Fate/loneliness -little summoners- 作:からすまそういち
5 真聖杯戦争 真宵
アーチャーとライダーが対面してから三十分は経っただろうか。
アーチャーとシャルルは息も絶え絶えだった。
ライダーの城から矢が雨の様に降ってくる。それはなんとか躱せるものの、こちらからの決定打がない。アーチャーはライダーと対面した時、既に宝具を展開していた。しかし、ライダーの宝具はアーチャーの宝具の許容量を遥かに上回った。
『本能寺の変』。
先の戦い、本能寺の変を再現する固有結界宝具。
本来ならば対象の敵は業火に焼かれ骨も残らない完全消滅の必殺。
しかし、ライダーの宝具はその固有結界をぶちぬき、空を陣取ってみせた。
「アーチャー!」
日輪城を目指し、駆けたキャスターが辿り着いたようだった。見知った顔を見て声をかける。
「キャスターか、どうしてここに?」
「なんだキャスター、面識があったのかい? 教えてくれてもよかったのに――おいアーチャー。困ってるんなら手を貸すが、どうだい?」
セイバーはアーチャーに向かってそう言った。
「おおう! 変な見栄張ってる場合じゃないでしょ、助けてください!」
「お前プライドないのかよ明智」
「うるせえ! 一人じゃ戦は勝てないの! 援軍ないと死んじゃうの!」
「まあでも確かに意地張ってる場合じゃないな。ボクからもお願いします」
「おうよ! 任せられた!」
「あたし達は人払いをしてくるわ!」
キャスターと神谷が本願寺を離れる。
「ふふふ、何人か増えたようじゃが……関係ないな。儂は誰にも止められん!」
「あのてっぺんに敵がいるんですか?」
日々谷は天守閣を指差した。
「そうらしいな」
「頂上にいようが関係ない! 城ごと叩き壊せばいい話だ!」
神谷を見送った野熊はその足で城に突っ込む。
「ちょっと⁉ 殴ってどうにかなるもんじゃ――ええ⁉」
「どうだ! ぶち抜いてやったぞ!」
誇らしげに右手を上げる野熊。
「すげえ⁉ なにもんだあいつ! ただのマスターじゃなかったのかよ!」
「確かにすごいが……見ろ」
セイバーは先程野熊が突撃した部分を指差した。そこは既に崩壊した跡はなく、何事もなかったかのように城壁があった。
「穴が……塞がっている⁉」
「アレがあいつの宝具。城を建築し続けるただそれだけの能力――ただそれだけで人を殺す宝具さ」
「じゃあさっきの穴が塞がったのって……まさか」
「そう、穴が開いた瞬間に城の補修が始まっている。傷はつけられても残らない。新しく建築され直される」
「そんな無茶苦茶な⁉」
「でもそんな宝具、魔力をバカ食いする筈だ。すぐに息切れする」
「俺様もそう思ったんだが、何度火矢を放ってもすぐにかき消される。燃え広がらない。燃えた瞬間から消されてなかったかのように補修されちまった。サルめ、どこから魔力を補給してやがるんだ?」
「はっはっは! 有象無象が幾ら集まろうと無駄なこと! まとめて踏み躙ってくれよう!」
日輪城から大量の矢が放たれる。
「くそっ。これじゃあこっちの攻撃はむこうに届かないのにあっちはやりたい放題だ! なんとかならないのか!」
「オジサンの槍があれば……なんてことを言っても仕方ないな」
「アーチャー、もう一度お前の宝具であの城は……無理か」
「諦めんなよ⁉ いや無理なんだけどさ!」
「アーチャーさんよ、お前の宝具はなんなんだ?」
「……」
「おい、アーチャー。気持ちはわかるけど渋っている場合じゃないぞ」
「ああもう! そうっすね! そうでした! 俺様の宝具は本能寺の変。炎上した本能寺を固有結界で再現する宝具です!」
「ああ、なるほど。その宝具で城を閉じ込めるのが無理なのか」
「ただの城ならいけるんだけどな。これだけ膨れ上がったものを抱えるのは俺にもシャルルちゃんにも負担が大きすぎる。展開した途端に崩壊なんて笑えないでしょ」
「では落ち着いてここで一旦役割を整理しましょう。僕は槍を振ることしかできない」
日々谷は槍を前に出した、。
「オジサンは剣しか握れない」
「俺は殴ることしかできない」
「俺様は矢を撃つことだけ」
「ボクは何もできない」
「「「「「……」」」」」
「えっと……これは――詰み?」
「はっはっは! 死ねぃ!」
「「「「「うわーっ‼」」」」」
「騒がしいですね。ここは宴会会場ですか?」
アサシンがライダーの真上に現れ、大槌を振り下ろす。
ライダーはそれを躱すが、大槌は城を叩き、瞬間日輪城は縮小を始めた。
「な、なんじゃ⁉」
「ここは見晴らしが良いですね。ですが、高すぎます。頭に乗るなよニンゲン」
日輪城は縮小し続け、10メートルは切ったかというところでシャルルが叫ぶ。
「今だアーチャー! 宝具を展開しろ!」
「オッケィ! いくぜ!
