憧憬の先に映る未来   作:宿木ミル

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5 『エンカウンター』

 索敵によって目標の位置は定まった。

 街の北東部。そこに巨大異族がいる可能性が高い。

 不意を突かれないように警戒しながら、歩いていく。

 現在位置もちょうど、北東部に差し掛かった。

 

「やっぱり静かだよね~」

 

 普段はもっと人が賑わっているような場所だ。静かという方が珍しいだろう。

 

「今はその方が都合がいいです」

「まぁ、安心して武器を使えるからね~」

 

 組織として異族を撃退する集団がいるというのは一般にも知られている為、法に触れることはない。ただ、単純に一般市民が戦場にいると行動の幅が狭まってしまうだけだ。

 道路に車は見えない。

 歩いている人が歩道を進んでいる。心なしか、不安な表情を浮かべているみたいだ。

 

「巨大異族なら、ずしんって音がしてもおかしくはないと思うけど~」

「特別な音も聞こえないのは不穏さを感じます」

「なにもないのが逆に不安ってやつだよね~」

「警戒は緩めないようにしましょう」

「わかった」

 

 事前に植物で感知していた場所まで赴き、現場の様子を確認する。

 遠くから植物探知をしていて気が付くことと、現場で把握できることは違う。

 

「……今、気が付きましたがこの周辺は霧が濃いですね」

「公園よりも視界が悪いわよね~、さっき近づいた時も気が付いてたけど~」

「霧の濃さが異族の出現と関係があるのかもしれませんね。……探知してみましょうか?」

「その方が手間が省けるわよね、お願い~」

「わかりました。護衛をお願いします」

 

 再度、植物探知を行う。

 今度は近距離の索敵なのもあって、明確な目標を定めることも容易だ。

 

「標的が大きいから、そういうのを捜せば楽かも?」

「やってみます」

 

 意識を集中させて、巨大異族の位置を探る。

 巨大な気配。はたして見つかるだろうか。

 目を瞑り、植物の力を借りて状況を把握する。

 草を通じて聞こえる音。

 なにか手がかりはないか。異族の痕跡になるものを探知していく。

 談笑する声。こんな状況なのに、平和的だ。ここではない。

 買い物帰りの道で、偶然この場所を通っている人。これも関係しないだろう。それといって変な様子ではない。

 ……不安げな少女の声。迷子のようだ。周囲を見渡しては、誰かを探し求めている。

 不安感情、視覚を覆うほどの霧。異族発生の条件。

 様々な要素が頭を過る。

 この状況は危険だと。

 

「街に迷子がいます。優先して追いましょう」

「不安感情が異族の餌になるから、だよね?」

「話が早くて助かります。行きましょう」

 

 全方位の植物感知から、少女の気配を追うように調整する。

 探知性能を落とせば、意識を集中させずとも、魔力消耗を抑えながら行動することができる。

 ピサールと共に街中を走る。

 私が行先を案内することができるから、道中迷うことはなかった。

 いくつかの曲がり角を通った先の、ビル街に少女はいた。

 

「おかあさん、おかあさんー! どこ……?」

 

 いまにも泣き出しそうな声を震わせながら、彼女は歩いている。

 私たちはその様子を遠くから目撃していた。

 

「いた、あの子っ」

「すぐに向かうべきです」

「うん」

 

 ピサールと一緒に刺激させないように気をつけながら、少女に接近していく。

 一面の霧が濃い。急がないと異族が出現する。

 そう思っていた矢先だった。

 

「ミストルティン、あれっ」

「……巨大異族っ」

 

 少女の後ろから、大きな影が現れた。……巨大異族だ。

 彼女自身の不安感情から発生したわけではない。彼女の不安を取り込もうと、出現したのだ。

 巨大な斧を携えて、少女に振りかぶろうとしている。

 

「この距離でもっ……!」

 

 棘のない蔦を伸ばし、少女の身体を引っ張る。

 

「わ、わっ」

 

 少女の身体をぐっと支え、彼女の安全を確認する。

 問題ない、怪我はしていない。

 振りかぶられた斧は地面をえぐり、道路を傷つけた。

 

「活動的になってたなんてね」

「ちょうど、この瞬間に動き始めたのでしょう。運がよかったと思うべきです」

「悪運かもしれないけど~」

 

 一撃で仕留めるつもりだったのだろう。

 地面に突き刺さった斧を持ち上げるのに異族は時間が掛かっている。

 

「ピサール、攻撃を」

「わかった~」

 

 状況の説明を行う都合、私は動けない。

 不用意に一般人を危険に触すようなことはしてはいけないのだ。

 異族に対し、ピサールを向かわせて、私は少女との会話に対応する。

 

