甘やかし過ぎたサイレンススズカとトレーナーの日常 作:祭囃子.
弥生賞でスズカが珍事件を起こしてから数日、事件のほとぼりが冷めていない中トレーナー室で緊急会議を開いていた。
「と、言うことで第1回スズカが俺がいなくてもしっかりレースが出来るようにする会議を始めます!」
「はい、トレーナーさん」
「なんでしょうかスズカさん」
「この会議やらなくていいと思います。」
「至極ごもっとも。しかし今後俺が何らかの理由でレースを観戦出来なくなった場合、俺のせいでスズカがレースで実力を充分に発揮出来ない事はあってはならない。OK?」
「はい...」
この会議の必要性をバ鹿真面目に解説したところ、スズカは弥生賞のことを思い出したのか顔から火を出しながら両手で顔を隠していた。実際、俺がいる時といない時の練習量にも差が生まれ始めているため冗談抜きでスズカの親離れ...もといトレーナー離れは重要な問題となりつつある。ここは心を鬼にして問題解決に取り組むしかない。
「と、言うわけで俺が離れた場所で練習して大丈夫だったらさらに距離を伸ばす、みたいな感じでやっていこうと思う。」
「さ、最終的にはどうなりますか...?」
「1度俺が家に帰った状態でやってみる。」
「そんなぁ...」
その言葉を聞くとスズカは涙目になり耳が力が抜けたように曲がり、しょぼくれてしまった。わかりやすく反応されるためこちらも心苦しく罪悪感が込み上げてくる。しかしこれもスズカのため。心を鬼に...。
「けどまぁ...最後まで出来たら何でも1つ聞いてあげるよ」
「本当ですか!?」
無理だ。前言撤回しよう心を鬼にしようなんて絶対無理だ。こんな一言でぱあっと明るくなるのを見るとスズカにきつくあたるなんて到底出来ない。今も相当嬉しかったのか尻尾がぶんぶん揺れ、耳もぴこぴこ可愛らしく動いている。畜生可愛い。しかもそのにこにこした表情のままこっちに来たじゃないか。こんなの頭を撫でるしか無いに決まってる。...そうして会議は長引き練習に入れずその日は終わったのだった。
その次の日、作戦第1段階である『グラウンドから少し離れたベンチから見る』が実行された。
トレセン学園のグラウンドは周りより低い土地にあり、ちょっとしたライヴが出来るコンサート付近にはグラウンドを一望できる位置にベンチがいくつか設置されている。そこから俺がスズカの練習風景を見るわけだ。
一応スズカには練習メニューは伝え何か問題があったら聞いて良いが、基本的に俺はいないものと再三釘を刺して置いたので大丈夫...であろう。
「トレーナーさん、行ってきますね」
「おう、怪我には気をつけてな」
目で見える距離にはいるのにこの挨拶。スズカもそうだが俺の溺愛もどうにかしないと不味いなぁ...。
しかし流石はスズカ、練習が始まれば俺の事なんか目もくれず、常に先の景色だけを見て走り続けて...ない。
俺がいなくならないか不安なのか数秒に一回はこちらをきょろきょろ見ている。普段は次にする事や出走するレースなんかを考えているためスズカの事をじっと見る事は無かったが、改めて見るとこんな状況だったとは。先は長そうだ。あ、そんなにこっち見てるとコース外れて...あっ木に頭ぶつけた
「スズカー!!!!」
「はぁ、はぁ...スズカ大丈夫k...スズカ?」
ベンチから走って木にぶつけたスズカの元に駆け寄るとスズカは湯気を出してる顔を隠しながら脚をばたつかせていた。念のためもう一度声を掛けるとばたつきがピタッと止まり尻尾がぴんと立った。
「見ないでください...」
初めて見た時の物静かな姿はどこへやら。グラウンドで真っ赤になりながら丸まっている少女の姿がそこにあった。対応に困るような状態だが怪我があっては不味いので取りあえずスズカを運ぶ事にした。
