~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第103話 罪の鎖

 アルファに店から追い出された私は、約束通り店のすぐ側で待ち惚けしていた。如何やら、ここの店主はアルファと知り合いだったようなので、今頃は話に花でも咲かせているのだろうか。

 …この事実や、初心者であるはずのアルファが何故か十二万ユルドも持っていたことなど、今日はここ最近で一番、驚きと疑念に満ち溢れている一日であることは自分でも理解しているが、中でも一番驚かされたのは、アルファが私と同い年であったことである。

 その発言さえも嘘かも知れないが、もしこれが本当であったのならば、彼が放った「殺し」に関する言葉の重みは、一体何処から由来するのだろうか。

 もしかすると、深澄は彼と同じ学校に通っており、現実世界のアルファと廊下ですれ違っているのかもしれない…とも思ったが、彼はどうやら高校に進学していないということなので、その可能性は無いだろう。

 あの時、ついつい現実世界の彼の人生にお節介を焼いてしまったのは、恐らく彼の触れてほしくない領域にズカズカと踏み入ってしまったのだろうと、あれは自分でも失敗だと思った。何故かは分からないが、やっぱりどうしても彼を放っておけなかったのだ。

 だけど、アルファは思いの外前向きに私の余計な口出しを受け止めてくれて、あまつさえ私のことを優しい人だとさえ言ってのけた。でも私には、それは受け入れ難い言葉でしかない。明日奈を裏切った私に、その言葉を受け取る資格は無いのだから…。

 

 アルファ「悪かったな、ミト」

 

 ミト「…大丈夫だ。話はもう済んだのか?」

 

 アルファ「あぁ」

 

 ガチャリと店の扉が開いたかと思うと、そこから姿を現したのは想定通りアルファであった。しかし彼は、さっきまでの安っぽい革の初期装備とはとは異なり、ディープグリーンのロングコート装備を纏っている。

 相変わらず身バレ防止のためのフードは被ったままだけど、その姿見は、先程までのアルファよりも、何倍も強そうに見える上に、頼りがいがありそうに思えた。

 取り敢えず、この街で一旦昼休憩を取ることにした私たちは、この街にある宿屋へと向かう。最早一度、一緒の部屋に泊まってしまえば慣れたもので、私も消し飛んだユルドを節約するという名目で、彼と二人で一部屋を借りることに決めた。

 客室に到着した私たちは、お互いに椅子にドシリと身を預けながら、ログアウト前に一休みする。……だけど、私はログアウトする前に、アルファにどうしても聞いておきたいことがあって、しかしこんなことを聞くのはどうかとも思ったが、なけなしの勇気と、それについて訊ねたいという衝動に駆られて、私は口を開いた。

 

 ミト「…アルファ」

 

 アルファ「ん?」

 

 ミト「さっきの話に出てきた、ユウキちゃんって誰なんだ?」

 

 アルファ「…俺の恋人だな」

 

 ミト「……まぁ、そんな可愛い顔してたら、恋人が居たとて可笑しくは無い、か…」

 

 アルファ「おい、カッコいいって言えや」

 

 ミト「その顔は明らかに可愛いよりだろう」

 

 アルファ「おいミト!」

 

 ミト「さらばだ。ではまた一時間半後に」

 

 やはり一男性としてカッコいいと言って欲しかったのか、彼は私の発言に撤回及び修正を求めてきたが、私がニヤリと口元を歪めながら、言葉の撤回を拒否する。すると彼は私に飛び掛かろうとしてくるが、その寸前に、私がログアウトしてしまったので、今頃アルファは椅子とぶつかり合っていることだろう。

 現実世界へと意識を取り戻した私は、アミュスフィアを取り外し、単語帳を片手に、誰も居ないリビングへと移動を開始した。一瞬の思案の末、今日のお昼は簡単にパスタで済ませようと考え、その準備をしながら単語帳に目を通しておく。

 

 深澄「……ユウキちゃん、かぁ…」

 

 パスタの湯掻き加減を確かめながら、どんな人かも分からぬその人の名前を、独り呟く。アルファに想いの人が居ると知ったその時、不思議と私の心は痛まなかった。寧ろ、彼に大切な人が居るという事実が嬉しいとさえ感じていた。

