アルファ「……イテテテ、ミトの野郎…」
俺が床に蹲っている間に、ミトは既にログアウトしてしまったようで、俺は一人部屋の中で、彼に対する恨み言を呟いていた。
…まぁ、ミトが過度なスキンシップを苦手とする人間だということは、彼にしがみ付いたその時から分かっていたはずだった。なればこの鉄拳制裁も、甘んじて受け入れるべきものなのだろう…か?
それは兎も角、ここに辿り着くまでに、少々小腹を減らしていた俺は、軽食でも購入しようと客室を出て、明け方のレンガ造りの街並みへと繰り出した。黒から青へと移り行く街の空には、多くの建物の煙突から白い煙が噴き出しており、青白くも見える。
屋台でメロンパンアイスを購入した俺は、またまた現実世界で食べた味とそっくりなその商品に感動しつつも、観光も早々に、宿屋へと向かって行く。俺も明日の為に、睡眠を取る必要があるのだから。
この世界ではこれからが一日の始まりらしいが、現実世界ではこれからが一日の終わりであるというのは、何とも不思議な感覚だ。それを確かめられるのは、視界に表示されているリアルとALOのそれぞれの時計であり、SAOの時と変わらずに、これだけが俺と現実世界を繋ぐ物なのだろう。
再び部屋へと戻ってきた俺はシャワーを浴びて、三人ぐらいはは入れそうな、かなり大きい浴槽で身体をポカポカにしてから、ようやくベッドに横たわり、すぐに眠りについた。
アルファ「……朝…か…」
まぁ、朝と言っても、実際の所は昼なのだが…。俺はベッドの上で大きく身体を伸ばしながら、現実世界での時刻を確認する。現在は午前七時半。約束の時間の一時間半前に目が覚めたらしい。
一人で目覚める朝というものは、今の俺には何とも虚しい物に感じる。つい数日前ならば、瞼を開ければ俺の隣には、ユウキが居た筈なのに…今は、俺の隣には誰も居ない。それが物凄く寂しく感じる。
…そういう意味では、ミトが俺の案内を買って出てくれたのは、有難い話だったのだろう。彼が居るお陰で、孤独の寂しさを感じないで済む。
アルファ「…朝ごはん食べに行くか」
ミトと落ち合う前に腹ごしらえを済ませておこうと考えた俺は、街を軽く散策することにした。そしてその結果、朝ご飯は町の一角にあるNPCレストランにて、鮭定食を頂き、宿屋へと引き返す。
…SAOのデータがALOにも引き継がれたことによって、大量のユルドが手元にあって本当に良かった。これが無ければ、今頃俺は、モンスターハントで小銭稼ぎをする嵌めになっていたのだろう。
そう言えばミトの話によると、この世界では、寝落ちだなんてログアウト方法があるようだが、勿論俺は眠っても、現実世界に戻れることは無かった。やはりどう足掻いても、俺は現実世界へと帰還するためには世界樹に向かう必要があるらしい。
ミトとの約束時間まであと十分。俺が宿屋へと戻る道中に屋台で購入した、甘い蜂蜜の掛かったワッフルを口に運んでいると、少し早めに、彼はこの世界へとログインしてきたようだ。俺の目の前に、ミトが現れた。
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パチリと眼を開けると、そこは見慣れた白い天井であった。周囲を見渡すも、そこはゲーム関係のものと勉強関連のものでごっちゃになっているような私の自室であり、隣にはもうアルファはいない。
不意に、先程彼が放った言葉を思い出し、私は両手で少し熱くなっていた顔を抑えた。
深澄「…何が、一緒にお風呂入ろう、よ……」
……分かっている。あっちの世界での私は、深澄ではなくミトだ。故に同性同士でお風呂に入ることなど、至極当然のことだと言える。
