Fate/loneliness -little summoners- 作:からすまそういち
1 聖杯戦争(偽) 昼
セイバー
聖杯戦争が始まって早三日が経つ。
戦況はまだ動かない。一人目の脱落者はおろか戦闘すら始まってもいない。俺自身、未だ他のサーヴァントに会ってもいない。……まあ、俺はマスターの魔術工房でこうやってソファに座って待機しているだけだから出会わないのは当然だが。
「君はまだ外に出なくていい。サーヴァントの数が半分になるまではここで待機してくれ」
そんなマスターの指示に従って工房から出ずに今の今まで待機していたが、あまりにもこう進展がないのでは、待機するだけ時間の無駄だ。
何故なら、既にマスターの使い魔によって既に四騎のサーヴァントの姿を補足しており、マスターも五人確認している。そのどれもがろくなマスターではないということが分かっていた。
ライダーとアーチャーのマスターはまだ魔術師の体を保ってはいるが、残りの三人のマスターは魔術師以前に子供だった。
外を警戒する様子もなく真昼間から闊歩している。殺してくれと言わんばかりに。
「罠かもしれない」
彼はそう言うが、俺はそこまでとは思わない。マスターは警戒心が強く、依然として彼らの見張りを続けているが、続けていてもこれ以上の情報は出ないだろう。
俺には分かる。彼らは格下だ。驕りではなく、単純な評価である。
ランサー・アサシン・バーサーカーは所詮数合わせ程度でしかない。マスターを殺そうと思えばいつでも殺せるだろう。
ライダーとアーチャーに関してはサーヴァントの性能はともかくマスターの質がこちらとは段違いだ。二人とも工房を構えすらせず府内のホテルを転々としているだけ。まるでなっていない。
城の構え方が、なっていない。隙だらけだ。
あれなら次に宿泊予定のホテルに先回りして殺すことも容易だろう。サーヴァントがいくら強くてもそれをサポートするマスターの腕がなければまさに無用の長物というものだ。
姿を見せないキャスターが気がかりだが、府内上空に張られたマスターの魔力検知の網に謎の魔術的物体の反応が度々見られるのを考えると、向こうも様子見で積極的に動いていないのが分かる。
相手を観察し、弱点を知り準備を整えとどめを刺す。キャスターは魔術師のクラスであるため当たり前だが、戦い方を弁えている。既に今回の聖杯戦争は実質俺とキャスターの一騎打ちと言って過言ではないだろう。残りの有象無象は利用するか切り捨てるかの、所詮その程度でしかない。なら、
「利用した方が得なのよな」
立ち上がる。
「どうした、ヘクトール」
対面に座っていたマスターが目を細めて問いかける。
「オジサン、ちょっと奴らにちょっかいかけてくる」
「まだ待て。君が出しゃばるには早すぎる」
「それがそうでもないんよな。このままだとキャスターの思う壺だ」
「……ほう?」
「確かにマスターは一流の魔術師だ。これだけの魔術工房は並の魔術師には感知すらできない。万が一見つかったところで攻略もできないだろう。――しかし、それはあくまで相手がただの魔術師であることが前提だ。相手がキャスターとなれば話は別。このまま進展なくキャスターをのさばらせておけば、いつかここが捕捉され、襲撃される。勿論迎え撃って殺せばいいだけなんだが、リスクが大きい。相手の情報がないまま戦闘になるのは避けたい」
「ここで待っていても相手は尻尾を掴ませず、こちらが見つかる可能性が高い。……確かに、相手がキャスターであるならば、私ですら未知の方法を使って検知されないようにこちらを補足するかもしれないな。それは避けたいことだ」
「だろ?」
「しかし、だからといってこちらの最大のカードをみすみす切るわけにはいかない。キャスターとの情報合戦は不利ではあるが、劣ってはいない筈だ。君がわざわざ足を運ばなくとも情報を集める手段はまだまだ――」
「おっと、オジサンの説明が悪かったな。オジサンが出るのはキャスターの探りを入れるだけじゃない。他のサーヴァントを動かすためだ。おそらく、今のこの状況はまだ火が点いていない状態。もしくは火が点いてはいても広がってはいない状態。この無風状態から脱却するのに簡単な方法が一つ。――煽ればいい」
「煽る」
「三日経っても誰も戦おうとしない。それは様子見もあるだろうが、参加者の様子を見てみると、どうもこいつらは戦争というものを理解していない。殺し合いであることを、実感していない。そんな状態が続くからいつまでも積極的になれない。殺さねば生きれぬという状況に気付けていない。だからオジサンがそれに気付かせてあげようと背中を押しに行くのさ」
「だが、それならさらにリスクが上がる。君の戦闘回数が増えるということじゃないか。それだとキャスターはおろか他のサーヴァントにも君の情報を与えてしまう。それは、隙だ。隙、相手に付け込まれる、弱み。君は守るのが得意な英霊なのだろう? 隙がない完璧な城を築くのが理想ではないのか」
「はははっ、確かにそれは理想だな。そして、それは理想に終わる。マスター、防御というのは、鉄壁というものはそれを証明するのにひどく矛盾した概念なのさ。何故なら、自分一人では表せないから。そこには必ず相手がいる。相手に攻撃され、それを弾いて初めて防御の力強さは証明できる。それも、より守りが強いことを示すためにはより強く攻撃されなければならない。例えば、城壁を蟻が小突いたとしよう。勿論それでは壁は崩れない。しかしだからといって『この壁は堅いです』と言って誰が信じようか。今度はタイタンが壁を思い切り蹴ったとしよう。それでも壁が崩れないのであれば『この壁は堅いです』と胸を張って言える筈だ。その二つの壁が全く同じものであったとしてもな」