「あ、あの、おねえちゃんたち、だれ……?」

「街を守る魔法少女です。悪い敵に襲われていたので、急ぎ、助けました。強引な手段を取ってしまい、申し訳ありません」

 

 異族を撃退する為に派遣された人と言うのは簡単だ。

 ただ、それを言うと疑問を抱かれてしまうと思い、魔法少女という言葉を利用した。

 

「ま、まほうしょうじょさん?」

「はい。本当は迷子であるあなたを助けようとしていたのですが、悪者と戦うことになってしまったので、今、助けました」

「そ、その……ありがとうございます」

「下がっていてください、近くにいると危ないですよ」

「う、うんっ」

 

 どうにか言いくるめることができただろうか。

 存分に武器が振るえるような位置まで、少女が下がってくれた。

 異族と撃ち合いをしていたピサールが私の隣に戻り、くすっと笑った。

 

「嘘も方便だよね」

「使える手段を取ったまでです」

 

 当然、私には魔法少女としての資格はないと思っている。

 けれども、安心させる言葉としては相応しいと考え使っただけだ。

 

「敵は想像よりずっと硬いよ?」

「大型異族には刃が通りにくいと」

「そういうこと~」

 

 武器を構えながら、異族と向き合う。

 敵は巨大。戦いにくい相手だ。

 

「それでも、戦う以外の選択はとれませんね」

「守ってる人がいるからね」

「いきましょう」

 

 正面から異族が走り、襲ってくる。

 

「絡め手を」

 

 対応するように蔦を伸ばす。狙いは、足。

 異族の両足を封じ、動きを封じる目論見だ。

 

「グギャギャ!」

 

 叫び。その声と同時に、右足の蔦を引き千切ってきた。

 

「力が強い……!」

 

 せめてバランスを崩そうと左足の拘束を続けるも、敵の勢いを殺しきれていない。

 

「やぁっ!」

 

 ピサールが跳び、胴体に突きを入れようとしても、片手に持った異族の大斧に遮られ、阻まれれる。

 動きを拘束して、トドメを加える。そのやり口がまったく通用しない。

 斧を持っていない左の手で、ピサールが薙ぎ払われる。

 

「助けます」

 

 衝撃を緩和できる蔦の壁を作成。

 即座に彼女の動きに対応する。

 

「う~ん、やっぱり分が悪いかも?」

 

 ピサールが苦笑しながら話す。

 そこまで大きな怪我にはなっていない。大丈夫そうだ。

 

「こちらからも攻めないといけませんね」

 

 ピサールのみに負担を掛けさせるわけにはいかない。

 そう思い、敵に攻撃するための蔦を召喚する。

 棘が付いた、大型の蔦だ。

 

「グギャギャギャギャ!」

 

 笑い声にも似た叫び声をあげながら、巨大異族が迫ってくる。

 あの質量の一撃でも攻撃を受ければ、即死の可能性すらある。

 対応しなければならない。

 

「そこです」

 

 鞭を振るうように、巨大異族の両腕に攻撃を襲わせる。

 しかし、怯みもしない。

 少しの傷は負っていたとしても、容赦なく動いてくる。

 このままでは危険だ。

 そう思い、繰り返し、攻撃を仕掛ける。

 

「ミストルティン、危ないっ」

 

 ピサールの言葉にはっとする。

 そう、異族はもう目前に迫っていたのだ。

 

「グギャギャア!」

 

 雄たけびの声をあげて、斧が振り下ろされる。

 

「せめて」

 

 今まで攻撃に使っていた蔦を、すべて、防御に転用。

 ほんの少しの瞬間だけ、斧の動きを食い止める。

 しかし、頑丈にできているわけではない植物で耐えることには限度がある。

 私にできたのは、直撃を喰らわないように身を逸らし、斧から回避することだけだった。

 

「……っ」

 

 直撃を待逃れたとしても、衝撃を回避することまでは対応できなかった。

 硬い路上を転がり、全身に切り傷を負ってしまった。

 

「こういう時は~」

 

 ピサールがいくつか攻撃を加え、巨大異族の視界を集める。

 

「不利な、状況ですね」

 

 その瞬間を利用し、形成を立て直す為に立ち上がる。

 

「巨大異族が帰ってくれればありがたいんだけどね~」

 

 適度に攻撃を加えたピサールが私の付近に戻り、ぼやいた。傷は少ないものの、彼女もも息が上がっている。

 

「私たちの前で活動的になっている以上、見逃してもらうのは難しいと思います」

「敵が素早い以上、下手に逃げたりした方が危険よね」

「それに、撤退するわけにはいかない理由もあります」

 