だけど…流石にそれは無理じゃない…と、あちらの世界でも考えていたようなことをもう一度思い直し、それでもあの裏表の無さそうな、下心ゼロ%の純粋な笑顔で提案してきたアルファを憎むことは、やはり出来ない。
…というか、あんなに美形のアバターを持っている人とならば、一つ発展した関係を持つのもまぁ悪くは──
深澄「……う~……私、何考えてるのよ…」
らしくなく、ベッドの上で身体をジタバタさせながら、自分の邪な思考をリセットしようと試みる。そして暫くして、ようやく冷静さを取り戻した私は、乾いた喉を潤すためにリビングルームへと向かった。
深澄「お帰り」
リビングルームには、今日はほぼ同時に帰宅してきたらしい父と母が、私の作り置きしておいた料理を口に運んでおり、私に「ご飯作っててくれてありがとう」と感謝の言葉を述べてくれる。
そんな二人に対して、私は若干の勇気を振り絞って、一つお願いみたいなものをする。
深澄「…私、明日は学校を休むつもりなんだけど、良い?」
父「ゲームの大会か何かか?」
深澄「…まぁ、そんなところ」
母「…深澄の好きにすればいいけど、勉強はしっかりしなさいよ?」
深澄「うん、ありがとう」
…案外、すんなりと私の要望が通って安心した。自室へと引き返しながら、私は安寧の息をつく。
私の家系は、由緒正しき家系とか、元から大金持ちの富豪の娘とかいう訳ではなく、父母双方が普通の家系から叩き上げで成り上がってきたことでちょっとした金持ちになった…いわゆる、庶民出であり、それ故に私のゲーム好きな一面も、快く受け入れてくれている。
私は往々にして、ゲームの大会などの日程関係で、学校をサボることはあるが、父母どちらも、勉強さえしていれば、そこら辺は柔軟に対応してくれた。
…恐らく今回は、少し前に返ってきた模試の結果がかなり良かったのが響いたのだろう。一度、ゲームに熱中し過ぎて、勉強を怠けたことがバレた時は、それはもう鬼のように怒られたこともあり、それ以来勉学にはキチンと励んでいる。
……しかし、由緒正しき家系と言えば…やはり明日奈が思い浮かぶ。…私のせいで、彼女は今、どれ程のどん底の人生を味わっているのだろうか。…いや、もしかすれば、もう彼女は死んでしまっていて…それは私のせい──
深澄「…ダメよ、深澄。今は勉強に集中しなさい」
机に向かって参考書を学習していた私は、心の片隅で考えたくないことを思い浮かべていたことに気が付き、勉強という尤もらしい理由でそれを封じ込める。
本日寝るまでにやり終えたかった目標ページまで達した私は、就寝準備をしてから、今度は眠りに落ちるために、ベッドに身を投げ出した。
…そう言えば、アルファが急いでいる、と言った物だから、私は朝の九時に集合することを提案したわけだけど、どうしてアルファは平日の朝からログイン出来るのだろう。と言うかそもそも、アルファはどんな人なのだろうか。
…私は、少しずつ彼のことをもっと知りたいと、そう思うようになっているの自らの心を自覚し始める…。私にしては珍しく、自分から誰かと行動することを望み、その結果今までの人生の中で、一番楽しいのではないかと思う程、本日アルファと過ごした時間が輝いて見えた。
それ故に、私は明日の朝から、学校などほったらかしにしてまで、私はアルファと一緒に過ごしたいと、そう思ったのだ。……この感情は、一体何なのだろうか…。
しかし私は未だその答えを見つけられないまま、微睡始めた。
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アルファ「おはよう、ミト」
ミト「おはよう、アルファ」
アルファ「これやるよ」
ミト「…ワッフル?」
アルファ「あぁ、中々行けるぜ」
ミト「…アルファは私がログインする度に、何か食べている気がするけど…ちゃんとリアルでも食べてるのか?」
