Fate/loneliness -little summoners- 作:からすまそういち
0 未明の狼煙
俺は、自分の人生に不満があったわけではない。
史上では、俺の最期はあまり良いものではないように書かれているらしいが、それでも俺は自分の人生に不満があったわけではないのだ。
勿論、俺の人生にも後悔があった。無念があった。怨嗟があった。悲観が――あった。でも、それは人生の中のある一部分を切り取った場合の話であって、それの所為で人生全体が台無しになってしまうような、そんなものではなかった。
概ね、俺の人生は満たされた人生であった。
だから、俺が聖杯にかける願いはこれといって特にない。ただ、喚ばれたから仕事をするだけであって、真に自分自身のためではなかった。――だが、
「人生の先輩として、
気に入った後輩の未来を案じることくらいは許されても構わねえよな――」
槍を握る手に力が入る。燃え落ちる城。汗が噴き出そうになるほどの熱気。今まさに、最後の戦いが始まろうとしていた。
「……ははは」
まさか、こんなことになろうとは。難行苦行の聖杯戦争。その辿り着く結果がこれとは。これだから、これだから人生というものは面白い――
「――いくぞ。オジサンの底力、見せてやるぜ!」
セイバー
始まりは唐突だった。
俺は何が何だかわからないまま聖杯に喚ばれた。
どうも俺は聖杯戦争という古今東西の様々な英霊が殺し合う儀式に参加することになったらしい。
最初は本当に訳が分からなかったが、現界するにあたって必要な知識は聖杯から受け取った。成程、この時代は自分がいた時代からかなり時が経っているみたいだ。
俺が知っている常識とは違う常識が溢れかえっていてややこしい。
今はまだ知識が頭に入ってきたばかりで整理できてないが、そのうち慣れるだろう。
(聖杯戦争、ね。あまり気が乗らないが、折角喚ばれたんだ。仕事はきっちりしてやるさ)
今回の聖杯戦争はどうも俺の得意分野であるランサーとしての召喚ではなく、セイバーとしての召喚らしい。だが、召喚されれば剣も槍もあるのだから気にする必要はないだろう。
細々としたクラススキルが変更されるだけだ。いつも通り俺は槍を投げればいい。自分の得意分野で相手を陥れ、罠にかけ、殺す。いつものことだ。
(そろそろ現界か。きちんと挨拶しておかないとな)
俺はそう心に留めて、マスターの下へ、現れた。
「いよ! オジサンはセイバー、真名をヘクトール。聞いたことある?」
「……」
現界して開口一番そう言うと、目の前の魔術師が固まっていた。神父のような衣服を身に纏い、それに見合う厳かな雰囲気を醸し出している中年の男だ。
その男が微動だにせずに固まっている。
あら? こいつがマスター……だよな? 馴れ馴れしくし過ぎたか? でも下手に出るのは俺の趣味ではないしなあ……。
「あれ? 聞いたことない? ま、よろしくな」
「……セイバー」
暫く固まっていたマスターが、ようやく口を開いた。
「うん? 俺はセイバーだぞ?」
「セイバー、セイバー、セイバー! やったぞ! セイバーを引き当てた! これで聖杯戦争は勝ったも同然! はっはっは!」
目の前のマスターはいきなり高笑いをし始めた。
「……うん?」
「ヘクトール! ヘクトールと言ったな! 名は聞いたことないが、さぞ名のある英雄に違いない! よろしく頼むぞ」
「お、おう……」
な、なんだこの温度差は。このマスター、そんなにセイバーが欲しかったのか……。
まあ、確かにセイバーは七騎の中でも特に強いクラスではあるが……。俺は前に出るタイプの英霊じゃないしなあ。参ったなあ。想像以上に期待されてるかもしれないぞ。
「さて、ヘクトール。早速だが、君の宝具はなんだ? すまないが、先程言った通り私は君のことを知らない。宝具のことを教えてもらえればそれに合わせてこちらも最大限サポートしよう。その準備はできている。教えてくれたまえ」
「ああ、オジサンの宝具はこの二つの槍と剣――」
マスターに促され、俺が自分の宝具を紹介しようと手に持った武器を見せた時だった。
その時、気付いた。
「――あれ?」
剣しか、ない。
「剣しか持ってないぞ⁉」
おかしい。俺は槍と剣、両方を持って現界する筈だ。俺の持つ宝具の性質上、そうなっている筈なんだが――
「どうした。君はセイバーなのだから剣を持っていて当然だろう」
「え、いやそういうことじゃなくて……何故だ?」
