~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第105話 迫るフィナーレ

 ミト「どういうことよ!?アルファ!?答えになってないわよ!?アルファ──」

 

 アルファ「頑張れよ、ミト…」

 

 俺の計画している事柄に何か勘づいたのか、ミトは必死になって俺に手を伸ばしていたが、やがてシステムにより強制的にログアウトさせられてしまった。

 彼女が俺の目の前から消える間際に、俺は激励の言葉を送り、彼女が親友君と仲直りできるよう祈りを捧げる。

 

 アルファ「…やっぱりか…」

 

 現在の時刻は、午前四時二分。定期メンテナンスが始まったというのに、やはり俺は強制的なログアウトに移行することは無かった。ここに来てようやく、俺がログアウトするためにはどうしても世界樹の内部にあるらしい運営側のラボに行く必要があることを嫌でも理解させられた。だが、取り敢えず休眠を取ろうと、すぐさまベッドに飛び込む。

 …ここから世界樹まで、約四時間。たっぷり十一時頃まで眠り続けても、ミトが入って来れる三時までの間に、俺は世界樹まで辿り着ける。故に、ミトにはここで別れを告げたのだ。

 一刻も早く現実世界へと舞い戻らねばならない三百人と、がミトと楽しく旅路を続けてたいという俺一人の我儘を天平に掛けるのならば、どちらに傾くかは明白である。

 

 アルファ「…ミト、俺のこと怖かったんだよな…」

 

 眠りに落ちる前にSAOの中での人生を含んでも上位に来るぐらい濃い一日だった本日を振り返っている中で、俺はそのことを思い出し、小さくため息をついた。

 …如何やらミトには、殺し合いを臨んだ俺の姿が、恐怖の対象として映ったらしい。ならば、殺される対象となった彼らは、どれだけの精神的苦痛を味わったのだろうか。それを思うと、途端に胸が痛くなる。

 …今はまだ、俺にとってはこの世界はゲームではなく、ただ一つの現実なのだ。故に、今の俺には、まだこの世界をゲームと割り切れるだけの気持ちの切り替えが出来ない。だが、行く行くはこの殺気も、誰かを怖がらせない為にも封印せねばならないのだろう。

 …殺し合いの末に、俺がSAOで死者に祈りを捧げるように黙祷を行ったのも、俺はまだこの世界をゲームではなく現実だと認識しているが故である。…もし俺が、誰かを殺した時にあのルーティンを辞めてしまえば、その瞬間に俺はもう、自分が自分でなくなってしまう気がして恐ろしいのだ。

 

 アルファ「流石に、寝るか…」

 

 そんなことを考えているうちに、もう時刻は四時半を回っていた。…今日は物思いに耽りたいことが多過ぎる。そろそろ本格的に眠らないと、明日のコンディションに悪影響を及ぼすだろう。そう考えた俺は、意識を睡眠に傾け、やがて眠りに落ちて行った。

 

 

 

 

 

 アルファ「……んん…」

 

 朧気ながら睡魔から意識を取り戻し始めた俺は、眼を擦り、眠りから目覚めた。時刻を確認すると、午前十時半過ぎ。ALOの世界では、今は昼なのか夜なのか、洞窟内から出は伺えないが、恐らく未明頃であろう。

 ようやく慣れ始めた左指でのストレージ操作を行い、ポーションなどの補充の必要が無いことを確認した俺は、プレイヤーが誰一人として居ない街のレストランで朝食兼昼食を頂き、早急に街の外へと足を進めた。

 …もし、俺が眠っている間に、システムによってまだログアウトしていないプレイヤーが居ることを検知され、こちらに都合が悪いよう事が運んだならばどうしようかと思ったが、その心配は無用であったらしい。

 メンテナンス中とは言え、NPCが普通に活動していたことから、圏外ではモンスターとエンカウントする気がした俺は、隠蔽スキル…ではなく、熟練度がカンストした状態の隠密行動スキルを発動させ、慎重に洞窟内を歩いて行った。

 

 アルファ「そう言えば、ミトとフレンド交換、まだしてなかったな」

 

 街を出て小一時間ほどで、ふとそのことを思い出した俺は、途端に後ろ髪を引かれる思いを味わったが、もう後戻りはできまい。意を決して前へと進む決意を固め直す。

 …まぁ、ミトが闇妖精で、姿や使う武器だって把握しているんだ。その気になれば、いつでも彼女を探し出すことは出来るだろう。隠密行動スキルも万能ではないらしく、数度リザードマンと交戦することはあったものの、ミトの言う通り約二時間程で、洞窟を抜け出すことに成功した。