シャルルが令呪を使いアーチャーが宝具を展開して、辺りは炎に包まれた。
焦げ臭いにおいが充満する。煙で視界がぼやけ赤々と光る炎だけが際立って見える。
「ああ……ああ、そんな、まさか。儂の城が――」
ライダーは膝を地についていた。
「秀吉さんよ。もう終わりだぜ。俺様の宝具は全てを燃やし尽くす宝具。ここで焼かれたものはことごとく抹消される。建築物も、死体も。燃えてしまえば何も残らない。お前が建築し続けようがその度に燃やされる。お前の城は、落ちたぞ」
「儂の……負け、か」
火に包まれ燃え落ちる城を茫然と眺めながらライダーは呟いた。
「夢が、夢が、終わる。儂の、夢が……」
「けっ、俺様にも夢があったんだがな。残念ながらお前のせいでおじゃんだったよ。ま、でも今は別にそこまで気にしてないけどな。ここまで来てやっと気付いたよ。
――俺達は死んだんだ。ここで何をしようが為そうが過去の人間なんだよ。俺達は既に行き止まってんだ。だから、夢だとか願いだとか、きっとそんなもんは必要なかったんだ。お前だって見てきたんじゃないか? 未来の日本を。これが、俺達が生きた後の歴史なんだ。それに水を注そうだなんて、無粋が過ぎるぜ」
「キンカンが。言いおる。じゃがその話、わからんでもない。儂らは……もうこの世には必要ないのだな」
「ああ、俺達が出しゃばる必要なんかなくて、勝手に今を生きる人間が勝手に頑張って勝手に導いていくんだ。俺達にできることと言ったら、こうして今を生きる奴らに呼び出されて力を貸してやるくらいじゃないか? 多分、それくらいでいいんだと俺様は思うぜ」
「ふん、お主がそんなことをぬかす奴だとは思っておらんかったわ。いつも仏頂面で何を考えているか読めん奴じゃったが、中々人間味があったとはな」
「俺様も、お前が自信家で自分のことしか考えてない奴だと思ってたぜ。なんでえ、案外素質があったんだな」
「当たり前じゃ。キンカンに説かれるとは思うておらんかったが……後は任せられるか」
「おうよ」
ライダーの前に重ねられた畳が現れた。ライダーはその畳の上に座り、胸元から短刀を取り出し目の前に置いた。アーチャーは彼の後ろに立つ。
「まさか、儂がこのようなことになるとは思うてもおらんかったぞ。じゃが儂もまた武士の端くれ。引き際は心得ておる」
「言っとくけど、作法なんて俺にはわからないぜ」
「実を言うと儂もよくわからん。思うようにやってくれればそれでよい」
「そうかよ」
ライダーは服をずらして脱ぎ、短刀を手に取った。
「……茶々よ、すまぬ。お主の望みは果たせなかった。じゃが安心せい。儂らが民を導かずとも、これからの人々が導い――」
「長いですね。死ぬなら早く死になさい」
唐突だった。
アサシンの槌がライダーに振り下ろされ、ライダーを押し潰した。
アーチャーは間一髪後方に下がって避けたが、その勢いに尻餅をつく。
アサシンは槌を上げた。
「……」
槌が上がったその先、打ち付けられていた地面には何も残っていなかった。
これがアサシン究極の宝具――『小槌』。
「うだうだと長々しく語って、一体いつになったら死ぬんですか。そんな悠長に待ってられないですよ」
「……てめえ、テメエ! 何しやがる!」
「死体を消しただけですが。たかがニンゲン一人ごときに私の時間を取らせないでください」
「ふざっ……けんな! テメエは武士の尊厳を汚しやがったんだ! わざわざ手を下さなくてもサルは死んでいた! なのに、なんでテメエは……っ」
「死んでいるなら結構。掃除をしただけです」
セイバーが身を乗り出した。
「おい、アサシン。一ついいか? オジサンはこっちの文化に疎いんだが、ライダーは腹切りをしようとしてたんだろ? だったらそいつはもう死んでいるも同然なんだ。あまり死体を辱めてやるな。親が悲しむ」
セイバーはどこか悲し気にそう言った。
「……くだらない。実に」
「おいセイバー!」
「おう」
アーチャーとセイバーの二人はお互いの獲物を構えた。
「……礼儀? 作法? 習慣? 誇り? 尊厳? それらが、何になるんですか。ニンゲンはそんなものに命を張るというのですか。全く、度し難い」
「ああそうだよそんなモンに命を張るんだ。そんなモンでしか俺達は語れねえんだよ!」
「まあオジサンはぶっちゃけ実利が伴っていればなんでもいいんだが、少しくらい英霊っぽいことをしておかないとな。――ニンゲンナメんじゃねえぞ」
「下らない。下らない下らない下らない。これだからニンゲンは」
二人とアサシンが衝突する。しかし、何をしても小槌で攻撃を無力化せられるアサシンに二人は決め手を作ることができなかった。
アーチャーの宝具『本能寺の変』は対象の物体は限りなく焼き尽くしてしまう宝具であるが、対象を一つにしか絞れない。
現在宝具で焼いているのは日輪城だ。ライダーが消えた今、城は消滅しつつあるが、まだ完全に消えてはいない。それに、宝具の再々展開はシャルルの負担を考えるとできなかった。
ならばそれよりも、固有結界の中で身体能力にブーストがかかる現状を維持した方が強い。
セイバーの方は自ら動きに制限をかけていた。ライダーは死んだが間宮の狙いがライダーだとも限らない。間宮と刃を交える可能性を考えれば、ここで手の内を晒すわけにはいかなかった。特にこの聖杯戦争の期間中に磨き上げた「宝具」については。
二対一という状況で、中々有利に持っていけない。
ここで野熊が動いた。
「おらぁ!」
アサシンが二人に気を取られている隙に乗り込んだが、分かっていたかのようにあしらわれる。
「邪魔をするな、あとはもうこの二騎だけなんです! そうするば私は――
「な、んだと……っ⁉ キャスターは⁉」
「キャスターはもう始末しました。小槌で縮小し、瓶詰めしてマスターに渡しましたよ」
「テメエ! やりやがったな!」
野熊は怒りに身を任せ、拳を振りかざす。
すると、アサシンは自身の唇の前に人差し指を当ててみせた。
「――ッ!」
瞬間、理解する。
「ランサァー!」
「はい!」
「この結界のどこかにアサシンのマスターがいるはずだ! 探せ!」
「分かりました!」
日々谷は走った。結界内には崩れ燃え落ちる城以外に目立ったものはない。そこで隠れられる場所があるとすれば――
(城の、裏!)
