ひぐらしのなく頃に・絶 /小説Ver   作:soatok

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六月一四日 火曜日(1)

「よぉ、おはよう。沙都子に梨花ちゃん」

 圭一が朝一晩の笑顔とともに教室に入って来た。

 昨日の今日でさんざん意識させられたせいで、見慣れたその顔が今日はなぜかひときわ精悍(せいかん)に見えた。……べ、べつに圭一なんて特別カッコイイってわけでもないのに、沙都子が昨晩遅くまであんまり言うもんだからつい、そう見えただけだ。そうに決まっている。

 にこやかに笑っている圭一だが、その額には大きな怒マークが浮かんでいた。沙都子が登校時にしかけていた下駄箱のトラップは見事に発動したらしい。それは彼が今、来客用のスリッパをはいていることからもわかることだった。

「んで、覚悟はできてるんだろうな? 沙都子ォオッ!?」

「はて、なんのことかさっぱりですわねぇ。朝っぱらからケダモノみたいな顔をしてどうなさったのかしら?」

「ふ……。まさか上履きの中に納豆を仕込むとはな。その着想の奇抜さもさることながら、最大のネックである納豆臭さを夏場の下駄箱にただよう濃厚な臭気に隠すという周到さにはしてやられたぜっ。足の裏に感じたあのエモイワレヌ感触は思い出すだけで鳥肌がたつぞコラ!? だが俺が一番許せんことは、食べ物を粗末にするそのねじ曲がった根性だっ!!」

「いやですわ圭一さん。あの納豆は我が家の冷蔵庫の奥底に眠ったまま忘れられて賞味期限が二ヶ月も過ぎてしまったものでしてよ?」

「ぬぐぉわぁあああッッッ!? そういう問題かぁっ!!」

 ついに堪忍袋が限界破裂を迎えた圭一が沙都子へ襲いかかった。

「オホホホ♪ 梨花、気をつけなさいませ、納豆臭い不埒(ふらち)男が乙女の柔肌を狙っていましてよー」

 沙都子はまだ何か策があるのか、余裕げに圭一の突進をひらりとかわそうとした。

 だが――彼女の敗因は、その時私の瞳がキラーンと光ったのに気づかなかったことだ。

 私はむんずと沙都子の襟首を捕まえて逃亡を阻止すると、慌てふためく彼女を圭一の前に差し出した。

「な、何をするですの梨花っ!?」

「ボクは昨日ので()りたので、今日は沙都子がぐちゃぐちゃのみちょみちょに蹂躙(じゅうりん)さつ尽くされてしまうがよいのです。にぱー☆」

「おおっ! 梨花ちゃんが良い子に覚醒するとは、さすが俺の極上懲罰は効果テキメンだったみたいだな! えらいぞ梨花ちゃんっ」

「り、梨花!? ひどいですわ、この裏切り者ぉぉぉッ――!!」

「……クククク……!!」

 私は最初から沙都子に昨日の仕返しをする気満々なのだった。朝のホームルーム前という衆人環視の中で痴態(ちたい)をさらして昨日の私の苦しみの片鱗を味わうといいわ。その後はもちろん、哀れな沙都子のために優しく「かわいそかわいそ」してあ・げ・る・♪

 と一人で暗い(えつ)に浸っていたのが悪かったのか、私の方を見て圭一がふと真面目な顔に立ち戻った。

「梨花ちゃん、昨日からなんか元気ないように見えるけど、もしかして熱でもあるのか?」

 沙都子を片手で引きずりながら圭一が歩み寄ってくる。私は思わずうっと呻きながら数歩後ずさった。な、なんでこんな時に私のこと心配してるのよこいつ……。

 大きな手がこちらに伸び、私の前髪を優しくかきあげる。そっとおでこに押し当てられた圭一の手は、ひんやりとして気持ちよくて、やっぱりなんだか温かくて。

 私は羽入みたいにあぅあぅと狼狽(ろうばい)しながら、どうしても頬がぼっと紅潮するのを止められなかった。

「少し熱い気もするな。顔もなんだか火照(ほて)ってるし、やっぱり風邪ひいたんじゃないか?」

「ほ、ほっといてくださいです! お、おお、女の子には事情があるのです!」

「へ……?」

 ぽかんとした圭一の隣で、沙都子も驚いた様子で私のことを見ていた。べつに深い意味はなくて口から出任せに言った言葉だったから、何をそんなに驚くのかこちらの方が不思議だった。沙都子の顔が「冗談ですわよね……?」と言っているように見えたが、私はそれを無視して続ける。

