「助かった。礼を言わせて欲しい」
アルファ「まぁ、こっちも打算在りきだから、気にすんなって」
丁寧にお礼の言葉を述べてくれた男に対して、俺は気兼ねなく返事を返す。先程、俺が金属音を頼りに林の中を進んでいった結果、その先には、髪の色からして同族らしいプレイヤー三人が、この目の前にいる薄紫の髪をした鎌使いの大男を、水魔法?みたいな、液体で腕を模った魔法に拘束し、袋叩きにしている所を目にしたのだ。
世界樹のある方角を教えて欲しい俺からすれば、劣勢側に味方をして、その対価で情報を幾つか貰ってしまおうという腹黒い考えに至り、俺は彼に助け舟を出したわけなのだが、彼の様子を見る限り、これは正解だったらしい。
「求める物は何だ?」
アルファ「…そうだな。俺が欲しい物は──」
アルファ「ここが何処なのかと、ここから世界樹に行くまでには、どうすればいいのか。この二つについて知りたい」
「…は…?」
俺が真剣にそう訊ねると、目の前の大男は目を丸くして俺の顔を見つめ返してくる。俺は少し声が小さかったせいで彼に声が届かなかったのかと思い、今度は大きめの声で同じことを言ってみたのだが、やはり彼からは何の反応もない。
そしてようやく十数秒後、彼は恐る恐るといった様子で俺に話し掛けてきた。
「……ま、まさか、君はNPCでは無いのか?…いや、それともこのNPCを世界樹まで護衛する必要があるということか…?」
アルファ「いや、俺は生身の人間だぜ?NPCじゃなくて」
「……確かに、さっきのアレはNPCの範囲を超えているか…だったら、君は一体何種族だと言うんだ?銀髪のエルフなんて聞いたことが無い…」
アルファ「…さぁ?俺も今日初めてALOにやって来たから、自分のこともあんまりよく分かってねぇんだけど…」
「…それでも、初期設定の所である程度は把握出来ているはずだろう。それで、君の種族は?」
まさかの彼は、俺のことをNPCだと認識していたらしいので、俺が自らが人間であることを伝えると、彼はその証明として、俺に選んだ種族を教えるよう要求してくる。
がしかし、神代さんの攻略本には各種族の特徴などについては一切記載されていなかったわけで、俺は少し焦りを感じながらも、頑張って頭を働かした。
アルファ「……いや~…実は、初期設定の最中にいきなりこの世界に飛ばされてさ、種族とか決める前にこっちに来たんだ…」
「となると、これは運営側のミスか…GMコールをした方が──」
アルファ「ダメだ!それだけはダメ!!」
「…そうか?まぁ本人がそう言うなら、放っておいてみる、か」
アルファ「あぁ、その方向で頼む…」
なんとか編み出した虚言で彼を納得させようと試みるも、そんな厳つい顔をしてる癖に中身は真面目さを孕んでいるらしく、丁寧にGMコールだなんて、SAOでは一切機能していなかったシステムを利用しようとしていた彼だったが、それは俺の必死の訴えにより回避される。
…今の俺はスパイ活動をしてるのだ。それを標的である運営側に知られる可能性は、出来るだけ避けていきたい。俺は彼に、何か種族を証明できるものが無いかとシステムウインドウを調べていた。
するとその中で、「種族」と記載された基本情報に関する項目を見つけ、俺は自らの種族の名を読み上げてみる。
アルファ「俺の種族は……あるふ…?うわっ!?何すんだよ!?」
「今、アルフって言った!?ねぇ!?」
俺がゆっくりとその単語を発音すると、大男は目を血走らせて俺に肩をがっしりと掴み、そう訊ねてくる。もしこれが異性間だったのならば、彼を黒鉄宮にぶち込むことだって…あぁ、ここはSAOじゃなくて、ALOだったか。アンチクリミナルコードもあるのかどうか怪しいな。
…だが、なんというか、急に男の喋り口調が女っぽくなってるんだが…。俺は男に対して落ち着くように身振り手振りをすると、男もパッと肩から両手を離してから、咳払いした。