黒いコートを着た長身の白人の男、イリダル・マルコヴィチ・イワンコフが座り込んでいた。
「見つかったか……」
イワンコフは立ち上がる。
「野郎! 瓶を渡しな!」
野熊も合流した。
「……子供達よ。君達は私を殺す覚悟があるか?」
イワンコフは静かに言った。
「殺すつもりはありません」
日々谷は答える。
「そうか。では――
イワンコフはコートの内から拳銃を取り出す。
そして、躊躇いなく発砲した。
弾の軌道は日々谷に向いていた。
野熊はそれを確認し、弾を撃ち落としに向かう。
(野郎、嫌な感じだ。何かを隠してやがる)
分かっていても野熊は日々谷を守らざるを得なかった。
日々谷はあくまでも鍛えただけの一般人だ。銃弾一発でも喰らえば致命傷に成り得る。
それに比べ自分は多少大丈夫だろう。だから――
「考えが、甘いんだ」
弾の軌道が、変わった。
通常の曲がり方ではない、明らかに作為的な変化。
野熊はそれに反応できなかった。
「なっ――」
弾丸が野熊の左胸に、直撃した。
「がっ……」
野熊は倒れる。
「トージ君!」
日々谷は慌てて駆け寄ろうとする。が、
「やめろ!」
野熊は立ち上がった。
胸部。服の下から血が染み出ている。確実に心臓を狙われた一撃だった。
(傷が浅かったか? 直撃したように見えたが……)
イワンコフは再び発砲する。野熊はそれも弾き落とそうとするが、軌道を変えられて体に刺さった。
「ぐっ……」
それでもなお、野熊は立っている。
「……」
今度は、眉間の間だった。
再び心臓を狙ったかのように見せて、野熊の額を撃ち抜いた。
かのように見えた。
「へ、へへへ……」
眉間から弾が落ちる。
野熊は頭蓋骨で弾丸を受け止めてみせた。
「な、なんだお前は……っ! 何故死なない⁉ なんなんだお前は――ッ‼」
イワンコフは一旦野熊を諦め、日々谷に銃口を向ける。
しかし、それで発砲しても全て野熊に刺さってしまう。まるで、野熊が吸い込んでいるかのように。
「ははは! はははははは!」
野熊は笑っていた。
(何故笑うのか。それは俺にもわからない。虚勢? ただそれだけなのかもしれない)
でも。
その時、野熊は知った。
(俺が倒れても――ランサーがいる。俺に続く者がいるのであれば、それは――笑うべきだ)
スパルタクスを思い浮かべる。
彼は孤独だった。
孤独な戦士だった。
それでも笑う彼に、野熊は言う。
(俺もそっちへ行くよ。お前を一人になんかしない。一人で笑わせなんかしない。続く者がいるかどうかも分からずに笑ったお前に――俺も笑ってついていく)
『君はどう在る? ――君は誰だ?』
その問いに今、答えるよ。
「俺の名前は野熊冬至。
ただ一人の――
そう言って彼は――微笑んだ。
「トージ君! 大丈夫だ! 僕は死なない! この盾は、僕を守るためにある!」
日々谷の叫びを聞いて野熊は走り出す。迷いなく、
「ははははぁ‼」
イワンコフは銃撃を止めなかった。
日々谷を守るものはいない。ならこいつから沈めてしまおう。
だが、日々谷はイワンコフの銃撃を読み切った。銃口からの狙い、そしてそこから曲がる急所への軌道。その軌道変動は一発につき一回。分かってしまえば理屈は簡単だ。急所を盾で覆い隠してしまえば一撃必殺には成り得ない。撃った瞬間に盾で守ればいいのだから。
問題があるとすれば背後に回られてからの軌道変更。だがこれにも対処法はある。一度背後を取るということは、日々谷を一度通り過ぎなければならない。つまりその時間に後ろに守りをさけばいいのだ。
しかし判断する時間は僅かしかない。銃弾に追いつく速さで守れるわけなどない。
そう、理屈は簡単だが、ただの人間には不可能だった。
――ただの人間には。
腕や足をかすりはした。しかし、弾丸を体で受けることはなかった。
(セイバーの方が――早い!)
「なんだこいつら――」
イワンコフは日々谷だけに意識を割けなかった。目の前からはとんでもないスピードで野熊が突撃してくる。これをいなしながら日々谷を攻撃することは歴戦の傭兵であるイワンコフにとっても至難の業だった。
回避行動を取っている間に、瓦礫に足を取られ、体勢を崩す。
「ま、まずい――」
(視線を――外したな?)