 ……本当に、不思議だ。異性と日々を過ごして、これ程にまで楽しいと思ったことは、今までに一度もなかった。女子校であった中学とは違って、共学の高校に進学したことで、それなりに異性から告白されたりすることはあったが、それでも、これ程にまで胸が躍ることは、これまでには無かった。

 その点から考えるのならば、私はアルファを好きになっていた、若しくは気になっている、程度の感情を抱いていてもおかしくはないのだろうが、どうにも私は、アルファのことが好きというわけではないらしい。

 この事実に関しては、その当の本人である私自身でさえ驚いている。もし私がアルファに惹かれていたのだとしたら、彼に彼女が居ると知ったその時に、胸が張り裂けそうな思いを味わったはずだろう。でも、実際はそうならなかった。

 ……なら、私が彼に抱いているこの感情は、好意ではないと言うのならば、一体何なのだろう…。そんなことを考えているうちに昼食を済ませ、洗い物をしてから、残り時間は勉学に充てる。

 待ち合わせ時間の残り五分前となったので、私はキリよく問題を解くの終え、アミュスフィアを被った。接続チェックを終えると、再び私は宿屋の中で目を覚ます。

 

 アルファ「…これ、食う?」

 

 ミト「…貰う」

 

 私よりも少し早めにログインしていたらしいアルファは、私にホットドッグを一つ差し出してきた。なんとなくそんな予感はしていたが、彼はどうやら私がログインしてくる前に、街の何処かで食べ物を購入しているらしい。

 素直にホットドッグを受け取った私は、次は何が貰えるのだろうかと、そんな現金な考えを思い浮かべながら、パクパクっと食べ終えてしまう。

 

 ミト「それじゃあ、これからは世界樹に向けて、出発しようか」

 

 アルファ「ようやく、この時が来たか…」

 

 私の私用も終わったということで、遂にアルファの真の目的である世界樹へと向かうことになった私たちは、レプラコーンの首都を発ち離れて、来た道を引き返し始める。

 ALOの世界ではもう日暮れ時なので、夜間のブーストにより飛行時間が延長されることもあって、行きよりは早くスプリガン領にまで引き返せるだろう。それでも飛行には時間制限が課されているので、飛んでは歩きを何度か繰り返しながら、これならあと九時間ほどで世界樹まで行けるだろうと、私は見当をつけていた。

 そして何度目かの飛翔力の限界が訪れ、アルファに断りを入れた私は草木がほとんど生えていない地上へと降り立ったのだが──

 

 ミト「なにっ!?」

 

 突如として、私が降り立とうとした地上に、何の脈絡もなく巨大な虚空が出現し、飛翔力が遂に途切れた私は、どうしようもなくその大穴へと飲み込まれていく!

 その穴の周囲も良く見てみると、上の方には大きな目玉が二つあり、私を呑み込もうとしている大穴の正体が、巨大すぎるモンスターの口であることに気が付いた。

 私は全く予期できなかったその事実に戦慄を覚えつつも、最早どうすることも出来まい。大人しく死の瞬間を──

 

 アルファ「ミトッ!!」

 

 ミト「アルファ!?」

 

 ──その時、私の頭上に一筋の希望が落ちてきた。ふと上を見上げると、アルファが必死に自由落下していく私の手を掴もうとしている。彼の懸命な呼び声に応えるように、私も必死に左手を伸ばした。

 …掴んだ!そう思った途端に、何故か滞空制限が無い筈のアルファの羽が、強制的に閉ざされた。浮かび上がる筈だった彼の身体も、急速に落下し始める。

 

 アルファ「嘘だろ!?」

 

 そして結局、私達はまるでスターゲイザーフィッシュを巨大化したかのような生物に丸呑みにされ、暗闇へと堕ちて行った。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 アルファ「ミト。ここ何処だ?」

 

 ミト「…さぁ?私もこんなところに来るのは初めてだ。しかも今まで、こんなダンジョンの噂さえ聞いたことは無いぞ」

 

 アルファ「ってことは、ミトの言ってた都市伝説は本当だったんだろうな」

 

 ミト「…そうだな」

 

 私たちの落ちて行った先に待っていたのは、ゲームシステム的な死亡ではなく、薄暗すぎる大空洞であった。光源と呼べるものは無く、光る虫や鉱石が、僅かながら発光しているのみである。