アルファ「言ったけど!それがなんなんだよ!?」
「本当に、何も知らないのか?君は本当に、初心者なのか?…まぁ、確かに嘘をついていそうな様子ではないが…」
アルファ「…あぁ、マジで初心者だ。ゲームを始めてすぐにこの近くに迷い込んで、種族だって自分で決めてない」
「……それにしては、随分と上等な武器を持っていると思うのだが──」
アルファ「…」ギクッ
「…この際不問ということにしておこう」
アルファ「…サンキュー。そんじゃあ最初の二つに加えて、アルフってのにも説明してくれるか?」
「解った」
神代さんがプレゼントしてくれた武器は、確かに等級の高い高級品だったようだ。
そこから初心者であるはずの俺がそんな武器を持っているのは、どうにも怪しいのだと、男は見破ってしまったらしいが、何処か諦めたようなため息をついてから、その点に関してはスルーしてくれるということらしい。
「…まず、ここが何処なのかという質問だが…ここは、ウンディーネ領の最北部近くだ。ウンディーネ領って言うのは分かるか?」
アルファ「あぁ、確か水妖精で…大陸の右側に領地を持ってたよな?」
「そうだ。そして、この世界には九つの種族が存在していて、それがインプ、シルフ、ウンディーネ、サラマンダー、スプリガン、ケットシー、ノーム、プーカ、レプラコーンと呼ばれている…」
アルファ「つまりは、俺の種族であるアルフはそれら以外の何か、ってことか?」
「…厳密にいえば、アルフという種族は、この九つの種族が世界樹の上にある伝説の空中都市にて、妖精王オベイロンに謁見することで転生できる上位種族みたいな扱いだ。アルフに転生すれば、滞空時間が無制限になる。しかもアルフに転生できるのは、この九つの種族の内一つだけで、それ故に世界樹の攻略が何度も行われてきたのだが、結局この一年の間、どの種族もアルフに転生出来ていない。だというのに…」
アルファ「…何故か俺のアバターが、アルフになっている、と…」
「そういうことだ」
アルファ「まぁそれは良いとして、こっから世界樹に行くには、確か虹の谷を辿って行けば良かったんだよな?どの方角に進めば良い?」
アバターに関しては、もう今更どうしようもない事なので、みっともなく暴れたりするつもりもない。現在地も知れたことだし、俺はサッサと世界樹を目指して出発しようと思って、急くように話を進めると、男はまた呆れたように額を抑えながら、俺に訊ねてきた。
「ここから東に進めば良いが…さっき私が言った通り、世界樹の攻略は丸一年かけても達成出来ていないんだ。この意味が分かるかな?」
アルファ「…まさか、世界樹が高難易度ダンジョンだったりするのか?」
「ご明察。これまで様々な種族が全勢力を挙げて攻略に臨んだが、彼らは軒並み失敗の終わっている。つまりは、君一人で世界樹に挑もうだなんて、無理な話というわけだ」
アルファ「やってみなくちゃ分からねぇだろ。それに、俺はこんなところで足踏みしてるわけにはいかないんだ。それじゃ、また何処かで」
「…待ってくれ!」
よもや潜入調査の舞台となる世界樹自体が、そんなに難易度の高いダンジョンだというのは想定外の事実であったが、だからと言ってここで諦めてしまえば、何時まで経っても俺もユウキも現実世界に戻れないわけだし、ならば試してみるより他ないだろう。
そう結論付けた俺は、情報を提供してくれた男に礼を言ってから、東に向けて足を動かそうとしたその時、男が大声で俺を呼び止めてきたので、自然と足を止めてしまった。
アルファ「なんだよ?」
「君は初心者なんだろう?方角は分かっても、この世界の地理には詳しく無い筈だ。私が一緒に、世界樹までついて行こう」
アルファ「…え?いや、そこまでしてもらわなくても……まぁ、付いてきてくれるって言うなら有難いけど…」
男からの突然の申し出に、俺は内心困惑するも、この世界ではニュービーの俺としては、彼の案内役を買って出るという提案は魅力的だったので、受け入れることに決める。
