~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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帰還編
第107話 故郷


 アルファ「……ユウキ……?」

 

 俺がか細き声でそう呟くも、もう彼女はこの世界から消え去ってしまった。俺の言葉に返事をすることは無い。俺は、彼女が突如として居なくなってしまったこの事態に、動揺と困惑を隠せないまま、茫然とその場に立ち尽くしていた。

 …ユウキが…ユウキが最後に、俺に言い残した言葉の意味は…?俺は「それ」を思い出そうとするも、嫌にズキズキと頭が痛くて、心も頭も「それ」について考えることを拒否しているようであった。

 そんな俺に、キリトもまた困惑した表情を浮かべながら、声を掛けてきた。

 

 キリト「…アルファ。取り敢えず、一旦ログアウトしないと…。俺も出来るだけ早くアルファの病室に向かうから、詳しい話はまた現実でしよう」

 

 アルファ「…あ、あぁ…そうだよな。取り敢えず、現実世界に戻れば、何か分かるよな…」

 

 キリトの言葉に我に返った俺は、おずおずと左指を動かした。そして俺は、まるで仮想世界というもう一つの現実から逃げ出すが如く、現実世界へと現実逃避を図るよう、ログアウトボタンに触れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消毒液のような、嗅覚に刺激をもたらす匂いと、眼を閉じていても伝わって来る白光が、意識を取り戻した俺を出迎えた。

 ゆっくりと瞼を開けると、オフホワイトカラーの天井に、眩しい電気的な光が灯されていた。不意に、視界の横に入ってくる物を認識すると、それは長方形の…機械。角は丸く曲線を描いている。空気清浄機みたいなものだろうか。

 …その、仮想世界では有り得なかった科学的、或いは化学的な産物によって構成された部屋の様子を目にして、ようやく、現実世界へと帰ってきたことを、俺は認識した。

 

 アルファ「……」

 

 ふと、俺の頭を何かが覆っていることに気が付き、俺はそれを取り外そうと試みるが…動かない。ピクリとも、俺の身体は動かなかった。まるでその様子は、麻痺毒状態にでも陥っているかのようだ。

 …だが、ここは現実世界だ。そんなことが、ある筈がない。俺は全身の力を振り絞り、プルプルと震える両腕を、俺の頭を拘束する何かに乗せた。その過程で見えた、自分の物とは思えないような肉の痩せた腕と、その腕に映る青い血管、産毛、病的な肌の白さなど、気持ち悪い程のリアルさが俺を震撼させ、やはり現実世界に戻ってきたことを確信する。

 …全くもって、握力が足りない。数秒かけて拘束具をガッチリつかんだ俺は、やっとのことでそれをむしり取った。それをベッドに横たわる俺の胸の上に置いてみると…それが、ナーヴギアであることに気が付く。すっかり購入時の光沢は失われており、元の濃紺色の塗装は、所々剥げ始めていた。

 …これが、俺を二年間以上の間、仮想世界へと繋ぎ止めていてくれたのか…よく、頑張ってくれたな…。そんな感慨も程々に、俺は身体の上に掛けられている上掛けを剥ぎ取り…そこから見えた、俺の余りに瘦せこけた姿と、全裸であること、そして腕に点滴の針が刺さっていること、更には、その全裸の身体に無数の電極やらパッドやらを見つけ、再三に渡り驚愕した。

 …これは、外してしまっていいものなのだろうか。そんな疑問が湧いて出てきたが、それはすぐに、俺の全身に駆け巡る唯一つの目的に圧し潰された。全身の力を振り絞って、ベッドから起き上がろうとしたが、まるで筋力が足りず、ベッドから動き出すことが出来ない。

 

 アルファ「……ユ…ウ…キ……」

 

 約二年ぶりに発声という人体機能が使用され、その反動によって、風邪で喉に異常があるのではないかという程に、喉に鋭い痛みが走る。

 ……俺は、彼女に聞かねばならない。最後に放ったその言葉が、一体何を意味するのかを。…いや、きっと俺は、聞かなくとも、分かっている。だけど、どうしても理解したくないんだ。

