ミト「アルファ!広範囲魔法!」
アルファ「了解!」
背後から飛んできたミトの指示に従い、俺はボスから大きく距離を取る。その僅か一秒後には、俺が元居た場所を中心として、巨大な火属性の爆発魔法がドーム状に炸裂した。吹き荒れる熱風によって、肌が焼けるような感覚を味合わされる。
それを放った魔導士風のボスは大技の反動で動けないようなので、俺もミトも、ボスに猛攻を仕掛けに向かった。俺は両手剣で的確にボスにダメージを蓄積させ、ミトはインプが得意とするらしい闇魔法を詠唱し、ボスの足元から闇色のトラばさみを出現させ、ボスの右脚を噛み砕かんとする。
このボス戦も大詰めを迎えており、あともう一度ボスとの攻防のやり取りを交わせば、ボスの体力を削り切ることに成功するだろう。反動から復帰したボスは、巨大な岩石を鋭利に繰り抜いた岩片を俺達に向かって放ってくるが、俺もミトも華麗に躱す、躱す、躱す。
ボスの懐まで詰め寄った俺達は、それぞれの得物で鮮やかな剣舞を繰り出した。それによって、遂にボスの体力はゼロへと至り、俺達の目の前から、ボスの姿が消滅した。
ミト「お疲れ、アルファ」
アルファ「おう、ミトもお疲れ」
この一日半の間で、最早恒例となってしまった拳を突き合わせる勝利のルーティンを行ってから、俺達はボス部屋の奥にある階段へと足を進めた。その構造は、まるでアインクラッドのフロアボス戦を想起させる。
彼の悩みを解消したその後、ダンジョンの深奥へと再び進み始めた俺達は、その先にダンジョンボスと遭遇し、そして打ち破ったというわけだ。
魔法を主体に闘ってくるボスとの交戦はこれが初めてだったが、なんとか切り抜けることが出来た。それは、心の中で燻っていたミトのわかだまりが解消された影響か、彼の動きがこの上なく流暢になったお陰なのだろう。
ミト「アルファ、どうやらこの階段、地上に続いてるらしいよ」
アルファ「…やっとだな」
ミト「流石にここで時間食い過ぎたわね」
アルファ「…なぁ、ミト…」
ミト「何よ?」
アルファ「…もう口調戻してもいいんだぜ?そのアバターとその声で女の子っぽい口調は、似合わねぇんだけど…」
ミト「…それ、差別発言じゃない?」
アルファ「いや、そういう意図をもってるわけじゃなくてだなぁ…」
ミト「解ってるわよ。でも、どっちの世界の私も、同じく私なんでしょ?……まぁ、アルファがそう言うなら、こっちの口調に戻してもいいが…私は、ミトも結構気に入ってるもんでな」
アルファ「もう好きにしてくれ」
彼の口調が以前から俺の知るミトへと戻ったことで、俺もようやく、何処かズレたリズムを取り戻せた気がした。
…ミトが内に何かを抱えているのは、なんとなく察してはいたが、まさかこれ程までに闇深いものだとは、流石に思いもしなかった。なんとか捻りだした俺の言葉によって、ミトは自分自身で気付きを得られたようだったが、もし俺が、SAOに囚われていなかったのならば、仮想世界に居ようと現実世界に居ようと、その人の核心は何も変わらないということには気が付けていなかったのだろう。
俺はあの世界で二年間を生き抜き、様々な人と出会い、その果てにようやくそのことに気が付いたのだ。どちらの世界であろうとも、人は毎日を生きるために、一所懸命になる。その瞬間だけは、世界の隔たりなど全く関係が無いのだ。人は必死に、その一瞬の為だけに、己の命を燃え輝かせる。
…そういう意味では…ミトに纏わりついていた懊悩の解消に役立ったという面では…SAOに囚われたこともまぁ、悪くは無かったことだったのかもしれない。
…そもそも、SAOに囚われなければ、ミトと出会うことは愚か、ユウキやキリト、タイラにだって出会うことは無かったのだろう。無論、全ての出来事が俺に幸福をもたらしたわけではない。記憶を美化するつもりもない。だが、尊ぶべき点は、しっかりと尊重するべきなのだと、俺はそう強く思う。
……しかし、彼…改め、彼女。ミトがまさかの女の子であったという事実には、流石に度肝を抜かされた。最初こそ、心は女の子な男子高生だと勘違いしていたわけだが、彼女が変声機を外して放ったあの低めだが、確かに女性のものだと断言できる声色によって、俺はようやく、ミトの中身が女子高生であることを理解したわけだ。
