新世紀エヴァンゲリオン-And become Joseph- 作:さえもん9184
遅ればせながら、新年の挨拶をさせていただきます。
今年も何卒、よろしくお願いします。
更新が遅れ、申し訳ありません。
シンジとて思春期の少年である。
大人という存在に、反発したいという思いがあるのは当然である。故に、碇リュウジや葛城ミサトに思春期特有の、反抗心を持つのも何ら不思議なことはない。
だが、それと同時に、その身を以て自分のことを守ってくれてきたリュウジには、それ以上に感謝の念や父性愛を感じており、なにより、尊敬もしていた。
ミサトも、だらしないと思うことはあるが、子ども心に必死に上官として努力していることや、自分と同じくリュウジに薫陶を受けていることからも、母親や姉のような親愛の念を持っている。
だが今は、
(なんでこんな目で式波は見るんだよ……)
自分に何の相談もせずにアスカと同居を決めた二人に対して、恨めしい思いを持っていた。
「も、もうすぐ着くからさ、疲れてるとは思うけど……」
「……私がいつ疲れてるって言った?」
ミサトに言われた通りに、自宅まで案内しているのだが、アスカは何が気に入らないのか、不機嫌な表情も雰囲気も隠すことなく、シンジに向けてくる。
「そ、そっか。戦闘の後だから疲れてるのかな~って……」
「あれぐらいで疲れるわけないでしょ、アンタらとは鍛え方が違うの」
なんとか気まずい雰囲気を払拭しようとするが、
(取りつく島もないよ……)
その努力は先ほどから、ことごとく意味をなしていなかった。
綾波レイとはまた違ったタイプの少女に、そこまで異性との接点がないシンジはどう向き合うべきかが全く分からなかった。
「……あんた、あのスコア、どうやって出したのよ」
「へ?」
だがそんな中で、アスカから急にシンジに話題を振ってきた。
「スコア?」
だが、シンジとしては何のことかさっぱりであり、間の抜けた表情を浮かべてしまう。
「ア、アンタ……」
その表情を浮かべたシンジに対して、アスカの不機嫌な表情に少しづつ怒りが混ざる。
「わからないっての!?格闘シミュレーターのスコアよ!シュネルモードのス・コ・ア!!」
「あ!あのシミュレーター?」
「そう!アンタ、私のスコアにダブルスコアで更新したでしょ?どんな訓練してたのよ!!」
「ど、どんなも何も、いきなりやることになって、無我夢中だったから良く解らないっていうか……」
そのセリフが、一気にアスカの手を拳に変え、
「フン!!」
「ぐぅっ!!」
シンジを殴り抜いた。
「いった~。な、なにすんだよ!いきなり……」
「アンタ、そんないい加減な気持ちで訓練してきたっての!?」
「……いい加減?」
「いい加減でしょうが!私が……私がどんな思いで、今まで……」
アスカは肩を震わせ、両拳を強く握った。
「こんな奴が、こんな奴がエースパイロットだっていうの?」
悔しさや、憎らしさなどがない交ぜになった表情がシンジに向けられる。
「式波?」
「なんでいい加減なアンタが、あんなスコアを出せて、あんな戦闘ができんのよ。私の訓練はなんだっていうのよ……」
シンジからアスカの表情は伺えないが、彼女の両拳がワナワナと震えている。
「……式波。キミがどんな努力をしてきたかなんて、悪いけどボクには解らないし、理解する気もない」
「なっ……。アンタ!……」
「当たり前だろ?ボクがどんな思いでエヴァに乗ってるか、君も理解しようとしてないんだから。でなきゃ、『いい加減』なんて言葉出るはずがない」
シンジは、アスカが自分のことを、
司令官の息子だからエヴァに乗れている『ナナヒカリ』
と、思っているのは理解できた。
ゲンドウがどんな思惑でシンジをエヴァに乗せているかは、未だにわからないが、アスカが言う通り、父親の思惑でエヴァに自分が乗っているのは事実である。