「……それはそうだろうが、それはあくまで気持ちの問題だ。実際に壁が堅くなるわけではない」
「そう、現実に堅くなりはしない。所詮心の持ちよう。しかし、それこそが重要なのさ。マスターが槍を持っていたとして、更にそれを壁に突き刺し突破せねばならぬとして、堅いと聞く壁と脆いと聞く壁のどちらを刺すかと問われれば、脆い壁を刺すだろう?」
「まあ、そうだな」
「そう、実際には全く同じ強度の壁であったとしてもだ」
「……!」
「現実に堅いかどうかなど、大した問題ではない。要は正しい情報をどれだけ得られるか、それだけなのさ」
「では猶更君を外に出すわけにはいかないじゃないか」
「まあまあ落ち着いて。情報を与えるということは何も悪いことだけじゃあないんだぜ」
「……?」
「キャスターがこれから必死こいてバレないように俺達の情報をかき集めたとしよう。その情報は、キャスターにしかわからない情報だ。俺達にはどの情報が漏れたかは分からない。つまり、それについての対策ができない。しかし、あえてこちらから情報を流せば、こちらは漏れた情報から相手がしてくるであろう攻撃に対しての反撃のプランが練れる」
「それでは本末転倒だ。結局私達は不利なままだ。それに、漏らした情報以外の情報を自前で用意してくるかもしれない。そうなったら相手の手間を省くだけだ」
「手間を省かせればいいのさ。省かせ続け、自分から情報を仕入れようとする意志をなくす。そうなれば相手が持つ情報は、こちらが完全に把握した内容になる。マスター、人間ってのはな、とにかく楽をしたがる生き物なんだ。目の前に餌があれば飛びつく。探せばそれより美味しい餌が山ほどあるのに、自分から餌を探しに行こうなどとは思わない。何もしなくても食いっぱぐれないからな。いつまでも目の前の餌を追いかける。それでいいのさ」
「……」
「さっきの壁の例に戻るが、城壁は堅ければ堅いほど相手の攻めようという気が削がれる。つまり、壁を破らずとも登ればいいのだ、穴を掘って潜ればいいのだと機転を利かせる奴が出てくる。それだともういくら壁が堅くても意味がない。壁を堅くする以上に別の要素を強めていく必要が出てくる。けれども、そんな要素は挙げればキリがない。完全に対処などできやしない。だから、壁の強度を破れるか破れないか曖昧な程度にするのさ。すると、相手は必死になって壁を突き続ける。だって頑張れば突破できそうなんだから。もう相手の頭の中にはそれしかない」
「……」
「登れば届いたかもしれないのに、掘れば潜れたかもしれないのに、穴ができた方が楽だからといつまでも突き続ける。本当はそれこそが一番手間がかかるとしてもな。はっはっは、滑稽だね。 人間ってのは万能じゃねえ、必ず欲が出る。『これならイケるかも』と思ったら他の選択肢を頭の中から消しちまうのさ」
「……」
マスターの顔色がどんどん強張っていくのが目に見えて分かった。まずいまずい。つい興が乗って笑ってしまった。俺らしくない。感情を表に出すのは愚策中の愚策。落ち着け。俺は誰だ。ヘクトールだろ?
「……まあ、オジサンだってそうだった。欲張って負けた。自分が一番分かっているつもりだったのに、それでも欲には勝てなかった。そういうものなのさ、人間というのは」
「成程。君が言いたいことは分かった。確か君は生前指揮官を務めていたのだったのだな。失礼なことをした。策を練るのは私よりも君の方が向いていることであったのに、すまない。ついマスターであることに気分を高揚させて無礼を働いてしまった。許してくれ」
マスターが立ち上がって頭を下げる。
「い、いやいや、オジサンは気にしてないぜ。そこまでしてもらわなくとも十分だ。顔を上げてくれ」
そう言われてマスターはやっと面を上げた。
「ヘクトール。ここからは君に一任しよう。君の好きなようにしてくれ。バックアップは全力でする。欲しいものがあれば全て用意する。これからは君の足を引っ張らないようにしよう」
「足を引っ張るなんてとんでもない。これだけの規模の工房に三日でこれだけの情報を集めるその腕、オジサンは高く買っているんだぜ? 並のマスターじゃ無理だ。マスターがあんたで良かったよ」
「……そう言われると光栄の至りだ」
「そんじゃあまあ、とりあえず行ってくる。必要だと思ったのはここから取っていくがいいかい?」
「勿論、足りなければ更に用意しよう」
「感謝するぜ」
マスターの工房には色んな魔術礼装がある。使えそうなのが多くて試してみたかったところだ。
「マスター、あんたはそこで見ときな。自分が召喚したサーヴァントがいかほどのものか」
そう言って俺は工房を後にした。
さあ、来た来た。
狩りの時間だぜ。
手始めに一人殺すか。
そう考えて京の街に降りた俺は、何をするでもなく、ただぶらぶらと街中を歩いていた。
服装は半そで短パン。色はとびきり明るめに。更にサングラスをかけて意気揚々な異国人を装う。
(ここは観光名所が多いようだし、巡ってみるか。人目につくだろうしな)
そう考えて観光案内の地図を広げながら歩いていると、「ちょっとそこのお兄さん!」と誰かに呼び止められた。
「えっ、えぇ? 俺?」
お兄さんという歳ではないし、姿から見ても無精髭を生やした陽気なおっさんにしか見えない。