…この二年間、アバターなんて便利ものは存在しない世界で生きていた俺は、その存在をすっかり忘れおり、てっきりミトはこの姿見で、現実でも男子高生なのだと思い込んでいたのだが、そういう訳ではなかったようだ。
……というかそもそも、そりゃ中の人が女の子なら、抱き着いたら普通にキレるし、同じ部屋に泊まるのにも動揺するだろうし…一緒に風呂に入ろうだなんて言ったら、勿論腹パン喰らうのも、十分すぎるほどに納得がいった。
…え?これって浮気?もしかして俺、ユウキに怒られる?…待ってください。流石にノーカンでしょうこれは…と、俺は別の意味で若干の焦りを募らせながら、ふと疑問に思ったことをミトに訊ねる。
アルファ「そういやミトって、なんで男性アバター選んだんだ?」
ミト「…そうだな。こういうゲームの中では、女性というだけで厄介ごとに巻き込まれる可能性が跳ね上がるのと…私自身が別の誰かになりきることで、少しでも現実世界での自分を忘れたかったのかもしれない」
アルファ「なるほどな。やっぱりこういうゲームをプレイする男女比率は、相変わらず偏ったままなのか」
SAOの頃からなんの進歩もしていないらしい男女比の偏りに、俺は何とも言えない落胆感を抱きつつも、ミトは仮想世界でアバターを通すことによって、仮面を身に付けようとしていたらしいことを今初めて知った。
しかしその仮面なんてものは最初から存在しないのだと、仮面を剥がすという正攻法ではない、寧ろその概念そのものを真正面から破壊する無茶苦茶なやり方で、ミトのしがらみを解き放ってしまったことに、俺は今更ながら気が付いた。
…まぁ、今回はそれでうまくいったから結果オーライなのだが、一歩間違えれば、ミトが更に心を塞ぎ込んでしまうという取り返しのつかないことになっていただろう。
アルファ「…それで、ここは何処なんだ?」
ミト「…マップ情報によると、レプラコーン領の中心だ。私達がダンジョンに強制入場した座標と、あまり変わりはない」
アルファ「オーケー。今度はあの怪物に呑み込まれないように、気を付けて行こうぜ」
ミト「了解だ」
結局、有限である時間をある意味では無駄に、一方では非常に有益に費やした俺達は、取り敢えず、レプラコーン領の最南端にある中立都市へと戻るべく、羽を広げた。一時間半ほど空と陸の移動を続けて、ようやくレプラコーン領最南端にある中立都市に戻ってくる。
時刻は午後八時。中身が女の子だと知った今、流石に同じ借り部屋に泊まる気にはなれなかったので、しっかりと二部屋取って、それぞれが客室へと向かって行く。お互いが部屋に足を踏み入れる寸前に、ミトが声を掛けてきた。
ミト「アルファさえ良かったら、この後休憩を挟んでから、全力で<喚呼の巌窟>に突入して、その道中の中心にある中立都市まで行けそうだけど…それを決行すると午前二時ぐらいまで掛かるんだ…どうする?」
アルファ「俺はそっちの方が良いけど…ミトは大丈夫なのか?明日も平日なんだろ?」
ミト「問題ない。明日は創立記念で学校が休みだから」
アルファ「最高じゃねぇか」
ミト「まぁね…それじゃあまた二時間後」
アルファ「おう」
晩御飯休憩という意味も兼ねて、俺達はここで一旦解散することにした。…まぁ、勿論俺は現実世界には戻れないので、今からこの街のレストランに行くのだが…。
ミトが部屋に入って行くのを見送った俺は、宿屋を後にして街へと繰り出す。…ミトが女の子だということは、頭では理解しているのだが、俺が最初から男の子だと思って接していた以上、どうにもミトに対しては、男友達と同じような扱いをしてしまう。
…でも、別に本人は気にしてないようだし、どうだっていいか…。今回は、ミトになんのお土産を買って帰ろうかと、街にひしめく数々の屋台を眺めながら、俺は夜の帳が落ち始めた街を、一人歩いて行った。
────────────────