だがそれはエヴァに乗る切欠であって、けっして、
『いい加減』
な気持ちで戦ったり、訓練しているわけではない。
「君に比べれば、ボクがしてきた訓練なんて生温いものかもしれない。そんなボクが、君より成績が上なのも、エースパイロットって呼ばれてるのも、君には気に入らないかもしれない。でもそんなものはどうだっていいんだ。守りたいものを守れなきゃ、そんなもの何の意味もないんだから」
アスカから向けられる憎しみや、悔しさがない交ぜになった表情など、意に返さないかのような力強い眼を、シンジは逆にアスカに向ける。
「式波。安心しなよ。君は訓練でいい成績を残したり、使徒に勝つことに集中すればいい。エースパイロットの名誉だって、ボクはいらない。そんなものより、大切なものが沢山あるから」
(ウソでしょ、こいつ、さっきまで全然こんな奴じゃなかったのに……)
アスカはシンジの眼を見て、驚きを隠せなかった。
先ほどのオドオドしていた少年と、同一人物とはとても思えなかった。
「……言っとくけど、ボクなんかで驚いてたら、憧れの『伝説の軍人』に会うなんて到底無理だよ」
「ど、どういう意味よ」
「その内わかるよ。それも多分、今日中に」
※
結局二人は、決して雰囲気が改善しないまま、
「ただいま~」
葛城宅へと帰宅する。
シンジは帰宅の挨拶をするが、アスカは先ほどのシンジの変貌ぶりも相まって、居心地の悪さがありありとでていた。
「おかえり、シンジ」
とそこにエプロン姿のリュウジが出迎えた。
「へ?」
「ただいま、おじさん。早かったね、もう少しかかると思ったのに」
「一応彼女の歓迎会の準備もあるからな。早めに切り上げて、食事の買い出しをすぐ済ませて今支度中だ」
リュウジはそう言いながら、ドアの前で佇むアスカに微笑みかける。
「ようこそアスカ。さ、上がって」
「な、なんであんたがここにいんのよ……」
だがアスカにとっては、予想外の人物の登場に、思考が追いつかない。
「いろいろと事情がありましてね。ここで、シンジと同じく居候させていただいてます」
「聞いてないわよ!そんなこと!」
「言えば、君はここに住むことを了承しないと思いましてね」
「当たり前でしょう!なんで私がアンタみたいなダメオヤジなんかと一緒に住まなきゃいけないのよ!」
唯でさえ、シンジと同居するのが納得できていないのに、そこにリュウジが加わったことで、一気にアスカの不満が高まる。
「葛城一佐から言われませんでした?命令だと」
「だったらあんたが出ていってよ!そしたら、命令通りここに住んでやるわよ」
「申し訳ありませんが、それもできません。言ったでしょ?事情があるんです。君の荷物はもう部屋に入れてあります。女性職員に頼んで、ある程度整理してもらってますが、自分で確認しておいてください」
そういうと、リュウジは中へと戻っていく。
「式波?」
シンジはそんなリュウジを恨めしそうに見るアスカに、声をかける。
「……何よ」
「君が、おじさんの何が気に入らないのかは知らない。でも、ここで不貞腐れて、ここに住むのを拒否したら、絶対に後悔する」
「……どういう意味よ」
「ボクが言えるのはそれだけだ。それに式波は、ボクなんかより、遥かに過酷な訓練を積んできたんでしょ?」
「当たり前でしょ!私はエリートパイロットとして……」
「だったら、これぐらいの命令、聞けるわよね?」
「ミ!ミサト……いつの間に……」
気付けば二人の後ろには、ミサトが到着していた。
「リュウジが言った通り、あなたがここに住むのは命令だし、彼もここから……、というより私のそばから離れられないの。年頃の女の子であるあなたに、中年男性と同居するのに抵抗はあるだろうし、あなたが彼に対していい印象を持っていないのも解る。でも物は試しってね、……案外居心地いいかもしれないわよ?」
