異聞帯No.EX BC.1046 仙界封神歴史 ■■■ ”歴史の道標“   作:クリサンテモ

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第二節 「病原体の恐怖」

 「ああ、最悪。」

 

 森の中の丸太に腰を下ろして彼女は不機嫌そうに呟く。

 

 「なんだって私がこんなことに巻き込まれないといけないのよ。」

 

 その格好は傍目に痴女のような危険な格好だった。真っ当な感性をしている女性なら決してこんな格好はしないだろう。

 

 「これだから人理ってやつは。」

 

 だが、彼女は真っ当な感性をしていなければ人間でもなかった。

 

 「項羽様のためとはいえ、私をこき使うなんて。本当、いい根性してるわよ。」

 

 彼女がこの世界に召喚されたのはおよそ半日前。それからどこに行くまでもなく、ここで忌々しそうに空を見つめている。

 

 「まあ、どうせあいつらもいつか来るでしょ。」

 

 脳裏に思い浮かべるのは彼ら。あの異聞帯を破壊して自分たちの世界を取り戻すために戦い続ける人間(愚か者)供。

 もし彼らが来たのなら手助けしてやってもいい、そう頭のどこかで考えながら仙女は雷が覆う空を見つめ続ける。

 彼女が盤上に上がるのは、まだもう少し先のはなし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 申公豹と別れてから1時間。

 申公豹が指さした通りに北西に進んでいるカルデア一行は、未だ件の集団とは合流できずにいた。

 

 「ふう。そろそろ見えてきてもいい頃だと思いますが...」

 

 マシュがそう言った直後だった。

 どこからか叫び声が聞こえてきた。

 

 「! 先輩!」

 「ああ!」

 「うむ。恐らくあまり遠くではない。あっちの方角だ!」

 

 ホームズの言う方向に走り出す一向。その先にいたのは一人のオレンジ髪の少年と倒れ伏していた人々だった。

 

 「これは!」

 「っ! お前たちか!」

 

 唯一立っていたその少年は藤丸たちを敵だと判断したのか素手で彼らへと殴りかかった。

 

 「落ち着いてください! 私たちは敵ではありません!」

 「フォフォウ、フォーウ!」

 「お前たちか! お前たちかー!」

 

 少年はマシュの静止を聞かずに殴りかかる。マシュは盾で防ぐがその力は到底人間のものではなく、予想以上の衝撃に一瞬たじろいだがその守りを突破するほどではなかった。逆に殴り続ける少年の手の方から血が流れている。

 それでも少年は殴りかかるのをやめない。峰打ちで昏睡させるかとマシュが考え始めた時だった。

 

 「待ちたまえ、少年。」

 

 いつのまにか倒れてるうちの一人の近くまで行っていたホームズが改めて静止を入れる。

 

 「お、お前ー!哪吒(なたく)兄ちゃんたちに何をしたんだ!」

 「だから落ち着きたまえ。仮に我々に害意があれば、既に彼らにトドメを刺すなりしているところだ。しかし、私たちにそのような気はない。それに我々としても彼らを救いたいと思っている。どうか拳を収めてくれないかな。」

 「うっ。」

 

 少年も落ち着いてバツが悪いと思ったのか拳を収めて少し下に俯く。少年は14歳くらいだろうか。学ランのような服を着て頭に鉢巻を巻いている。

 

 「さて落ち着いたところで、彼らを治療したいのだが、どこか良い場所はないだろうか?」

 「! うん! ついてきて! あっちに周軍の陣地があるから! そこに行けばいいよ! そこに行けば太公望もいるし!」

 (周軍に太公望。やはりそうか。)

 「太公望... は、はい! では案内お願いします。」

 

 ホームズとマシュは出された名前に一瞬驚くも、それぞれ倒れてる人を担いでオレンジ髪の少年の先導する方へ走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 周軍陣地。

 その陣地がの中で黒髪と青髪の青年2人が自軍の陣地設営を遠巻きに見守っていたところだった。

 

 「た、たいこうぼーぅ。」

 「天祥?おぬし武成王(ぶせいおう)たちと... !!」

 

 太公望と呼ばれた青年が振り向くと、そこには天祥と呼ばれたオレンジ髪の青年、それと見知らぬ3人が自身の仲間たちを背負って走って来ていた。よく見れば、背負われてる仲間たちは全員具合の悪そうに眠っており、何かあったのは明白であった。

 

 「哪吒!!」

 「待って下さい、太公望師叔(スース)!」

 