「おいおい、どうした。何か問題でもあるのか」
「んんー、問題というかなんというか」
さて。どう言うべきか。
正直に本来ある筈のメイン武装がないことを告げるか、それとも、隠し通すか。
これによってマスターからの俺に対する信頼度が変わる。
どちらかと言えば正直に話すのが一番だろう。正直に話して剣一本で戦う算段を二人で立てた方がいい。そうだな。嘘をつくほどでもない。ここで槍がないことを言っておいた方が、後々にずれが起こらなくて済む。
だが、
「――いや、問題ない。召喚のショックで記憶に違いがあったんだろう。オジサンのセイバーとしての実力、しっかり見せてやりますよ」
俺はそう言っていた。
「……そうか。なら問題ない」
マスターは不審に思っていそうだがそう言った。
――なんで見栄張っちゃうかなあ、俺。
どうも、自分では仕事に関してはきっちりやるタイプの人間だと思っていたが、張らなくていい見栄を張ってしまう甘さが残っていたらしい。期待を裏切りたくない。そんな感情が優先してしまったようだ。
(あーあ、また厄介事背負っちまったぜ……どうすっかな、これ……)
「ところで、これは無粋な質問だろうが訊かせてくれ。――君は最強のサーヴァントか?」
マスターは俺にそう問いかけた。自信があるように見えてその実心配性なのかもしれない。んー、この質問はまた、難しいねえ……。
「最強、か。オジサンはその部類ではないから断言はできないが、とりあえず、
俺はもう――負けないぜ」
ランサー
僕は運動が嫌いだ。昔から体が弱くて体力がないのもあるけれど、それとは別に僕は筋肉を鍛えるということが苦手なのだ。疲れるし、筋肉痛もひどいし、健康にはいいかもしれないけれど、どうも好きになれない。
「あー……、あついぃ……」
でも、でも。たまに思う。体が丈夫なら暑さ寒さにに耐えられるというのならば、少しは頑張ってもいいかもしれないと。
高二の夏。高校生活の中で一番気が緩みやすい時期。夏休みが始まって、僕も悠々自適に自宅の中で過ごすつもりだ。だから、今こうやって学校から家に帰るまでの下校時間を我慢すれば、後は自堕落な日々が待っている。
「あー……、でもやっぱり運動はないな。そもそも運動している時間がしんどいじゃないか……。本末転倒だよ……」
終業式も終わり、後は本当に家に帰るだけだ。だというのに、何故この時間が異様に長く苦しく感じてしまうのか。
「くそ……なんで学校が山の上にあるんだよ……。なんでしかもこのタイミングで自転車がパンクしてるんだよ……。自転車、自転車ァ……」
登校中にパンクした自転車のサドルを握って押しながら、僕は下校していた。
「ついてないなあ……」
「やあ、こんにちは」
突然、背後から声をかけられた。
「わっ、」
驚き慌てて振り向く。すると、背の高い外国人が僕のすぐ後ろにいた。白の短髪に青い眼、綺麗に整った目鼻立ち、神父のような黒い衣服を身に纏った若い男だった。
「な、なんですか」
「ああ、ごめん。驚かすつもりはなかったんだけれどね。申し訳ない。私の名前は間宮詩という。初めまして」
「はじめ……まして」
「――? あ、そうか。いきなり見知らぬ人間から話しかけられたら警戒するよね。ごめんごめん。やっと見つかったからつい話しかけちゃったよ」
「……?」
なんだ、この人は。やけに馴れ馴れしい。
「僕に何か用ですか?」
「うん、用があったんだけどね。
……日本語を流暢に話すから言葉は聞き取りやすいけれど、間宮と名乗った男が何の話をしているのか一切わからない。
「あの、結局何が――」
「あ、ごめん。忘れてた仕事を思い出したよ。私はここで失礼するね。とにかく会えてよかったよ。じゃあね」
「え? ――ちょ、ちょっと⁉」
間宮は僕に背を向けて走り出した。
「ああそうだ日々谷君。これから君には多くの困難が立ちはだかってくるだろう。それでも君には最後まで戦い抜いてほしいな。君ならできると思うよ。それでは今度こそじゃあね!」
立ち去ろうとしていた間宮が少し立ち止まってそう言った。しかし、またすぐに走り出して何処かに行ってしまった。あまりにも言っていることが意味不明で思わず呼び止めようとしたけれど、間宮は足を止めることなく走り去ってしまった。
「……なんだったんだ」
意味不明。最初から最後まで意味不明だった。間宮は結局僕に何の話がしたかったのかわからないままに去ってしまった。
「――あれ?」
そういえば、僕、自分の名前を名乗ったっけ?