 私は種族的にも暗視効果で周囲の様子が良く伺えるが、彼はダメらしく。私が暗視効果を付与する補助魔法を掛けておいた。アルファが飛べなくなったのは、このダンジョンでは飛行制限が掛かっているせいなのだろう。それ故、あの怪物の口まで飛んで脱出する、という脱出方法は不可能となっている。

 

 アルファ「…取り敢えず、出口探すしかねぇだろ」

 

 ミト「…どうして、私を見捨てなかった。私を見捨てれば、後はもう自分でも世界樹まで行けただろう?」

 

 アルファ「誰かが死ぬ瞬間を見過ごしに出来るほど、俺は冷徹な人間じゃねぇからな」

 

 ミト「…人情に篤いんだな」

 

 アルファ「…どうだか」

 

 アルファから返ってくる言葉はなんとなく察してはいたが、一応確認するようにそれを訊ねると、やはり彼は私の思った通りの答えを返してきた。試しに彼を誉めてみると、彼は照れることも謙遜することもなく、面白くない反応を見せてくれる。

 それから私たちは、時折会話を挟みながら、大空洞から枝分かれしている無数の小道を辿って行った。その先に更なる枝分かれがあって、それらのいずれかが出口に通ずるだろうと、それらを一つずつ調べていく

 しかし、既に四時間が経過したが、一向に出口が見つかる気配はない。時間だけが刻々と過ぎていく。流石に四時間も同じような作業を繰り返していると、私もアルファも疲労が蓄積していき、ダンジョン内に出現するモンスターを倒すのも億劫になってきた。

 

 アルファ「もう半分以上は調べたと思うんだけどな。まだ正解ルートに辿り着けねぇのか」

 

 ミト「よっぽど運が悪いか…何か特殊なイベントを起こす必要があるのか…」

 

 アルファ「後者だったら、最早詰みだぜ…」

 

 二時間ほど前に、アルファが思い付いたように、「ここがあの怪物の腹の中なら、剣でダメージでも与えれば、吐き出してくれるんじゃねぇの?」と妙案を述べ、それを実行するべくダンジョンの構造に向けて剣を突き立てたのだが、結局何も起こらなかった。

 それで得られた情報は、ここがあの怪物の腹の中などではなく、奴に呑み込まれると同時にこの謎のダンジョンに転移させられたのだろう、ということぐらいだ。

 それ以来、私達は闇雲に正解の小道を調べるのみで、なんの打開策も思い付けていない。がしかし、ようやくこの洞穴に変化が訪れた。

 

 アルファ「…雰囲気が変わったな。正解ルートか?」

 

 ミト「取り敢えず、一旦ここで休もう」

 

 今まで私たちの運が悪かっただけで、今回選んだルートが正しかったのか、はたまた知らず知らずのうちに、何か条件を満たしたのかは分からないが、遂に洞穴の奥に、古代遺跡のような石と土で構成された小部屋が見えた。

 罠を警戒しながらもそこに侵入してみるが、何事もなく、そこでやっと一息ついた私たちは、その部屋で腰を下ろした。

 …道中に宝箱も無い。モンスターは出現する。出口を見つけられない上に入場は不意打ち…こんな意味不明のダンジョン、明らかに製作陣の嫌がらせに違いない。折角の世界樹までの予定が狂ってしまったと。私が項垂れていると、隣で腰を下ろしているアルファが、ふと私に訊ねてきた。

 

 アルファ「…そう言えばさ、俺って魔法使えないのか?」

 

 ミト「…多分使えるぞ」

 

 アルファ「マジで!?」

 

 ミト「試してみるか?」

 

 アルファ「試す試す!!」

 

 ミト「まずはマニュアルを開いて──」

 

 流石に少々疲れた様子を見せていたアルファだったのに、自分にも魔法が使えると知った途端に、エネルギーを全回復させてしまったようだ。そんな子供っぽい彼の様子を微笑ましく思いながら、私は彼に、この世界の醍醐味である魔法を教える。

 魔法を発動させるためのスペルをたどたどしく読み上げる彼の様子を眺めるのは、何故だか、何処か懐かしい事のように感じた。簡単な魔法を一つ成功させただけなのに、私の隣で驚嘆と喜びの声を上げる彼を見ていると……

 ……まるで、私がまだ中学生だった時の記憶……放課後の学校の屋上にて、栗色の髪を靡かせる彼女が格闘ゲームのコンボ技を成功させたときの喜び顔を想起させ──

 