アルファ「…まぁ、な…」
ミト「こっちの世界で食べると、現実世界でも満腹感が発生するんだから、程々にしとくんだぞ」
朝一番にそんなことを言われて、無論現実世界の俺の身体は、点滴なんかで命を繋いでいるであろうことを想像し、ちゃんとご飯を食べているとは言えないであろう状態を思い浮かべて、適当な返事をしておいた。
するとミトは、人相の悪い顔を顰めて、小さな子供を叱るようにそんなことを言って来る。しかしその情報は初耳だった俺は、すかさずミトに訊ね返した。
アルファ「そうなのか?」
ミト「知らなかったのか?最近もニュースで、仮想世界の食事で腹を満たし過ぎて、栄養失調で餓死した成人男性がいるってやってただろう?」
アルファ「へぇ、そりゃヤベェな…話は変わるけど、今日の予定は?」
ミト「まずはこのままレプラコーンの主街区に移動して、装備の更新。次にスプリガン領に引き返して、スプリガンにある巌窟に侵入、アルン高原の出口まで移動…だろう」
アルファ「ってことは、明日には世界樹に辿り着けそうなのか?」
ミト「あぁ、そういうことだ」
ミトの今後のスケジュールを聞きながら、ならば一月二十二日には央都アルンに到着する予定なのだろう、と視界の端に表示された時刻と日付を眺めながら、俺は頭の中で計画を確認する。
がしかし、その瞬間に俺は些細な疑問を生じ、自然とそれをミトに訊ねていた。
アルファ「…あれ?そう言えば今日って、休日なのか?」
ミト「今日は平日だ」
そう言えば、長い間平日休日の感覚を失っていた俺は、ふとその情報が気になったわけだ。そしてミトが俺に返した言葉は、今日は平日…なるほど、道理でさっきから街を歩いていても、プレイヤーとすれ違う回数が極端に少なかったわけだ。
……だが、そうなると、現在は午前九時、多くの人はゲームなんてしている暇は──
アルファ「……あれ?…お前…学校とか、仕事は…?」
ミト「学校は休んだ。アルファは急いでるんだろう?」
アルファ「いや、学校行けよ!?」
ミト「…自分で言うのもあれだが、私はかなり賢いんだ。一日ぐらい学校をサボったって、何の問題もない」
アルファ「…それでもなぁ…学校は行った方が──」
ミト「だったら、そう言うアルファはどうなんだ?」
この質問をしてしまった時、もしミトが、何らかの理由で社会に出られていないのであれば、これは相手を傷つけてしまうだろうことを予想したが、幸いにも、彼はそういうタイプでは無かったらしい。
同時に彼が、自称頭が良い人とか言っちゃう残念な人であることも露見したわけだが、まぁそれはどうでも良い事なのだろう。わざわざ俺の都合に合わせて学校をサボらせてしまったことに罪悪感を覚えるが、彼に訊ね返された事柄に、言葉を詰まらせてしまう。
アルファ「……えっと、今は十七歳だから…高校二年生?」
ミト「へぇ、私と同じ年だったのか。だけど、なんで疑問形なんだ?」
アルファ「…俺は、まだ義務教育さえ終わらせてないからなぁ…頭脳は中学三年生で打ち止めなもんでな」
…ミトって高校生だったのか…見た目が厳つすぎて、大学生ぐらいかと思ってたけど…。
頭の中で自分の年と、本来普通に生きて行けば、高校二年生になっていたのであろうことを思い浮かべ、なんとかミトに返事を返すも、彼は更なる追求を掛けてきた。
俺はこれぐらいの情報であれば、流してもバレないかと思い、更には自身が義務教育を終えていないアウトローな人間である風に見せかけることで、これ以上現実世界のことを聞き出せないようにしようと試みる。
そんな俺の思惑に対してミトは、意外な言葉を掛けてきた。