だから最初は俺を呼んでいると思っていなかったが、こちらに向かって手を振る売店の婦人を見てやっと気付いた。
婦人は笑顔でこちらに向かって大きく手を振っている。婦人の笑顔は若干の年季を感じさせるものの、屈託のないその笑みは生娘がそのまま歳だけを重ねたような雰囲気を感じさせる。
「あっ、お兄さん日本語分かる? え、えーっと、きゃんゆーすぴーくじゃぱにーず?」
「ああ、分かる。分かるぜ」
「まあ! 日本語お上手ね!」
「まあ、もう日本に来て二十三年経つからね」
「そんなに⁉ どーりで上手いと思ったわ!」
「へへ、どうも」
「……あー、じゃあもう八つ橋は食べたことあるわよねえ?」
「八つ橋?」
なんだそれは。聞いたことがない。婦人の口ぶりからすると食べ物だろう。
「え? 八つ橋知らないのかい?」
「あー、住んでるのが東の方なんで、機会がなかったんだ」
「へえ、じゃあ初めて京都に?」
「そうそう、折角日本に住んでるのに京都に行かないのは勿体ねえと思ってさ」
「それで休暇を取ったのかい?」
「……いや、仕事の都合でこっちに来ることになって。お休みは中々もらえないのよ」
「へー、大変なんだね。そんな恰好までしてよっぽど楽しみだったんだね」
婦人が視線を上下させてそう言った。俺は自慢げに服の端をつまんで広げるように服を見せる。
「おお、暇を見つけてね。今日はじっくり都をエンジョイってわけさ」
わっはっはと大袈裟に笑ってみせた。婦人もつられて口角を上げる。
人間ってのは陽気な奴が好きなもんだ。それも、少しばかりみすぼらしい風貌で情けない雰囲気を醸し出しつつ、いつも笑顔を見せる陽気な奴が親しみやすい。これが、俺が経験によって導き出した「人に取り入りやすい格好」だった。時代が変わってもこういった人情は変わんねえもんだなほんと。
「んでお姉さん、八つ橋ってのはなんだい?」
「んまあ! 本当言葉がお上手ねお・兄・さ・ん!」
口ではそう言いながらも嬉しそうに片手で口を隠しながら、婦人は俺の肩を力任せに叩いた。痛ってえなこのババア。今更褒められて照れるような歳でもねえだろ。
思わず口が引きつるが、そこは俺。へらへらとした笑顔は絶対に崩さない。
「それはお姉さんも一緒だろ? よくもまあオジサンをお兄さんなどと言い切ったもんだぜ」
「「あっはっは!」」
顔を見合わせ大声で笑う。
……全く、民衆に好かれるってのは大変だよな。
優秀過ぎてはいけない。
頼りにされ過ぎてはならない。
しかしナメられてはいけない。
矛盾した存在だ。でもやらなければならない。多くの民衆の心を射止め離さず掴んだままにするにはある種破綻した人物像を描かなければならないのだ。
まあ、もう俺には慣れたもんさ。
「じゃあその八つ橋ってやつを一つくれ」
話すだけ話して商品を買わないのはタブーだ。とりあえず商人のおすすめを買ってやれば気前のいい奴だと好印象を与えるのは知っている。
まだ八つ橋がどんなものか知らないが買ってやろう。ババアと話すのも疲れてきた。さっさと切り上げよう。別にこれくらいは必要経費さ。
「一つって……どれだい? 色々種類があるけれど」
「うん? 種類があるのかい?」
首を傾け聞き返すと、婦人は「これだよこれ」と売店の一角を指さした。
台の上に紙で包まれた箱がいくつか積まれている。紙に印刷された色で味をイメージさせているらしい。
四色あるから四種類か。種類があると知ってしまえば全部買わざるえない。経費が更に嵩むことになるが仕方のないことだろう。節制だけが経済ではない。時には無駄遣いも必要なのだ。
「あーじゃあもうそれ全種類くれ」
少しでも早く切り上げたいという感情が出たのかややぶっきらぼうに言ってしまうが、婦人に気に留めた様子はなく、「いいのかい? 試食できるよ?」と皿を一枚こちらに差し出してきた。
皿の上には箱と同じ色をした四種類の……なんだこれ。三角形の形をした薄い皮に黒い何かが包まれている。皮には白い粉が全面に塗されていて、どこを持っても手に粉が付きそうだ。というかこれは手掴みで食べる物なのか?
「あ、爪楊枝使う?」
婦人がこちらの戸惑いに気付いたのか、一本の爪楊枝をそれに突き立てる。
……食べるのか、これを。
戸惑いが加速するが、ここまでお膳立てされればもう口に運ぶほかない。不味くはないだろうが、どんな味がするのか全くもって見当がつかないため、楊枝を掴む手に躊躇いが見えるのが自分でもわかった。
恐る恐る八つ橋を口に運ぶ。
「……」
不思議な触感だ。柔らかで少し弾力があるがすぐに口の中で解ける。問題の味は――
「……美味い」
美味い。そして甘い。これは皮に包まれていた黒いあれだろうか。舌触りがまろやかで質量がそこそこあるのにしつこさがない。そう、しっかりとした甘味を感じるが全然しつこくないのだ。舐めればじんわりと溶けていく。皮にもほのかに味がついていて口の中でそれらが融合し、奥ゆかしいが豊かな味わいが口の中に広がっていく。
「なんだこりゃ、こんなの初めて食べたぜ」
そう言って楊枝を他の八つ橋に突き刺し口に運ぶ。今度は一切の迷いがなく好調な動きだった。
「どう? 美味しいでしょ?」
にんまりと悪だくみをする子供のような表情を浮かべながら自慢げに婦人はそう言った。
「おお、中々。こんな菓子があるなんてな」
「で、どうする? 何味を買っていくかい?」
「……」