その瞬間だった。イワンコフは尋常ではない殺気を受け取る。
野熊からではなく、その向こう――日々谷から。
「標的確認、
方位角固定」
日々谷はもう既に、その構えに入っていた。
「――ここだッ‼」
日々谷は長槍を――投擲した。
「がっ、あああああああああ!」
イワンコフの右肩に長槍が深々と刺さる。
「お前の負けだ魔術師――」
野熊もまた、拳を構えていた。
(な、何故だ! 何故私が負ける⁉ こんな、子供に――)
「――俺の愛を、受け止めてみろ」
野熊の拳が、イワンコフの頬に直撃した。
倒れたイワンコフのコートの胸ポケットから、野熊は小瓶を取り出した。
「思ったより早かったですね」
アサシンが野熊の真横に現れた。
「テメエ――」
すぐさま殴ろうと野熊はアサシンの方へ向くが、アサシンが差し出した物を見て、その手を止めた。
「大槌です」
「……どうして」
「貴方には、借りがありますから」
野熊は大槌を受け取った。そして、それで小瓶二つを軽く叩く。
小瓶は全長二メートル程まで大きくなった。
「アサシン、何をしている……」
倒したはずのイワンコフが目を覚ました。
「おや、こちらも思ったより早い」
「アサシン――殺せ。子供も全部。全部だ!」
「嫌です」
「なっ、お前、断れるわけが――」
イワンコフの言葉が言い終わる前だった。
アサシンの全身から針が吹き出した。まるで中から外を食い破るように出た虫の様に。
「言ったでしょう。次はないと。思い上がるなよ――ニンゲン」
全身を針に埋め尽くされ続けながら、アサシンはそう言ってのけた。
そしてついに、アサシンは人の形をした針の集合体となってしまった。
「な、なんだこりゃ」
アサシンを追ってきたセイバーとアーチャーは、アサシンのその凄惨な死に様を見て絶句する。
「ば、馬鹿な。アサシンきさ――」
野熊は再びイワンコフを殴って意識を奪った。
「――これで、残るは二騎」
アーチャーが言った。セイバーと顔を見合わせる。
その時だった。
■■■■■■■
セイバーはこの世界の真実に到達した。
「おい、大丈夫か? セイバー」
突然青ざめた顔をするセイバーに向かってアーチャーは心配そうに問いかける。
セイバーは手で自身の顔を叩いた。
「……いや、なんでもない。そうだな。アーチャー、決着を――つけよう」
セイバーは答えた。
アーチャーとセイバーが対峙する。
「これで勝った方が聖杯、か。実感が湧かねーな」
「はは、流れるようにここまで来ちまったからねえ」
(ここで――決まる)
アーチャーが覚悟を決めた時、ふと思い出した。
『――ボクが聖杯に願うこと?』
バーサーカーのマスターを教会に届けたあの後。
『そうそう、ちょっと気になってさ』
『……あー。実は、もう聖杯なんてどうでもいいんだ』
『えっ?』
『なんていうか、ボクの願いは聖杯に託すものじゃなかったんだよ。ボクが心の底から欲しかったものは、自分の手で取りにいくしかないって気付いたんだ』
『そう、なのか』
『お前は? アーチャーは何を願う?』
『……へへ』
『なに笑ってるんだ気持ち悪い』
『いや、俺もそうだって思ってさ』
アーチャーが本当に欲しかったもの。
それは、成功でも名誉でもなかった。
身分が知れぬとして避けられた
彼にとって本当に必要だったのは、首領でもなく、配下でもなく、ただ一人の―――仲間だった。
(俺は一人だった。一人でもいいと思ってた。でも、そうじゃなかったんだな)
バツの悪そうに告白するシャルルの姿を見た時から、アーチャーは決心していた。
(シャルルちゃんはああ言うけれど、俺はシャルルちゃんに聖杯を届けたい。俺達でどこまで行けるのか、確かめてみたいんだ)
今の自分なら全てをかけて戦える。
信じて付いてきてくれた、
アーチャーは弓を構えた。
セイバーもそれに答える。
そして、始まった。
先制はアーチャー。アーチャーが結界内で放った矢は全て火矢となる。その火矢でセイバーを牽制しつつ間合いを計った。
セイバーは放たれた火矢を斬り払いしながら間合いを詰めていく。
「ちっ、やっぱまずっ――」
間合いを詰められたアーチャーは弓をやめ、刀を抜く。その刀身も炎に包まれていた。
刃と刃が交わる。
「「ぐっ……」」
そして、鍔迫り合いが始まった。
じりじりとした力比べが始まる。
力比べではアーチャーの方が有利だった。
宝具の展開によって身体能力にブーストがかかっており、尚且つセイバーはクラスの補正がない。
(このまま押し切れば勝てる!)
「うぉおおお‼」
アーチャーは強引に切り払い、力任せにセイバーに刀を振り下ろした。
セイバーはその一撃を、剣を横にして受ける態勢を取る。
(そんなんで耐えられるかよ!)
それを見てもなお全力で振り下ろすアーチャー。
そして、刀の刃と剣の刃が触れた時、
アーチャーの刀は、あっけなく二つに折れた。
「何ぃ⁉」
「実はこの剣、かなり上物でね。知ってるかい? デュランダルっていうんだが」
「不滅の聖剣――⁉」
刀が折れるとアーチャーは間合いを取るため後ずさる。
(得物の質で勝てないと言うのなら、再び弓で戦うまで!)