 迷子の少女を置いていくことはできない。手を差し伸ばしたのに、裏切ることはしたくはない。

 

「う~ん、もしかしたら誰か、死んじゃうかも?」

「……そうならないように、戦うしかありません」

 

 長期間の戦闘になると、疲労がたまり不利になる。

 それでも、戦うしかない。

 このままでは、死が待ち受けている可能性が高い。

 ピサールは軽い感じに言っているけれども、着実に追い詰められているという事実が、死を感じさせる。

 ……漠然とした不安がよぎってきた、その時だった。

 

「……お、おねえちゃんたち、がんばれーっ! まけないでー!」

 

 さっきの少女が後ろから大声で、声援を飛ばしていた。

 

「グ、ギャ、ギャ……?」

 

 不安を喰らおうとしていた巨大異族は、その声を聞いて困惑していた。

 応援は、希望の声。つまり、不安とは逆の感情を感じ取っているのだ。

 不安を抱えていた少女の希望。それが、異族の隙を作っている。

 

「……そっか、魔法少女だもんね。負けちゃ駄目だよ」

 

 ピサールが息を整え、武器を構える。

 その表情は、諦めの表情ではなく、未来を信じているような明るいものだった。

 

「ほら、言い出しっぺのミストルティンも、声援には答えないと~」

「……私は」

 

 魔法少女ではない。

 そう言おうとした。

 希望を背負って戦うような器は持っていない。自分を卑下してばかりで、他人と比べることをやめない、劣等感が強い存在。評価されることばかりを考えて、常に不安を抱えている私が、魔法少女を騙ったことにだって、本当は罪悪感を持っている。

 ……それでも。

 

「がんばれー、しょくぶつでたたかうおねえちゃん! やりをもったおねえちゃん! まけちゃだめー!」

 

 私を応援してくれる声がある。

 私を、私たちを魔法少女と信じている少女がいる。

 その声には応えたいと思った。

 私に希望という言葉が似合わないとしても。

 明るい私なんていう存在があり得ないとしても。

 

「負けるつもりは、ありません」

「そうこなくっちゃ」

 

 今は、今だけは、魔法少女として戦おう。

 彼女の期待を背負って、正義の為に戦う。そう決意した。

 ピサールのように、割り切って考えきれるわけではない。それでも、負けられないという意思は、確かに沸いてきた。

 

「ピサール、時間を稼いでくれませんか」

「なにか策はあるの?」

「一撃で倒せるように、全ての魔力を集中させます」

「必殺技だね?」

「……失敗したら、状況を覆すことはできません。それでも、請け負ってくれますか」

 

 ピサールの槍も通じない。

 私の蔦も通用しない。

 そうなると、残された手段はひとつだけとなる。

 彼女には危険な賭けに付き合ってもらうことになる。

 

「いいよ。ミストルティンを信じる」

 

 ……それでも、彼女は請け負ってくれた。

 信頼という言葉を持って。

 

「ありがとうございます」

「家に帰ったら、葡萄酒をいっぱい要求しちゃおうかしら~」

 

 軽い言葉を交わして、ピサールは巨大異族の足止めに走っていった。

 

「……葡萄酒を呑む、魔法少女なんているのでしょうか」

 

 ピサールの言葉に緊張をほぐしてもらいながらも魔力を展開する。

 自分の魔力、自然の活力。そして、応援してもらった勇気の思い。それら全てを受け止めて、力を集中させていく。

 本来は太陽光も利用して放つ技なものの、霧に包まれた状況、やれることは魔力を込めるくらいしかできない。

 

「あとどれくらい~?」

 

 槍で攻撃を受け止めているピサールが問いかけてくる。

 

「まだ、かかります」

「いつになったらいいの?」

「私が合図を掛けます。その時に、動きを止めるような一撃をお願いします」

「わかった」

 

 ピサールが異族とぶつかり合う。

 決定打が足りないのもあって、異族を怯ませるまでは至らないものの、敵の視線を集めてくれている。

 今、私に期待を寄せてくれている。その期待を裏切るわけにはいかない。

 魔力を収束させて、異族に狙いを定める。そして、衝撃を抑える為に、自分自身と地面を蔦で縛る。街に被害を出すわけにはいかない。狙う位置は着実に定める。

 

「いけます」

「じゃあ、こっちも本気を出そうかな~」

 

 そう言葉にすると、彼女は槍を地面に差し、蛇の力を纏わせた。

 

「これやっちゃうと手持ち無沙汰になっちゃうから、とっておきなのよ~」

 

