異聞帯No.EX BC.1046 仙界封神歴史 ■■■ ”歴史の道標“ 作:クリサンテモ
「全搭乗員に通達する。繰り返す。全搭乗員に通達する。彷徨海を出港してから約半日。当艦は予定通り新中国異聞帯近海に到着した。」
シャドウボーダーの艦内にシオンが召喚したサーヴァントであるキャプテンの声が響く。彷徨海から出発して早半日。キャプテンの指示の下カルデア一行は無事新中国異聞帯の手前まで到達していた。
「とうとうですね、先輩。」
「うん、そうだね。」
そう言って藤丸は気合を入れるように自身の両頬をパチンと叩く。
「うん、気合は十分といった所だね。それでは最終確認といこうか。」
そのような藤丸を尻目にホームズが呼びかける。
「うむ、経営顧問の言う通りだな。では、新中国異聞帯に突入次第いつも通り藤丸とマシュの両名に外部の調査をお願いしたい。」
「はい! 任せてください!」
「はい! 了解です、ホームズさん。」
「そう気張らなくても大丈夫だよ、2人とも。今回はホームズにも同行してもらうからね。」
「えっ、ホームズさんがですか。」
「ああ、今回は私も同行しよう。何が起こるかわからないからね。ダ・ヴィンチとキャプテンにはシャドウボーダーの方を頼んだよ。」
「うん、任されたよ。」
「むむむ。まあそれと経営顧問がいるのならば問題はないと思うが、逐次報告を忘れないように。報連相は大事だからね。」
「フォウフォウ。」
「あ、フォウさんいらっしゃったのですね。」
「フォーウ。」
カルデアのマスコット枠であるフォウくんはゴルドルフの横からマシュの方へダイブする。前回のブリテン異聞帯にはなぜ来なかったのかと藤丸はふと思ったが、そんな思考をしている暇もなかった。
「さあ、準備はいい? これから虚数潜航で新中国異聞帯内部に突入する。皆、席について。」
キャプテンの指示で各々自身の席へ座る。新中国異聞帯。はたしてどのような世界だろうかそう考えながら艦は虚数の海へと進んでいった。
「んー?」
そこは新中国異聞帯の中。その上空。大きな虎が空中に浮遊しながら人の言葉を発している。
「おや。どうしましたか、黒点虎。何か面白いものでも見つけたのですか?」
その巨大虎に跨っている人物もまた奇妙だった。
「いやー。なんだろう、あれ。艦? でも周りは陸地だし... まあそんな感じのが何もないところから急に現れたんだよ。」
「ほう、何もないところから忽然現れた艦、ですか...」
道化師はふむふむと考えたような仕草をとったが、すぐに止めると心底楽しそうにその霊獣に命令する。
「よし、それではちょっと様子を見に行きましょうか。」
「やっぱしそう言うと思ったよ。申公豹だからねー。」
「当然です。そんな面白そうなもの見に行かないわけがないじゃないですか。それに...」
その道化師は口元に笑みを浮かべたまま空を見上げる。当然、その先には空が広がっているだけだ。
「? どうしたのさ、申公豹。」
「いえ、それよりも急ぎましょうか。恐らくあの老人もこのことには気付いているでしょうしね。」
そうして空を飛んでいく1人と1匹。
そこは一面の野原。人の手が及ばない大自然。故に、そこに突如現れた人工物は違和感の塊であった。
「ここが新中国異聞帯...」
「周辺に人工物は見当たりませんが...」
「シャドウボーダーのレーダーにもそれらしき反応はないな。」
藤丸とマシュの言葉に加えてカルデアスタッフの一人ムニエルがレーダーの反応を報告する。シャドウボーダーがこの異聞帯に到着したのは5分前。以前の車両の形ではなく艦となった今のシャドウボーダーだったが中国大陸を移動することを予見したダ・ヴィンチらによって車輪が付けられている。ちなみにキャプテンからの反応は悪い。艦に付けるものじゃないらしい。
「ともかく、周りに危険も無さそうだし、出て大丈夫だと思うぞ。」
「うむ、ご苦労だ。それでは早速で悪いがマスター藤丸、マシュ・キリエライト、経営顧問の三人には外部の調査を命じる。わかっていると思うが危険を感じたならすぐ逃げること。命さえあればいくらでも挽回の機会はあるからな。何かある者はいるかね。」
ゴルドルフはそう言って周囲を見渡す。
「何もないようだな。我々はここで待機する。それでは頼んだぞ、諸君ら。」
「はい! 藤丸立香、行ってきます!」
「同じくマシュ・キリエライト、行ってきます!」
「フォーウ、フォウ。」
「ええ、それではまた後ほどの通信で。」
「うん。行ってらっしゃーい。お土産期待してるねー。」
「と言って出てきたはいいんだけど...」
「はい、本当に何もないですね、マスター。」
シャドウボーダーから出発して30分。辺り一面は相変わらず無人の自然であり、どこに行けばいいのか検討もついていなかった。