「ちょっと失礼するぞ」
丸まって小さくなったようなスズカを持ち上げそのまま保健室に運ぶ。スズカの尻尾がぺしぺしうるさいが押さえる訳にもいかないのでそのまま移動し始めた。この問題は思っていた以上に骨が折れるなぁと思いながら。
予想以上に第1段階でつまずき、あの位置でもスズカが問題なく走れるようになるまで3日を要した。
あの距離で3日だと最終段階は数週間かかりそうだななんて呑気に考えながらトレーナー室へと向かった。
トレーナー室の前まで着くと威圧感をも感じるような空気が漂っていた。ゆっくり扉を開けるとそこにはまるでレース前のようなスズカがいた。
「トレーニング...始めましょう私、いつでもいけます」
「お、おう」
でろっでろなスズカを見慣れていたからか少し戸惑ったがこれがスズカ本来の姿だ。...でも以前のスズカの方が可愛くて良かったんだがなぁ。
「私、わかったんです」
「?何がだ?」
「私が心配しなくともトレーナーさんはどんな時も私のことを考えてくださいます。それに...」
「それに?」
「早くご褒美欲しいですからね」
戻ってしまったスズカの事を1人残念がっていると、スズカは静かに微笑みながらそんなことを語りかけてきた。どうやら早く練習を終わらせればそれだけ早く撫でてもらえると悟ったようだ。
変わってないことは嬉しかったが少し重くなっているような気がして不安だ。弥生賞の時に言ったことのある台詞だが改めて言われてみると告白まがいなものを言ったものだな。スズカが練習に行き1人静かになったトレーナー室でそんなことを思うのであった。
...気になる。スズカは今頃何をしているのだろうか。ちゃんとメニュー通りやれているのか。また木に頭をぶつけていないだろうか。段々そわそわしてきて仕事に集中できなくなってきた。...スズカ大丈夫かなぁ。
○●○
生徒より生徒会に「双眼鏡でグラウンドを見ている不審者がいる」との通報を受け、至急現場に向かった。
「おい貴様、そこで何をしている」
「ウェ!?...ってなんだエアグルーヴか」
威圧を掛けながら不審者に話しかけると不審者が見たことのある顔で振り向いた。スズカのトレーナーであった。いらぬ心配をさせて...とため息をつき片手で頭を抱えた。
「たわけか...いらぬ心配をさせおって...」
「た、たわけ?」
「そうだ。全国放送されている重賞でスズカに恥を掻かせたたわけだろう貴様は」
半分冗談でスズカのトレーナーに先日の出来事を振ってみるとスズカのトレーナーは顔を青くして謝り始めた。
「その節は本当に申し訳ないと...」
「...ふっ」
「へ?」
「いや、半分冗談だ。貴様の事はスズカからよく聞いている、未成年の女子にふしだらな行為をしている者としてな」
「うっごもっともです...」
「何、半分冗談だ」
「さっきから半分は本気なんだな...」
「当たり前だろう、貴様と出会ってからスズカは以前の面影が無いほど変わった。私は貴様が否応なしにスズカを変えてしまったのではないかと未だ疑っているからな」
折角の機会だからと思いの丈を彼にぶつける。以前は走る事以外興味のないスズカであったが最近は口を開けば自身のトレーナーの事を話すようになった。それも今日はタイム更新できたからご褒美をもらった、だとか昨日はレースで勝てたから沢山ご褒美もらえて嬉しかっただとか。そのご褒美とは何かと聞くと大抵顔を赤めてはぐらかすのだ。
”ご褒美”と題してスズカにわいせつな行為をしているのかと思うと腑が煮えくりかえって仕方ない。今度盗聴器でも設置するか
「あーまぁその話は一理あると言うか...」
「は?」
こいつまさかスズカにそんな事をしているのか...?
