考えすぎの黙示録   作:ほしぶどう

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 今日は雲一つない晴天だ。

 

 外で体を動かすには最適な日なのだが、あいにくとて自分は肉体運動は得意ではない。

 ただ先日から続いていた「ホウエンリーグサイユウ大会」のテレビ中継を観戦していた影響で

もう2週間ぐらい家の中にいたので、散歩がてらに外の空気を吸っている。

 

 

 家から歩いて数分もかからないで到着するであろう小さな湖。ここが自分のお気に入りの場所だ。

ここは他と比べておとなしいポケモンが多く、静かで心地よい。

 しかし周辺を見渡し、少しだけ不審に思った。

 

 1匹のポケモンを探してここに来たのだ。家の近くにいなかったら、ここにいると思ったのだが

 

本当はそのポケモンでポケモンバトルの練習をしたかったのだが。

 

まあ、いいや

 

 

 さてと、目的のポケモンがいないのならやることも特にないので、自分の持っている情報を整理することにした。

 

 

 

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 自分が以前ポケモンのいない世界を生きていたことを自覚したのはいつだったか。

明確な日付はおろか何歳の時にそのことを知っていたのかすらもうわからない。

 

 物心がついたときに、ポケモンが人間と共生しているということに違和感を感じていた。

 

 それだけではない、

 

このような思考に陥ること自体も自身が子供であるという前提から逸脱している。

 

 

そのポケモンのいない世界での自分の記憶はについてなのだが、不明瞭なことが多い。

 

知っていることと言えば、自分の身の回りのこと、前の世界で成人が保有しているであろう常識、そしてこのポケモンのことぐらいのものだ。

 

 ポケモンのいない世界といっても、実際の生物としてポケモンが存在していないという意味でゲームやアニメの概念、いわゆる創作物としては存在している。

 

その中で描かれた世界では、ポケモンという強大な力をもつ生命体と我々人間が共生しており、彼らを中心として生活しているのが常識とされている。

 

 そして自身が保有しているポケモンの知識なのだが、少し知りすぎているように感じる。

 

 もちろんポケモンの全てを知っているわけではないだろう。

種族値がどうとか、性格がどうとかなどは概念としてそのようなものが存在していることは知っているが、いわゆる廃人(用語としてサイト内で用いられているのを見たことがある)と呼ばれる人種でもない自分にとってそれらを語るほどの知識は持ち合わせていない。

 

 さらにポケモンというシリーズは年月が経つにつれて新たな地方の物語が展開される。

そしてその中には当然ながら新しいポケモンも出現するのであろうが、自分にはそんなものは想像もつかないし、知識として自分の中にあるはずもない。

 

 

 しかしながら、逆に自分の知っている他のことと比べて妙に鮮明なのである。

 

まず、(自分の知っているポケモンに限った話だが、)その名前やそのタイプなどを結構の割合で覚えている。

 

まあ…これはポケモンというゲームをプレイしたことがある人からすれば別に普通なのかもしれないが、奇妙なのはポケモンについての説明文までも覚えている点だ。

 

 自分がゲームをプレイしていたころ、ポケモン図鑑の説明文をちゃんと確認した記憶など一つもないし、仮に見ていたとしてもそんなことを覚えているはずもない。

ポケモンを愛し、アニメを何度も見ていたり、ゲームを何周もしている者からすればそれらを記憶しているのは当然なのかもしれないが、自分にはそんな記憶などないし、ポケモンは子供のころに好んでゲームをし、アニメを視聴していたぐらいで、それ以降触れなかったことから自分の中にポケモン愛があったとは言い難いだろう。

逆に、このポケモンの設定についての記憶、例えば誰が何タイプのジムリーダーとかの記憶とかはかなり薄い。辛うじて、各地方のチャンピオンとジムリーダー数人の顔とタイプが分かるぐらいだ。

 

 

 それならば、なぜ… 自身の記憶にそれほどまでにそれが記憶として残っているのかを考察してみよう。

 

 そもそも、前提として前世(ここでは以前自分が異なるものとして生きていた記憶のことを指す)のことを覚えているという事実自体が自分の中ではとても異質なことであり、かつ生を受けた先が自身の常識外の世界、いわゆる異世界であることから、おそらくこのことを考えることに意味などあってないようなものかもしれない。

