ひぐらしのなく頃に・絶 /小説Ver   作:soatok

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六月一三日 月曜日(2)

 退屈な授業も終わり放課後が訪れた。

 解放感に満ち溢れた教室の中、しかし私の気分は冴えなかった。このまま今日は不発に終わるのかという諦め、そして不安で胸がいっぱいだった。明日だって今日と同じ結果で、いくら待っても確かめることなどできないかもしれない。そしてこんなことを続けているうちに、限りある時間はどんどん失われていく……。

 やはり自分からなんとかしないと、待っているだけでは何も進まない。そう意志を固めると、私は意気がくじける前に行動に出た。

 圭一たち中等部の生徒たちは窓際の席に固まっており、そこに沙都子も加わってすでに談笑が始まっていた。

「圭一、あの……」

 後ろから近づいて、そっと彼のシャツの裾を引っ張った。仲間たちの輪の中で笑顔を振りまいていた圭一が話を中断してこちらを向く。

「ん? どうした梨花ちゃん?」

「…………」

 うまく言い出せない。そもそも何と切り出せば不自然でなく、また率直にそうだと判断できるのだろうか……。

 思いつきの行動ゆえに私の手際のほどは最悪だった。もじもじと恥じらうようにだんまりを続けることしかできず、そんな挙動不審なのがいけなかったのだろう、

「あれー? 梨花ちゃんてば、もしかして圭ちゃんに愛の告白とかぁ?」

「えっ、えっ……!?」

 魅音とレナも興味深そうな顔でこちらに注目していた。

 ああ、他の人間までいたらよけい聞きづらいじゃないか……私は何をしてるんだ。

 でも今さら後には引けなかった。ここで引き下がったらもっと変な子と思われてしまう。

「そっ、そんなのじゃないのです。えっと、その、圭一……」

「お、おう。なんだ?」

 魅音の茶々を真に受けたものか、圭一は照れたように鼻をぽりぽりとかいた。そんな彼の仕草がなんだかとても可愛らしくて、私は思わず微笑んでいた。もしもここで、私がほんとうに『愛の告白』をしたらどうなるだろう?――そんな興味を抱くほどには余裕を取り戻していた。

 そして私は本題を切り出した。

「圭一は(おぼ)えていますですか? この教室でかつて、ボクが誓ったことを――」

 その言葉は不思議なほどスラスラと口から飛び出してきた。

「……誓った? なんだっけ?」

 圭一は数秒ほど考える素振りをした後、困ったように首をかしげた。

「どうかよく考えてみてください。圭一ならきっと思い出せるはずなのです」

「む……」

 それは長い沈黙だった。実際には数分もない時間だったのだろうが、私には永遠にも等しい長さに感じられた。

 胸中にじんわりと嫌な感覚が広がってゆく。まさか圭一は『記憶の継承』に失敗した……?

 私は慌ててその考えを意識の外に追いやる。何度も何度も否定する。そんなことあるはずがない。いや、あってはならなかったのだ。

 私の切望する奇跡――『七の目』。

 それは一つ前の世界で圭一が、『別世界の自分の罪の記憶』を思い出したことだった。彼は己の命を懸けて仲間の暴走を止めることで、かつての己の罪を滅ぼした。そして狂気に駆られた少女が起こした大事件を未然に防いだだけでなく、その世界に生まれるはずだった罪をも最小限にとどめることに成功した。

 それはありえない『奇跡』であり、だからこそ……私は誓ったのだ。

 

 

『私は数え切れない失敗に疲れ果てていた。

 だから世界が狂い出すことに諦めを感じるようになっていた。でも、……戦おうとする意志がこんなにも美しく神々しくて、そして運命すら捻じ曲げかねない、奇跡が起こせることを知った。

 だから私はあなたと共に戦おう。

 もう一度戦おう、何度でも戦おう。

 その先の未来に至れるまで、何度でも……。』

 

 

 それが私の誓い。

 圭一が気づかせてくれた強い意志だ。

 そう、すべてはあなたが私に教えてくれたから……次こそは、今度こそはと、疲弊(ひへい)摩滅(まめつ)した心を引きずりながら、それでも私はこの世界へと舞い戻ることができたんだ。

 それなのに……その圭一が何も憶えていないなんて――絶対に認められないっ!