さて、どうするか。俺はマスターから渡されていた財布を開く。財布の中には茶色い紙幣が……三十枚入っていた。思ったより入ってるな。
「それじゃあ、これで買えるだけくれ。なるべく種類は均等になる感じで頼むぜ」
俺は婦人に紙幣を一枚差し出した。婦人は少し驚いたような表情をしたが、すぐに嬉しそうに紙幣を受け取って「じゃあこれ全部五つずつね! ちょっと重いから気をつけて頂戴ね!」と菓子の箱を紙袋に入れて俺に手渡した。
……これはアレだ。アレだよ。ほら、マスターの分もあるしさ。
ちょっとくらいならバレ――問題ないって。
「ぷへぇー。こいつぁすげえ。なんだここは。上手い飯ばっかりじゃねえか」
夜。とある山の中。その開けた場所の中心で俺は焼酎片手に空を仰いだ。
地面に何も敷かず土の上に尻を乗せ、辺りに菓子とつまみ袋をぶちまけながら酒瓶を転がすその姿は、わざわざ客観的に俯瞰でみなくとも、酔っ払ったタチの悪いオヤジにしか見えないだろう。
「いやー、湯豆腐もうどんもうめえしなんだあの抹茶パフェってやつ。苦ぇのに甘ぇしそれでもなんか美味ぇしわけわかんねえな」
豪遊していた。あちこちの店に寄り、色々なものを食べてきた。
ちなみに八つ橋は二種類あって、俺が婦人から買ったのは生八つ橋の方らしい。焼きの方も食べてみたがそれもまた美味しかった。おかげでマスターから預かった財布の中が少し寂しい感じになったが問題ない。足りなければ補充するって言ってたしな。問題ない問題ない。
「へへ、にしてもちとやり過ぎたな。俺らしくねえ」
生前の俺はここまで考えなしに金を使う奴ではなかった筈だ。サーヴァントとなって現界して気分が舞い上がっているのか。それとも、これも何かしらの干渉を受けているのか。
(俺が槍を持っていない。それは明らかにおかしい。召喚の際に何者から干渉されたと考えるのが妥当だ。そう、既に俺達は攻撃を受けている。こんな芸当ができるのは間違いなくキャスターのクラスに違いない。いまだに奴だけ尻尾しか掴めていないのが不気味だ。こりゃ本腰入れて探さなきゃダメかねえ)
顎に手を当てて考え始めたところで、仕掛けておいた礼装に魔力の反応が出た。
……この強さだとサーヴァントか。一騎のみでマスターはおそらくなし。
「さて、じゃあ使った分の仕事はするかね」
立ち上がって背伸びをする。何も考えなしに俺は豪遊をしていたわけじゃない。
「さあ、釣れた獲物はなにかな? バーサーカーあたりだと思うんだが」
剣を構え、反応が出た方を睨む。
「お主がセイバーか」
草むらから堂々と現れたのは、甲冑を着た武者だった。確かライダーかアーチャーか。そのどちらかだったはずだ。
そのサーヴァントに答える。
「さあ、どうだろうな。こう見えてアーチャーかもしれないぜ」
「……ふむ、失礼。訊くまでもなかったな。お主はセイバーだ。拙者はお主のことを知っている」
「ああん?」
「では、参る」
武者は剣を抜き、構えた。
「おっと、オジサンが正面からまともに戦うとでも?」
「?」
マスターから預かっていた礼装を起動させる。相手の足元の草木を急速成長させ、相手を一時的に縛り上げる効果を持つ。勿論、ただの時間稼ぎにしかならないが、一瞬でも隙を作れるなら十分だ。
「なっ、これは――ッ」
「標的確認、方位角固定。
『
――あばよ」
俺は躊躇いなく宝具を解放した。マスターの魔力量ならあと二、三回は余裕で撃てる。どこかで見ているであろうキャスターに見せつけてやるさ。テメエが相手にしている奴がどんな奴か、その目に焼き付けるがいい。
「さあ、吹き飛びなァ‼」
「くっ――『墨俣一夜城』ッ‼」
「あぁ⁉」
俺が放った一撃は、奴の目の前に突然生えてきた城に防がれた。呆気なく剣は弾かれ軌道は曲がり、近くの木の幹に突き刺さった。
「まさか初手から決めにかかるとは。しかし成程。お主、セイバーというほどには脅威ではないようだ」
「……なんだと?」
「もう勝負は決したが、これでも退かねばならぬのか。――セイバーよ。拙者のマスターに感謝するといい。だが、次はないと思え」
武者はそう言い捨てると早々に去っていった。生えてきた城も何事もなかったかのように消え去っていく。
「……」
俺は奴の背を追いかけることができなかった。
奴の言う通り一瞬で俺達の間で格付けが決まり、俺は負けていた。
しかし、大事なのはそこではなく。
「俺は今なんて言った? 『
木に刺さったままの自分の獲物を見る。それは間違いなく剣であった。そう、『
俺は木に近づき、剣を引き抜く。
「……まさか」
まさか。
俺が奪われたのは槍ではなく。
「俺の、サーヴァントとしての能力そのもの――」
眩暈がした。
失念していた。、何故だ。何故気付かなかった。
奪えるなら、全てを奪うだろうに――。
(待て、しかし、剣はこうしてある。剣は奪われてはいない。つまり、剣は奪えなかった? いや、本質的に視点が違う――まさか。
それも、ただの書き換えではない。セイバーでありながら中身をランサーにすげ替え、尚且つセイバーとしての適性を無力化した。さらには槍と剣の認識の置換も防いでいる。完全に俺を無力化させるために、俺を「剣だけを持つ槍しか使えないセイバー」にしやがった――
(しかし、なんでこんな回りくどいことを? ここまでできるなら他の方法で俺を無力化した方が早いだろうに。そもそも相手は本当にキャスターなのか? いちキャスターにここまでの芸当ができるとは考えられない。この聖杯戦争自体が何かおかしいんじゃねえか?)