 彼女の残した言葉が、俺の身体を駆け巡る度に、ギシギシと心が軋む音がする。不意に流れ出した涙を拭う時間も惜しく、俺はベッドの上で力を振り絞り続けた。一分以上も掛けて、ようやく俺は上半身を起き上がらせる。

 …さぁ、後は下半身を地面に下ろして──

 

 アルファ「…?…」

 

 ふいと、俺の聴覚が刺激された気がした。それに合わせて、俺も動きを止める。ついさっきまでは静寂に包まれていたはずのこの世界に、ドタバタと急ぎ駆けるような足音が、数人分聞こえてきた。

 そしてそれは、ドンドンこちらへ近づいて来て、やがてすぐ近くで止まった。そのまま俺の病室のドアが勢いよく開いたかと思うと、廊下から医師と看護師らしき人物が数名、慌てた様子でこちらに向かってくるではないか!

 

 「一井さん!目を覚ましたんですか!!」

 

 「先生!まだ目覚めていなかったもう一人のSAO事件被害者も、意識を回復させています!!」

 

 「先生!意識不明の三百人が、他の病院でも目を覚まし始めているようです!!」

 

 「御家族に、今すぐ連絡してきます!!」

 

 「落ち着け!今は目の前の患者のことに集中するべきだろう!!」

 

 アルファ「……?」

 

 「一井さん!一井さん!!聞こえますか!?」

 

 俺が横たわるベッドの前で、次々と怒号のように言葉のキャッチボールを繰り返している彼らに、俺は暫し呆気に取られていた。随分と焦った様子で、誰かに声を掛けている初老の男性医師は、何故か俺の顔を懸命に見つけている。

 ……あぁ、そうか。俺は、現実世界に帰ってきたんだ。…だから、俺の名前はもう、「アルファ」じゃなくて…「一井歩夢」なのか…。

 医師が呼び掛けている名前が、俺に向けられたものであることにようやく気が付き、顔を大きく頷くことで、意思疎通を図る。

 

 アルファ「…」コクッ

 

 「そうですか!聞こえるんですか!!…何処か、身体に不調はありますか?」

 

 アルファ「……身体が、上手く動かないのと…声を出すのが、辛いこと…です…」

 

 「特段の異常は無し、ということですね。ここが現実世界で、貴方は二年以上の間仮想世界に幽閉されていたことは、理解できますか?」

 

 アルファ「……はい」

 

 「…君のご家族には、今意識が回復したことを連絡するから、取り敢えず、まずは簡単な検査をしましょう。いいですか?」

 

 アルファ「…はい」

 

 敬語を使うというのは、実に久しぶりの経験であり、俺はそれに酷く違和感を覚えた。

 …だが、ここはもう、老若男女の誰もが同じ状況下に置かれた、ある意味で対等であった世界では無い。残念ながら、身分、社会的地位、年齢、門地等々で、実質的な優劣関係が決まってしまう世界である。故に俺は、最早剣を携えた「剣士アルファ」としてではなく、単なる十代後半の少年「一井歩夢」として、この世界を生きて行かねばなるまい。

 その第一歩としてまずは、目上の人には敬意を払うべきだろう。医師と数回言葉を交わし合った後、俺はベッドに横たわったまま、医療免許を持った彼らに簡単な検査をしてもらった。先の言葉の通り、やはり特に異常は無いらしく、精密検査は明日に行うという話に纏まる。

 …まぁこの不健康体で、異常なしというわけが無いのだがな。数人の看護師が、俺の病室を行き来しているうちに、また突然、こちらへと誰かが駆けてくる足音を感じ取った。そしてそれは、俺の病室の前で止まり、やがて懐かしい姿が、俺の目に映り込んできた。

 

 「……あ、歩夢……?」

 

 アルファ「……姉貴……」

 

 俺とは違って、スラリと高身長。顔立ちもそれに似合ってキツメの美人顔をしており、しかし、スレンダーなだけでなく…その身体は、きっと今も変わらずかなり逞しい筋肉を秘めているのだろう。だが、最後に俺が見た時とは違って、黒髪だったはずのその髪色は、少し茶色っぽく染められていた。

