集会解散後、フレイはロキとともにある主格神族に会いに行った。
「やー、とおる君」
「おー、ロッキー」
と、神とは思えないほどフランクに接する二人。手を打ち合って、力強く握り締める。
「やぁ、トール」
「おぉ! フレイ! 麗しの妹君は元気か?」
「ええ、まぁ……」
フレイを見るなり肩を組まれ、ギリギリと首の骨が不愉快な音をたてる。
「おーい、とおる君、離してあげろー、死ぬぞ? 豊穣神フレイ様が死んじゃうよ?」
「おっ? おおっと! はっは、悪い悪い」
青いトマトのような顔色になっているフレイに気がつき、手を離し、パンパンと肩を叩くトール。
「相変わらずだな、トール」
「っ!」
そこに現れたのは先ほどまで玉座に座していた最高神、オーディンだった。
「これは、これはオーディン様」
すぐさま体制を整えるトールと、跪くフレイ。しかし、ただ一人悠然と手をひらひらとあげていた。
「や、おでん!」
「んなっ!」
「ろ、ロキ!」
誰にでもフランクなロキにトールとフレイは思わず声をあげる。この場にヘイムダルがいれば間違いなく、瞬殺されていたであろう。
「お前も相変わらずだな、ロキ」
「君は変わったよね、おでん」
変なあだ名でオーディンの名前を呼ぶロキ。しかし、オーディンはそんな無礼講なロキに腹を立てるわけでも無く、悠々と立ち構えていた。
「全く、ヘイムダルがいたら怒るぞ」
「あー確かにー、だいたい固すぎるんだよヘイムダルはさぁ……俺がなんか言うたびに、『ロキ! 貴様!』ってさ、姑かよあいつは!」
「ロキ……」
「っ!」
堅苦しいヘイムダルがおらず、姑にいびられた妻のように愚痴を漏らすロキ。しかし、オーディンの一言で我に帰り、口をつぐむ。
「お前の言い分は理解出来るが、そう言ってやるな、奴は奴なりの苦しみや悩みを持つ」
「えっ?」
「……お前には理解できまい。それよりも〈鍵〉の件、よろしく頼むぞ」
「うぃっす」
オーディンの言っている意味が理解できないまま、話を変えられ納得できない様子で頷くロキ。
「トール、フレイ、お前たちも頼むぞ」
「はっ!」
「分かりました」
深々と頷くフレイとトール。
その様子を見て、オーディンは満足そうに頷き、その場から去って行った。
「今日はもう帰る……」
珍しく意気消沈しているロキが弱々しく呟き、トールとフレイに背を向けて去って行った。
「珍しいな」
「そうですね」
そのいつものロキとは思えない小さな背中を見て、トールはそう言い、フレイはそれに同感する。
「あの……兄さん」
「ん? あ、フレイア」
すると、いつの間に潜り込んだのか、僕の隣に可愛い妹のフレイアが僕の服の裾を引っ張っていた。
「どうしたんだい?」
「あの、兄さんにお願いがあるの」
「うん」
やや、恥ずかしそうにモジモジと人差し指を合わせ、何とか言葉にしようと口をもぐもぐさせる。
「あの、主格神族のみなさんに挨拶したいの」
「ああ、なるほど。フレイアは今日が初めてだもんね」
「ん……」
そう、フレイアはつい最近主格神族の一人として認められたばかりだ。今日の集会も始めての参加である。
「じゃ、ここにオーディン様の右腕であるトールがいるから、挨拶しようか?」
「トール様……あ」
フレイに言われ、ようやくトールの存在に気づくフレイア。
「あの、おはようございます」
「おう! 可愛くなったなぁ、フレイアちゃん」
「ありがとうございます……」
頬を紅く染め、下を俯くフレイア。僕はトールに対して妙な嫉妬感を覚える。
「しかし、フレイはともかく、フレイアちゃんまで主格親族になるたぁなぁ、全く、ヘイムダルにしちゃ珍しいもんだ」
「ヘイムダル様……ですか?」
「ん、あぁ、実はだな、フレイアを主格神族に推したのはヘイムダルなんだよ。オーディン様に必死に頭を下げてお願いしてたんだよなぁ」
「トール、ここにいたのか」
噂すれば影とはよく言ったもので、タイミング良くヘイムダルが急ぎ足でトールの下へやってきた。
