憧憬の先に映る未来   作:宿木ミル

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4 『レコニッサンス』

 八月の中旬になった後も、私たちは依頼をこなせていた。

 それなりに適切な距離感を保てているのがお互いにちょうどいいらしく、戦闘時でのトラブルは発生することはなかった。日常のトラブルは彼女が葡萄酒を嗜む都合、若干高価な買い物が多くなったくらいで、支障はなかった。

 何事もなく生活できている。

 このまま平和に八月も終わるといい、そう思っていた時にその依頼はやってきた。

 椅子に座りながらお茶を嗜んでいる時、ピサールが声を掛けてきたのだ。

 

「ミストルティン、今回の依頼は特別っぽい~」

 

 そう言って、彼女は携帯端末で私に異族討伐の依頼を見せてきた。

 机の上に置かれた彼女の携帯端末の画面には『霧に隠れた巨大異族の調査』と書かれている。

 

「巨大異族、ですか」

「うん、最近隣の街で噂になってるみたいよ? 霧が発生したと思ったら、大きな怪物が睨んできた~なんていうのが」

 

 ほらこれ、と言いながら懐から彼女が参考資料を渡してきた。こういう時の彼女の手際はとても速い。円滑に下準備を進めてくれるのは、行動することを私に色々任せるつもりでも、ありがたいと思っている。

 彼女の集めてくれた資料を、ひとつひとつ確認する。

 まず、異族と霧の関係性。これについてはもっと上の存在が考察するべき問題だろう。現場で必要な情報ではない。学園が霧に覆われたという事件があったのは聞いたことはあるものの、そこまで重大事件になっていたら、私の元まで依頼はやってこないはずだ。もっと大規模な人が派遣される可能性が高い。その為、この情報は置いておく。

 次は、異族の目撃情報。これは参考になる資料だ。しっかりと目を通していく。

 

「高さは発見されたビルの大きさと比較して、おおよそ20メートルあたりと推測……普段の異族が私たちと同じ背丈なことを考えると相当な大きさですね」

「まるで巨人だよね~」

「実害が発生していないのか気になりますが……」

 

 資料をめくりながら、被害状況を調べる。どの報告を確認しても、見えるのは目撃情報のみで、これといった被害状況は浮かび上がってこなかった。

 

「まだ動いてないとか?」

「だとしたら随分怠惰な異族ですね」

「そのまま動かないでいてくれたら討伐も楽なんだけどな~」

「楽観的に身構えるのはよくないですよ」

「それもそうよね」

 

 小さくはぁ、とピサールがため息をつく。

 被害状況が出ていないのには何かしら理由があるはずだ。異族は人の悪感情から発生する現象。人に実害を発生させない方が不思議なのだから。

 

「今、活動的ではないというのが憶測としては考えられます」

「う~ん、冬眠中みたいな?」

「……今は夏ですよ?」

「じゃあ夏眠?」

 

 色々つっこみたい気持ちもあるものの、言いたいことはわかるので、これ以上指摘するのはやめておく。

 

「……人目に映りづらい状況を作って、力を蓄えている可能性が高いです」

「危なそうだね~」

「だから、私たちが派遣されることになったんだと思います」

「あぁ、ミストルティンの探知能力?」

「そういうことです」

 

 人の目に映りにくいものも、ドリュアスの力を使い、植物の動きを利用しながら探知すれば痕跡から発見することができる。そういった事情を考慮して私が呼ばれたのだろう。

 

「面倒な仕事押し付けられちゃったね~」

「評価されているのなら、それに応えるまでです」

「潰れないようにね~」

「……不意に倒れないようには気をつけるつもりです」

「わかった」

「では、準備をしたら隣町に行きましょう」

「は~い」

 

 荷物は控えめにして、いつでも戦えるように準備をする。

 対異族用の装備を整え、私たちは隣町に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 私たちが向かった街。その名はバウムと呼ばれている。

