……それから、いくつか異族討伐を繰り返し、私とピサールの日常は続いていった。
そうしている間に気が付いたことがいくつかあった。
まず、ひとつ。戦闘中のピサールの癖だ。
異族を着実に二度三度、繰り返し槍を刺す行為には、負の感情全てを天に送ろうという意思があったようだ。彼女は常々、言葉にしていた。
「この世への残る未練を断ち切ってあげる」
私がわざわざそんなことをするのは何故か、と理由を聞いた時、彼女は答えた。
「つまらない感情が残ってばっかりだと面倒だし、そういうのって楽園に逝っちゃった方がいいと思うの~」
その時のピサールは、何故だかいつもの様子のようには見えなかった。
彼女も彼女なりに影があるのだろう。そう思って、詮索はしなかった。
ただ、わざわざそんなことをしているという考え方は正すべきだとは思っていた。
ふたつめ。彼女は天才肌だ。
日常生活は普段、私が仕切ることになっている。そんな中、いざ彼女が動くとなった時は、私以上の実力で家事を完遂することが多い。料理や洗濯といったことは特に得意としている。掃除についてはまだ、私に分があるとはいえ、それでも動いている彼女より、私の方が劣っている部分が多いように感じて不安を感じる。
「考えすぎよ~? 動ける時に動けるのも才能なんだから~」
なんて、彼女は励ましのような言葉を言ってきたりもしているものの、それでも気にしてしまうのは、私が単純に劣等感が強いからだ。それはなるべく考えないようにするべきだろう。
動ける時に動く。それが強みだというのなら、無理をしない程度に動けるようにしていきたい。
たまに作られる彼女の料理は、美味しい。手間をかけるような料理は面倒だから作らないというのは言っていたものの、それでも上手だ。
洗濯についてもトラブルが発生しないように的確な量を守って、着実にやってくれる。乾く時間もおおよそ把握しているみたいだ。畳むのはやってほしいと任されることは多いものの、それでもやるとなった時は確実に動いてくれる。
全体として、戦闘の時もそうであるものの、彼女は効率よく、無駄のない、面倒事が発生しない動きを得意とする。私も見習うべき点は多い。怠惰さはあまり見習いたくないとも思ってはいるものの。
そして、彼女は酒をとても好む。仕事が終わったらいつも吞んでいるようにも思えるほど、呑んでいる。好きな銘柄はないものの、葡萄酒が好きらしい。自分からお酒を味わうことは、少ない私からすると違いはわからない。
彼女がお酒を呑まない時。それはお風呂の少し前と、車を運転すると言ってきた時くらいだ。流石に彼女もわきまえているらしく、私が言わなくとも飲酒運転はしないように意識しているみたいだ。
「……馴染めているだけ、よしとします」
いくつかの週を跨いで彼女と接してきたものの、致命的なすれ違いは発生していない。これはいいことだと思う。
怠惰な彼女と一緒にいてストレスを貯めてしまうような可能性もあったので、対人関係のトラブルがなかったのはそれだけでありがたかった。
彼女も拠点となっている私の住居がそれなりに快適なみたいで、仕事をしていない時はいつも力を抜いたような状態になっていた。
荒波が立たない生活。こういった時間が続いている事実は少なくとも私にとっては幸福だった。
ある夏の日、仕事の依頼が来ていない午前のことだった。
同居人のピサールが共同部屋のテレビでなにやらアニメを見ていた。
「何を見てるんですか?」
別に見ているのが嫌というわけではない。
ただ、純粋に気になったのだ。
「ん~魔法少女のアニメ?」
「魔法少女?」
アニメの動向を確認する。
装飾がいっぱいの服を着た少女が悪の手下と戦っている。
夢と希望を守る為、といったまっすぐな台詞を放ちながら戦いに挑んでいるというのはそこだけ見ていてもわかった。
「女の子の憧れだよね~」
「どういうところがですか?」
「えっ、ミストルティンは魔法少女になりたい~とか考えたことなかったの?」
本気で驚かれたような様子に私も困惑する。
「……あまり、考えたことはなかったですね」
「夢は持たないほうなの?」
「そういうより、世界が違いすぎて興味を持てなかったというのが大きいかもしれません」
「世界?」
ふたりでテレビを見つめながら会話が進んでいく。
アニメの魔法少女は必殺技を使い、悪の手下を撃退していた。助けた人を支えている彼女は感謝の言葉をいくつか受け取っていた。
「自分の道を信じて、まっすぐ戦って、想いを貫く。……興味がないわけではないですが、私には眩しすぎるようにも思えましたから」