 だが運命はいつも無情だった。次に発された彼の言葉に私の心は凍りついた。

「ごめん梨花ちゃん、悪いけどやっぱり何の話だかわからないな……」

「…………そう、ですか」

 表情を曇らせた私を見て、圭一はまるで自分に非があるように申し訳なさそうな顔になった。そんな目をされると、私はとても哀しくなってしまい、それ以上何も言えなくなる。ああ、やっぱり圭一は何も憶えていないのだと、嫌になるくらい思い知らされるから。

「ねえ梨花、さっきから変ですわよ? いったい何のお話ですの?」

「梨花ちゃんどうしちゃったんだろ。……だろ」

 沙都子とレナが心配そうに声をかけてくるが、それに応えることすらできない。

「圭ちゃんホントに心当たりないの? 梨花ちゃん泣いちゃうよ」

 魅音が茶化すように言ったが、圭一は困った顔で腕を組んだまま唸るだけだった。たまにすがるような目線を私の方にちらちらと向けてくるのが、よけいに哀しかった。

 部活メンバーしか残っていない教室を沈黙が支配する。みんながこの状態をどう脱していいのかわからないようだった。

 当事者たらぬ他のメンバーは口出しすることを(はばか)られたのか、圭一が早く思い出してくれるように祈ることしかできないようだ。その圭一は自分が思い出すことで沈黙を打破しようと必死だったが、記憶の継承が失敗したのなら、いくら考えたって私の望む答えが返ってくるはずがない。もし仮に、今はまだ思い出せないだけだとしても、何をきっかけにすれば記憶が目醒(めざ)めるのか私にはわからない。その条件がこの世界で揃うという保証もない以上は、もはや彼に前回の『奇跡』を求めることは絶望的なのだ。

 私はその時になってようやく悟る。これ以上こうしていても無駄だと。

 そう、この世界はきっと……ダメな世界だ。

 きっと私はまた失敗して殺される。完膚無(かんぷな)きまでに惨殺される。運命をくつがえすことはできない。なぜなら、その鍵を握るはずの圭一がすでにダメなのだから。

 最低でも六の目が必要なこの時に、いきなり一の目が出た時の絶望感――それは虚無的なまでの諦めに変わり、私を抜け殻のようにさせた。

 だが、そもそも前回に初めて目にした『奇跡』が、この世界でもきっとまた起こるなんて期待していたこと自体が愚かだったのだ。ああ、そうさ。奇跡なんてものはそうそう起こらないから奇跡なんだ。そんな簡単なこと初めからわかりきっていたというのに、百年を生きる魔女ともあろうものが何を勝手に期待を膨らませて勝手に落ち込んでいるのか。……バカみたいだ、私。

 とにかく、そうと割り切れば後は簡単な話。私の未来を阻む『確実なる死』までの限られた時間を、無駄に費やすことこそ愚の骨頂だった。どうせダメなのだから、それまでの時間を愛すべき仲間たちと共に楽しく過ごそう。心から笑おう。これまでいくつもの『ダメな世界』を繰り返し乗り越えてきたのだから、今さらこの程度のことで衝撃など受けるものか。哀しむものか。……泣くものか!

