アルファ「ミト!そっちに一体行ったぞ!」
ミト「解ってる!」
彼の言葉の通り、巨大な樹木の背後から、手足が異常に長い猿型モンスターが一匹飛び出してきた。その小さな身体に似合わないほどの手足を持っていることで、リーチ感覚が把握辛いのがこのモンスターの特徴だが、よくスプリガン領で狩りをする私にとっては、これぐらいは慣れたものだ。
迫る鋭利な鉤爪は、私のメインアームである大鎌の刃で囲み込むように薙ぎ払い、有効に機能させない。すると今度は驚異的な脚力で上空に飛び上がってくるが、それは鎌の柄で突くことで、こちらに近寄らせない。無防備な状態で宙に浮いたサルに、弱点である首元を鎌で搔っ切り、私の戦闘は終了した。
前方で三体のサルを相手取っていた彼を援護しに行こうかとも思ったが、彼は難なくサルどもを纏めて葬り去っており、今日何度目かの格の差を思い知らされる。
…現在、中立都市に向けて徒歩移動を開始して三十分ほど経過するが、これでモンスターに遭遇するのは三度目である。最初の一戦目こそ、私はアルファをサポートに回ろうと思っていたのだが、次の瞬間には、それが大きな間違いであったことに気が付いた。
……アルファの戦闘スタイルには、兎に角、隙が無い。足取りは舞踊のように軽快で、剣はしなやか且つ力強く、流れるように振り放たれる。その上格闘技やら体術の心得まであるようで、時折モンスターに蹴りやパンチを浴びせることもあるだけでなく、宙に返ったりもする。
それだけでも充分に凄いのだが、更に特記すべき点としては、武器を使い分けている所だろうか。背中に両手剣、腰に刀、更にはストレージにランスまで隠し持っており、これらを戦闘中に次々に切り替えていくのだ。
アルファの姿を見た当初は、弁慶の真似事でもしてるのだろうか、という程度の認識でしかなかったのだが、よもや完全に使いこなしていたとは…。
…これ程の腕の持ち主は、ALO最強と名高いあのユージーンをも超えているのかもしれないと、そんな風にさえ思わされる。
アルファ「なぁ、街まで後どれぐらいなんだ?」
ミト「…あと十分ぐらい。翼をそろそろ閉まっておいてくれ。アルファがアルフだってバレたりしたら、相当面倒だ」
アルファ「おぉ、その通りだな。忘れてたぜ」
ミト「それより、アルファは他のVRMMO系のゲームでもやってたのか?それだけ動けてゲーム初心者って訳じゃないだろう?」
アルファ「え!?…い、いや~…」
私がつい、アルファの魅せる完成された戦闘スタイルについて、興味本位にそれを訊ねてしまうと、彼は露骨に焦ったような表情を浮かべた。
…やっぱり、あまり、聞かない方が良かったかな?ゲームの中でリアルのことを持ち出すのは、マナー違反だから、他のゲームのことも聞かない方が良かった…よね…。…もしかしたら、他のゲームでも盛り上がれるかな、って思ったんだけど…また、他人との距離を測り間違えたのかな…。
私がそんな、得も言われぬ不安感を抱いていると、彼は意外な答えを出した。
アルファ「……ええっと、俺はVRMMOをやるのはこれが初めてで…」
ミト「…嘘?」
アルファ「いや、マジ」
ミト「だったら格闘技とか剣道とかしてるのか?」
アルファ「やってない」
ミト「だが、アレは紛れもなく体術だったり剣術だろう?」
アルファ「…体術は我流、剣術は……白崎流を真似たものだな。本物には遠く及ばないねぇけど」
ミト「へぇ~」
私の質問攻めに観念したように、彼はそう答えた。まさか他にVRMMOをやっていなかったのは驚きだが、彼の言葉が本当であるのならば、あの凄まじさは素人の私でも分かる。剣術に至っては何処か聞いたことの無い流派の名前まで出していたぐらいだし、彼はリアルで武を極めようとしている人間の一人なのだろう。
私が感心したように素の感嘆を漏らしていると、遂に一つ目の目的地であった中立都市<ダズラシクト>が見えてきた。スプリガン領らしく、遺跡と融合したような石造りの家々から漏れ出る白光が、夜の街を美しく照らしている。
アルファ「…中々、綺麗だな」
