相も変わらず呉一族の皆々様は日夜暗殺の技術を高めることに必死だ。まぁそういう一族だからしょうがないのだが。
かく言う俺もそんなこと言いながらも(健全な)ファイターになるためにその修行にあやかっている。どうやら呉一族では男が殺しに手を染めることを童貞卒業と言ったりするらしい。今のところ童貞は俺を含めて同世代ではごくわずかしかいない。
俺みたいに人殺しをよく思っていない、あるいは気持ち悪く思ってる人は一応いる。ただそういった人は早くに暗殺者(というよりなってないが)を引退し、裏方に徹するようになるようだ。
しかし俺みたいに『倫理的に』殺したくない・・・という人はゼロだと思われるが。
なら俺も裏方に・・・と思うが、結局呉一族から離れることができていないし、格闘技自体は好きだから捨てるのはもったいない。
「あ〜高校どこ行こ?」
そして中学卒業まで半年となると、高校受験の志望校をもう決めないといけない時期になる。俺はその志望校を決めあぐねていた。
「でも俺が行けるとこなんて呉一族の息がかかってるとこだけだよな〜」
問題児である俺を呉一族が放っておくはずもない。そういえばクソジジイのお孫さん・・・
しかし勉強は疎かにはしてないしクラスでは『優等生ライアンくん』で通ってるんだからそこは加味して欲しいところ。
シャドーで身体を動かしながら頭の片隅で思考をめぐらす。呉一族イチの問題児である俺をそう簡単に目の届かない所に送るとは考えられない。
ガキの歳で長にまで噛み付く俺は言ってしまえば不穏分子だ。自分の立場を理解してないわけではない。あまり軽率すぎる動きは控えた方がいいだろう。
「おーい兄貴ー・・・うわ、またやってるー」
そんな問題児のところに来る人など限られている。俺は
「兄貴、『外し』は程々にって神威先生も言ってたでしょ?」
「あぁ、すまない。でもこっちの方にも慣れておかないと、な?」
現状の俺の課題はこの『外し』の制御だ。このチカラは発動こそすれば圧倒的パワーとスピードが手に入るのだが、問題はそのパワーとスピードにあった。
「やっぱり『外し』を使うと技のキレが無くなるんだ。できるなら技術レベルはそのままに『外し』を使えるようになりたい」
『外し』がもたらすチカラは本当に強大だ・・・
「・・・・・・ふーん。ま、いっか」
俺の力説を聞いた風水はどこか不満げな様子だった。あ、あれいつも俺の話には凄い勢いで食いついてくるのに・・・。あ、でも不満げなその顔も可愛いぞ。
「あ、でも兄貴が『外し』を使うと皆ちょっとピリピリしちゃうから程々にね?」
「え、どういうこと?」
不満げな表情もすぐに消え、風水は苦笑いを浮かべながら俺の『外し』を指摘する。
「いやだってさ〜兄貴が『外す』となんか・・・闘気?殺気?がね、凄いブワッて来るの。だからみんなそれに呼応してか殺気立ってさ〜」
「・・・マジ?」
『外し』は俺以外の呉一族ももちろん使えるため、風水の言っている『外し』独特の殺気については理解出来た。しかし、対面してる訳でもないのにどうしてそんなことなるんだ?
「うーん。分かった・・・今度からもう少し遠いところでやるよ」
「・・・そういうことじゃないんだけどな〜」
どうやら俺の解答は風水からすれば的外れだったようだ。多分風水的には『外し』をやめて欲しかったのかな?でもごめんな。
・・・・・・・・・そういえば風水とかはもう行く学校決めているのかな?
学校の先生いわく、早い子は二年生、一年生のうちに進路を決めているらしい。聡明な我が妹のことだ。きっともうある程度の方向性は定めていることだろう。
「・・・・・・なぁ、風水──」
「え、兄貴と同じところに決まってるじゃん」
「・・・・・・・・・え?」
なんとなく風水に聞いてみたところ、どうやら俺と同じ学校へ行くらしい。兄妹が同じ学校というのも別に変なことではないが、なんか引っかかる言い方だ。
「あー、風水。お前は頭が良いんだから、行ける高校が限られているにしろ先を見据えてだな・・・」
「ちゃんと先を見据えてるよ?私、兄貴のお嫁さんになるつもりだし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・う〜ん?」
最近、不思議に思うことがある。妹ってこんな感じなのか・・・と。
前世の時は妹というのには縁がなかった。だけどよく喧嘩をするというのは聞いていた。しかし生まれてこの方風水とは喧嘩をしたことがない。
原作の視点からいくとこの子、呉 風水は俺、呉 雷庵を『イカれた兄貴』と評価していたはず。なら、俺もそういう評価を受けているはずだ。
『呉一族の失敗作』『呉一族の恥』とまで言われる俺は風水にとってどこかズレた異常者として写っているはずである。それはそれで悲しいが。
しかし風水からの好感度は最近目に見えて高くなっている気がする。なぜ?Why?
