ひぐらしのなく頃に・絶 /小説Ver   作:soatok

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六月二四日 金曜日(6)

 そう……これまであえて考えないようにしてきたが、私は心の片隅で彼女たちに対し大きな不満を抱いていた。

 この世界によく似た以前の世界でもそうだった。そもそも圭一を過度の疑心暗鬼におとしいれた原因は、彼女らの対応の悪さにある。圭一の破滅はけして病気のせいだけじゃないのだ。環境が――そばにいた者たちが深く関係しているのだから。

 レナや魅音はいつも圭一のそばにいた。認めるのは悔しいが、私や沙都子などよりもずっと近い位置にいた。だからこそ彼女たちは、彼を怯えさせずに安心させてあげることができたはずだ。けれど逆に圭一の心を追い詰める結果になったのは、まぎれもなく彼女らの『罪』……。

 そうだ、できないのなら初めから近寄らなければいい。そうすれば圭一は発症することもなかった。不幸の種を蒔いたのは別にしても、それに水を与え続けたのはあの女たちだ!

 魅音もレナも愚かで罪深い……圭一にとって彼女らは――『敵』だ。

 そして私はゆっくりと頷いた。もはや彼女たちのことで良心の呵責(かしゃく)を覚えることはなかった。

「はい。魅ぃとレナは、『奴ら』の手先となって動いています」

 圭一は仲間を信じる心が少しは残っていたのか、ショックを受けたように蒼褪(あおざ)めた。

 だがこれでいい……最初から彼女たちのことを信じないように仕向ける方が、きっと圭一のためにもなるはずだった。

 私は心の中で羽入に感謝した。説教臭くてウザったらしく思うこともあったけれど、あいつはずっと正しいことを私に言い聞かせてきたのだ。信じなければ裏切られることもまたないという、ただそれだけの真実を。

 顔面を蒼白にした圭一の肩が再び震え始めた。私はすぐさまその肩を抱き寄せた。この腕で抱きしめることによって、圭一の体から少しずつ恐怖が消えていくのをたしかに感じた。

「……もしかして、沙都子も、なのか?」

 顔を伏せたままの圭一が、絞り出すような声をだした。

「さ、沙都子は――」

 違うと言いそうになり、私はハッとして口をつぐんだ。

 一番の親友だから沙都子だけは違うって言うの? そんなのは欺瞞(ぎまん)でしかないでしょう? 魅音とレナだって仲間だったはずよ。それを罪深いから悪と断じたくせに、沙都子だけが敵じゃないなんて言ったら圭一が不審に思うんじゃないかしら? くすくす……

 心の中で魔女の囁く声がして、私は情けを振り払うようにかぶりを振った。

 だめだ、だめだ……こんなことじゃ私はまた大切なものを失ってしまう。ようやく手に入れたこの幸せを失ってしまう。

 ……考えてみれば、沙都子だって同じだ。

 彼女がかつて兄の悟史の発症に気づけなかったことは、まだ許せる。その頃の沙都子の精神は限界ギリギリで、自分もまた重度の病状に(おか)されていたのだから。

 だが、悟史の尊い犠牲の上に立ち直り、それなりの幸せを掴みとったはずの彼女は、今また圭一を救えなかった。沙都子もけして無関係ではないのだ。彼女も圭一に恋していたのだから。それなのに……圭一が今こんな状況にあることすら知らずに、のんびり家でくつろいでいるのかと思うと(はらわた)が煮えくりかえる!