…こんなに気分がいいのは、一体いつ以来だろう。ALOの世界からログアウトした私は、すぐに自室から飛び出し、瞬く間に晩御飯を作り終え、いつもと比べると少し遅めの晩御飯を頂いてから、今はお風呂の中で、珍しく鼻歌交じりに浴槽に浸かっていた。
アルファに自分の気持ちを曝け出して、そして自分が手にしたかったものをようやく見つけ出してから、やけに身体が軽く感じる。それは、鉛のように重たい拘束具から解き放たれたような錯覚を感じるほどだ。
…アルファを世界樹にまで案内した暁には、彼にフレンド申請をしよう。彼に明日奈の姿を重ね合わせることを辞めた今でも、私にとってアルファは、明日奈同様大切な友として、強く認知されている。
…それも当然だろう。だって彼は、今後の私を左右するほど大事なことを教えてくれたのだから。お風呂から上がった私は、残り時間を勉強に充てた。いつもよりも上手く集中できて、難解な問題に挑むことさえも、愉快爽快に感じてしまう。
深澄「…そろそろ、ログインしようかな」
丁度残り五分で一区切りついた私は、今までの傾向的にもう既にログインしているであろうアルファの元へと急ぐべく、勉学を切り上げた。アミュスフィアを被り、こちらの世界とあちらの世界を繋ぐ言葉を唱える。
…今回は、アルファはどんな食べ物を用意してくれているのだろうか。そんなことを若干楽しみにしながら、私は約束の三分前に、ALOの世界へログインしたのだった。宿屋の一室で目を覚ました私は、徐にドアを開けると、廊下にはやはり、アルファがコロッケっぽい揚げ物を片手に私を待っていた。
アルファ「コロッケいるか?」
ミト「…いる」
アルファ「ん」
これで何度目かも忘れてしまった定型文的なやり取りを交わし合い、私はアルファからコロッケを受け取った。
…うん。スパイシーなタイプのコロッケね。美味しいな。アルファが宿屋の外へと向かって歩き出したのに合わせて、私もそれに倣った。街の外に出る頃には、コロッケも無くなっており、それを包んでいた紙も、耐久値が尽きたように消滅してしまった。
アルファ「ミト、こっから例の洞窟までは、案内頼むぜ」
ミト「任せてくれ」
彼に促されるままに、私達は羽を開いて、空を舞い始める。…ここから世界樹に至るまでの最短ルートは、スプリガン領の西部にある<喚呼の巌窟>を通り抜けるパターンだ。その洞窟の入り口までは、モンスターと数回エンカウントすることも考慮すると、所有時間は凡そ二時間程度だろうか。
私達は、空の旅、陸の旅を繰り返し、レプラコーン領からスプリガン領へ移動し続ける。そして段々と、夜の闇の中だと余計に目立つ、世界樹とその周囲の大地を隔てる白い山脈が見えてきた。
ここまでの所有時間は、二時間掛からなかったぐらいだ。白い山脈に、ポッカリと大きく空いた空洞を見つけるも、そこで私の飛翔力に限界が訪れ、どうやら洞窟の手前までは飛んで行けなさそうだった。仕方なく地上へと降り立った私たちは、スプリガン領に広がる森林地帯と山岳部の境目に近づいて行く。
アルファ「──ミト、待て」
ミト「…アルファ?どうしたんだ?」
不意に、隣を歩いていたアルファが、私の身体の前に右手を差し出し、私に動きを制止させる。しかし、モンスターが出現するわけでもなく、辺りはシンと静まり返るばかりだ。
…私の索敵スキルにも、何も引っ掛からないし…一体、どうしたのだろうと、私はアルファに声を掛けてみたのだが、アルファは表情を険しくしたまま、途端に叫んだ。
アルファ「……お前ら、出てこい!待ち伏せしてんのは分かってんだぜ?」
ミト「え…」
アルファが誰も居ない虚空に向かって叫んだかと思うと、木陰やら岩陰から、ゾロゾロとプレイヤー達が姿を現し始めた。
…多い。その数、パッと見ただけでも二十名余り。この大人数で待ち伏せしているとは、一体何事なのだろうか。しかも解せないのは、その待ち伏せしていたらしいプレイヤー達の種族が、一方はウンディーネ、もう一方はスプリガンと、相容れないはずの他種族間でのレイドなのだ。
…しかし、私の索敵スキルもかなりも熟練度だというのに、彼らのハイディングを見破れなかったわけだが、どうして彼にはそれが出来たのだろう。こちらを伺う視線さえなかった筈だ。