 最後にリザードマンと闘ったのは、SAO第74層の迷宮区以来だったので、あの時の懐かしさを感じながら、しかし無情にも彼らを葬り去ってきた訳だ。洞窟の外から差し込む朝日の眩しさに、俺は目を痛めつつも、遂にアルン高原へと足を踏み入れる。

 

 アルファ「あれが…世界樹か…」

 

 出口のすぐ先が断崖絶壁であった洞窟の真下には、広大な草原及び森林地帯が緑豊かに広がっており、その所々には朝の日差しを青々と反射している湖が、そしてそこから溢れ出すように、大きく蛇行した大河が幾つも存在していた。

 そして徐々に視界を上向けていくと、それはまだまだ遥か遠くにあるはずなのに、空の一角を覆う程の圧倒的な存在感を放つ巨木が天地を貫き、枝葉は左右に大きく伸びている。あの存在こそが、俺の目指すべきスパイ作戦のスタート地点であり、このゲームの最終目的地である…世界樹。

 この壮大なる景色の素晴らしさを、ユウキに共有出来ないのは甚だ残念だし、同時に昨日まで隣に居てくれたミトが居ないことに寂しさを覚えつつも、俺は気を取り直して飛翔し始めた。

 ミトから貰った前情報通り、アルン高原にはモンスターがほとんど出現しないようで、俺は世界樹のお膝元まで、優雅な空の旅を存分に楽しんだ。洞窟から更に二時間ほどかけて、俺はいよいよ央都アルンへと辿り着く。

 

 アルファ「…夜はもっと、綺麗だったんだろうな…」

 

 世界樹の麓に創り上げられた、まるで世界樹の子供のような見た目をしている央都アルンは、下から上へと駆け上がって行くような美しい積層構造をしていた。街の建物は全て、古代遺跡風の石造りとなっており、荘厳な景観を生み出している。

 予定通り、昨日の夜にここまで辿り着けていたのならば、満天の星空のような輝きを眺められたのだろう。ふと頭上を見上げると、天を貫く世界樹が聳え立つ様子が伺える。景色に感動するのも早々に、俺は一先ず宿を探し始めた。

 どうやらミトによると、この世界でのリスポーン地点更新には、宿屋を利用する必要があるらしいので、俺は万が一、世界樹の内部に侵入する前に死亡することがあってもいいように、央都アルンの宿屋でリスポーン地点を再設定しておきたいということだ。

 

 アルファ「この宿は、既に満員か…」

 

 俺がこの街で見つけた最初の宿は、どうやら既に客室が埋まり切っているらしく、部屋を借りることが出来ない。続く二軒三軒目も宿に入ることが出来ず、ランクの高い宿屋を訪れたことでようやく、部屋を借りることが出来た。

 俺はすぐさま借りた部屋に入り、リスポーン地点を更新し直す。その時、遂に時刻が午後三時となり、窓の外には、俺が見たことも無いような種族を選択したプレイヤー達が、我先にと街を闊歩し始め、先程まで静まり返っていた街が嘘のように活気で溢れた。

 俺も部屋に置いてあったカステラをパクリと食べてから、世界樹へと向かって行く。やがて辿り着いた世界樹の根元には、騎士を模った二体の彫像が並んでおり、その間に存在する石造りの扉が、木たるべき挑戦者達を待ち構えていた。

 

 アルファ「…やってみるか」

 

 俺が扉へ近づくと、石のように固まっていた二体の彫像が、こちらを見下ろすように青白い光で俺の姿を見据えた。

 

 「未だ天の高みを知らぬ者よ、王の城へと至らんと欲するか」

 

 その言葉と共に、俺の目の前にはグランドクエストを受けるか否かのイエス、ノーボタンが出現する。俺は迷わずイエスボタンを押した。

 

 「さればそなたが背の双翼の、天翔に足ることを示すがよい」

 

 ゴゴゴゴゴ…と腹の底まで響いて来るような轟音と共に、大扉の中央に亀裂が走る。ゆっくりと開いて行くその扉の様子は、まるで当時のフロアボス戦を想起させた。

 扉が完全に開いたのを確認して、俺も内部に侵入する。内部は闇に包まれていたが、すぐに天井部分から眩い光が差し込み、その円形ドーム状の空間を照らし出した。

 …まるで、75層ボス部屋のような構造をしているが、こちらはその何回りも広い。内部は床から壁まで全て世界時の根か蔦かで構成されており、側壁は疎らな蔓によって、ステンドグラス状の紋様が描かれていた。そして遠くに見える天井部には、精緻な装飾が施されたリング型のゲートが見える。