ミト「そうだろう?景観の美しさも、この世界の──」
アルファ「醍醐味、だろ?」
ミト「ハハハッ!その通り!」
どうやら、私はこれが口癖になっていたようだ。アルファにその言葉を先回りされてしまった。その時の彼の得意げな顔と言ったら、それは可笑しくて、私もつい吹き出してしまったというわけである。
…ただ、その直前に、彼が街を眺めながら浮かべていたその儚げな表情が、どんな意味を持ったものなのかは、私には分からなかった。
中立都市、とはいってもスプリガン領のほぼど真ん中に位置するここでは、武器販売にやってきたレプラコーンとスプリガンがそのほとんどの割合を占めており、その他にはインプが少しばかり居るだけだ。この様子では、少しばかりアルファは目立ちすぎるかと思い、通り掛かった店で見つけたフード付きのマントを彼にプレゼントする。
ミト「アルファ、目立たないようにこれを被っておけ」
アルファ「サンキュー」
それから街を歩いて行く中で見つけた手ごろな宿屋に入り、受付の前でそれぞれが部屋を借りた。
…幾ら、この世界では男性であるからと言っても、異性と同じ部屋で過ごすだけの勇敢さは、私には無い。宿屋で借りた部屋に移動する最中に、私は彼に確認を取った。
ミト「今から二時間程、ご飯とお風呂の時間にしてもいいか?」
アルファ「…あぁ!そうだな。すっかり忘れてたぜ」
ミト「じゃあ、二時間後に」
アルファ「おう」
私はアルファに一時の別れを告げてから、仮部屋のベッドに飛び込み、そのまま寝落ちを試みた。
────────────────
──さて、どうしようか。
ミトと落ち合うまでの二時間、俺は如何にして過ごすべきかと、一人ベッドの上で悩んでいた。
…彼に言われてようやく思い出したことなのだが、本来、VRMMOのプレイヤーは適宜ログアウトをして、ご飯やトイレ、睡眠などの生活上必要最低限度のことを行う必要があるのだ。
対して、不幸にも未だ仮想世界に幽閉され続けている俺はどうだろうか。ログアウトさえ出来ないこの状況である為、俺はこうしてベッドの上でゴロゴロしていることしか…
アルファ「…」グゥ~
…いや、腹が減った。そう言えば、この宿屋の一階部分はレストランになっていたはずだ。俺は腹ごしらえをするために、借り部屋を出る。
一階にまで移動するその道中にふと、なら身動きの取れない俺の、現実世界でのトイレ事情は……と嫌なことを想像してしまった。そのことは今は考えないことにしておこう。
レストランのカウンター席に腰を下ろした俺は、メニュー表を眺めてから、ハンバーグ定食と名付けられた料理を注文した。SAOの世界では、美味しい食事を見つけることに関しては中々に酷い状況だったので、俺はハンバーグ定食というのが名ばかりのものではないのだろうかと身構えていたのだが──
アルファ「……美味っ…」
提供されたハンバーグ定食は、俺が十五年間の間親しみ続けたそれそのものであり、大変美味であった。SAOの世界で見つけられた良店の、限りなくハンバーグに近いが、何処かアレンジが加わっているあの味も好きだったのだが、やはり本物には敵わないように思える。
食後のデザートに、プリンとか言うこの二年間一切口にすることが出来なかった嗜好品を口の中で転がした俺は、感動のあまり目から涙が零れ落ちてしまったのだが、ミトが買ってくれたフード付きマントのお陰で、誰かにバレたりすることは無いだろう。
…まぁ、俺は念のために、それ以前に隠密行動スキルがカンストしている状態でハイディングしているわけだから、誰かに見つかることなどほぼ無いだろうが。
アルファ「ご馳走さん」
店主にこの世界の通貨であるユルドを払い、俺はレストラン兼宿屋の外に出た。出来ればお風呂に入りたいのだが、このアバターだと無駄に目立ってしまう可能性があるだろうから、ミトの助言に従って、それは控えておいた方がいいだろう。…まぁそもそも、この世界に風呂があるのかも不明だが。