 ミト「……ぁ……」

 

 アルファ「ミト?どうした?」

 

 その瞬間、私は雷に打たれたように全身に衝撃が走り、その勢いで立ち上がってしまう。そんな私の様子を不思議そうに眺める彼を、私はもう一度眺めてから──

 

 ミト「……アルファ、私ちょっとだけ用事を思い出したから、少しの間アバター守っててくれる?」

 

 アルファ「お、おう」

 

 彼の返事を聞くとすぐに、私はログアウトボタンを押し、そして最後に、彼に聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。

 

 ミト「──ごめん──」

 

 

 

────────────────

 

 

 

 アルファ「…ミトの奴、なんかあったのか?」

 

 ミトがログアウトしてから数分後、俺は今は魂の宿っていないミトのアバターを守りながら、彼女の用が済むのを待ち続けていた。

 ALOでは、自身の種族のテリトリー、専用のキャンプアイテムの使用、宿屋で借りた部屋以外の場所でログアウトすると、暫くの間その場にアバターが残留するシステムになっているらしい。

 その間は、モンスターやプレイヤーの攻撃対象となるようで、こうして俺が彼を守っていないと、モンスターが出現した際に、彼は無抵抗の内に死んでしまう羽目になるのだ。

 

 アルファ「しかし、魔法っていいよなぁ…」

 

 ミトから教わった暗視の魔法の効果を実感しながら、俺はそう呟く。SAOじゃこの効果の為に、貴重なスキルスロット枠を一つ使用して暗視スキルを取る必要があったというのに、こっちの世界じゃスキルを取る必要が無いという利便性に、俺は大いに感心しているわけだ。

 しかもこっちの世界では、魔法だなんて遠距離攻撃の手段まで、ご丁寧に用意されている。魔法さえあれば、SAOでの総死亡者数だって、もう少し減少していたのだろう。…まぁ、それを見越して茅場晶彦は、SAOの世界から魔法という要素を排斥したのかもしれないが…。

 

 アルファ「…ミト、遅いな…」

 

 彼是ミトを待ち続けて十五分・これは腹痛でトイレに籠ってたりするのだろうか。俺は呑気にそんなことを思いながら、しかしダンジョン内ということもあって、気は緩めず索敵を怠りはしない。

 …そう言えば、ミトにユウキのことを聞かれたのは意外だったな。この世界から脱出して、再び健康的な生活を送れるようになった暁には、ミトにユウキとか、キリトとか…これまで出会ってきた仲間たちを紹介してもいいかもしれない。

 ミトはガードは硬めだけど、中身は良い奴だからな。きっとみんなとも仲良くなれるはず…とそんなことを考えながら、俺はもうしばらくミトを守り続けるのだった。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 ALOの世界から現実世界へ、ミトから深澄へと意識を覚醒させた私は、アミュスフィアを乱暴に取り外し、ベッドの上で仰向けになりながら目を覆うように左腕で視界を遮った。

 

 深澄「……私、最低だ……」

 

 それを言葉にすると、ジワリと目元が熱くなり、温かい涙が溢れ出すのを感じ取る。

 …さっきようやく、私が彼に抱いているこの不思議な感情に、気が付いた。そしてそれが、己の内に潜む最低最悪の感情から由来したものであることにも同時に気が付き、それに耐えられなかった私は、アルファから逃げるように、現実世界へと戻ってきたのだ。

 ……私が、アルファに対して感じていたこの気持ちは……親愛であり友愛、決して恋愛感情には結びつかないものなのだ。だからこそ、彼に恋人が居ようとも、心は決して痛まなかったのだろう。彼が異性であろうと同性であろうと、私には全く関係が無かった。

 

 ──だって、私は彼を……唯一の親友明日奈に重ねて見ていたのだから──

 

 誰かに似ていたと思ったのは、紛れもなく明日奈だった。放っておけないと感じたのは、明日奈に似た焦燥を彼に感じ取り、明日奈にも抱いた守ってあげたいと思う母性を掻きたてられたからだ。

 ……私が以前のように、なんの屈託もなく笑顔を咲かせ、今を楽しいと感じられたのは……明日奈の面影を彼に投影して…親友ごっこをすることで、独り善がりの満足感を抱いていたからなのだのだろう…。