「とと、とにかく、圭一はボクにかまわないで沙都子にお仕置きを続けてくださいです! リクエストは例の『乱々メリーゴーランド・爆』でお願いします!」

「なんかスゴそうな技名だなそれ……」

 圭一はいまいち合点(がてん)のいかなそうな顔をしていたが、ようやく沙都子の方に照準を定めると、即席で編み出したらしい見ているこちらが目を覆いたくなるような新技によって幼い沙都子に暴虐を尽くし始めた。

 私はようやくホッと一安心しすると、いつも以上にグレードアップした阿鼻叫喚地獄絵図(あびきょうかんじごくえず)を眺める余裕を取り戻したのだった。

「みぎゃぁあああああああァァッッ――!?」

 絹を裂くような悲鳴が朝の教室を揺るがす。……うわ。昨日の私の比じゃないわ、アレ。本気で沙都子が可哀想に思えてきた。

 とその時、私の肩をとんとんと控えめにたたく者がいた。振り向くと、何やら深刻げな顔をした魅音とレナがいた。

 二人は今教室に入ってきたようで、よそよそしい感じでおはようと挨拶してくる。二人は****が*****って*******っている沙都子のことなど眼中にないようだった。

「あの……梨花ちゃん?」

「みー?」

 小首をかしげた私に、なかなか次の言葉は返ってこない。二人は言いづらそうな感じで沈黙していたが、やがて意を決したように魅音が先に口を開いた。

「その、廊下にまで聴こえてたから、盗み聞きしてたわけじゃないんだけどさ……。つ、ついにアレがコレしたって……ホント?」

 ……ソレじゃドレのことを言ってるのか全然わかんない。私は再び小首をかしげた。だけど二人は私がそらとぼけているとでも思ったのだろう、勝手に話を続けてくる。

「だ、大丈夫だよ! 誰もがみんな一度はくぐり抜けるものなんだから! その、困ったことがあったらなんでもいいから相談してねっ」

「はわわわ、だ、大事件だよぉ! お、おおお、お赤飯とか炊かなくちゃねっ」

 私にはレナたちが何をそんなに昂奮(こうふん)しているのか皆目(かいもく)わからない。まあ、何をどう勘違いしているのかは知らないけど、

「お赤飯は大好きなのです。ホコホコうまうまなのです☆」

「そ、そう! じゃあさ、おじさん今日うちに帰ったら、すぐ()っちゃに報告して用意してもらうから! そりゃもう、食べきれないくらいテンコモリお赤飯だよ!」

「よくわからないけど、楽しみにしてるですね☆」

 まあ、そのおかしなやりとりの結末は、放課後までに真相が両者明らかになり、結局お流れとなったわけだが……。

「わたくしは最初から何かの間違いだとわかっておりましたわ。それにしても梨花ったら、やぁっぱりまだまだお子さまですわねぇ。プププっ!」

 と、沙都子は朝の仕返しとばかりにこんなふうに言ってくれたりして。

 レナも魅音もどこかホッとしたように笑ってくれていたが……。

 今日も今日とて、激しく自己嫌悪するほど恥ずかしい思いをした私だった。あぅ……。

 

 

 

 そして放課後、たわいのない談笑に華を咲かせていると時間はあっという間に過ぎて、すでに窓の外は黄昏(たそがれ)の色を深め、ひぐらしたちの声もまばらになりつつあった。

「おっと、おじさん今夜から実行委員会の集まりがあるんだった。そろそろ帰らないと」

 魅音が鞄をもって立ち上がった。もともとその予定で今日はゆっくり部活ができないという流れだったのだ。

「魅ぃちゃんがんばってね。お祭、楽しみにしてるからね」

「うん。これから忙しくなるから、悪いけど部活はお祭が終わるまでおあずけだよ」

「そいつは残念だけど、〝綿流(わたなが)し〟のお祭だっけ? みんなの話を聞いてるとすげー楽しそうで今からワクワクしてくるぜっ」

 圭一は今回の世界でも初めての綿流しに期待を膨らませていた。無邪気な笑顔を浮かべたその横顔を眺めていると、自然と私の顔にも微笑が浮かんだ。

 けれど私は、祭の訪れを素直には喜べない自分もまた感じていた。もうそんな時期なのかという戸惑いと共に、押し寄せる不安の波……そう、今回は最初からあまりに日数が少なすぎたのだ。

「どうかしましたの、梨花? なんだかむつかしいお顔をなさってますわよ?」

 沙都子に見られていたことに気づき、私は慌てて笑顔を取り繕う。

「なんでもないのです。今回――じゃなくて、今年は儀式の練習をあんまりしてないので、少し不安に思っただけなのですよ。でもお祭はとっても楽しみなのです、にぱー☆」

 私は今、上手に笑えているだろうか……。

 なぜかそんなことにすら自信がもてなかった。いつもそばにいる羽入が隣にいないせいかもしれない。

 彼女は今、どこで何をしているのだろうか……?

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