雷庵」
「さぁ、始めようか・・・!」
雷庵の声に呼応するように一人の男が『外し』、雷庵へ殴りかかる。
「うおおおおおおおおおおおお!!!!」
身体に残った僅かな力を振り絞り、全力で迎撃にかかる雷庵。
二人の距離はすぐに縮まり、お互いの拳が互いの顔面に突き刺さる。
───結果は、始めから分かっていた。
(ちく、しょう・・・・・・・・・)
力負けし、吹っ飛ぶ雷庵。満身創痍だった雷庵にすら手加減はされておらず、床に倒れることなく壁に激突し、そのまま張り付いたように動かなくなった。
(・・・・・・やっぱり、
雷庵の胸にあったのは『外し』に至らない自分の情けなさと諦めだった。
原作において雷庵は呉一族において最強と呼ばれる程の実力者だった。当然、呉一族秘奥『外し』ですらも雷庵は呉一族の中で一線を画していた。
しかし自分はその『外し』を発動させることすら叶わない。
───なぜなら、『偽物』だから。
(あぁ・・・・・・・・・悔しいな)
単純に『偽物』だったから出来ないのは当然。理屈としては通っているがそれでも雷庵は納得していなかった。
(このまま、死ぬのか・・・・・・あぁでも偽物だしそれでもいいのかな)
見栄でこの激戦を通し続けていた気力も無くなり、徐々に雷庵の意識が遠のいていく。
───兄貴!
(風水・・・・・・)
そんな雷庵の耳に聞こえてくるのはこの場にいないはずの風水の声。
───兄貴!!!
(こんな時でも妹の声が聞こえるとか俺妹好きすぎだろ)
「兄貴!」
「・・・・・・・・・・・・・・・えぁ?」
妹の声に沈みつつある雷庵の意識が一瞬浮上する。
いつの間にか床に倒れていた雷庵が目を開くとそこには本当に妹の風水がいた。
目を赤くし、ぽろぽろと涙を零しながら雷庵を見つめていた。
「兄貴、死なないで!」
嗚咽を漏らしながら、雷庵へ声を上げる風水。
「兄貴!兄貴!」
「・・・ぇ・・・・・・・・・ぁ・・・・・・」
泣く風水に何か声をかけようとする雷庵だが、もはや虫の息なのか口から漏れるのは空気だけだった。
「・・・・・・・・・許さない」
風水の目が──変わる。大好きな兄をボロボロにしたコイツらを許さない、風水がその考えに至るのにそう時間はかからなかった。
「なんで・・・・・・兄貴が・・・・・・」
「・・・風水?」
風水の雰囲気の変化に神威が気づく。
「兄貴は・・・・・・兄貴は・・・・・・・・・」
──────ユルサナイ
「よくも・・・兄貴を・・・!」
風水の身体に流れる血液が速度を上げる。脳はそのリミッターを解除し、人を
それが『外し』、呉一族がその歴史を結集させて作り上げた秘奥の術──風水が至ったのはまさにそれだった。
(あぁ・・・やっぱりお前は本物だからか・・・・・・)
そんな風水を見る雷庵は納得の心境でいた。俺は風水よりも鍛錬を積んできた。周りに出遅れていても風水よりは早く『外し』に至ると踏んでいた。
しかし・・・・・・結果は、風水は『外し』に至り自分は無様にも地べたに這いつくばっている状態だ。
それは、風水が本物だから、雷庵は結論づけた。
風水が『外し』に至ったことで自分が偽物であることを強く自覚する一方、周囲の、神威を除く呉一族の反応は───冷ややかなものだった。
「なんだ、
「な、なに・・・?」
恵利央のガッカリとした声が雷庵の耳に届く。雷庵からすれば『外し』に至った風水は本来褒められこそすれ、それを見下されることなど考えられなかったからだ。
「雷庵の妹ゆえ、もしやと思ったが・・・・・・目しか解放できていないではないか」
雷庵に風水は背を向けているので、雷庵は気づくことが出来なかったが本来『外し』で得られる身体能力や反射神経の向上といった様々な恩恵を風水は一部しか得られていなかった。
他の呉一族の者のように全身の血管が浮き出て、肌も血が巡り、青くなるところだが風水はそうではなく目の周りにしかその症状が発生してなかった。
「邪魔をするな風水。これ以上邪魔をするなら容赦はせんぞ」
「・・・!風水、そこを退くんだ・・・!」
「兄貴は・・・私が守る!」
雷庵の制止も虚しく風水は、駆け出した。その足は年相応のもので風水に『外し』による身体能力が備わっていないのは明らかだった。
「神威」
「・・・!・・・・・・許せ風水!」
「神威先生!!!!風水!!!」
走り出した風水に対して、神威先生が腰を落とした。武芸に長けた雷庵にはそれだけで何をするのか、すぐにわかった。
──いいのか?このままで?
