新世紀エヴァンゲリオン-And become Joseph-   作:さえもん9184

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年内になんとかQは終わらせたいですが、できるかは微妙です。


Q-陽だまり-

シンジは目当てのものを探していたが、

 

「……やっぱ、ダメかぁ」

 

相変わらず空振りとなっていた。

最初の調理場を引っ掻き回しはしたが、結局目当てのものは見つからず、またあったとしても悉くがとても調味料として使用できる状態ではなかった。

改めて14年と言う年月の経過を感じさせられていた。

故に、心当たりのあるところを更に探した。

冷蔵庫がありそうな給湯室。

食糧を保存していそうな貯蔵庫。

 

「……はぁ」

 

今日の探索は仕方なく、溜息と共に切り上げた。

 

(参ったな……、かといって、調味料も食材も限られてるし……)

 

カヲルの作った食材を使えるとは言え、量は多くない。

その上、水や調味料も限られている以上、大それた料理は作れない。

もっとも、そんなものシンジとしても作るつもりなどない。

つつましい、温かいものをシンジは作りたいのだ。

 

「でも、それすらも、今の状況じゃ……」

 

あと一歩と言うところで、シンジの計画が暗礁に乗り上げ、とぼとぼと通路を歩いている。

 

(おじさん、よく作ってたな……おじさんなら)

 

そうしてリュウジへと思いを馳せようとすると、

 

『お前が乗る必要はない、帰ろう』

 

『……素直に俺と来るか、拒否してこの二人を殺されてから、俺と来るか……。選べ』

 

『当たり前だろ?家族なんだから』

 

『ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』

 

「……ぅう」

 

優しく、温かく接してくれたリュウジと、目覚めてからの、変わり果てたリュウジの有様を思い出し、その落差にシンジはいやが応にも、涙がこみあげてきてしまう。

 

「どうして……、どうしてこんなことに……っ」

 

なんとか涙を拭おうとすると、シンジの耳が柔らかな足音をとらえた。

 

「……綾波?」

 

「……それ、何?」

 

「え?」

 

シンジはレイが自分の頬を伝うものを指していることに気が付くと、腕で強く拭った。

 

「な、なんでもないよ、……別に」

 

そして自身でも不自然と分かっていながら、精いっぱいのひきつってしまった笑顔をレイに向ける。

 

「そ、そうだ、綾波、この後時間ある?」

 

そして無理やり話題をそらそうと、声が上ずってしまう。

 

「時間?」

 

「うん。もしよかったら、一緒に作業を手伝ってほしいんだ」

 

「作業?手伝い?それは命令?」

 

「ううん、命令じゃない。ボクが君と一緒に作業したいから、お願い…かな?」

 

「お願いって、何?」

 

そういわれ、シンジは少し考える。

 

「……そうだな。『ボクがしたいことを、一緒にしてください』ってことかな」

 

そう言って、シンジはレイに手を差し伸べた。

 

 

シンジはレイを連れ、階段を上がっていく。

シンジはその細い腕に、片腕のみで大きめの袋を抱き、空いた手でレイの手をつなぐと言う、かなりきつい体制であった。

 

「やっと……ついた……」

 

既に汗だくになりながら、カヲルの作ったビニールハウスへとたどり着いた。

 

「やぁ、悪いねシンジ君」

 

「カヲル君。これだよね?」

 

カヲルはそう言われると、本の山から一冊を引っ張り出し、ぱらぱらとめくる。

そして、あるページの内容と、袋の中身を見比べ、

 

「うん。これだ。この肥料をまいてみて、様子を見よう」

 

そういうとカヲルは、今度は近くのタンクを手に取る。

 

「それと水を持ってくるから、手入れ、頼んでいいかい?」

 

「勿論」

 

「ありがとう」

 

そして今度はカヲルが、その部屋を後にする。

 

「さ、綾波、こっち」

 

シンジはレイを伴って、ビニールハウスの中に入る。

 

「手伝ってほしいのは、ここのお世話なんだ。実は、ボクらも初めての事ばっかりで、試行錯誤してるんだけど」

 