アルファ「…俺達はその向こうに用があるんだ。まさか俺達の邪魔はしないだろう?」
「…いいや、寧ろ待っていたのは君だ。……なぁ、どの種族とも違う見た目をしているそこの君」
アルファ「…何の話だ」
「僕はね、つい昨日に、仲間から聞いたんだよ。白銀色のプレイヤーが、ウンディーネ領からスプリガン領へと向かって行ったって」
アルファ「…」
アルファがそこを通すよう要求すると、一歩前に出てきたウンディーネの青年が、ターゲットは正に私達であったという衝撃の事実を述べた。
「何故!?」という私の疑問に答えるように、昨日アルファと出会ったあの場所で交戦したウンディーネ達が、この情報を彼らに伝えたことをご丁寧にも教えてくれる。
…確かに、あの時のアルファはまだ、身バレ防止のフードを被っていなかった。翼を見ずとも、その見た目から違和感を感じるのも当然だろう。
「それでね、僕は考えてみたんだ。一体君は何者なのだろう、と…そして、気が付いた。恐らく九種族のどれもに当てはまらない種族ということはそれすなわち…アルフ、これしかない」
アルファ「…」
「恐らく、君は何かしらのクエストで、アルフに仮転生でもしたのだろう。そして、そのまま世界樹へと至れば、見事グランドクエストを省略して、君の元の種族纏めてアルフに転生完了…そう考えた僕は、試しに喚呼の巌窟の前で待機してみたんだけど…どうやら、このぶっ飛んだ仮説が当たっていたみたいだね」
アルファが如何にしてアルフになったのかは、私も、彼がログインしたらいきなり、としか聞いていないものだから、何も言い返せない。
隣にいるアルファも、弁解のしようがないのか、何も言わない。その内に、今度はスプリガンのリーダーらしい巨漢が一歩前に出てきた。
「…俺達は、偶々ウンディーネ達がここに張り付いてるのを見つけてな。何事かと駆け付けたんだが…訳を訊ねたら、アルフ転生クエストだと聞いたってことだ。俺達も、他の種族がアルフになる瞬間を見す見す見送るわけにはいかないんでな。故に、今は一時的にウンディーネ達と共同戦線を張っている」
「お前が助かる方法は、一つだけだ。それは、お前がウンディーネかスプリガンである場合、元の種族を明かし、それを証明する。それ以外の方法は──」
アルファ「──俺は元からアルフだ。ウンディーネでもスプリガンでもねぇ」
ミト「ア、アルファ!?」
「…そう言うってことは、もうここで殺されても文句は言えないよ?」
「…見たところ、かなりいい装備も持ってるようだ…これは殺し甲斐がある」
まさかまさか、この場で約二十人のプレイヤーを敵に回すという選択肢を選ぶとは思っていなかったので、流石に私も、彼の無茶ともいえる選択肢に、先程以上の衝撃を受ける。
…アルファ、どうするの!?既に二十人ほどのウンディーネ及びスプリガンは臨戦態勢に移っており、それぞれが魔法の杖やらロングソードやらを引き抜いてしまっていた。私は彼に「何か作戦は無いのか」それを訊ねようとした。
しかしその時──
アルファ「……」ザッ
不意に、彼が一歩足を踏み出した。
────────────────
「嫌な予感」というSAOの世界で培ってきた第六感が働き、待ち伏せを確認してみたのだが…よもや、二十人程もプレイヤーが居るとは思いもしなかった。しかも狙いはまさかの俺のようで、ウンディーネでもスプリガンでもない俺を見逃すという選択肢は無いらしい。
一瞬、適当に嘘でもついてスプリガンとウンディーネを仲違いさせようと思ったのだが、それも出来なさそうだし、こっちの世界の知り合いは、インプのミトとレプラコーンのタイラだけなので、どっちに頼っても意味が無いと判断した俺は、嘘をついても時間を無駄にするだけだろうと、洞窟の前に立ちふさがる肉壁を強行突破する方針に切り替えた。
……最早ここでは、殺さないだなんて甘いことは言ってられないだろう。だからこそ、俺は本気で彼らの命を奪いに行く。一度瞼を閉じて、一気に精神を集中させた俺は、今一度、彼らに問うた。
アルファ「……テメェら、さっきから殺す殺す言ってるけど…本当に人を「殺す」覚悟、持ってんのか?」
「「…っ…!?」」