 …本当に、私は最低最悪の救いようのないクズ人間なのだと思う。SAO事件に巻き込まれた明日奈に自ら会いに行き、どれだけ彼女から罵倒されようとも、ひたすらに謝り続けるという、掴もうと思えば掴めた筈のその手を自らの選択で手放しておきながら、未だにこの心の何処かでは、明日奈と親友であり続けたいと思う気持ちがこびり付いているのだから。

 …彼女に謝りに行けば、彼女に拒絶され、そこで唯一の親友を失ってしまうのではないかと、そう思う心が足を竦ませ、行動を起こさせない。…ならば、明日奈に似た誰か…アルファと親友のように接することで、私の心は満たされようとしていたのだ。

 ……私は、明日奈だけでなく、アルファさえも裏切った。彼が見ていたのは、ミトだ。…だけど私がアルファに見ていたのは、明日奈なのだ。私はこの瞬間まで、アルファをアルファとしてではなく、明日奈を映し出す媒介としてしか見ていなかった。これを裏切りと言わずして、なんと言えるのだ。

 失うのが怖くて、現実から目を背けて、仮想世界に逃げた先にその代替を探して、そしてまた失う直前までやって来た。……いや、もう実質的には、失ったも同然だ。…主観的に、自分の歪んだ感情に気が付いたのだから。

 

 深澄「……ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

 涙が、止まらない。泣き声を抑えないまま、私は誰も居ないこの部屋で、ひたすら謝罪の言葉を口にし続けた。こんなどうしようもなく情けない自分を認識し、わたしは最早、自分を嗤うことさえ出来なかった。

 …こんなことをしている暇があるなら、とっとと明日奈とアルファに謝りに行けばいいのに、その勇気は全く湧いて出てこない。

 ……私は、弱いのだ。誰かに拒絶されることを恐れて、何も行動できない。どれだけ勉学が優れようとも、運動神経が良くとも、結局心の弱さが、一番大切なものを失わせる。

 ……もう、アルファにも会わなければいい。彼ならば、独りでもダンジョンを脱出して、世界樹まで行けるだけの実力があるのだから、もうここでお別れしてしまえば──

 

 深澄「そんなの、ダメに決まってるっ……それじゃあ、何時まで経っても成長しないわよッ!!」

 

 また誰かを見捨てようとしていた自分に嫌気がさし、堪らず怒号をあげながら、握り拳をベッドの木製部分に叩き付ける。

 …拳が、ジンジンと痛い。だが、この痛みが私に冷静な思考をもたらす。……やっぱり、どう考えても私には、勇気が出ない。彼の元へ舞い戻ってこの気持ちを伝え、その結果を見届けられるだけの強さが無い。

 …だけど、私ではなく「ミト」ならば…?深澄ではなく、ミトであれば、その勇気を振り絞ることが出来るのでは無いだろうか…そうでなくてはならない。そうでなければ、もう私は立ち上がれない…!

 

 深澄「覚悟を決めなさい。私」

 

 明日奈への裏切りに由来する悔恨から、勇気だけでは余りに足りない行動源をかき集めた私は、再びアミュスフィアを被る決意を固め、ALOの世界へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルファ「お、やっと来たか」

 

 ミト「……」

 

 仮想世界にて目覚めた私は、隣に腰掛けていたアルファの存在を認識し、またログアウトしてしまいたい気持ちに駆られる。しかし何とかそれを制して、大きく深呼吸してから、彼の瞳を見つめた。

 …今だって、この場から逃げ出したい。でも逃げ出せば、もう私は二度と自分を信じられない。…だから、私は口を開いたんだ。

 

 ミト「……アルファ、少し長くなるんだが、聞いてくれないか?」

 

 アルファ「…あぁ、どうしたんだ?」

 

 私のただならぬ表情を感じたのか、アルファはその顔を真剣な表情に移し替えた。…さぁ、もう後戻りはできまい。

 

 ミト「…私は、アルファに謝らなければならない。本当にごめん…」

 

 アルファ「…どうして?」

 

 ミト「…私は、アルファを見ているようで、実は見ていなかった…私は、アルファを媒介として、現実世界の親友に重ねていた。まるでアルファを見ていなかったんだ…」

 

 まずは謝罪の言葉を口にすると、当然彼はその理由を訊ねてくる。そして私は、その悍ましいの理由を嘘偽りなく答えた。彼がどんな表情を浮かべているのかを知るのが怖くて、私は思わず視線を下に向け、いつの間にか癖になっていた三角座りをしながら、彼の言葉を待ち続ける。