アーチャーは弓を取り構えようとするが、セイバーはその隙を見逃さなかった。
「――標的確認、方位角固定」
セイバーは唱える。
今から放つ、必殺の一撃の名を。
(――しまっ)
「『
その一撃は、まるで光のごとき一閃だった。
セイバーは大地を蹴り上げ、剣を突き出しながら飛び出した。さながら剣道の技の一つ「突き」であるかのように。
(俺はここまでずっと磨いてきた。宝具を誤認したあの日から。どうすれば技を宝具まで昇華できるか、ずっと考えてたんだぜ――)
その結果が、これだった。
得物を投げるのではなく、得物とそれを握る自分自身、それ全てを武器として。
相手に投擲する――
「が、ああああああああ‼」
転がり飛ぶ二人。
砂塵が舞い上がり、辺りが見えない中、先に立ったのは――アーチャーだった。
「はっ……がっ……」
剣が腹を貫通して刺さっていたとしても、アーチャーは立ち上がった。
セイバーもふらふらと立ち上がる。セイバーの脇腹には刀が刺さっていた。
アーチャーは
「ぐっ、はっ……ふー」
「んぐ、ふぅ、はあ……」
息も絶え絶えな二人。
「シャルルちゃんが、待ってんだよ、そこを、どきな」
「へえ、まだやるって、言うのかい……?」
まだ勝負はついていない。
二人とも拳を構えたその時だった。
「もういい! アーチャー!」
シャルルは叫んだ。
「え……?」
「聖杯なんて、もういいんだ!」
シャルルがアーチャーに駆け寄る。
「シャ、ルルちゃん? あと少しだ。あと少しで、ゴールなんだよ」
「そんなことより、大事なことがあるだろう?」
シャルルはアーチャーに刺さっているデュランダルを抜き、できた穴を令呪を使って治療する。
「ああ、勿体ねえ――」
「勿体ないことあるか。どうせ使い道なんてないんだ」
「……アーチャー? どうするんだ?」
拳を下ろしてセイバーが問いかけた。
「はっ、どうもこうもねえ。終わりだ。ウチのマスターがいいって言ってんだ。お前の勝ちだよ」
「本当に、それでいいのかい?」
アーチャーは静かに頷いた。
「そうかい。じゃあ勝負はこれで終わりだ。――終わりついでに一つ、頼んでもいいかい?」
「この通り、死にかけてんだ。それでも間に合うもんなら、いいぜ。なんだ?」
軽く笑ってみせながら、アーチャーは答えた。
「ああ。槍を――作ってくれないか」
セイバーは、そう言った。
セイバーの頼みを叶え、見送ったアーチャーは燃え盛る自分の世界を眺めていた。
「アーチャー、ごめん。勝負に水を差した」
「いいんだよ。あのまま行ってたら別れの言葉も言えずじまいだったろうしな」
「ああ……」
「「……」」
ぱちぱちと燃える瓦礫の炎を、横に並んで二人は眺める。
「シャルルちゃんはさ、」
「ちゃん言うな」
「――ふっ、シャルルちゃんはさ。きっと上手くやっていけるよ。俺達だけでここまで来れたんだ。だから。これからも、きっとやれる」
「お前がいたからだよ、アーチャー」
「そりゃ俺様はすごいよ。世界一のアーチャーだ」
「世界一? ああ、お前は世界一の嘘つきだ。僕ですら最後まで騙せなかったけどな」
「言うねえ」
「言うさ――今しか言えないんだから」
アーチャーは顔をシャルルの方へ向けた。シャルルは真っ直ぐ前を見ている。アーチャーもすぐに前に向き直した。
「――あのさ、これから何すんの?」
「そうだな……とりあえずフランスに戻って、また一から勉強のし直しだな」
「勤勉なこって」
「お前は?」
「座に帰るだけだからな。何するもねえよ。ただ、シャルルちゃんのことを覚えていられるかどうか、心配になっただけだ」
「……忘れちゃうのか?」
「分からねえ。覚えていることもあるらしいけれどよ。大概は忘れちゃうんだってさ」
「そうか……残念だ」
「はっ、忘れねえよ。俺は絶対に忘れねえ。忘れられるかよ、こんな生意気なマスターはよ」
「ふっ、それは悪かったな」
アーチャーの体が金色に光って透けていく。
「――なあ、シャルル」
「! ――なんだ、光秀」
「ありがとな」
明智はシャルルの方へ拳を突き出した。
「ああ、こちらこそ」
シャルルはその拳に自身の拳を合わせる。
「「あばよ」」
二人は前を向いていた。
自分が進んできた道、
これから進んでいく道、
その先に、相手の姿が見えたから。
二人は交わらない別々の道を、迷わず歩いていける。
■■■■■■■
「――これで、残るは二騎」
アーチャーが言った。セイバーと顔を見合わせる。
(まずいな……。まだ間宮詩が出てきていない。ここでいたずらに争うわけには――)
『僕は出ないよ』
躊躇うセイバーの脳内で、間宮の声が反響する。
(やっと、お出ましか)
『やるね。私まで辿り着いたのは今まで君だけだった。君は――すごいね』
(お褒めにあずかりどうも。じゃあ、折角出たんだから、話でもしようや)
『いいよ』
瞬間、セイバーの目の前から何もかもが消えた。
真っ白な世界で、何かの上に立っている。
「な、なんだここは」
「演算上の余白さ。メモ書きするとこ。君が来るから余計なものは消しておいた」
ふと、対面上に神父が現れる。間宮詩だ。
「さて、じゃあ話でもしようか。君は何が訊きたい?」