ミト「……急ぎの用が終われば、出来れば、大学に入学できるように勉強した方が良い。それも頭が良いので有名な所を、だ。この社会を生きていく為に、最低限の収入を得る一番簡単な方法が、大卒資格を得ることなんだ。だから、勉強は嫌でもしておいた方が、後々得する可能性が高いぞ。…ま、大卒にならなくたって、その人の才能があれば、それ以上に稼げたりもするけど…要するに、多くの人がちょっと努力すれば手に入るのが、大卒っていう保険なんだろうな」
アルファ「…ミトは、優しいんだな」
ミト「…私は、優しくなんかない。もし私が優しかったら……」
実質的には見ず知らずの俺の為だけに学校を休み、更には人生の指針にまでちょっとしたアドバイスを限りなく柔らかい言い回しで送ってくれる。これを優しい人間と言わずして、なんと言えるのだろうか。
そう思った俺は、素直に褒め言葉としてミトにそう告げたのだが、その言葉を受け取ったミトは、何処か苦しそうな表情を浮かべながら、表情に陰りを見せた。
…彼が、何に悩んでいるのかは分からない。だからこそ、彼自身がその悩みを吐き出すまでは、俺も干渉しない方が良いだろう。俺もたったの一日でかなり距離を縮めたつもりだが、ミトのパーソナルスペースはかなり大きい。踏み込んでそこが地雷だとしても、まだ、関係を修復できるほどの深い関係にあるわけでもないのだろうから…な。
アルファ「…まぁ、俺も帰ったら勉強頑張るとしますか!そろそろ出発しようぜ!」
ミト「…あぁ、そうだな」
そうして話を切り上げた俺達は、レプラコーン領の中心を目指して宿屋を後にした。
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アルファ「このフィールド、モンスターが出現しなさすぎじゃないか?」
ミト「戦闘が苦手なレプラコーンに配慮した結果だろうな。…噂によると、プレイヤーを地下へと引き込む巨大モンスターが居るらしいが…まぁ、都市伝説みたいなものだろう」
中立都市からレプラコーン領の主街区を目指して移動を開始して、約一時間。ようやく俺達は、その道のりの半分ほどの地点までやって来られていた。
ミトの飛翔力が回復したらしいので、俺達は再び空を舞い始める。ミトが選んだインプという闇妖精の種族は、その名の通り夜に強く、日中に弱いようで、太陽が照り輝いている時間帯は、飛翔力が落ちてしまうのだ。その為、俺達は夜間であった昨日よりは、地上を歩く回数が増えている。
アルファ「…ただ、空の上にはモンスターが出現するんだなっ!」
ミト「ケットシーは、こいつらも飼い慣らせるらしいぞ!アルファはテイムスキルを持ってないのか?」
アルファ「純戦闘職の俺には、そんな遊び心溢れたスキルは無いもんでな!」
俺はミトと軽く言葉を交わし合いながら、巨大な顎と鋭い歯で俺の身体を噛み砕こうとしてくるワイバーンの攻撃を躱し、翼を旋回させて飛竜の首を両手剣で切り伏せる。
たったそれだけの動作でモンスターを撃破出来るのは、この世界の仕様によるものである。ミトによると、この世界でのダメージ算出は、武器自体の威力、ヒット位置、攻撃スピード、被ダメージ側の装甲の四つを総合しているらしい。
それ故に、SAOの世界で死に物狂いで闘ってきた俺は、他のプレイヤーと比べると、攻撃精度とスピードが尋常ではないようだ。その上神代さんから貰った武器の性能も相俟って、モンスター毎の弱点させ見つけられれば、大体は一撃で葬り去ることが出来るという訳だ。
…もし、ALOの世界がレベル制だったのならば、こうも上手くは行かなかったのだろう。…しかし、今は呆然とミトの戦闘を眺めているわけだが…彼、かなりの腕の持ち主だ。
飛竜二体に囲まれているというのに、己のリズムを崩すことなく冷静に対処している。しかも決して動きを止めずに、即座に状況整理及び判断を下して、それを実行することで、得物の大鎌をまるで鞭のように自在に操り、あっという間に二体の飛竜を撃破してしまっていた。