俺は随分と活気のある街を闊歩しながら、所々でアイテムを物色したり、投げナイフを補充したり、或いはただ美しい街並みを観光してりして、残り時間を潰していた。
……なんだか、こうして一人で行動するのは、久しぶりだ。いつもは感じられた、俺のものとは違う手の温かさが、何処か足りない。ユウキと一緒に妖精の国巡りなんて出来たら楽しいだろうなぁ…。
…その為にも、俺は何としてでも神代さんとその証拠を見つけなければならないだろう。
アルファ「おっちゃん、その串焼き二本くれ」
「あいよ!」
そう言えばだけど、ここまで俺を案内してくれたミトは、かなり良い奴なんだと思う。ここまでの道案内の感謝とマントをプレゼントしてくれたお礼も込めて、俺は彼に串焼きをお返しすることに決め、屋台で購入する。
ミトとは喋っていて退屈しないし、彼自身の戦闘能力もかなり高い。俺の戦闘慣れから、他のVRMMOをやっていたのでは?と勘も優れているらしいミトに、それを訊ねられた時は、俺もかなり焦った。馬鹿正直にSAOに閉じ込められた話をするわけにもいかないし、かなり雑な言い訳をしてしまっただろう。
…それに関する謝罪の意味も込めて、この串焼きを贈呈することにしようではないか。…偶に出る急な女の子っぽい言動が少し気になるが、まぁそんなことは本人の自由だろう…流石に、随意飛行の練習中にいきなり地面に投げ飛ばされたのには驚かされたが…。俺も少々、他人のパーソナルスペースというものを侵害し過ぎたのだろう。あれは俺が悪い。
アルファ「ん」
ふと、時刻を確認すると、集合時間まであと二十分…そろそろ宿屋に戻るべきか。そう考えた俺は、宿屋へと引き返していったのだった。
────────────────
深澄「…ふぅ…」
宿屋の借り部屋で寝落ちを済ませた私は、ログアウトからの余韻も早々に、長時間に渡り固まっていた身体を解し、部屋を出た。
現在時刻は午後七時、やはり両親はまだ帰ってきていない。私の両親はどちらもがバリバリ働いており、朝は一緒に過ごすことが多いものの、帰って来るのは基本的に深夜零時前後であり、三人揃って夜ご飯を食べることは少ない。
私はお風呂の準備をしてから、十五分ほど前に炊けたらしい炊飯器を横目に、今日の晩御飯レシピを素早く考える。
深澄「…野菜炒め、サラダチキン、オムレツ…冷奴…でいいかな」
誰に返事を求めるでもなくそう呟いた私は、すぐさま行動を起こした。サラダチキンは昨日からの残りがあるし、冷奴は豆腐を取り出し、鰹節をまぶして醤油でも掛ければそれで完成だ。
野菜炒め及びオムレツで使用する材料を取り出し、具材を切ってフライパンで炒める。その作業の途中に、同じく昨日の残りである味噌汁の存在を思い出して、それも温めに入る。程なくして出来上がった晩御飯を食す前に、使い終わった調理器具は水に漬けておく。
深澄「頂きます」
テーブルに座って合掌した私は、晩御飯を頂き始めた。私が食事を終える頃には、丁度お風呂のお湯張りも完了したようで、食洗器に全て放り込んでしまった。多めに作っておいたオムレツと野菜炒めの残りは、両親の為にラップに包んでおく。
一連の作業を終えて、さぁお次はお風呂だ。着替えやバスタオルなどなどを手に持って、脱衣所に移動する。丁寧に全身を清めてから、私は湯船に浸かった。
深澄「…にゅ~…」
湯船の気持ち良さに、図らずも変な声が漏れてしまったが、別に誰かが居るわけでもないのだから、気にしない。湯船の中でリラックスしていると、自然と今日一日の出来事が思い出された…とは言っても、それはALOの世界での出来事ばっかりだけど…。
……久しぶりに、今日一日が楽しかったと、胸を張って言える。今日は本当に久しぶりに、屈託のない心からの笑顔を浮かべられた気がする。…学校では、皆が押し付ける、クールな兎沢深澄の像が浮かべるはずの微笑を浮かべ、ALOの世界では、私の演じる「ミト」というキャラクターを演じるので精一杯だった。
…だけど、今日だけは、誰かのための自分などではなく、紛れもない兎沢深澄として生きていられた気がする。…そうさせてくれたのは、彼なのだろうか…?