 人口も多く、賑わっている時の十字路などは歩行者が優先されるほどの街で、本来の昼下がりは私が苦手意識を持つほど、人が多い。

 しかし、今日の街の様子は異なっていた。

 

「静かですね……」

 

 植物による探知をする必要も感じられないくらい人影は少なくなっている。

 普段行列を並べているようなお店にも人がいない。

 

「それに夏っぽくもない~」

「そうですね、霧の影響でしょうか」

 

 全体的に冷えた気候というべきだろうか、寒い日に霧がかかった時のような温度だ。少し、肌寒い。

 

「まぁ、夏が毎日これくらいの涼しさだったらちょうどいいんだけどね~」

「……私たちはこの問題を解決する為に来たんですよ?」

「わかってるわよ~。あっ、ミストルティン、調査はお願いできる?」

「私にできる範囲でやってみます。……ピサールも人に聞いたりしてくださいね?」

「え~めんどくさ~い」

「……報酬を多めに私が頂いてもいいんですか?」

「別に構わないかも?」

「……私のお金からは葡萄酒は買いませんが」

「え~、そんな~」

「とにかく、お願いしますね。情報はあるに越したことはないので」

「しょうがないな~」

 

 集合場所を伝えたのち、ピサールが情報を集めに歩いていった。

 さて、彼女を動かしている以上、私が行動しないわけにはいけない。

 自然がなるべく多い場所、公園まで足を運び、ベンチに座る。

 そして、持ってきたマップを手にしながら、魔力を展開する。 

 

「いきます」

 

 目を瞑り、集中する。

 そして、ドリュアスの力を発揮し、周囲の植物が視たものを共有していく。

 一度に情報が入ってくると処理しきれなくなってしまうので、少しずつ情報を明確にしていく。

 ビルを伝う植物、街中の彩る樹木、小さな花にまで意識を伸ばし、索敵範囲を広げていく。

 ……そろそろ問題ない。

 目を開いて、街のマップと草木の位置を少しずつ合致させていく。

 一度に入ってくる情報量に頭が痛くなる。

 けれども、落ち着いて対処すれば、把握しきれる範囲だ。

 

「ピサールさんも動いているのに、何もしていないわけにはいきませんから」

 

 手に持っているマップに簡潔に情報を纏めていく。

 今、私がいる公園は街のほぼ中心にあるものだ。その為、方位を調べながらの調査は行いやすい。

 地図の現在地から見て、南部、出現情報なし。草木の揺らめきはいつも通りなものの、人が通った数が減っている。これは巨大異族の噂の影響だろう。

 南西、西側もそれといった痕跡は確認できず。こちらには出没していないみたいだ。

 南東。……反応あり。一部の箇所で、大きい存在に潰されたような重さを感じていた花があった。

 東。出没した形跡がいくつか多くなってきたので、おおよその発見された場所をマップ上に印を付けていく。

 北、並びに北東を調べる。やはり、痕跡が多くみられるのは北東方面なようで、乱暴に折られたような枝を持つ木や潰された花が多く存在していた。

 巨大異族は街の北東部にいる。これまでに入手した情報から仮定し、大きな印を付ける。

 

「目星はつきましたね」

 

 小休止を挟んで、索敵を再開する。

 今度は地域を絞っているので、細かい情報を調べることができる。

 潰された花の痕跡を確認する。

 誰かの悪戯という可能性もあり得るので、念には念を込めて調べていく。

 圧し潰された赤い花、重量を感じさせるような茎の折れ方をしていた。残念ながら、自力で復活することはできないだろう。私も花が好きなほうなので、心が痛む。

 悪戯と思わしき、土の痕跡は植物の感知で判断しやすい。そういう類のものは根本から抜かれることは少なく、中途半端に切られることも多いからだ。

 悪戯の痕跡はバツのマークを付け、情報を的確に並べていく。

 行動している範囲は一定量の印から予測できる。

 