レイは初めて見る作物たちを、物珍しそうに見渡す。

 

「……ここ、温かい」

 

「そう。ビニールハウスは、外より室内を温かくして、作物が育ちやすい環境にしてるんだ」

 

そういいながら、シンジは再びレイの手を取り、奥へと進んでいく。

 

「いま、特にお世話してるのがこれなんだ」

 

そういって、シンジはカヲルと約束をした、スイカの種を植えた場所へレイを案内した。

 

「……なにも、無い」

 

「今はね、でもうまくいけば……」

 

シンジは冊子を取出し、

 

「こういう風になるんだ」

 

スイカの写真をレイに見せる。

 

「これはスイカっていって、うまくできれば甘くておいしい食べ物になるんだ」

 

「おいしい……」

 

「うん。綾波もできたら一緒に食べよう」

 

シンジが目を輝かせながら、レイに微笑みかける。

レイはそんなシンジに目を丸くしながらも、静かに頷いた。

 

「ありがとう。―――さ、肥料を巻こう」

 

そう言いながらも、シンジも手探りの作業なので、本を見ながら見よう見まねで作業を進める。

 

「ねぇ、碇君」

 

そんな初めてなことに、頭をフル回転させているシンジにレイは静かに声をかけた。

 

「え?なに?綾波」

 

「さっきのって、涙?」

 

その言葉に、シンジはハタと止まった。

 

「涙を流すのは、悲しいときや、寂しいとき。あなたは何か悲しいの?それとも寂しい?」

 

「……解らない。だって……」

 

「だって?」

 

「守れなかったものが……多すぎて……、―――どうすればいいか……解らない」

 

守りたい人がたくさんいた、レイも、アスカも、ミサトも、トウジも、ケンスケも、そしてリュウジも。

そのために戦ってきたのに、結果世界は崩壊した。

そして変わり果てた世界で、皆が皆、変わり果ててしまっていた。

 

「ボクがしてしまったことを考えれば、こうして生きているのだって、許せない人がいると思う。―――おじさんがこのことを聞いたら、すごく怒ると思うけど、許されるのなら死ぬのだって怖くない。でもそれじゃ、……多分それじゃダメなんだ」

 

かといって、何をすべきかは答えが出ていない。

変わり果てたすべてものに、償いをするにはシンジは―――いや、人ひとりでできることなどたかが知れている。

 

「今は、なんとかして、君やおじさんを守りたい」

 

それしか今のシンジには思いつかなかった。

罪の償いと、今目の前にある守りたいもの。その両方を背負えるほど、シンジの背中は広くなかった。

 

 

『何故リュウジを生かしておく。碇』

 

「必要だからです。ガフの扉を開き、契約を遂行するために」

 

『我々にも、そしてお前にも、御すことが出来ぬ男だぞ』

 

「奴にとっても、契約の遂行は成さねばならぬ事象です。何も恐れることはありません」

 

暗い一室において、ゲンドウがゼーレと相対していた。

 

「人類補完計画は、死海文書通りに遂行されております。ご安心ください」

 

『イレギュラーたるお前の弟が生きている限り、安心などない』

 

「リュウジの目的は、もはや人類補完計画の阻止ではありません。私との決着です」

 

『それはお前の目的ではないのか?碇』

 

その言葉に、ゲンドウは内心苦虫を噛み潰した面持ちとなる。

 

「……死海文書の契約改定の時は、もう間もなくです。あなた方の願いも、ここまでは叶っているはず」

 

『左様。ここまではな』

 

『この契約は、お前たち兄弟喧嘩を決着つける為のものではない』

 

「ですが決着をつけてこそ、その時は訪れるのです。そしてそれでこそ、人類の神化と補完は完遂される」

 

『……よかろう』

 

『碇、お前の言う通りではある。だがそれは、お前がリュウジに勝つことが大前提だ』

 

「奴には一度勝ちました。問題ありません」

 

そういうと、モノリスは沈黙した。

 