 本当に久しぶりにその姿を目に収めた俺は、その中々に完成された美に見惚れ、だが、更にその上を行っていた黒髪の少女の姿を思い出す。姉は俺の姿を見て、どういう訳か涙を流していた。

 そして、姉の後を追い掛けるようにして更に二人、俺の前に人物が姿を現す。

 

 アルファ「……母さんに…親父…」

 

 おっとりと御淑やかな印象を与える、昔はさぞかしモテたであろうかわいらしさの名残を感じさせる俺の母親。眼鏡がやけに似合うのだが、顔つきが少しばかり悪い父親。

 しかしその外面に対して、母親はかなりのお転婆娘であり、対する父親は、メガネが似合う程理知的かどうかと言われると、怪しいものである。両親を見れば、俺と姉貴がどちらに似たのかは、一目瞭然だと言えよう。

 

 「…全く、いくら何でも眠り過ぎだぞ…」

 

 「…ホントに、寝坊もいいところよ…」

 

 姉に続けて涙を流す両親を見て、俺も何故だか、ほろりと涙を零していた。三人共、もし俺が衰弱していなければ、今にも俺の身体に抱き着いてきそうなものだが、何とかその気持ちは堪えてくれているらしい。

 …というか、もし抱き着かれでもしたら、俺の身体が全身骨折不可避だろうからな。当然っちゃ当然だろう。三人は、俺が何かを言い出すのを待っているように、俺の顔を見つめ続けていた。

 ……だからこそ、俺も、思ったことをそのまま口に出そうではないか。

 

 アルファ「……やっと、帰ってきたんだな…現実世界に…。…ただいま、みんな」

 

 俺はその事実を強く噛み締め、今だけは他のことは何も考えずに、ただそれを喜ばしく思ったのだった。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 家族との再会を一頻り懐かしんだ俺は、その日は約二年ぶりの現実世界での睡眠という物を貪った。この二年間の間も、仮想世界で睡眠を取っていたとは言え、やはり脳内に「現在、眠っています」という電気信号を送っていたせいなのか、睡眠は常に浅かったらしい。本当に久しぶりに、脳を完全に休ませることの出来る睡眠を味わった気がした。

 翌日、余りに深い眠りにつきすぎて、朝日が差し込んでいることにも気が付かなかった俺は、精密検査の準備が出来たことを知らせに来た看護師さんに起こされるまで、ずっと眠り続けていたらしい。

 午前中の時間を全て費やして、俺はこの大病院にある数多の検査機器…それも、俺も実物は見たこと無かったような全身をスキャニングする奴などを使ったり、今日から俺を担当することになった先生と、カウンセリングみたいな会話のやり取りをしたりした。

 その結果、やはり俺は、他のSAO事件に巻き込まれた被害者と比べて、二カ月ほど目覚めるのが遅かったこともあり、筋力が少し低下し過ぎているらしいが、それ以外には特に目立った異常は見られないらしい。今日の午後から、少しずつ身体機能を回復させるためのリハビリが行われていくとのことだ。

 

 アルファ「…しっかし、二年ぐらいじゃ、この街も変わらねぇんだな…」

 

 そんな俺は、相変わらずベッドの上で身体を横たわらせながら、病室の窓から見える地元を眺め、そんな独り言を呟いてみる。

 まだ、発声という行為には慣れないが、少しでも喉を使うことで、いち早く発声機能の回復を図る必要があるということもあり、俺はこうして、出来るだけ積極的に言葉を発しているという訳だ。

 …それに、本当は今すぐにでもベッドから動き出して、勝手にリハビリを始めたいのだが、まだ俺の身体では、少し転んだだけでも複雑骨折の恐れがあり、更には、過度な身体活動が、筋骨に寧ろ悪影響を及ぼすようなので、専門の先生が居ない所では、こうしてベッドに拘束され続けているのだ。

 特に話し相手も居らず、随分と退屈しているので、ここで一つ、俺が今日の中で一番驚いたことでも話しておこう。

 

 アルファ「…やっぱ、飯だよなぁ…」

 