(『外し』に至れない・・・それは俺の都合だ。それで風水が危険な目に遭うとはどういう了見だ)
雷庵からどんどん風水が遠ざかっていく。風水を止めるために腕を動かそうとするが、地面に縛り付けられたかのように動かない。
──終わりか、ここで?
(俺が・・・俺が不甲斐ないから風水が怪我する?ふざけるな!)
「う、おおおおおおおおお!!!!」
雷庵の身体からビキビキと嫌な音がする。しかしそんなことお構い無しに無理やり身体を起こそうとする雷庵。
(動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動けえええええええ!!!!)
体を縛り付ける『鎖』が一本、また一本とちぎれていく──雷庵は、少なくともそんな感覚を味わっていた。
雷庵の腕から少しずつ太く血管が浮かび上がり始める。
その血管は少しずつ全身を巡り始める。
それに合わせて雷庵の中に獰猛な
──パキッ
まるで、殻を割るような──そんな物は周りになかったが──音が雷庵の、そして周りの耳にも確かに届いた。
既に、雷庵の身体にさっきまでの重さは無く、そこにあったのは『解放』だった。
ボンッと何かが爆発を起こす。その音は雷庵が
「・・・兄貴!」
「雷庵!」
神威と風水、そして他の呉一族の面々の目の前には『魔人』がいた。瞬時にあの場から雷庵は神威と風水の間に割って入ったのだ。
(これは、『外し』なのか!?なんて禍々しいんだ!)
『外し』にしてはあまりにも
雷庵が『外し』た姿は自分たちのソレと比べると、浮き出る血管の本数、太さ、なによりその身から溢れる狂気が頭一つ抜けていた。
「・・・すごい」
風水の口から自然と兄を賞賛する声が漏れ出た。人は禍々しくともそれが度を超えたものであればそれが神のように映る。風水にはまさしく同じ現象が起こっていた。
「・・・なぁ、ジジイ。これでいいだろう?」
全員が呆気に取られる中、雷庵はその状態から想像がつかない程、極めて冷静に恵利央へ問いかける。
「ほぅ、その様子だと既に制御出来ているようだな」
薄く笑いながら恵利央はそれだけ告げ、振り返る。
「『稽古』はおしまいだ・・・各人持ち場に戻るがよい」
恵利央の後に続くように他の呉一族の面々も道場を後にする。中には雷庵の肩に手をおき、賞賛の声を口にする者もいるが雷庵は恵利央の背中を睨みつけたまま動かない。
男たちは去り、道場には雷庵、風水、そして神威が残される。
「兄貴!」
「おっと!」
恵利央たちが去り、道場の戸が閉まると同時に風水は雷庵に飛び込む。雷庵も既に『外し』を解いており、それを優しく受け止める。
「・・・雷庵、よくやったな」
神威は嬉しそうに、しかしぎこちなく笑いながら雷庵を讃える。神威としても自分に雷庵を褒める資格は無いと分かっていたが、それ以外先生としてかける言葉が見当たらなかったからだ。
「なにバツが悪そうにしてるんだよ。これは俺が『外し』を会得したいと言ったからこうなったんだ。自業自得だしなんやかんや『外し』も手に入れられたから結果オーライでしょ」
しかし雷庵はそんな神威の様子も気にしておらず、むしろ『外し』を習得できたことを喜んでいた。
「・・・はぁ、まったくお前には負けるよ」
そんな雷庵の様子を見れば、先程まで重苦しい雰囲気を漂わせていた神威自身も馬鹿らしくなるというもの。
さっきまでの殺伐とした雰囲気はそこになく、殴り合っていたはずの二人はいつの間にか笑いあっていた。
「・・・・・・・・・」
ただ一人、風水は納得のいかない様子だった。風水はただ雷庵の胸に顔を埋めたまま動いていないが、喜んでいないのは確かだった。
「・・・・・・とにかく早く治療するんだ。お前の体もかなりやられてる・・・そんななか『外し』まで、既に限界のはずだ」
「あ、バレてる?」
「当たり前だ。手ぇ貸そうか?」
「いらねえよ!」
神威の提案に元気よく返事した雷庵。もはやひっつき虫と化した風水と共に道場を後にする。
「・・・・・・はぁ」
雷庵と風水も出ていき、一人となった道場で神威は腰をおろす。最初はなぜ俺がこんな異端児を、と思いながら始まった雷庵の教育係。しかし気づけば自分が雷庵に先生のような愛情を持つ始末。
「やれやれ、どうしたもんかね・・・」
『雷庵を呉一族として申し分ない男にしろ』という族長直々の命令を果たせるか怪しく感じる神威。
今日の一件で、自分にはアイツに感情を傾け過ぎていることが分かった。少なくとも任務を遂行できる状態ではない。
(これはリストラか?この歳でそれは情けねえな・・・)
族長からこの後なんと言われるのか、ビクビクしながらもその足は雷庵の状態を確認するために医務室の方へ向かう神威であった。
三人称久しぶりに書いたけど凄い下手くそになってる・・・。