俺が一歩前に出て、それを静かな声で問い掛けると、彼らは怪物を見るかのような目で俺を見つめ、怖気づくように一歩引いた。
アルファ「……言っておくが、今から俺は、お前らを「殺す」。どんなに泣き喚こうと、最後の一瞬まで容赦はしない──」
俺が更にもう一歩詰めると、彼らは更に一歩引く。……だが、数人その動きが遅れた者が居た。俺はそれを見落とすことなく、同時に飛び出し、腰に差した刀を素早く抜刀した。
アルファ「──死ね!」
俺の放った、極短い言葉を皮切りに、一対二十余りの殺し合いの幕が上がった。俺は即座に一人のプレイヤーの目の前にまで移動し、斬り上げるようにその首を落とした。そのプレイヤーは断末魔を上げる暇もなく、リメインライトへと移行する。
そのプレイヤーの隣にいたランス使いは、脳天をかち割るように刀でその身体を一刀両断し、死亡させる。続けて一人、二人と斬り殺しているうちに、例え疑似的とは言え、彼らには死の恐怖が伝播していったようだ。
「うわあああぁぁ!?」
「く、来るなッ!?」
「助けてくれッ!!」
途端に逃げ惑う彼らを、俺は無慈悲にも背後から切り刻み、若しくは殴り蹴飛ばし、或いは投げナイフでダメージを稼いでおく。
…この程度の心構えで、戦場にやって来るなど言語道断だろう。彼らは結局数を揃えただけで、全くもって歯ごたえも手ごたえも感じられない。彼らに呆れと失望、そして落胆感を抱いた俺は、もう終わらせてしまおうと更に苛烈に剣を振るおうとしたのだが──
「落ち着けお前ら!!陣形を整えろ!!相手は一人だ!!」
数人出来る奴が居たのか、そいつらを中心に、戦意喪失寸前だったプレイヤーが叱責を受け、彼らは己を奮い立たせ、集団を作り始めた。後衛に魔法使いを配置し、そいつらを排除したい俺を足止めするように、数人の近接ファイターが行く手を塞ぐ。
俺一人に向かって来た何本もの刃を全て躱すことは勿論出来ず、所々に剣を掠める。だが確実に一人ずつ葬り去っていくも、その間に水属性の魔法が飛んでくる。ホーミング性能が付いているのか、躱そうにも躱し切れない追尾魔法もあるようだ。
そういう魔法は剣の腹で受け止め、何とかやり過ごすも、水魔法特有らしい水に溺れるような息苦しさと窒息感が、俺を襲う。タンクと遠距離攻撃が出来る後衛…まだ魔法を使えない俺に対しては、完璧なる陣形が築き上げられていた。
…だが──
アルファ「遅い」
アルファ「甘い…」
アルファ「弱い!!」
空いている片手でポーションを呷りながら、そろそろ慣れてきた彼らの遅すぎる剣を完璧に躱し続け、お返しにに斬り刻む。死を恐れた一人のスプリガンには思いっ切り腹パンを捻じ込み、その腹部に感じ取った圧迫感に硬直した彼を、追尾魔法の弾除けに使う。そいつが死ぬ寸前に後衛に向けて投げ込み、それと同時に魔法部隊を荒らし回った。
……足りない。まるで足りない。全く及ばない。…俺は仮にも、SAO最凶と謳われたPoHとの死闘に勝利し、SAO最強の名を恣にしたヒースクリフを打ち破ったのだ。例えそれが、不正ありきの物であったとしても、確かに俺自身が、彼らを殺した。故に、この程度の有象無象に敗北していては、彼らの顔に泥を塗ることになってしまう。…ならば、俺は絶対に負けられない。
アルファ「オラオラオラァ──ッ!!弱ぇんだよテメェらッ!!その程度で!俺の邪魔してんじゃねぇッ!!」
蹴り、殴り、斬り込む。俺の熱気に充てられた彼らは、悪夢に溺れるように絶叫しながら死亡していく。遂にその数を残り十人程にまで減らしたウンディーネ・スプリガン連合部隊は、目の前に迫ってきた俺に対して顔面蒼白になり、俺から逃げるように空を飛んだ。そして─
「撤退!撤退だ!!」
その言葉を待つこともなく、生き残った彼らは一目散にこの場から飛び立ち、遅れてその一人もこの場を去って行った。そうして、この世界での初めての殺し合いは、終幕を迎えたのだった。
────────────────