「……仕方があるまい。リュウジ君はいまだ、ゼーレにとってはある種の恐怖の対象なのだ」

 

それと同時に、後ろに控えていた冬月が声をかける。

 

「私にとってもだ、冬月」

 

「ほう……お前がリュウジ君に対してそんなことを言うとは」

 

「恐れているからこそ、私が奴を見くびることは最早ない。むしろ、奴の方が、私を恐れていない。だからこそ、最後に勝つのは、私だ」

 

その言葉を聞いた冬月は、冷や汗を一筋流す。

 

「……ああ、お前が勝つだろうな。碇」

 

 

リュウジが安置されている一室に、シンジは訪れた。

合間を見つけては、シンジはここによく来るようになっていた。

 

「おじさん。今日はね……」

 

そして、その日あった出来事を報告する。

もっとも、リュウジに反応はないため、一方的に話すことしかできない。

 

「綾波と、肥料をまいたんだ。ほら、この間話した、カヲル君が作った畑。そこで、今スイカを育ててるんだ。で、出来上がったら、カヲル君と、綾波と、一緒に食べるんだ。おじさんも早く起きないと、ボクらで食べちゃうからね」

 

なんとか朗らかに話すが、相変わらずリュウジは眼すら開かない。

それを目の当たりにするたびに、シンジの胸にやるせなさが去来する。

 

「こんなところで寝てないでさぁ……、世話するの……て、手つ、だってよ。水…運んだり、土、運んだり、結構重労働でさ……」

 

笑顔を―――ひきつった笑顔を懸命に向ける。

それでも、リュウジは起きることは無い。

 

「謝るから……ボクがおじさんを守れなかったの、謝るから。だから……、だから起きてよ!おじさん!!」

 

だが涙はやはり溢れてくる。

そして、調整槽に縋りつく。

 

「おじさん……おじさん……」

 

「シンジ君!」

 

そこに、シンジを調整槽からカヲルが引きはがすべく、後ろから彼を抱き寄せた。

 

「下手に刺激すれば、リュウジさんの自我は二度と戻ってこない。耐えるんだ」

 

「……おじさん」

 

どうあがいても、声が届かない絶望に、シンジは必死に耐えていた。

 

「……ごめん。ありがとう、カヲル君」

 

なんとか己を落ち着かせ、調整槽からその身を離す。

 

「今日はもう休んだ方がいい。慣れない力仕事で、疲れたんだ」

 

無論それも理由の一つだろうが、それだけでないことはシンジが一番理解している。

 

「大丈夫だよ、これから、探し物もしないと」

 

「無理しちゃだめだよ。焦ることは無い」

 

「……大丈夫。……本当、大丈夫だから」

 

シンジは努めて笑顔を浮かべ、部屋を後にする。

休んだ方がいいのは、シンジとて理解している。

 

(今度は、上の階探した方がいいかな。それともやっぱり食堂を……)

 

だがこうして無理矢理いろいろ思考を巡らせ、身体を酷使していないとまた余計な事を考えてしまう。

こうでもしていないと、己を保っている事が今のシンジには出来なかった。

 

だがそんな状態で、探索が捗る訳もなく。

疲労困憊のシンジは、次第に探索する手の動きが緩慢になっていく。

そして重たくなった瞼を擦り、なんとか意識を保っていた。

 

「そんな状態では、見つかるものも見つからんぞ、少年」

 

その言葉に、シンジの意識は一気に覚醒した。

振り向くと、そこには冬月が立っていた。

その姿勢は、年齢には似つかわしくない程、シャンとしており、その眼の奥底には静かに、そして何か力強い意志が宿っている。

 

「何をそんなに焦っているのかしらんが、それでは何にをするにも、体に毒だ」

 

自分を気遣う言葉を掛けられても、シンジはその表情から警戒を隠そうともしない。

 

「……焦りますよ。いつ父さんに世界を滅ぼせ、って言われるか解らないんですから」

 

皮肉を込めて言い放つが、冬月はどこか自虐めいた笑みを浮かべる。

 