 そう言って近寄ろうとする太公望と呼ばれた青年を静止させたのは青髪の青年の方だった。彼は太公望の肩を押さえてその動きを止めると、哪吒とその後ろから来た3人を見る。

 

 「哪吒はなんらかの病に冒されているようです! それに後ろの方々も...」

 「安心せい。後ろのやつらも敵ではないはずだ。でなければ説明がつかん。そうだろう?」

 

 そう言ってカルデア一行に目配せする太公望。その瞳は敵だったのなら容赦はしないと主張する一方、敵ではないのだろうとも語っていた。

 

 「はい! 俺たちは敵ではありません。それよりも彼らを治療するために場所をお貸ししてはいただけないでしょうか?」

 

 代表として藤丸が答える。その言葉を聞いた太公望は一瞬目を閉じた後、

 

 「うむ、わかった。ついてくるといい。空いている天幕がある。」

 

 そう言って彼らを信じることに決めた。

 

 「師叔! いいのですか!?」

 「あれは嘘を吐いている者の目ではなかろう。敵ではないという言葉も治療したいという言葉もな。」

 「... わかりました。あなたがそこまで言うのでしたら僕も信じましょう。」

 「はぁ、はぁ... 早く... 哪吒兄ちゃん、たち、を...」

 「ぅ...」

 

 そうしているうちにオレンジ髪の少年とマシュも具合が悪そうに倒れてしまった。よく見れば、彼らの顔は病に冒されているように青白い顔をしていた。

 

 「天祥!」

 「マシュ!」

 「フォウ!」

 

 太公望や藤丸たちは走って倒れた彼らを抱き抱える。自身への感染も気にしてないようだった。

 

 「恐らくこの病に彼らも感染したのだろう! すぐに対処しないと次々に皆病に倒れることになるぞ!」

 「ええ、すぐに案内...」

 「ヒャハハハハハハハ!」

 

 青髪の青年の指示に従って彼らを運ぼうとすると、少し離れたところから唐突に笑い声が響いた。

 

 「おまえが太公望かぁー!? そういう臭いがプンプンすらぁ!」

 「なっ、何だおぬしら!」

 

 そこにいたのは白衣を着た科学者のような男と第五特異点(アメリカ)で見た機械化歩兵のように全身をすっぽりと覆った兵士4人がいた。

 

 「小生は呂岳様! 病原体(ウイルス)使いの呂岳(りょがく)様だ! ヘーッヒッヒ!」

 

 呂岳と名乗った男はいかにも狂った科学者(マッドサイエンティスト)といった様子で高笑いを上げている。

 彼は陣地に殺人ウイルスを散布されたくなければ黒髪と青髪の青年2人が降伏するように要求する。黒髪の方は3分だけ待ってほしいといって青髪の男とひそひそ話をしている。

 

 「しかしおかしいなぁァ!」

 

 彼らを待っている間、呂岳はその場に残っていたカルデア一行に話しかける。

 

 「小生の殺人ウイルスを感染させたやつらと一緒に行動していたのに、何で貴様らは感染してないんだァ?」

 「それを私たち丁寧に説明するとでも?」

 

 彼らと同行していたオレンジ髪の少年は同じように感染して倒れたというのに、藤丸とホームズはそのような様子は見受けられなかった。自身の発明に絶対の自信を持っている呂岳にとって、それが効いていないというのはプライドが傷つけられることである。

 藤丸たちにその原因はわかっている。マシュの聖盾の効果で藤丸は呪いや病に強くなっている。第4特異点(ロンドン)の魔霧やカルデア中のサーヴァントが倒れたシュメル熱事件でも彼は冒されることはなかった。ホームズに至っては、サーヴァントのため生身の人間を想定したものには効かなかったということだろう。だが、その手札を見せる必要もない。藤丸は黙って呂岳を睨みつけている。ホームズも飄々としながら呂岳を観察していた。2人とも、できることならすぐに呂岳を倒したいが、下手なことをして殺人ウイルスをばら撒かせるわけにもいかない。故に、膠着状態が続いていた。

 

 「あーーーっ、イライラする!3分経ってないけどやっちゃえーっ!」

 「! ホームズ!」

 「ああ。わかっているとも。」

 

 すると呂岳は痺れを切らしたように叫んで後ろも兵士たちに殺人ウイルスを散布するよう命令する。藤丸とホームズはその蛮行を止めるために呂岳を攻撃しようとするが、その後ろで突如突風が巻き起こる。