あれからなんとか自転車を運んで帰宅した。間宮という不審者に声をかけられて気分は少しげんなりしたけれど、夏休みがようやく始まると思うと我慢できる。
「ただいまー」
僕の家は両親が共働きで、下校したばかりのこの時間帯は二人とも家に居ない。だから返事は返ってこないはずなんだけれど――
「お、帰りましたか。待っていましたよ、マスター」
――玄関の扉を開くと、鉄仮面を被った上半身裸のムキムキマッチョメンが、そこにいた。
「――は?」
この瞬間、自堕落に過ごすはずの僕の夏休みの予定が突然終わりを告げ、地獄のようなマッスルトレーニングに明け暮れる日々が始まったことを、この時の僕はまだ知らない。
アーチャー
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
京都油小路通蛸薬師にある本能寺跡の碑。その前でとある若年魔術師が召喚の呪文を唱えていた。
「
若年魔術師シャルル・レ・モーガンの額に一筋の汗が流れる。
シャルルは魔術師ではあったが、あまり腕の立つ魔術師ではなかった。家はほぼ無名で歴史も浅く、かけた年数がものを言う魔術社会では彼の地位はないにも等しかった。
それでも、いや、それ故に彼は今回の聖杯戦争で勝たねばならなかった。
彼は昔から、実年齢より幼く見える容姿と女のような名前、そして家柄の所為で同門の魔術師から迫害を受け続けてきた。彼の師は彼を差別することこそなかったが、他の弟子達とは違って彼とはどことなく距離を置いていた。
「――
――告げる」
だから、彼は力を示さねばならなかった。聖杯戦争に勝利し自分を貶めてきた魔術師達を見返して師に認めてもらわねばならなかった。そのために本当にすべきことが他にあった筈だが、齢十八歳の彼にはまだ気付けないことであった。
「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
勝つ。絶対に勝つ。彼の頭の中はそれでいっぱいだった。
彼は聖杯戦争についてのことはあまりよくわかっていないが、強いサーヴァントを引き当てることができれば、たとえ魔術師としての格が低くても勝つ可能性があるということは理解していた。だから、彼はこの召喚に全てをかけていた。
織田信長。戦国時代最強の武将。
彼がサーヴァントとして喚び出そうとしていたのは織田信長であった。彼は信長を召喚するために本能寺跡にて召喚に臨んでいた。触媒は時間がなかったため用意ができなかった。
彼は信長のことをよく知らないが、信長という者がとても強い武将であったこと、そしてその武将に関して有名な場所が本能寺であったことは知っていたため、彼はここで信長を喚び出そうとしていた。
彼は、焦っていた。ストレスによって精神的限界を感じていた時に聖杯戦争が始まるとの話を耳にしてすぐに日本に飛んできた。そのため、日本の歴史について調べている余裕が時間的にも精神的にもなかった。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――来い! 織田信長!」
呪文の詠唱が終わり、彼の足元の召喚陣が輝き始める。
(来てくれ……っ! 触媒は用意できなかったけれど場所と詠唱は完璧なんだ。どうか、織田信長をこのボクに……っ)
そしてシャルルの前に英霊が現れる。その英霊は装束の上に甲冑をまとい、兜も被っている。まさに武者というに相応しい身なりをしていた。
「よし! 来たぞ! 信長だ!」
シャルルは思わずガッツポーズをしてそう言った。――しかし、シャルルの喜びように反して現れた武者はピクリとも動かない。
「……あ、あれ? 貴方は、織田信長さん……ですよね?」
まるで人形のように動かない武者を見て、シャルルは不安になってそう問いかけた。