「……わかったわよ」
言いたいことは山ほどありそうだが、アスカはミサトの命令を受け入れた。
「だったら、さっき言ったこと、守ってよね」
「さっき?」
「例の教官よ。早く会わせてよね」
「……いいわ。さ、今日はあなたの歓迎会も兼ねて、パーッといくわよん。遠慮しないで、入った入った」
ミサトは、アスカに入るよう声をかけ、無言でアスカは入ろうとする。
「式波。今日からここは、君の家だよ」
だがそこにシンジが待ったをかけた。
「だ、だから何よ……」
「家に帰ったら、『ただいま』って言うんだ」
「いいわよ別に。どうせ、ここにいる間だけの仮住まいなんだし」
「アスカ」
それを無視して入ろうとしてアスカに、ミサトは静かな視線を向ける。
「……た、ただいま」
「「おかえり」」
※
「と、言うわけで、新たな家族の歓迎といたしまして……」
「「「かんぱ~い!!!」」」
一名だけテンションが低いが、リュウジが腕によりをかけた豪勢な食卓で四人は乾杯をする。
「さ、アスカ。遠慮しないで。こう見えてもリュウジはここに来る前は定食屋を経営してたの。料理の腕は超一流よ」
「だったら、ネルフの食堂にでも異動させた方がいいんじゃないの?」
「兄からの辞令で、葛城さんの補佐を命じられましてね。可能なら、食堂勤務もやぶさかではないんですが」
「ちょっと~、私の補佐官が不満だっての~?」
「とんでもない。美しい女性の傍にいられるとは、男としてこの上ない名誉ですよ」
「おじさん、あまり臭いセリフ言わないでよ。鳥肌が立つから」
「やだ~、シンちゃん辛辣~」
アスカの嫌味も、リュウジは意に返さないどころか、それが一家団欒の風景を彩るまでになり、アスカだけは苛立っていた。
「ま、アスカ、とりあえず食べてみてください。口に合わないなら、そう正直に言ってくださって結構ですから」
しぶしぶといった表情を隠すこともなく、アスカは近くのから揚げを一つ箸でつまみ、口へ放った。
「ん!」
そして思わず声が漏れ、慌てて口を押えながら三人を見渡し、
「………」
無言のまま、そのから揚げを二個、三個と自分の皿へよそう。
「ま、まあまあじゃない。人間一つぐらいは取り柄があるもんね」
「ありがとう。さ、遠慮せず食べてください」
相変わらずアスカから嫌味を言われるが、それを意に返す事もなく、リュウジは満面の笑みで自分の料理をアスカに進める。
「で、ミサト。いつになったら会わせてくれんのよ」
そのリュウジの様子がアスカは、気に入らないのか。相変わらず不機嫌なまま、目下の目的である人物に会う催促をする。
「それは……」
「慌てないで、『伝説の軍人』も今は腹ごしらえの時間ですよ」
若干焦るミサトとは裏腹に、当の本人は我関せずという風に、ビールを煽る。
そんなリュウジの物言いが、馬鹿にしているように聞こえたのか、両手で、
『ダンッ!!』
と机を叩きつけ、
「命令だから大人しくしてるけど。私はこんな家族ごっこをするために日本に来たんじゃないの!あんたと違って、私はエヴァに乗って、使徒を倒す使命があんの。そのために日本に来たんだし、そのために、その人に会って、もっと強くなんなきゃいけないのよ!!」
アスカは勢いよく立ち上がり、リュウジを捲し立てる。
「こんなとこで、ぬくぬくしてるアンタにはわかんないでしょうね!」
アスカとしては、こんな無能な人間に、自分が怒り散らしていることすら、我慢ならなかった。それをリュウジが見て取れぬわけがない。
「……ハァ。……我慢が足りない。それに恐れを知らなさすぎる」
そう言うと、アスカに向けていた穏やかな雰囲気は消し飛んだ。
表情こそ変わっていないが、リュウジの眼は、アスカを今日一番に愕然させた。
(…………え?)