「フ……まぁ仕方があるまい。君に警戒するなと言うのは虫のいい話だ」

 

シンジにとって冬月はゲンドウ側の人間でしかない。

 

「……何か御用ですか?ボク、やることがあるんですけど」

 

だからこそ、棘のある物言いを、取り繕う事もない。

 

「なに。君の探しているものを、事と次第によっては分けてもいいと思ってな」

 

その言葉に、頑ななシンジも表情が変わる。

 

「ボクが何を探してるか、知ってるんですか」

 

「勿論だ」

 

そういうと、冬月はシンジに背を向ける。

 

「さ、ついてきたまえ」

 

「ボクが貴方を信用する要素なんてないですよ」

 

「かといって、他に当てもあるまい?」

 

そう言って冬月の振り返った横顔には、若干の不敵が浮かんでいる。

 

「安心したまえ。我々にとっても、君に何かあっては困るのだ」

 

確かに冬月の言う通りである。

ここでシンジに何かあって困るのは、他ならぬゲンドウである。万が一のことが起こるようなことを、ゲンドウ側の冬月がするわけがなかった。

その考えにいたり、シンジは冬月の後に続いた。

 

「何をすればいいんですか?」

 

「そうだな……、君は将棋は打てるかね?」

 

 

気付けばシンジは、将棋盤の前に座っていた。

 

「さ、飲みたまえ」

 

そしてどう用意したのか、湯気の立ったココアを冬月がシンジに差し出していた。

 

「はぁ……」

 

「人と久しく打ってなくてね。すまないが、しがない老人の趣味に付き合ってくれ。そうすれば、目当てのものをあげよう」

 

シンジはココアを受け取り、そして冬月と共に盤上に駒を並べる。

 

「君は、将棋の経験は?」

 

「……おじさんと、何度か」

 

その言葉に、冬月の手が一瞬止まる。

 

「……そうか、なら心して打たねばならんな」

 

そうして指し始めたのだが、将棋の静かな時間が、徐々にシンジの疲労を再度呼び起こし始める。

頭を振り、なんとかシンジは覚醒しようとする。

刺激になればとココアをすするが、それが眠気に拍車をかける。

本来なら、曲がりなりにも対局中に居眠りなど言語道断だが、冬月の表情が曇ることは無い。

そして、冬月の一手が刺される。そして中々に次の一手が刺されないのを見て、冬月がシンジを見ると、器用にも座りながら、既にシンジは意識を手放していた。

その様子を見た冬月は、

 

「やれやれ……」

 

と言った表情で、将棋盤を脇にかたすと、起こさぬようにシンジを横たえ、どこから持ってきた掛布団を優しくシンジにかけた。

 

 

徐々に目覚めたシンジは、最初状況が呑み込めていなかった。

 

(……あれ、ボク)

 

「起きたかね」

 

その言葉に、シンジの意識は一気に覚醒した。

そして即座に上体を起こすと、声のした方向に何か本を読んでいる冬月が視界に映った。

 

「安心したまえ、別に薬を盛って眠らせたわけではない。ああでもしないと、今の君を休ませることは出来ないと思ってな」

 

身体を動かさない将棋を打っていれば、疲労困憊のシンジは自ずと眠くなる。そこにとどめとばかりに、リラックスするココアを飲ませる。

シンジはまんまと冬月に休息を取らされたのだ。

 

「君に何かあっては、何を言われるか解ったものではないからな」

 

「……父さんに、ですか?」

 

「フフ。……さてな。―――さてと……」

 

そして冬月はおもむろに立ち上がり、部屋の奥へと消えていく。

そして、

 

「約束のものだ、持ってくといい」

 

冬月の片手に収まるほどの瓶をもってくる。

それを恐る恐るシンジは受け取るり、その中身を見る。

そこには確かにシンジのお目当てのものがあった。

 

「……これって」

 

「ああ、これが君の目当てのものだろう?」

 

中身は味噌であった。

そう、シンジは味噌汁を作りたかったのだ。

出汁はあった。具もカヲルの作った野菜類を入れればいい。

だが肝心の味噌が無ければどうしようもなく、それが無く途方に暮れていたのだ。

 