「しかし、空想樹も見当たらないなんて。」
そうだ。異聞帯として発生するのに必要な空想樹も見当たらない。そのため、大雑把にどこに行くべきかも見当がつかないのだ。
「仕方ない。行く宛もないが、ある程度歩けば人のいる町にも着くだろう。それまでは歩いていくしかないだろうね。」
「はい。それにしても、この世界も神代の空気が残っている世界なのですね。」
シャドウボーダーでは周囲の魔力密度はオリュンポスのような高い数値を計測していた。実際に歩いているマシュは、それを実感していた。
「古代中国っていうと...」
「古代中国といえば伝説的な夏王朝や殷、周などの統一国家の時代だね。同時に仙道が全盛期の時代でもある。」
「仙道っていうと...」
「仙道... 神仙思想の仙人や道士のことですね。修行によって不老長生や仙術などを得た人たちのことです。修行中の場合は道士と呼ばれ、超人的な力を会得していたといいます。」
「元始天尊や太上老君などが有名なところだね。いずれにせよ、この異聞帯と無関係とは思えないが...!」
話していたホームズは突如何かを感じたように上空に目をやる。同じようにマシュも何かに気付いて空を見上げる。
「マスター!上空に謎の魔力を確認しました。したのです...が...」
マシュの言葉で藤丸も同じように空に目を向ける。それは徐々に近づいていき、藤丸の目にも見えるようになったのだが、
「あれは...猫?」
「いや、虎...ではないでしょうか?」
それは猫だった。猫が空を飛んでこっちに向かって来ているのだ。よく見ればその背中には人影がある。
「明らかにこちらへ向かって来ているね。逃げる事は... できそうになさそうだ。」
ホームズが観念したように言う。そうしている内にそれは近づいていた。
「初めまして、見知らぬ方々。私は申公豹。妲己の客として王宮に住む者です。こちらは黒点虎。よろしければ皆さんの名前を教えていただけないでしょうか。」
やって来た人物は道化師のような格好をした奇抜な人だった。一方で、その口から出た名前はマシュを驚かせるに足るものさった。
「申公豹に妲己...ですか!」
「えっとー、マシュ?」
「あ、はい、すみません。私はマシュ・キリエライトと申します。」
「俺は藤丸立香です。」
「......」
「マシュに藤丸ですか。良い返事をありがとうございます。それで、そちらの方はいかがなされましたか。」
「ホームズ?」
マシュと藤丸が名乗る中、ホームズだけは難しい顔をして申公豹と名乗った男を見つめていた。何かを探る、名探偵の顔だった。
「ああ、すまない。私はシャーロック・ホームズというもの。いきなりで申し訳ないが、
「ほう。なぜ私が申公豹でないと思ったのですか?」
ホームズの問いに道化師の男は目を細める。同時に、その身に纏った魔力も膨れ上がる。その魔力は並のサーヴァントすら凌駕している。その剣呑な雰囲気に藤丸とマシュは思わず一歩下がる。目の前の男は一歩踏み間違えればこちらを容易に消してくる、と肌で感じながら。だが、名探偵である男は引き下がらずに言葉を交わし続ける。
「気分を害したのなら謝罪しよう。ただ、私の知識にある申公豹と少し違ったものでね。」
「あなたの知識にある申公豹とやらがどうのような人物か気になりますが、まあ良いでしょう。」
そう言って威圧感を仕舞う申公豹。だが、口元は依然と楽しそうな笑みを浮かべており、その不気味さは健在だった。
「ありがとう、ミスター。それで、我々に如何な用かな?」
「あなたは私があなた方に会いに来た、と。そう断言するのですね。」
「当然でしょう。あなたは明確にこちらに向かって飛んできた。まさかたまたま通りかかったわけではないでしょう。」
藤丸とマシュはその言葉に驚き、申公豹への警戒を強める。こちらを認識して会いに来たのなら、あの男ないしその協力者は広範囲を監視する力があるということ。そして、今までの経験上、そんな力を持っていたのは異聞帯の王やそれに近しい者たちであったのだから。そして、マシュは自身の知識からさらに考える。
「そしてあなたは先程妲己の客として王宮に住んでいるとおっしゃいました。」
妲己。その名前は非常に有名な名前である。ーーーー国を滅ぼす傾国の女として。
「あなたは彼女の命で私たちと接触を計ったのではないでしょうか。」
だとしたら、彼がいきなり接触を計ってきたのはーーーー
「ふ、ふふふふ。」
申公豹は笑う。顔を少し伏せているため目は見えていないが、それがかえって不気味さを醸し出していた。
「マスター! 私の後ろへ!」