何が起きたのかわからない。
そうは言うが、リュウジはただアスカを見ているだけだ。
だからこそ、アスカ自身は、自分が何に愕然としているのかがわからなかった。
「恐れを知らないから、今日の戦闘では、君は勝つと同時に、自分の能力をひけらかしたかった。違うか?」
「そ、そんなこと……」
より強く否定をしたかったが、リュウジの眼光がそれを許さなかった。
「なら聞く。超電磁洋弓銃を選んだ
先の戦闘で、使用できる武器の中には、より使いやすく、威力のある武器はあった。それに比べ、超電磁洋弓銃は遥かに弱いと言うわけではないが、決して最適解の武器とは言えなかった。
「それは……」
アスカは対使徒戦を決して、舐めていたわけではない。だがアピールしたい気持ちが無かったか、と聞かれれば否定する事はできなかった。それをリュウジに見抜かれたのだ。
「……いかに能力が有ったとしても、戦場というシビアな場所で、全力を尽くさない人間には、私が何を教えても無駄だ」
立ち尽くすアスカとは裏腹に、リュウジは落ち着いて座りながら、ビールを飲み続ける。
「私が教えるのは、人をいかに効率的に殺すか、という技術だ。申し訳ないが、これほど危険な技術を、君みたいに我慢ができず、恐れを知らない者には、とてもじゃないが教えられない」
ここまできてアスカも気づいていない訳が無い。
「ウソ…でしょ……、ア…アンタ、だったの」
リュウジの醸し出す雰囲気は、今までのただ人の良さそうな中年男性のものではない。アスカとて、経験したことのない、歴戦の戦士が纏う空気であった。
「…………」
一方のリュウジは、たじろぐアスカを尻目に、相変わらず、ビールを飲んでいる。
「いえ、その……態度なら改めます!ですから……」
「私への態度などどうでもいい。問題は、君が強さとは何かをはき違えていることだ」
リュウジはアスカの自分への態度については、何も思うところはない。彼女の言動に、不快な思いなど露ほども感じていないのだ。
「私が、シンジやレイに私の技を教えているのは、生きるためだ。決して使徒を倒すためじゃない」
「ですが!使徒を倒さなければ、私たちは滅びます!」
「その為に、君らが死んでは何も意味がない」
「私は死など恐れません!」
「それは生きる辛さに負けた者の戯言だ。その辛さに負け、生きて帰るという戦果を放棄しただけに過ぎない」
今日の戦闘で、アスカは己の虚栄心を満足させる為に、あえて扱いずらい武器を選んだ。その選択は、下手をすれば、己の命を失いかねないものだ。
そしてそうなったとしても、それは運が悪かったのではない。必然なのだ。逆に今日無事に戦闘が終了できたのは、運が良かったのだ。
「死を僅かでも望んだのなら、その時点で負けだ。今日の君の行為は、それに値する。そしてそれを、君は強さだと勘違いしている」
そこまで行って、リュウジは一息ついた。
「どうだ?失望しただろう?」
「え?」
「君の価値観からすれば、私の考えは臆病者のそれでしかない。死を恐れ、戦いを恐怖しているようにしか見えない筈だ」
それも図星だったのか、アスカはまたもやだじろぐ。
「過去に、私にそう言った勇敢な人間はたくさんいた。だがその半分は死に、もう半分は二度と戦えない体になった。……君は望まないだろうが、私は君に勇敢になって欲しくない。臆病である事は決して恥じゃないんだ。仮にそう言う奴がいても、そんなもの気にするな」
いつのまにか、リュウジの雰囲気が柔らかいものに戻った。
「アスカ。あなたが最初この人に会った時、おそらく、年下の私にこき使われてる、冴えない中年男性だとでも思ったんでしょう」
ミサトに的確に自身の心情を読まれ、アスカは言葉に詰まる。
「優秀なら、それ相応の地位についているのが普通だものね。だけど、この人の場合は事情があるの」
「事情?そういえば、さっきもそんなこと言ってたわね」
「……この人の兄。つまり碇司令が、この人の能力を警戒して、決してこれ以上階級を上げようとしないの。要注意人物として、今も私には、常に監視下に置くことも命令されてるわ」
リュウジの能力を考えれば余りに不当な扱いである。
「要注意人物って、実の弟になんで」