「おい貴様その話詳しく...」
「あっトレーナーさん。メニュー終わりましたよ」
「ん、スズカかお疲れ」
「はい。...?」
「じゃあ今日はこれで終わりかな。時間的には余裕あるけど自主練はしないように」
「今日は撫でてくれないんですか...?」
「え、今日は状況が状況というか...」
「楽しみに...してたのに...」
「ッ...お疲れさん」
「はいっ」
「にしてもスズカも大胆になったもんだなぁ」
「どういう事ですか?」
「...スズカ、邪魔してしまってすまない。」
「え、エアグルーヴ!?一体いつから...」
「最初からいたぞスズカ。」
「え...あ...うぅぅ」
ようやく状況を把握したのかスズカは湯気を出すほど真っ赤になり呂律の回らないしゃべり方をしながらしゃがみ込んでしまった。初めて見るようなスズカの姿に狼狽えていると、スズカのトレーナーは慣れた手つきでスズカを持ち上げた。
「すまんエアグルーヴ、急用ができた。」
「あ、あぁ。すまなかった。」
「いや、こちらこそ妙な真似をして迷惑掛けたな。じゃ」
そうして2人が去り、1人残された廊下で狐につつまれたような気分になりながら生徒会に戻るのであった。さて不審者の件はどう説明したものか…。
●●●
丸まったスズカをなだめて元に戻すまで1週間がたった今日、ようやく作戦最終段階に入った。いやはや大変だった。寮には入れないからRINEでの会話しか出来なかったが、スマホすら見てないのか未読スルーの嵐だったし、同室のスペに変わって電話を取ってもらおうとしたらスペから激怒されたし。
はたしてあれは俺が悪いのか甚だ疑問だったが解決したのでまぁよしとしよう。
さて今俺はトレセン学園から少し離れた自宅で在宅勤務をしている。一応たずなさんの許可は得ており、理事長からの許可証も頂いた。こんな作戦他人が聞けば鼻で笑われそうなレベルだが承諾して下さる辺り弥生賞を見られていたのかと思うと申し訳なくなってくる。
自宅で己の過ちを今一度実感しながら仕事をする。なんか一種の苦行みたいだな。
そんな事を思っているとマナーモードにしたままだったスマホが揺れ始めた。スペからの着信のようだ。
「もしもし?」
『もしもしトレーナーさん、スズカさんメニュー終わったみたいですよ!』
「おう連絡ありがとう。スズカはどうだった?」
『はい!今日もスズカさんは走ってる姿が格好良くて綺麗で素敵で...』
「あーそういう惚気は良いからさ、綺麗なのは分かるけど」
『やっぱりトレーナーさんもそう思いますか!?普段から綺麗ですけど夕方になると夕日に照らされてスズカさんの髪がより一層美しく見えて...』
『...スペちゃん?こんな所で何しているの?』
『あ、スズカさん!今スズカさんの綺麗な所をスズカさんのトレーナーさんと話していたんです!』
『すすすスペちゃん!?本当に何やってるの!?』
「おースズカ丁度良いところに、スペ代わってくれないか?」
『わかりました!ハイスズカサンドウゾッ...トレーナーさん?これじゃわざわざスペちゃんに連絡してもらった意味がないんですけど...』
「あー確かにそうだな」
スペが俺に連絡してきたのはスズカからの要望あってのものだった。スズカ曰く「トレーナーさんと1日会わなくても良いようにしたいんです。」とのことだった。
「どうしてもスズカの声が早く聞きたかったからさ」
『…トレーナーさん今家ですか?』
「え?あぁそうだけど。」
『そこから動かないで下さいね』
どういう事だ?と聞く前にスマホからスズカが走る音が聞こえ始める。止めるべきなのだろうが、走る時のスズカには何を言っても聞こえないので諦める。
胸が高鳴って仕事もろくに出来なさそうなので、窓を開けて橙色の髪をしたウマ娘をぼーっと探すことにした。
ほんの数分後インターホンが鳴り、荒れた息遣いがインターホン越しに聞こえる。今行くよとだけ返事をしてドアを開ける。明けるとすぐさまスズカは俺の胸元に飛び込んできた。全力で走ってきたのか少し湿ったジャージごとぎゅっと抱きしめる。
「...ずるいですよ、あんな言い方」
「そうか?」
「当たり前ですよ...私だって会いたいの我慢してたんですから」
そう言うとスズカはより力強く抱きしめてきた。それがより一層愛らしく見えいつもより少し強めにわしわしと撫でる。お疲れ様とスズカをねぎらうとスズカがこちらに顔を合わせてきた。
「終わったらなんでも1つ聞いてくれるって言いましたよね?」
「...言ったけど」
「今夜ここに泊めてくれませんか...?」
「外泊届は?」
「提出済みです」
「...着替えとかは?」
「前お邪魔したときに置いていきました。」
「......スペとかには言った?」
「前もって伝えておきましたよ」
「.........どうぞ」
「はい♪」
「私のスマホ...」
「あんなんで次のレース大丈夫な気がしないがそれで良いのかたわけ...」
前回の『甘やかし過ぎてゲートから出てきたスズカ』沢山の閲覧有り難うございます。お陰様で100お気に入り突破して感想も3件も頂きました。とても嬉しい限りです。重複投稿になってしまったのも今となっては良い思い出...?
さて今作は『ゲートから出てきたスズカ』の続きのようなものです。今作から見ても充分面白いとは思いますが思っていたより高評価を頂けたので感謝の気持ちを込めてで書いてます。
多分次回もあります。きっと。次回もスズカの史実ネタにしようかなぁと考えております。史実知ってる方々からするとなんとなくわかるかも知れませんがお楽しみに。
以上祭囃子.でした。またどこかでお会いしましょう。感想お待ちしてます。