勿論、このような「複雑なアプローチをすれば相手に干渉できる」という条件を踏まえてキャスターが攻撃しているという可能性もある。それも視野に入れて考える必要がある。
「いざという時には日本を脱出できるよう、マスターには手筈を整えてもらわないとな」
一番はマスターの命だ。万が一でもあってはならない。それだけは避けなければ。
「……だが、これからどうすれば」
自分がもう何の役にも立たないという事実を知った今、俺に何ができる? 今すぐマスターの下に戻り身を守ることに専念するか。それとも――
「――たしか、ここらへんには道場があったな」
諦めるにはまだ早い。
剣が振れぬというならば、振れるようになるまでの話だ。
ランサー
僕は死ぬかもしれない。
「人はそんな簡単に死にませんよ。ほらあともう3セット」
「痛い痛い! 死ぬ死ぬマジで死ぬよ⁉ 筋肉ブチブチ言ってんだよ⁉」
あの日、レオニダスに会ってから毎日筋トレと勉強の日々が続いている。
彼は親が雇った家庭教師らしく、彼に筋トレと勉強を見てもらっている。
なに? 最近の家庭教師はゴリマッチョで筋トレも教えるの? 勘弁してよ。
「それは筋肉が発達している証拠です。よかったですね」
「よかったですね、じゃないよ! おかげで痛みが半端ないよ!」
「ほらほら、喋っている余裕があったら体を動かす。はい、いいですよ。いいフォームです。その調子」
「あばぁー!」
ひとまず腕立て伏せを終わらせ僕は寝転がる。死ぬ死ぬ。どうしてこうなった。惰性に過ごす夏休みは何処へ行った?
「きゅ、休憩……」
「わかりました。五分休憩にしましょう」
「ご、ごふん……」
「マスターはまだお若い。調子もすぐに立て直すでしょう。ほら、最初は腕立て伏五回もできなかったじゃありませんか。それが今やこうして三十回はこなすようになった。立派な成長です」
「じゃあ今日の筋トレは」「なくなりません」「ですよねー」
「マスター。厳しいですが、筋トレも勉強も貴方のためなのです。死ぬほど教師から言われているとは思いますが、体を鍛えるのも勉強もゆくゆくは全て貴方のためなのです」
「それだよそれ。納得いかない。筋トレは体が丈夫になるからまだともかく、僕が物理や数学を学んだってそれが将来何の役に立つのさ。僕は学者になりたいわけじゃないのに」
「……そうですね。その観点から言うと、物理学や数学を学んでも必ずしも役に立つとは言えません。多くの人はその片鱗すら掴めないまま学ぶのをやめるでしょう」
「なら――」
「しかし、大事なことはそこではありません。いいですか。私達が学ぶのは決して賢くなる為ではありません。学ぶこと、それ自体に意味があるのです」
「? どういうこと?」
「確かに、覚えても使い道を見出せなければ物理法則も数学の公式も意味はありません。
ですが、これらを知ることによって私達は「学んだ」という結果を得るのです。
無知の状態から知識を得た。それは間違いなく成功体験です。
いいですか。この成功体験こそが重要なのです。
自分が今まで知らなかった・できなかったことが知れた・できたことによって自信が生まれます。それらは小さなものかもしれませんが、積み重ねれば大きな自信になります。この自信が次の行動へのエネルギーになるのです。
今、貴方は学問を学んでいるのはありません。
学問を学ぶために必要なエネルギーを蓄えているのです。
いつか自分が本気で学びたいと思ったもののために。
それが同じく物理学か数学かはわかりません。全く関係のないものかもしれません。
ですが、必ず今の行動は将来の糧になります。
誰だって最初はできないものです。私達は無知なまま生まれます。そして、死ぬまで多くのことを学びます。何も学ばない人生などありません。私達は必ず何かを学んで生きているのです。できないことをできるようにして生きているのです。
ただ、できないことをできるようにするには大量のエネルギーが必要です。
ですから、私達はこうして小さな成功体験を積み上げ、自信を育み、立ち向かうためのエネルギーを養うのです」
「……なんとなくはわかったよ」
「それはよかった。さ、休憩は終わりです。続きを始めましょう」
「なっ⁉ 今のも休憩時間に入るの⁉」
「当然です。時間は有限です。午後からは外出するので午前の間に終わらせてしまいましょう」
「外出? 何処に?」
「近くに神谷道場というのがあります。剣術を学べるのだとか。そろそろ実践訓練も必要ですし、これからはそちらもカリキュラムに加えます」
「えっ⁉ 実践訓練ってなんの⁉」
「さあ、スクワットスクワット。上半身だけを鍛えるのはナンセンスです。下半身もしっかり鍛えましょうね」
「ご、誤魔化し方がひどいーーっ!」
後日、僕は府内のとある道場に行くことになった。
そこはいかにもといった厳かな雰囲気を纏っていた。
築何十年、いや百年以上は経っていそうだ。伝統ある道場であるという貫禄が感じられる。門の前に立つだけで緊張するほどの圧迫感があった。
門には「神谷道場」と看板が立てかけられている。名前を聞いたことはないけれど、有名な道場なのだろうか。
「ささ、行きましょうマスター」
「……マジで?」
「マジです」
「いやいやまさかこんなマジモンのとこに連れてこられるとは思ってなかったよ? これアレだよね? あのスジの人達がいるところだよね?」
「どのスジですか。もったいぶってないで早く行きましょう。時間は有限です」
「やだやだやだ! 絶対怖い人いるじゃん!」
「いませんよ。以前来た時には可愛らしいお嬢さんが迎えてくださいましたよ」
「お嬢⁉」
「――入るんならさっさと入ってくれないかねえ」
ふと、声をかけられた。
声がした方を見てみると、アロハ服に黒サングラスの男が立っていた。
「ああ、申し訳ありませんヘクトール殿。お先にどうぞ」
レオニダスが横にそれ、道を開ける。僕もそれに倣った。
「おう、ありがとさん。で、それが言ってたあんたのマスターかい?」
「ええ、そうです」
「そうか。――どおりで。そんなんじゃ最後まで生き残れそうにねえな」
「はは。今はこうですが、この子は――化けますよ」
「へえ、そりゃ楽しみだ」
男はにやりと笑ってレオニダスの肩を軽く叩いた。
そして、僕達を横目に道場へ入っていく。
僕にはその男の眼が一瞬だけれど見えた。
口元は笑っていても――眼は微塵も笑っていなかった。
「――レオニダス、知り合い?」
「ええ、そんなものです。まだ出会って日は浅いですが」
「……怖い人だね」
「そうですかね、あんなものだと思いますが」
この後、恐る恐る道場に入ってみると、僕と同年代くらいの女子が迎えてくれた。彼女の父親である道場主は仕事でしばらく不在らしい。その間は彼女が師範を務めるそうだ。
「さ、ここで剣術を少しでも学んでいきましょう。例えこの経験そのものが生きなくとも、この体験が他にも活きてきます」
がたいに似合わずにこにこと笑いながらレオニダスは手をぱんと叩いた。
そんな彼を見て――ふと、思うのだ。
彼は誠実だ。僕が言うのはおかしいかもしれないけれど人間性がある。
こういった人が「凄い人」なんだってことはなんとなくでも理解できた。
だから僕はひとまず彼に付いてきている。
そんな彼が。
何故僕に固執するのかわからない。
仕事だからか?