 

 アルファ「あれか!?」

 

 恐らく、あそこが世界樹の内部へと至る為のゲートであり、そこで神代さんから託されたキーカードを使用するの場所であると悟った俺は、力いっぱい地面を蹴り飛ばし、勢いよく飛翔を開始した。

 しかし俺を遮るように、その身に白銀の鎧を纏った無数の守護騎士達が出現する。守護騎士の携える大型の両手剣が俺を真っ二つに切り裂こうとしてくるが、俺はそれをきっちりと旋回回避し、逆に胴を真っ二つにしてやる。

 …一体一体の戦闘力は、俺よりも低いらしい。数の暴力に圧し潰されるかもしれないが、なんとか強行突破可能な範囲だ!

 俺は最低限邪魔にならないだけの守護騎士を撃破しながら、時々剣が身体を掠めるのも気にせずに、ドンドンと天蓋部分へ近づいて行く。

 だが、守護騎士達はやはり魔法を使えるらしく。ゲートへと直線的に向かって行った俺は奴らにとっては格好の的だったようで、四方八方身体中に魔法の矢が突き刺さった。

 それでも、俺はリングゲートへと手を伸ばす──

 

 アルファ「クソッ…!」

 

 しかし、俺がゲートへと辿り着く前に、俺の体力がゼロへと至り、身体はもう前へと進まなくなった。急激に身体感覚が消失していき、視界に、<You are dead>の死亡宣告が届けられる。

 

 ──死。

 

 それを認識した俺は、一瞬、途轍もない恐怖心を抱いたが……ここは、ゲームの中であった。本当に死ぬことは無い。俺は初めて味わったゲーム的な死に安堵しながら、次いで視界に表示された蘇生猶予時間が尽きるのを待っていた。白黒の視界で、そのカウントダウンが終了するのを待ちわびる…その時だった。

 

 アルファ「っ!?」

 

 この最終ダンジョンの入り口から、一人のプレイヤーが現れたのだ。それだけならば、俺もここまでは驚かなかっただろう。

 …だが、その黒衣の少年は、あの時とは違って尖った髪型をしていようと、背負う剣が二本ではなく、巨大な両手剣一本になっていようとも、確かにその眼に宿る熱意が、彼本人であることを俺に悟らせた。

 黒衣の少年は、激震したような、何かに駆り立てられた表情と共に、グランドクエストを開始した。そしてその様子を眺めていた俺は、彼に手を伸ばそうとするが、しかし身体はもう動かない。

 

 アルファ(──キリト──)

 

 そして俺は、リスポーン地点へと戻された。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 …キリトが、この世界に来ているのか!?だったら、アイツと協力すれば、リング型のゲートに辿り着けるはずだ!!

 リスポーンまでの猶予の間に、その答えに辿り着いた俺は、嫌に長く感じるリスポーンまでのロード時間をじれったく感じていた。そしてようやくロードが終わったらしく、俺は暗闇から世界樹の麓、央都アルンで意識を取り戻す──

 

 アルファ「…は…?」

 

 ──ことは無かった。俺が目覚めた先は、良く分からない洞穴の中にある町中だ。俺は半分思考停止状態に陥りながらも、近くにあった看板へと近づく。そしてそこに書いてあった街の名前…鉱山都市ルグルー…。

 

 アルファ「…確かルグルーって、喚呼の巌窟の反対側にある、アルン高原へと繋がる洞窟だったよな…?」

 

 ミトがそんなことを言っていたのを思い出し、俺は徐に街の出入り口へと近づいて行く。するとそこには丁寧にも、この先アルン高原、と刻まれた石碑が建っており…どういう理屈なのかは全く分からないが、恐らく俺はこの世界の正規プレイヤーとして認識されていないせいか、本来ならば央都アルンでリスポーンするはずだったのに、こちらへと飛ばされてしまったのだろう。

 …ここから世界樹までは、少なくとも四時間前後は掛かることになる。そうなればキリトに出会えない可能性が出てくる…が、もう今の俺に出来ることは、ひたすら急ぐことぐらいだ!