 現実世界に帰還してから、点滴による間接的な栄養補給ではなく、俺が初めて自分の口を使って食べ物を咀嚼し、飲み込むという過程の下、栄養を補給したのは、実に一時間ほど前の、本日の昼食であった。

 丸二年間の間、現実世界ではまともに食物を取り入れていなかった俺は、一体どんなご飯が食べられるのだろうかと、途端に腹を空かせながら、非常に期待していたわけだ。そんな中で俺の前に出された昼食は…

 

 …御粥。

 

 …そう。御粥だったのだ。それを見た俺の表情がどんなものだったのかは分からないが、御粥を配膳してくれた看護師さんは、俺を見て大いに笑い声を上げていた。

 そして、「まだ一井君の臓器は、普通のご飯を消化できるほど回復していないし、そもそも顎の力だって、相当衰えてるはずよ」とも教えてくれたのだ。

 実際問題、俺はこれもトレーニングだと、御粥を無理矢理咀嚼して頂いたのだが…あんなに柔らかいものを噛んでいただけなのに、今の俺の顎は、軽く筋肉痛である。もし俺が今、好物の一つである煎餅を食べようものなら、顎の筋肉が悲鳴を上げること間違いないだろう。

 …因みにだが、久しぶりに己の舌でダイレクトに味わうその御粥は、不味い不味いと嫌煙される、薄味が特徴的な病院食であるはずなのに、涙が出てくるほど美味しかった。

 …でも、そんな感動的な病院食よりも…俺は、彼女が作ってくれる温かい料理の方が──

 

 

 忽然として、俺の病室と廊下を繋ぐドアが、コンコン、と叩かれた。俺の返事を待っているのか、扉が勝手に開き、外から先生や看護師さんが俺の病室に乗り込んでくることは無い。

 なので俺も、試しに返事をしてみたのだ。

 

 アルファ「…はい。どうぞ」

 

 「では、失礼させてもらうよ」

 

 意外にも、扉の向こうで控えていた人物は俺の返事を待っていたようで、俺がそう言うと、やっと扉をスライドさせた。そして廊下から現れた人物は、二人だ。

 太い黒縁の眼鏡ににスーツ姿の男と…そして、もう一人は、あの世界で見た姿と何ら変わらない…いや、少しだけ身長が伸びているだろうか。だが、相変わらずその身は黒一色で統一されていた。

 前者については全くもって知りもしない赤の他人であるが、後者に至っては、つい昨日、また現実世界で会おうと約束したばかりの友ではないか。

 

 キリト「…こっちでは初めましてだな。アルファ」

 

 アルファ「…そうだな。初めまして、キリト」

 

 俺の姿を見たキリトは、やけに嬉しそうに口元を歪めているので、俺も釣られて口角をあげてしまう。現在の俺の根城となっている病室に設置された椅子二つに、キリトともう一人の謎の人物は腰掛けているわけだが…

 

 アルファ「…キリト。その隣の人は…お前の父親なのか?」

 

 キリト「辞めてくれよ。コイツと親子だなんて」

 

 「つれないなぁ。そこまで言われると、僕もかなり傷付くんだけどね」

 

 スーツの男は、見た目的にも三十代であろうし、キリトの父親にしては少し若すぎる気がしたが、まぁ有り得なくは無いのかもしれない、と俺が問いかけると、本気で嫌そうな顔をするキリトに対して、スーツの男はのらりくらりと彼の冷たい視線を躱していた。

 

 アルファ「…じゃあ、あなたは一体…」

 

 「そうだね。まずは自己紹介させてもらおうか。総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二別室…通称<仮想課>に所属している…名前は、菊岡誠二郎だね」

 

 アルファ「…カソウカ…?」

 

 菊岡「あぁ、そうだとも。簡単に言うと…SAO事件の解決を試みていた組織だね」

 

 アルファ「へぇ…でも、なんでそんな人が、ここに来たんですか?」

 

 お国の機関である総務省ということもあってか、聞けば聞くほど、彼が大層な人間であることが理解できた。ならば、俺の疑問も最もであろう。

 

