ひぐらしのなく頃に・絶 /小説Ver   作:soatok

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六月一三日 月曜日(3)

 場面は変わり、私と沙都子が二人で暮らす愛すべき我が家。

 私は布団の上にうつぶせて、枕に顔をうずめながら(うめ)いていた。

「うっう……。恐るべきは圭一の秘奥義『落雷エクスカリバア・(かい)』……!! あの威力、そして精神的ダメージは計り知れないわ……。くっ、たとえこの世界の死を乗り越えられたとしても、もうお嫁にいけない……」

 あの後、盛大にみんなの前で屈辱的な罰を受けさせられた私は、半ベソをかきながらうちに帰りついた。帰途の間中、沙都子は妙に上機嫌でいつもなら私がそうしているポジションに立って、痛みと羞恥(しゅうち)に耐える私を慰めたりからかったりしてくれた。普段とは立場が逆転することがこんなにも悔しいとは思いもせず、私は沙都子への復讐を胸に秘めてなすがままにされていたのだった。

 その沙都子が台所から呆れたように声をかけてきた。

「何をいつまでもブツブツと言ってらっしゃいますの。ただのおしりペンペンですわよ」

 私は枕から顔をあげてキッと視線を鋭くし言い返した。

「その屈辱的な名称で言わないで! ちゃんと『落涙メランコリック・改』と言って!」

「なんか、名前がさっきと違ってませんこと……?」

 百年を生きる魔女である私がこの歳で(と言っても実際には私の体は中学生にも満たない子供なのだが)、おしりペンペンなどという幼稚で恥ずかしい罰を受けただたなんて、プライドが許さない。それにアレは、とてもそんな生やさしいレベルのものじゃなかった。この形のいいヒップが無惨に変形したらどうしてくれるのよ!?

「とにかく! ボクがされたのはそんなお子様を叱る常套手段(じょうとうしゅだん)のお粗末な刑ではないのです!」

「わ、わかったですわよ。それより梨花、今晩の御夕食は何がよろしくて? 今日はわたくしが当番でしたわよね。残り物でよければさっと適当に作りますけど」

 

「――あぅあぅ! ボクはホットケーキが食べたいのです」

 

 突然、後ろから聞こえてきた声に首を向けると、これまでずっと姿を見かけなかったはずの羽入(はにゅう)が立っていた。

「……あら、あんたいつからいたの?」

 私は心の声で話しかけた。彼女の姿は私にしか見えないし声も聴こえない。だから今の提案(なんで夕食がホットケーキなのよ)はもちろん沙都子には聴こえていなかった。

 羽入はやけにニコニコしながら答えた。

「梨花が沙都子に見つからないように、鏡でおしりの()れをそーっと確認してたところあたりから――」

「沙都子! 今晩のメニューは激辛キムチのたっぷり入ったチャーハンと唐辛子まみれの激辛麻婆豆腐がいいです!」

「あぅあぅぅぅッ!?」

 慌てふためく羽入はほっといて、私はぷいとそっぽを向いてやった。

 ……このふわりとした黒髪と優しげでつぶらな瞳が印象的な娘は、額から大きな角が二本生えていることを除いては、私たちとほとんど同じ人間の姿をしている。「あぅあぅ」が口癖で、甘いものが大好きで、辛いものとお酒が大嫌い――そんな軟弱な奴ではあるが、彼女はこれでも立派……かどうかは知らないけど、『神様』というやつだった。

 羽入はお散歩と誰か気になった人のストーキングというよくわからない趣味をもっていて、たまに姿を消すこともしばしばだ。けれど、今回のように私をおいて丸一日以上もの間姿を現さなかったことは初めてだった。内心、彼女の不在を心細く思っていたせいもあり、私の不機嫌値はさらに上昇していた。

「で、あんた今までずっとどこに行ってたのよ?」

「それは……あぅあぅ、まだ秘密なのです」

 こいつは変なところで頑固なので、一度こう言ったらどんなに問い詰めようとムダだ。私にとっては生まれた時から一緒にいる姉妹同然なので、彼女のことはよくわかっていた。

 が、それが許せるかどうかというのはまた別だ。私はおもむろにじんじんと痛む自分のおしりをぎゅっとつねった。目から星の出るような痛みだったが、羽入の反応はそれ以上だった。