ふとした瞬間に目が覚めるんだ。
何故僕は彼と一緒に居るのか、と。
その謎に、僕はまだ答えることができない。
アーチャー
夢を見た。
「な、何故だ! 信長は死んだ! 某は確かに信長を討ったのだ! 何故信じられぬ!」
それは、何の夢なんだろう。
「だからのう……明智よ。儂らとて其方の言うことを信じておらぬわけではない」
少なくとも、ボクに関する出来事ではないんだろう。和室に二人。男と老人。全く見覚えがない。
「首を見せろ。そう述べておるだけなのだ。討ったのであれば当然、首もある筈だ。儂らにそれを見せてくれればよい。すれば儂らも喜んで兵を出すというもの」
威厳ある雰囲気を包む老人は、たじろぐ男に向かってそう言った。
「くっ……」
男は奥歯を強く噛み締めた。肩も少しばかりか震えている。
「話はもうよいか? 儂らも殿の訃報でざわついておる。次の戦も早かろう。確証のない話に兵は出せんのだ。わかるな?」
老人は落ち着いた様子だった。足をしきりに組み直し、落ち着かない男と違ってどっしりと座っている。
「ぐぐぐ……もうよい! 此方衆の考えはよくわかった!」
苛つい調子で男は立ち上がり、そそくさと部屋から立ち去った。
部屋を出、早歩きで廊下を歩きながら男は呟く。
「タヌキ……っ! どいつもこいつも! タヌキばかりっ! 信長が死んで心の奥底ではほくそ笑んでいるくせにっ! 初めから聞く耳など持っていなかった! 某との約束をひっくり返した! くそっ……。これでは数が、数が足りん! 今にもサルは飛んで戻ってくる。ああくそッ! 何故だ! 何故死体が見つからぬ! 信長は確かにあの時死んだのだ!」
男は柱に拳を叩きつけ項垂れる。
「みな、そうだ。某をよそ者と煙たがるものばかり。まともに話を聞こうともしない。それは、こうしても変わらぬものか……っ!」
男の背中が見えた。その背中は小さく、今にも倒れそうな弱弱しさを感じさせた。
ボクはこの男ではない。ボクはこの男を知らない。
けれど、
「アーチャー……?」
今、きっと他の誰よりも。
ボクはこの男のことをよく知っている。
「で、これからのことなんだけれど……おい、アーチャー。聞いてるのか」
「んあー? 聞いてる聞いてる」
借りてきたホテルの一室。
「シャルルちゃんってお堅いんだよね。呼び捨てでいいってマジでマジで」と言う信長(明智)に従い、馴れ馴れしく彼を呼ぶシャルル。
あまりにも軽薄な明智の所為で最初はあった抵抗感も完全になくなっていた。シャルルの呼びかけに明智はベッドの枕に顔を埋めながら答えた。
「ああー、なにこれフカフカ。最高。もう寝そう」
「寝るな。作戦会議始まったばかりだろうが」
「もう、シャルルちゃん。俺らが作戦会議しても無駄だってわかり切ってんじゃん。戦況が動くまでは俺ら何もできないって。最初から出張ってたらシャルルちゃんの魔力もたねえじゃん」
「確かにそうなんだけれどもう少し具体的な話をだな……あとシャルルちゃん言うな」
「んー、俺はいいと思うんだけどな。可愛くて」
「かわ……。それを褒め言葉だと思っているのはお前だけだよ」
「褒め言葉だって伝わってんならいいと俺は思――ん?」
「どうした?」
「――サーヴァントが近くにいるな」
「わかるのか?」
「なんとなく。俺の鼻がそう言っている。え? シャルルちゃんはわかんないの?」
「役に立たなくて悪かったな。――で、そいつはボク達に気付いているのか?」
「いや、おそらく。何処かに向かって走っているな。目的はこっちじゃない。跡をつけてみるか?」
「かち合ったらまずい。ボク達が戦えるのはせいぜい二回。宝具も二発撃てるかどうか――ってそういえばボクまだお前の宝具知らないんだけど」
「今はそれどころじゃないっしょ。大丈夫、宝具は頃合いが来たらこっちから指示するから。それよりも、ここであーだこーだ考えるより、実際に敵を見た方が早いっしょ」
「それもそうだな……。アーチャー、バレずにいけるか?」
「もっちろん! アーチャークラスなめんじゃねえぜ! アサシンほどではないけど、隠密行動は得意分野っしょ!」
明智は自信たっぷりにそう言いきって笑ってみせた。
それを見てシャルルは夢を思い出す。
あの背中を。
一人の男が全てを諦めた瞬間を。
シャルルは知っている。
ああ、それでもこいつは清々しく笑える奴なんだと――
ライダー
「いいか、最初に戦うのはセイバーだ」
マスターはそう言った。
不気味な白仮面を拙者の前でも一切外そうとしないその不埒な魔術師は、拙者に紙束を差し出しながら続けて言う。
「これが各陣営の詳細だ。これを読めば大体分かる」
「ほう」
渡された紙の数枚を目に通し、拙者はマスターに問いかけた。
「アーチャーの分がないぞ」
「アーチャーはない」
「何故だ。これだけ情報があればアーチャー以外の全員を二回は軽く討ち取れる。これだけの情報を持って何故アーチャーがない」
その紙束には各陣営の情報が事細かに載っていた。
個人情報、生い立ちから現在に至るまで。そして現在の潜伏場所すらも。
最早拙者が戦うまでもない。むしろこれだけの情報が集められるだけの準備があったのであれば、残りのマスター全員を既に暗殺できていてもおかしくない。
「まあ、色々あってね」
マスターははぐらかした。触れられたくないことなだろう。訊いてもこやつは答えぬだろうから拙者は訊かぬことにした。
紙束に再び目を通す。
そこには各陣営の説明だけではなく、これからの拙者への指示も書かれてあった。これもまたびっしりと細かい指示が載っている。これ通りに動けと言うのか。