「あぁ、これはお話中でしたか、失礼しました。ですが、こちらもなにぶん急ぎの用でして」
と、丁寧に頭を下げ、お辞儀をする。やや釣り目で威風堂々としたその格好、おまけに威圧的な態度からよく勘違いされやすいが、ヘイムダルは基本的に他人を尊重する礼儀正しい男だ。
「トール、軍備について相談がある……ん? なんだ貴様ら、何をにやけている」
トールの話を聞き、若干ヘイムダルの心境が理解できたフレイは優しげな笑みでヘイムダルを見つめている。
トールもまた気持ちいいほど口を大きく開き、白い歯を露わにしている。
「あの、トール様から聞きました。私が主格神族になれるようオーディン様にお願いしたんですね」
「あ、あぁ、その事か、別にいいさ。今いる神々の中で最も優れていたのがフレイアだったからな……だから、なぜ貴様らは微笑んでいるんだ! 気持ち悪いぞ」
「いやぁ、別になぁ……なぁ、フレイ」
「ええ、そうですね」
二人の暖かい笑みを理解出来ないヘイムダルは訝しげに二人を見返すしか出来なかった。
「ヘイムダル」
「なんだ?」
トールに話しかけられ、首を傾げながら答えるヘイムダル。
「フレイアちゃんが主格神族と挨拶をしたいそうだ」
「ほう、それは良い心がけだな。そういう前向きな行動は…………嫌いではないぞ」
最後のところだけ、妙に照れた口調で話すヘイムダル。しかし、その淡い思いはどうやらフレイアには届いていないようだ。
「ヘイムダル、フレイアちゃんを他の主格神族のところまで案内して欲しいのだが……頼めるか?」
「なにっ、私が?」
「うむ、お主ほど他の主格神族の居場所を知るものはいなかろう?」
「……それもそうだな。いいだろう、フレイアのその前向きな行動を応援してやろうではないか」
そう言って、ヘイムダルは背を向け、「ついて来い」と言い残した後、歩いて行った。
「さて、俺も着いて行きたいところだが、そろそろミッドガルドに戻らねばならんのでな……また時間があれば会おう、フレイ……もちろん、フレイアちゃんもな」
「あまり、無理はしないでくださいね」
「ええ、気をつけてください」
それぞれミッドガルドへ向かって足を進めて行くトールに別れの言葉を告げた後、ヘイムダルの後を追いにトールに背を向ける。
謁見の間にて……
「ここには常にオーディン様やその妻のフリッグ様がおられる。フリッグ様に会えるようオーディンに許可をもらいに行くから待ってろ」
そう言うと、ヘイムダルは普通の三倍はある扉を少し開き、中に入る。
「フレイア」
「なに? 兄さん」
「いいかい? 絶対にフリッグ様に粗相のないように……ね?」
「分かってるわ、私はロキほど馬鹿じゃないもん」
「はは、ごめん……ただ、フリッグ様は怒らせると怖いお方だから気をつけてね」
「ん……」
少し頬を膨らます可愛い妹の頭を優しく撫でたら、すぐさま機嫌が良くなったかのように頬をほんのり紅く染める。
「二人とも、入ってきなさい」
「さぁ、行こうか?」
「うん」
ヘイムダルの声が聞こえた後、フレイアの心の準備を訪ね、扉の中へと入る。
「いらっしゃい、フレイアちゃん。こうしてご挨拶するのは始めてよね」
「は、はい」
謁見の間にいたのは金髪の青年ヘイムダルと王座の椅子フリスズキャルヴに腰をかけている翠の髪を腰まで伸ばし、包容力のある美人のみだった。
「始めまして、私はフリッグ。オーディンの妻よ」
「あ、始めまして、私はフレイアと申します」
と、挨拶され、フレイアはハッとすぐに跪き、自己紹介をする。
「ふふ、そんなに畏まらなくてもいいわ、頭をあげてちょうだい。ね?」
「は、はい」
やはり、最高神オーディンの妻だけあって、その寛容っぷりは惚れ惚れするものだ。
「さて、ヘイムダルから話を聞いたのだけど、挨拶しに来たようね。良い心がけだわ……どこぞの馬鹿とは違ってね」
「あ、ありがとうございます」