…と言うかそもそも、私の思う兎沢深澄って「誰」だろう?……それは、遠い昔に、自分自身で置き去りにしてきたじゃない。唯一、ゲームが好きな本当の自分を受け止めてくれた、明日奈という友を裏切ったことで……。…そんな私に、兎沢深澄として生きる資格など…あるはずが──
深澄「…やめよう。アルファが待ってる」
これ以上は、自己嫌悪のループに陥って、ゲームどころではなくなることは理解できる。これは私の悪い癖なのだろう。だから私は、ここで無理矢理思考をシャットダウンして、浴室を出た。服を着替えて、ドライヤーで髪を乾かし、部屋に戻る。
約束の時間まで二十分ほどの空き時間があるので、少しだけ単語帳を眺めた。そして私は再びベッドに横たわり、リアルからバーチャルへと移行するための魔法の言葉を唱えた。
────────────────
アルファ「早かったな」
ミト「…そうか?」
アルファ「ま、三分前行動なんて、デートじゃねぇんだけどな」
ミト「…男同士で何がデートだ。馬鹿も休み休みに言ってくれ」
アルファ「急に辛辣だな、おい」
…まぁ、中の人は女なんだけどね、と私は心の中で呟きながら、そんなことは露知らずな彼には、厳しめの進言をしておく。
…彼ほどのアバターを持った人とならば、デートするのも悪くは無いだろうが、そうなるとオシャレは最低限しか気にしない私が恥ずかしい。
…アルファは、中々に良い人なんだろうけど…その、異性云々は兎も角、彼は恋愛対象となる前に、何か別の感情が浮かび上がってくるのだ。それが何なのかも分からないので、説明のしようが無いのだけれど。
アルファ「これ、ミトにやるよ」
ミト「…焼き鳥?」
アルファ「あぁ、マントのお礼にな」
ミト「ありがとう。気が利くんだな」
ヒョイと差し出された串焼きを受け取った私は、それを口に放り込んだ。現実世界では腹七分目で終える私にとっては、この世界の空腹度が満たせるシステムはかなり気に入っている。
勿論、そのせいで栄養失調になるなどの失態を犯すつもりは無い。やはりアルファは、悪くは無い人なのだろうが、残念ながら、当の私にその気が無いのだと思う…まぁ、これまでの人生の中で誰かを好きになったことはまだ無いので、もしかしたら…。
ミト「そろそろ出発するか。今日寝るまでには、レプラコーン領の最南端にある中立都市にまで辿り着きたい」
アルファ「おう、案内頼むぜ」
早々にこの街を発つことに決定した私たちは、この街で一番背の高い遺跡を登り始めた。街の外ではなく中心へと向かって行く私に、彼は不思議そうに訳を尋ねてきたが、それは、少しでも飛翔距離を延ばすためであると伝えると、彼は納得したように大きく頷いていた。
やがて遺跡の頂上に到着し、私達は目指すべき方角へと身体を向ける。飛翔を開始する一瞬間前、ここでアルファが翼を展開すれば、それをこの街のプレイヤーが目にするのでは?と不安を感じたが…
ミト「今回は、いきなりトップスピードで飛び出すぞ」
アルファ「言われなくとも」
最初から全力で飛翔すれば、私達を認知することは難しいだろう、という楽観的な結論を導き出し、私は遺跡から飛び立った。ワンテンポ遅れてアルファも遺跡から身を放り出したようで、背中からは純白の翼が、月明かりを受けて艶めきながら、美しく羽ばたいていた。
しばらくの間、アルフの持つ翼に見惚れるも、私は気を取り直してグングンスピードを上げていく。アルファも遅れずそれに付いてきていた。
アルファ「こりゃ確かに一番の醍醐味だな!こんなに爽快な気分、中々味わえねぇ!」
ミト「全く、たった一日でこのスピードに慣れてしまうなんて、アルファは大した奴だよ」