それは、まるで闘いとは呼べないものだった。言うなれば…虐殺…そうとしか言いようがない程に、開戦した闘いは、無情なまでに一方的なものであった。彼は鮮やかに戦場を舞い、バッタバッタと敵を切り伏せる。足を止めることは無く、流暢に戦場を踊り続けていた。彼はプレイヤーをほぼ一撃で倒し切り、辺りに青と黒のリメインライトを輝かせる。
よくよく見てみると、彼は決して、動きが速過ぎる訳ではなかった。だが、その動きが異常にまで洗礼されており、故に誰も彼を捕らえられないのだ。一度持ち直したかに思われた戦況も、彼の圧倒的な実力により、完膚なきまで叩き潰されていた。
それを可能とするのは…殺気。そう、彼が戦闘を開始する寸前に放ったあれは、殺気そのものだったのだろう。この世界で最強と呼び名の高いユージーンが放つ威圧感とは違う…命を磨り潰すために魅せる気配…彼は、それを放ったのだ。それを向ける対象ではないはずの私でさえ、若干彼に恐怖を抱いてしまったのだから。
アルファ「……終わった、か…」
今となっては敵が消え去った戦場の中心で、彼は小さくそう呟くと、途端にその場で跪き、そして祈りを捧げるように黙祷を行っていた。私は彼の様子に呆気に取られていると、黙祷を終えた彼は、穏やかな微笑を浮かべながら、こちらに向かってくる。
アルファ「いや~、案外何とかなるもんなんだな」
ミト「…」
その表情は、まるでつい数刻前の殺気立った様子を感じさせないものであった。私は彼に何と言葉を掛けるべきか迷って、何も言い出せない。そんな私に対して、彼は当然のように声を掛けてきた。
アルファ「じゃあ、案内の続きを頼むぜ?」
ミト「…了解だ」
何事もなかったかのように振舞う彼に合わせるべきかと思い、私もようやく返事をする。
数分歩いて辿り着いた洞窟は、天然の洞穴のように丸く大きな穴が開いているのが印象的だが、その入り口の上部には、ミノタウロスのような紋章が刻まれており、その周囲にも不気味な模様が描かれていた。だが、今はそれにさえビクともしなくなった私が、ここに居るのは何故だろう。
ミト「ここが<喚呼の巌窟>だ。中立都市に辿り着くには二時間ぐらいかかるだろうから…到着は午前三時半ぐらいになりそうだな」
アルファ「なら、今日はそこで解散だな」
ミト「…出来るだけ急いで行こうか。洞窟内には、コボルドとリザードマンが出現する。それと、中立都市へと続く道を一つ間違えると、ミノタウロス型のダンジョンボスが居るエリアに辿り着いてしまうから、気を付ける必要がある」
アルファ「…リザードマンか。アイツらに会うのも久しぶりだぜ」
ミト「なんでリザードマンと旧友みたいな言い方するんだ…。…あぁ、言い忘れてたが、追加でレイス系も出現するらしい」
アルファのジョーク?にツッコミながらも、そう言えば一つ前のアップデートで出現するようになったゴーストが居ることを思い出し、追加でそれをアルファに伝える。
するとアルファは何故か固まって、その場から動かない。それを不思議に思った私は、アルファに声を掛けた。
ミト「…アルファ?どうかしたのか?」
アルファ「い、いや、何もない。……よし、張り切って行こうぜ!」
私が声を掛けると、アルファはやけに元気そうに、洞窟に向けて勇み足を向けた。そして洞窟に入るや否や、彼は翼を広げ、浮かび上がる。
ミト「この洞窟は、プレイヤーが飛ぶことを想定していないからな。飛翔するには少し窮屈だと思うが…」
アルファ「ちょっと空を飛びたい気分になったんだ。だから俺のことは放っておいて──」
高さが六メートルほどしかないこの喚呼の巌窟では、飛翔するにはあまり向いていないダンジョンなのだが、アルファは空を飛びたい気分だとか言って、超低空飛行を始めた。
しかしその数秒後に、アルファの目の前の天井部分から、これまた随分とステレオタイプな半透明の白い身体に黒目しかない、ザ・ゴーストと言った感じのモンスターが、スーッとアルファの前に現れ、彼を驚かすように躍り出てきた。
…ゴーストは、身体の中に隠された核を攻撃しないとダメージを与えられないのだが…まぁアルファなら、礼によって凄まじい実力で何とかするだろう。そう思った私は、彼の繰り出すであろう剣技を待ち構えていた。
しかし、アルファは不意に、ふわりと飛翔力を失い、こちらへと落ちてきた!