 一瞬の静寂の後、彼の口から飛び出した無数の憤怒と蔑むような声色、そして汚物を見るような冷酷な視線──

 

 ──を感じることは無く、意外にも彼の返した答えは──

 

 アルファ「…そんなことか。別にわざわざ謝ることでもねぇだろ」

 

 ミト「そ、そんなことってっ!!私はアルファを裏切ったと言っても過言じゃないのよ!?」

 

 私にとっては意味不明の発言と、彼のキョトンとした表情。それを見た私は、彼に対して私自身を責め立てるよう要求するかのように、自らの行いの罪深さを教え込もうとした。

 だが、それに対して彼は、次なる言葉を私に掛けてくる。

 

 アルファ「んなこと言ったら俺だって、今隣に立ってくれているミトに、いつも隣に居てくれたユウキを重ねてる時もあるんだぜ?」

 

 ミト「……それはっ!プラスの意味で置き換えてるだけだから、別にいいのよ!!でも私は、それでアルファを傷付けたから──」

 

 彼が私をそんな風に見ているとは知らなかったが、私は言葉に詰まりながらも反駁しようとした。がしかし、その言葉を言い終える前に、彼が更に言葉を続ける。

 

 アルファ「俺は別に傷付いていない。それに、プラスの意味で置き換えてるって言っても、それは俺にとって、だろ?ミトだって、ミトの背後にユウキを見ている俺のことを知ったら、悲しむかもしれない。じゃあ逆に聞くけど、ミトはこれを知って傷付いたか?」

 

 ミト「……傷付いていない…」

 

 アルファ「だったら、俺もミトも、何も傷付いていない。それで充分だろ?」

 

 ミト「……」

 

 アルファ「…わざわざそんなことを謝ろうとするなんて、ミトはやっぱり優しいんだろうな」

 

 ミト「っ!?それだけは、絶対に違うっ!!私は優しくなんかないのよッ!!」

 

 彼の組み立てた真っ当な理論に、私は感情任せにでも何も言い返せなかった。つまりそれは、心でも頭でも、私はアルファの言葉を認め、理解したということ他ならない。

 だけどそれでも、彼が放った次なる言葉だけはどうしても受け入れられず、少し前から崩れ去っていた口調を直すこともなく、私は叫び返す。そのなりふり構わない私の様子を見たアルファは、真剣でありながらも穏やかな表情を浮かべ、私にそれを促した。

 

 アルファ「…なら、どうしてミトは自分を優しくないって言うんだ?…吐き出してみろよ。お前が腹の中に抱えてる気持ちを」

 

 ミト「……わ、私はっ……唯一、私と仲良くしてくれていた親友を…裏切ったのよ…」

 

 …こんなことを、彼に話したところで、最早どうこうなる話ではない事など、私自身でも分かっていた。だが、一度少しでも、本当の感情を吐き出したせいか、いつもなら凝り固まって動かないはずの口が動き、内に秘めたる私の罪は灰と化すことなく、言葉となって口から出てきた。

 私の罪の告白を耳にしたアルファは、何も口を挟むことなく、目線で私に言葉を続けるよう訴えている。

 

 ミト「…その親友は、中学生の頃の友達で…でも今は、もう会ってない。…それは、親友がSAO事件に巻き込まれたから。…だけど、その親友がSAOを始めるきっかけになったのは、ベーターテスターだった私がSAOに誘ったせいで。…私は、偶々サービス開始日にSAOにログインできなかったけど…その子は……」

 

 私はぎこちない喋り口で、しかし確実にアルファに伝わるよう、丁寧に言葉を続けた。その途中に、一瞬アルファの眉がピクリと動いたのが何故なのかは分からない。

 ……この気持ちを、誰かに伝えるのは初めてのことだ。ずっと、胸の奥深くで暴れ回り、心を抉り続けたその元凶が、ようやく一度外に出て行ったことで、私の心は少しだけ楽になった気がした。…だが、まだ肝心のことは伝えていない。私は一度大きく深呼吸してから、再び口を開く。

 