 思い立った俺は、最早身バレを気にする暇もなく、純白の翼を広げ、世界樹を目指して一気に飛翔していく。時々モンスターにターゲットされた気がするが、正直構ってる余裕なんて無かった。急げ急げと俺は洞窟を抜け出し、再びアルン高原から世界樹を目指して…実に五時間ほども連続飛翔し続けた。

 その間に、避けられなかった戦闘は焦燥に駆られながらもしっかりとこなしていく。頭上で輝いていた陽が段々と落ちていき、夕焼け空へと移行したそこでようやく、俺は世界樹の麓にまで舞い戻ってきた。

 俺を空へと浮かび上がらせる翼など、仮想の骨と筋肉でしかないはずなのに、五時間も連続してそれを羽ばたかせていると、筋肉を酷使し続けているかのような鋭くも鈍い筋肉痛を感じた。

 …だが、今止まるわけにはいかないと、精神力を振り絞って、なんとか央都アルンまで戻ってきたのだ。逢魔が時に色鮮やかな光を灯し始めた央都の景観を、感動的に眺める時間も惜しく、俺は世界樹の内部へと至る為の扉を目指していった。

 …すでに、時刻は午後八時ぐらいだ。もうキリトも、あそこに居るわけが無い。頭ではそうだとは分かっている。だけどそれでも、今世界樹に行くべきだと、己の勘が叫び、俺の身体はそれに従った。

 そして、意外にも開け放たれていた大扉の向こうには──

 

 アルファ「なッ!?」

 

 広大なドームの中に、ドラゴンの背中に乗った…まるで、竜騎士のようなプレイヤー達と、見ただけで業物だと理解できる重厚な輝きを放った装備に身を纏ったプレイヤー達…総勢、六、七十人程の大部隊が、グランドクエストを開始していた。

 そして頭上の先には、金髪の少女が空を舞っており…更にその先には、輝く二本の剣を光速の速さで振り回し、まるで突撃槍のように尖った斬撃の壁を創り出した彼が、流星の如くリング型のゲートへと向かって行く。

 

 「全員反転、後退!!」

 

 その時、凛とした女性の言葉を皮切りに、大部隊がここから引き揚げようとし始めた。だがそれを見た俺は、瞬間的に叫ぶ。

 

 アルファ「待ってくれっ!!俺にも、キリトの後を追わせてくれッ!!」

 

 …キリトは、やってのけたのだ。ミトと別れを告げた俺とは違って、仲間を集い、力を合わせ、グランドクエストを乗り越えたのだ。それが唯一、グランドクエストを攻略する方法だったというのならば、たった一人で挑んだ俺が死亡するのも、当然の結果である。

 ……だが、それでも俺は三百人を…ユウキを現実世界へと帰還させるために、羽ばたかなければならないのだ!俺が彼女たちに向けてそう叫ぶと、一瞬困惑したような表情を俺に向けたが、天から降りてきた金髪の少女が、俺に訊ねてくる。

 

 「貴方、キリト君の知り合いなの!?」

 

 アルファ「あぁそうだ!長年の戦友だっ!!」

 

 こんなことを伝えて何の意味があるのかは分からなかったが、俺は矢継ぎ早にそれを伝える。

 すると、大部隊を纏めているらしい黄色い髪をした獣人アバターの少女と、対照的な大和撫子感のある深い緑色の髪を靡かせた女性が、不敵な笑みを浮かべた。

 

 「…彼の友人と言うのならば、我々ももう少し踏ん張らねばならないな」

 

 「ソーダネ。あれだけじゃ、とても恩返し出来た気がしないヨ!」

 

 アルファ「…お前ら…本当にありがとう!!」

 

 威勢の良い彼女たちは、白銀の騎士の壁を破る為に、再び陣形を整えてくれた。竜騎兵が巧みにドラゴンを操り、その口から放たれたブレスが白銀の騎士を燃やし尽くし、それ以外のプレイヤー達が、稲妻のような巨大魔法を轟かせる。

 俺は、見ず知らずの俺に力を貸してくれた皆に心からの感謝を叫ぶと、再び純白の翼を広げた。その様子を見た彼女たちは、呆気からんと俺を眺めていたが、すぐさま戦闘に集中し直す。金髪の少女はかなり腕が立つらしく、天蓋へと昇り行く俺の背中を守ってくれた。