「そうだな、まずこの聖杯戦争の目的について訊きたい」
「目的、か。それはもう終わったよ」
「は?」
「私の目的はね、君がここに辿り着くことだ」
「おいおい、冗談はよしてくれよ」
「ん、本当なんだけどな。まあ、正確には『君達がきちんと聖杯戦争をする』ことだよ。私は聖杯戦争の管理をしていた。そりゃもう寸分違わず、きちんとシナリオ通りに話が進むように」
「シナリオ通りに?」
「そう、シナリオ通りに。私が書いたシナリオに沿って、君達は動いていた。全て」
「――俺も?」
「勿論。ああ、君達の尊厳にかかわる問題だからこれだけは補足しておこう。君達はあくまで君達自身として行動した。私が君達の思考を歪めたというわけじゃない。単純にね、試行回数を重ねたんだ。シナリオ通りに話が進むまで。ざっと一万六千回ほどかな?」
「なるほどね、じゃあ俺が槍を持ってなかったのはただのバランス調整か」
「そうそう。君は強すぎた。君は強すぎるから毎回死人がでる。だから下方修正せざるを得なかった。ごめんね。お気に入りを死なせるわけにはいかないんだ」
「わざわざそこまでなんでこの聖杯戦争に拘ったんだ?」
「憧れだよ、ただの。物語を読んだ時、『あ、このキャラ格好いいなー』ってなるじゃない? でさ、会ってみたくなるわけだ。そんな登場人物に」
「そんな理由で?」
「そんな理由さ」
「……ばかばかしい。そんなことのために戦ってたのか俺達は」
「真実なんてそんなものさ。だから、大事なのはそこじゃないだろう?」
「……」
「大事なのは君がどうしたいか、だよ。マスターとの制約はなくなった。今度は私との制約を破る時だ。
「……」
「どうしたんだい?」
「恐ろしく、どうしようもない、虚無だ。俺はあんたと戦っても勝てないだろう。いや、戦うことすらできない。何故なら、お前はそこにいないからだ。
本当のお前は、画面の向こうにいる――」
「『到達』したね、ようこそ。私の――世界へ」
間宮はそう言って、笑った。
「――これで、残るは二騎」
アーチャーが言った。セイバーと顔を見合わせる。
「おい、大丈夫か? セイバー」
突然青ざめた顔をするセイバーに向かってアーチャーは心配そうに問いかける。
セイバーは手で自身の顔を叩いた。
「……いや、なんでもない。そうだな。アーチャー、決着を――つけよう」
セイバーは答えた。
(結局、間宮詩をどうすることもできなかった。今の俺にできることは相変わらず、俺でいることだけだ。俺がこの聖杯戦争でできることはもう、この数字に支配された領域で、それを知らない奴らのために戦ってやることだけ。俺に与えられた役割を――果たすだけだ)
セイバーは諦めたわけではない。
全ては演算上の出来事だった。
実際には、今セイバーがいる世界などどこにも存在しない、並行世界ですらない。
全てが嘘の架空だった。
それでも。
ランサーが遺したもの。
日々谷が受け継いだもの。
それらが全て噓なのだとは、思いたくなかった。
(あいつらは、あいつらだった。それだけは、嘘じゃない)
ならば。
俺も俺であろう。
例え結果が虚無なのだとしても。
歩んできた道にはきっと、意味がある。
イワンコフが目覚めないか監視している日々谷のもとに、満身創痍のセイバーが現れた。
「約束を果たしに来たぜ。さあ、決闘だ」
セイバーは手に持つ槍を見せる。聖剣デュランダルの柄にアーチャーの鉄の矢を何本も溶接し続けて作った急造の長槍。
「決闘って、そんな状態でですか?」
脇腹から血を流し、息は切れ切れになっているセイバーを見て、日々谷は驚きながらもそう言った。
「不満か?」
「……いえ、セイバーがそれでいいのなら。――ですが、もうサーヴァントは貴方とキャスターしか残っていません。キャスターに戦う余力は残っていないようですし、わざわざリスクを背負う必要はないんじゃないですか?」
「つまらないことを言うなよ。それくらいわかっているさ。でも、俺が戦いたいんだ。お前さんがどれくらい強くなったのか、見てやりたくなったのさ。そうだよ。人生の先輩として、気に入った後輩の未来を案じることくらいは許されても構わねえよな――」
「……無粋なことを言ったようですね、すみません。僕としては願ってもない機会だ。セイバー、貴方はここで斃します」
日々谷は槍と盾を構える。
「……ははは」
セイバーは笑った。
「?」
「いや、俺はさ。戦場で雄たけびを挙げる奴がどうも苦手でね。そんな暇があるなら技の冴えでも気にしなと思っていたんだが、成程。
こりゃどうも、抑えようと思ってもどうしようもないやつらしい。
――いくぞ。オジサンの底力、見せてやるぜ!」
「「うぉぉぉぉぉぉぉおぉおぉぉおぉぉぉぉぉ‼」」
セイバーと日々谷が衝突した。
セイバーは先の戦闘で既に満身創痍。マスターから受けた令呪の効力はとっくに切れていた。更には得物もデュランダルと矢を溶接して作ってもらった急ごしらえの槍。セイバーでありながらランサーとして戦い、サーヴァントクラスの補助さえない。英霊ヘクトールではなく、ただのヘクトールとしての戦い。
それで、やっと互角の戦いだった。
槍が交差する。