ミト「ア、アルファ!?どうした?」
アルファ「……」
つい私の目の前にアルファが落ちてきたものだから、自然と彼を受け止めてしまう。オバケはそのまま襲い掛かって来るけれど、暗視効果で丸わかりの核を、私は大鎌で真っ二つにし、素早く撃破してしまった。
何か緊急事態が起きたのかと、私は矢継ぎ早にアルファに事情説明を求めると、何故か彼は、私と眼を合わせることを避けながら無言を貫き通していた。しかし観念したのか、ボソボソと言葉を発し始める。
アルファ「……その…俺、オバケとか苦手だから…ビックリしたんだ…」
ミト「」
アルファ「……何か言えよ!なぁ!」
ミト「……アハハハッ!!そうか…そうだよね…アルファは、アルファに違いないわよ…」
アルファ「…どうしたんだ?」
彼の勇気の独白に、私は大笑いしてしまったのだが、彼はそんな私を先程の私と同じように、不思議そうに眺めていた。…なんて、女々しいのだろう。こんなに可愛い男の子に、私が恐怖心を抱いていたなんて、信じられない。
……先の闘いでアルファが見せた、あの殺気。それを感じ取った私は、あの鬼のような原始的恐怖こそが、彼の正体であり、今まで私が見てきた可愛らしいアルファや、人懐っこいアルファ、時に人生の先輩のように私を導いてくれたアルファは全て虚構の物でしかないのではないだろうかと、そんなことを思ってしまっていた。
……でも、それは違う。アルファが私に教えてくれたように、現実世界と仮想世界のどちらで生きる私も、全て私であるというのならば、彼がこれまで私に魅せてきたその全てがアルファ自身以外の何者でもないのだ。故にあの殺気を見た程度で、彼の全てを否定していた自分など、愚鈍の極まりであろう。
ミト「…私、さっきのアルファを見て、少しだけアルファが怖いなって思って…だけど、こんな可愛らしい一面もあるのね。安心したわよ」
アルファ「可愛いはいらねぇけど……ごめん。怖がらせたなら、謝る」
ミト「いいの。私の方こそごめん。また貴方を…自分を見失いそうになった」
アルファ「それだけは勘弁してくれ。もうミトを引き戻せるだけの言葉が無い」
ミト「解ってるわよ。もう大丈夫よ」
アルファ「じゃあ口調を戻してくれ」
ミト「そんなの私の自由じゃない…まぁ、戻すがな」
アルファ「サンキュー」
また一つ、アルファの一面を知れたことを嬉しく思いつつも、私はアルファに指摘されて、口調を男っぽく戻しておく。…流石の私も、こっちの世界で男性アバターを使っている間は、男性っぽく振舞っておきたいと思っているからな。
そしてそれから私たちは、予告通り二時間ほど掛けてコボルドやらゴーストやらを倒しながら、ようやく洞窟の中心にある中立都市<ガンダル>へと辿り着く。
暗視効果或いは松明などの灯りが無ければ、到底足元も見えないであろう洞窟の暗闇だというのに、その中心地だけは、まるで黄金のような輝きを見せていた。街の中に入るも、時間が時間だからか、外を出歩いているプレイヤーはほとんどおらず、ログアウトの為に宿屋を利用しようも、まさかの残り一部屋しかなかった。
なので私がその場の流れで二人で一部屋借りると、アルファは驚いたようにこちらを眺めていたが、気にしない気にしない。部屋に辿り着いた私たちは、取り敢えず椅子に腰かけて、一息つく。
ミト「…流石に、疲れたな…」
アルファ「…」
ミト「明日は、何時集合にする?」
アルファ「…」
ミト「お~い、アルファ~、聞こえてるか?」
アルファ「…怒られる…こんなの絶対ユウキに怒られる…」
何かを恐れるようにブツブツと呟き続けるアルファを見て、そう言えば、彼には恋人が居たことを思い出した私は、少し彼を揶揄おうと、ニヤリと口元を歪ませた。
ミト「…アルファの彼女さんには、悪いことをしちゃったね?」
アルファ「いや、別にそう言うつもりじゃねぇんだけどな」
ミト「…でも、他の女の子と同じ部屋に泊まったことは、言い逃れ出来ない事実じゃない?対して抵抗しなかったアルファも、実はその気なんじゃないの?」
アルファ「…その顔と声で迫られても、何もドキドキしねぇよ」
ミト「あら、残念。今度は女性アバターでやってみようかしら」