 菊岡「実はねえ、SAO事件が勃発するや否や、<総務省SAO事件対策本部>なる仰々しいチームが結成されたんだけど、結局僕達に出来たことは、約一万人の被害者の病院受け入れ態勢を整えたことと、そのごく一部のプレイヤーデータをほんの少しだけ、モニターしたことぐらいなんだ。そのモニターしていたプレイヤーの一人が、彼でね。SAO事件が一旦解決したその時に、彼のレベルの高さと存在座標から考えて、彼がSAOを攻略したのかと思って、彼の病室に突撃したんだよ。それで、そこで話を聞くと、あらびっくり、キリト君は涙ながらに、SAOをクリアしたのは、自分じゃないと言い出すじゃないか」

 

 アルファ「折角SAOから解放されたってのに、泣いてたのか、お前」

 

 キリト「一言余計だぞ」

 

 菊岡「それは失敬失敬…。で、なら誰がSAOをクリアしたのか尋ねたら、「アルファ」というプレイヤーだと教えてくれたわけで、だから君が目覚めたと聞いて、今日は朝から新幹線に揺られて、ここまでやってきたのさ」

 

 アルファ「そうですか…わざわざ辺境まで、すいません」

 

 菊岡「いやいや、別に気にしないでいいよ。折角ここまで来たんだ。この後は、美味しい特産品のフルーツとか、麵類でも食べに行こうかな」

 

 俺が菊岡さんに対して遜るような対応を取っていると、キリトが耐えられないといった様子で、俺に話し掛けてくる。

 

 キリト「おい、アルファ。コイツはそんな敬意を払うべき相手じゃないんだ。敬語なんて要らないぞ」

 

 アルファ「…キリト。目上の人には敬意を払うべきだろ?この世界じゃ」

 

 キリト「…だけど、それは人に寄り蹴りで…」

 

 菊岡「アルファ君は良い心掛けだねえ…何処かの誰かと違って」

 

 キリト「ぐぅ…」

 

 菊岡さんの皮肉めいた発言に、キリトは悔しそうな表情を浮かべているが、まぁ、キリトの言わんとすることも、分からないでもない。俺もあの世界で二年間を過ごしてきて、人の悪意という物には、かなり敏感であるという自負がある。

 …確かに、菊岡さんは、絶対的な俺達の味方では無いのだろうことは、理解できた。だが同時に、敵に回さなければ、こちらの味方に居てくれるであろう人物であることも、容易に汲み取れる。

 故に俺は、味方であるうちは敬意を払っておこう、ぐらいの気持ちで敬語を使っているわけだ。

 

 キリト「…しっかし、アルファ…まさかお前が、長野県住まいだとはなぁ…新幹線も使って、片道二時間だぞ?」

 

 アルファ「それは随分と長旅だったんだな…朋有り遠方より来るって奴か。キリトは何処住まいなんだ?」

 

 キリト「東京都民だ。川越市の」

 

 キリトがしみじみとした様子で、そんなことを俺に向かって言ってくるので、俺も頭を捻って、それっぽい解答を返しておく。

 お返しするように彼の住まいを訊ねると、まさかの彼は東京都民!海なし県の俺じゃあ一生頭が上がりません!…というのは嘘だけどな。

 …そう。キリトの言う通り、俺は長野県民であり、具体的には、長野県長野市に生まれの育ちである。ここから東京までは、新幹線で二時間だという情報は、今日初めて知った。

 …だって、東京なんて今まで行く用がなかったからな。俺がそんなことを考えていると、キリトが思い出したように、俺に語り掛けてくる。

 

 キリト「…そういや、あんまりスムーズに会話が進んでたから、言い忘れてたけど…俺の名前は、桐ケ谷和人だ」

 

 アルファ「…あぁ、自己紹介、まだだったな…俺は…一井歩夢だ」

 

 キリト「一井歩夢…なんでアルファになったんだ?」

 

 アルファ「今はどうでもいい事だろ?因みに年齢は、十七だな」

 

 キリト「じゅ、十七!?」

 

 キリトの言う通り、俺達はまだ、お互いの本名さえ知らなかった。もうこんなにも仲が良いというのに、お互いの名前さえ知らないというのは何とも不思議な感覚に陥るものである。

 桐ケ谷和人…こちらは、単純に名前の前と後ろを取ったことで、キリトになったことは簡単に想像がつく。対するキリトは、俺のニックネームの由来が掴めなかったのか、それを訊ねてきた。

 その質問を適当に躱した俺は、そう言えば、キリトは何歳なのだろうと、それが気になり、まずは俺の年齢から開示してみると、彼は目をギョッとさせて、椅子から飛び出した!