いま、私の目の前で繰り広げられている魔法少女のアニメは、人によってはありきたりな勧善懲悪の物語と捉えられるかもしれない。けれども私みたいに、捻くれた発想を持つものはそう多くはないようにも思える。ありきたりでも、眩しさというのは変わらないものだ。
「憧れるくらいしてもいいのに~」
「憧れる対象が眩しいと、身を滅ぼしてしまうと思ったから興味を示さなかっただけです」
「あぁ、イカロスの翼」
「そういうことです」
魔法少女という在り方は、私にとって太陽のような輝きのようにも思えたのだ。
幼心に見た、名前も知らない魔法少女の物語を見つめて、なんともいえない劣等感を抱いたことは今でも忘れていない。
焦がれるほどの輝き、自分では到達することができないだろうまっすぐさ。そして、悪を挫く強い精神。どれも、眩しすぎた。
イカロスは太陽に憧れて、翼を広げて、手を伸ばした結果、命を落とすことになった。私はそういったことにはなりたくなかった。魔法少女は太陽のような存在。私が憧れていい存在ではない。
アニメのお話が終わり、エンディングが移る。魔法少女の日常が映し出された映像だ。友達と会話を交わす主人公、失敗しても微笑みあっている光景、そして喜びを分かち合う姿。今、魔法少女という存在を見つめてみても、その眩しさは変わらないままだった。
「憧れてないのはわかったけど、結構気にはしてるんじゃない?」
「魔法少女のこと、ですか」
「うん。なんだかそんな感じがする」
「……まさか」
否定しようとして、言葉に詰まった。言葉の上では違うとはいくらでも言える。
ただ、それでも引っかかりを覚えているのは気にしていることになるだろう。それを感じてしまった。
「本当はなりたかったとか、そういうのじゃないの?」
「……知られたくないことを詮索されたくはないですね」
「心の地雷?」
「そう思ってくれて構いません」
自分でも驚いている。まさか、魔法少女のアニメを見るだけで様々な感情が呼び出されてしまうとは思ってもいなかった。偶然目にしただけなのに。
「……申し訳ありません、折角のアニメ観賞、会話で気分を損ねてしまいましたよね」
流石に悪いことをしたと思い、彼女に謝る。
私が原因で発生するトラブルなんて、極力発生させるつもりはなかったのに、発生させてしまった。その事実に私自身落ち込んでしまう。
「ううん、むしろ嬉しかったかも」
「……どうして、嬉しいと?」
「なんでかな~。ミストルティンが珍しく感情的になってたから?」
「感情的になってほしかったんですか?」
それに対して彼女は考えて、言葉を繋げる。
「正直ね~ミストルティンって真面目だし、隙がないのかな~って思ってたの。だから、完璧そうに見えても案外隙があるんだなって思って、安心したの」
「……それで安心するんですか」
「うん。だって、ガチガチに真面目ちゃんだったら疲れちゃうじゃない~」
「そんなに真面目に見えましたか?」
「絶対に隙は晒さないぞっていう気持ちは感じるかも~」
「……よく見てますね」
「まぁぼーっと様子を見てるだけだけどね~」
ピサールは相変わらずいい加減な態度なものの、はやり底が知れない。
天才肌という評価は変わらないだろう。
私が隙を晒さないように意識しているのは、評価を落とさないようにする為。今の日常を損なわせないためという部分が大きい。
「あっ、ちょっと閃いたかも」
「何を閃いたのですか?」
「え? 人知れず戦ってるのが私たちなら、もしかしたら私たちも魔法少女だったりして~?」
「それは魔法少女に対して失礼ではないですか?」
「なんでよ~」
「……私たちはお金を貰って戦っています。それに対し、魔法少女は見返りを気にしないで戦ってます。……比べると、精神性が違うように思います」
「でも人助けじゃない? いいと思うんだけどな~魔法少女とか名乗っても」
「……少なくとも、私は認めることはできません」
「……ミストルティンって、もしかして魔法少女へのこだわり、強い?」
「知りませんよ」
私はアニメに登場する魔法少女のように眩しい存在ではない。だからこそ、否定する。
そこにはピサールの言っているようなこだわりはないはずだ。きっと。
「魔法少女ミストルティン。なんだか、いい名前じゃない?」
「……それ以上茶化すと、お昼を作りませんよ?」
「もっと話したいのに~」
私たちの異族討伐は仕事だ。
誰かに求められてやっていることではない。代わりがいる中、やれる人がやっているだけにすぎない。だから、魔法少女というのは相応しくない。
魔法少女ミストルティン。その響きは魅力的でもある。けれども、求めたら身を滅ぼしそうだと思った私は、その憧れを心の中に留めていた。