「……信長?」
武者が不思議そうに首を傾げながらそう呟く。
「信長――ああ、そう。信長信長。
俺様の名前は織田信長。クラスはアーチャー。よろしくぅー」
暫く固まった後、武者は軽快そうにそう名乗った。
「……」
思ったよりも軽薄な言動に言葉が詰まるシャルル。伝聞の織田信長のイメージとはかけ離れていた。
「えーっと……」
「あー、暑いんだけど、これ脱いでいい? っつーか脱ぐね」
戸惑うシャルルをよそに武者は突然甲冑を脱ぎ始める。
「えっ、えっ……」
いきなり甲冑を脱ぎ始めた武者にさらに戸惑うシャルル。
「っぶはぁー。いやぁー暑い。夏にこんなの着てられないっつーの。うわ、けっこう匂うな。くっせ。マジくっせ。ないわー」
兜を取り甲冑を脱ぎ捨て、外した籠手の臭いを眉間に皺を寄せて嗅ぎながらそんなことを言う武者。そいつは何故か金髪のロングヘア―で、前髪は鼻先まで垂れていた。
「……」
あまりにもイメージとかけ離れたその風貌と雰囲気に、シャルルは完全に言葉を失っていた。
「ん、どしたの。かたまっちゃって」
「え、いや、その、」
「あー、もしかして俺様に見とれちゃった感じ? わかるけどそれはNGだぜ。なんせお前はマスターで俺様はサーヴァント、だからな」
「いや、そうじゃなくて……」
「あ、そういえば。マスターの名前訊いてないぜ。名前はなんつーの?」
「え? ああ、あの、シャルル・レ・モーガン――」
「シャルルちゃん! いい名前じゃねえか! 見た目に負けないカワイイ名前っしょ!」
「しゃ、シャルルちゃん⁉ か、カワイイ⁉」
「女の子といったらやっぱりちゃん付けでしょ。――で、何歳? 彼氏はいる?」
「ぼ、ボクは男だ! 勘違いするな!」
「へ? 男? ――なんだ、そうなのか。あー、ちょっとショック。っつーかマジショック。折角カワイイ子に出会えたと思ったのになあ。でもま、いいか。女の子は後で探せばいいしな」
「……」
武者はシャルルの思ったよりもずっと軽薄な男だった。こんなのがあの織田信長? とシャルルは疑念を抱かずにはいられなかった。
(……っふー。なんとか勢いで誤魔化したかな。さすがに殿と間違われるとは思ってなかったぜ。……でも、逆にこれを利用できれば――立場を逆転できる)
シャルルが武者を信長かと不信に思うが、そもそもこの武者は織田信長ではなかった。この武者の名前は明智光秀。本能寺にて信長を討ち取った叛逆の武将である。
(今度こそ。今度こそ上手くやる。誰にも信じられなくても、誰を裏切ったとしても。今度こそ。今度こそ――)
見た目と言動こそ軽薄極まりないが、流石は武将。召喚され、織田信長と間違われた瞬間から目の前のマスターを騙して裏切る算段を立てていた。
「あの、信長……さん」
「何?」
「これは失礼な質問ですが……、貴方は、戦国時代最強の武将、だったんですよね」
「何を突然。当たり前っしょ。俺様にかなう奴はいないね。戦国時代最強といえば俺でしょ」
明智はそう言うがこの武将、実際は戦国時代最悪の謀反を起こした裏切り者である。
「……あの、では、よろしくお願いします。使い魔のサーヴァントに対して言うのもなんですが、ボクは、弱い。貴方に頼らなければろくに聖杯戦争に参加もできないでしょう。ですから、ボクのこの命――貴方に預けます」
シャルルは明智に向かってそう言った。目が合う。シャルルの瞳は真っ直ぐに明智を見つめていた。
(――へえ)
明智は、思う。
(まただ。真っ直ぐな眼差し。俺はまたこの眼差しを――)
「――任せなって。俺様がいる限り負けはあり得ないっしょ。シャルルちゃん。俺様に付いてきな」
明智の中に残った僅かな良心が彼の心を傷つける。しかし、彼はもう迷わない。
(外道には既に落ちた身。今更人の心などこの身にありはしない)