 

しかし、そのことを解明することは、自身の今後の行動や事実確認の精査につながると考えられるので、行うのである。

 

 

 まず、最初に浮かんだのは、この世界は夢のような自分が生み出した想像の世界であり、この世界に自身が存在するという風な錯覚に陥っているというものである。

これは自身の保有する常識から考えると極めて現実的であり、記憶などの問題も道理に合うと考えられる。

 

ただ、もし仮にこれが事実であると自身が確信していたならば、そもそもこんな長々とこの世界と前の世界とのかかわりなどを考えることはない。当然この説の妥当性を損なうような事例もあるのだ。

 

「このポケモンの世界のことをすべて覚えているわけではない」と先にあったが、そのことを裏付けるような情報が様々、それこそ数えきれないほどあった。もちろん自分の保有する記憶と合致するものも中にはあるが、そのほとんどの細かいところが異なっているのだ。

 

例えばだが、この世界のポケモンにレベルという概念は存在しない。

 

(あくまで自分の推察でしかないのだが)

 

 

 ポケモンといえば、ゲームの種類としてはRPGゲームに分類され、戦闘により経験値を獲得していき、それが一定まで貯まるとレベルが上がり、各ステータスが上昇する、というようにしてポケモンを強くするというのがゲームとしての常識であった。

 

しかし、この世界のポケモンはただポケモンバトルを繰り返し、勝利を収めるだけではポケモンを強くすることができない。

ポケモンバトルにおいて「強い」と表現される場合は、主としてトレーナーの方である。

 

それぞれのポケモンにあった戦い方を模索し、かつポケモンバトルにて最適な指示を出すことができるポケモントレーナーは「強い」と評価される。

 

 では、ポケモンに「強い」「弱い」がないのかと問われるとそれは否である。

 

 進化前よりも進化後のポケモンの方が同じ技であっても威力が高まるのが常であったり、明らかにポケモンバトルに適していないポケモンも存在する。

また、同じポケモンであっても覚える技は多様であり、その組み合わせ・練度をもって強いポケモンと称することも可能である。

 

 

 しかし、テレビで次のような事例を確認した。

 

 それは番組の企画でジムリーダーとポケモンバトルをするというものであった。

といってもエキシビションマッチのようなもので、挑戦者はジムバッチを獲得できないビギナートレーナーたちであり、ジムリーダー自身がバトルの戦い方を伝授するといった内容だった。

 

そしてジムリーダーが使用していたポケモンなのだが、その場で捕まえてそのまま戦闘へと移行するという形をとっていた。そのポケモンたちが相手の使用していたポケモンと比べて優れていたかといわれると、決してそのようなことはない。

 

 

ポケモンとのレベルの高い連携が期待できない・決して優れているともいえない個体といったジムリーダー側にかなりのハンディキャップが課されているにもかかわらず、結果としてこの番組内で勝利を収めるビギナートレーナーはいなかった。

 

 これはジムリーダーと他のトレーナーとの実力差によるものに他ならないのだが、

このことからポケモンの実力差はトレーナーの実力差のもとではそこまで影響が出るものではないと考えられる。

 

 

 すなわち、ポケモンバトルで勝てるようになるには、強いポケモンを捕まえる・もしくは育てることではなく、逆に弱いポケモンでもポケモンバトルで勝利するようなバトルスキルを身につけることが重要であると考える。(当然ながら、トップレベルでのポケモンバトルを勝利するにはポケモンの優劣も重要だろう)

 

 

 

・・・話がかなりそれたな。

 

 

 まあ、そういうわけで自分はこの世界のポケモンにはレベルの概念はないと考える。

 

また、ゲームまたはアニメでの設定以上に事細かな情報を得ることができるのだが、そのこと自体が「この世界が夢である」という前提のもとでは少々無理がある。

 

 夢というものが記憶を整理するプロセスのもとで生み出されたものであるというのは通説であり、夢で見たこと自体が自身の身に覚えのないことである可能性は極めて低いだろう。

