時に狂おしく、でもとても移ろいやすいもの。
その花の名は、恋。
時にありふれて、でもとても得がたいもの。
その花の名は、愛。
好き。嫌い。好き。嫌い嫌い嫌い。好き。
その花の名を、私は知らない。
Frederica Bernkastel
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私はそこにいた。
そこはただ、たくさんのカケラだけが置き物のように転がっている場所。他には何もなかった。
そこで私は、
とても短いような、でもとても長い時を過ごした後、彼女に腕を引かれて歩き出した。
何も見えない暗闇に包まれた場所をいくつも通り越えてゆくと、不意に光が満ちた。
――私は帰ってきたのだ。
見慣れた光景の中に戻ると、自分が今までいたあの場所のことを思い出せないことに気づく。でも、きっとそんなことはどうでもよくて――だって彼女はとても綺麗な笑みを浮かべて、私の帰還を何よりも喜んでくれていたから。
「おはようございます。それから……おかえりなさい、
まばゆい朝日の中で優しく微笑んだ彼女の顔は、こちらからは逆光になって、私は少し目を細めたんだ。光のせいだけじゃない。その時の彼女は、なんだかとても
その彼女の姿は、まるで太陽の光の中に吸いこまれるように消えた。
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そして――
気がつくともう彼女の姿はなく、私は自分の部屋の布団の中にいた。
閉じられたカーテンを透過する朝の光。窓の外ではスズメたちが一日の幕開けを
……今はいったいいつだろう。
まだ感覚のおぼろな腕を顔の前にもってくる。細く蒼白い肌の、子供の腕。折れそうなほど頼りなげな指の先、爪は綺麗に切り揃えられている。
よく見知った自分の手だ、見るだけでおおよその年齢の予想はつく。たぶん一〇歳くらいだろうか――それとももう少し成長しているかもしれない。
私はもそもそと起きだすと、まだ隣の布団で眠っている
――さ、鏡を見る前に答え合わせを始めようじゃない。
この瞬間はいつも胸のドキドキをおさえられない。怖い、けど早く知りたい――そんな気持ち。そして薄暗がりの中、カレンダーの文字を確認した私は、
「…………ッ!?」
絶句した。見間違いじゃないかと何度目をこすってみても、印字された文字はけして変わることはなかった。
「これはどういうこと? ねえ、ねえったら!」
しかし答える声はなく、部屋の中はしんと静まり返っている。沙都子の安らかな寝息だけがたまに聴こえていた。
おかしい、こんなことは初めてだった。彼女――羽入はいったいどこに行ってしまったのだろうか……。
昨日の日付は六月一一日、土曜日。
そして年号は――昭和五八年……!!
「また、短くなってる……」
渇ききった喉から出た自分の声は、まるで年老いた老婆のように
落ち着け、私……。大丈夫、ほら、深呼吸して……。
大きな衝撃を受けながらも、そうやって自制することでなんとか平静を取り戻す。
もともとある程度は予想していたことだった。
転生して再び始まる日が、徐々に
私はきゅっと下唇を噛みながら、カレンダーの一枚を引きちぎった。この何でもないはずの行動がどれほどの苦痛であることか、きっと余人にはわかるまい。ある日を境に、そこから先のカレンダーは私にとって無意味の長物となるのだ。だからこの無造作に破り捨てられた一枚は、まさに私の命の花びらそのものだった。
「……っ……」
自分が強く口唇を噛みすぎていたことにようやく気づく。そっと痛むところをなめると
ああ――私は
「ん……、んー、梨花?」
不意に沙都子が目を醒ましたので、私は何かのスイッチが入ったように瞬時にして『
「おはようなのです沙都子。みー、まだ朝の六時なのですよ」
「……ん、梨花こそ、こんなに早起きしてどうなさいましたの?」
ぼんやりとした
「何でもありませんです。ただ少し早く――」
いえ、とても遅く……。
「目が醒めてしまっただけなのですよ。にぱー☆」
「……? 朝から妙に機嫌がよさそうですわね。変な梨花……」
沙都子はそう言うと、「あと三〇分~」とつぶやきながら再び横になってしまった。
私は彼女が目を閉じたのを見計らって、そっと吐息する。機嫌などよいはずがない……。残された時間はたぶん、短くて十日、長くとも半月ほどしかない。たったそれだけの期間で、いったい何をどうしろと言うの……。
深く沈思したまま、私はその場で立ち尽くしていた。