そう。嘘を吐くのには、もう慣れている。
ライダー
「よし。羽柴秀吉を引いたな」
――拙者の目の前にいるマスターはそう言った。
「はしば……ひでよし?」
拙者の頭の中でその名前を探してみるが、心当たりがない。はて、はしばひでよしとは誰であろうか。
「ん? おかしいな。ちゃんと引き当てた筈なんだが……」
マスターが顎に手を当てて首を傾げる。マスターは顔をのっぺりとした白い面で隠し、声色も何やら変えているようで、男か女かも知れぬ。背格好、口調からして男なのだろうが、わざわざ声まで隠す様子は不気味極まりない。
「拙者の名は木下藤吉郎。クラスはライダー。マスターはお主でよろしいか?」
「ああ、そうだ。――成程。木下藤吉郎、か。何か手違いがあったようだが、一応成功したみたいだな」
「? よいのか?」
「大丈夫だ。これくらいの誤差なら後でいくらでも修正できる。では召喚も終わったことだ。自己紹介をしよう。私の名前はエミヤシロウ。わけあって顔も声も隠しているが、そこは気にしないでほしい。よろしく、木下藤吉郎」
マスターはそう言って手を差し出した。見た目の所為で変わり者に見えるが、声は落ち着いていて冷静な人物であるように思えた。
「ああ、よろしく頼む。マスター」
差し出された手を握る。契約はここに成立した。
「では拙者はまず何をすればよいか? お主に従おう」
「そうだな。ではまず君には他のサーヴァントと一通り戦ってもらおう」
「一通り……マスターも無茶を申す。早速全ての敵を倒せと」
「倒す必要はない。戦うだけだ」
「……? どういう、ことだ?」
「そのままの意味だ。君は戦うだけでいい。肩慣らし程度に戦闘をして、ある程度遊んでやったら帰ってこい」
「ほう。準備運動というわけか。しかし、倒せるなら倒してしまっても構わんのであろう?」
「……ふふ」
「……何故笑う」
「――いや、少し思い出しただけだ。君を笑ったわけではない。――確かに君に戦闘は命じたが、勝利しろとは言わない。仮に倒せる状態になっても帰ってこい。今回はそれぞれのサーヴァントと戦闘経験を積むだけだ」
「なんだと……。首が獲れるという状況でも見逃せと申すのか」
「そうだ。誰一人殺してはならない。マスターも、サーヴァントも」
「ふざけるな! ならばどうやって勝てと申す! 争うというのに首を獲らぬなど、お主は勝つ気があるのか!」
「あるさ。ただ、勝利にも時期を見極める必要があるというだけだ」
「……わけがわからぬ。勝利もせぬのに戦う意味とは。お主、聖杯にかける願いはきちんと持ち合わせておるのだろうな?」
「それは勿論あるとも」
「ではその願いとは、なんだ」
「そうだな。私の願いを簡潔に一言にまとめるならばそれは――世界平和、とでも言うのかな」
エミヤはそう言ってのけた。面の下の顔は当然よめぬ、が、こやつが先ほどよりも気味悪く感じる――拙者はそう思った。
アサシン
「な、何が起こっている……」
魔術師イリダル・マルコヴィチ・イワンコフは驚愕していた。彼はとある魔術師を聖杯戦争で勝たせるために雇われた魔術師であったが、彼はアサシンを召喚した時にアクシデントに巻き込まれ、その仕事が果たせない状態になってしまった。
そのアクシデントとは、
「――貴方は私のマスターに相応しくない。ここで大人しくしていなさい」
彼の目の前にいるアサシンは彼を見下ろしながらそう言った。
本来彼の身長は百九十センチメートル程あるのだが、彼が背伸びをしてもアサシンの腰の位置までしか頭が届かなかった。
「な、なんで私がこんな姿に。体が縮んでいる――?」
彼の姿は以前の屈強で近寄りがたい雰囲気を持つ大男ではなく、ただの幼い少年になってしまっていた。