彼が腹の中で何を考えているのかは分からないが、今のところの印象は、誠実さが滲み出ているといったものだ。万が一裏切られた際には……まぁ、どうにでもなるだろう…。
アルファ「そんじゃあ、世界樹までの道案内、よろしく頼む。俺はアルファだ」
「私はミトだ。今日からしばらく宜しく」
俺が、ミトと名乗った男に対して握手を求めると、彼もその悪人面で目を細めて、それに応えてくれた。
────────────────
ミト「それじゃあ、まずはレプラコーン領へと向かおうか」
アルファ「は?虹の谷に向かった方が、早く世界樹に到着するんじゃねぇの?」
軽く自己紹介を済ませた私は、世界樹まで案内することになった彼にそれを提案すると、思った通り彼…アルファは怪訝そうな表情を浮かべていた。
私はそんな彼に対して、レプラコーン領へと向かう必要のある最もらしい理由を述べた。
ミト「アルファは世界樹を登り詰めるつもりなんだろう?だったら、少なくとも、初期防具じゃ心許ないだろう。レプラコーンは、武器防具の作成に秀でた種族だ。そこで適当な装備を見繕う方が、確実に世界樹を登り切れる可能性は上がる」
アルファ「なるほどな。ならミトに任せるとするぜ」
…なんとか、誤魔化せたみたいね…。アルファが私の提案に納得した様子を見せたことに、私は内心、安寧の息をついていた。
…正直なことを言えば、レプラコーン領に寄り道する理由は、私が当初目的としていたメインアーム更新、という意味合いが強かった。しかしこれは、案内人としては余り宜しくない行動だろう。
故に私も、心の中でヒヤヒヤしながらこの提案を試みたのだが、アルファは見た目通りお人好しなのか、私の腹黒い提案に、二つ返事で応えてきた。ここまで純粋な対応を見せられると、私の良心も痛む。
けれども、実際にアルファが世界樹を攻略するには、装備を整える必要もあるわけで、しかもアルファが先程見せた、これまでに見たこともない程余裕気な戦いぶりを見て、もしかすれば、彼ならば一人でも世界樹を突破してしまうのでは?と思っている自分も、心の何処かに居た。
ミト「…じゃあ、予定はこうしよう。まずはスプリガン領にある中立都市まで移動して、次に一気にレプラコーンの主街区に移動。装備アイテムを万全に整えて、スプリガン領にある<喚呼の巌窟>からアルン高原に抜ける。そこから世界樹のお膝元の央都アルンに到着、といった具合だ」
アルファ「…案内人が居て助かったぜ。一人じゃヤバかったかもな…」
ミト「当たり前だ。このプランで行っても、大体到着まで、二日ぐらいは掛かるだろうからな」
アルファ「だったら先を急ごう。時間が惜しい」
そう言ったアルファは、徒歩で私が指差した方角へと足を進めて行こうとする。その様子を見た私は、彼が本当に初心者であることを確信し、思わずクフクフと笑い声をあげてしまった。
それに気が付いたらしいアルファは、眉を顰めながら私に訊ねてくる。
アルファ「…何が面白いんだよ」
ミト「…いやぁ、すまない。アルファが本当に右も左も分からない初心者だってことを、今確信してね。笑わずにはいられなかったんだ」
アルファ「ん?進む方角はあってるだろ?」
ミト「まぁ、それはそうだが…よしっ!アルファにはこの世界の醍醐味の一つを教えてやろう。それすなわち<飛行>だ!」
アルファ「おぉ!」
私の言葉のそのままの意味で捉え、更には私が自信満々で宣言した<飛行>という単語に対して、眼を輝かせて反応してくるその純粋な様に、どうにも…こう、なんというか…誰かに似た雰囲気を感じた。
この情報だけではそれが誰なのかを特定出来ないのは残念だが、これから二日間、アルファと一緒に過ごす中で、その正体を解き明かしてみたいものである。
ミト「そうだな。まずはシステムウインドウで羽を展開してくれ。そうすれば背中から羽が生えてくるはず──」