暴風とも言えるような猛烈なスピードで夜空を駆けるこの感覚は、何処までも何処までも夜空に向かって飛び上がって行けるような高揚感さえ感じられたが、例によって十分間の制約が訪れてしまった。
なので仕方なしに私たちは、視界の奥に見えていたスプリガン領とレプラコーン領との境目に辿り着く前に、再び濃密な樹林へと引き戻されてしまう。森林の中へと身を下ろした私は、隣で随分と満足げに笑みを浮かべるアルファを見て、微笑みながら声を掛けた。
ミト「アルファは、随分と仮想世界での表情筋の動かし方が上手だな」
アルファ「…え?普通だと思うけど」
ミト「だったらアルファの基準はどうかしてる。普通はそんなに上手く出来ないものなんだ」
アルファ「そ、そうか…」
私がそう言うと、アルファは引き攣ったような笑い顔を浮かべていた。
……その様子は、まるで私に何かを隠しているような…だが、それが何なのか全く見当もつかない。これまでの様子を見て、彼に限って私を裏切るような理由もないだろうし、そもそも私が彼について知っていることなど、早急に世界樹を目指している、程度のことぐらいで…いっそ、どうして世界樹を目指しているのかでも聞いてみようか。
そう考えた私が、アルファにそれを訊ねようとしたその瞬間──
アルファ「…」
「おうお前ら!この先を通りたきゃ、俺達に通行料払えや!それがここら一帯での仕来りってもんでなぁ?」
「通行料は、全ユルドの半額だ!どうだ?俺様は優しいだろう?」
「よっ!イイ男!」
「「「ギャハハハッ!!」」」
アルファ「…おいミト。どうしたんだそんな渋い顔して。…まぁ元から渋いけど」
ミト「…面倒な奴らに出会ったからな。と言うか、よくそんなこと言ってられるな。アイツらはスプリガン族でも有名な極悪集団だ。一人一人の戦闘能力も、かなり高い。五人纏めて相手するのは、流石にアルファでも──」
アルファ「お~い!そこのチンピラ共!」
ミト「アルファ!?」
「…何だァ?テメェ…」
──厳しいだろうから、私が二人引き付ける、と言おうとした傍から彼は、その半数がスプリガン領の主街区から追放されたレネゲイドで構成されたと噂されている極悪集団…<スカルバンカーズ>を挑発しに掛かるではないか!?
一体何やってるのよ!!と私はアルファの頬を往復ビンタしてやりたい気持ちで溢れ返りそうになったが、その前に挑発に乗ったらしい五人のリーダーが、如何にも山賊が得物にしていそうな刃の太い両刃斧を肩に担ぎながら、一歩前に出た。
アルファ「いや、お前らが通行料取るとか言ってたからさ。一応聞いておきたいんだけど、レプラコーン領までをタダで通るってのは無理なのか?」
「無理な話に決まってるだろ!テメェは俺達を怒らせたんだッ!!ここで殺してやらァ──ぐあぁッ!?」
アルファ「隙だらけなんだよ」
「「て、テメェ!!」」
アルファが、まるで瞬間移動したかのようにボスと距離を詰めると、ゼロ距離から鳩尾に拳を突き放っており、それによってスカルバンカーズのボスは地に蹲った。
それを開戦の合図とするように、残りの四人がそれぞれの武器を抜いてアルファに襲い掛かろうとしていた。がしかし、アルファは腰から抜刀した刀で彼らを威圧し、近寄らせない。
そして次の瞬間には、アルファの刀が一人の男の左腕を斬り落としていた。
「ガッ!?」
ミト「…っ!?…」
私が見たのは、アルファが半歩前に詰め、それに反応し遅れた一人が、気が付けば腕を失っていたことぐらいだ。隻腕となった男ともう一人の男が、かなり洗礼されているらしいコンビネーションでアルファと剣を斬り結ぶが、完全にその軌道が読まれているらしく、一太刀も剣を浴びせられていなかった。