「それが私の宝具、『大槌小槌』の小槌の能力。この槌で叩かれたものはたとえそれが概念であったとしても『小さく』なる。本来は物質の質量のみを変化させるものですが、叩いたものによって結果は変わります。例えば今の貴方の様に叩かれたのが生物であるならば『生物の成長段階を大きさとして捉え、それに合わせて小さく』します」
「な、なんだそれは。オオヅチ? コヅチ? お前は、ジャック・ザ・リッパーではないのか――」
「じゃっく? 生憎ですが、私はそんな名前ではありません。私の名前はスクナヒコナ。通称、一寸法師。お間違えの無いように」
アサシン、一寸法師はそう言った。
「……一寸、一寸法師。聞いたことはある。でも何故だ。私は触媒に娼婦の死体を使った筈だ。なのに何故お前が」
「ああ、あの趣味の悪い、内臓の抜かれたアレですか。アレはもう片付けました。……マスターの目に毒ですので」
「マス……ター?」
「ええ、彼女が私のマスターです」
そう言われてイワンコフは一寸の足に何かがしがみついていることに気が付いた。それは、イワンコフが触媒として選んだ娼婦が連れていた子供だった。
「まさか、そいつが――」
「そうです。彼女が私のマスターです」
「バカな。そんなことがあり得るわけ……そいつはただのガキなんだぞ」
「それがどうもあり得たみたいですね。彼女は魔術師ではありませんし、魔術回路も開かれていないので普通なら喚べる筈がないのですが、どうも召喚に必要な魔力は貴方から供給したようですね」
「なん、だと。なら何故私がマスターでないのだ」
「何故……? ふふ、貴方はおかしなことを言いますね。それは、貴方が私のマスターに相応しくないからですよ。役不足もいいところです」
「ふ、ふざけるな! サーヴァントがマスターを選ぶだと⁉ お前らは所詮使い魔に過ぎん! そんなお前らが主人を選ぶなど――」
イワンコフの言葉がそこで途切れた。一寸が彼の目の前鼻先すれすれに槌を振り下ろしたからだ。
「言葉を選べよ魔術師。何度も言わせるな。お前じゃ駄目だと言っている。彼女の母親の命を奪い、彼女の幸せな未来までも奪おうとしたお前が今こうして生きていられるだけでも私の慈悲深さに感謝しろ」
「ぐ……」
「やっと立場が分かりましたか。では私達はこれにて失礼します」
「ま、待ってくれ……。この体では、この体では……」
「そうですね。その幼い体では魔術を使うことは無理でしょう。知識があっても魔術回路が開かれていなければ魔力そのものさえもない。それと、言い忘れていましたが、私のこの槌。叩かれて質量が変化したものは追の槌で叩かない限り元の大きさには戻りません。貴方は一生その姿でいなさい。貴方に魔術を使う資格は、ない」
「バカな、バカな。私がこのまま魔術が使えないならお前はどうやって魔力を供給するつもりだ。聖杯戦争が終わる前に消えるぞ」
「そうですね。私は暫くしたら消えるでしょう。ですがそれでいいのです。何故なら私の望みは既にここにあるのですから。ご心配なく」
一寸がイワンコフに背を向け、少女に話かけた。
「さ、行きましょう」
「お、おい……」
「さあ、さあ、歩いて。貴女の行きたい所に行きましょう」
「待て! わかった、今後一切聖杯戦争には関与しない! だから元の姿に――あばっ⁉」
イワンコフは咄嗟に一寸の足にしがみつこうとしたが、躱されて一寸に蹴り飛ばされた。そしてその勢いで壁に激突する。
「がっ……」
イワンコフの意識が希薄になっていく。視界が霞む中、イワンコフは少女を連れて去っていく一寸を見送るしかなかった。
(何故だ。何故こんなことに――)
最初は楽な仕事だと思った。一人を勝たせるために他の魔術師の邪魔をすればいいだけであり、もし何かあったとしても教会に逃げ込めばいい。