アルファ「やめろ、それこそシャレにならん」
彼の目の前まで迫ってみた私だったが、なんの面白味もない反応を見せられたので、ちぇ、と自分の椅子に座り直した。…せめて、変声機ぐらいは外すべきだっただろうか。
…因みに、女性アバターで同じことをやる気には、流石になれない。別に好きでもない恋人持ちにそんなことをするほど、私はチャレンジャーではないし、何よりこっちの方が恥ずかしいのだから。
話を戻した私たちは、今日は夜更かしし過ぎてしまったので、明日は十時半にこの場で集合することに決定して、今日はお開きにしようとしていた。するとその時、パイプオルガンのような重厚なサウンドが町全体…いや、この世界全体に響き渡り、続けてソフトな女性の声が響いた。
──間もなく、午前四時からの定期メンテナンスを実行いたします。サーバー全体をクローズいたしますので、プレイヤーの皆様は、早急にログアウトしてくださいませ。繰り返します──
アルファ「…メンテナンス?」
ミト「そうだ。週に一度のメンテナンスが、今から行われるらしい」
アルファ「何時まで?」
ミト「明日の午後三時までだな。次に落ち合う時間は、三時に変更ってことだ」
アルファ「…」
ALOは週に一度、午前四時から三時までのメンテナンス作業が入るのだが、ゲーマーという自覚のある私とは言えども、この時間帯までALOをプレイしていることは中々無いことなので、この放送が聞けるのは、ある意味レアと言えよう。
メンテナンス終了時刻を尋ねてきたアルファにそれを教えると、何故か彼は深く考え込むように沈黙してしまった。そして何を思い立ったのか、彼は自分のストレージから大量のユルドを取り出し、それを何の脈絡もなく、私に差し出してくる。
アルファ「…ミト、これやるよ。ここまでの案内料だ」
ミト「そ、そんな金額、受け取れないぞ…」
アルファ「良いから受け取れって、俺からの、僅かながらの謝礼ってことだ」
そう言われて、渋々アルファからユルドの詰まった袋を受け取ったのだが…その金額はなんと、全身オーダーメイド出来るぐらいの大金である。私がそれにひたすら驚愕していると、アルファは思い出したような素振りで、一つ私に訊ねてきた。
アルファ「そういや…ここから世界樹までって、後どれぐらいだった?」
ミト「…洞窟を出るのに二時間。そこから見える世界樹の麓に行くまで二時間の、合計四時間だな」
アルファ「…そうだよなぁ…」
ミト「それがどうかしたのか?」
アルファがやけに残念そうな表情を浮かべるものだから、自然と私もそう訊ね返す。すると、アルファは途端に真剣な表情を浮かべ、私に語り掛けてくる。
アルファ「ミト、今日まで、ありがとうな。お前が居てくれたから、楽しい旅路になった」
ミト「…何言ってるんだ?明日もまだ旅は続くだろう」
アルファ「…ちゃんと、親友君に謝りに行けよ?ミトならきっと、出来るから」
ミト「…アルファ?いきなりどうしたのよ?」
彼がまるで、私との旅はここで終わりだと、そう仄めかすような言動を見せた。そこで何か異変を感じ取った私は、口調を崩してまで彼に尋ね掛ける。すると彼は、困ったような微笑を浮かべながら、私に言葉を続けた。
アルファ「俺は、急いでるからさ。一足先に、世界樹まで行ってくる」
ミト「どういうことよ!?アルファ!?答えになってないわよ!?アルファ──」
彼の放った訳の分からない言葉を、私は頭では理解できずとも、心の中では、今彼を手放せば、二度と彼に会えない気がして、必死に彼に訊ね返す。だが、彼は微笑を崩さないまま、私を眺めるばかりだ。
そしてその内に、遂にメンテナンス前の強制ログアウトモードが作動したようで、私のアバターは、意に反してアルファの目の前から消えて行った。
その最後の瞬間にアルファから、「頑張れよ」と温かい声援が聞こえた気がして、私は現実世界へと引き戻されていったのだった。
ALOにやって来て以来、アルファ君が無双しているように見えたのは、単純に相手が一般ピーポーだからです。
次回の投稿日は、明日となります。
では、また第105話でお会いしましょう!