「この人の経歴は、おいおい教えるけど、数多くの国や勢力の軍隊に教官や指揮官として在籍していた。そこで育った教え子が数多くいたり、口外されたくない数多の機密事項をこの人は知ってる。そのせいで、碇リュウジの言動は、世界のパワーバランスに多大な影響を与えるまでになってる」
「今の第三新東京市の迎撃システムの復旧も、おじさんが裏から手を回したからだしね」
「そう言われてるな。証拠はどこにも無いが」
リュウジは、おどけたような表情を浮かべ、とぼけるように言う。
「だから、この人の見た目や階級に騙されちゃダメよ。能ある鷹は爪を隠すっていうけど。この人は鷹どころかバケモノだから。爪どころかN2地雷隠し持ってるから」
ミサトからの人外扱いに、リュウジは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「……碇司令に、そんな不当な扱いされてまで。どうしてそこまでするのよ」
「エヴァに乗って戦う君たちが、無事に帰って来れる可能性を少しでも上げる為だ。さらに言えば、君に生きていて欲しいからだ。アスカ」
「な、何よ急に」
「生きていなければ、何もできないんだ。確かに漫然と、ただ生きている者もいる。それが良いとは、私も思えない。だが、必死に生きる事自体、まずその命あってこそだ。命があるから次がある。生きているから、こうして飯も食える」
そう言って、リュウジは唐揚げを一つ頬張る。
「今、世界は滅亡の淵にある。使徒を倒さなければ、我々は滅ぶ。それは確かだ。君やシンジは、それを防ぐ為に命懸けで戦ってくれている。だが、そうして世界を救っても、そこにアスカがいないのは、俺はイヤだ。世界中の誰もが喜んだとしても、俺だけは喜べない。そんな世界、なんの価値もない」
「あ、アンタ頭おかしいんじゃないの?今日会ったばっかなのに、何でそんなこと言えんのよ」
アスカは信じられないものを見る表情を、リュウジに向ける。
「ダメか?」
「理由もないのに、普通今日会ったやつの、命の心配なんてしないわ」
「理由がなきゃ、君に生きて欲しいと思ってはいけないか?」
だがリュウジは、なんの迷いもなく、アスカに『生きろ』と願う。
シンジも、レイも、そしてアスカにも、死んで欲しくない。人類のために、犠牲になる必要はないと、リュウジは心の底から願っている。
そこにリュウジは、わざわざ理由づけなどしない。
「……勝手に、しなさいよ」
アスカは、椅子に崩れるように座る。
「ああ、勝手にするさ。そして勝手ついでで悪いが、俺なりに、君に喜んで欲しくて作った。口に合ったなら、食べてくれると嬉しい」
アスカはゆっくりと箸を持つと、少しづつではあるが、食卓に並ぶものをよそい、食べる。
「ありがとう。うれしいよ」
「さ、食べましょ。折角のご飯が冷めちゃうわ」
「あ、ミサトさん。ビール持ってきますか?」
「あ、お願〜い」
「おじさんは?」
「俺は焼酎にしようかな」
そうして、葛城家に新たな家族が加わった。
※
夜が深まり、リュウジはいつも通り、ベランダでモンテクリストを燻らせていた。
「どうしました?」
そこに、スコッチと、氷を入れた二つのグラスを持ったミサトが現れた。
「一緒に、飲み直さない?」
そうして、
『カチン』
と、二人は改めて乾杯した。
「改めて、任務遂行、ご苦労様」
「ありがとうございます」
そうして二人は琥珀色をあおる。
「優しい子ですね。アスカは」
「ええ。だから、あなたに会って欲しかった」
優しいからこそ、彼女は死を賭して戦おうとしていた。それを、ミサトは止めたかった。
「ごめんなさい。あなたに頼りっきりで」
だが自分ではできない。だから、リュウジに今回の任務を任せたのだ。彼なら、アスカを救える。逆に言えば、リュウジができなければ、誰にも出来ないと考えていたのだ。
「謝らないでください。私はあなたの部下です。堂々と構えて、堂々と命令すればいいんです。それに、まだアスカとは会ったばかりです。これから、彼女と信頼を築いていかなくては」
これから、ミサトとともに、少しづつ向き合っていけばいい。シンジやレイとも、ゆっくり触れ合っていけばいい。そうして、ここでの居場所を、一緒に作っていけばいい。
「……一つ聞いていいかしら?」
「なんでしょう?」