マシュは戦闘を想定して盾を現出させる。ホームズも一見変わらないが、いつでも動けるように申公豹を見つめている。彼がこの異聞帯を守る側の存在であるのなら、恐らく戦闘は免れない。
申公豹が顔をあげる。口を開こうとする。藤丸たちは新中国異聞帯初の戦闘が始まると予測して、
「いえ、違いますよ。」
その予想を裏切る言葉が、その場の緊張感を急激に弛緩させた。
「え? では申公豹さんはあくまでも偶然通りかかったということ...」
「ああ、困惑させてしまいましたね。私がここに来たのはあなた方に会いに来たので合っています。しかし、妲己の命令で来たわけではありません。」
ないない、と言いながら申公豹は続ける。
「そもそも私は誰の味方でもありませんよ。ただ王宮は生活には絶好の場所なので居るにすぎません。」
「つまり、あなたは妲己さんの味方でもなければ私たちの敵でもない、という認識で合っているでしょうか?」
「ええ、その認識で合ってますよ。」
敵対しに来たわけではないということで、カルデア側の戦闘態勢も解かれる。無論おいそれと信じるわけにもいかないが、少なくともすぐに戦うことにはならなそうであった。
「これは失礼をしました。謝罪します。しかし、我々は先程この地に着いたばかりでね、右も左もわからないのですよ。よろしければ少しお話を聞いてもよろしいでしょうか?」
「別に構いませんよ。それほど器が小さくなった覚えもありませんし。しかし...」
そう言って申公豹はそれぞれの顔を一度見る。その瞳はまるで品定めをしているようで藤丸は気味の悪さを覚えた。
「ただで、と言うつもりもありませんが。」
そう言って申公豹は懐からアイスクリーム先に鞭が付いたような謎のものを取り出す。カルデアにはそれが何かわからない。否、それが膨大な魔力を持っていることだけは感じ取れた。
「これは...! マスター! ホームズさん!」
「ああ、信じがたいことだが...... あの鞭はエクスカリバー級...... 下手したらそれ以上の......!」
「エクスカリバー級!?」
「ふふふ、これが何か気になりますか?」
申公豹はそう言って跨った巨大虎と上空に浮遊する。
「これは雷公鞭。一応、最強の
「
ホームズたちの驚きを他所に、申公豹は天に雷公鞭を振り上げると、とてつもない雷が発生する。
「どういうことですか、申公豹さん! 敵対はしないって」
「ええ、ですが何もしないとは言っていません。安心してください。本気ではやりません。ただ、あなたたちがどのくらいの力を持っているかの力試しです。」
「力試しって!」
「これを凌げたら、あなたたちが今欲しがっている情報をあなたたちに教えましょう。ですが...」
一拍置いて申公豹は言う。
「もしこの程度で死んでしまったのなら、あなたたちに教えることは何もありません。」
そう一方的に言い放って、申公豹はより強力な雷を発生させる。もう止められないとみた藤丸は最も頼りにしている後輩に命運を託す。
「マシュ!」
「はい、任されました、マスター!」
そうしてマシュは再び盾を構える。
ブリテン異聞帯で再び使えたギャラハッドの力はまたもや失われている。しかし、それでもその守りは健在だった。
それはかつての残滓。
かつてあった白亜の城。その擬似再現。
盾を地に固定して、マシュは上空の雷を見つめる。
「ふふふ。まさか雷公鞭の雷を逸らすでも躱すでもなく、真っ向から受け止めると?」
申公豹はそう言いながら、心底楽しそうに笑う。ここまで気分が上がったのはあの道士と初めて会った時以来だと感じながら。
「ええ、いいでしょう。でしたら見せてください!」
そうしてそれは振り下ろされる。
最強の
天を覆う雷。
「雷公鞭!!!」
それが地に向かって降り注ぐ。
それは一流の仙道でも灰になるしかない最強の一撃。
それを、
「
盾の騎士は受け止める。ヒビだらけの歪な城壁が、天からの雷を受け止める。
「うぅ......ぐっ!」
当然、それを受け止め続ける騎士の負荷は尋常ではない。
しかし。
「マシュ!」
後ろからの非力な、しかし他の何よりも力強い声は、雷に押しつぶされかけていた騎士を支える。
「はい... はいっ! マスター!」
足に力を入れ直す。
腕に力を入れ直す。
決して潰されないように。
決して大切なものを守り抜くために。
かくして、
「ほう... 本当に耐えきったというのですか...」
その守りは確かに、守るべき者を守りきった。
「はぁ、はぁ、はぁ。やりました、マスター。」
「うん。お疲れ様、マシュ。」
盾の騎士をマスターは労う。やはり彼女の盾は最硬の守りだと再認識して。
そのやりとりを見ていた道化師は拍手をしながらゆっくりと地上に降りて来た。