 ミト「…だから、私のせいで親友は人生を台無しにして…私は、そのことについてちゃんと謝らないとダメなのに……行けなかった。親友の眠る病室に、一度も行けなかった。…最初は、輝かしい未来を歩んで行けたはずの親友が、自分のせいで死ぬ瞬間を見るのが怖かったから。…でもSAOがクリアされた今は、親友に絶交されるのが怖いから……そんな自分本位の我儘で、私は親友に会いに行けてないの…」

 

 アルファ「……」

 

 アルファは、私の醜い心の内を目の当たりにして、何も言えなかったのだろう。私の話に耳を傾けるだけで、何も言葉を掛けてこない。…だけど、それでいい。それでいいんだ。だって、だって私は──

 

 ミト「私は、裏切った。裏切って裏切って裏切り続けた。何度でも親友の元に行けたはずなのに、私は一度も行かなかった。……私は、今だってアルファに親友を重ねて、彼女に謝った気になろうとしてるのよ…本当に、私はカスみたいな性格してるわ…仮想世界の私は、やっとのことで勇気を振り絞れたけど…きっと現実世界の私は、一生勇気を出せないまま、親友を見捨て続けることに──」

 

 …そう、今この瞬間だって、アルファと明日奈を重ねている自分に気が付き、この期に及んでやっぱり、何処までも最低であり続けた私は、自己嫌悪のスパイラルに陥って、そんな気持ちに流されるままに、負の感情を吐き出し続けようとする。

 

 アルファ「──自分を、否定するな」

 

 だがその寸前に、アルファが静かな、しかし強い芯を感じさせる一言を私に向かって放ち、それによって不思議と、私の感情の奔流も収まりを見せていた。

 

 アルファ「……一つだけ聞きたい。ミト、お前は今でも、その親友君に謝りたいと、親友君と仲良くしたいと、そう願ってるのか…?」

 

 ミト「……そんなの、そんなの思ってるに決まってるじゃないっ!…だけど、それだけの勇気が現実世界の私には──」

 

 アルファ「──「ぶつからなきゃ、伝わらない事だってある」いつまでも逃げてるんじゃなくて、どんだけ怖くても、実際にその親友君に気持ちをぶつけないと、何も始まらないんだと思うぜ?…まぁ、これユウキの受け売りなんだけどな」

 

 ミト「…確かに、そうかもしれない。だけど!だからこそ!!その為の勇気が私には無いのよ!?どうしてそれが分からないの!?」

 

 …分かってる。アルファの言いたいことも分かっている。だけどこの約二年間の間、それが出来なかったから、今の私がこうして存在しているのだと、私はアルファに切羽詰まった感情をぶつけようとしていた。

 しかしアルファは冷静に、私に気を静めるよう求めてくる。いつの間にか肩で息をしていた私も、一度冷静さを取り戻すよう、熱くなった頭を落ち着かせる。

 

 アルファ「…んで、こっからは俺の経験則に基づく考えなんだけど……現実世界だろうと仮想世界だろうと、その人の本質は何も変わらないんだ。どっちの世界で生きていても、その人が本気で生き抜く以上、その人の根幹は揺らがない」

 

 ミト「…どういうこと?」

 

 アルファ「ミトはさっきから、仮想世界では勇気が出た、現実では無理だ、なんて言ってるけど、それは仮想世界のミトだから出来たことじゃねぇってことだ。こっちで勇気を振り絞れたんだから、現実世界のお前だって、変わらず勇気を振り絞れる。昔のお前に無理だったことも、今のお前になら出来る。現実世界が、仮想世界が、だなんて関係ない。リアルでもバーチャルでも、ミトは変わらず総じてミトだ」

 

 ミト「……どっちの私も…同じ…?」

 

 アルファ「あぁ、その通りだ。本質は変わらない。どっちの世界のミトも、親友君に想いを伝えられるほど勇気を振り絞れるよう成長したんだ。裏切って悪かったと思うなら、謝りに行けばそれでいい。ミトは自分が裏切ったんだって自覚出来るだけ優しくて、謝れるだけの勇気だって手に入れた。もうなんの心配もすることは無い」

 

 ……仮想世界であろうと、現実世界であろうと、その人はその人のままである。アルファがその瞳に宿る強い想いと共に放ったその言葉は、私の胸に深く突き刺さった。

 ……そっか、そうだったんだ…私は「深澄」であり「ミト」でもある。決して、勇気を持っていない弱い「深澄」と勇気を手に入れた「ミト」の二人が、二つの世界を隔てて乖離しているわけではないのだ。当の本人が全力でその世界を生きている以上、深澄とミトはどちらとも、「私」の一部なのだ。