アルファ「空中戦じゃ、俺よりミトの方がすげぇな」
ミト「偶にはALOの先輩としての威厳という物を見せておかないと、だろう?」
アルファ「地上戦じゃ、負ける気はしないけどな」
彼の華麗なる戦闘スタイルを褒めてみると、ミトは随分と得意げに言葉を返してきたので、俺も憎まれ口を叩いておく。
地上での闘いは、俺の方が何枚も上手であるという自負はあるが、通称<エアレイド>と呼ばれる羽を使った空中戦では、エアレイドに慣れていない俺だと、ミトに後塵を拝する結果になる気がする。
しかし実際、ミトの様子を見る限り、もし彼がSAOに囚われていたとしても、攻略組としてやっていけるだけの才気は伺えるのは事実だ。…まぁ、自分の命を賭けた戦場で、今と同じように動けなくなる可能性もあるだろうがな。
ミト「…済まん。そろそろ限界だ」
アルファ「…中々じれったいな」
ミト「だからこそ、誰もがアルフに転生することを望んでいるわけだ」
空を飛び始めて数分後、ミトの飛翔力に限界が来たようなので、俺達は再び景色も空気も寒々しい荒原に足を付けた。このエリアが若干寒く感じるのは、隣にあるノーム領が雪に覆われているからだとか。
十分と経たないうちに空を飛べなくなるとは、どうにも不便なものだと感じた俺がそれを言葉にすると、ミトは苦笑いしながら、それこそがアルフの特権なのだと、俺を羨ましそうに眺めていた。
アルファ「因みに、現状アルフに転生できそうな種族って、何処なんだ?」
ミト「そうだな…少し前までは、インプが最大勢力だったんだが、世界樹攻略に失敗したことで、勢力を落としてしまったんだ。…今は、サラマンダーの勢いが凄い。なんでもエンシェントウエポンを全員分揃えようとしているらしい」
アルファ「エンシェントウエポン?なんだそれ」
ミト「…古代武具級の装備のことだ。レプラコーンとして鍛冶スキル関連の熟練度を上げているプレイヤーの中でも、名匠にしかエンシェントウエポンを鍛え上げることは出来ない」
アルファ「へぇー…って言うことは、ミトはエンシェントウエポンを購入しにレプラコーン領に向かったのか?」
ミト「そう言うこと」
アルファ「因みに、エンシェントウエポンって一つ幾ら?」
ミト「モノによって変わるが…大体二十万ユルド前後といった所だろう」
アルファ「…こっちは物価高めだな」ボソッ
ミト「何か言ったか?」
アルファ「いいや、なんでも」
今から向かうレプラコーンの街では、そんなレア物が購入できるというのならば、俺もそっちの方が良ければ武器更新しようかと思って、ミトにその金額を訊ねてみると、なんと二十万ユルドも掛かるらしい。
SAOではオーダーメイド品が一本十万コルであったことを考えると、少し割高な気がして、俺はついつい口を滑らせてしまった。幸いミトには何も聞こえていなかったようなので、適当な返事をしておくことにする。
そしてそれから、もう何度か飛行と徒歩を繰り返しているうちに、やがてレプラコーン領の首都が見えてきた。寒さに耐え忍ぶためであろう石造りの家々が見えてきて、それはまるで、昔ながらのヨーロッパの街並みのようにも見える。街に近づくにつれて、段々と槌音が聞こえ始めた。
アルファ「まるで音楽だな」
ミト「音楽と言えば、音楽妖精のプーカなんだが…PK推奨のこの世界では如何せん不利なものでな。彼らの音楽を聴きに行く為には、プーカ領の首都まで行かないとダメだ」
アルファ「それじゃあそれはまた別の機会に、だな」
ミト「なんだ?私をデートにでも誘ってるのか?」
アルファ「なわけねぇだろ。俺は女の子が好きなんだ。残念ながら、男には興味ない」