「にぱー☆」

 私がにっこりと笑うと、みんながきょとんとした顔を向けてきた。

「圭一はやっぱりおバカなのです。いくら思い出そうとしたって、知らないことは思い出せるはずがないのですよ」

 ああ、それはなんて哀しい言葉だろう。あれほど切望していた奇跡の否定を、私自身の口がしなきゃならないなんて……。

 だけどいいんだ。このダメな世界への諦めと早めの訣別(けつべつ)の意をこめて、私はあえて何でもないふうを装ってにこやかに笑い続けた。

「――ぷっ。圭ちゃん、ハメられたねぇ」

 魅音がクスクスと意地悪く笑うのを皮切りに、レナと沙都子もどっと笑い出し、同時に圭一が怒マークを額にくっつけてこちらに襲いかかってきた。

「こ、このタヌキ娘! さんざん意味深に問いかけといてオチがそれかよっ!? 今日という今日は許さんッ!!」

 私はひらりとその手をかわす。

「みー☆ けいいちに婦女暴行されますです」

「オホホ♪ 梨花、早く逃げないとお嫁にいけないカラダにされてしまいますわよ」

「はぅぅ! 梨花ちゃん頑張って逃げてー!」

 これだ……この感じ。いつもの楽しいやりとりの始まりを告げる空気。

 そう、これでいいのよ。私は嫌な気分を振り払おうとして、やけくそ気味にはしゃいで逃げ回った。圭一になんてむざむざ捕まるような私じゃないんだから。

 と思っていたのだけれど……意外なことに、私はあっさりと圭一の腕に捕まってしまった。

 あれ……? これは予想外。こんな展開は今までには――――

「梨花ちゃん」

 私の肩に触れた彼の手はなぜか、とても温かかった。その手で正面に向き直らされ、私はきょとんとした顔を圭一に向ける。

 圭一はおふざけの最中にはあるべくもない毅然(きぜん)とした表情をしていて、それを見た私の作り笑顔は瞬時に消え去った。

「心配させるような嘘は、もうついちゃだめだぜ?」

 そう言って彼はもう片方の手で、ちょんと私のおでこを小突くまねをした。

 ……痛かった。

 おでこがじゃない。それはきっと……ココロが。

 私のくだらない問いかけごときで、ほんとうに心配させてしまったこと。ほんとうに心配してくれたこと――その優しさが、その手のぬくもりが、痛いくらいに感じられた。

「……ご、ごめんなさい……」

 私は思わず、しおらしく謝罪の言葉を口にしていた。それはあまりに慣れなかったせいで、モゴモゴと口の中でつぶやくような按配(あんばい)になってしまったのだけれど。 

「まあ、それはそれとして! この純情ナイスガイなお兄さんをからかってくれたお仕置きはちゃーんとしなきゃなあっ」

 再び、きょとん。

「……みー?」

 私はよく知る空気の中に引き戻される。

 ……あれ。でもやっぱりおかしい。だって古手梨花はこういう時いつも、ひらりとかわして逃げ延びていた。お仕置きなんてされるのはいつも私以外の誰かで、私はそれをニコニコしながら見ている側のはずだった。そして哀れな受刑者に対し「かわいそかわいそ」してあげるのが役割じゃなかったっけ……?

 しかしこの時、圭一の手にがっちりと捕まえられた私に逃げることなどできなかった。

「ふっ。本当は俺もこんなことはしたくないんだが、人生の先輩として悪い子にはきっつーいのを一発お見舞いしとかなきゃだよなあ?」

「……みー? みー?」

 圭一の顔に邪悪な笑みが広がっていき、私の額には冷や汗が浮かぶ。頭の中で混乱が広がり、表情が引きつってゆくのが自分でもわかった。

 そして私はようやく気づいた。

 ああっ、圭一のせいだ! け、圭一が変なこと言うから! 私はいつもならそんなことしないのに……あ、謝っちゃったりして、すっかりペースを乱されてしまったじゃない!

 こんな展開は今までになかった。つまりこの先に待ち受けているのは必然的に、今までにはなかったイベントなわけで……。

「あーら珍しく梨花が圭一さんにお仕置きされますわよ。オホホ♪ これは見ものですわねぇ。ちなみに梨花、『極東のゲイボルグ』こと圭一さんのデコピンは、やわなオツムじゃ脳震盪(のうしんとう)ものの威力でしてよ?」

「はぅ。梨花ちゃんが、お仕置きされちゃうよぉ♪ かわいそかぁいぃ~♪」

「くくくっ。でもこれはいい教訓かもねえ。オヤシロさまの生まれ変わりと呼ばれる梨花ちゃんでも、悪いことをしたら相応の罰を受けるのが人間界の鉄の掟! それにさっきのは、ちょっとオチが弱かったしねぇ。くくっ」

 などと勝手なことをのたまってくれる三人娘の楽しげな様子とは裏腹に、私はそのままの意味で戦々恐々としていた。なにせ、魅音の今言った通り、私は『オヤシロさまの生まれ変わり』と呼ばれ、ここ雛見沢のマスコットとして誰からも無条件に可愛がられて育ってきたのだ。

 私は悪い子じゃないから、そんなに悪いことなんてしたことはないしするつもりもないけれど、たとえどんな悪いことをしたところで大目に見られ許される自信すらある。そんな生まれついての余裕が剥奪(はくだつ)され、寒風の中に急に裸で放り出されたようなこの心地をわかってもらえるだろうか……?

「ふっふっふ。俺的には梨花ちゃんにはデコピンよりももっと別の奥義を尽くさねばならん気がするな。となれば――()()か。梨花ちゃん、すまない……あんな悪魔的な罰をきみに科さねばならんとは、とっても楽しみだ。うひょひょひょ、さあ、覚悟はいいかなぁ?」

 震えんばかりに怯えるわたしを見て、圭一は無慈悲に笑った。

「み、み……みぃぃぃッッッ!?」

 そして刑は執行された。

 そ、そんな――え、嘘っ!? や、やめっ――いや、それはダメ! ゼッタイだめ!

 だ、だめ……らめぇええぇェッッッ――!!

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