「ほら、兄貴が高校に行った時に
「・・・・・・・・・なるほど!」
なるほど、ではない。思わず脳死で肯定してしまったが変な蝿ってなんだ変な蝿って。もしかして俺に好意を持つ(可能性のある)女性を指しているのか。
まぁ、小学校、中学校時代はこのイケメン面もあってモテてはいた(自慢)。ただ、その頃は放課後の課外活動(暗喩)で忙しく恋愛に現を抜かすことは出来なかった結果、隣に女子がいることはほぼなかった。
だから俺には彼女とかいないし、風水自身もそれは知ってると思っていたけどそういうことでは無いのか?
もしや風水は俺の隣に女性がいるのが気に入らないのだろうか。確かに俺も風水が男を侍らせたらその場で
もしやこれがブラコンというものなのだろうか。伝説上の現象とされていたはずなのに。
「じゃあ・・・いっか!」
「うん!」
とりあえず悪いことではなかったので大丈夫だろう。もう兄離れをしてしまったと思っていたが、全然そんなことはなかった。まぁここまで来ると少し心配だが。
「兄貴は絶対私のモノだからね!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだな!」
何故だろう、今すごい身の危険を感じている。生死とは関係なく、人生の墓場的な意味で。
妹がこんな風になってしまったのはいつからだろうか。小さい頃は子どもらしい純粋無垢であったのに時々風水は凄いこと言う。これも呉一族の教育の賜物なのだろうか。やはり呉一族はヤバい。
聞いた話によると俺の知らないところで既に風水の手は血に染まったらしい。銃で人を撃ち殺したようだが、目の前にいるのはいつも通りの風水だ。そこに人を殺してしまったことによる良心の呵責は見られない。人間的ではないが、呉的ではある。というかこれがここの普通なのだ。倫理的、道徳的なんてものがこの世界には無いことなんてずっと前から分かってた。
だからいつまでも人を殺すことを躊躇っている俺がここでは異常なのだ。
「さて、そろそろ稽古の時間だ。お互い受験に失敗しないようにな」
「もちろん!」
風水は別に勉強はできないわけではない。むしろできる方だ。暗殺術や銃の扱いなど勉強とは関係ないことを教わってるのにとても優秀だ。
この調子なら兄妹同じ学校というのも問題ないだろう。
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私の兄貴は変わっている。呉一族なのに人を殺すことを躊躇っている。
私が小さい頃はその事もあって兄貴は周りから忌避されてきた。でも兄貴はとても強かった。
兄貴は本当に強い。小学生のころには大人相手であっても1対1なら叩き伏せられる程実力を付けていた。
そんな兄貴がカッコよかったし、誇らしかった。だからこそ思ってしまう。なぜそのチカラを思いのままに振るわないのか。
兄貴はとても優しい。どんなに稽古が辛くても私の様子を見に来てくれるし、私が稽古でつまずいた時も克服するまで練習に付き合ってくれた。
いつも私に向ける笑顔は眩しかった。
私にかける言葉には優しさがこもっていた。
ちょっと行き過ぎと思うくらい過保護だったけどそんな愛情がとても心地よかった。
私はそんな兄貴が・・・・・・大好きだった。
強い兄貴が誇らしかった。優しい兄貴に甘えていた。なんでもできる兄貴が羨ましかった。
そんな兄貴に寄ってくる女が・・・・・・・・・たまらなく憎かった。
そんな兄貴を煙たがる周りを・・・・・・・・・とても憎悪した。
どうして兄貴は認められないのか。どうして兄貴はそんな周りをねじ伏せないのか、それほどのチカラがあるのに。
今日も兄貴は稽古に行く。つい数年前
兄貴には夢があると言っていた『お嫁さんが欲しい』と。ならそれは私がなる。兄貴の隣には私が行く。
私が一番兄貴を理解出来ているし、私が一番兄貴の力になれる。
そして、兄貴は周りには言ってないけど他にも目標がある。それは私が兄貴を一番そばで見てきたから分かるのだ。
兄貴は多分、一族を抜けようとしている。
だけど兄貴はもう呉一族の『秘伝』を物にしている。ならば抜けようとする=死であることは疑いようもない。
『秘伝』を外部に持ち出すなど呉一族としてはあってはならないからだ。なにより一族の長がそれを許さないだろう。
だけどそれで兄貴が死ぬのは我慢ならない。だから、私ももっと強くならないといけない。兄貴を守れるように。
それに兄貴は呉一族を抜ける必要は無い。なぜなら、兄貴こそが一族の長に相応しいからだ。人格も実力も贔屓目を抜きにしても驚異的だ。
兄貴が呉一族の頂点に立つことは疑いようがないし、そもそも立てないなら・・・・・・
そんな一族、滅んでしまえばいい。