街の石畳の通路を歩き、所々で熱くなった金属を叩いているレプラコーンのプレイヤー…は平日のお昼前ということもあって余り居らず、代わりにNPCが武器製作していた。がしかし、エンシェントウエポンを製作できる者が多い、ということもあってか、プレイヤー密度は比較的高めであった。
そんな街中を闊歩しながら、音楽妖精、だなんてものを耳にして、ユナなら迷わずその種族を選びそうだと、そんなことを考えていると、ミトが冗談っぽく笑いながら、俺を揶揄ってきやがった。俺が言葉を返すと、何故だかミトは微妙な表情を浮かべていたが、アレはどういうことなのだろうか。
ミト「ここが私の目指していた店だ。アルファも気に入った武器があれば、購入したらどうだ?一人分ぐらいなら、私もなんとか追加で払える」
アルファ「大丈夫だ。ユルドはある」
ミトが案内してくれた店に入ると、平日のお昼前だというのに、熱心に武具店を経営するプレイヤーが一人と、店内で武器を物色するプレイヤー数人が、小さな店内をごった返しにしていた。こんな光景を見るのは、リズベット武具店に通っていたあの頃以来である。
…今頃リズベットは、楽しく現実世界で生きているだろうか、と懐かしい気持ちを感じながら、俺も店内を物色する。ミトは既に店主にオーダーメイドしてしたようで、柄の部分が白く、鎌の部分は漆黒色に輝く大鎌を受け取る代わりにユルドを引き渡していた。
…ここで色々物色して分かったことなのだが、神代さんからのプレゼントは、やはり性能が優秀だったようで、この店の武器とも張り合えるぐらいの物のようだ。なので、そろそろ重量感やリーチ感覚に慣れてきた武器を無理に変える必要はないのだが…
アルファ「この片手槍を買いたいんだが、いいか?」
「毎度!それは十四万ユルドだけど…ミトの知り合いってなら、十二万ユルドにまけてやる!」
アルファ「そりゃどうも」
俺は大金払って片手槍を一本、購入することに決定した。
その理由は、神代さんから貰ったランスは両手持ちだったので、俺には少し扱いづらかった、という実質的な理由と、やっぱり俺は、サツキとオウガの形見として刀と片手槍は手元に置いておきたい、という精神的な理由から由来しているのだと思う。
しっかり十二万ユルドを払った俺は、メインアームを更新出来たことで、嬉しそうな表情を隠せていないミトと共に、店を出た。
ミト「アルファはどんな防具が欲しいんだ?」
アルファ「俺は…金属が付いていないコート系の装備が欲しい」
ミト「…なら、最近この街で有名なレプラコーンの所に行こうか。なんでもその人は、レプラコーンの癖に鍛冶スキルを選択せずに、裁縫スキルばかり上げているらしい」
アルファ「珍しい奴もいるもんだな」
俺がこの街を訪れた目的を達成するために、ミトに求める防具の基準を訊ねられたので、俺はやはりコート系の装備が欲しいな、とミトにそれを伝えると、ミトが再び案内を開始してくれた。
ミトの隣を歩きながら、街を歩くこと数分。遂に辿り着いた小さな革装備系専門店に、俺達は足を踏み入れた。ミトもここを訪れるのは初めてらしい。
扉を開けると、店内は何処か既視感を感じさせる構造だった。目の前には、レプラコーン割りにはほっそりとした身長高めの店主らしき人物がいる。
「いらっしゃいませー………ア、ア、アルファ君!?」
アルファ「…は?」
ミト「知り合いか?」
アルファ「いや、今初めて会った」
全く知らない人から、いきなり自分の名前を呼ばれたこともあって、俺は呆けた声を上げたのだが、対する店主は開いた口が塞がらない、という慣用表現を体現したかのような様子で、俺の姿に目を釘付けになっていた。
…俺はフードを被っていて、そんなに顔は見えないはずなんだが…人違いだろうか?いや、ならどうして俺の名前を知ってるんだ?などと俺が疑問を溢れさせている間に、店主はこちらに詰め寄り、フードの中の俺の顔を覗き込んできた。