「人の悪感情を集めているでしょうか……」

 

 巨大異族が確認された場所は人が多く集まるようなビルが並ぶ場所、そして近場の駅の付近が多かった。実害らしき痕跡はまだ出ていないものの、人が多く集まる場所で攻撃的な活動をするようになったら危険だ。

 トラブルが発生する前に動かないといけない。

 そう思い、立ち上がろうとしたその時だった。

 

「ただいま~って、わっ、すごいマップ」

 

 ピサールがベンチの隣に座ってきた。

 私が書いたマップに関心の声をあげている。

 

「植物の探知を使い、情報を纏めてみました。街の北東方面、主に住宅街や駅付近など、人が集まる場所に遺族の出現が多いという事実はわかりました」

「流石だよね~。でも、疲れてない?」

「索敵範囲が大きかったので魔力の消費はそれなりにありました。しかし、休憩を挟む必要は……」

「はい、アイス」

 

 休憩するつもりはないと言おうとした矢先に、アイスを手渡された。モナカアイスだ。

 

「……休もうとは思っていなかったのですが」

「え~、休憩した方がいいって。ずっと働き詰めなんてブラックだよ~」

「とは、言いますが、努力しないと評価はされないので……」

「ミストルティンは頑張ってると思うわよ?」

 

 突然、素直に褒められた。

 からかい口調でもなんでもなく、まっすぐな声で。

 さっきからピサールは褒めてばっかりなような気がする。

 

「……私よりもできる人はいるはずです」

「植物感知はミストルティンの特権じゃないの?」

「いつか、私以外の人が別の便利な手段で索敵したりするようになるはずです」

「やっぱり、ミストルティンって面倒だよね」

 

 褒めたかと思ったら、次は褒めているようには思えない言葉がやってくる。

 

「……気になるだけです」

「どうしてそんなに面倒なのか聞いてもいい? アイスを食べながらでも」

「興味があるんですか?」

「まぁ、同居人だからね~」

 

 この場は素直に彼女の言葉に従うべきだろう。

 そう思いながら、モナカアイスを取り出す。

 

「単純な話ですよ」

「単純?」

「評価されなければ、捨てられるのではないかと思ったりしているだけです」

「わかりやすい~」

「笑いますか?」

「ありきたりだよね」

「一見、特別なように思えて、代わりがある職業ですから。気になることが多いだけです」

 

 食べないのも悪いと思い、モナカアイスを口にする。

 

「……甘い」

 

 バニラの甘さとチョコレートの食感が一緒に感じられて、心が落ち着く。

 

「頭を動かしてたから、尚更美味しいんじゃない?」

「……よくわかりますね」

「疲れてるって顔してたもん」

 

 ピサールは満足そうな表情で自分用のモナカアイスを口にしている。その表情はなんだかしてやったり、みたいな雰囲気も感じる。

 

「ミストルティンって、面倒なんだけどわかりやすいんだよね」

「何がですか」

「嘘を付けないみたいな?」

「嘘、ですか?」

「うん、誠実なんだよね、なんだかんだで」

「……そんなことはないと思いますが」

 

 少なくとも私は、やるべきことはやろうとしているだけだ。他人に迷惑がかからなければそれでいいとも思っている。それが誠実だと言われるのなら、もっと誠実な人がいるだろう。

 

「私は真面目じゃないって、考えてたり?」

「読心術でも持ってるんですか?」

 

 厳密には違っていても、心を読まれたような気がして驚いた。

 

「ううん、『誠実な人はもっと別にいるから自分にはふさわしくない』って考えてそうだな~って」

「……よくわかりましたね」

「だから、わかりやすいんだって」

 

 きっとピサールの言っているように嘘が得意ではないのだろう。

 うまく隠そうとしても隠しきれていない。

 