 俺はキリトの後追い星のように、しかしキリトのように上手くはいかず、泥臭く守護騎士をなぎ倒しながら、やがてリング型のゲートに辿り着いたのだった。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 憎悪、悲痛、不安、激怒、恐怖…また時には、喜び、快楽、感嘆、憧憬、幸福…何処とも知れない闇の中で、様々な感情を味合わされていた気がした。

 本人の意思など全く関係がなく、無理矢理そんな感情を呼び起こされ、心は酷く動揺していた。それは正しく、御伽噺に出てくる地獄と呼ぶに相応しいものであった

 。…この命を燃やし尽くしたはずだというのに、パパやママ、姉ちゃん…そして最愛の彼にも、もう会えない。そんな精神的負担が、地獄で罰を受け続けるボクに更なる苦痛を与えていたのだろう。

 ……でも、ふと気が付くと、ボクは白いライトに照らし出された世界で、意識を取り戻していた。先程から、地獄での体験をあやふやな表現でしか説明できていないのは、それがボクの中で、確かな記憶として残っていないからである。ただ、こんなことがあった気がした、という程度の、頭の中に靄が掛かったような印象しか、今のボクには感じ取れないのだ。

 …でも、きっとその方が、幸せなのだろう。あんな体験を記憶に焼き付けていたのならば、ボクの人格は完全に破壊されていたに違いない。

 

 ユウキ「……ここは……?」

 

 重く閉ざされていた瞼を開けたボクの目に、最初に入ってきた情報は、白い天井に、冷たいライトの光だ。その見慣れた人工的な構造を前にして、ボクは病院に戻ってきたのかと、一瞬そんなことを考えた。

 しかし、ここがボクの入院する病院ではないことは、目の前にいる…ナメクジ型モンスター<ブルスラッグ>を認識したことで明らかとなった。

 ……何がなんだか、さっぱり状況が把握できない。ブルスラッグは確か、街の見た目がアインクラッドの中でもトップクラスに美しい第六十一層に出現する、それとは相反するように気持ち悪い見た目をしたモンスターだったはず…虫系モンスターもへっちゃらなボクもアルファも、そいつは嫌な顔をしながら撃破していたはずだ。

 …兎に角、ボクはナメクジから距離を取り、右腰に納刀している愛剣を抜刀しようとしたのだが──

 

 「おっと、お目覚めかなぁ?」

 

 ユウキ「!?」

 

 ボクがバックステップした背後には、このナメクジの一部と思われる灰色の触手がボクを待ち構えており、退路を塞がれた。

 ナメクジが言葉を発したことにも驚かされたが、何よりも、ボクの身体を覆うものは白いワンピースで、昨日…いや、体感的には数カ月前まで身に付けていたはずの装備は一つもないことに驚愕する。

 このナメクジがボクにとっての敵なのか否かは…何となく感じ取れるけど…今は情報が少なすぎる。

 

 ユウキ「……ボクは、死んだんじゃないの?」

 

 故に、ボクはナメクジとの対話を試みた。それはナメクジにとっても意外な選択肢だったのか、ナメクジの驚き顔という世にも珍しいものをボクに見せながら、その問いに答えた。

 

 「いや~、まさかそんなに好意的に話し掛けてくれるなんて、僕も嬉しいよ。…そうだね。君は生きてるんだけど…まぁ、一生ここで暮らすんだから、生きるも死ぬもどっちでも変わらないんじゃない?」

 

 ……生きている?ボクはまだ、生きているの…?

 先程とは比べ物にならない程、ボクはその事実に衝撃を受けつつも……ならば、ボクが生きているというのならば…アルファだって、生きているに違いないと、彼の生を繋げたことに、まだ彼がこの世界を生きられることに、ボクは急激に胸が熱くなるのを感じた。

 そんなボクの心情など知る由もないナメクジ…声色からして男性は、ニチャリと口元を歪めながら、言葉を続けた。

 

 「…にしても…僕が思ってた以上に、可愛いんだね…うん。研究が成功した暁には、君は僕の物にしないと。こんな上物、須郷さんにも渡したくないしね」

 

 ユウキ「…?」

 

 「僕もねぇ、人形相手は飽きてきたんだよ。だから須郷さんにはバレちゃまずいけど、こうやって君の身体をアバター化して…まぁ前置きは良いか。早速始めようか、電子ドラッグプレイ。忘れられないぐらい気持ちいい体験になると思うよ?」

 