 沙都子もまた罪深い……ならば、ここにいない悟史の代わりに、この私が罰を与えよう。

「そうです。沙都子も、魅ぃとレナにそそのかされて『奴ら』の手先になってしまいました。ボクは一人ぼっちになってしまったのです……」

 冷え切った心そのままを表すように、私の声は研ぎ澄まされた刃物のように鋭利な響きを帯びていた

 圭一はしばらくの間、愕然としたように黙りこんでいたが、やがてなけなしの元気をかき集めたような苦しい笑みを浮かべると、私の頭を自分から抱き寄せてきた。

「……俺がいる。梨花ちゃんは一人ぼっちなんかじゃないさ」

 その言葉を聴いた瞬間――私は自分が間違っていなかったことを確信した。

 まるで蕾が花開くように温かな感情が胸の中に満ち溢れ、眩暈(めまい)がするほどにきもちが高揚した。

 嬉しくて、泣きそうなくらいに胸がいっぱいで、他に何も考えられなかった。

「圭一……圭一、圭一、圭一、けいいちけいいちっ……!!」

 何度もその名を呼びながら、強く彼の体を抱きしめた。

 私はやっと手に入れたのだ。

 このきもちがきっと――『愛』というもの。

 この胸の中に鮮やかに咲き誇るその花は、何よりも尊くて、あまりに美しかった。

 私は(まも)りたい。圭一を、この胸を満たす愛情を――たとえ何を犠牲にしようとも。

 だから、ごめんね……沙都子、魅音、レナ。でもあなたたちだって同じでしょう? 自分がもし私の立場にいたら、仲間を蹴落としてでも圭一を手に入れたいと思うでしょう? そして一度手に入れたら、もう手離したくないって思うはずよ。私も同じ……そう、この愛しさだけは、もうけして手放すものか。

 私は知っている。あの綿流しの晩――奇妙で(いびつ)な女だけの会合の時に知ってしまった。

 私たちは大切な仲間同士だったけど、最大の敵同士でもあったのだ。みんながその葛藤(かっとう)の狭間にいた。クマさん一つで危うく均衡が崩れかねないほどに、私たちのいる地盤は不安定で危うかった。今まではただそれに気づかないフリをしていただけ。

 私はあの日、レナが浮かべていた優越感に満ちた表情を忘れない。

 そしてどこからか聴こえてきた邪悪な声――あれはまぎれもないレナの本性だった。そして私たちみんなの本性でもあった。あの場にいた全員が、心から圭一を欲していたのだから……。

 今こそ私は認識を改めなくてはならない。

 この世界で実際に危険にさらされているのは、圭一ではなく、むしろ私の方だった。被害妄想に取り憑かれただけの圭一には初めから『敵』など存在しない。けれど、私は……

 私もまた彼女たちと本質は同じだからこそ、わかるのだ。

 私は絶対に許さない。けして許すものか……圭一を騙し、奪ったそいつを必ず八つ裂きにして殺してやる!

 そしてそれをそのまま裏返せば――私は必ず殺される。

 そんなまさか……だなんて一笑に付すことはできなかった。今自分自身が感じている愛情の深さ、その喜びの大きさを知るからこそ、その想像は異様なほどのリアリティをもって迫ってくるのだった。

 なんのことはない、この世界の私を『殺す』のは、信頼する『仲間』たちだったということだ。

 ようやくそれを理解すると共に、ガクガクと体中が震えた。それは私にとって何よりも恐ろしい真実だった。百年もの間、ずっと拠り所としていたものが脆くも崩れ去った――その不安は筆舌に尽くしがたい。

 震えが止まらない私の体を圭一の腕が強く抱きしめ、耳もとで囁いた。

「大丈夫、俺たちは絶対に負けない。一緒にがんばって生きのびよう」

「……けいいちっ……」

 温かなぬくもりに包まれながら、その名を口にした瞬間、恐怖はバッと霧散し、愛しさと切なさが胸に満ちた。まるで魔法のように勇気が湧き起こり、強い意志がよみがえった。

 胸の奥でずっとモヤモヤとしていた何かが今、はっきりと形をなした。私が護りたいもの――護るべきものが、初めて完全に姿を現した。

 戦い続けることが私の誓い……それを教えてくれたのは圭一だった。そして彼は、今回の世界でもまたありえない『奇跡』を起こした。

 圭一こそが、すべての『鍵』なのだ。

 私を強くし、運命に抗い続ける力を与えてくれるもの。そして最高の未来へ続く扉を開くための奇跡の鍵……。

 それを失うことは、この想いだけじゃない、百年もの間ずっと追い求めてきた未来を手放すことに等しかった。

 ゆえに、私はここにもう一度、誓いをたてよう。

 ようやく見つけた大切な想いと、運命を撃ち破る大いなる鍵を、けして失くさぬように――――

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