ひぐらしのなく頃に・絶 /小説Ver   作:soatok

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六月二〇日 月曜日

 翌日の学校はずっと眠気との戦いだった。

 授業中にうつらうつらとしてしまい、教師の知恵(ちえ)に叱られたりしてもう最悪……。

 だってしょうがないじゃない、こんなもう何千回解いたのかもわからない算数のドリルなんて、答えはおろかどこに何の問題があるかすらすべて暗記してしまっているくらいなんだから。くだらないくだらない。眠っていたほうがよっぽど私自身のためになるわ。

 そう思いながらも口答えなどせず、眠気と不満に耐えてなんとか午前の授業をのりきった。

 私以外のみんなはいつも通り元気溌剌(はつらつ)で、昼休みになると居眠りのことをからかってくれたりした。それから話題は昨晩のお祭へとシフトし、皆で感想を口々に言い合っては談笑を始めた。

 けれど私は自分から積極的に会話に参加することはせずに、相槌を打ってばかりだった。

 やがて仲間たちと視線を合わせることを無意識に避けてしまっている自分に気づいた。きっと昨夜、沢で感じた嫌な気分がしこりのように残っていたせいだ。

 ……いつまでも引きずっているわけにはいかない。あれはすべて自分の悪い思いこみだ――そう納得しようとするが、どうしてもうまくいかなかった。そのうちに頭がグルグルしてきて、体調が悪いのが先か気分が悪いのが先なのかすらわからなくなった。

「梨花ちゃん、顔色がよくないけど大丈夫? 保健室に連れてってあげた方がいいのかな……かな?」

 レナはやっぱり人一倍面倒見がいい。ほんとうに私のことを心配してくれている様子を見て心苦しさを感じた。

「大丈夫なのですよ。ただ寝不足で疲れているだけなのです」

 無理をして笑ってみせたが、レナはまだ不安そうな顔をしていた。

「もう、梨花ったらお祭の興奮が忘れられずに寝つけなかったに違いありませんわ。昨晩は遅くまで一人でゴソゴソと何かしていたようですし」

「ぷ……梨花ちゃんったらひとり(あそ)びなんかして、イケナイ子なんだぁ」

 何を勘違いしたのか魅音がいやらしい笑顔を浮かべて見てきたので、なんとなく恥ずかしくなってぷいとそっぽを向いた。

 寝つけなかったからといって、べつに何かをしていたわけじゃない。いつものように秘蔵のワインを出して、ちびちびとやっていただけだ。羽入はあれからずっと『眠り』続けているのかちっとも姿を見せないので、たしかにそれが孤独な時間だったことは否めないが……

 魅音は私がノッてこないのでそれ以上からかうことは自粛したらしい。ふと何か思いついたように席を立つと、しばらくして戻ってきて水で濡らしたハンカチをこちらに差し出した。

「これ、よかったら使いなよ。額に当ててると冷たくてきもちいいよ」

 びっくりした顔を向けると、魅音はニッと朗らかな笑顔を返してきた。

 沙都子もお手洗いはいいかとか背中をさすろうかとか、ちょっと大げさなくらいに気をつかってくれていた。

 思わず泣きたくなった。みんな仲間思いで、とても優しくて……昨夜、彼女たちを心の中で軽蔑すらしていた自分が恥ずかしかった。やはり昨日のあれは何かの思い違いで、自分の方こそがまちがっているんだと強く思った。

 結局、放課後になっても体調は回復せず、その日の部活は自然とお流れという雰囲気になった。圭一などは特に欲求不満げに見えたが、私の体調不良をおしてまで敢行するということはなかった。

 さすがに少し申し訳なく思ったけど、「明日のために体調を整えておくことの方が大事だよ」とレナが言ってくれたので、先に帰宅することにした。

 みんなまだ話し足りなそうだったし、これ以上気をつかわせてしまうのは嫌だったので、送っていくとしつこい圭一やレナを説得して私は一人で教室を出た。

 早く帰って、お昼寝でもして、そして目が醒めたらきっともう大丈夫だ。私はまた仲間たちと心から笑い合えるだろう――そう疑わずに学校を後にした。

 ……だが、そんなふうに注意力が散漫になっていたのは、完全に私の不手際だった。

 この日、私は眠気に負けて『ある重大な出来事』を見落としていたのだ。後日、そのことをひどく悔やむことになるなんて……その時は思いもしなかった。

 

 

 

 田んぼに囲まれた帰り道を一人で歩きながら、私はぼんやりと物思いにふけっていた。

 頭の中は、綿流しの祭の数日後――遅くとも数日以内に確実に訪れる私自身の死のことでほとんどが占められていた。

 そう、早ければもう今夜にでも、私の命運は尽きる。

 

  カナカナカナカナ、カナカナカナカナ――――

 

 橙色(だいだいいろ)の光に染まる田舎道。

 ひぐらしの鳴く声に包まれた通い慣れた帰途。

 見渡す限りの自然。

 最低限の人工物。

 広大な山々に囲まれたこの小さな村が、私の井戸の中。

 それが不満なんじゃない。井戸の外なんて知らなくていい。ただ――生きたいだけだ。

 どうしてそんな小さな願いすら叶わないのだろう。

 羽入と離れ、仲間とも一緒じゃない時間はとても珍しい孤独の時。少し憂鬱な気分なのはそのせいだった。

 百年という時間が長いのか短いのか、今の私にはわからなかった。終わってしまった時というものは不思議なもので、ひどく長かった気はするのに、とても短かったような気もするからだ。

 ただわかっているのは、苦痛……。この痛みは肉体ではなく心を――魂を少しずつ、けれど確実に削りとっていくということだけ。

 私の魂はもうヒビだらけだった。あと百年をこの籠の中で存在し続けることは、きっと不可能だろう。

 焦りを覚える一方で、この世界で私は死を回避するための手段をまったく用意していない。私の切望する『奇跡』――『七の目』も、いまだその存在すら疑いたくなるほどに影すらも見せていなかった。前の世界のアレは、ひょっとしたら幻だったのかもしれないと不安になるほどに。

 よって結果は見えているのだ。近い未来、これまでがそうだったように、死はけして避けられぬ運命としてこの身を蝕むだろう。

 けれど……諦めはついている。

 それはけして強がりではなかった。この世界は、最初はただのダメな世界だと思っていたけれど、今までの私が気づかなかった――気づけなかった等身大の自分を教えてくれた。

 年頃の一介の小娘としての自分。

 同じ目線に立って見る仲間たち。

 それは一見すべて当たり前のことで、だからこその盲点としか言いようがない。

 それに気づくことがおそらく、この世界のもつ最大の意味。次の世界ではこのさらなる発見を足かけにして、今度こそ私の魂を永遠に縛りつける昭和58年の6月を乗り越えよう。

 だから今回はダメでもいいんだ――って。

 そう、思っていた。

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