「アスカの誤解をすぐに解かなかったのはどうして?」
そう問われたリュウジは、バツが悪そうな顔をした。
「……最初に会った時。彼女、俺にオヤジって言ったんです。それが、少し嬉しくて」
「嬉しい?どうして?」
「アスカは、中年男を罵るつもりで言ったんでしょうけど、俺には『親父』と、言ってくれたようで、何だか、嬉しくなっちゃって」
「リュウジ……」
「俺は、戦場で負傷して、子供がつくれません。ですが、シンジという家族ができた。俺に人並みの温もりをくれて、父親のように慕ってくれた。本当に、感謝してるんです。ですが、父親じゃない。飽くまで『おじさん』です。……勿論、それでいいんです」
父と呼んで欲しい訳ではない。むしろシンジを戦わせてる自分には、シンジという家族がいるだけでこれ以上ない幸せなのだ。
「でも、アスカの『オヤジ』が、俺に父親でしか味わえない感覚を、少し、与えてくれたようで、嬉しくて……」
そこまで言って、リュウジは少し恥ずかしくなり、グラスをイッキにあおった。
「笑ってください。馬鹿な男だと」
「そんなことない。あなたは、あの子たちにとって、これ以上ない父親よ」
「よしてください。父親は、子供を戦わせるようなことはしません」
「子供が、父親を守りたいと思うのは、おかしいことじゃないわ」
その思いを、リュウジは良しとしたくないのは、ミサトもわかる。愛情が持つ残酷さを、リュウジほど感じて来た人間はいないだろう。
「リュウジ。あなたは十分闘った。子供たちのためどころか、私たちのためにも。そろそろ、報われてもいいんじゃない?」
ミサトの言葉を、リュウジは素直に嬉しく思った。
「ありがとうございます。……ですが、まだです。俺にはやるべきことがあります」
「そうね。まだ戦いは終わってない。あなたにも、まだ頑張ってもらわないと」
「ええ。それに、あなたは一つ、誤解してます」
「え?」
「私は、もう十分報われています。シンジや、あなたという家族がいる。私には過分な幸せです」
「……なに臭いこと言いてるのよ」
「嘘じゃありません。まあ、もう少し、そのだらしない生活を改善して欲しいとは思いますが」
「うっさいわねぇ。オンオフの切り替えが大事なの!」
「あなたの場合、極端すぎます」
部下と上司、師匠と弟子、親と娘、そんな関係がないまぜになった雰囲気とともに、徐々に夜は更けていく。
その後、船を漕ぎ出したミサトを、リュウジは彼女の部屋へと運び、そのまま布団に入れた。
「うっ!!!」
リュウジは口を抑え、できるだけ静かに、かつ迅速にトイレへと駆け込み、
「おエェぇ!!!」
全て吐き出した。
(ついに、食事すら拒否し始めたか……)
侵食が進んだ影響か、睡眠に続き、食事も喉を通らなくなった。
(報われてもいい、か……)
確かにミサトの言葉は嬉しかった。だが、この呪われた体では、そんな事は許されない。
下手をすれば、リュウジは彼らの敵になってしまうのだ。
(安心しろ、シンジ。もしそうなったら、俺自身の手で蹴りをつける)
加えて、いざという時は、マリに介錯を頼んである。
(許せマリ。君の駒になると言ったが、もしかしたら、俺は余計な手を煩わせる事になる)
詳細は知らないが、ユイから受け継いだ使命が彼女にはある。それに邁進してほしいが、もしもの時は、今のところ彼女以外に頼める心当たりがなかった。
(落ち着け。今は分析に徹しろ。赤木博士と、今はこの身体について徹底的に調べるんだ)
今は、現状を把握するのが先決である。どうなるかわからない未来に、不安を募らせている場合ではないのだ。
(諦めない。俺は、最後まで諦めない)
「ぅうっ!!!」
そこまで食べなかったため、幸い出し切るまで、誰にもバレることはなかった。
そして、リュウジは眠れない夜に、いつも通り浸っていく。
作中にある、超電磁洋弓銃のくだりは、私の想像です。もしかしたら、あれしかなかったかも知れないんですが。
ボウガンって結構扱い辛いんです。種類や得て不得手もあると思いますが。少なくとも空中で扱うなら、もっと適した武器があるかなと思い、こういった展開にしました。
ご意見、ご感想お待ちしております。
誤字、脱字等ございましたら、お手数ですがご報告ください。
これからも、応援よろしくお願いいたします。