「素晴らしい、素晴らしい盾でした。まさか真っ向から完全に防ぎきるとは... まさしく期待以上です。」
申公豹は上機嫌といった形でマシュを褒めると、不意に北西の方角を指さした。
「あちらに行きなさい。そこにとある一団がいます。そこに合流するといいでしょう。」
「おや、あなたから教えていただけるわけではないのですね。」
「ええ、私は自分で動くよりも見ている方が好きなので。それに彼らとなら、あなたたちも友好的な関係を築けることでしょう。」
言いたい事は言い終わったのか、申公豹は再び空に飛んでいく。ホームズとしてもこれ以上何も言うつもりもないのか黙っている。
「その、ありがとうございます!」
「ありがとう? あなたたちから見れば私は一方的にやって来て攻撃して来た相手でしょう。そんな相手になぜお礼を言うのですか?」
「いや、だってあなたは攻撃しては来たけど本気ではなかった。それにあなたが来なかったら俺たちはどこに行くべきか検討もつかなかった。なんだかんだ言ったあなたは誠実だった。だからお礼の一つくらいは言わなきゃって思って。」
藤丸の言葉に申公豹は豆鉄砲をくらった鳩のような顔をしていたが、すぐにいつもの顔に戻ると藤丸のことをじっと見つめる。
「藤丸、と言いましたね。」
「は、っはい。」
「あなたは見たところ本当にただの人間に見えますが... ええ、気に入りました。ではあなたに免じてもう一つ教えましょう。」
申公豹は指を一本立てて言う。
「“歴史の道標”。」
申公豹はゆっくりと溜めてそう言った。
「歴史の... 道標? それはどういう意味かな?」
「さあ、なんでしょう。」
悪戯っぽく笑う申公豹。ホームズの問いにも答える気はないようだった。
「ただ、あまりこの事を口にしない方が良いでしょう。生きていたかったら、ですが。」
そうして、今度こそ何も言うつもりもないというようにその場を去っていく申公豹。小さくなっていく申公豹を見送って、先程の言葉を反芻する藤丸。“歴史の道標” とはなんなのだろうか。その考えを見透かしたようにホームズが呼びかける。
「まあ、今の材料じゃ推察はできない。一旦その事は置いておいて、彼が言っていた北西の一団とやらと接触してみるとしよう。」
「そうですね。申公豹さんは、こう、なんというか、少し奇抜な方でしたが、先輩の言ったように嘘を吐くような方ではないと思います。」
「では決まりだね。マシュはまだ歩けそうかい?」
「はい、多少オルテナウスの出力は低下してしまっていますが、通常戦闘に支障をきたすほどではありません。」
そう言って元気よく答えるマシュを見て藤丸も胸を撫で下ろす。少なくとも、体調に問題はなさそうだと。
「それでは行きましょう! 先輩! ホームズさん!」
マシュの一声で一行は北西へと歩を進める。この先にどのような出会いがあるのかと期待半分不安半分な心で。
「ねーねー申公豹。」
カルデア一向と別れて少し経った後のこと。先程の会話では一切口を開かなかった黒点虎はおもむろに口を開いた。
「“歴史の道標”って何なのー?」
それは一緒にいる黒点虎も知らないことだった。もっともこの道士の考えてることも何もわからないのは黒点虎にとっていつものことだったが。
「ふふふ。それはまだ語る時ではない、と言っておきましょうか。そうでしょう? 燃燈道人?」
「... 気づいていたか。」
申公豹はいつものようにのらりくらりと黒点虎の質問を躱したと思うと、唐突に側の岩場に向かって話しかけた。その声に呼ばれて赤い髪と衣を纏った男は観念したように姿を表す。
それは炎のような男だった。その体から発する気は最強の道士と名高い申公豹に劣らない。そして、もしここに余人がいればなぜ生きていると驚くことだろう。
「このようなところに顔を出すとは、潜伏していなくてよろしいのですか?」
「必要ない。」
「ほう。」
彼ははとある目的をもって姿を晦ましていた。それが必要ないとはどういうことだろうか。申公豹は頭を巡らせて一つの結論に至る。
「つまり、なるほど。そういうことですか。これは私が思っていた以上のことになりそうですね。」
申公豹はこれから起こるであろうことを予測する。自身の考えが正しければ、とてつもないことが起きるのだろう。
「有益な情報ありがとうございます。それでは私は彼らを見ていなければならないのでここで失礼しますね。」
「そちらから話しかけてきたのだろうに。」
炎のような男は少し呆れたようにそう言う。
「まあいい。申公豹もカルデアを害す気はもうないようだろう。」
西の方を見つめる。そっちにいるだろう彼らを思い浮かべて。
「頼んだぞ、カルデア。我々が正しい歴史へ進めるために。」
???「わしの出番は!?」