夢を見る前、自分がポケモンの世界を想像・妄想していたならばそれを夢で見ることも考えられなくもない。しかし、ポケモンのことを思い出したのは厳密に言うと、前世のことを思い出した時ではなく、この世界のポケモンを見たときであり、当然ながらその間は数秒なのだが、先のことを考えると同時でないはずがない。

 

したがって、この世界は夢ではない可能性の方が高いと自分は考える。

では、なぜ前世の記憶が残っているのかなのだが、自分が思いついたもので妥当なのは

 

少年に前世の自身の記憶が追加された、また少年に自身が憑依したのどちらかであろう。

 

 

 いや、普通に考えればどちらも現実味がなく、他説の妥当性を考えるべきなのだが、先述したとおり

この世界での常識は自身の常識とは異なっているので、もしかしたらこの自身の状況を生み出すようなポケモンがいるのかもしれない。

 

 前者の、記憶が追加された説であれば、自身以外に影響が及ぼされることはないので好きに行動できるが、後者の憑依説であれば話は変わってくる。

 

自分がしていることは歩むはずであった少年の人生を自身がつぶしていることに他ならない。

それを黙って見過ごし、のうのうと過ごすことは自分の人道に反する。

 

よって、前者の説であると確定させることまたは少年の人格を取り戻すことを今後達成すべき目標として設定した。

 

それに伴い配慮すべきことがいくつかある。

 

 

 まず、絶対に死なないように行動する。

 

 

これは別にこのポケモンの世界を死ぬまで楽しみたいからなどというものではない。

 

むしろ最初は逆の発想を持っていた。

 

この世界において、他と異なる知識を保有する自分は明らかに異質者だ。

その自分の行動はイレギュラーを引き起こす可能性がある。

よってさっさと死ぬことがこの世界におけるベストなのではないかと。

 

だが憑依説にも信憑性があるのではと考えるようになってからそれは完全になくなった。

少年が進んでこのような状況に陥れた可能性ももちろんあるが、その逆も十分考えられる。

そもそもこの体は他の人のものかもしれないのだ。それを壊すことは殺人と同義であろう。

 

 

また、2つ目として他人に自身の境遇を話すべきではない。

 

これは常識を知らないという自身の境遇を利用し、悪事を働く人間がいるとも限らないし、信用に値する人間を選別するのはなかなかに困難であるからである。

 

 

そして3つ目なのだが、

 

もし仮に自分が好き勝手にポケモンを捕まえ、多数の人と交流をしたならば、元の少年に戻ったときどうなるのだろう。

おそらく、数多くのポケモン・人間に多大な混乱を招き、少年自身も居場所をなくしてしまう可能性が高くなる。

 

すなわち、あまり人またはポケモンと多く関わらずに目標達成を目指していきたい。

 

 

 

・・・まあ、一人だけでこの目標を達成するのはほぼ実現不可能に感じるのである程度は関わらないといけないとは思っているのだが、実は前世の自分は幼少期からかなりの無口で基本的に人とコミュニケーションをとる機会が著しく低かったので、ちゃんと喋れるかはわからない。  

 

 

(別に人としゃべらない口実を作ったわけではない。・・・・・・ほんとだよ。)

 

 

 

 とにかく、以上が自分に関する考察とこの世界でなすべきことについての考えだ。

 

 

 

では、次に今自分がいる場所についてなのだが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

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――おい、サイ。飯だ。

 

 

 

 

 上空からの曇った声により、少年の思考は中断された。

 

考えはじめた頃には頭上を鬱陶しく輝いていた太陽は、いつしか弱々しい光へと変わっていた。

 

自分の名前が“サイ”であることに違和感を感じなくなったのはいつであったかと考えながら、少年は家のある方向へと歩みをすすめていた。

 

 

家の扉を入ると、一人の老人がテーブルに座り、コーヒーを飲みながらテレビを見ており、

少年の入室を気にも留めていない。

 

そのテーブルの上には色鮮やかな具材が挟まったサンドイッチが置いてあった。

 

それが自分のものであるかを確認することもなく、少年は静かにそれを食べ始めるのであった。

 

 

テレビから聴こえてくる音だけがこの空間を満たしているのであった。

 

 

 

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