アルファ「了解。ちょっと待ってくれよ」
私がアルファにそう言うと、彼はすぐさま左指を動かし、飛行可能モードの選択ボタンを押して、妖精の羽を展開させたのだが…
ミト「つ、翼ッ!?」
アルファが展開させた羽は、私が見慣れた虫の翅のような四枚翅のものではなく、純白の二翼の翼だったのだ。
…これが、アルフの羽なの!?アルフのアバターで展開された白い翼を纏う彼はまるで、世界樹の頂上にあると言われている空中都市から降臨した大天使のような神々しさを放っていた。
その美しさに、私は思わず言葉に詰まる。ここまで容姿に恵まれたアバターを持っている人は、中々いない。しかも彼のアバターは、アルフという種族にピッタリだとも思えた。色々な意味で驚きを露わにしていた私に、アルファは頭の上に疑問符を浮かべていた。
アルファ「ミト?どうしたんだ?」
ミト「ど、どうしたもこうしたもないっ!!…基本的に九種族の羽は、今の私みたいに四枚の妖精というよりは虫っぽい翅が生えてて、それを羽ばたかせることで飛行を可能とするんだ。だけど、アルファのは…」
アルファ「二対の翼が羽になってる、と…まぁ、取り敢えず飛行のレクチャー頼めるか?徒歩で行くよりも、飛んで行った方が速いってことなんだろ?」
ミト「あぁ…ただ、羽が二つと四つだと、ちょっと飛び方に違いが出てくるかもしれないが、そこはアルファの感覚でなんとかしてくれ」
アルファ「ん」
ミト「じゃあまずは、左手を立てて、何かを握るような手の形を作ってくれ。最初は補助コントローラーを使った飛行から慣れて行こう」
アルファ「おっ、オブジェクトが出現したぞ」
ミト「それを手前に引くと上昇、押し倒すと下降、左右で旋回、ボタン押し込みで加速、離すと減速だ。試しに空を飛んでみたらどうだ?」
アルファ「おっ…お~!……これ、楽しいな!!」
ミト「そうだろう?これがこの世界での一番の醍醐味かも知れんからな」
緊張した顔つきで補助コントローラーをゆっくりと手前に引いた彼は、二翼の翼をバサリ、バサリとはためかせて、ゆったりと地上から浮かび上がって行った。
まずは上下に動き、次に前方にゆるりと空を飛び、そして左右に円を描き始めた。最後には八の字を作るように空を舞い、ようやく満足したらしい彼は、随分と笑顔で地上へと降りてくる。
着地の方法はまだ教えていないかったのだが、アルファはなんとなくその方法を察したのか、翼を大きく広げることで空気抵抗による上手いブレーキを掛け、足を前に出すことで、着地まで一発成功させてしまったのだ。
…これは、随意飛行が出来るかもしれない…。そう思った私は、補助コントローラーを使わない真の飛行の愉しさをも伝えるために、迷わずアルファにそれを呈示してみる。
ミト「アルファ、随意飛行をやってみる気はないか?」
アルファ「随意飛行?」
ミト「所謂、コントローラー無しで飛行する方法のことだ。ちょっとコツがいるんだが、出来る人はすぐに出来る、チャレンジする価値はあると思う」
アルファ「…じゃあ、やってみるか」
ミト「解った。…今、私がアルファの翼を触っているのは分かるか?」
アルファ「おう」
ミト「アルファの翼は肩甲骨から伸びるように生えている。それを意識した上で、翼に仮想の骨と筋肉をイメージして…最初は肩や腕の筋肉と連動させて動かすと、随意飛行しやすい」
アルファ「こ、こうか?」
ミト「あぁ、良い感じだ。もっと強く!大きく!」
不安そうに私に訊ねてきたアルファではあったが、ゆっくりと翼を動かすことに成功しており、やはり彼には随意飛行の才があったらしく、徐々に地上から足を浮かび上がらせようとしていた。
私はそれを後押しするようにアドバイスをしたつもりだったのだが、次の瞬間、余りに私からのアドバイスを気にし過ぎたらしい彼は、ビュンッ!!と上空へ飛び立った!