少しのアクシデントになら余裕をもって対応できるという自信も用意もあった。だというのに、それらを軽く超えるこの異常事態にイワンコフはただ頭を垂れて闇へと意識を落とす他なかった。
バーサーカー
人は一人では生きられない。
人間という生物は社会を作り、それぞれの人間関係を構築しながら生を営んでいく。
それが、人間がこの世に生まれてから繰り返してきた行いであり、常識である。
縦社会や横社会にしろ人間以外の他の生物もなにかしらの社会を構築して生きているものがあるが、生物の中でも特に人間というものは社会に縛られた生物であるだろう。家族との関係、友人との関係、恋人との関係、仕事との関係。人間は多種多様の人間関係を抱えて生きていかねばならない。
「ねえ、トージ、聞いてる?」
俺は、そんな人間関係というものにうんざりしている。
何故人は一人で生きられぬのだろう。わざわざ他人の考えを尊重し、思い測ってまで生きる必要があるというのだろうか。気苦労ばかりでいいことなど僅かばかりしかない。その僅かばかりのものの為に関係を維持する必要が何処にあるというのか。
「ねえ、聞いてないでしょ。聞いてないよね? 難しい顔してたら大丈夫だと思ってるよね?」
気苦労ばかりの関係と言えば、そう。例えば今、放課後になった教室で、帰り支度をするこの俺の頬をつねっている神谷裕との関係はとても面倒臭い。昔から事ある毎に俺に突っかかってくる。小学生からの知り合いだからといっても馴れ馴れしいのではないかと思う。
「今は人間の存在意義について考えているんだ。邪魔をするな」
「えっ? ばかじゃないの。そんなの考えてどうするの?」
「うるさい。いつもUFOの話やらUMAの話をしてくるお前よりかは百倍マシだ。現実的でも何でもないしな」
「えー、トージの話だって現実的じゃないじゃん。人間が生きる意味とか存在意義とか考えるだけしんどいだけだって。それにトージだって昔は悪魔がどうのこうのって――」
「……その話はすんなと言っただろ。それはもう昔の話だ」
「ふーん、今でも捨てきれないくせにー」
「夢は夢。現実は現実だ。俺達ももう高校二年生だぞ? 夢を見るのは構わないが、考えるならもっと現実的なことを考えるんだな」
「いやだからそれが現実的じゃ……って、そんな話がしたいんじゃないんだよ。今度さ、星を観に行かない? 家の物置から望遠鏡が出てきたんだよ。これが大きくってさ――」
「……いい。お前と話すと疲れる。俺に話しかけている余裕があるなら、お前の大好きな星空でも眺めながらUFOが降りてくるのでも待っているんだな」
俺は引き留めようとする神谷の手を振り払って早歩きでその場を去った。毎度毎度はた迷惑な奴だ。何故俺に絡んでくるのか。
「心配、してんじゃん……」
後ろから声が聞こえた。うるさい。余計なお世話だ。
「……言い過ぎたか」
帰路を歩きながら呟く。……しかしあいつがしつこいのが悪いのであって俺が悪いわけではないな。反省する必要はない。考え過ぎだ。
「これだから人間関係というヤツは……」
何故俺があんな奴の為に気を揉まなければならないんだ。あり得ない。あってはならない。俺が他人のことで頭を抱えるなど。
いっそのこと、忘れられれば――
「やあ、野熊君。こんにちは」
突然、声をかけれた。
「……?」
意識の外だった。道の向かいに居る男が片手を挙げてそう挨拶していた。
名前を呼ばれたのだから俺に言ったのは間違いない。
そいつは白髪碧眼の若い欧米風の青年だった。身長は高く、近くにいると少し見上げなければ顔が見えにくい。服装は威厳を感じ取れる神父の様子だったが、その爽やかな笑顔のおかげで人当たりは良さそうに見えた。
「どこかで会いましたか?」
ちなみに俺には見覚えがない。外国人の知り合いなんて俺にはいないぞ。誰だコイツは。
「うん?