「わきゃぁあああッ!? い、いたっ!! 痛いのですぅ!!」

 羽入は緋袴のおしりに手を当てて涙目で飛び上がった。

 近くにいる時、こいつは私と感覚がリンクしているらしく、五感をそのまま送りつけてやることができるのだ。まあ、今のは私も痛かったけどさ……

 こちらのやりとりなど知らずに冷蔵庫の食材を確認していた沙都子が顔を上げた。

「――ん、と。梨花、残念ながらお豆腐は切らしていましてよ。どうしてもと言うのなら、買いに行ってきますわ」

「ボクはおしりがヒリヒリのみーみーですので、沙都子にお任せしますです」

「わかりましたわ。かわいそかわいそな梨花のためにちょっくら行ってきましょうかね」

 と、沙都子はお財布片手に元気よく部屋を飛び出していった。

 私は部屋の片隅でまだあぅあぅ言ってやがる羽入をじろりと睨みつける。

「……私は今、これまでにない屈辱を受けて神経がピリピリしてるの。下手なこと言って刺激すると、これからは毎日毎食、激辛メニューに統一するからね。もちろんお弁当も含めて!」

「あぅあぅ……ごめんなさいですぅ……」

 わかればいいのよ、と言い置いて、私は再び枕に顔をうずめた。 

 しばらくは私も羽入も黙っていたが、不意に彼女がこんなことを言い出した。

「でも、よかったのですよ」

「……何?」

 人が苦しんでいるのに何がよかったものか。まだいじめられ足りないらしい羽入を睨みつけてやると、あぅあぅはやっぱりあぅあぅ言いながら慌てたように付け足した。

「そ、そうじゃなくて。その――梨花は過去の世界で起きた同じことの繰り返しを一番に憎んでいました。今日何があったのかはよく知りませんけど……ボクはこういう梨花を初めて見ます。だからそれはどんなことであろうと、きっと梨花にとってはよいことなんじゃないかと思ったのですよ。あぅあぅ……お仕置きは勘弁してほしいのです……」

 私はぽかんとしてしまう。あんなに恥ずかしくて、思い出したくもない目に遭ったというのに、それを羽入は『よいこと』だと言ったのだ。

 ……そして、気がついた。

 思えば私は今まで数多の世界を仲間たちと過ごしてきたが、その実、傍観者としての自分を捨て切れず、生身の人間として彼らとコミュニケーションをとったことはほとんどなかった気がする。もちろん彼らは友人であり、大切な仲間なのだが……私は心のどこかで、それすらも世界を構成するただの『駒』として認識していたのではないだろうか。自分の役割はこうで、相手の役割はこう――そんな考え方がそもそも、すべてを『駒』としてしか見ていない証左だった。

 だから今日、『駒』の枠を越えた経験は、私に改めて気づかせるものがあったはずだ。今さらなのに新鮮な発見。今まで漫然と縛られていた価値観からの脱却。それは新たな可能性であり、新しい道筋を照らし出すものでもあった。

 そう考えるとたしかに、おしりに残るこの忌々(いまいま)しい疼痛(とうつう)だって悪くはないのかもしれない。ただ……やっぱり自分の性格上、屈辱的なのはどうしても嫌だけど。

 私は小さくかぶりを振ると、困ったようにこちらを窺っている羽入に向き直って苦笑した

「残念だけど、この世界はそんなにいいものじゃないわ。だって頼みの綱の圭一は記憶の継承に失敗――大きな希望は最初からハズレたってわけ。困ったものね」

「そうなのですか……? でも、もしかしたらまだ――」

 羽入はハッとしたように言葉を言い直した。

「……いえ、なんでもありませんです」

 そしてしゅんとしたようにうつむいてしまう。……きっと圭一のことはまだ決めつけるには早すぎると思ったのだろうが、彼女の常からのスタンスとして、私に徒労となるかもしれない希望を抱かせることは控えたのだ。期待を寄せ、それが裏切られた時のダメージは魂に蓄積する『毒』のようなものだから、らしい。

「それよりあんた、さっきホットケーキが食べたいって言ってたわよね」

 私は小さく微笑しながら、自分でも不思議なくらい明るい声でそう言った。

「は、はいです。ハチミツと生クリームをたっぷりのせて……あぅあぅあぅ♪」

「しょうがないわね。沙都子には少し悪いけれど、デザートってことにしてこっちでも用意しましょう。激辛ばかりじゃ私も少しツライしね。あ、痛っ、立つとまだおしりが……」

 一転してドタドタと子供のように飛び跳ねて喜んでいる羽入を尻目に、私はもう一度、小さく微笑したのだった。

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