恐らく、その馬鹿とはロキの事だろう。フリッグがあまりにもオーディンの妻であることを自慢しないからか、油断して馴れ馴れしく接しすぎたせいで、過去に数回こっ酷く怒られたことがある。
「さて、しっかりした新しい主格神族の顔が観れて良かったわ。今度、一緒に女の子だけの話をしましょうね?」
「は、はい」
口に人差し指をくっつけ、ウィンクする。子供らしい仕草を見せてなお、フリッグの妖艶さは失われていなかった。
「次行くぞフレイア、フレイ。フリッグ様、これにて失礼します」
「ええ」
ヘイムダルは軽くフリッグにお辞儀をすると、謁見の間から出て行った。フレイとフレイアも同じように軽くお辞儀をし、ヘイムダルの後を追う。
オーディンの城ヴァーラスキャールヴのある一室にて……
「残るはパルドルとヴィーザルとサーガだが……ヴィーザルとサーガは無理だろうな……」
残る主格神族の内、サーガは気ままな旅を続け、行方知れずであるが、時折寄越す召喚獣により、生存していることが分かっている。また、ヴィーザルは集会には来ているものの、何故か他の神族と馴れ合うことを嫌い、一人森の奥に身を潜めている。
よって、残るはパルドルのみとなった。
「呼んだ?」
と、背後から神々しいオーラを纏う少年が太陽のごとく曇りない笑顔できょとんと立っていた。
「いつの間に!」
「えっとね、僕を呼ぶ声がしたから来たんだ……あ、フレイさん!」
恐らく主格神族の中では最小年である少年神パルドルは僕を見て、嬉しそうに飛び込んできた。
「僕ね、フレイさんの匂いが大好き、ふわふわして、暖かいんだよね」
「っ……兄さんから離れて!」
僕に抱きついて来たパルドルを引き剥がそうと、妹のフレイアがパルドルを引っ張る。
「やだ!」
「っく!」
対し、パルドルも離さまいと力強くフレイを抱きしめていたため、そう簡単に離れなかったが……
「ひゃっ!」
急に方向転換し、フレイアの胸に飛び込んで行った。そして、すりすりと顔を押し付けている。
「あ、お姉さんも良い匂いだね、なんだろう、ほんのり甘い……桃の匂い?」
「っ……くっ…………」
恥ずかしさのあまり、顔を紅く染めるフレイア。そんなフレイアの恥じらいを心の何処かで楽しんでいる僕。一方ヘイムダルはその真面目さからか、フレイアから目をそらしていた。
「パル、もういいんじゃないかな?」
「はーい!」
フレイの一言でパルドルは呆気なくフレイアから離れた。
「パル、彼女は僕の妹のフレイア。つい最近主格神族になったばかりだ」
「あーー! あの時オーディン様に質問してた神?」
「は……はい」
あの時の事を思い出したのか、ぎこちない返事をするフレイア。
「僕はパルドル! みんなからはパルって呼ばれてるよ。よろしくね、フレイア姉ちゃん」
「う……うん」
どこか誇らしげなフレイア。
「お姉さん……ふふ」
どうやら、お姉さんと呼ばれたことが嬉しかったようだ。余韻に浸るように両手を頬にくっつけ、たるむ頬を落とさないようにしているようにも見える。
「さて、これで一通り主格神族の紹介を終えたな、私は戻るよ」
「ああ、ありがとね、ヘイムダル」
「ありがとうございます」
フレイアと僕、二人揃ってお礼を言い、満足げに鼻で笑い、去って行った。
「さて、そろそろ僕らも帰ろうか?」
「ん、そうね、兄さん」
「あー、フレイ兄さん! 僕も久々にフレイ兄さんの家に行っていい?」
「いいよ、ね? フレイア」
「兄さんがそう言うなら……」
「やったっ!」
空高くガッツポーズをしながら飛び跳ねる。
「はは……」
僕はこんな平和な日常がずっと続くんだと思っていた。〈鍵〉を狙う奴がどんな人物であろうとも、同じ神族ではない限り、僕らに勝つことは出来ない。だから、この騒動もすぐに収まるだろう……
だけど、既にこの時、九つの世界は壊れ始めていた。もう元に戻せないほどに……
更新時間をお伝えするのを忘れましたので、記入します。
毎週日曜日、余裕があれば水曜日
朝の6時に更新しますので、よろしくお願いします
m(_ _)m