セイバーは躱し、日々谷は盾で受けきる。
それはまるで演武のようだった。
しかし、長く続かと錯覚させられるそれにも、終わりは来る。
お互い最後の一撃を放った時、相手の体を穿ったのは日々谷の槍だった。
「どうして、ですか」
日々谷は問う。
「……あん?」
「今の軌道、完全に僕の喉を捉えていました。なのに、どうして殺さなかったんですか」
「殺さなかったんじゃない。殺せなかったんだ。殺すには惜しいと思った、ただ、それだけさ」
「セイバー……」
「……へへ、勘違いしないでほしいんだが、俺は本来こんなことするやつじゃあないのよ。でも何故か、不思議と今回はこうなった。本当にただそれだけなのさ」
「……」
「総二郎。今の時代には今の時代の生き方がある。オジサンの生き方は、もう古いのさ。お前は、お前の人生を歩け。お前の戦場はここじゃないだろ?」
セイバーは最後の力を振り絞って日々谷に笑顔を見せる。
それを見て、日々谷の眼には涙が溜まった。
「とりあえず泣き虫なところは直さなくちゃあ、なあ?」
「僕は、まだ、誰にも返せていません。レオニダスにも、貴方にも」
「俺もあいつもそんなこと気にしてないさ。何かを貰ったと思うなら、今度は自分がそれを誰かに与えてやればいい。人生ってのは、そんなもんだ。そうやって人は――続いていく」
「……」
「やれやれ、それじゃあお別れだ。二度と会いたくない奴リストにまた一人追加されちまったぜ。調子を狂わされて散々だ。
――でも、楽しかったぜ。じゃあな」
セイバーはそう言って笑顔のまま、消えていった。
日々谷は立ち尽くす。
彼は不思議な感情に囚われていた。
(悲しいけれど、嬉しくもあるんだ。だって――)
――荒野を少年は走っていた。
先は見えず、終わりなどない。
でも、彼は前に進むことができる。
振り向けばいつだって、二人の英雄が手を振ってくれているのだから。
巨大化した小瓶の片方の蓋が開き、中からキャスターと神谷が現れた。
「大丈夫か⁉」
野熊は心配そうに二人に駆け寄った。それを見てキャスターは答える。
「ええ、なんとか。私達は小瓶に入れられただけよ」
「そうか、よかった。じゃあもう一つは……」
「開けてみようよ。私と同じで、誰か入れられてるのかもしれない」
神谷がそう言うので、野熊は横たわったもう一つの鬢の蓋に手をかける。
蓋を開けて中にいたのは――齢幾ばくかしかない幼女だった。
「誰だ?」
野熊は不審に思いながらも幼女に向かって手を伸ばす。
彼女はそれに答えて手に掴まってくれた。
(どっかで見たことあると思ったけど、どこだっけ……?)
「ここはどこ? いっしゅんは?」
幼女、新崎優奈は野熊の手に掴まりながらも心細そうだった。
「……いっしゅん?」
「一寸法師のことかな?」
「……あー」
野熊はそこで思い出した。目の前にいる子がアサシンの後ろにいた子供であったことを。
「……」
視線を移動させる。針の彫像が目に移った。もうアサシンではない、彼の形をした針の塊。到底会話ができるは思えない。
「あいつ、この子を……守りたかったのか?」
「……そうなの?」
「いや、わからないが、そんな気がするんだ。あいつは、なんだかんだ言って俺もお前も殺さなかった。こうして生きていられるのも、あいつが見逃してくれたからだった」
「……そうだね」
「いっしゅんは? いっしゅんは?」
状況を知らない新崎は、野熊と神谷を見比べるように交互に視線を送った。
「「「……」」」
新崎がキャスターの袖を引っ張る。
誰も新崎の問いに答えられなかった。
「ねえ、どうにか……できないかな」
「俺には、無理だ。できそうなことは魔本にも載ってなかった」
「エレナにも、できないの?」
「……」
「エレナ?」
「できないことも、ないわ」
「本当⁉」
「でも、呼び出せても一瞬だけだし、何より、何が出るかわからない」
「どういうことだ?」
「あの針の像に残る残留思念を抽出し再構成することで彼を再現することができるけれど、それには大量の魔力が必要で維持するのにも多くの魔力がいるわ。
それに、あくまで残留思念のかけらを集めてくっつけるだけだから、彼そのものが出るわけじゃない。彼の中に存在する何が出るかがわからないのよ。
怒り、悲しみ、喜び、何がクローズアップされるかわからないわ。万が一にでも呼び出した彼が暴走したらあたしには止められない。それでユーを危険に晒すわけにはいかない」
「大丈夫だ。あいつが変な動きをしたら俺が全力で止める。魔力の方は……神谷の令呪で賄えないのか?」
「三画全て使ってやっとってとこかしら。あたしもやったことがないからどれだけ消費されるかあまりわからない」
「令呪を使えば一寸法師が呼べるんだね? じゃあやってあげようよ」
「ユーは、それでいいの?」
「エレナとの友達の証が無くなっちゃうのは残念だけど、でも、この子が何も知らないまま一寸法師とお別れするのは寂しいよ」
「成功するかわからないわ」
「試してみないとわからないだろ?」
「エレナ、お願い」
「……はあ、よくってよ。まったく、手のかかる子ばっかりで困るわ」
エレナが彫像の前に立つ。