アルファ「うおおおおぉぉおおおお──!?」
ミト「アルファ!!」
一瞬のうちに、彼の身体が豆粒ほどのサイズになってしまうまでに、彼は上空へと上昇していったようで、見上げた上空ではフラフラと、蛇行運転ならぬ蛇行飛翔し続ける彼が視界に映った。
その締まりのない飛び方は、まるで天使ではなく、死に際のハエみたいだ。私はまた一人地上で吹き出してから、彼を助けるべく随意飛行を始めた。
彼と同じ高度ぐらいにまで上昇し、飛行のサポートを行おうとしたのだが──
アルファ「た、助けてくれぇぇぇぇぇぇ!!」ガシッ!
ミト「ふぇ!?」
あろうことか、彼は暴走する飛行をコントロールするべく、私の身体に抱き着いてきたのだ。そんな想定外過ぎる彼の行動に、私はしばらく硬直してしまう。
勿論、それによって彼はコントロールを得られたようで、私の身体にしがみ付いたまま、羽を動かす速さを調整し、随意飛行のコツを掴み始めていた。
…あれだけのレクチャーで、随意飛行のコツを掴むなんて、やっぱり尋常ではない才能の持ち主ね…。……だけど──
アルファ「いや~、悪いな。なんとかコントロール出来るように──」
ミト「勝手に!身体に触れるなッ!!」ブンッ
アルファ「な、なんでぇ!?」ヒューン
インプによくみられる巨人型アバターを使用している私は、その自慢の腕力で彼の襟首をヒョイと持ち上げると、そのままの感情に従って、地上に向けて彼をぶん投げた。
彼は全く意味不明だといった表情で私を見ながら、地に落ちていく。随意飛行での着地に慣れていないせいもあり、彼は顔面から地面と激突していた。彼が死んでいないことを確認した私は、空の上で、「ふぅ~」と深呼吸してから、アルファの元へと向かう。
…幾ら、この世界では男性アバターを使用してるからといっても、どれだけ言葉遣いを男っぽく仕上げてみたとしても、やっぱり私の中身は十代後半の女の子なのだ。いきなり異性から抱き着かれたりすれば、驚愕と羞恥心でこのような行動を取ってしまうのも無理は無いだろうし、偶に素の言葉遣いが出てしまうのも仕方が無い筈だ。
…まぁ、アルファも実は中身は女の子、って言う可能性もあるだろうけれども。ようやく地面から顔を起こしたアルファは、私を恨めしそうに眺めていた。
アルファ「イテテテ…おいミト!いきなり何すんだよ!」
ミト「それはこっちの台詞!出会って間もない他人に抱き着くなんて、ああなっても仕方が無いだろう?」
アルファ「…まぁ、確かにそうだな。済まんかった」
ミト「解れば良し!それじゃあもう一度、ゆっくり随意飛行の練習をしてから、目的地まで飛んで行こうか」
アルファ「うぃ」
それから僅か十分ほどで、遂にアルファは随意飛行をモノにしてしまった。私はALOの世界にやって来てから、随意飛行を習得するのに一カ月ほどは掛かったのだから、単純に彼の凄さに感動する気持ちと共に、「自分は負けたのか」という悔しさを感じずにはいられなかった。
今は、スプリガン領にある中立都市<ダズラシクト>を目指して飛翔中だ。私は、自称初心者のアルファに合わせてスピードを落とした状態で空を駆けていた。
すると私の横に並んできた彼は、不敵な笑みを浮かべながら私を挑発してくる。
アルファ「もっと早く飛ばないのか?…それとも、ミトは怖くて飛べないのか?」
ミト「…アルファも言ってくれるじゃないか。後で弱音吐くことになっても、知らないからな。抱き着いてきたってもう助けてやらないぞ?」
アルファ「ハッ、臨むところだ」