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「最近調子どぉ?」
きっとそんなフランクな言葉ほどこの場の空気に合わないものもないだろう。
しかしそれを咎めるものはいない。そんなこと言ってもしょうがないというのはこの場にいる誰もが理解しているからだ。
「良いわけないだろ。生憎、『恥』の教育に忙しいわい」
そんな軽い言葉に悪態をつきながら答えるのは呉一族の長、呉 恵利央であった。
そしてそのテーブル向かいに座るのは、白い髭を2本の牙のように生やし、同じように白い髪も後ろに長く垂らした
「ほほほ、あの恵利央にここまで言わせるとは・・・雷庵だったかの?一度会ってみたいの〜」
「ふん、お前が思うほどの器では無いわ、滅堂」
滅堂、と呼ばれた老獪はまるで枯れ木のように細い身体をしていた。しかしこの男から発せられる『圧』がこの老人が尋常でないことを知らせている。
だからこそ恵利央と
「しかしそんな
「・・・・・・
「冗談冗談じゃよ〜ホッホッホッ」
本来この場にいる呉一族の護衛が己の長に対してのここまでの狼藉を許すはずがない。しかしそれが許されるというのは恵利央と滅堂の関係が深い証だった。
「で、突然呼び出したのは何故だ?依頼ならいつもの使いを寄越せばよかろうに」
このままでは埒が明かないと恵利央が本題を切り出す。その額に青筋が浮かんでいるということに周りにいる人は見て見ぬふりをした。
「・・・・・・近い将来、戦争が起こる」
「・・・なに?」
戦争、それは法治国家である日本では教科書上でしか聞かないような言葉だ。だが滅堂という男がそれを口にしたならば・・・現実に起こりうる。
「この国の経済を牛耳る男が言うのなら本当なのだろうな」
片原滅堂、齢90を迎え、なお
「戦争か・・・戦後すぐならまだしも・・・カッカッカッ」
恵利央は不気味に笑う。老人二人、事態の重さを憂うことなし。むしろワクワクすらしていた。
「さて、ならばいくつ兵を出せばいい?」
そして始まるのは交渉、戦争への下準備。日本最強の暗殺部族が動き出そうとしていた。
「あ、ならさ〜雷庵ちゃん貸してよ♡」
「・・・・・・あ?」
もっともそれは恵利央が思っていたものと少し違っていた。
「昔ならまだしも今はそんな大規模にドンパチ出来る時代じゃないぞ~」
「・・・・・・『拳願試合』か」
戦争の舞台がどこであるのか、恵利央はすぐに思い至り、
「そうそ──「ならん」・・・ほお?」
滅堂の言葉を遮るようにして恵利央が異を唱える。滅堂も何故とはすぐ聞かずに恵利央の真意を探る。
「・・・雷庵、確かにあやつは強い。あれほどの実力ならば拳願試合でも遅れをとることはなかろう」
「・・・・・・じゃあ──
「だが」
「ワシはまだアイツを呉一族と認めておらん。『恥』を表に出すわけにはいかんのでな」
恵利央も雷庵の実力は
だが───それは真意ではない。
「気迫そのものは
そしてその真意はとうに滅堂には見抜かれていた。
「・・・・・・」
そこまでバレていたとなるとさしもの恵利央もバツが悪そうに顔を背ける。真意は簡単にして単純、気に入らないだけなのだ。
「一族を抜けようと心の底では思い、殺しではなく普通の社会の歯車として生きようとする。昔の呉 恵利央とは正反対じゃが、そういう一族に背信的なところはそっくりじゃのう」
恵利央も雷庵の野心には気づいていた。本来なら問答無用で折檻、ないし『処刑』が基本だが恵利央はそれをしなかった。そこにどんな思いがあったのか、
「・・・ともかく。あの男は使えん・・・そもそも拳願試合なら『牙』で充分だろ?」
「まぁワシの、『牙』だけでもいいが、駒は多いに越したことはないぞ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・チッ、何故雷庵なのだ?」
「・・・ファンだから?」
「おい」
いつものおちゃらけた口調で返す滅堂に恵利央もイライラが抑えられなくなっている。
「・・・予感じゃ」
「なに?」
「雷庵ちゃんならワシを
「・・・・・・・・・・・・全くお前は・・・」
変わらない──と恵利央は目の前の男の変わらぬ野心に懐かしさを覚えた。
「・・・拳願試合はいつなのだ?」
「もう3、4年したらあるんじゃない?」
「・・・・・・考えておこう」
それだけを伝えると恵利央は席を立ち、その場を後にする。残されたのは、滅堂と『護衛者』達。
「楽しみ・・・・・・・・・じゃの♡」
この日、滅堂が見せた心からの笑みは、その場にいた屈強な護衛者でも一瞬たじろぐ程に獰猛なものだったという。
これ何話まで続くんだろ(遠い目)
ヤバい、原作知識が結構抜け落ちてる・・・