 そこまで喋り終えた男は、その瞳に気色の悪い色を浮かべた。

 …あの悪寒が走るような瞳は、ボクは以前にも見たことがある。……あれはそう。人を強姦する者達の眼だ。一瞬、ボクの後ろを遮っていた触手に隙間が出来た。そのトラウマのような恐怖で、思考停止しそうになっていたボクではあったが、奇跡的にそれに気が付き、潜り込むようにその隙間から抜け出し、ドアを開く。

 …ボクは一目散にその場から逃走を始めた!その様子を呆気からんと眺めていたナメクジ男は、嘲笑を浮かべながら、逃げるボクの背に声を掛けてくる。

 

 「へぇ、君は僕と追いかけっこがしたいのかなぁ?それじゃあ、まずは君の望みから叶えてあげるよ!」

 

 扉から部屋らしき場所を出たボクは、左右に続く何処を見ても白くのっぺりとした通路を選ぶ暇もなく、駆け出した。それに遅れて背後から、灰色の触手とナメクジが迫ってきているのを肌で感じる。

 ナメクジも中々に速いらしいが、どうやら速度はボクと同等らしい。だったら、男との距離は縮まることは無く、このままいけば逃げ切られる──

 

 「おっ!やるねぇ!」

 

 不意に、背後から空気の振動を察知し、ボクはそれを回避するように身を躱した。すると次の瞬間には、背後から触手が伸びてきて、それがボクの身体を捕えようとしていたのだ。

 なんとか回避に成功したボクだけど、何処にあるとも、そもそも存在するかも分からない出口に辿り着くまでに、触手を回避し続ける自信は無かった。

 緩やかに円弧を描く通路を走り続け、その途中に見つけた階段を駆け上がり、その間にも触手を躱し続ける。そして階段を登り切った先で、ボクが見たものは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──これまでと変わらない、白い通路だった。

 

 ……だけど、そこにはボクの姿を凝視する、銀髪の髪を生やした、瞳も同じくシルバーカラーの、耳の形も妖精のように尖っていて、装備している武器やコートは見たことの無い…

 …しかし、姿形は変われども、見てすぐわかるほどにあの頃と何ら変わらない彼が、そこに立っていたのだ。彼の近くには、小さな妖精が舞っている。

 そしてボクは、ナメクジに追われていることなど忘れて、彼の胸の中に飛び込んだ!

 

 ユウキ「アルファ!アルファっ!!」

 

 アルファ「ユ、ユウキっ!?何でここに!?」

 

 …凄く、温かい。やっぱり、アルファの身体に抱き着く瞬間が、ボクはとても大好きだ。そんな感傷も程々に、ボクは彼の身体にしがみ付くと、驚く彼の手をすぐに引いて、通路の更なる先へと逃走劇を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 

 

 目の前に広がる参考書にびっしりと敷き詰められた文字列を、目に焼き付け、次いで脳内でその内容を咀嚼し、記憶として保管する──ことは無く、ただ茫然と文字列が並んでいるのを目に通し、しかしそれが脳内へと達する頃には、別のことが頭の中をよぎり、全くもって勉強にならない。

 …脳内で私の思考を支配するもの…それは、ALO内部で出会った同い年であろう彼…アルファのことだ。彼とは昨日の夜…正確には、今日の午前四時前にやり取りを交わした以来、一度たりとも顔を合わせていない。

 それもそのはずで、現在は午後二時。今は絶賛ALOのメンテナンス期間だ。だけども、彼が最後に私と交わした会話は、まるで今生の別れを想起させるものであり…もしかすれば、いや、もしかせずとも、次に私がログインする時には、もう彼は私の目の前から居なくなってしまうのではないかと、そんな得も言われぬ不安感に、私は今も襲われているのだ。

 メンテナンス開始に合わせて強制的にログアウトさせられた際にも、今私が感じている焦燥と全く同じものが全身を駆け巡っていたが、取り敢えず、一度睡眠を取らねば明日が厳しいと判断した私は、それからお昼前まで睡眠を貪り続けていた。

 しかし結局、その程度で私の不安感が拭えるわけでもなく、私はこうして今も──

 

 深澄「…大丈夫。アルファは何処にも行ってない…だから、大丈夫よ…」

 

 まるで自分にそう言い聞かせるように、私は一人部屋の中で小さく呟き、自分を落ち着かせる。挙句の果てに、私は一度も勉学に集中することが出来ず、午後三時を迎えた。

 最早その数分前からアミュスフィアを握って待機していた私は、デジタル時計が午後三時になるや否や、すぐにALOへとログインした。青白い光に身を包まれ、次に視界が機能したその先では、私が最後にログアウトした宿屋であった。