 

 「これは...!」

 「()っ!」

 

 そこには太公望と呼ばれた黒髪の青年が戻ってきており、その手に持った杖で荒風を吹かせていた。呂岳の殺人ウイルスもその風で吹き飛ばされてしまう。それを見た呂岳は一瞬驚いたような表情をするが、次いで不敵に笑う。

 

 「風の宝貝(パオペエ)打神鞭(だしんべん)...! ヘェエ、病原体を風でふっ飛ばそうっていうのか...!? フン、面白い。そんな事が本当に出来るかどうかやってみちゃいな!」

 

 ヒヒヒ、と笑いながら自信満々に言う呂岳。一見全て流されてしまっているように見えるが、呂岳とて馬鹿ではない。先程天祥を抱き抱えた時に太公望も殺人ウイルスに感染しているはず。それにいくら霧散させたといっても限度があると。それは積み重なって周軍全体を冒すだろうと。

 その呂岳の考えは当たっていた。太公望は既にウイルスに感染しており、いつまでこの規模の風を吹かせ続けられるかはわからない。周軍の陣地の中でも、徐々に体調不良者が出始めている。このままジリ貧であった。

 だが、稀代の天才である太公望がそのくらいわからないはずもない。

 

 「よろしいでしょうか、お二方。」

 

 太公望が呂岳のウイルスから陣地を守り始めた時。藤丸とホームズの前には先ほどまで太公望と一緒にいた青髪の美青年がいた。

 

 「私は楊戩(ようぜん)と言います。突然のことで悪いのですが...」

 「はい。何をすればいいんでしょうか。」

 「! まだ何も言ってないのですが... はい、ご協力感謝します。お二方には呂岳の血をとってきて頂きたいのです。」

 「なるほど。抗体を作るため、ですね。」

 「理解が早くて助かります。後のことはこちらでどうにかしますので、どうかお願いします。」

 

 そう言って空飛ぶ犬に乗って楊戩はその場から去っていく。

 藤丸たちが再び呂岳に目を向けると、呂岳は太公望のみを見ておりこちらへの注意はしていないようだった。

 

 「ホームズ。」

 「ああ、行くとしよう。」

 

 そう言って呂岳に駆け寄るホームズ。流石に呂岳も気付いてホームズ後ろの兵の1人に指示を出す。

 

 「フン! 小生の病原体が効かないのは生意気だが、これならどうだ!」

 

 そう言って兵士はホームズの方へ試験管を投げつける。

 

 「その瓶の中には小生が研究中に発見した微生物と火薬が入っている! 試験管が割れれば微生物によって威力のました爆発がお前を吹き飛ばす。さあ死んじゃえーっ!」

 

 そうしてそれはホームズの手間に落ちて着弾するかといった時。

 

 「召喚! キャスター!」

 

 藤丸の掛け声でマントを被った女性の影が現れる。それは一瞬何かを呟いたと思うとホームズの前方にバリアが貼られた。

 

 「!? 嘘っしょ!」

 

 爆風の中から飛び出したホームズは無傷のまま呂岳に近づいて構える。

 

 「バリツ!」

 「げえっ! ぶっ!」

 

 一瞬で呂岳の兵士4人を打ち倒す。驚く呂岳はそのホームズの杖で顔面を打ち据えられる。

 

 「さて、詰み(チェックメイト)だ。」

 

 呂岳の血がついた杖をしまってホームズは宣告する。太公望は既に風をおさめており、楊戩は呂岳の裏に回って逃がさないように三叉の槍を構えている。

 

 「うぐぅ... こうなったら...」

 

 そう言って呂岳は白衣の下を見せびらかす。そこには大量の試験管がびっしりとあった。

 

 「けけけけけっ! この試験管の中には小生をも壊死させる超ウイルスが入っている! 薬じゃないから速攻で周辺の人間は黒く腐って死んじゃうよ!」

 「なっ...!」

 

 驚いたのは誰の声だったか。無闇に呂岳を攻撃できなくなった彼らは指を咥えて逃げるのを見ているしかないと思われたが...