 …だから、もう迷うことなんて、逃げる必要なんて無かったのだろう…私が探していたものは、こんなに近くにあったのだから。…自分では届かないような、遠く遠くに存在するものだと思って、盲目のままに腕を伸ばし続けていたけれど、本当は、もう最初からそれは手元にあったのかもしれない…。

 私の中に、欠けていたピースが今、完全に埋まったのを感じる。深澄もミトも、そのどちらもが私…だから、今の私ならば、どんな結果の終わろうとも、明日奈に罪を告白出来るだけの勇気がこの手の中に…あるんだ…。

 

 ミト「…フフッ…こんなに、単純な話だったんだね…どっちの世界の私も私…なんで、気が付かなかったんだろ…」

 

 アルファ「…灯台下暗し。大切なことは、自分以外の誰かに照らしてもらわないと、案外見つけられないもんなんだ」

 

 ようやく探していた答えを見つけ出した私は、自然と笑みを綻ばせていた。でも、視界は嫌に歪んでいて、今自分がどんな表情をしているのかは、想像もつかない。…表現するなれば、泣き笑っているといった所なのだろうか。

 見つけた答えをもう二度と手放さぬよう、それを掴むように私は目の前に右手を伸ばし、掌を丸める。そんな私に対してアルファが掛けてきた言葉は、何処か深みを感じさせるものだった。

 ……なんて言ったら良いのかは分からないけれど、アルファが真剣になって放つ言葉は、どれも一つ一つに、重い意味が込められているように感じさせられる。そんな彼が同い年など、本当に信じられない話だ。

 

 ミト「…アルファ」

 

 アルファ「…なんだ?」

 

 ミト「どっちの世界の私も、私なんだよね?」

 

 アルファ「そうだ」

 

 ミト「…だったら、私が本当は女の子よ、って言ったら、どう思う?」

 

 アルファ「…は?…あ、あぁ!ミトは中身は女の子な人なのか!そう言うのは、本人の自由だからな!イイと思うぞ!」

 

 ミト「違うわよ。実は私、性別が女性なの」

 

 アルファ「……へ…?」

 

 …本当は、自ら性別を明かすつもりなど無かった。だが、彼の放った言葉の意味に感銘を受けたのと、見かけによらず中々に大人びているらしい彼の意外な反応を見たくて、私はつい自分が、性別を偽って男性アバターを使用していることを暴露してみたのだ。すると思った通り、彼はカチンと固まってしまう。

 

 アルファ「……い、いや…だってミト…男じゃん。見た目も声も」

 

 ミト「これはアバターよ。声は変声機使ってるの。…ほら、中身はピチピチの女子高生。解った?」

 

 アルファ「……あ~あ!アバターな!はいはい!」

 

 アルファ「…その設定、完全に忘れてたぜ…」ボソッ

 

 アルファ「俺とか、リアルそっくりだからなぁ…」

 

 ミト「え!?アルファってリアルの見た目のそんな感じなの!?」

 

 私は彼に本当に女性であることを証明するために、一度だけ変声機を外したハスキーな地声でアルファに喋り掛けると、アルファは何かを思い出したように私の言葉に納得し、そして付け加えるようにリアルの情報を垂れ流した。

 いつもはスルーするその情報も、今回は余りに衝撃的過ぎたので、私も思わず反応してしまったのだ。

 

 アルファ「…まぁ、髪色と眼の色、耳の形以外は概ね…」

 

 ミト「…か、かなりの美形ね」

 

 アルファ「うるさい。イケメンと呼べ」

 

 ミト「無理よ。可愛い男の子じゃないっ」

 

 アルファ「テメェ!!もう一回言ってみろっ!!」

 

 ミト「フフフッ…」

 

 どうやら、その可愛い顔にちょっとしたコンプレックスを抱いているらしいアルファをおちょくると、彼は本気で憤慨したような表情を浮かべてくる。それに心の底から笑いながら、私は彼を眺めた。

 ようやく、大切なことに気が付けた私は、誰かの望む「深澄」ではなく、私の創り上げようとした「ミト」でもなく、確かな私自身として、本当に久し振りに、極自然な笑みを表情として浮かべられていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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 では、よい年越しを!
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