「私はミストルティンのこと、好きだよ?」

「告白のつもりですか?」

「う~ん、近況報告?」

「付き合ってるつもりはありませんが」

「でも、一緒にいてやりやすいと思うんだよね」

「変な話ですね」

 

 急に変なことを言われたので、口直しも兼ねてアイスを口にする。やはり甘い。

 

「やろうと思えば私のことを監視するのだってできたんでしょ? その植物の力で」

「そうですね、見ようと思えば様子は伺うことはできました」

「でも、しなかったと」

「ピサールは真面目に動くときは、動いてくれるって知っていましたので」

 

 彼女が真面目に動いているかを調べ上げるのは確かにドリュアスの力をもってすれば簡単だ。きっと、アイスを買っている瞬間だって見逃すことはなかっただろう。それでもしなかった理由は、ピサールが行動してくれると思っていたからだ。

 

「信じた人に対しては一途だよね、ミストルティンって」

「……そんなことはないと思いますが」

「一途だよ? だって、わたしが仕事してくれるっていうの信じてたんでしょ?」

「……それは」

 

 信じていた、というのは事実だ。

 だけど、言葉にするのは気が引けた。押し付けがましいように思えて。

 

「ピサールなら、やってくれると思ってましたから」

「信じてたって言えばいいのに」

「気安くないですか?」

「そんなことないって」

 

 食べ終わったモナカアイスを片付ける。

 美味しかった。アイス好きのピサールが選んだのもあって味もしっかりしていた。

 食べ終わったのを確認して、ピサールが懐からメモ用紙を取り出した。

 

「これ、聞いてきた情報よ~」

「ありがとうございます」

「食べながら仕事の話をするのってなんだかやだからね~、それとなくだけど書いておいたの~」

「……書くのも面倒ではなかったのですか?」

「うん、面倒だった」

 

 彼女と言葉のやり取りを重ねながら、メモを確認する。

 

『活動範囲は北東部』

『月曜日のような気持ちが落ち込むような日に発生報告あり』

『怒られた日の夜、異族らしきものと遭遇。実害はなし』

『気持ちがもやもやしていた日、異族らしきものと遭遇。実害はなし』

『最近は、街の北東部に近づくと気持ちが沈むことが多かったという話もある』

 

 彼女らしからぬ真面目な文体で、メモは書かれていた。

 丁寧な文章からは、行動した経歴をはっきりと感じられる。

 

「同じ結論には至ってたみたいですね」

「そうよ~。ミストルティンのマップと合わせれば、的確に巨大異族を追えるはずよ~」

「では、いきましょう」

「わかった」

 

 目標は北東部。巨大異族はここにいる。

 今度こそ出発だ。

 

「……うん、表情も軽くなったわね~」

 

 今度は立ち上がる寸前、ピサールに顔を見つめられた。

 彼女の表情は明るい。

 

「……気にかけてくれてたんですか?」

「一人でしょい込みすぎちゃうところがあるからね。アイスも口直しになったんじゃない~?」

 

 彼女は彼女なりに、私のことを心配してくれていたみたいだ。

 私は、自分のことで視野が狭まっていたというのにピサールは私を気遣う余裕もあった。彼女は優しい。

 

「……ありがとうございます」

 

 だから、素直にお礼を言った。

 この厚意を無下にしてはいけないと思ったのだ。

 

「あっ、ミストルティンがお礼を言うなんて珍しいかもっ」

「滅多には言いませんよ」

「心の中ではいつも思ってる癖に」

「そんなことないですよ」

「あっ、そうだ。行く前に、聞いておきたいことがあったんだ」

 

 そう言って彼女は私に尋ねてくる。

 どうして、今そのことを聞いたのか疑問に思ったものの、素直に私は受け答えをした。

 ……休憩も視察も終わった。あとは、現地調査を行うだけだ。

 頭もピサールのおかけですっきりさせることはできた。後は、頑張るだけ。やれることをやるだけだ。

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