 

 「ハッタリだな。」

 

 太公望がそう言って歩いてくる。

 

 「おぬしにそんな度胸があるようにも見えぬ。大方、嘘であろうよ。」

 「私も同意見だ。中身は逃走を補助するものだろう。」

 

 太公望とホームズは各々の見解を述べて呂岳の言葉を否定する。図星を突かれたのか、ヒヒヒと笑う呂岳の声にも覇気がない。ジリジリと迫るホームズらに観念したように呂岳は項垂れるが、その遠くから来たそれらによって呂岳は一命を取り留めた。

 

 「これは、蜂の大軍!?」

 「明らかにわしたちを狙ってきとるぞ!」

 

 彼らに飛んできたのは蜂の大軍だった。10や20ではない。100を超える蜂が意思を持ったように藤丸たちに襲いかかった。太公望が風を起こしてそれを散らすも、気がついた時には既に呂岳はいなくなっていた。

 

 「くっ、逃げられたか。」

 「しかし彼の血は手に入れました。早急に抗体を作りあげましょう。」

 「うむ...そう、じゃな...」

 「太公望師叔!」

 「俺が運びます! お2人は早く抗体を!」

 「感謝します! このお礼はまた後ほど!」

 

 こうして、突如起きた戦いはどうにか終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああなんということだ!」

 

 そこは豪奢の限りを尽くした部屋の中。一組の男女がそこにいた。一人は誰もを虜にするような絶世の美女。もう一人は時代と地域を間違えたような、まるでフランス貴族のような美男子だった。

 

 「呂岳くんは敗れてしまったらしい。高継能くんが助けに入って間一髪逃げれたそうだが、太公望くんたちだけではなく謎の人物たちに邪魔されたそうだ。」

 

 片手にワイングラスを傾けながら彼は続ける。

 

 「少し前の申公豹の雷。私の第六感(シックスセンス)はそれと無関係でないと言っている。ああ誰なんだ、見知らぬ君よ!」

 「カルデア、っていうらしいわよぉん♡」

 

 ハイテンションで捲し立てる男だったが、美女が答えを教えると不思議そうな顔をする。

 

 「カルデア? 誰だい、それは。僕はそのような名前は聞いたことがないんだが...」

 「当然よぉん。だってさっき来たばっかの子達らしいからねぇん♡」

 

 そう言って美女は嗤う。絹でできた豪勢な別途に転がりながら、しかし上品に桃を食べている。男はなぜさっき来たばかりだというカルデアを既に知っているのか気になったが、彼女ならそういうこともあるだろうと思ってその疑問を流す。

 

 「なるほどカルデアか。ああいい。今覚えたとも!より素晴らしい戦いになるなら大歓迎さ!」

 

 男は楽しそうに笑う。見た目に反して戦うこと自体を楽しむ戦闘狂な彼にとって、申公豹がここまでする相手が出て来たのは純粋に喜ばしいことだった。

 

 「趙公明(ちょうこうめい)ちゃんは楽しそうねぇん♡まあわらわも次の一手を考えなくちゃかしらぁん♡」

 「おお!では呂岳が帰ってきたら話を聞くとしよう! ああ、楽しみだ! 太公望くんもカルデアくんも! 早く会ってみたいものだ! はーはっはっはっは!」

 「おーほっほほほほほ!」

 

 城から二人の高笑いが響く。そこから少し行ったところでは今にも飢餓で倒れそうな民がばかり。男は徴兵で街を離れ、女子供はその日を生き抜くのみで精一杯。

 それが今の朝歌(ちょうか)。のちに中国と呼ばれる地で長く栄えた殷王朝の首都であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呂岳が逃げた後、藤丸は周軍の兵士力を借りて、太公望や倒れていたマシュとオレンジ髪の少年を医療用の天幕で寝かせていた。最初に連れてきた人たちも一緒だ。楊戩の保証もあって、客人として迎えられた藤丸は天幕を一つ用意してもらっていたが、彼は医療用の天幕の中でマシュの隣に座っていた。ちなみに、ホームズは楊戩を手伝って抗体を作っているため不在である。ふと藤丸が入口の方を見ると誰かが覗いているようだった。

 

 「えっとー。何か用事があるんでしたらどうぞ?」

 「あ、はい。じゃあお邪魔しまーす。」

 「お邪魔するっす。」

 

 そこに入ってきたのは赤いジャージのようなものを来た少年と空飛ぶ白いカバだった。

 

 「カバが喋った!」

 「カバじゃないっす!」

 

 思わず突っ込んでしまった藤丸だったはが、本人(人?)は不満そうに言い返したため、二度と言わないように心の中で誓う。

 入ってきた2人は病人に近づかないように端っこに座ると、興味津々といった様子で話しかける。

 