「でも、ボク、途中で寝ちゃったのに……」

 

「うん?私は将棋を打ってくれと言っただけだ。そして君は、この老人の願いをかなえてくれた。これはその礼だよ」

 

この冬月の好意には、さすがのシンジも、

 

「ありがとうございます!」

 

頭を下げしっかりと礼を言葉にした。

 

「なに、そう畏まらずともいい。……ただ、一つ聞きたい」

 

「なんでしょう?」

 

「私と、リュウジ君。どちらが強かった?」

 

そう言われ、シンジは頭を捻る。そして深く考えるが、

 

「すいません。解りません」

 

素直にそう答えた。

 

「おじさんがどれだけ強かったのか、ボク程度では推し量る事なんかできませんでしたから」

 

シンジの力が一だとすれば、万、億、兆の力がどれ程の強さかなど、推し量れるはずもないのだ。

 

「……そうか」

 

「ボクからも、聞いていいですか?」

 

「なんだね?」

 

「あなたにとっても、やっぱりおじさんは敵だったんですか?」

 

冬月は言葉に詰まったのか、うつむき黙ってしまった。

かと思いきや、

 

「ハッハッハッハッハ!!」

 

普段の雰囲気からは考えられない程、盛大に笑い出した。

 

「ハッハッハ!!敵?……私が、リュウジ君の敵だと!?これは……」

 

その冬月のリアクションに、馬鹿にしているのかとシンジに若干の怒りが露わになる。

 

「何とも、君は私を過大評価してくれていたのだな……私ごときが、リュウジ君の敵とは」

 

だが冬月のその言葉と、笑顔を見て、馬鹿にしているのとは違うと感じ始める。

 

「私等、リュウジ君と比べれば、何ほどのものではない。彼がその気になっていれば、私も、そして碇も、赤子の手を捻るがごとくだった。……だがまぁ、我々の思惑とは相いれなかったことを考えれば、敵対していたとはいえるだろう」

 

だが、と呟いた冬月の眼は、どこか遠くを見るものに変わった。

 

「―――私は彼を、一人の人間として……、一人の男として、尊敬している。あれ程の男、そうはいまい」

 

冬月は思い出していた。

たった一度だけだが、酒を飲み交わし、(はかりごと)を巡らし合った、あの夜を。

 

「リュウジ君は確かに恐ろしい存在だ。だが、その奥底には、どこか子供のような無邪気さもあった。……そこに私は、敵ながらしびれた」

 

無邪気さからたまに垣間見える、そのはにかみの微笑みに、冬月は憧れた。

 

「あれ程の男と、短い間とは言え、相対す事ができた。―――私にとってそれは、己が人生において最も誇れるものとなった」

 

「―――なら、なんで、……なんで、おじさんを助けてくれないんですか」

 

気づけば、シンジは拳を握り、俯きながら震えた声をあげる。

 

「お願いです。……なんでもします。……ちゃんとエヴァにも乗ります。だから……、おじさんを……返して…ください」

 

気づけば床には涙がこぼれ落ちていた。

俯いている為シンジの眼は伺う事はできないが、その頬は多分に濡れている。

 

「―――それはできん」

 

「……どうして…」

 

「私は待つしかできんのだ。約束の時までな」

 

「約束?」

 

「そうだ。そうして私は14年待った。―――君には悪いが、今更やめられん。やめるわけにはいかんのだ」

 

気づけば冬月の目には、再び強い意志の炎が宿っていた。

だがそれも瞬時に奥底へと沈み、静かなものになる。

 

「だが、それももうすぐ終わる。……長く、短い旅だった。―――気が向いたら、いつでも来たまえ。君さえ良ければ、またこの老人と一局付き合ってくれ」

 

冬月はそういうと、部屋の奥へと消えていった。

気がつけば、シンジの涙は止まっていた。

泣いたからなのか、休息を取れたからなのか、その心はどこか軽くなっていた。




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