 槍を遠隔的に操り、巨大異族の足元を巡る。

 その動きはまるで、蛇そのもの。

 獲物を喰らう蛇のように、敵の動きを束縛していく。

 

「噛みついてもきっと甘噛みくらいになるから、ミストルティンがなんとかしてね?」

 

 巨大異族の周囲を覆っていた蛇の槍が襲い掛かる。

 狙いは右足。

 蛇が獲物を捕らえるように噛みついた槍は、巨大異族の足を襲った。

 

「ギャギャ!」

 

 致命傷にはなっていない。

 それでも、その攻撃の影響で巨大異族が膝を付いた。

 今が、好機。

 

「……この一撃で、消し去ってみせますっ!」

 

 集中させていた魔力を杖から解き放つ。

 狙いは巨大異族の胴体。

 収束した光が放出され、光線が直撃する。

 

「ギャッ!」

 

 しかし、貫けない。

 あと、もう一押し、力が足りない。

 

「まだ、です……!」

 

 魔力が尽きるその瞬間まで、全力を尽くす。

 そう決めたのだ、だから負けられない。

 

「がんばれー! がんばれー!」

 

 応援してくれる声だってある。

 ……期待に応える為に、私は今、戦っている。

 信頼してくれる声が、私に力を与えてくれる。

 

「やぁあああ!」

 

 信頼に応えてみせる。

 気合の声と共に、魔力を全開まで使い切る。

 

「ギャアアア!」

 

 その瞬間、光線が巨大異族の胴体を貫いた。

 致命傷を負った異族は静かに消滅していき、やがて何もなかったかのようにいなくなった。

 

「ミストルティン、お疲れ様~」

 

 ふらっと倒れそうになったところをピサールが支えてくれた。

 

「……霧は、どうなりましたか?」

「霧?」

 

 ふと、見てみると、ずっと靄がかかっていたような霧は消えていった。

 夏の太陽が空から私たちを照らしている。

 

「元通りになっちゃった」

「……涼しい方がよかったんですか?」

「まぁ、霧についてはね~」

「……ピサールさん」

「でも、異族が倒せたって言うのはやっぱりよかったって思ってるよ?」

「そうですよね」

 

 疲労が貯まっているのは事実なものの、ずっと休んでいるわけにはいかない。

 立ち上がり、少女の元に赴く。

 

「悪い敵はやっつけました。もう襲われる心配はありませんよ」

「かっこいい……」

「え……?」

「かっこよかった! すごくっ!」

 

 目を輝かせて、少女が私を見つめてきた。

 そう言われると思っていなかったので、困惑する。

 

「そんなこと、ありませんよ」

 

 卑下しようとしたその時だった。

 

「ミストルティン?」

 

 ピサールが静止するような目を私に送ってきた。

 どうして、と思ったもののすぐに頭の中で答えが見つかった。

 何かをできる人が卑下するというのは、憧れを壊してしまうの可能性だってある。少女の憧れを壊してしまうのは、魔法少女としてよくないことだろう。

 言葉を改める必要がある。

 

「あなたの応援と、信頼できる仲間がいたから勝てたんです。……私ひとりの力ではありません」

「じゃ、じゃあ、わたしもまほうしょうじょさんとたたかえたっこと?」

「そういうことです」

「やったー!」

 

 ぴょんぴょんと、喜ぶ仕草を見せる。

 その純粋な姿に心が暖まる。

 

「ただ、無理はしないようにしてくださいね。お母さんも心配してると思いますから」

「おかあさん……あっ、そうだった、おかあさんをさがしてたの!」

「どうするの~ミストルティン?」

「特徴さえ教えてくれればなんとでもなります。お母さんの洋服など、教えてくれませんか?」

「こんいろのふく! やさしくて、やりのおねえちゃんくらいのおおきさ!」

「探してみましょう」

「そんなこともできるの?」

「えぇ、魔法少女ですから」

 

 私は本当は魔法少女ではない。

 それでも、信じている彼女には魔法少女として見えているのなら、そう演じきろう。そう思った。

 ふと、一緒に戦っていたピサールの方に目がいった。

 微笑ましいものを見るような瞳で私を見ていた。

 

「ピサール、何かいいことでもありましたか?」

「ううん、面白いミストルティンが見れたから、満足かな~って」

「気にしないでください。一緒に探しますよ」

「は~い」

 

 三人で、少女の母を捜しに街を歩いていく。

 ここでめんどくさいと言わなかったのは、彼女も彼女なりに魔法少女を意識しているからなのかもしれない。変なところで意思疎通できているのが私でも不思議だった。

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