 「さっきはご主人たちを助けてくれたようでありがとうっす。」

 「いや、そんな大したことないよ。っていうか“ご主人” って?」

 「ああ、ご主人はそこで寝てる太公望のことっす。」

 

 そう言ってそこで横になっていた黒髪の青年の方を指をさす。

 

 「僕は四不象(スープーシャン)っていうっす。そこのご主人の霊獣っす。」

 「僕は武吉(ぶきち)って言います! 師匠である太公望さんの一番弟子です!」

 「俺は藤丸立香。よろしく、四不象、武吉くん。」

 「フォウ、ンキュ。」

 

 そう言って握手する3人。藤丸の肩に乗っていたフォウ君は武吉たちの方に跳んで戯れあっていた。しばらくして落ち着くと、四不象と名乗った生き物は不思議そうに問いかける。

 

 「藤丸さんは仙人... じゃないっぽいすね。天然道士なんすか?」

 「天然道士? いや、俺はただの人間だよ。」

 「ええっ! じゃあ何でそんなピンピンしてるんですか!?」

 

 よく見れば2人とも少し具合が悪そうで、呂岳の殺人ウイルスに冒されているようだった。太公望が散らしてホームズが速攻でケリをつけたため、重症とはいかないようだが無事でもなさそうだった。

 

 「俺はちょっと色々あって呪いや病気には強くてさ。今回のもそれで防げたみたい。」

 「へー。そんな人間もいるんですね。」

 

 武吉は関心したように頷く。普通はなぜだと考えるところだが、素直な武吉少年はそんな考えも浮かばないようだった。

 

 「けど、藤丸さんはどこから来たんすか?朝歌... じゃなさそうすし、南の方っすか?」

 「それに珍しい名前ですし、僕も気になります!」

 

 藤丸はその返答に困った。どこまで話していいものかと。かといって下手なことを言ってもすぐ嘘が露呈するだけだ。

 

 「それは...」

 「やめい、スープー、武吉。質問攻めでそやつが困っておるだろう。」

 「!」

 

 声のした方向を見れば、先ほどまで寝てた太公望は起き上がっていた。しかし、まだ顔色は悪そうで、無理をしている様子だった。

 

 「ご主人!」

 「お師匠様!」

 「これ叫ぶでない。それとそやつはわしらの恩人だ。変に困らせてはならぬ。」

 

 そう言って2人を止めた太公望は藤丸の方に向き直る。

 

 「では改めて感謝する。わしは太公望。今はこうして周の元帥をやらされておる。」

 「俺は藤丸立香です。先程はありがとうございました。」

 「いや馬鹿を言えい。感謝するのはこっちのほうだっつーのに。」

 

 そう言う太公望の方を改めてよく見る。大きな手袋に黒と黄の服。青い目で右目の下には隈のようなものがある。頭に巻いていた角のような白いバンダナ?をはずしていると、先ほどまでと印象が違って見える。

 ふと藤丸は失礼だと思いながらも、疑問を投げかける。

 

 「あの、申し訳ありませんが、あなたは本気にあの太公望なんですか?」

 

 太公望。その名前は藤丸でも知っている名だ。古代中国における伝説の大軍師。見たところサーヴァントとして召喚されたわけではなく、この時代の人物に見える。しかし、それでは一つ疑問ができる。

 

 「おぬしの質問がどういう意図かはわからぬが、わしが太公望であることは事実だしのう。まあ、詳しいことは後にしよう。ほれ。」

 

 そうして太公望に促されるままに天幕の入り口を見ると、2つの人影がこちらに向かって来ていた。

 

 「お待たせしました。これを投与すれば一時的に治るでしょう。」

 

 そうして入ってきたのはホームズと楊戩。2人は手に持った箱の中から注射器を取り出して説明する。太公望は一瞬「ち、注射...」とたじろぐと横で寝ている面々を指さす。

 

 「よっ楊戩。先にあやつらに打ってやれ。」

 「ここにいる全員分はできているので心配せずとも大丈夫ですよ。それとも...」

 

 楊戩は少し小馬鹿にしたように言う。

 

 「まさか師叔ともあろう者が注射を怖がったりは... しないですよね?」

 

 ジリジリと寄る楊戩。動きたくても動けない太公望。

 

 「さあ、観念しなさい!」

 「いやじゃー!」

 

 周軍の陣地に情けない声が響きわたる。

 藤丸とホームズはこれが本当にかの大軍師なのかと呆れていた。

 




太公望「痛いのは嫌なのだっ!」
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