アルファに対して挑発のお返しをしてから、私は段々とスピードアップしていく。
…さぁ、アルファは何処まで加速に付いてこられるのだろうか。彼が私にギブアップを申し出る瞬間を見たくて、私は少しずつ加速していったのだが…私の想像に反して、彼は至って平然とした様子で遅れることなく私を追従してくる。
それは私がマックススピードの七割ほどに達しても、であった。…アルファには、出会ってから一方的に驚かされてばかりなのだ。ここらでALOでの先輩としての地位を確立したいところなので、最早彼に構うことなく、私の持てる最高スピードを一気に繰り出した。
目下に立ち並ぶ、ウンディーネ領にあった小さな木立とは比べ物にならない、スプリガン領の鬱蒼とした深い樹林を早送りに眺める。チラリと後ろを見るも、アルファは結局、涼しい顔で私の少し後ろを付いて来ていた。
アルファ「おいおい、俺はまだまだ行けるぜ?」
ミト「…それは私も同感だが…」
もしこれ以上スピードを上げて行っていたのならば、先に音を上げていたのはどちらなのだろうか…と、そんなどうでも良いことを考えているうちに、私の加速が鈍り始めた。
…もう十分経ったんだ。インプは、夜間に掛かるブーストの一部として、飛翔時間延長が存在し、それによって全種族最長の十分間飛行を為せる種族でもあるのだが、やはり時間制限がある以上、いつまでも天を舞うことは許されない。
対するアルファは、疑問そうに私の様子を眺めていた。
アルファ「ミト?どうしたんだ?」
ミト「…やっぱりそうか。悪いな、飛翔力に限界が近いみたいだから、一度地上に降りる必要があるんだ」
アルファ「りょーかい」
私がアルファにそう言うと、アルファも私の減速に合わせて、ランディングの姿勢に入り始めた。やがて着地に成功し、私達は樹林の内部に侵入する。マップを確認するも、ここから中立都市までは歩いて行けるぐらいの距離だ。スピードを飛ばしたお陰で、距離がかなり稼げたらしい。
ミト「やっぱり、アルフは飛翔力が無限なのか?」
アルファ「…さぁ?でもまだまだ飛んでいられる気がしたぜ?」
ミト「…そうか…」
…隣で歩くアルファを眺めながら、私は短くそう返事をしておく。…実のところ、アルファに世界樹までの道案内を提案した理由は何も、私を窮地から救ってくれたこの少年に恋をしてしまった……からなどでは断じてない。
運営側のミスだろうとは言え、「アルフ」という種族を直で眺め、確かに飛翔力に制限が無いらしいことや、隠しSTR値、得意な魔法などの情報を仕入れたかったから他ならないのだ。魔法に関してはどのタイミングで聞き出そうか…と、利己的な考えも持っている私ではある。
しかし心の何処かで、普段は自分から誰かと行動しようとはしない私が、随分とらしくない行動を取ったもんだと思わされる。
…アルファを手助けしたいと思ったのは、やはり誰か私の知り合いに似ている気がして、放っておけなかったからなのだ。
…さぁ、あと一日半の間に、その答えに辿り着けるか否かは分からない。だけど、仮想世界とは言え、誰かと気兼ねなく会話し、笑顔を綻ばせているこの瞬間が、私には何処か懐かしいものに感じていたのだった。
皆様の想像通り、ミトのアバターはまさかのアレです。ミトが丹精込めて作成したであろう男アバターです。
今作では、映画のアバターを大学生ぐらいの年齢に若返らせたぐらいだと思っていただけると幸いです。
次回の投稿日は明日となります。
では、また第101話でお会いしましょう!