 

 アルファ「…どうしたんだ」

 

 キリト「…い、いや…俺はてっきり同い年かそれより年下だと思ってたんだけど…俺は、十六だ」

 

 アルファ「それは、どういう意味なんだ…?」

 

 キリト「いやぁ、アルファはかなりの童顔なんだなぁ。それで俺より年上なんて、誰も想像できないだろうなぁ~?」

 

 アルファ「…キリト。俺が筋力を回復させた暁には、私刑を執行してやる」

 

 キリト「俺はジムに通ってるからな。返り討ちにしてやるよ」

 

 あの世界では、キリトはその孤高な様子から、実年齢よりもかなり年齢を高めに見積もられることはよくあったが、彼の子供っぽい内面を知っている俺からすれば、十六という歳も、然程驚くことではなかった。

 一方キリトは、俺の年に大層驚きを示しつつ、更には俺のコンプレックスまで煽ってきやがった。必ず、キリトには復讐をしてやることを決意した俺は、二人で気安い会話を続けるのも程々に、菊岡さんの方へ顔を向ける。

 

 アルファ「まぁ、本題に戻るとして…菊岡さんが俺に聞きたいことって、何なんですか?」

 

 菊岡「良かった良かった。僕が居ないものとして扱われ始めたかと思ってたよ。…僕が聞きたいことは、君の口から語られるSAOでの出来事についてと、君の眼で見たALO事件についてだ。後者に関しては、キリト君にも話を聞かせてもらいたい」

 

 キリト「なんだ、だから俺をわざわざ拾ってきてくれたのか?」

 

 菊岡「でもそうでもしないと、君はアルファ君の元に辿り着けなかっただろう?」

 

 キリト「…ホント、悪い趣味してるなぁ…聞いてくれよ、アルファ。第一コイツ、俺が生還してすぐに、アルファが生きてること教えてくれなかったんだぜ?だから俺も、てっきりアルファが死んだものだと勘違いしてたんだ」

 

 菊岡「あの時の君は、明日奈ちゃんのことで手一杯だったろう?あれは君の負担を考えた、僕なりの優しさだと思って欲しいなあ」

 

 アルファ「…話を本題から逸らさないでくれ…もうすぐ、リハビリの時間が来るから、早めに話を切り上げないと…」

 

 菊岡「それもそうだね。…でも本題に入る前に、今アルファ君が一番欲しいであろう情報を、渡さないと。キリト君は勿論、僕はアルファ君とも、今後とも良好な関係を築いていきたいからね」

 

 アルファ「…俺の欲しい、情報…?」

 

 キリトと菊岡さんが話を脱線させそうになっていた為、俺はそれに修正を加えようとする。すると菊岡さんは、こちらに含みのある笑みを浮かべながら、俺にそんなことを言ってきた。

 ……俺が今、一番欲しい情報は──

 

 菊岡「なんでも、アルファ君もキリト君同様、あの世界で恋人を見つけたんだろう?昨日キリト君に会いに行くや否や、君の住所に加えて、<ユウキ>というプレイヤーの情報も求めてきたからね」

 

 アルファ「っ!?」

 

 ──そうだ。それが俺が今、渇望している情報だ。ドンピシャでその情報を提供してくれるらしい菊岡さんの次なる言葉を、俺は待ち続けた。

 

 菊岡「おっ、図星ってとこかな?やっぱり、そのユウキちゃんは、君の恋人なんだろう?」

 

 アルファ「…ユウキは……俺にとって、大切な人だ…」

 

