ひぐらしのなく頃に・絶 /小説Ver   作:soatok

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六月二二日 水曜日

 圭一が欠席した。

 その日、私は朝から異様な不安に襲われた。

 ただ圭一がいない――それだけのことが、まるでこれから始まる悲劇の幕開けであるかのように感じられたのだ。

 毎朝彼を迎えに行っているレナの話では、圭一は風邪を引いたとのことらしいが、そのレナも具合が悪そうにずっとふさぎこんでいた。

 同時に訪れた二つの異変によって、私たちグループは妙にぎくしゃくとしていた。さらに悪いことは重なり、はたして嫌な予感は的中した。

 それは昼休み、いつもより1つ少ない4つの机をくっつけ合ってお弁当を食べ終えた後のことだった。ずっと元気がないように見えたレナが、急にこんな告白を始めた。

「……わたし昨日ね、圭一くんにひどいことを言ったかもしれない」

 うつむいたレナの沈痛な面持ちは、それだけで何か異常を感じさせずにいられないほどだった。魅音も沙都子も私も、驚きの目でそんな彼女を見つめていた。

「どういうこと? かまわなければ話してみて、おじさんたちが相談にのるよ!」

 魅音が頼もしげに胸をぽんと叩いた。

 レナはしばらくじっと黙りこんだ後、やがてぽつりぽつりと話始めた。

「始まりは一昨日だよ。梨花ちゃんが具合が良くなくて先に帰っちゃった後、圭一くんに来客だって知恵先生が呼びに来たでしょ? それで、レナもその時たまたま帰ろうとして教室を出たんだけど……下駄箱でね、知らないおじさんと圭一くんが何かを言い合っているのを見ちゃったんだ」

 それを聞いても魅音と沙都子は頭をひねっていたが、私は愕然として言葉を失っていた。

 まさかあの日に、そんなことがっ……。

「知らないおじさんって、雛見沢の人間じゃありませんの?」

「ううん。だってそのおじさん、警察手帳をもってたもの。それも雛見沢の駐在所にいるお巡りさんじゃなかった。きっと興宮(おきのみや)の警察署から来た刑事さんか何かだよ」

大石(おおいし)だ!」

 魅音が大声をあげた。

 レナと沙都子は驚いたように顔を上げたが、私だけはうつむいたまま何の反応も返さなかった。返せなかった。ただ激しく悔やんでいた。

 大石蔵人(くらうど)――〝オヤシロさまの祟り〟を長年追い続けている興宮署の刑事。彼が毎回、最初にメンバーの誰に接触してくるかということは、その世界が今後どのように発展していくのかを知るために極めて重要な要素だった。それを私は一昨日、寝不足などというふざけた理由で見過ごしていたのだ。なんという不覚……ッ!!

「そいつ、太り気味のけっこう歳いってるジジイだったんじゃない? ここいらじゃわりと有名な刑事だよ。今度は何を探ってるんだか……まさか圭ちゃんに接触してくるなんてね」

「レナ、話を続けてくださいです!」

 怒りをにじませている魅音の方に目を奪われていたレナは、私の言葉を受けて続きを話し始めた。

「それで……その大石さんと圭一くんはすぐに車の中に移動しちゃったから、何の話をしていたのかまではわからないんだけど……昨日、帰り道で圭一くんがね、レナに向かって急にこんなことを訊いてきたの」

 その時のことを思い出したのか、レナはきゅっと下唇を噛んだ。膝の上に揃えておいた手が細かく震えていた。

 そして次に発された言葉は――――

 

 「レナたちは俺に嘘をついてるよな? 隠し事してるよなっ?」

 

 …………あ…………

 それを聞いた瞬間、私の脳裏に鮮烈な情景がありありとよみがった。

 あ……ああ、あ…………ッ!!

 それは強烈な既視感――いや、既視感なんかじゃない。たしかに、確実に、見たことのある光景そのものだった。

 私は知っている。

 この世界を知っている……

 この先に待ちうける、すべての結末を知っている……!!

 もうこれ以上、レナの話を聞く必要すらなかった。

「なんてことなの……」

 呆然とする私の口から、小さな嘆きの声がぽつりと洩れた。

 ……ダメな世界だと思っていた。わかっていたつもりだった。でも、甘かった。

 なぜならこの世界は、以前訪れた世界の――とてもダメだった世界の焼き直しだ。

 ただのダメじゃなくて……ダメダメダメダメダメダメな世界だった!!