焦る二人に対して、対するアルファは落ち着きを崩さず、無傷だった男の身体を浅く斬り裂き、背後から迫っていたもう一人の構成員には、振り返りざまに投げナイフを喉に突き付けた。少し離れた位置で魔法の詠唱をしていた最後の一人は、ふとアルファに視線を向けられ、その動きを止めてしまった。
…最早、勝負は決した。スカルバンカーズが、私たちの前に現れた当初からは想定も出来ない程、静まり返った密林の中で、この戦いの絶対的勝者であるアルファが、口を開いた。
アルファ「…もう一度聞く。俺達はここをタダで通ってもいいか?」
「ど、どうぞ!ですから命だけは!」
アルファ「ミト、行くぞ」
ミト「…あ、あぁ…」
五人のプレイヤーキラー達は、土下座するようにアルファの前で命乞いをしていた。それを見たアルファは、小さくため息をついてから、レプラコーン領へと向けて歩みを始める。彼に声を掛けられて、遅れて私も彼の背中を追った。
十数分の間樹林を進み続けると、次第に木々は疎らになっていき、レプラコーン領のフィールドの特色である、寒々しい荒原が見えてくる。しかしここまでの間、これまでは軽いお喋りを交えていた私達は、一切喋ることなく移動していた。
…何か、私から話し掛けるべきなのかな?
アルファ「…ここ、寒いな。防寒具とかあったりしねぇの?」
ミト「…少し肌寒いぐらいだがな。生憎持ち合わせは無い。向こうに見える街で、何か誂えたらどうだ?」
アルファ「暖かめの装備品でも買うか…」
前方には、レプラコーン領の最南端にある中立都市が見えており、その奥に見える空の端は、段々と黒から青色へと染まりつつある夜明けの様子が伺える。空虚な荒野にも、朝日の暖かな光が差し込めば、幾ばくかは空気が温かくなってきた気がした。
現実世界ではこれからが夜の本番だというのに、こちらでは一日の始まりを告げられるとは、何とも不思議な気分だ。こればっかりは、どれだけALOをプレイしても慣れる気がしない。
道中は、「フードが視界を遮るから」といった理由で素顔を露わにしていたアルファも、街が迫っていることからか、再び深くフードを被った。
アルファ「そういや、この世界って一日何時間なんだ?」
ミト「十六時間。夜しかプレイ出来ないプレイヤーにも配慮した結果らしい」
アルファ「なるほどな」
荒原に突入してから、一切モンスターとエンカウントすることは無く、とうとうあと五分ほどで街に到着する所にまでやって来た。…だけど、どうしても彼に聞きたいことがあって、私はそれを切り出すべきか否か迷った挙句、その場で足を止めた。
ミト「……なぁ、アルファ」
アルファ「どうした」
ミト「…さっき、どうしてスプリガン達を殺さなかったんだ?アイツらを殺せば、良い装備とか大量のユルドとか…レアアイテムも、色々手に入ったと思うけど」
アルファ「…」
思えば、アルファと出会った当初から、私はそれを疑問に思っていた。私の知る限り、アルファはこれまでに二度、プレイヤーと交戦している。しかし、彼は一度たりとも、プレイヤーに止めを刺すことは無く、その場で見逃しているのだ。
…この世界では、PKが大いに推奨されている。同族間でもPK行為は暗黙の了解で禁じられているが、他種族間であれば、中立都市以外のフィールドでは、基本的に何処でも殺害OKなのだ。
PKによって得られる戦利品も、他のゲームに比べると豊富で、私ならばあの場面で、彼らを殺さない選択肢など有り得なかった。だが、アルファは二度も、そのビッグチャンスを自発的に逃したのだ。そんなプレイヤー、聞いたことも見たこともない。
それ故に、彼が何を思ってPKを行わなかったのか、それが不思議と気になっていたわけだ。私がそれを訊ねると、彼はすぐには答えなかった。暫くの静寂の後、彼は再び街に向けて足を進めながら、遂にその答えを口にした。