 俺の反応に眉を上ずらせた彼は、その情報に関して教えてくれる前に、立て続けに俺にそれを訊ねてきた。だが俺は、ユウキが恋人であるとは…決して言えなかった。

 ……一晩眠って、少し冷静になった頭で、もう一度彼女との別れ際を鮮明に思い出せば、俺は嫌でも「それ」を理解出来てしまった。俺にとっては、ユウキは大切な人だ。

 ……だけど、もう彼女にとって俺は……ダメだ。今はまだ、その先の答えを認識することは出来ない。認識してしまえば、俺はきっと、この世界を生きて行けない。

 …だから、この胸に疼く強烈な痛みの正体は、まだ気が付かないフリをしていないと…。

 

 菊岡「結論から、入らせてもらおう。彼女に関する情報は──」

 

 彼の言葉を待ち望み、俺の顔にも、キリトの顔にも、緊張が走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 菊岡「──何も、得られなかった。住所も本名も、どの病院に搬送されたのかも、全てが謎に包まれたままだ」

 

 アルファ「…なっ…」

 

 彼の言葉に、俺は息が詰まるのを感じた。そして同時に、深い絶望感に苛まれる。

 俺の居場所をたったの一日で見つけ出してしまった総務省の力を以てすれば、俺はもう一度、ユウキと会って、もう一度、彼女の真意を確かめて…

 …その果てに、彼女がまた同じ答えを出したというのならば、俺もこの胸のジンジンとつんざくような痛みを抱えながらも、それが彼女の望んだ選択なのだからその結果を受け入れようと、そう思っていた。

 …だけど、俺には最早、その権利さえも無いらしい。どうして、彼女はそこまでして俺を拒否するのだろう。何故、俺を拒んだのだろう。

 その理由が見えてこなくて、でも確かに彼女が放った最後の言葉にそれが見え隠れしていて、でもそれが何を意味するのか、全く呑み込めなくて…あぁ。

 

 痛い

 

 痛い

 

 心がひたすらに痛い。

 

 途端に俺は、どうしようもない脱力感に襲われ始めたが、対するキリトは義憤をその顔に浮かべて、菊岡さんに迫った。

 

 キリト「どういうことだ!菊岡!!俺は確かに約束したはずだぞ!知ってることは可能な限り話す代わりに、俺の知りたいことを教えろと!!」

 

 菊岡「お、落ち着いてくれ!キリト君!僕だって、最善を尽くしてユウキというプレイヤーの情報を探ったよ!だけどね、その情報は全てブラックボックスに包まれていたんだ!ここで僕が嘘をついて、何になるって言うんだい?」

 

 キリト「…確かに、そうだけどっ!」

 

 アルファ「…キリト、いいんだ。…無理なもんは、仕方ねぇだろ?」

 

 キリト「…アルファ…」

 

 怒りを露わにしたキリトを鎮めるために、俺は彼に対して微笑みかけると、彼はこちらに悲しそうな表情を浮かべて、俺の名前を呟いた。

 キリトの怒りの矛先が自分に向かなくなったことに安心したのか、菊岡さんはふぅ、と息をついてから、再び口を開いた。

 

 菊岡「…残念ながらこの国は、資本主義国家だ。国家機関の一環でしかない総務省よりも、実質的な権力を持つ存在など、数多とあるんだ。…例えば、大物政治家、大企業の経営者、多国籍企業、外資、裁判官、内閣府、医師会、はたまた単なる大金持ち…挙げるとキリがないが、そのいずれかの存在が、彼女の存在が公に明らかにならないよう工作したんだろうねえ」

 

 アルファ「……そうか……じゃあ、本題に入ってくれ」

 

 菊岡「……じゃあまずは、SAO事件に関して聞かせてもらおうかな…まぁ、ある程度はキリト君から聞いてるから、アルファ君に聞きたいことは、如何にしてゲームクリアを成し得たのか、だね」

 

 アルファ「…そうだな。あれは──」

 

 …もう、彼女に関することは、これ以上何も考えたくなかった。心も頭も限界だと、そう叫んでいた。だから俺は逃げるように、SAO及びALOでの出来事を彼に話し始めたのだ。

 

 これが、俺が現実世界に帰還した当日と、その翌日の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、一月八日の土曜日となります。

 では、また第108話でお会いしましょう!
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