そして──
「…やっぱり、アルファ君じゃないですか!?」
アルファ「…俺はアンタのこと知らないんだけど?」
「なんでそんな悲しい事言うんですか!?僕の声で分かりませんか?」
……声?……確かに、この声は俺が良く耳にしていた気がする…それに、この店の構造と…裁縫スキル…
アルファ「なっ!?お前まさか、タイラか!?」
「やっと気が付いたんですか!そうですよ!タイラです!」
そこでようやく俺はその一筋の答えに辿り着き、あっ!と驚く。俺は旅行先で旧友に出会ったかのような何とも言えない感覚に陥り、思わずタイラと再会を喜ぶ固い握手を交わしていた。…なるほど、だから俺の名前を知ってたわけか。
タイラ「いや~、アルファ君ならこのゲームやってるかと思ったんですけど、やっぱりそうでしたか!生きてたんですね!安心しましたよ!…あれ?ユウキちゃんは一緒じゃないんですか?それとも隣の人が──むぐぅ!?」
アルファ「待てタイラ!…ミト、ちょっと悪いけど、席外してくれないか?」
ミト「…?分かった。外で待ってる」
…こちらの事情を何も知らないタイラに、これ以上ベラベラと話されては、堪ったもんではない。
俺はマシンガンのように質問攻めを開始しようとしていたタイラの口を押え、ミトに席を外すようお願いする。素直に従ってくれたミトには感謝しながらも、ようやく二人っきりになった状況で、俺はタイラを解放した。
タイラ「…ふぅ、一体何なんですか?」
アルファ「…まず、アイツはミトだ。ユウキじゃない。…それに、アイツはSAOには関わってないから、その時の話はあんまり、な?」
タイラ「あぁ、そう言うことでしたか。すいませんね。アルファ君との感動の再会で、思わず冷静さを失ってしまいました」
…なんとか、誤魔化せたか。この様子を見る限り、タイラには俺が好き好んでALOで遊んでいるように見えているのだろう。神代さんとの作戦を遂行するためには、ここでタイラにそれを悟られるわけにはいかない。タイラには悪いが、ここは誤魔化させてもらう。
アルファ「…と言うかお前、今日平日だぞ?仕事は?…ま、まさか…」
タイラ「変なこと想像しないでください。有給ですから」
アルファ「…タイラとも色々話したいことは山々なんだけど、取り敢えず今は急いでるもんでな。何かコート装備を売ってくれないか?」
タイラ「…これなんてどうでしょうか?」
アルファ「サンキュー!やっぱタイラのコートはしっくりくるぜ」
冗談を挟みつつ、俺は本題を切り出すと、タイラがストレージから、俺が当時装備していた深緑色をしたコートとよく似たものを取り出してくれた。
それを受け取った俺は、すぐにそれを装備する。タイラの手掛けたコートを纏うことでようやく、俺はフル装備を整えたような安心感を感じられた。俺がお代に二十万コル程出そうとすると、タイラがそれを制止してくる。
タイラ「それは試作品ですから、お代は結構です。……あまり、無茶し過ぎないでくださいよ?」
アルファ「おいおい、明日は雨が降るんじゃねぇの?…ま、程々に頑張るかな」
タイラには、俺のただならぬ気配が伝わっていたのか、まるでフロアボス戦に臨む前のような心配のされ方をしてしまった。だが、今回は下手しなくても、フロアボス戦よりも厳しい戦いになって来るだろう。俺はタイラに微笑み返してから、去り際にもう一度声を掛ける。
アルファ「そんじゃあ、また遊びに来てやんよ」
タイラ「えぇ、次は是非ユウキちゃんと一緒に」
俺はタイラとあの頃のような気やすい会話を交わしてから、店を後にした。
次回の投稿日は、十二月三十日の木曜日となります。
では、また第103話でお会いしましょう!