アルファ「……まぁ俺は、例えこの世界では本当に命が失われないのだとしても、むやみやたらと人を殺す気にはなれないってだけなんだろうなぁ…。仮想世界だろうと、現実世界だろうと、今の俺にとっては、「殺し」は「殺し」だから」
ミト「……」
……言葉が、出てこなかった。どれだけ頭の中に思考を巡らせても、私の生きてきた十数年間の経験則に頼ろうとも、遂には彼に返すべき言葉を見つけることは、遂には出来なかった。
彼がどんな表情を浮かべながら、この言葉を口にしたのかは、顔がフードに隠れて、よく分からない。だが、その穏やかながらも強い信念を感じさせる声色は、その言葉が、彼の心の底からの想いであることがヒシヒシと伝わって来る。
再び訪れた静けさ。しかし、彼は不意にフードを振り払うと、朝日の陽光を反射したような笑顔で、私に声を掛けてきた。
アルファ「ちょっとしんみりとした話だったな。時間的にも、今日はもうログアウトする頃合いだろ?早く宿に行こうぜ」
ミト「…あぁ、そうだな」
それから五分ほどで街に到着した私たちは、手ごろな宿を借りようとしたのだが、現実世界ではログアウト時のこの時間帯。中々宿が空いておらず、結局少しお高めの宿屋に止まることになったのだが──
アルファ「二人で一部屋でもいいか?そしたら安くで済むし」
ミト「……う、うん!大丈夫!」
三階の仮部屋で宿泊することになった私たちは、受付エリアからその部屋がある場所を目指して移動していた。
……べ、べ、別に、やましいことするわけじゃないからね!?そもそも、この世界では私、男なんだから!?…と、まさかの二人で同じ部屋に泊まることになったこの事態に、ミトの中にいる深澄が慌てふためき始めた。
…まぁ、宿屋で寝落ちするだけだろうし、問題ない…よね?そう考えることで、強制的に、異性と二人っきりでお泊り、という頭の片隅で強調される表現を抑え込む。
ミト「それじゃあ、明日はここに朝の九時集合でいいか?」
アルファ「おう、了解」
アルファと明日の集合時間を打合せしてから、私は部屋にあるベッドで寝落ちしようとベッドに横たわる。アルファは、ALOでの高級宿屋が物珍しいようで、内装やらお着きのお菓子やらに興奮していた。
こうもうるさくては、寝落ち出来るものも出来ない、と思った私は、和菓子らしいお着きのお菓子を食べながら、ボーっとしていた。その時──
アルファ「おおっ!!」
一際、アルファの大きな歓声が部屋に響いて、何事だろうとこちらに意識を戻してくる。部屋の奥からこちらに飛び出してきたアルファは、随分と嬉しそうな表情で、私に話し掛けてきた。
アルファ「風呂だ!風呂があるんだ!!」
ミト「お風呂なんて、現実世界の方が良いだろう?」
アルファ「いや~…最近じゃどうも、どっちが良かったか思い出せないぜ…」
…思い出せない?彼の発言に些細な違和感を覚えた私だったが、その直後に放たれた彼の発言に、全てを持っていかれた。
アルファ「そうだ!ミト、一緒に風呂でも入るか?裸の付き合いってことで──」
ミト「は、入るわけないわよッ!!」
アルファ「ぐえっ!?」
…勿論、彼は何も悪くない。だって、今の私はミトという男性プレイヤーなのだから。がしかし、そのアバターを操る深澄という女の子は、彼の提案を受け入れることなど到底できるわけもなく、寧ろその状況を想像してしまい、羞恥心に限界が訪れ…彼に腹パンを喰らわせた。
カエルのような呻き声をあげているアルファのことなど放っておいて、私は寝落ちすることもなく、そのままログアウトボタンを押したのだった。
次回の投稿日は十二月二十八日となります。
では、また第102話でお会いしましょう!