「いいこと? 何かあったら必ず止めるのよ。私も危ないと思ったら中断するわ」
「ああ、任せろ」
「じゃあ、いくわよ! ユー! 令呪お願い!」
「うん! 令呪を持って命ずる! 一寸法師を呼び出して! 重ねて令呪を持って命ずる! この子に一寸法師と合わせて! そして最後の令呪を持って命ずる! エレナ、この子の願いを、叶えて!」
エレナが呪文を詠唱し始めた。それに合わせて光の粒が浮かび上がり、彫像に集合していく。
そして、アサシンの姿が宙に投影された。
「出た!」
「いっしゅん!」
新崎がアサシンに向かって走り出した。止めようと野熊が動くが、神谷が野熊の手を取って首を横に振った。
「まだ、待って」
新崎がアサシンに飛びつく。アサシンは跪いて――新崎を抱きしめた。
「ああもう、危ない。目が離せない子ですねまったく」
「いっしゅん……」
「ええ、ええ……優奈、また会えて嬉しいです。本当に」
アサシンが野熊達を見る。
「ニンゲン、私は貴方達に感謝の言葉を言わねばならないでしょう。まさか、もう一度この子に会えるなんて、思ってもいませんでした。このようなニンゲンもいると、私は知っていた筈なのに」
「いっしゅん、つぎはどこにいくの?」
「……」
「いっしゅん?」
「優奈。これからは貴方の望む道を歩きなさい。好きな場所へ行き、好きなことをして、好きなように生きなさい。貴方、一人で」
「なんで?」
「私とはここでさようならを、するからです。ですが、安心してください。いつでもいつまでも、私は貴方を見守っています。ですから、これからは自分の道を、生きるのです」
「体が……」
アサシンの体が透けてきた。
「では優奈、お元気で」
アサシンは新崎の頭を撫で、空に消えた。
「「……」」
正しいことをしたかは分からない。
しかし、別れの挨拶ができたことは良いことだったに違いない。
野熊と神谷は、そう思った。
「じゃあ、私もそろそろお暇するわね」
キャスターがそう言うので神谷が向くと、キャスターもまた体が淡く光り、消えかけていることに気付いた。
「エレナ……」
「やっぱり本調子じゃないみたいね。令呪をもらってもこれなんだから」
「いいや、あんたはよくやったよ」
「うん、エレナ、ありがとう」
「そう言ってくれると、救われるわ。私はずっと、何もできなかったから」
「そんなことないよ」
神谷はエレナの手を取った。
それに答えるよう、キャスターもまた神谷の手を取る。
「エレナ……また、会えるよね?」
「いいえ、もう二度と――会えないわ」
それは冷たい別れの言葉の様にも思えた。
しかし、神谷は理解していた。
彼女達がまた出会うということは、再び聖杯戦争に巻き込まれるということでもあった。
キャスターはそれを容認しない。
何故なら今の彼女にとって一番大切なのは、神谷の安全なのだから。
二人は姉妹のように寄り添って座り、空を見上げた。
キャスターは空に向けて指を指す。
「私はいつも
「うん……うん!」
神谷は頷いた。
キャスターは安心したように微笑む。
「ユー、さようなら」
「さようなら」
別れの言葉を済ませると、キャスターは天に消えた。
光り輝く淡い金色の光は、まるで星の明かりそのものであるかのように、見えた。
「――終わったね」
野熊冬至の背後で、間宮詩はそう言った。
「⁉」
野熊は振り返る。
「いいや、終わってねえぜ。まだ俺はあんたをぶちのめしてない」
「いいや、終わったんだよ。君達の物語は今、終わった。シナリオはここに完結した」
野熊は間宮の頬に向かって拳を叩き込んだ。しかし――
「なっ――」
間宮はそれを喰らっても平然とした表情だった。
「魔本は既に回収したよ。後は君の中の『それ』を取り戻すだけだ。残りの作業が終わったらやっとくよ」
間宮は野熊の肩を叩く。それだけで野熊は膝から崩れ落ちた。
「な、なんだテメエ……」
意識が遠のく。まるで、体の中から魂を無理矢理剝がされたかのようだった。身体が全く動かない。
野熊がそんな状態でも間宮は気に留める素振りを見せない。
「さあ! マスター諸君! 聖杯戦争は終了した! サーヴァント七騎は退去し、我々マスターだけが残った! 君達の誰一人欠けることなく聖杯戦争を終わらせることができたよ!」
間宮は高らかに言った。
「私の思い通りの聖杯戦争となった! 誰一人欠けることなく、全員が敗北した! つまりこれは私が『都合の言い様に物語を終わらせた』と言えるだろう!
この結果をもって私は今、一騎のサーヴァントを召喚する!
それは物語にとって都合良い概念、都合のいい存在。
メアリー・スーだ!」
空に穴が空いた。
穴の中は黒黒としていて、先が見えない。
だが、そこから何かがやってくることだけはその場の誰もが理解できた。
「――
――告げる」
穴の中から降りてくる。何かが降りてくる。
それが何かは分からないが、ヒトの形をしているのが見えた。
「私もまた、この演算領域でメアリーの役を割り振られていた。ならば、私は召喚できるはずだ。もう一人の――私を」
黒円が閉じる。
彼女は今、この世界に――降臨した。
「どうせ物語を演じるのなら、派手な方が良い。
間宮は貴方に向かって、そう言った。