 ……しかし…

 

 ミト「…アルファ…まだ来てないの…?」

 

 いつもは私よりも先にログインしていたはずの彼は、まだ姿を現さない。そのまま宿屋で十五分ほど待ち続けるも、何故だか彼は全くログインしてくる気配を見せなかった。

 ふと、この部屋の金額を確認したその時だ。私は、衝撃的な事実に辿り着く。

 

 ミト「…へ、部屋の料金が、既に払われている…?」

 

 私とアルファ、二人で折半して借りていたはずの部屋の料金が、全て払い済みとなっていたのだ。

 

 …となるとつまり、アルファはもう既にこの宿屋を出ている…!?

 

 その結論に至った私は、即座に街を駆け出した。街を駆け巡ること三十分、私は遂には彼を見つけることが出来ず、やはり、彼はあの場で私とお別れするつもりで、あのような会話をしていたのだろうことを悟る。

 世界樹へと向かっているはずの彼を追い掛けるべく、私はすぐさま移動を開始した。洞窟内を全力で駆け抜け、アルン高原を羽ばたく。日中であるせいで、十分と経たずに飛翔力に限界を迎えてしまったので、飛翔力が回復するまでの間は、ひたすら地を駆けて行った。

 私はそれを何度も繰り返し、僅か五時間足らずでとうとう央都アルンへと辿り着く。その道中では、もうモンスターと闘う時間も惜しく、その全てを飛行とダッシュで捲き続けてきた。

 ここまで休みなしに全力疾走且つ本気飛行を重ねてきたせいか、肺は強烈な息切れで痛く、仮想の翅と足腰は猛烈な筋肉痛に襲われている。

 

 ミト「…アルファ…何処なの…?」

 

 それでも、央都アルンで一休みする時間が惜しくて、私は世界樹の麓まで飛んで行き、そこで衝撃的な光景を目にした。

 

 ミト「シルフ領主とケットシー領主!?…それにあれは…噂の飛竜!?」

 

 グランドクエストの入り口から、ゾロゾロと出て来たのは、九種族妖精の内の二種族の精鋭達であろう彼女らであった。

 …まさかの二種族間で手を取り合い、グランドクエストに挑んだのだろうか。だが、入り口から出てきたということは、クエスト攻略には失敗したのだろう。

 …しかし、ならば何故、彼女たちはあんなに満足げな表情を浮かべているのだろう…。そう思った私は、次の瞬間には、彼女たちにそれを訊ねていた。

 

 ミト「…す、済まない!ここら辺で、銀髪の少年を見なかったか!?」

 

 「…純白の翼を携えた少年のことか?」

 

 ミト「そうだ!!」

 

 「…彼なら、世界樹の内部に入って行ったヨ」

 

 ミト「…そう、か…ありがとう…」

 

 意外にも親切に、アルファらしき人物が彼の目的地であった世界樹へと至れたらしいことを、それぞれの領主が教えてくれた。それを知った私は、途端に訪れたやるせない感情と共に、フラフラとその場を後にして,

央都アルンの宿に閉じ籠る。

 しかし、今となってはもう、宿屋の客室には私しかおらず、私がログインする度に、何か軽食を手渡してくれた彼の温もりは、もうそこには無い。あるのは、彼が最後に私にくれた、大量のユルド通貨だけだ。

 

 ミト「…こんなもの…要らないのに…っ!」

 

 彼から受け取った大量のユルドが詰まった袋を、乱暴に蹴り飛ばしてから、私はベッドの上で三角座りをして、深い悲しみに堕ちていく。

 その時、私の脳裏に浮かんだ記憶は、幼少期の過去。周りの友達よりも一段とゲームが上手く、またこよなくゲームを愛していた私は、そのゲームの上手さ故に、友を失ったというある種のトラウマだ。

 ……私はまた、友達を失ってしまったのだろうか?…アルファは、私を見限ったのかな…?…ううん、それは違う。……だって、彼は別れ際に、私にああ言っていたのだから。…ならば、私のやるべきことは、ただ一つ……

 

 私は、彼との約束を果たすために、意を決してログアウトボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、明日となります。はい、明日の三日です。月曜日に投稿します。

 では、また第106話でお会いしましょう!
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