「して、何故セイバーなのだ? これらを見るにバーサーカー辺りが妥当だろう。この性質ならすぐに釣れる筈だ。拙者の宝具とも相性が良い」
「ああ、その通りだがバーサーカーには先約があってね。ああそうか、だったらバーサーカーの資料はいらなかったな。その分は忘れてくれ」
「……?」
「順番があるんだ。フラグを回収するには手順がいる」
「マスター、何を考えているんだ。これだけ斃す準備が整っていて何故攻めない」
「そのうちわかるさ。とりあえず今は従ってくれ。私に令呪を切らせたくはないだろう?」
「ちっ、承知した。しかし、長く続くと思わないことだ。自分の上に就く奴は選ぶぞ、拙者は」
「わかっているさ」
「……セイバーだな。行ってくる」
「行ってらっしゃい――ああ、そういえば」
「なんだ?」
「私は自分のことをエミヤシロウだと名乗ったが――あれは嘘だ」
「まあ、そうだろうな」
「えっ?」
「自分のサーヴァントにもそうやって顔を隠す奴が真名を名乗るわけがないだろう」
「ああ、それはそうだね」
「……」
なんだこいつは。
話していると苛々する。飄々としていて掴みどころがない。誠意が感じられない。
「で、それがどうかしたのか? 本名を名乗る気になったか?」
「いや、そうではないんだけれど」
「はあ?」
「とにかく、私が名乗ったことは忘れてくれ。――思ったよりもダメージが大きかった」
後悔するように仮面を手で覆うように抑えるマスターを見て、拙者は驚いた。
マスターの左手の甲に令呪が三画。さらにその下――手首にももう一つ令呪が三画あった。
「……」
問うたところでこやつは答えぬだろう。
忌々しい。
だが、このまま拙者を懐柔しておけるとは思わせぬ。
拙者はそう心に誓い、外に出た。
アサシン
一寸法師と新崎優奈は聖杯戦争そっちのけで遊び呆けていた。
新崎が自分の行きたいところを宣言し、一寸が首を縦に振る。
動物園、水族館、ゲームセンター……。
二人ともまるで最初からそれが目的かのように遊びたおしていた。
遊ぶうちに日も落ち、少し休憩しようと二人は公園に寄る。
「いっしゅん!」
「はい、なんでしょう」
「ゆうえんちいきたい!」
「いいですね、行きましょう」
「やったー!」
「ですが、明日にしましょうか。今日はもう遅いです。とりあえず今日は宿を探して――」
「かえるの?」
「いえ、お泊りです。ホテルですよホテル」
「おとまり!」
「ええ、」
「……おかあさん、だいじょうぶ?」
「はい、こちらから既に話は通しています。大丈夫ですよ」
「おかねは?」
「ほう、そこまで心配が回るとは。えらいえらい。それも大丈夫ですよ」
一寸は新崎の頭を撫でながらそう言った。
本当は彼女の母に連絡などしていない。彼女の母、新崎香苗は既に死んでいる。
あの魔術師、イリダル・マルコヴィチ・イワンコフが触媒として「用意」した。
「……」
胸の奥からおぞましい感情が込み上げてくる。
「ほんとにだいじょうぶ?」
新崎が一寸の異変を察知したようで、そう問いかけた。
「ええ、大丈夫です」
一寸は微笑んで誤魔化した。自分の目的は戦うことではない。誰かを傷つけることではない。
彼が真に願うことは、
「――優奈。少し離れていなさい」
一寸は言う。
「どうやって追跡したのかわかりませんが――私達に関わってくる以上、容赦はしませんよ」
彼の前に男がいた。
右手にグラディウスを持った筋骨隆々な巨躯の男。身長は2メートルを裕に超え、小人ではなくなった現在の姿の一寸でも視線を上げなければならない。
その大男の肌は青白く、血が通っているとは到底思えなかった。しかし、その赤く血走った眼だけは一寸を鋭く睨み付け、姿を確実に捉えている。
だが、それらの情報全てを鑑みても尚、一際目立つ大男の様相があった。
「――何が可笑しい」
彼は笑っていた。
にっこりと。
絵に描いたかのような不自然さ。不気味。彼の姿全ての情報がまるでその表情を際立たせるために用意された飾りのようだった。
その男は表情を崩さず、言う。
「見つけたぞ圧政者よ。汝を我が愛で抱擁せん」
バーサーカー
スパルタクスという悪魔と契約してから数週間が経った。
「……これは?」
テーブルを挟んで俺とスパルタクスが座って対峙している。スパルタクスは召喚されるとすぐに眠ってしまった。一か月近く経ってやっと彼が目覚めたのだ。
俺は彼が何者かを知るため、テーブルに碁盤を置いた。
「まさしく圧政者がのさばる図である」
スパルタクスは俺が置いた碁盤を手で掃った。折り畳み式の簡易型碁盤は軽く振り払われただけで二つに折れ床を転がった。
「囲碁は駄目か」
次は将棋盤を出す。これもまた無残に散った。
(人生ゲームもダメ、トランプもダメ、囲碁も将棋も、か)
スパルタクスと会話をするうちに、俺はあることに気が付いた。
こいつ、人の話を聞いていない。
一見俺が投げかけた問いに答えているように感じるが、内容が噛み合っていない。少しずれている。まるで会話自動生成AIと話しているかのようだった。それも精度がイマイチ足りていないヤツ。
これでは埒が明かない――そう思った俺だが、それに気付いて間もなくあることにも気が付いた。
こいつが話す言葉には法則性がありそうだ、と。
圧政。
こいつが話す内容はほぼ必ずこのワードが組み込まれている。それもワードだけではない。会話の指向性。どうもこいつは俺の知らない何かに「叛逆」しようとしているのだ。
しかし、それが何かわからない。
(圧政という言葉にも何かしらの基準がある筈だ。今のところこいつの中で圧政認定を受けているのは、教科書、参考書、テレビゲーム、ボードゲーム……共通点はなんだ?)