「……?」
俺の名前を知っているということはきっとどこかで会ったことがあるのだろうが、全然覚えていない。本人もそれは承知のようだから失礼にはあたらないだろう。会ったのは余程昔のことだと思える。
「すみません、貴方のことは覚えてないです。昔ここで会ったことがあるんですよね?」
「いや、ないよ。君と会うのは初めてさ」
「は?」
何を言っているのかさっぱりわからない。もしかして、日本語を間違って覚えた外国人なのかもしれない。それならさっきまでの会話が実は全く噛み合っていなかった可能性もある。
「うわ、めんどくせ……」
こうなるとただただ厄介な外国人に捕まったということになるのではないだろうか。くそう、どうやってやり過ごそうか。
「そうそう、野熊君。君は悪魔というヤツを信じるかい?」
「はい?」
やばい。厄介どころか危ない外国人だったようだ。これはもう走って逃げた方がよさそうだ。
「悪魔? 悪魔が――なんですか」
しかし。しかし、俺は立ち止まったままその外国人の話に耳を傾けていた。
「ふふ」
彼はにっこりと笑みを浮かべながら俺に近づく。そして、俺の肩に手をポンと置いた後、耳元で囁いた。
「もし君が悪魔の存在を信じるというならば、悪魔に会わせてあげるよ」
その囁きそのものが、悪魔のそれであるように思えた。
「悪魔に、会う」
「そう。悪魔だよ。君が一番望んでいるもの。現実を非現実に。日常を非日常に。厄介な柵から解放される手段。面倒なものをまとめてひっくるめてしまえる、そんな存在に、会わせてあげよう」
「ど、どうやって……」
「これを使うといい」
彼は俺の手に何かを握らせた。
本、だった。禍々しい雰囲気を放つ重い本。それを彼は俺に渡した。
「これは、悪魔の本だ。その本を開き、その本に描かれている陣を書いて術を唱えるんだ。そうしたら、会えるよ」
「陣、術……」
「そう。夜。誰もが寝静まる静かな時間。そんな夜に術を唱えるんだ。――わかったね」
「……はい」
そこから俺の記憶は途切れた。どうやって家に帰ったのかも覚えていない。
「――はっ」
目が覚めた。体を起こす。自室。寮の自分の部屋だ。あれ? 俺は何をしていたんだ?
「――痛い」
頭を押さえる。頭痛が酷い。薬は持っていない。とりあえず水でも飲むか? というか今は何時だ?
「……」
時計を確認する。深夜二時二十八分。夜中か。
「……っ⁉」
『誰もが寝静まる静かな時間。そんな夜に術を唱えるんだ』
何だ? 声が聞こえる。何処から聞こえてくるんだ?
「あだっ!」
躓く。足元には一冊の黒い本が置かれていた。そして――
「なんだ、これは」
床には円が描かれてあった。それもただの円ではない。魔方陣のような、円の中に様々な図形や文字のようなものが入り組んでいるものだった。
『これは、悪魔の本だ。その本を開き、その本に描かれている陣を書いて術を唱えるんだ』
「うっ……本、本? これか……?」
足元の本を手に取った。すると手に持った瞬間本がひとりでに開いていく。
「素に銀と鉄」
な、なんだ。口が勝手に開く。
「礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ」
俺は何を喋っている。わからない。
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
まるで呪文のようだ。何かを召喚するような――まさか
「
召喚しようというのか、悪魔を。
「――
――告げる」
あり得ない。悪魔が存在するなんて――あり得ない。
「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
でも、それなら、今のこの状況をどうやって説明しよう。俺の意志ではなく、体が勝手に動き術を唱えるこの状況を。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
悪魔が。悪魔が本当にいるのだとしたら。
「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」
これ程心躍ることはない――
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――」
閃光があった。衝撃があった。俺はその衝撃で尻もちをつく。
「く、来るのか。悪魔が。ああ、ああ、ああ。本当に。悪魔が、ここに――」
閃光が霞んでいく。何者かが、霞む閃光の中にいる。大きい。巨大だ。はは、悪魔だ。悪魔が本当に、来たぞ!
「……バーサーカー」
「……?」
光が消え、悪魔はその姿を現した。その姿は――
「バーサーカー、スパルタクス。召喚に応じ、参上した。さっそくで悪いが、君は圧制者かな?」
その姿は――とても