 すさまじい徒労感と絶望に似た感覚が胸に去来する。

 ……これは、何て言うんだろう。ものすごく空虚なきもち。たとえば、あまり仲の良くないクラスメイトとかが、私からすれば無駄で滑稽で絶対に失敗するとわかりきっていることを、真剣に一生懸命に頑張っている様をはたから見ているのに似ている。

 ああ、時間の無駄ね。あらあら、まだやってるわ、もういいかげん懲りないのかしら。ほら、ほんとうは自分でも気づいているんでしょう? やめちゃいなさいよ、どうせできっこないってわかりきってるんだからさ。

 そんなふうに上から見下ろして、口出ししたくなる奇妙な優越。でも実際には何も優越なんて存在しないから、結局それはただ空虚なものでしかなくて……それが今、私の眼前に広がる光景にもぴったりと当てはまった。

「変だよね……どうして圭一くんは急にそんなこと言いだしたんだろう。だってレナたちは隠し事なんてしてないし、個人的な秘密なんて誰にでもあるものでしょ?」

 私たち三人の誰も口を開かなかった。きっと魅音も沙都子も、色々なことが頭の中をよぎっているに違いない。けれどそれは全部、関係のないことばかりだ。だって圭一が求める『答え』なんて、世界中のどこにも存在しないのだから……

 レナは私たちのことなどお構いなしに、虚ろな目のまま一人でずっと喋り続けていた。

「だからね、わたしは逆に聞き返したの。じゃあ、圭一くんはどうなのかな?――って。あはは、圭一くんそしたら急に蒼ざめた顔になって『してない』だってさ。……でもレナは知ってるんだ。圭一くんが警察の人と何の話をしてたのかはわからないけど、それはきっとレナたちにも関係あることなんだよ。じゃないと急に圭一くんがそんなことを言いだすはずがないもの。ね?」

「うん……それは、そうかもね」

 魅音が困惑したように相づちを打ちながら、不安げな目をレナに向けた。たまにレナは情緒不安定におちいることがあり、魅音はそのことを心配しているのだろう。

 実際、レナの様子はおかしかった。最初の頃の沈んだ様子はなりを潜め、あくまで静かなたたずまいなのに、その目にはギラギラとした異様な光が宿っていた。

「圭一くんは嘘ばっかり。レナのことを問い詰めてた本人が嘘ばっかり。大石さんて人のことも隠したがってたみたいだったから、『あのおじさんと何の話をしたの?』って聞いたら……アハハ、すごく慌てて『みんなとは関係のない話だよ!』だってさ。そこでいきなり『みんな』なんて言葉が出たら、とっても怪しいよね。だからレナは少しムカついたんだ。ほんの少しだよ? イラッてしちゃったの。嘘ばっかりの圭一くんが悪いんだよ。アハハ、わたしはとっても嫌な気分になっちゃったから、つい――」

 

 

 

 「 嘘 だ ッ ッ ッ ! ! 」

 

 

 

「……って、怒鳴りつけちゃったんだ。それから、驚いて立ち尽くしてる圭一くんにね、『圭一くんにだって内緒や隠し事があるように、レナたちにだってあるんだよ?』って。そんなふうに言っちゃって……」

 レナはそこできゅっと口をつぐんだ。場には重い沈黙だけが残った。

 その沈黙を最初に破ったのは、意外にも沙都子だった。

「それは……圭一さんが悪いのですわ。話を聞く限りではレナさんに非があるとは思えませんもの。ね、梨花?」

「……みー」

 私は肯定も否定もできなかった。この問題はそんなに簡単なものじゃないとわかっていたから。

 圭一がレナを『疑い』、そして『怯えた』ことが最大の問題なのだ。この経験は彼の中で、けして忘れられない(くさび)となって残る……。

「そうだね。売り言葉に買い言葉――単純な口喧嘩なんだから、原因を作った圭ちゃんの方が悪いよ。まったく、大石の野郎に何を吹きこまれたか知らないけど、そんなことで仲間を疑うなんてとんでもないよ。ま、圭ちゃんはまだ引っ越してきたばかりで大石にまつわる『黒い噂』を知らないからなんだろうけどさ。おおかた警察ってだけで絶対的に正しいなんて幻想もってんのかもよ? 都会育ちのモヤシっ子なんだから」

 魅音は場の空気を少しでも軽くしようとあははっと軽快に笑った。

 沙都子もそれに追従するようにかすかに微笑んだが、レナの沈痛な表情が晴れることはなかった。私もまた、じっとうつむいたまま顔を上げることができなかった。

「レナさんもあまり気になさらない方がいいですわ。きちんと話せば圭一さんだってきっとわかってくれますわよ」

「だけど……それからけっきょく謝ることも何もできないまま、圭一くんお休みしちゃった。どうしよう……わたしのせいかもしれない……っ!」

 うつむいたレナの瞳から、大粒の涙の雫がこぼれ落ちた。

 魅音が慌てたように駆け寄ると、優しくレナの背をさすり始める

「大丈夫、圭ちゃんはただの風邪だよ。レナは悪くないし、すぐに仲直りできる。ね、大丈夫だから……。そうだ、じゃあさ、今日さっそくお見舞いに行こう? わたしが一緒なら平気でしょ? 美味しいおはぎでも作って持って行けば、圭ちゃんきっと喜んでくれるよ。それでさ、お見舞いついでに圭ちゃんとも仲直りして、そうしたら明日からまたみんなで笑い合えるよ、きっと!」

 魅音は泣きじゃくるレナを優しく(さと)し続け、沙都子はもらい泣きするように瞳を潤ませていた。

 ……私はついにいたたまれなくなって、そっとその場を離れた。

 

 明日からまたみんなで笑い合えるよ――

 

 魅音のその言葉が、もうけして実現しないものだと知っていたから……。

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