「これは?」
俺は筆箱からボールペンを取り出してスパルタクスの前に差し出した。
「筆は人民の権利である。しかし時にそれは剣となる」
少しわかりにくいが……これは圧政じゃないのか。
話は少しずつ進展するが、コイツの言う「圧政」に気付けば答えを得られない。
回りくどいな。もう少しストレートに訊くか。
「なあ、スパルタクス。お前は一体誰なんだ? 何故そこまで圧政を嫌う? お前のことを教えてくれ」
「――それは命令か?」
ぞっとした。
背筋に冷たいものが急激に走った。
何故かはわからない。
その台詞を言った瞬間だけ、何かが違ったように思った。
決して言ってはならない言葉を、言ってしまった気がした。
「それは命令か?」
悪魔は繰り返す。
「いや、違う。――ただの質問だ。コミュニケーションの一環だよ」
俺は慌ててそう切り返す。
危ない。相手が悪魔だというなら、「お願い」と「約束」は容易にしてはいけない。
「叛逆とは、在り様である。生き方である。私はこの地に降り立ったただ一人の
何事もなかったかのように答えるスパルタクスを見て胸を撫で下ろした。
よかった。とりあえず地雷は回避した。
額に流れる汗を拭い、俺は一息ついた。――なんで質問一つにこう難儀しないといけないのか。
「……」
左手の甲にできた傷が疼く。スパルタクスを召喚した時にできた傷だ。まるでタトゥーのように図形を描きながら赤い線が走っている。これがなんなのか俺にはわからない。
ただの偶然でできたのか、スパルタクスとの契約の証なのか。
スパルタクスが何の悪魔なのかを知らないせいで下手に訊くこともできない。
しかし、
「君はどう在る? ――君は誰だ?」
今度はスパルタクスの番らしい。そういえば自分については話していなかった。
「俺の名前は野熊冬至。高校生だ。魔本でお前を呼んだ――らしい」
「そうか。では君が私のマスターか?」
「マスター? 契約者ってことか?」
「そうだ」
「多分そ――いや、違う」
俺は咄嗟に否定した。
悪魔と契約したならば、相応の物を差し出さねばならない。だから迂闊に契約してはならない。悪魔は人間の魂を得るためにあの手この手で契約させ貶める。
言い切る前に気付いてよかった。契約するならせめてこっちもそれ相応の物をもらってからじゃないと釣り合わない。
「契約者でないなら誰だ? 野熊冬至。君は、なんだ」
「言わなかったか? 俺はただの高校生、野熊冬至だ。それ以上でも以下でもない。ただの野熊冬至だよ」
言い切った。それが正しいかはわからない。ただ、そう言った方が良いような気がした。
「――そうか。では野熊冬至。君は圧政者か?」
「俺がそんな人間に見えるか?」
「良い。良いぞ。では小さき反逆者よ。私と共にきたまえ。悪しき為政者を滅ぼさん!」
スパルタクスは納得したように勢い良く立ち上がった。
よし、とりあえずいい感じに話を繋げたらしい。ひとまず成功――え?
スパルタクスは俺の服をガシッと掴むと片手で持ち上げ、自身の背中に乗せるように投げた。
「ぶぇっ⁉ な、なに⁉」
「さあ行くぞ! 今こそ圧政者に叛逆せん!」
(掴まってろ、ってことか……? ってどこ行くつもりなんだよ!)
俺が問いかける前にスパルタクスは部屋の窓をぶち貫いて外へ駆け出した。
もう日が暮れている。外へ出るには遅い時間だ。
しかし彼はそんな些細なこと気にしない。
全力で街を走り抜ける彼の背に、必死になって掴まっていることしか俺にはできなかった。
「だからどこに行くんだぶおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉおおおお⁉」
―――
聖杯戦争が始まって数日。サーヴァント同士の衝突はなし。
しかし、確実に歯車は廻り始めていた。
穏やかな日中の時間は終わり、混沌とした夜が始まる。
これは、始まりの物語。
屈辱に頭を垂れた者達が、顔を上げ日の出を身に受ける。
ただそれまでの――
夜の物語。